○ 心地の良い場所 ○
年末年始期間限定。 




 タクシーから降りた中条誓は、アルコール臭い息を吐き出してから大きく体を震わせる。さすがに真冬の夜ともなると、身を切 りつけてくるような寒さだ。
 よりによって大晦日の夜に、自分は何をしているのだろうかと苦笑を洩らしつつ、中条は手に した袋を掲げて眺める。その間も、足元が覚束なくふらつく。普段、深酒はしない性質なのだが、今夜は別だ。
 同席してい たオヤジ連中に飲まされたということもあるが、中条自身、酔っていないと行動が起こせなかったというのもある。
 もう一 度、アルコール成分をたっぷり含んだ息を吐き出してから、中条は足を踏み出した。向かったのは、古いマンションだ。
 特 別な夜だからか、中条がある人物の部屋に向かっている途中、どこの階からかにぎやかな声が上がり、すぐにドアの開閉の音と ともに聞こえなくなった。
 中条は、目的の部屋の前で立ち止まり、通路に面した窓から明かりが漏れているのを確認する。 思ったとおり、やはり部屋にいるようだ。
 らしくなく、自分の鼓動が緊張のため速くなっているのを感じながら、中条がイ ンターホンを押すと、わずかな間を置いてからドアが開けられた。
 思わずほっとして中条は笑みをこぼした。
「――こ んばんは、槙瀬さん」


 ダイニングのテーブルについた槙瀬は、奇妙な顔をして、じっと中条を見つめてくる。もう十年以上のつき合いになるが、槙瀬 のような男でもこんな表情をするのだと、非常に新鮮だ。
「どうかしましたか。変な顔をして」
 ワイシャツの袖を捲り 上げながら中条が問いかけると、槙瀬は今度は神妙な顔をして答えた。
「……変な顔にもなるだろう。仕事上世話になってい る弁護士が、大晦日の夜に酔っ払って、突然うちに来たんだ。しかも、年越し蕎麦持参で」
「大晦日の夜には、年越し蕎麦は 必要でしょう」
「いや……、そういうことじゃなくて……」
 自分が持ってきた『三人分』の年越し蕎麦を手に、中条は キッチンに立つ。わざわざ、有名な蕎麦屋の年越し蕎麦を、夕方のうちに買いに行ったのだ。槙瀬と一緒に食べるために。
  鍋を取り出して洗いながら、振り返った中条はさりげなく部屋の様子を観察する。
 槙瀬の部屋に入ったのは、初めてだ。
 これが、四十代後半の独り身の男が暮らす部屋。そして、ときどき自分の息子を泊めている部屋、だ。
 口数が多いほ うではない槙瀬と、中条に対してやたら憎まれ口をたたくその息子――塚本昭洋は、この部屋でどんなことを話しているのだろう かと考える。複雑な事情を抱えた父と息子だけに、会話の内容を想像するのは容易ではない。
 それに、槙瀬と昭洋の関係は 複雑なだけではない。複雑な関係に濃密な秘密が絡みついていると、鼻の利く者ならそう感じ取るはずだ。
「どうかしたか?」
 いつの間にか鍋を洗う手を止めてしまい、単調な水音だけが響く。テーブルから身を乗り出した槙瀬がこちらを見ていた。
「不思議だと思って。槙瀬さんて、事務所だとほとんど生活感がないのに、ここは……そうじゃないんですね。きちんと、生 活している匂いがある」
「俺は、霞を食って生きてるわけじゃないぞ。それに、俺一人だとどうとでもなるが、昭洋が泊まり に来ると、そういうわけにもいかん。あいつが来るようになってから、ここもずいぶん、人間が住むのに相応しい部屋になった」
「……ああ、なるほど」
 そう応じた中条の声は、自分でもわかるほど冷ややかになっていた。もしかすると槙瀬に気づ かれたかもしれない。
 中条にとって昭洋は、三年前に突如として槙瀬調査事務所に現れた、〈人に懐かない猫〉だった。若 いのにひどく落ち着いた物腰と空気を持っており、外見は極上。槙瀬の別れた妻がいかに綺麗な人だったのか、昭洋を見ていれば よくわかる。
