と束縛と


- 第12話(1) -


 鷹津が住んでいるのは、見るからに古いマンションだった。周辺にいくらでも小ぎれいなマンションやアパートがあるためか、 あまり人気のない物件なのだろう。歯が抜けたように、いくつかの部屋は空いている。
 鷹津の素行に問題はあるだろうが、 刑事といえば公務員だ。もう少しマシなところに住めるだけの稼ぎも、信用もあるはずなのに、どうしてこんなところに住んで いるのかと、薄暗い通路を歩きながら、和彦はささやかな疑問を感じる。
 その疑問は、両隣が空き室となっている鷹津の 部屋に足を踏み入れて、氷解した。
 古いせいか、部屋のそこかしこが傷んでいるようだった。それに、どことなく殺伐と した空気が漂っている。散らかってはいるのだが、生活臭というものが乏しい。
 ダイニングに接した二部屋のドアが空い ているので、生活空間がほぼすべてが見渡せるが、おそらく鷹津は、ここに愛着や執着といった感情を持っていないのだろう。 まさに、寝るためだけに必要とされている空間だ。
 新聞も何日分か畳んだままテーブルの上に放置してあり、郵便物の封すら切っていない。ここで和彦は、郵便物の表に印字された文字に目を留める。このとき初めて、鷹津の名が〈秀〉であると知った。
 視線だけを動かして観察している和彦に気づいたのか、ジャケットを脱ぎ捨てながら鷹津が言った。
「ムサい男の一人暮らしなんて、こんなもんだぜ。広くてきれいに部屋に住んで、買い物から掃除まで、すべて組員に やってもらうような生活を送る奴なんて、そうそういない」
 こんなときでも皮肉を忘れない鷹津を、和彦は睨みつける。 しかし鷹津は鼻先で笑い、和彦の着ているコートの襟元を掴んだ。乱暴に引き寄せられ、眼前に鷹津の顔が迫る。
 ドロド ロとした感情の澱が透けて見える目は、相変わらずだ。だが今は、その感情はすべて狂おしい欲情に支配されているようだ。鷹 津は、和彦に欲情していることを、隠そうともしていなかった。
 それを感じ取った途端、嫌悪感から鳥肌が立った。
 顔を強張らせる和彦に対して、鷹津はニヤリと笑いかけてくる。
「そんな顔するなよ。お前は覚悟して、あそこに立って いたんだろ。番犬を伴わずに。……俺を番犬にしたいんじゃないのか?」
「……そのつもりだったが、やっぱり、あんたは 嫌いだ」
「俺だって、ヤクザのオンナになってぬくぬくと生きている男は嫌いだ。だが――たまらなく抱きたいんだ。お前 を」
 和彦が目を見開いた次の瞬間、鷹津の大きな手が後頭部にかかり、ぶつけるような勢いで唇を塞がれた。
「んん っ」
 和彦は必死で顔を背けようとしたが、鷹津に後ろ髪を鷲掴まれ、唇に噛みつかれる。そのまま、もつれるようにして 隣の部屋に引きずり込まれ、突き飛ばされた。
 簡素な作りのベッドに倒れ込んだ拍子に、鉄製のパイプと床が擦れ、不快 な音を立てる。確実に階下に響いただろうが、鷹津は気にかける様子はない。その理由を、ネクタイを解きながら鷹津本人が口 にした。
「こんな汚いマンションだから、新しい住人が入らないんだ。下の階なんて、角部屋に一世帯入っているだけだ。 つまり、近所迷惑なんて気にしなくていいというわけだ」
 ワイシャツを脱ぎ捨てた鷹津が、和彦の上に馬乗りになってく る。薄笑いを浮かべた鷹津を睨みつけはしたものの、コートを脱がされ始めると、たまらず和彦は顔を背け、体を強張らせる。
