秀穂がすっかり『ぐうたら』になってしまった。
対面式キッチンのカウンターに頬杖をつき、久坂和哉は唇を尖らせる。ダイニングから見通せるリ
ビングでは、秀穂が床の上にクッションを抱えるようにして横になり、夢中で本を読んでいる。
朝からずっとこの調子で、昼食を食べてから散歩しようという約束も、破られてしまった。
北陸の山奥にある、本澤家のこの別荘を訪れたのは一昨日になる。到着したのは夜だったので、疲
れもあって翌日は、結局二人でのんびりと過ごしてしまった。
つまり今日から、二人で過ごす大晦日と元日の準備を始めなければならないのだ。
壁にかかっている時計をちらりと見上げて、和哉はそっとため息を吐く。このまま待っていても、
仕方ないようだ。
リビングへと行き、寝転がっている秀穂の横にちょこんと座り込む。
横になって動きたくない秀穂の気持ちもよくわかる。大きなガスストーブも床暖房も暖かくて、一
度その心地よさを味わってしまうと、動きたくない。それに外は雪が積もっており、寒さが厳しい。そ
れだけに部屋の暖かさが、より実感できる。
できるなら和哉だって、この暖かい部屋でごろごろとしたいのだ。
「……秀穂ー、買い物行きたいんだけど」
「車を出すと危ないだろ。また気温が下がってきたみたいだから、道路が凍結してるんじゃないか」
「だったら、歩いていくからつき合ってよ。たくさん買うから、一人じゃ持てないと思うんだ」
「もう少し待てよ。あと少しで読み終わるから」
本から顔を上げないまま秀穂が言い、和哉はさらに唇を尖らせ、恨みがましく秀穂を見る。朝もそう
言われて、ズルズルとこの時間まで経ってしまったのだ。
腹立たしさもあり、秀穂の短く刈られた髪をぐしゃぐしゃと掻き乱す。
「おい、こら、やめろ」
そう言いながらも、やはり秀穂は本から顔を上げない。
ムッとした和哉は、ポカッと秀穂の頭を軽く殴りつけてから、立ち上がる。
「もういい。一人で行ってくる。……夕食、秀穂の分だけなくても知らないからね」
「カップラーメンあっただろ」
まじめに返されたので、和哉は手近にあったクッションを秀穂の頭に投げつける。
ダウンジャケットを羽織り、財布をポケットに突っ込むと、マフラーと手袋を身につける。どうしよ
うかと迷ってから、毛糸の帽子も被る。
毛糸の帽子を被った和哉を見て、まるで中学生だと言って秀穂に爆笑され、以来気にしていたのだが、
寒さには勝てない。
別荘の外に出ると、積もった雪で階段が凍っていた。
手すりに掴まりながら、そろそろと階段を下りる。
別荘の敷地内は、まだ誰も足跡をつけていない新雪が積もっており、厚い雲の合間から覗く太陽の光
を反射してまぶしいほどだ。
サク、サクという、寒さで凍りかけた雪の感触を楽しみながら、和哉は飛び跳ねるように歩く。こん
な姿を秀穂が見たら今度は、小学生のようだ、と言われるのは確実だ。
車などが通る道へと出ると、秀穂が言っていた通り、溶けかけた雪が凍っていた。おかげで、車がま
ったく通らない。
もともとそんなに広い道ではないので、この別荘地を利用している人たちは、車で行き交う危険性が
わかっているのだろう。和哉と同じように、重装備で歩いている人たちの姿はまばらにある。
朋幸の運転手を兼ねることもあり、運転にはそれなりに自信がある和哉だが、さすがにこんな道で車
を走らせようとは思わない。
敷地内とは一変して滑る道を気をつけながら、そろそろと慎重に歩く。
しかし雪道に慣れていない和哉は、数分も歩いたところでツルッと足を滑らせる。
「うわっ」
後ろ向きにバランスを崩した拍子に身をよじったのがよかったのか悪かったのか、道の脇に積み上げ
られた雪へと突っ込む。痛くはないが、雪塗れだ。
苦労しながら雪から両手を引き抜いた和哉は、ここにはいない秀穂に向かって、内心で文句を言って
いた。
秀穂がついてきてくれていれば、少なくとも雪に体ごと突っ込む事態にはならなかったはずだ。
「――大丈夫っすか」
ふいに頭上から、声をかけられる。和哉はピクンと肩を震わせる。一瞬、秀穂かと思ったぐらい、よ
く似たぶっきらぼうな口調だったからだ。ただ、肝心の声は若い。
雪に顔まで突っ込んでしまい、冷たくなった鼻を撫でながら振り返る。立っていたのは、フライトジ
ャケットを羽織った大学生ぐらいに見える青年だった。
怒っているように唇は引き結ばれているが、ハンサムな顔立ちをしている。体つきもすらりとしてお
り、女の子に人気があるだろうなと思わせるものがあった。
全体の雰囲気にも、なんとなく秀穂と共通したものを感じ、思わず和哉は笑みをこぼす。
「う、うん、大丈夫」
ほとんど雪に埋まっている状態の腰を上げようとすると、青年がすっと手を差し出してくれる。戸惑
った和哉だが、青年は何も言わずただ手を差し出し続ける。
「……ありがとう」
和哉が手を取ると、強い力で引っ張り上げられた。
体中についた雪をパタパタと払い落としていると、青年から興味深そうな視線を向けられているのに
気づく。
いい歳をして、ここまで派手に転んだ人間が珍しいのだろうかと思ったが、どうやら違うらしい。
青年が本澤家の別荘の方向を指さす。
「本澤さんの別荘に来ている人ですよね」
「あっ、うん。年末年始の間、借りているんだ。だけど、どうして知っているの?」
「俺ん家、本澤さんの別荘の管理をしてるんです。親がペンションをやっていて、昔からつき合いがあるから」
和哉は、初めて別荘に足を踏み入れたとき、部屋が暖められていたのを思い出す。
「あー、じゃあ、もしかして君も準備を――」
「いつものことですから」
そう答えた青年が、わずかに照れた表情となる。何か気に障ることでも言ってしまっただろうかと、
思わず久坂は青年の顔を覗き込む。
ぎょっとしたように目を丸くした青年だったが、気を取り直したように尋ねてきた。
「――……あの人、来ないんですか?」
「あの人?」
「本澤、さん……。会長さんの、孫」
「ああ、室長」
和哉の呼び方に、青年は首を傾げる。説明しようとしたが、それより先に腕を掴まれて歩かされる。
驚く和哉に、ぶっきらぼうな口調のまま青年は言った。
「買い物行くんすよね? だったら俺、つき合いますよ。一人だと、荷物持つの大変でしょう」
ぎこちないながらもエスコートしてくれる青年の好意を、和哉は素直に受け入れることにする。確か