 愛想の欠片もなく、いつも事務所で淡々と雑務をこなしている彼だが、槙瀬のことになると話は別だ。中条が 槙瀬に近づくだけで、子供のように不機嫌になり、攻撃的ですらある。まるで、全身の毛を逆立てる猫だ。
 そのくせ槙瀬に 対しては、柔らかな声で鳴いて身をすり寄せる。だから〈猫〉なのだ。
 もっとも最近はその〈猫〉も、槙瀬以外の人物に対 しても、それなりに親愛の情を示すようになったようだ。それなりどころか、あれは――。
 槙瀬に場所を聞いて二人分の器 を出すと、さっそく年越し蕎麦作りを始める。もっとも、ダシなどはついているので、あとは蕎麦を茹でるだけだ。
 自分の 前で、わざわざ昭洋の名を出した槙瀬に対して、中条はささやかな意趣返しに出た。
「ところで、塚本くんは今夜は来てない んですか? わたしはてっきり、彼に睨まれながら、年越し蕎麦を準備するつもりだったんですが」
「お前も変わってるな。 そんな覚悟をしてまで、うちで年越し蕎麦を食べる必要なんてないだろう」
「うちの所長につき合わされて飲んだあと、どう しても蕎麦が食べたくなったんです。だけど一人じゃ味気ないので、おつき合いいただこうかと」
「実家は近いんだろう」
「優雅に、海外で年越しですよ。息子は、年末ギリギリまで、仕事で奔走しているというのに」
「……それは、寂しいな。 家族と離れて年越しは……」
 背後で呟いた槙瀬の口調には、隠しきれない苦々しさがあった。その理由を、昭洋曰く〈意地 の悪い〉中条は知っている。
 中条は、槙瀬にとって顧客である水野潤一とそれなりに親しい。そのため水野本人から、年末 年始の予定を聞かされていた。
『――昭洋を、怖い親父から引き離して、旅行に連れていく』
 まるで悪ガキのような表 情を浮かべ、楽しげに目を輝かせて、二人分の新幹線の切符を振りながら水野はそう言った。怖い親父とはもちろん、槙瀬のこと だ。
 仕事でクリスマスの予定が狂ったということで、その埋め合わせのため年末年始の旅行予定をあっという間に立てて実 行した水野の行動力を、中条は見習うことにした。だからこうして、槙瀬の部屋に押しかけたのだ。
「まあ、人それぞれ、過 ごし方もあるだろうしな。俺みたいに、いつもと変わらず年末を過ごす人間もいれば、……昭洋や、お前の両親のように旅行に出 かける人間もいる」
「へえ、父親公認になったんですか、あの二人の関係」
 肩越しに中条が見た槙瀬の顔は、これ以上 ない渋面だった。思わず唇を綻ばせると、槙瀬にじろりと睨まれる。
「……お前、昭洋が水野と旅行に行ったこと、知ってる んだな」
「いい温泉旅館らしいですよ。水野くんがツテを駆使して予約を取ったと言ってました」
「若い奴らは、秘密が 多くていかんな」
 槙瀬らしくない冗談めかした発言に、とうとう中条は声を洩らして笑ってしまう。
「だったら、こち らはこちらで秘密を持ちましょう。二人で年越し蕎麦を食べたという秘密を」
 ダシを入れた鍋を火にかけていると、外では 聞かせないような柔らかな声で槙瀬が言った。
「――……あいつへの秘密なら、もう持ってるな」
「へえ、なんです」
「この部屋には、誰も上げないでほしいと言われているんだ。なのに今夜、こうしてお前を上げた」
 ドキリとした中条 だが、それが声に出ないよう気をつけ、あくまで平静を装う。一方で、昭洋の身勝手なわがままに率直に腹も立っていた。
  彼は、自分の父親を支配しているつもりなのだろうか、と。
「これから彼に嫌味を言われるたびに、その秘密を心の糧にしま すよ」
「お前の嫌味もなかなかだぞ。あの昭洋が、お前と話したあとはぐったりしている」
「……それはいいことを聞き ました」
「仲良くしてやってくれ。――俺の息子だ」
 反則だと思う。中条は、槙瀬のこの発言に何も言えない。事務所 では、父子であることをうかがわせないくせに――むしろ、年齢の離れた淡白な恋人同士のような雰囲気すらあるだけに、槙瀬の 口からこう言われると、言葉の鮮烈さにハッとするのだ。
