サプライズ [3月期間限定/Extra 11]  



(1)

 ノートパソコンを閉じた堤は、デスクに頬杖をついて藍田に視線を向ける。手早く書類を捲って判をつきながら、藍田 は眉間にシワを寄せていた。
 いつも怜悧で、無表情がトレードマークである〈上司〉が、だ。
 無意識のうち に堤は口元を緩めていた。藍田の眉間のシワの理由がわかっているからこそ、悪いと思いつつもおかしいのだ。
「お い、堤、お前の担当は?」
 先輩社員から肩を小突かれ、堤は姿勢を戻す。
「俺は、ソフトドリンク担当。もう 金も受け取っています」
 ジャケットのポケットから、折り畳んだ封筒を出して見せる。昼休みのうちに、幹事から 渡されたものだ。
「酒は?」
「酒担当の奴は、もう行ってますよ。飲まない奴の車に乗せてもらうって言ってま したから、早々に現地に乗り込んでいるんでしょう」
「となると、弁当担当の奴は……」
 堤が別の男性社員を 指さすと、軽く肩を叩いて先輩社員は行ってしまう。その背を見送りながら、堤は再び頬杖をつく。
 世の中には二 通りのサラリーマンがいるのかもしれないと、しみじみと思う。
 社内で見飽きたメンツであろうが、社員で集まっ て飲むことを楽しめる人間と、そんな席を拒絶する人間。できることなら避けたいが、役職上それができず、ただ眉間に シワを寄せている人間――。
「あっ、三通りか……」
 指を三本折り曲げたところで、堤は笑ってしまう。そっ と視線を藍田に戻すと、判を押し終えた書類を揃えてから、小さくため息をついているところだった。
 やはり、こ れから催される花見に乗り気ではないらしい。
 東和電器は、社内行事に関してはいかにも日本的な企業だった。近 年は海外が主流になっている社員旅行はあるし、オリエンテーションとしてスポーツ大会も開かれる。男性社員、女性社 員に分かれての定期的な食事会まであるし、新入社員の歓迎会もなかなか金がかかっている。
 それらの行事に比べ れば地味ではあるが、一番無難だと思われているのが、おそらく花見だろう。
 本社から電車で二駅ほど離れた場所 に桜の名所があり、仕事が終わってから移動して、夜桜を眺めつつ親睦を深めるのだ。会社の金で好き勝手に飲んで食っ たあとは、片付けを終えたらその場で解散という気楽さが、社内行事の中では社員に受けがいい。
 お目付け役を押 し付けられた藍田はいい迷惑かもしれないが、堤としては、非常に楽しみにしているのだ。なんといっても藍田は、この 手の行事には滅多に参加しない。
 ようやく書類をボックスに入れた藍田が、腕時計に視線を落としてから、デスク の上を片付け始める。
 タイミングを見計らっていた堤は、さりげなく藍田のデスクに近づいた。
「――これか ら移動ですか?」
 声をかけると、アタッシェケースをデスクの上に置いた藍田がゆっくりと顔を上げ、相変わらず の無表情で頷いた。
「デパートに寄って、適当に食べ物を買っていこうかと思ってな。弁当だけじゃ、食事としては 味気ないだろう」
 社員同士の行事には無関心そうな藍田だが、見た目に反して社員に対する配慮は、他の上司たち よりよほどできている。几帳面で律儀な性格ゆえだろう。
「だったら、デパートから電車移動を? 俺が荷物持ちを しますから、タクシーで一緒に行きませんか。俺も、酒以外の飲み物を買うつもりなので」
 にこやかに堤が切り出 すと、素っ気なく藍田は首を横に振った。
「自分の車で行く。わたしは飲むつもりはないからな」
「……飲まな いんですか? せっかくの花見なのに」
「花見の席の責任者はわたしだ。部下に何かあったとき、わたしが対処しな いといけない」
 生まじめだ、と思った堤だが、もしかするとこれは、藍田なりの予防線なのかもしれない。調子に 乗った社員たちが次々に藍田に酒を勧めても、こんな理由を告げられては引き下がらざるをえない。
 少なくとも堤 は、藍田に『飲んでください』とは言えない。
「じゃあ、藍田さんに飲んでもらうには、二人きりの場で、というこ とですか」
「わたしに飲んでもらいたいのか?」
「酔ったところを見てみたいです」
「――……あまり、い い趣味じゃないな」
 なんとも藍田らしい言葉に、堤は笑みをこぼす。藍田は一瞬、そんな堤を不可解そうに一瞥し てから立ち上がる。
「それじゃあ、現地で会おう」
「はい。桜の下で」
 立ち去る藍田の後ろ姿を見送る。
 素っ気ない後ろ姿から、きれいな桜の下でも、藍田が冴え冴えとした姿を崩さないことは、容易に想像できた。
 実のところ堤は、遠足前夜の小学生のように浮かれていた。花見にさしたる思い入れはないが、今夜だけは別だ。