に、青年の言う通りなのだ。どこかの『ぐうたら』のせいで、荷物持ちの手が足りない。
並んで歩きながら、和哉はまず大事なことを質問した。
「君、名前は? あっ、ぼくは久坂。久坂和哉」
「――……井原陽平、です」
青年は無造作に長い前髪を掻き上げる。やはりまだ照れているようだ。世慣れていない仕種が、なん
だか新鮮だ。つい和哉は質問を続ける。
「大学生?」
「いえ、高校生。……久坂さんは大学生?」
「社会人だよ。二十七だし」
陽平と名乗った青年は、実に素直な反応を見せてくれた。これ以上なく目を見開き、小さく声を洩ら
したのだ。
「マジかよ……。てっきり、同級生ぐらいかと思った」
すぐに陽平はしまった、という顔をして和哉を見たが、和哉本人はにっこりと笑って返す。
「童顔だからね、学生に間違われるほうが当たり前になってるよ」
「……すみません」
申し訳なさそうに向けられた横顔の凛々しさと清廉さも、どことなく秀穂を思わせる。
和哉が秀穂と出会ったのは大学に入ってからだが、高校生の頃の秀穂はこんな感じだったのだろうか
と思うと、胸を締め付けられるような愛しさを覚える。
ふいに陽平がこちらを見たので、和哉は考えていたことを慌てて打ち消す。
このときまた足元への意識が散漫になってしまった。
「うっ、わぁっ」
再び足が滑って引っくり返りそうになる。咄嗟に陽平に受け止められた。
「気をつけてくださいよ。俺の目の前で、本澤さんのとこのお客さんがケガしたなんてことになったら、
親父に半殺しにされる」
「ごめん。……ありがとう」
また歩き出すが、陽平の腕がしっかり背に回されて、いつ足が滑っても大丈夫なようにガードされる。
なかなかみっともない姿だと、内心で恥じ入っていると、ためらいながらも陽平に切り出された。
「……それで、久坂さんと朋幸さんの関係――」
「あっ、ああ、ごめん。そうだったね」
和哉は簡単に、自分と朋幸の関係を説明する。一歳とはいえ、年上である和哉が朋幸の秘書について
いると知って、陽平は感嘆を込めたため息を洩らした。
「やっぱりすごいんだ。本澤さんの家って」
「室長は、家の力だけで出世したんじゃないよ。あの人自身、すごい能力を持っているんだ」
「うん……。それはわかる。ガキの頃から、年に一、二度だけど見続けてるから」
和哉に対する緊張が解れてきたのか、陽平の口調はいつの間にか砕けたものとなっている。だが和哉
は不快ではなかった。それどころか、妙に楽しい。
どうしても、高校生の秀穂と歩いているような気分になってくるのだ。
初めてこの地を訪れたとき、秀穂に缶コーヒーを買ってもらい、駐車場に停めた車の中でキスを交わ
したスーパーに着くと、さっそく精力的に買い物をする。
年末年始はこのスーパーは休みだということで、別荘で過ごそうという人だけでなく、地元の人たち
も多く訪れている。おかげで店内は、ちょっとしたバーゲン会場のような状態だ。
別荘にはあらかじめ、たっぷりの食料を準備してもらっているのだが、使いきってしまうのは気が引
ける。それに今のうちに、新鮮な野菜や果物も買っておきたい。
結局、スーパーを出た和哉と陽平の両手は、スーパーの袋で塞がっていた。
「ごめんね。調子に乗っていっぱい買い過ぎたみたいで」
「いいよ、これぐらい」
陽平に示されて、和哉は前を歩く。両手は塞がってはいるものの、引っくり返りそうなときには体で
受け止めてくれるつもりらしい。
「――久坂さんと一緒に来た人、手伝ってくれないわけ? どう見たって久坂さんて、力仕事には向か
ないだろ」
陽平の声にわずかな非難の響きを感じ、和哉は苦笑を洩らす。
「まさかこんなに買うとは、思ってなかっただろうね。それに秀穂は――ぼくの連れなんだけど、人混
みに入るのが嫌なんだ。せっかくこんな静かなところにきて、のんびりしてるのに、無理矢理引っ張り
出したくないし」
秀穂は本来は寡黙で、じっとしているのが好きな人間なのだ。しかし仕事のせいでそうもいかない。
普段は神経を張り詰めている分、こんなときぐらい緊張を解かせたままにしてやりたい。
口ではわかったようなことを言っているが、やはり、あのぐうたらぶりを見ていると、少しは頭に来
てしまうのだ。
「……結局あの人、今年は一度も来なかったな」
ぽつりと陽平が洩らす。振り返った和哉と目が合うと、決まり悪そうに顔がしかめられた。
「室長――朋幸さんのこと?」
返事はなかったが、陽平の表情で言いたいことはわかった。和哉は小さく笑いかける。
「朋幸さんとは、よく話してたの?」
わずかにためらいを見せてから、陽平は頷く。
「小さい頃は、よく一緒に遊んでもらった。あの人、きれいな顔して儚い感じがするのに、子供相手で
もやたら厳しかったんだよ」
人によっては朋幸は、儚い印象に映るらしい。確かに、そう見えても不思議ではないほど、端麗な美貌の持ち主だ。
もっとも、一日の半分は朋幸と共に過ごしている和哉にとっては、厳しいというのは一致しているが、しなやかでしたたかで凛然というイメージも強い。
「朋幸さんは、君のこと弟みたいに思ってるんだろうね」
「……さあね」
心なしか陽平の顔が赤くなったような気がする。ついまじまじと陽平の顔を凝視していた和哉だが、
足が滑りかけて反射的に陽平に掴まる。足元にスーパーの袋が落ちた。
「滅多にいないぐらい、雪道の歩き方が下手だな。久坂さんて」
「自分でもそう思うよ」
陽平が動じていないのはさすがだ。和哉の足元が危ないと感じていたのだろう。
多少の恥ずかしさを噛み締めつつ、慎重に体を離したところで、陽平が顔を正面に向け、何かをじっ
と見ていることに気づく。
振り返ると、雪道を和哉と似たような足取りで歩いてくる人の姿に気づいた。
「秀穂っ」
和哉は驚いて声を上げる。
なぜか秀穂が、ダウンジャケットを着込み、憮然とした表情でやって来たのだ。
二人の側に歩み寄ってきた秀穂の大きな手が、和哉の頭にかかる。
「一人でふらっといなくなるから、心配になって迎えに来たんだ」
そう言った秀穂の視線が、陽平に向けられる。唇を引き結んだ陽平が軽く会釈する。
「彼は――」
「あっ、室長の別荘を管理してくれている方の息子さん。たまたま出会って、買い物を手伝ってくれた
んだ」
「そうか……」
答えた秀穂が、地面に落ちたスーパーの袋を取り上げ、陽平にも手を差し出す。