 中条は蕎麦を手に取りながら、わざと皮肉っぽい口調で応じた。
「考慮しておきます」
 背後からは、槙瀬の低く抑えた笑い声が聞こえてきた。


 もちろん中条は、和やかに年越し蕎麦を食べて、おとなしく帰るつもりはなかった。槙瀬を促してグラスとビールを出してもら い、場所を隣の部屋に移して互いに注ぎ合う。
「――あまり飲みすぎるなよ。帰れなくなるぞ」
「大晦日の夜に、野暮な こと言わないでください」
 そう言って中条は、テレビに視線を向ける。音量を抑えたテレビの画面には、もうすぐ年明けが 近いことを物語るように、盛り上がった場面が映っている。
 何げなく槙瀬を見ると、顔はテレビに向けてはいるものの、目 は明らかにまったく違うものを見ているようだった。
「……気になりますか、二人のこと」
 我に返ったように中条を見 た槙瀬は、ちらりと薄い笑みを浮かべた。
「不思議なものだな。あいつに父親だと名乗る前までは、どんなふうに過ごしてい るかなんて、そう気にかけたこともなかったのに。いざ、近くで暮らすようになると、目の届くところに置いていないと落ち着か ない」
「そういう感情は、父親が娘に抱くものだと思うんですけど。いまさらですけど、あなたは少し、彼に過保護じゃない ですか」
 意識しないまま、声が非難がましいものになる。別に、槙瀬を責めたいわけではない。これは、槙瀬の関心を一心 に集めている昭洋への、わかりやすい嫉妬だ。
 三十をいくつも出た自分が、まさかこんな感情を他人に持つことになるとは、 思いもしなかった。
 昭洋が現れるまでは、程よい槙瀬との距離感を楽しむ余裕があったのだが――。
 グラスに口をつ けようとした槙瀬が、不自然に動きを止めたあと、暗い声で言った。
「昭洋は……、見た目よりずっとタフではあるが、俺は 一度、徹底的にあいつが壊れたところを見ているからな。どうしても、そのときの意識が抜けない。俺の見てないところで、と考 えてしまう」
 槙瀬にどうしても近づけない境界線を感じる。そして槙瀬の隣にいるのは、昭洋なのだ。この父子は、絶対的 な〈何か〉を乗り越えている。だから、仲がいいとか悪いとかではなく、必然のように互いを側に置いているのだ。
 頭では わかっていても、その事実がむしょうに悔しい。
 中条は、酔いのせいなのか、大晦日の夜で気分が高揚しているせいか、自 分がいつになく感情的になっているのを感じていた。だからこそ、槙瀬の部屋に押しかけるという大胆な行動も取れた。
 だ ったら、さらに大胆な行動に出たところで、どれほどの差があるのか。
「その役目を、水野くんに譲るというのは?」
「……奴は、昭洋には激しすぎる。昭洋が持つ激しさとは、水と油だ。水野は、昭洋を振り回して、壊しかねない」
「自分は 大丈夫だという口ぶりですね」
 槙瀬は軽く目を見開いてから、苦い笑みを浮かべる。
「そうだな……。俺は、他人のこ とを言えない。さんざん昭洋を傷つけてきたからな」
 槙瀬が昭洋のことを口にするたび、二人の間にある本当の関係を、過 去を、知りたくなる。嫉妬に狂いそうになるとわかっていながら。
 中条は畳の上にグラスを置くと、槙瀬に這い寄って片手 を伸ばす。
 初めて触れた槙瀬の頬は、当然だが温かかった。事務所では、側に寄ることはできても、こんなことはできない。 仕事上のつき合いという、厳然たる一線が引かれていたのだ。しかし、今この瞬間は違う。
「――……わたしは、本気なんで すけど」
 硬い口調で中条が切り出すと、いつものように槙瀬は静かに笑う。
「何がだ」
「ずっと言っているように、 わたしはあなたに、個人的興味があります」
「光栄だな。やり手弁護士に、そんなことを言ってもらえて。だけど、お前の興 味を満たせるようなものは、俺は持ってないぞ。小さな調査事務所の所長というだけだ。それ以外は、何も持ってない。息子一人 を除いて」