 長袖のTシャツをゆっくりと捲り上げられ、剥き出しとなった脇腹を撫でられてから、パンツと下着を手荒に引き下ろさ れて、脱がされた。粗雑な男らしくない手つきで靴下まで脱がされてしまうと、Tシャツ一枚という自分の姿が、ひどく心細く なる。和彦はぐっと奥歯を噛み締めていた。
 スラックスのベルトを外す金属音が聞こえ、衣擦れの音に続いて、床に何か が落ちる重々しい音がした。
 ふいに鷹津にのしかかられ、重みに息が詰まる。続いて、首筋に熱く濡れた感触が這わされ た。
「うっ……」
 鷹津の舌だとすぐにわかった。首筋に、獣のような息遣いがかかるからだ。不快さと嫌悪感から、 必死に唇を引き結ぶが、鷹津は和彦のそんな反応を楽しんでいた。
「気持ち悪くてたまらない、って顔だな」
 和彦の 顔を覗き込んできて、鷹津が嬉しそうに囁いてくる。嫌悪感を隠そうとしない和彦の反応が、かえって鷹津を興奮させているの だ。
「……あんたに触られると、吐き気がするんだっ……」
「ああ、たっぷり嫌がってくれ。吐いてもいいぞ。そんな お前が、悔しそうに感じる様を見ているのが、俺は楽しくてたまらないんだ。媚びる女を抱いてイかせるより、嫌が る〈オンナ〉をいたぶって射精させたいんだ」
 あごを掴まれ、鷹津にベロリと唇を舐められる。呻き声を洩らして和彦は 顔を背けようとするが、鷹津は指に力を込めて抵抗を封じてきた。
「もちろん今日こそは、お前の尻の奥深くに、たっぷり イイモノを出してやるからな」
 下卑た言葉を囁かれて、嫌悪し、戦慄すると同時に、否定できない疼きが和彦の背筋を駆 け抜けていた。
 膝を掴まれたかと思うと、強引に鷹津の腰が両足の間に割り込まされ、凶暴な高ぶりが内腿に擦りつけら れる。
「あうっ」
 反射的に声を洩らした瞬間、鷹津の太い舌が口腔に捩じ込まれてきた。
 男の下から抜け出そ うと、和彦は懸命に身を捩ろうとするが、すでに征服した気になっているのか、厚みのある鷹津の体はびくともしない。
  獣じみた舌使いで口腔を舐め回されながら、唾液を流し込まれる。その間も鷹津の両手は和彦の体を這い回り、腿から尻、腰か ら胸元を撫で回され、さらにTシャツを押し上げられ、唇を離したわずかな間に強引に脱がされた。
 初めて、鷹津と素肌 同士を重ねる。違和感を覚える男の体と肌だ。
 自分はまだ、この男と寝たことがないのだと、生々しさとともに実感した。 そして、これからこの男と、体を重ねるのだ、とも。
 欲情した鷹津のものが、怯えている和彦のものに擦りつけられる。
「あっ……」
 小さく声を洩らした和彦を、鷹津はじっと見つめていた。彫りの深い顔には、とっくに笑みはなかった。 本格的に和彦を嬲る気になったのかもしれない。
 なぜだか激しい羞恥に襲われてしまい、顔を背けようとしたが、また鷹 津のものが擦りつけられる。卑猥に腰が動かされながら、鷹津にきつく唇を吸われ、歯列に舌先が擦りつけられる。
 吐き 気が込み上げてくる。一方で、背筋に痺れるような感覚が駆け抜ける。相反する感覚に流されてしまいそうで、和彦は抗うよう に鷹津の肩を押し退けようとした。
 大した抵抗ではなかったが、意外なほどあっさりと鷹津は体を起こし、一度ベッドを 下りた。和彦が見ている前で、デスクの引き出しを開け、何かを探している。当然、何も身につけていない。その鷹津の姿を、 横になったまま和彦は見つめる。