「ありがとう。あとは俺が持つから」
秀穂の態度に、違和感を感じる。他人に対して無愛想なのはいつものことだが、今の態度はそれだけではない。
陽平の手からスーパーの袋を受け取り、秀穂が歩き出す。
「和哉、早く来い」
呼ばれた和哉は、陽平にしっかりと礼を言う。
「ごめんね。本当にありがとう」
「いいっすよ。それより……あの人も、朋幸さんと同じ会社の人?」
少し離れた場所で、和哉を待つように背を向けたまま立ち止まる秀穂に目を向ける。
「違うよ。彼とは会社が違う」
「そうなんだ」
陽平の声は淡々としていて、どういう意図でこんな質問をしたのか、さっぱりわからない。
和哉はもう一度礼を言って、慎重ながらも急ぎ足で秀穂の元に行く。
「どうせ迎えに来てくれるなら、一緒に買い物に来てくれたらよかったのに」
歩きながら文句を言うと、すかさず秀穂に返された。
「お前がおとなしく待ってるかと思ったら、もういなかったんだ」
「そういうことにしておいてあげるよ」
和哉が振り返ると、こちらに背を向けて歩いている陽平の後ろ姿が目に入る。思わず吐息交じりに言葉を洩らす。
「あの男の子、カッコよかったね。それに若いのに、紳士だったよ」
「……悪かったな、おっさんで」
「何言ってるんだよ。ぼくと秀穂は同い年だろ」
一人でコロコロと笑った和哉は、少し歩いてから辺りを見回す。ちょうど車や人の姿がまったく見えなくなっていた。
自然なふうを装って、秀穂のダウンジャケットを掴む。これぐらいならふざけ合っているか、滑らな
いよう気をつけているぐらいにしか見えないだろう。不自然ではないはずだ。
秀穂も何も言わない。これはいつものことだ。
別荘に戻り、買ったものを大きな冷蔵庫に整理してから、和哉は一息吐く。まだ夕食の下ごしらえを
始めるには早い。
秀穂はコーヒーを入れてさっさとリビングに行ってしまい、和哉は甘めのココアを入れて、なんとな
くダイニングの大きなテーブルに身を落ち着ける。
キッチンにいるよりも、リビングに転がっている秀穂の姿がよく見えるのだが、実は、その秀穂の機
嫌が悪いのだ。
和哉はカップに口をつけたまま、相変わらずクッションを抱えるようにして床に転がり、本を読んで
いる秀穂の姿を見つめる。
憮然とした表情は見慣れたものだが、全体から漂う雰囲気が、少し荒れているように感じる。
仕事が多忙をきわめたときも、似たような雰囲気となることはあるが、決して和哉に当たるまねはしない。だが今は、うかつに近づけないものがある。
ココアを飲み干してカップを洗うと、どうしようかと迷ってから、遠慮しながら秀穂の隣へと移動する。
傍らに座っても何も言われなかったので、和哉はころりと床に転がる。
斜め下の位置から、本を読む秀穂の顔を見上げ続ける。すると、本に視線を落とし、仏頂面を変えないままの秀穂が、ふいに片手を動かした。
さらりと髪を撫でられ、思わず首をすくめた和哉だったが、じっと秀穂を見上げる。
手慰みに髪を撫でられていたが、ふっと息を吐き出した秀穂が読んでいた本に栞を挟んで閉じる。
抱え込んでいたクッションを頭に敷き、和哉は強い力で引き寄せられた。
あっという間に秀穂の腕枕に頭をのせられ、間近で目が合う。怖いぐらいに真剣な眼差しを向けられ、感じるものがあった和哉の体は知らず知らずに熱くなる。
髪を梳かれながら秀穂の顔が近づき、唇を塞がれる。
一昨日、別荘を訪れてすぐに、このリビングで秀穂と体を重ねたが、他人の家だという意識のせいか、異常な高ぶりを覚えた和哉はいつになく性急に乱れた。
今も同じだ。キスだけで意識がどうしようもないほど舞い上がる。それだけに、理性という制止の声が上がる。
「……秀穂、ダメだよっ……。まだ、昼過ぎだよ」
キスの合間、囁くように和哉は声を潜めて告げる。それにリビングの大きな窓のカーテンは開いたままだ。人が外から覗く可能性は低いが、それでもやはり、明るい場所でというのは抵抗がある。
同時に、昼間からこうして秀穂とくっついていられるというのは、くすぐったいぐらい嬉しくもあるのだ。
強く拒めないまま、静かに秀穂とのキスが熱を帯びていく。
秀穂の片手が和哉の着ているセーターの下に入り込み、脇腹を撫でられる。ピクンと和哉は体を震わせる。
柔らかく唇を吸われながら、ゆっくりとセーターを捲り上げられ、低く囁かれる。
「脱がせていいか?」
秀穂の熱い舌を口腔に受け入れながら、小さく頷く。
のしかかられ、セーターを脱がされてクッションに頭を預けられる。寒くはなかった。室内が暖かいということもあるが、秀穂にきつく抱き締められて体温を与えられる。
「秀穂……」
「無茶はしない。お前に触るだけだ」
コクコクと頷いた和哉は、秀穂の肩にすがりつく。
丹念に首筋に唇が這わされ、いつになく肌を強く吸われる。おそらく、小さな鬱血の跡が残されているだろう。
常に人目をつくことを考えてくれる秀穂には珍しいことだが、今は休み中だ。人目を気にすることなど考えたくなかった。
喉を反らして小さく喘ぎながら、和哉も控えめに秀穂のトレーナーの下に両手を差し込み、素肌の感触を感じる。
肩や胸元に丹念なキスが落とされ、見ると、一昨日の夜につけられた消えかけの愛撫の跡に、秀穂は新たな愛撫を加えていた。
顔を上げた秀穂に貪るように唇と舌を吸われる。
胸元にてのひらが這わされ、ささやかな尖りを示している胸の突起を転がされる。
「んっ」
声を洩らした和哉は身をよじろうとしたが、押さえつけるように秀穂が胸に顔を下ろす。
いきなり熱い口腔に敏感な突起を含まれ、ブルッと体を震わせた和哉は、頭の先から爪先まで駆け抜ける疼きを味わう。
きつく突起を吸い上げられ、さらに尖って凝ることを要求される。舌先でくすぐられてから、歯を立てられて引っ張り上げられる。
「あっ、んー……」
痛痒い感覚が胸に広がる。
和哉は秀穂の頬に手をかける。上目遣いの秀穂と目が合い、甘く息を乱しながら和哉は見つめ返す。
すっかり赤く色づいた突起を、まるで和哉に見せ付けるように、秀穂の舌で露骨に舐め上げられる。恥ずかしいが、気持ちよかった。
再び秀穂とキスを交わしながら、放っておかれたもう一方の突起も指先で弄られる。
秀穂に抱きつくと、強く背を引き寄せられる。耳元にキスされながら、パンツの前を寛げられていた。