 槙瀬が中条の前で昭洋の話題を持ち出すのは、こちら側にやってくるなという、予防線のようなものなのだろう。
 だが中条は、槙瀬にそうされるたびに本気になっていくのだ。なんとしても、この男の側にいきたいと。
「――今は、 わたしとあなたの話をしているんですが」
 強い口調で中条が言うと、槙瀬は厳しいのか優しいのかよくわからない眼差しを 向けてくる。
「酔っているな、中条」
「自分が何をしようとしているか認識できる程度には、素面ですよ」
 中条は ぐいっと顔を近づけると、間近にある槙瀬の目をじっと見つめたまま、自分の唇を槙瀬の唇に押し当てた。
 槙瀬は、怒りも 拒絶もしなかった。一方で、受け入れもしない。中条のいいようにさせているといった感じだ。
 すぐに中条は空しさを感じ、 唇を離す。
「気が済んだか」
 冷静な声で槙瀬に問われ、中条の頬は熱くなる。半ば意地になって槙瀬の肩に額を押し当 てると、背に大きなてのひらが押し当てられた。
「……あまり、俺に――俺たちの事情に深入りするな。お前とは、仕事上で いい関係を築けていると思っている。その関係を崩したくない」
「それは、槙瀬さんの一方的な事情でしょう。わたしには関 係ありません」
「弁護士らしくない感情的理論だな」
 顔を上げた中条は、キッと槙瀬を睨みつける。
「茶化さない でください」
「真剣に言えば、聞き入れてくれるか?」
 なぜこの人は、常に悠然と構えていられるのだろうかと、中条 は槙瀬に対して口惜しさを感じる。槙瀬を、怒らせても悲しませてもいい。とにかく感情的な部分を見てみたかった。それに、槙 瀬の感情的な部分に触れられるのは昭洋だけなのだろうかと考えると、このまま引き下がれなくなる。
「――……今夜、ここ に泊めてください」
「ダメだ」
「あなたとキスしたこと、あなたの息子に言いますよ」
 槙瀬の顔から一切の表情が 消える。だがこれは、槙瀬が中条に初めて感情的な部分を見せたといえた。
 二人の間に緊迫した空気が流れる。このまま時 間が止まるのではないかとすら思われたが、低い鐘の音が二人の間に割って入った。
 ハッした中条はテレビに視線を向ける。 日付が変わり、除夜の鐘が鳴らされている光景が移されている。それだけでなく、テレビ以外からも、確かに鐘の音が響いていた。
「……この近所に、寺がある。そこから聞こえているんだろう」
 独り言のように呟いた槙瀬に肩を掴まれ、押し戻され る。改めて向き合うと、槙瀬はいつものように薄い笑みを浮かべた。
「あけましておめでとう」
「えっ、あっ……、おめ でとうございます」
 中条はおずおずと頭を下げたが、すぐに、話題を元に戻そうとする。このままでは、槙瀬のペースに巻 き込まれたまま、外に放り出されてしまう。
「あのっ――」
 中条が口を開いたそのとき、また邪魔者が入った。電話が 鳴ったのだ。
 こんな時間に誰が、と思った次の瞬間には、中条は答えがわかった。〈彼〉しかいないではないか。
 槙 瀬が畳の上に置いてあるコードレス電話の子機を取り上げる。応じた言葉は、中条の推測の正しさを証明した。
「ああ、お前 か」
 ふっと槙瀬の声が柔らかくなる。それどころか、眼差しも。父親がわが子だけに向けるものなのかもしれないが、中条 は槙瀬の変化にもっと複雑なものを見てしまう。
「なんだ、わざわざそれを言うために電話してきたのか。――あけましてお めでとう」
 どうやら昭洋が旅先から、新年の挨拶のために槙瀬に電話をかけてきたらしい。
「温泉はどうだ? 寒いん だから、湯ざめするなよ」
 旅先での様子を尋ねる槙瀬の声を聞きながら、中条は居心地の悪さを感じる。普段の槙瀬からす ると、この部屋で聞く槙瀬の声は、優しいというより、どこか甘い。
 槙瀬と昭洋の間にときおり感じる艶かしさと、複雑な 関係に絡みつく秘密から立ち昇る淫靡さ。槙瀬に異常な執着を見せる昭洋と、その昭洋を常に気にかけ、側に置きたがる槙瀬。