 賢吾の話では、四十歳だという鷹津だが、見事な体だった。賢吾のように威圧的で肉感 的ともいえる体とは、また違う。三田村のように鍛え上げているわけでも、千尋のように生来のしなやかな筋肉に覆われている わけでもない。
 余分な筋肉を削ぎ落とし、強靭な体としてコントロールしているようだ。普段の、嫌悪感を抱かせる言動 や、自分の格好に無頓着に見える姿からは想像もつかない、引き締まった体つきだ。
 和彦は唇を手の甲で拭ってから声を かけた。
「――……続ける気がないなら、ぼくは帰るからな」
「そう焦るな。すぐに、嫌というほど抱いてやる」
 口元に薄い笑みを浮かべての鷹津の言葉に、カッと体を熱くした和彦は起き上がる。本当に帰ろうかと思ったのだが、ベッド に戻ってきた鷹津に再びのしかかられていた。
 貪るような口づけを与えられながら片手を掴まれて、頭上に押し付けられ る。指先に当たったのは、ベッドヘッドのパイプだった。ふいに、和彦の耳に金属音が届き、続いて、手首に冷たい感触が触れ た。
 あっという間だった。もう片方の手も掴まれて頭上に押し付けられたかと思うと、同じく手首に冷たい感触が触れる。 両手を頭上で留められていた。
「まさか、これ――」
 唇を離されて和彦が呟くと、鷹津はニッと笑った。
「手錠 だ。このほうが、雰囲気が出るだろ。ヤクザの組長のオンナを、悪徳刑事が拘束して、嬲るんだ」
 和彦は両手を動かすが、 途端に手首に冷たく硬い感触――手錠が食い込む。パイプと手錠がぶつかり、不快な音を立てた。
 動揺する和彦の体を、 悠然と鷹津が撫で回す。
「俺に、じっくりとお前の体を味わわせろ。さっきみたいに押し退けられそうになると、気分が 削がれる」
 長嶺組の人間に拉致され、道具を使って辱められたときの記憶が蘇る。和彦は体を強張らせ、総毛立つ。冷や 汗すら出てきたが、鷹津は和彦の変化を知りながら、気にした様子もなく行為を再開した。
 胸元をベロリと舐められ、あ えてそうしているのか、濡れた音を立てながら肌を吸われる。そのたびに不精ひげのざらついた感触が触れて、痛いほどだ。
 脇腹に噛みつかれた和彦は、小さく声を洩らして手を動かそうとしたが、手錠が無機質な金属音を立てただけだ。唇を噛み締 めると、そんな和彦を上目遣いで鷹津は笑う。
「いい顔だな、佐伯」
「……うるさいっ」
「いい声だ」
 自分 ではどうしようもない肉体的な反応として、胸の二つの突起は硬く凝っていた。鷹津は、その突起の片方をいきなり口腔に含み、 吸った。
「んっ……」
 もう片方の突起には指がかかり、きつく摘まれ引っ張られる。交互に同じ愛撫を与えられ、胸 の突起は鮮やかに赤く色づいた。その色合いに満足したように目を細めた鷹津は、次にどの場所を攻めるか、すでに決めている ようだった。
「ううっ」
 片足を抱え上げられて、唾液で濡れた指に内奥の入り口を撫でられた途端、和彦は声を洩ら して腰を揺する。頭上では、パイプと手錠がぶつかる音がした。
「何人も男を咥え込んでいるくせに、どうしてこう、貞淑 そうな形をしてるんだろうな。お前のここは――」
 そんなことを言いながら、鷹津が内奥に指を挿入してくる。ここに、 この男の指を受け入れるのは三度目だ。すでにもう鷹津は要領はわかっているらしく、一気に指を付け根まで突き入れてくると、 官能を呼び起こそうとするかのように巧みに指を蠢かす。さすがに声を堪えられなかった。