引き出されたものをそっとてのひらに包み込まれ、喉の奥から堪え切れない悦びの声がこぼれる。
「……熱くなってるな」
秀穂に囁かれる。それが和哉の体のことを言っているのか、てのひらに包み込まれたもののことを言っているのか、わからなかった。どちらにしても正解のような気がする。
ゆっくりと上下に手が動かされ、擦られる度に和哉の腰は揺れる。
「あっ、あっ、秀穂……」
秀穂が唇を動かし、口中で何か言ったようだが、和哉には聞き取れない。
甘やかすように優しいキスを与えられ、口腔を丹念に舐め回される。ゾクゾクするほど感じてしまい、秀穂のてのひらの中で熱くなる一方のものがクンッとしなる。
指で刺激され続けた胸の突起を、また秀穂の口腔に含まれて、恥ずかしくなるほどの濡れた音を立てて激しく吸われる。
「んっ、ふぅ……。あっ、い、い――」
秀穂、と小さく名を呼ぶと、応えるようにてのひらの中のものの先端をそっと指の腹で擦られる。ヌルッとした感触から、和哉は自分が快感のしずくを溢れさせていることを知る。
あとはもうわけがわからなくなり、気がついたときには下肢をビクビクと震わせ、秀穂にきつくしがみついていた。
強烈な快感に一瞬意識が揺らぎ、次の瞬間には詰めていた息を大きく吐き出す。
秀穂の手の中で達していた。
床に放り出したままで、あとでハンガーにかけようと思っていた秀穂のダウンジャケットのポケットの中から、秀穂自身がハンカチを取り出し、和哉の放ったもので濡れた手を拭う。
和哉のものも丹念に拭われる。恥ずかしさにじっと身を硬くしていたが、秀穂に求められて濃密なキスを交わしているうちに、鎮まりかけていた体の熱が再燃する。
秀穂のほうも、再び和哉の体をまさぐり始め、触れるだけだと言われたが、和哉も秀穂の無言の求めに応じる。
背を抱き寄せられて、脱いだセーターを下に敷き込まれた。
パンツに手がかかってゆっくりと引き下ろされかけたとき、聞き覚えのある音楽がダイニングのほうから聞こえてきた。
「あっ、ぼくの携帯……」
思わず和哉は言葉を洩らす。ため息を吐いたのは秀穂のほうで、和哉が電話に出ると言い出す前に体を引っ張り起こされた。
脱がされたセーターを差し出されたので、反射的に受け取り、結局着込んで格好を整えると立ち上がる。興奮が一気に冷めてめまいがした。足元も、立っているという感覚が曖昧でふらつく。
それでもなんとかダイニングに行き、鳴り続ける携帯電話を取り上げる。
電話に出ると、実家の母親からだった。
年末年始だというのに実家に戻らない息子を心配してかけてきたのだ。
本澤家の別荘で友人と一緒に過ごすと言っておいたのだが――。
和哉は苦い表情で母親の小言を聞く。ふとリビングを見ると、秀穂は何事もなかったように、再びクッションを抱えるようにして、うつぶせの姿勢で本を開いていた。
向けられている横顔がどことなく怒っているように見える。
電話を切ったら、二人分のおせち料理と夕食の下ごしらえを始めようかと、和哉は内心でため息を吐いた。
翌朝、目覚まし時計代わりの携帯電話が鳴る前に、和哉は目を開ける。
すぐ目の前には、眠っている秀穂の顔がある。しっかりと抱き締められていた。
普段の生活では、お互い自分たちの部屋で休んでいるので、どちらかの部屋で一晩過ごすということはせいぜい週末にあるかないかだ。
その反動というわけではないが、ごく自然に、こうして同じベッドで眠っている。昨夜、ほとんど会話がなくてもそれは変わらない。
なんだか知らないが、秀穂の機嫌が悪いままなのだ。
まあ、無愛想なのも無口なのも、学生時代からのつき合いで慣れっこではあるが。
今日はとうとう大晦日だと思うと、やるべきことが多すぎて、体がウズウズしてくる。家事で体を動かすのは嫌いではない。むしろ、好きだった。
眠気が完全に払拭されているのを確認してから、クッションの下に入れてある携帯電話を取り出して時間を確認する。目覚ましを設定しておいた時間より、一時間も早く、まだ早朝といえる時間だ。
体に回された秀穂の腕をそっと外して抜け出そうとすると、ゆっくりと秀穂が目を開く。
まだ寝ぼけている表情で和哉を見上げてきて、風邪を引くぞ、と言われて再び腕の中に抱き寄せられそうになる。
和哉は小声で囁く。
「秀穂は寝てていいよ。朝ご飯の準備してくるから」
「まだ……早いだろ」
「今日、大晦日だよ。いろいろ準備しないと」
眠そうながらも、素直に秀穂が頷く。普段が大人っぽいだけに、そんな仕種が可愛く思える。
小さく微笑んだ和哉は、ベッドから出てガウンを羽織る。隣の部屋で着替えを済ませて一階に下りると顔を洗う。
暖房器具を入れてからカーテンを開けた和哉だったが、呆気に取られる。昨夜は気がつかなかったが、また雪が降ったようだ。
凍っていた雪の上から、新たな雪が積もって真っ白だ。
玄関に回ってドアを開けると、階段にも雪が積もっており、下りるのが大変そうだ。
あとで秀穂に、雪かきをしてもらわなければならないだろう。
外の寒さに大きく体を震わせてから、慌ててドアを閉める。
和哉は朝食の準備を始める前に、キッチンのあちこちを探して、おせち料理を詰める重箱を見つける。正月用の道具などはすべて揃っていると聞いていたのだ。
気分を楽しめればいいので、大した量を作るつもりはない。
次々に年末年始に使う食器類を出してから、朝食の準備と平行して、本格的なおせち料理を作っていく。
秀穂などは、おせち料理はなくてもいいと言っていたが、なければないで寂しいと和哉は思うのだ。
夜食べる年越しそばのダシも取らないと、と考えているうちに、背後で足音がする。
振り返ると、着替え終えた秀穂が、まだ半分眠っているような顔で立っていた。寝起きがいい秀穂には珍しい様子だ。それだけ、この別荘で寛いでいるといえるかもしれない。
和哉は思わず笑ってしまう。
「秀穂、寝てていいよ。まだ眠そうだよ」
「大晦日と正月は、なんだか落ち着かない。寝てるともったいない気がしてくる」
「あー、だったら、ご飯が炊ける間に、出来てる料理をお重に詰めていってよ」
「……寝てていいって言ったくせに、もう俺をこき使うか、お前は」
文句を言う秀穂は、いつもの秀穂だ。一夜明けて、機嫌は直ったらしい。
菜箸を渡そうと振り返った途端、前触れもなく秀穂に抱き締められる。
「秀穂?」
何事かと思ったのはわずかな間で、和哉は笑みをこぼして秀穂にすがりつく。なんだかこういうのは、幸せでくすぐったくなってくる。
