バディシステム


−番外編−


「ちわーっす」
 いつものように目黒は、手ぶらで氏家家のドアを開ける。客が目黒だと知り、わざわざ顔を出すまでもないと認識されているのか、ダイニングから声のみが返ってきた。
「滋之なら二階にいるから」
 軽い足取りで階段を上がりながら、目黒は羽織っていてパーカーを脱ぐ。春の陽気のおかげで、バイクで移動していると暑いほどだ。だからというわけではないが、目黒は浮かれ気味だ。
 客として店に来ている女の子と、最近いい雰囲気で、来週はインストラクターの仕事抜きで、一緒に海に潜る約束を交わしている。
「あいつに一足どころか、二足ぐらい遅れて、俺にもようやく春がやってきたな」
 ニヤニヤしながら階段の最後の一段を上がると、胸元で揺れていたドッグタグが軽やかな金属音を立てた。
「おい、滋之――」
 滋之の部屋のドアを開けたところで、目黒は言いかけた言葉を反射的に呑み込む。いつもなら人懐っこい子犬のように、大きな目をさらに大きくして、『喜んで』迎えてくれる滋之だが、今日は静かだった。
 さもありなん。子犬――ではなく滋之は、ベッドの上で毛布に包まっていた。
「……お前はお子様かよ」
 目黒は静かにドアを閉めてから苦笑を洩らす。ベッドに歩み寄って覗き込むと、滋之は実に幸せそうな顔をして眠っている。
 店の定休日に、おとなしく家で昼寝をしているということは、国府の仕事が忙しくて会えないらしい。もしくは、お楽しみは夜までとっておくというか。
 あれこれと考えてみた目黒だが、他人のカップルを気にかける空しさに気づき、ため息をつく。特に、滋之と国府の二人に関しては、心配など余計なお世話だろう。
 なまじ、国府と離れ離れになっているときの滋之の様子を知っているだけに、どうも心境が、保護者のものとなってしまう。
 枕の上に散っている滋之の髪を、そっと一房手に取る。海外から国府が戻ってきてからも、滋之は髪を伸ばしている。国府がいたく滋之の髪を気に入っており、ある程度の長さまでしか切らせてくれないのだそうだ。怒ったような顔で話していた滋之だが、目黒にしてみれば、とんでもない惚気だ。聞いていて耳がくすぐったくて仕方なかった。
 ここで目黒はにんまりする。すぐにそっと部屋を出ると階下に下り、ダイニングにいる滋之の母親の元に駆け込む。
「おばさん、輪ゴムない? あるだけもらえないかな」


 目黒がセットしていた携帯電話の目覚ましが鳴り、ベッドの上でもそもそと滋之が動く。
 滋之のパソコンでインターネットをしていた目黒はマウスを動かす手を止め、込み上げてくる笑いを必死に押し殺して声をかける。
「起きろよ、滋之。お客様をいつまで一人で待たせる気だ」
 ベッドの中から、うー、と不機嫌そうなうなり声が聞こえてくる。
「……今日は、夜から国府さんと会うから、少しでも寝ておきたいんだよ……」
「へー、へー。いつまでもラブラブでけっこうなことだ」
 ここで滋之がまた寝入りそうな気配となったが、次の瞬間、異変に気づいたように飛び起きた。
「何これっ」
 滋之が両手で自分の頭に触れる。とうとう我慢できず、目黒は腹を抱えて爆笑した。
 一時間ほど前、滋之の母親から輪ゴムをいくつももらってくると、目黒はベッドに腰掛け、せっせと滋之の髪を三つ編みにしてやったのだ。しかも一房ずつ、何本も。
 指先で髪をまさぐった滋之は、やっと自分が何をされたのか知ったらしく、顔を真っ赤にして目黒を睨みつけてくる。その姿がまた、笑いを誘う。
「人の髪で何してるんだよっ」
「いや、たまには新しい髪形に挑戦するのもいいかと思って――」
「いいわけないじゃんっ。うわっ、しかも輪ゴム……。髪に絡みついて痛いんだからな」
 滋之が顔をしかめながら輪ゴムを外し始める。
「滋之、お前、鈍すぎ。ここまでされる前に起きろよ」
「うあーっ、駄目だ。絡みついて外れない。鏡見て取ってくる」
 人の話も聞かず、滋之は部屋を飛び出していく。バタバタという足音が目黒の耳に届いた。
 腹が痛くなるほど笑い続けた目黒だが、ふとあることに思い当たって真顔に戻る。
「――……つまり何か。俺がめちゃくちゃな三つ編みをしようがおかしく思わないほど、国府さんは普段、あいつの頭を撫でくり回してるってことか」
 その姿を想像してから、目黒は小さく苦笑を洩らす。いまさらながら、自分の娘を嫁に出した親心というか、複雑な心境になる。
「あー、俺も早く、可愛い彼女作ろう」
 目黒はそう固く心に誓った。
 どうせなら、髪のきれいな子がいい、と思いつつ。









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