「ああっ、あっ、あっ、あっ……」
 繊細な襞と粘膜を擦り上げられたかと思うと、内奥を大胆に掻き回され、こじ開けられる。感じる部分をまさぐられるたび に、和彦は体を波打たせるようにして反応していた。
 自分でもどうしようもなく、鷹津の指を締め付けて、息を弾ませる。 鷹津は興奮した様子で、そんな和彦を見下ろす。
「色づいて、いやらしくなってきた。中も柔らかくなってきたな」
  顔を近づけてきた鷹津に唇を塞がれそうになったが、寸前のところで和彦は睨みつけ、顔を背ける。鷹津は無理強いはしなかっ た。その必要がなかったのだ。
 内奥から指が引き抜かれ、すぐに熱く硬い感触が擦りつけられた。指で綻ばされた内奥の 入り口は、ゆっくりと押し広げられ、否応なく鷹津の欲望を呑み込まされる。
 不快で、嫌悪感すら抱いている男に、自分 は今、貫かれているのだと思った瞬間、和彦は目も眩むような高ぶりを覚えた。抱えられた片足の爪先を突っ張らせて腰を揺す ると、唇だけの笑みを浮かべた鷹津が動く。
「んあっ」
 狭い内奥で、鷹津の逞しいものが蠢いているのがわかる。両 足を抱え上げられ、果敢に腰を使われるたびに強い刺激が生まれて、腰から背筋へと駆け上がっていた。
 これ以上なく深 く繋がる頃には、和彦は息を喘がせ、体を熱くして肌を汗ばませていた。鷹津も、顔に汗を浮かせている。
「これが、ヤク ザを骨抜きにしている体か。……確かに、具合がいいな。よすぎて、気を抜くと、腰が溶けそうだ」
 そう呟いた鷹津の片 手が、和彦のものにかかる。鷹津を受け入れながら、和彦の欲望は反応し、先端からはしたなく透明なしずくを垂らしていた。
「お前のここも、溶けかけてるな。中は……トロトロだ。柔らかいくせに、俺が動くたびに、きついぐらい締め付けてきて、 吸い付いてくる。こうやって、誰にでも媚びるんだろうな。――ムカつくほど、俺好みの体だ」
 あごを掴まれて、鷹津に 唇を吸われる。和彦は押し寄せてくる肉の愉悦に呻きながら、それでも半ば意地のように顔を背ける。鷹津は楽しそうに声を洩 らして笑った。
「俺を利用する気なら、もう少し素直になれよ。ヤクザに聞かせているような喘ぎ声を、俺にも聞かせろ。 扱い次第じゃ、俺はいい番犬になってやるぜ」
「……番犬にしては、あんたは、物騒だ」
「ヤクザを飼ってるお前が言 うな」
 和彦の胸元に何度となく唇を押し当てた鷹津が体を起こし、大きく腰を使い始める。内奥から欲望が出し入れされ、 その様子を鷹津は、熱っぽい眼差しで見つめていた。羞恥に身を焼かれそうになりながら和彦は、両手を頭上で拘束され、下肢 は男に支配された格好で身悶える。
「あっ、ああっ、いっ……、はあっ、あっ、あうっ……」
「中が、ビクビクと震え ているぞ。お前も、気持ちよくてたまらないか?」
 和彦が唇を噛むと、鷹津は大きく息を吐き出した。
「まあ、いい。 まずは、俺だ。――今度は、中に出してやる」
 嫌だと言うことすらできなかった。和彦の体は、中から強く男に愛される ことに歓喜し、精を受け止めることを待ち望んでいる。長嶺組の男たちによって、たっぷり快感を与えられ続けてきた弊害とも いえるかもしれない。
 求めてくる男を、和彦は拒めないのだ。
 張り詰めた鷹津の欲望が内奥深くで爆ぜて、熱い精 を大量に吐き出す。和彦は深い吐息をこぼしながら腰を震わせ、従順に精を受ける。