「ここ何年か、大晦日っていったら、お互いの部屋でメリハリなくぼんやりしてるからな。……いいな。こんなふうに二人きりで過ごせるのは」
和哉にとって何より嬉しいのは、自分の気持ちをなかなかストレートな言葉にしてくれない照れ屋の秀穂が、こうして気持ちを告げてくれることだ。
「うん。ぼくも、すごく嬉しいし、楽しい」
髪に秀穂の唇が埋められる。それから額や頬にキスされて、最後に唇を塞がれる。
この別荘を訪れてから、何度キスを交わしただろうかと思う。場所が場所なので、気分がずっと盛り上がったままなのだろう。
秀穂が重箱に料理を詰めている間に、和哉は二人分の朝食を作ってテーブルの上に並べる。
二人で向き合って朝食を食べながら、今日の予定を話す。もっとも、忙しいのは和哉だけなのだが。
「あっ、秀穂、外の雪かきやってよ。階段がもう、雪に埋もれてるんだ」
「お前が埋もれたら大変だしな」
何気なく返され、数秒間反応ができなかった和哉だが、からかわれたことを知り、箸を投げつけるまねをする。
秀穂はくっくと声を押し殺して笑い、それがまた和哉には腹立たしい。
「あー、人をバカにしてっ」
「悪気はないんだ」
「だけど事実だ、とか言うんだろ」
そんな会話を交わしながら朝食を終えて、コーヒーを入れるためお湯を沸かす。
そのとき、玄関のベルの音がダイニングに響き渡った。
秀穂と顔を見合わせてから和哉は立ち上がる。
「誰だろ」
玄関に行ってドアを開けると、目の前に立っていたのは、スコップを手にした陽平だった。
「――おはようございます」
生まじめな顔で挨拶され、和哉も思わず丁寧に頭を下げて挨拶する。
「あの、どうかした?」
問いかけながら、何気なく階段に目をやる。すると、朝起きたときには積もっていた雪がきれいに除けられていた。
「あっ……、もしかして、階段の雪……」
「親父に言われたんだ。階段だけじゃなくて、家の前から、外に出る道までの雪を除けておくんで。不審者に間違えられないように、一声かけておこうと思ったんだ」
ふと陽平の目が、和哉の背後に向けられる。振り返ると、秀穂が立っていた。
「俺も手伝う。ダイニングの裏口に、スコップがあったよな」
「でも――」
声を発したのは陽平だ。秀穂は和哉を指さして言った。
「こいつに言われてたんだ。雪かきでもして、少しは働けって」
「そこまで言ってないだろう」
「とにかく、和哉は家の中で正月の準備をしてろ」
ムキになった和哉を置いて、さっさと秀穂は行ってしまう。
「……ごめんね。大晦日で君も忙しいはずなのに」
和哉の言葉に、陽平はあっさりと首を横に振る。
「いいっすよ。この雪だと、ふらふらできないし」
そんな会話を交わしていると、ダウンジャケットとスコップを手にした秀穂がやって来る。
手伝うと言ったところで、足手まといだと言われるのがオチなので、和哉はおとなしくドアを閉める。
リビングに回って、窓から外の様子をうかがう。秀穂と陽平は何事か話してから、手分けをして雪かきを始める。
頼もしいなと和哉は唇を綻ばせた。
雪かきは男手二人がかりで、二時間近く続けられた。
玄関に立った秀穂のダウンジャケットと、陽平のフライトジャケットは雪が積もってぐっしょりと濡れている。
玄関に出た和哉は、開けられているドアから外を見る。
「あれっ、雪降ってる?」
「いや。木の枝に積もってた雪が落ちてきたんだ」
寒そうな二人を促してリビングに行かせ、ガスストーブの側に座らせる。二人の濡れたジャケットも、ハンガーにかけてガスストーブの熱が届く場所で乾かし始める。
洗面台にあるドライヤーで、陽平のものだけでも乾かそうかと考えながら、まずは二人に熱いコーヒーを入れてカップを手渡す。
和哉はリビングの窓から外を見る。最初は見ていたが、すぐにキッチンにこもって料理を作ったりしていたのだ。
玄関前から雪が除けられて、きちんと道が出来ている。
「うわっ、すごい……。二人共ありがとう」
礼を言って振り返ると、秀穂と陽平は黙ってコーヒーを啜っている。どちらも寡黙なタイプなので、気をつかって声をかけるということはないのだ。
苦笑を洩らした和哉は、交互に二人を見つめる。本当に雰囲気が似ているなと、改めて思っていた。
ここでふと思い出し、和哉はパタパタと小走りでリビングを出て行こうとする。
「どこ行くんだ」
秀穂に問われて説明する。
「洗面所にあるドライヤーで、陽平くんのジャケットを早く乾かそうと思って」
「いいっすよ」
慌てて陽平がコーヒーカップを置いて立ち上がろうとする。和哉はにっこり笑いかける。
「風邪引かれたら悪いから。乾かす間、そこの無口な男の話し相手でもしてやっててよ」
すかさず秀穂からクッションを投げつけられたが、和哉は悠然と躱して洗面所に行く。
ドライヤーを持ってくると、陽平のフライトジャケットも一緒に、うるさくないようキッチンに持ち込んで乾かす。
時間をかけてドライヤーの熱風を当て、裏地を撫でて確認する。
そろそろ大丈夫かもしれないと思っていると、足音がして顔を上げる。陽平が申し訳なさそうな顔で立っていた。
「もしかして、秀穂から逃げてきた?」
笑いながら和哉が問いかけると、まじめな顔で陽平が首を横に振る。
「いえ……」
「――聞こえたぞ、和哉。好き勝手なこと言いやがって」
陽平のあとに続いて顔を出したのは秀穂だ。なんとも苦々しい表情をしている。
込み上げてくる笑いを堪えて、陽平にフライトジャケットを返す。
「もう乾いたと思うんだけど」
礼を言って受け取った陽平がすぐに羽織り始めたので、和哉は慌てて止める。
「もっとゆっくりしていっていいんだよ」
「いえ。大晦日でバタバタしてるようだし」
陽平が目を向けた先には、テーブルがあり、重箱や食器、食材を置いたままだ。
「俺も早く戻らないと、他に手伝いがあるんで」
ペコリと頭を下げた陽平を見送りに玄関まで行く。秀穂はついてこなかった。
「本当にありがとう。助かったよ。今度はゆっくり遊びにおいでよ。四日まではここにいるから」
頷いた陽平の態度は、本気なのかどうなのか判断がつかない。
陽平がドアを開けて出て行こうとしたが、何かを思い出したように和哉を見た。
「どうかした?」
表情に乏しかった陽平の顔に、わずかな照れが浮かぶ。
「……朋幸さん、ここに顔を出すってことないかな?」