 ひどくセクシャルな想像をした中条は、それを否定できないまま、改めて槙瀬の顔を見つめる。
「こんなときだから、 不動産屋の若社長の金でゆっくりして、ついでに美味いものもたっぷり食わせてもらってこい。俺は土産を楽しみに、寝正月とさ せてもらうから」
 槙瀬の浮かべた笑みに誘われるように、中条は再び側に這い寄ると、槙瀬の着ているセーターの襟元を引 っ張る。さすがに槙瀬が驚いたように目を見開いたが、かまわず中条は行動を起こした。
 電話で話している槙瀬の唇に、自 分の唇を再び押し当てたのだ。
 槙瀬の反応は素早かった。中条の頭を片腕で抱き込むようにして、自分の唇から引き離して しまったのだ。咄嗟に抵抗しようとしたが、そのときには中条の顔は、槙瀬の胸元に強く押さえつけられ、声も出せない状態だっ た。
 低く呻く中条の頭上で、槙瀬が電話の向こうの昭洋に、口調も変えないまま言った。
「――今、ちょうど鍋に火を かけているんだ。あとでこっちからかけ直すが、まだ起きているか?」
 二、三言話してから槙瀬が電話を切る。すかさず中 条の体は畳の上に放り出された。まるで荷物でも扱うように。だが中条は、こんなことで傷ついたりはしない。
 掴んだ槙瀬 の手を引っ張り、バランスを崩して自分の上に覆い被さる格好となった槙瀬の首に片腕を回して、頭を抱き寄せる。間近で一瞬目 が合ったあと、中条は槙瀬の唇に、自分の唇を押し当てた。
 今度は槙瀬は、中条を拒みはしなかった。それどころか――。
「んうっ」
 深く槙瀬の唇が重なってきた。きつく唇を吸われてから、いきなり熱い舌が口腔に捩じ込まれる。甘さも優 しさも微塵もない、威圧してくるような怖いキスだった。
 口腔を犯すように舐め回され、ゾクゾクするような疼きを覚えな がらも中条は、槙瀬の今の気持ちが手に取るようにわかっていた。
 手っ取り早く中条の口を塞いで黙らせて、昭洋に電話し ている間、異変を悟らせまいとしているのだ。昭洋は、この部屋に他人が入ることを嫌がっている。なのに、上がり込んでいるの がよりによって中条だとわかったら、どうなるか。
 あくまで昭洋優先の槙瀬に腹が立つが、その槙瀬のキスは拒めない。
 自分からキスしておいてなんだが、槙瀬は、同性と肉体的接触を持つことに抵抗を覚えない性質らしい。それどころか、こ れまでに経験があるかのように余裕がある。
 さきほど中条がしたセクシャルな想像は、どんどん生々しい感触を伴う。
 槙瀬と昭洋は、多分、〈そう〉なのだ。だから槙瀬は、昭洋を壊れ物のように扱い、側に置きたがる。
 一方的なキスを終 えた槙瀬が唇を離したとき、小さく喘ぎながら中条は挑発的な口調で問いかけた。
「自分の大事な息子が、恋人と、しかも男 と一緒にこの時間を過ごしているんですよね? どんな気持ちですか。心配ですか? それとも――嫉妬しますか?」
 槙瀬 はわずかに目を細めて、じっと中条を見下ろしてくる。この瞬間、槙瀬は仕事上つき合いのある弁護士を見ているのではなく、中 条誓という個人を見てくれているのだと感じた。
「わたしは、あなたに興味があるんです。すべてを含めて」
 中条の告 白に何も言わず、槙瀬は再び唇を塞いできた。嬉々として中条は応じる。
 槙瀬と舌を絡め合いながら、この男は今、自分を 息子に見立てているのではないかと邪推してしまうが、その想像には、胸が悪くなるどころか興奮すら覚える。
 槙瀬を奪い たいと思った。あの、線が細くて神経質な、まるでガラス細工のような青年に槙瀬を独占させておくのは、あまりに惜しかった。
 槙瀬の父親の部分は、昭洋に任せておけばいい。だから槙瀬の男の部分は、自分にくれと言いたい。
 中条は心の中で 呟きながら、槙瀬の背に両腕を回す。
 除夜の鐘は、いつの間にか聞こえなくなっていた。









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