 快感で、鷹津に屈服させられた瞬間 だった。嫌悪感や拒絶感すら、官能を増す媚薬となり、こんな男の脈打つ欲望も、吐き出された精も、愛しいと感じてしまう。
 その証拠に――。
 荒い呼吸を繰り返し、全身から汗を滴らせながら、鷹津が乱暴に覆い被さってくる。噛み付くよ うに唇を吸われると、そうすることが当然のように濃厚に舌を絡め合っていた。
「んっ、んっ……ふ」
 太い舌に口腔 を犯されながら、内奥は鷹津のものに犯され続ける。吐き出された精が、まだ逞しさと熱さを保った欲望が動くたびに、襞と粘 膜に擦り込まれる。
 抗いがたい官能は、例え鷹津相手だろうが、容易に開花していた。


 歯止めを失ったように、和彦は鷹津と何度となく口づけを交わす。それだけでなく、離れていることが不自然だといわんばか りに体を繋げていた。
 鷹津は貪欲だった。自分の欲望のままに和彦を振り回し、もう無理だと訴えようが、強引な愛撫で 快感を引きずり出し、己の欲望を打ち込んでくる。絶えず鷹津に求められているような状態で、睡眠を取ったのかどうか、和彦 自身、わからなくなっていた。
 鷹津の汗と唾液と精が、体中に滲み込んだようだと、体を横向きにした和彦は、ぼんやり と考える。このとき、ベッドに投げ出した自分の腕が目に入り、片手で手首を撫でる。すぐに外された手錠だが、それまでにさ んざん引っ張ったりしたため、しっかり赤い跡が残っていた。
 鼻先を掠めていた煙草の煙がいつの間にか消え、背後から 逞しい腕に抱き締められる。肩先に不精ひげの生えたあごが擦りつけられてから、唇が押し当てられた。
 腕の中の〈オン ナ〉は自分のものだと、その行為が物語っている。和彦は少しだけ、鷹津の態度が気に障った。
「――……組長が、あんた のことをよくサソリに例えるんだ」
 和彦がぽつりと洩らすと、あごに手がかかる。上体を捻るようにして振り返った途端、 鷹津に唇を塞がれた。煙草の苦みが残る舌が口腔に差し込まれ、和彦のほうから柔らかく吸ってやる。
 微かに濡れた音を 立てて唇を離すと、改めて鷹津の顔を見つめる。ただ獣のように求め合う行為を繰り返しているうちに、いつの間にか鷹津の髪 は乱れ、オールバックにしていた前髪も落ちている。髪型を変えるだけで、いくらか胡散臭さが薄まって見えた。
「昔から そうだ。蛇蝎の蛇とサソリ、嫌われ者同士だと言っていた」
「……そんなことを話すなんて、意外に仲がいいんじゃないか」
「気色の悪いことを言うな。――あの男は、クズの親玉だ。そして俺は、かつての悪徳刑事。もっとも、悪党ぶりじゃ、あ いつが上だ。俺は、あいつにハメられてマヌケぶりを晒したんだからな」
 賢吾と鷹津の間に何があったのか、和彦はよく 知らない。鷹津は賢吾にハメられて、暴力団担当刑事から、交番勤務の警官としてどこかに飛ばされたが、何年か経って復帰し た。そして、賢吾を付け狙ううえで、和彦に目をつけたのだ。
 なのに今、和彦と鷹津はこうして肌を重ねて、睦言めいた 会話を交わしている。
 唇を吸い合い、差し出した舌を緩く絡め合ってから、鷹津にきつく舌を吸われる。和彦の胸の奥で、 消えることを許されない情欲の火がじわじわと大きくなる。
「長嶺組は、でかい組だ。潰すのは容易じゃない。だが、長嶺 賢吾という男の面子を潰すことは可能だ。昔と違って、今はあいつの側には、大事なオンナがいるしな」
「そのオンナと寝 てるだろ、こうして。……ぼくに組長を裏切れとでも、囁く気か?」