そう尋ねられ、きょとんとした和哉だが、すぐに陽平の質問の意図を理解して微笑む。
「一週間は海外に滞在するから、多分こちらに顔を出す余裕はないと思うんだ」
「そっか……」
ペコッと頭を下げて陽平が行こうとしたので、和哉は向けられ背に声をかけた。
「朋幸さんに伝えておくよ。陽平くんが会いたがってたって」
振り返った陽平がにんまりと笑う。このときだけは歳相応に見えて、和哉は手を振って見送った。
おせち料理もすべて作って重箱に詰め、年越しそばのダシも取り終えたときには、すでに午後三時を過ぎようとしていた。
残念ながら昼食まで手が回らず、秀穂は一人でカップラーメンを食べるという、わびしい昼食だ。一方の和哉は、おせち料理の味見を繰り返していたので、秀穂には悪いが満腹だ。
キッチンの片付けを終えて、ようやく和哉の仕事は終わりだ。これで無事に大晦日の夜と元日を迎えられる。
テーブルについていた秀穂の姿はいつの間にかなくなっており、捲り上げていたセーターの袖を下ろしながらリビングに向かう。
秀穂は床の上に座り込んで、ぼんやりと窓に視線を向けていた。和哉に気づくと手招きされる。
近づくと腕を取られて座らされ、背後からすっぽりと秀穂に抱き締められる。
「もう、誰も来ないな」
「多分ね」
答えながら和哉は、昼間の陽平の様子を思い出し、くすりと笑う。
「どうした?」
「陽平くん、可愛かったよね」
「……可愛いっていう図体でもなかっただろ」
憮然とした声で秀穂が言う。たまらず和哉はくすくすと声を洩らして笑ってしまう。
「違うよ。そういう可愛いじゃなくて――、あの子、朋幸さんに会いたかったんだよ」
秀穂の体が強張ったのがわかる。顔を仰向かせるようにして秀穂の顔を見上げると、驚いているのがわかった。
「秀穂?」
「……それ、本当か?」
「うん。ぼくに朋幸さんのことをよく聞いてたし、なんとなく、わかるんだよ。来ないとわかって、がっかりしてたし」
秀穂が気が抜けたように大きく息を吐き出す。和哉の視線に気づくと、他に表情がないといった様子で、苦々しい表情を向けられた。
「――正直、お前目当てかと思った」
「……バカ」
和哉はストレートな感想を洩らす。ムッとしたように秀穂は唇をへの字に曲げる。
「バカはないだろ」
「バカだろ。そんなこと、あるわけないだろ」
「わからん」
きっぱりと断言され、和哉は返す言葉がない。
「お前も、あの高校生に何かと甘かっただろ。まあお前は、誰に対しても甘いんだけどな」
言おうかどうしようかと迷ってから、和哉は小さな声で告げる。
「……あの子、なんとなく雰囲気が秀穂に似てたんだ。仏頂面なところとか、あまりしゃべらないところとか」
「和哉……」
目を丸くする秀穂を、照れ隠しに軽く睨みつける。
「ぼくと秀穂が知り合ったのって、大学時代だろ?ぼくの知らない高校時代の秀穂って、こんな感じなのかなって思ったら――」
もういい、という意味か、息も詰まるほどきつく抱き締められる。なんとなく、秀穂の機嫌が悪かった理由がわかった気がした。
和哉はくすくすと声を洩らして笑う。ものすごく、嬉しかったのだ。
そっと耳元で囁かれた。
「風呂、一緒に入るか? 雪かきで汗かいたんだ」
何を求められるかわかっていたが、和哉はこくんと頷く。
秀穂は風呂の準備をするため二階に上がり、和哉は一階でガスストーブの火を落としたりしてから、バスタオルや着替えを用意する。
なんだか、ことが起こるのを期待しているような自分に羞恥心を刺激される。
寝室のベッドルームに腰掛けてぼンやりとしていると、ドアが軽くノックされて秀穂が顔を出す。
「準備できたぞ」
「う、うん」
和哉が照れてまごまごしている間にさっさと秀穂は行ってしまい、あとからおずおずと風呂に向かう。
この別荘には一階にも広いながらも普通の風呂があるが、二階には立派な桧造りの露天風呂がある。
男二人でもゆっくり入れる大きさで、一緒に入るのは、この別荘を訪れた日以来だ。
和哉が脱衣所に入ったときには、すでに秀穂の着ていた服は脱ぎ捨てられていた。拾い上げてきちんとカゴに入れてから、和哉も服を脱ぐ。
タオルを手にドアを開けて外に出ると、モウッと湯気が立ち上っている。秀穂の姿はすでに湯船の中にあった。
まだ明るい陽射しの下で露天風呂に入るのも気恥ずかしいものがある。
そう思いながら和哉はかけ湯をして湯船に入る。
秀穂と並んで湯に肩まで浸かり、二階から見える景色を眺める。
「――あれだな」
急に秀穂が口を開く。
「何?」
視線を向けた先では、秀穂が口元に穏やかな笑みを浮かべていた。
「お前と一緒にいると、退屈しないな」
「そうかな……」
「普段は仕事で忙しいし、休みの日も部屋でこもりきってることが多いからわからないけど、こうして外に出て一緒に過ごすと、ハラハラさせられる」
言いながら秀穂に手を握られる。
「……誰がお前に目をつけるのか気になって、こいつは俺のものだって、ずっと主張したくなる」
カアッと顔が熱くなる。和哉も秀穂の手を握り返し、必死に言った。
「ぼくだって、そうだよ。秀穂、よく見たらかっこいいから、誰がそのことに気づくのかなって、いつも気にかけてる」
「よく見たら、か」
「いやっ、パッと見てもかっこいいけど――」
慌ててフォローしていると、秀穂は声を上げて笑う。だがすぐに笑い収め、熱っぽい眼差しを向けられて和哉は恥じ入る。
「――来いよ」
言葉と共に秀穂に手を引っ張られ、浮力で体が軽くなっていることもあり、あっという間に秀穂の腿の上に向き合う形で座らされた。
「秀穂、ここ、で……?」
和哉は微かに震えを帯びた声で尋ねる。怯えているわけではなく、明らかに興奮と期待によるせいだ。
秀穂の強い囁きが返ってきた。
「今すぐお前が欲しいんだ」
腰を引き寄せられて、下腹部が密着する。温めの湯の中で、秀穂のすでに高ぶった熱を感じる。
頭を引き寄せられて唇を重ねる。性急に口腔に舌を差し込まれ、和哉はぎこちなく秀穂の舌を吸って応える。
秀穂が好きでたまらないという気持ちを込めて。
狂おしく秀穂の唇が首筋から肩へと這わされ、すぐまた唇を重ね合わせる。
今度は和哉が、秀穂の首筋から肩へと唇を押し当て、そっと舌先を這わせる。
「くすぐったい、和哉」
そう言いながら、秀穂の指先がうなじから背筋へと滑り落ちていく。
「あっ……」
和哉は小さく声を洩らし、パシャンと水音を立てる。秀穂の指先がさらに奥深くへと忍び込み、和哉の秘められた場所へと触れてきたのだ。思わず秀穂の肩にしがみつく。
温泉の滑りを借りるようにして、ゆっくりと慎重に秀穂の指が秘孔へと挿入されてくる。
「あっ、んくうっ」
背をしならせると、もう一方のてのひらに何度も背を撫でられる。おずおずと顔を上げた和哉は、秀
穂と唇を啄み合い、密着した下腹部をぎこちなく擦りつけ合う。それだけで、たとえようもなく気持ちいいのだ。
「痛くないか?」
囁かれ、小さく首を横に振る。同時に秀穂の長い指が付け根まで秘孔に収まり、蠢かされる。
ゾクゾクと疼きが湧き起こり、自然に体が伸び上がる。夢中で秀穂の頭を抱き寄せると、しっかり体を支えられながら、触れられないまま尖っていた胸の突起を熱い口腔に含まれた。
「あっ……ん、秀、穂ぉ……」
突起を吸われては、尖りを確かめるように舌先でくすぐられ、すぐにまた吸われる。一方で秘孔では、指が巧みに動かされて、収縮する狭い場所を捏ねるようにして解される。
その動きはすぐに大胆になっていき、秘孔で円を描くように撫で回され、掻き回される。
和哉は反射的に腰を浮かせて逃れようとする。
「やっ、だ……。お湯、中に……」
恥ずかしくてそれ以上は言えないが、秀穂には伝わったようだ。真顔で尋ねられた。
「お湯、熱いか?」
和哉の全身が羞恥で熱くなる。
「……そういうわけじゃ――」
腿の上に座っているせいで、いつもは見上げる形の秀穂の顔を、同じ目線で見つめることができる。
額にキスされたので、和哉は秀穂の顔に浮いた汗を濡れた手で拭ってやり、自分も秀穂の顔に唇を押し当てる。
秘孔から指が引き抜かれたが、すぐに今度は二本の指を受け入れさせられる。和哉は大きく息を吐き
出し、体から力を抜こうとするが、無意識に秘孔の指を締め付ける。
それを解すように、今度は二本の指で秘孔を掻き回され、ときおり出し入れされる。秘孔の敏感な襞で、お湯が深い部分まで侵入してくるのを和哉は感じる。
いつもはない、異質の感覚だ。
「んっ、んっ、ふあっ、入、る。お湯、奥に――」
「お前の奥が、悦んでる。俺しか知らない、お前の反応だ」
集中的に秘孔を擦り立てられる。湯が激しく波を立て、縁から溢れ出す。
指がようやく引き抜かれ、いいか? と問われて、和哉は涙ぐみながら頷く。擦れ合う互いの欲望の形はこれ以上なく屹立して、もう限界だ。
「……秀、穂。秀穂。秀穂……」
助けを求めるように秀穂を呼ぶと、身動いだ秀穂の熱いものが秘孔に擦りつけられる。
「ひあっ」
秘孔をこじ開けられ、下から圧迫感がせり上がってくる。和哉は秀穂にすがりつきながら、熱い吐息をこぼす。
秀穂のものが秘孔で蠢く度に、一緒に入り込んできたお湯も逆流して、妖しい感覚を生み出す。それに、ここが屋外だという現実も、高ぶりに拍車をかける。
双丘を割り開かれ、秀穂が腰を突き上げる。グンッと秘孔に逞しいものが一気に挿入され、和哉は秀穂と深々と一つになる。秀穂のすべてを、和哉は秘孔で呑み込んでいた。
見つめ合い、荒い息を吐きながら唇を貪り合う。舌を引き出され、甘噛みされて体の奥が疼く。同時に、秘孔の奥深くにある秀穂のものを、自分でわかるほどギュウッと締め付けていた。
秀穂に支えられながら、お湯に肩までしっかりと浸かる。体の内に何よりも激しい熱を与えられているため、のぼせてしまいそうだ。
温泉のせいで滑る肌に、秀穂が両手を丹念に這わせてくれる。和哉も、秀穂の胸や背にてのひらを這わせて、互いを高め合う。
いつしか、二人の腰がリズミカルに動いて同調する。
「んっ、あ……。あっ、あっ、奥、痺れ、る」
官能の泉が溢れ出すような、いつもの感覚だ。感度が研ぎ澄まされ、和哉の体は秀穂に快感を注がれるためだけの器となる。
秀穂に下から突き上げられる度に、浮力で軽くなった体は簡単に上下に揺さぶられる。和哉は自ら腰を前後に動かし、秀穂の引き締まった下腹部に、自らの高ぶったものを擦りつける。
だがお湯の滑りのせいか、いつもの快感が得られない。泣き出しそうになって秀穂の顔を見つめると、優しい口調で問われた。
「このままだとのぼせるから、ベッドに行くか? またあとで入ればいいだろ」
「う、ん」
上擦った声が出るのが恥ずかしい。だが、もう我慢できない。
秘孔から慎重に秀穂のものが引き抜かれ、体を支えられながら湯船から出る。
脱衣所でしっかりと体を拭いてから、腰にタオルを巻いた秀穂に、最初の日のときのように抱き上げられてベッドルームに連れて行かれる。
寝室のドアを閉める余裕もなく、和哉の体はベッドの中央に横たえられ、すぐに秀穂がのしかかってくる。
体にかかる秀穂の重みが心地いい。
胸元や腰に噛み付く勢いで愛撫されながら、秘孔に指が這わされ、いきなり挿入される。だが、痛くはない。
「あっ、んんっ」
「熱くて、柔らかいな、お前の中は。でも狭くて、俺の指を締め付けてくる」
欲しがってる、と最後に秀穂が言葉を付け加える。実際和哉は、秀穂が欲しくてたまらない。
うつぶせの姿勢を取らされて、腰を抱えられる。和哉は必死にシーツを握り締める。
背後から、和哉の秘孔の感触を味わうように、ゆっくりと秀穂の熱いものが押し入ってくる。
「あーっ、あーっ、秀穂、の――……入って、来るぅっ」
湯船の中でもどかしい思いをしたというのに、たったこれだけで、和哉は達してしまう。
くたっと脱力するが、同時に奥深くまで秀穂のものが届き、揺さぶられる。
最奥を突かれる度に、肉の愉悦が溢れ出してくる。こんな快感を得られるのなら、自分がどんなに淫らな生き物になってもかまわないと、そんな考えがふっと頭を過る。
こうして秀穂に全身で愛してもらえるのなら。
秀穂の最初の限界も近いのか、動きが変わり、小刻みに秘孔を突かれるようになる。奥の感じやすい部分を集中的に擦られ、髪を乱して、和哉はふるふると首を左右に振る。
「くうっ……、んっ、んっ、んあっ」
「和哉っ……」
さらに腰を抱え上げられ、力強く数回突き上げられる。奔放に和哉の腰が弾み、体が揺さぶられる。
そして、しっかりと腰を引き寄せられて、秀穂の動きが止まる。
ドクッ、ドクッという秀穂の鼓動を確かに体内で感じる。続いて、何よりも熱い液体を秘孔の奥深くに注ぎ込まれる。
秀穂に満たされていると、強く感じる瞬間の一つだった。