「あの男を裏切れるか? それこそ、蛇みたいに執念 深くて、怖い男だぞ。サソリが可愛く思えるほどだ」
 これは鷹津なりの冗談だろうかと思いながら、鷹津と唇を触れ合わ せる。飢えた獣のように、すぐに鷹津は唇と舌を貪ってくる。
 やはり、キスが上手いと思う。荒々しいくせに、口腔をま さぐる舌の動きは巧みで、感じる部分に舌先を擦りつけ、肉欲を高める。それに、和彦が鷹津を嫌っているというのも関係して いるだろう。嫌っている男を受け入れているという事実が、被虐的な刺激を生むのだ。
「――長嶺の力は、この先十年は絶 頂期が続くだろう。あれだけの支配力とカリスマ性を持つ男だ。刑事一人が足掻いたところで、髪の毛一本傷つけられない」
 だが、と鷹津は言葉を続け、和彦の両足の間に片手を差し込んできた。何人もの男に愛されてきた条件反射として、言われも しないうちに和彦は片足をわずかに上げ、鷹津の手を奥に迎え入れる。
「あっ……」
 鷹津が触れてきたのは、和彦の 柔らかな膨らみだった。感触を確かめるように指が蠢かされ、やや強く揉みしだかれる。ビクビクと腰が震えるのを抑えられな かった。
「長嶺のオンナは、繊細だ。柔らかくて感じやすくて、脆い。傷つけるのも簡単だ」
 和彦の唇を吸いながら 鷹津は囁き、片手で柔らかな膨らみをまさぐる。弱みを探り当てられて指で弄られると、小さく悲鳴を上げてしまう。
「痛、 いっ……。乱暴に、するなっ」
「だったら教えてくれ。どうされるのがいいんだ。お前が気持ちいいようにしてやる」
 和彦の弱みをわざと乱暴にまさぐりながら、鷹津は会話を続ける。
「お前はいろいろと都合がいい。ヤクザじゃないし、 表向きは真っ当な医者だ。俺がお前と接触を持つ分には、刑事として冒す危険は少ない。それに、長嶺にとってお前は、金も手 間も、愛情すらかけている大事で可愛いオンナだ。そのオンナを、俺に抱かせたということは――少なくとも俺を、利用する気 はあるってことだ」
 熱い吐息をこぼした和彦は、おずおずと自らの下肢に片手を伸ばし、柔らかな膨らみを執拗に攻める 鷹津の手の上に重ねる。わずかに力を込めると、その通りに鷹津の手に力が入り、柔らかな膨らみを刺激する。
 和彦は、 自分が好きな愛され方を、鷹津の手を通して自らに施す。それは自慰のようでもあるが、愛撫を施すのは鷹津の手だ。倒錯した 感覚に襲われ、感じてしまう。
「長嶺に利用されてやるが、俺もあいつを利用する。今度は、あいつの特別なオンナと繋が っているんだ。……長嶺に従うとなったらムカつくが、お前の番犬になら、なってやる。お前の側にいて、蛇の首に食らいつく 機会をうかがうのもおもしろいだろ。どうせ俺は、警察の中じゃ出世の芽もないしな。だったら、儲けが多くて、おもしろい事 態に首を突っ込むほうがいい」
「……つまり、長嶺組に対する嫌がらせはやめるということか」
「俺は嫌がらせなんて した覚えはないぜ。ただ、長嶺のオンナに横恋慕して、口説いていただけだ」
 悪びれない鷹津を睨みつけた和彦だが、巧 みな口づけを与えられながら、柔らかな膨らみへの手荒い愛撫を受けると、鷹津の腕にすがりつかずにはいられなかった。この 瞬間、鷹津の目の色が変わるのがわかった。
 うつ伏せにされた和彦は腰を抱え上げられ、蕩けきった内奥の入り口を逞し い欲望で押し広げられる。
「ああっ――」
 サソリの針を打ち込まれているのだという想像は、ひどく和彦を高ぶらせ、 鷹津の欲望をきつく締め付ける。すると鷹津の手に、反り返って濡れそぼったものを掴まれ、扱かれていた。
「んあっ、あ っ、いっ、いぃ……」
 腰を突き上げられ、鷹津のものをすべて内奥に呑み込む。サソリの毒――ではなく、すでに注ぎ込 まれている鷹津の精に塗れた襞と粘膜が妖しく蠢きながら、擦り上げられるたびに狂おしい肉の愉悦を生み出す。もちろん、鷹 津にも同じだけの悦びを与えているはずだ。
 和彦の腰を抱えた鷹津が、耳元で熱い吐息をこぼしている。
「――俺は、 長嶺の命令も頼みも聞く気はない。だが、お前が言うことなら、聞いてやる。しっかり、俺の扱い方を覚えろよ、佐伯」
  和彦は喘ぎながら、鷹津の片手を取り、柔らかな膨らみへと導く。鷹津は、和彦が好む愛撫を忠実に施してくれた。


 鷹津の寝息を確認した和彦は、自分もこのまま眠りたい衝動をなんとか堪え、ベッドから抜け出す。ずっと鷹津の高い体温を 包まれていたため、肌を撫でた外気の冷たさに身震いしてから、床に落ちた服を慌てて拾い上げる。
 Tシャツを着込んだ ところで、眠ったとばかり思った鷹津の腕が腰に回され、引き寄せられた。腕を掴まれた和彦は、鷹津の裸の胸の上に倒れ込む。
「どこに行くんだ。一応俺は、お前をこの部屋に軟禁しているつもりなんだが」
「……もう朝だぞ。あんた、仕事行か なくていいのか」
 眠そうに半ば目を閉じながら、それでも鷹津はニヤリと笑う。
「心配しなくても、お前が気を失っ ている間に、今日は休むと連絡を入れておいた」
 いつの間に、と和彦は絶句する。まったく気づかなかった。
 鷹津 の手がTシャツの下に入り込み、素肌を撫で上げられる。
「それでお前は、服を着てどこに行くつもりだ」
「水を飲も うと思ったんだ。それに、さすがにお腹が空いた。どうせ冷蔵庫の中に、ロクなものが入ってないんだろ」
 ようやくしっ かりと目を開けた鷹津が、少し考える素振りを見せてから言った。
「もう少ししたら、何か買いに行く。それとも、近所の ファミレスまで、食いに行くか?」
「冗談だろ。どれだけあんたに好き勝手されたと思ってるんだ。体を起こすのすら、息 が切れるんだ」
「なら、決まりだ。俺が食い物を買ってきてやる」
 鷹津の両腕が体に巻きつき、しっかりと抱き締め られる。和彦は、見ようによっては魅力的とも表現できる鷹津の顔を見下ろしながら、不精ひげの生えた頬からあごにかけて撫 でてやる。
「……言っておくが、ぼくはあんたが嫌いだからな」
 和彦の言葉を、鷹津は鼻先で笑った。
「お互い 様だな。俺も、ヤクザのオンナなんてものは見下している」
「それを聞いて安心した」
 後頭部に大きな手がかかり、 引き寄せられるまま鷹津と唇を重ねる。誘い込まれる形で、和彦は男の熱い口腔に舌を差し込み、痛いほど吸ってもらう。和彦 も鷹津の上唇と下唇を交互に吸ってから、二人は唇を触れ合わせたまま話す。
「だが、皮肉なもんだな。そんな俺たちでも、 体の相性は抜群にいい。俺は、お前の体は好きだぜ。抱いていて、最高に楽しめるし、感じる」
「あんたがそうだからとい って、ぼくも同じだと考えるな。――あんたは、そこそこ、だ」
「ほお、そこそこ、か」
 鷹津にベッドに押し付けら れ、唇と舌を貪られながら、下肢に荒々しい愛撫を施される。