乱れた呼吸を繰り返す秀穂に、髪を撫でられる。顔が見たいなと思うと、秀穂も同じ気持ちだったのか、ゆっくりと秘孔から、まだ熱さと硬さをたもったものが引き抜かれる。
「くうんっ」
和哉は小さく鳴き声を上げる。
体を仰向けにされ、涙と汗でぐしょぐしょになった顔を見られて恥ずかしいと感じる余裕もなく、秀穂にしがみつく。
「――まだ、お前が欲しい」
頭を引き寄せられながら掠れた声で秀穂に囁かれる。和哉は夢中で頷いていた。
「ぼくも……」
秀穂の熱い眼差しが向けられたのは、中からの刺激で再び高ぶった和哉のものだった。
両足を抱え上げられて胸に押し付けられ、これ以上なく羞恥に満ちた格好を取らされて、足を左右に開かれる。
飢えていたような勢いで、和哉の震えるものは熱い口腔に含まれた。
和哉は煩悶しながら、抱え上げられた両足の爪先をピンと突っ張らせる。
「んっ、くぅっ……。やっ、やぁ、強く、しないで」
和哉の言葉など聞こえない様子で、秀穂に敏感なものをきつく吸引される。たまらず和哉は熱い吐息交じりの嬌声を上げる。
舌が絡みついて舐め上げられると、甘えるような声がこぼれ出て止まらない。同時に、口腔に含まれたものの先端からこぼれ出るものもあるのか、秀穂に夢中で吸われる。
ようやく両足を下ろされ、和哉は反射的に両足を閉じて秀穂の頭を挟み込む。すると秀穂の唇が、愛しげに内腿に這わされる。
一方で濡れそぼったものは、巧みに指で扱かれる。
「あっ、あっ、イ、クぅっ……」
咄嗟に恥ずかしい言葉を口にしてしまう。羞恥する前に、強烈な快感が和哉を襲った。
パタパタと下腹部に生暖かな液体が散る。
自分が達したのだと理解した和哉は、全身を震わせて荒い呼吸を繰り返す。
ぐったりとした和哉に秀穂がのしかかってきて、頭を抱き寄せられる。和哉は必死でしがみついていた。
秘孔からは、注ぎ込まれた秀穂の名残りが溢れ出してくる。そんな場所に、再び秀穂の熱い高ぶりが擦りつけられ、綻んで慎みを失った秘孔は簡単に呑み込む。
「あっ……ん」
感覚が麻痺していると思っていたが、新たな快感が湧き起こり、和哉は秀穂の腕の中で身悶える。
「こら、あまり暴れるな」
手を焼いたように秀穂が苦笑を浮かべながら、柔らかく注意してくる。しかし、全身を貫いてくる肉の愉悦に耐え切れない和哉は、嫌なわけではないのに秀穂の下から逃れようと無駄な抵抗をしてしまう。
「ダメ、だよ。体が、勝手に――」
涙ぐみながら訴えると、真剣な表情となった秀穂に両手首を掴まれてベッドに押さえつけられる。
ゆっくりと秘孔を突き上げられながら、秀穂の唇が首筋から胸元へと這わされる。
痛いほど突起を吸い上げられて、ビクビクと体を震わせる。このとき秘孔の最奥を強く抉られて、和哉は甘い悲鳴を上げて乱れる。
「秀穂、変に、なっちゃうよ……」
和哉は必死に訴える。本当に、体だけでなく、意識も甘く蕩けてしまいそうだ。
「なれよ。今は、俺たち二人だけなんだから」
不器用な秀穂の精一杯の台詞に、和哉は自然に笑みをこぼす。
秀穂の肩に額を擦りつけながら、こくんと頷いた。
夕方になってようやく体を離した和哉と秀穂は、もう一度、今度はゆっくりと露天風呂に浸かってから、二人きりの大晦日の夜を迎える。
とはいっても、特別なことをするわけではない。
お酒を飲みつつ、リビングで並んで座ってテレビを眺めるだけだ。この辺りは、毎年の風景と変わらない。
秀穂にもたれかかっていた和哉は、ふと窓の外の景色を見て、声を上げる。
「あっ、雪」
秀穂も同じ方向を見て頷いた。
「明日も雪かきだな」
少しずれている秀穂は放っておいて、和哉は窓に近づく。昼間雪かきをしたばかりの道には、すでにうっすらと雪が積もっていた。
ワクワクしてきて、和哉は自分のダウンジャケットを羽織り始める。怪訝そうな表情で秀穂に言われた。
「お前もしかして、外に出るつもりか?」
「お酒でぽかぽかしてるから、ちょっと散歩。秀穂も行こうよ。別荘の敷地内を歩くだけだから」
嫌がるかと思われた秀穂だが、意外に素直に立ち上がって準備を始める。
「大晦日に、雪に埋もれたお前を見つけるのは嫌だからな」
怒ってやろうかと思ったが、秀穂なりの照れ隠しなのだと思うと、可愛く感じる。それぐらい、ベッドの中では優しく和哉を慈しみ、愛してくれたのだ。
耳元には、惜しみなく囁かれた囁きがまだ残っている。
一緒に外に出ると、雪はちらちらと降っていて、吹雪というわけではない。
すっと横に立った秀穂に腕を突き出される。
「掴まってろ。滑るぞ」
笑いかけた和哉は、しっかりと秀穂の腕に自分の腕を絡めて階段を下りる。
別荘の裏手に広がる敷地に行くと、別荘からの明かりで周囲が照らし出され、別荘を取り囲む木々に雪が積もってきれいだ。
白い息を吐き出し、ギュッと秀穂の腕にしがみつく。すると腕が解かれ、しっかりと肩を抱き寄せられた。
「――来年も、こんなふうに一緒にいられたらいいね」
「年末年始ぐらい、休みは取れるだろ。俺も、忙殺されるほど出世するとは思えないし」
「そういうこと言ってるんじゃなくて――」
ムキになる和哉に対し、秀穂は口元に穏やかな笑みを浮かべる。
「一緒だ。俺はお前と離れる気はないからな。……来年は不精しないで、どこかいい宿を探して取るか」
嬉しくて、和哉はこくこくと頷く。
「うん。どこでも行く」
秀穂と一緒なら。
満足そうな表情となった秀穂が動き、和哉はそっと唇を塞がれてすぐに離れる。二人の唇の間の空気だけ、このうえもなく熱い。
くしゃくしゃと髪をかき乱されて、軽く頭を叩かれた。
「そば、食うか。俺が作ってやる」
「……何言ってるんだよ。ダシはとってあるし、具も切ってあるから、秀穂なんてそば茹でるだけだろ」
「バカ。茹で加減が難しいんだよ」
他愛ない会話を交わしながら引き返す。
「そば食って、十二時になったら、初詣に行くぞ。この近所に神社があるって、今朝、あの高校生から聞いたんだ」
「ほんとっ?」
ああ、と答える秀穂に、愛しげな眼差しで見つめられる。和哉のほうが照れてしまい、うつむく。
それでもなんだか、このうえもなく幸せだった。
除夜の鐘の音が鳴るのは、あともう少しだ。
Copyright(C) 2005 Nagisa Kanoe All rights reserved.
無断転載・盗用・引用・配布を固くお断りします。