 苦痛ではなく、快感を与えられ続けているが、さすがに体 力の限界が近い。本当に自分の足でベッドから出られなくなる危惧さえ抱き、和彦は必死に身を捩り、鷹津も本気でなかったこ ともあり、なんとかベッドから転がり出る。
「ぼくは喉が渇いているんだっ」
 和彦が声を荒らげると、ニヤニヤと笑 いながら鷹津が手を振る。
「冷蔵庫にボトルが入っている。水を飲んだらベッドに戻ってこい。俺がメシを買いに行ってい る間、お前に手錠をかけておく」
 手早くパンツを穿いた和彦は、鷹津に頷いて見せた。
「……ああ、わかった」
 キッチンに行き、冷蔵庫からボトルを取り出すと、水をグラスに注ぐ。冷たい水を一気に飲み干してから、もう一杯飲む。
 あまりにだるくて、ダイニングのイスに腰掛けたかったが、そうのんびりとできる余裕はない。和彦にはやることがあった。
 足音を殺して玄関に向かい、そっとチェーンを外してから、ドアの鍵を開ける。それだけだ。
 隣の部屋に戻ると、 鷹津は仰向けで目を閉じていた。和彦はベッドの端に腰掛け、そんな鷹津の顔を覗き込む。
「どうした?」
「シャワー を浴びたい」
「……オンナってのは、けっこう手がかかるもんなんだな」
 本気で殴ってやろうかと思ったが、和彦は ぐっと我慢する。
「体がベタベタして気持ち悪いんだ」
「シャワーを浴びたところで、またすぐ同じ状態になるだろ」
「それでもいい。気持ちの問題だ」
 ようやく目を開けた鷹津が、じっと見つめてくる。わずかに心臓の鼓動が速くな るのを感じながら、和彦も見つめ返す。
 鷹津は億劫そうにダイニングのほうを指で示した。
「バスルームはわかるだ ろ。トイレの向かいだ。必要なものは、探すなりして好きに使え」
 和彦はすぐに立ち上がろうとしたが、その前に鷹津に 引き寄せられ、たっぷり濃厚な口づけを交わす。
 意外な感じがするが、鷹津は口づけが上手いだけではなく、口づけを交 わすのが好きらしい。
 やっと解放された和彦は、覚束ない足をなんとか叱咤してバスルームに向かう。
 脱衣所を仕 切る厚いカーテンを閉めると、コックを捻って湯を出す。ただし和彦は、服も脱がずにバスルームで息を潜めていた。
 五 分ほど経って、異変を感じた。何人かの足音と、人の話し声が聞こえてきたのだ。だが、心配したような荒っぽい気配は感じな かった。
「――先生、大丈夫ですか」
 カーテンの向こうから声をかけられる。和彦はすぐにシャワーを止めてバスル ームを出た。カーテンを開けると、長嶺組の組員が立っていた。
 頷くと、速やかに促されて鷹津の部屋を連れ出される。 このとき、鷹津がいる部屋をちらりと見たが、数人の組員がいたようだ。
 こんな表現も変だが、無事に鷹津の身柄を押さ えたらしい。
 ただ押さえただけではない。組長のオンナを〈乱暴した〉現場に、よりによって組員たちが踏み込んできた のだ。床の上にはまだ、和彦を拘束したときに使った手錠が落ちている。これ以上ない状況証拠といえるだろう。
 組員た ちに囲まれて、あの鷹津がどう立ち回るのか見てみたい気もするが、さすがに和彦の体力も気力も、もう限界だ。
 組員に 守られて通路を歩きながら、和彦は吐息を洩らす。
 自分に与えられた仕事を果たし終えた安堵の気持ちと、激しく濃厚な 行為の余韻から出た吐息だった。









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