 さすがに夜は冷え込むと思いながら、ダウンジャケットを着込んだ堤は紙コップに口をつける。少し温くなったぐらい のビールが、今はちょうどいい。
 新機能事業室の花見はまだ始まったばかりで、飲んで食って盛り上がっているう ちに、寒さもさほど気にならなくなるだろう。
 紙皿に取り分けたオードブルに箸をつけながら、堤はちらりと視線 を斜め前方へと向ける。
 乾杯の音頭をこの花見の幹事に譲った藍田は、シートの上にきちんと正座して、紙コップ を手に頭上の桜を見上げていた。
 自分たちのグループだけでなく、周囲はそれ以上に盛り上がり、品がないほどにぎ やかな花見会場の中にあって、藍田だけはまったく異なる空気を持っているようだ。
 宴会であろうがテンションが 変わらないのは、藍田であれば当然だとすらいえる。部下たちに気をつかわせないよう、静かに場に馴染もうとしている のだろうが、やはり藍田は藍田だ。端正な佇まいは、言葉は悪いがやはり浮いている。
 桜並木に沿ってライトア ップされているせいで、まだ満開とは言いがたい桜もそれなりに華やぎ、昼間の柔らかな桜色とは違った色彩を帯びて見 える。
 そんな桜を眺めている藍田を、堤はさきほどから眺めていた。
「――違和感ありまくりだ」
 堤の 隣に座っている同僚が、ひそっと耳打ちしてくる。何が、と聞くまでもなく、堤は小さく笑って頷く。
「飲み会なん て苦手そうだからな、うちの副室長は」
「まあ、場の空気を読まずに、部下に偉そうに説教を垂れたり、女の子にセ クハラしたって噂がないから、ずいぶんマシなのかもな。課長以下、副室長がいるから、今夜はおとなしくしているだろ うし」
「その藍田さんも、酔ったらわからないぞ」
 堤の言葉に、同僚が不安そうな顔となる。
「なんかあ るのか?」
「いや、ただ、もしかすると酔ったら、笑い上戸になるかもしれない」
「……怖いこと言うなよ」
 同僚がこわごわと藍田を見てから、別の人間の元へと行ってしまう、堤は肩をすくめて小声で呟いた。
「怖い ? 可愛いかもしれないじゃないか――……」
 そこに、缶ビールを手にした女性社員が寄ってきて、堤は愛想よく 笑いかけながら紙コップを差し出す。
「こんなときぐらい、女の子はじっと座っていればいいのに。男のほうから、 どうぞ、どうぞって酒を注いでくるでしょう」
「だったら、堤くんが注いでまわってよ」
「俺なんかが注いだ酒、 飲んでくれるわけ?」
 すかさず背を叩かれる。
「わかっていて言ってるんだから、性質悪いのよ。うちの花見 に合流したがってた他の部署の子だっているんだからね」
「来たらよかったのに。これだけ大所帯だと、多少紛れ込 んだところでわからない」
「藍田副室長がいるとわかると、怯んだらしいわよ。見た目ほど怖くないと言っても、な かなか通じないのよね」
「……あんなに楽しい人なのに」
 堤が思わず洩らした言葉は、残念ながら女性社員の 賛同は得られなかった。
「見た目よりずっと優しい人だとは思うけど、それはないわよ」
「酔っ払いの戯言とい うことで」
「まだそんなに飲んでないじゃない」
 にっこりと笑った堤は、紙コップの中のビールを一気に飲み 干す。女性社員は、呆れた様子で再びビールを注いでくれた。
 花見が行われている場所のすぐ側では、通りに沿っ て屋台がズラリと並んでいるため、酒のつまみに困ることはない。弁当を食べ終えた男性社員数人が、手分けしてさまざ まなものを買ってきて、気前よく配っている。
 藍田も、女性社員におでんを押し付けられ、勢いに圧されたように 受け取っていた。堤が気にかけるまでもなく、藍田の側には絶えず社員の姿があり、何かと世話を焼いている。
 こ んな機会だからと、普段は遠回しに藍田を眺めている社員も声をかけているらしい。隙がなく見える藍田だが、案外、放 っておけない雰囲気もあるのだ。特に、こういうにぎやかな場では。
「……俺がお節介を焼くまでもないか……」
 堤は苦笑交じりに呟き、紙コップに口をつけた。


 たこ焼きを買って戻ってきた堤は、あることに気づいて目を丸くする。
「おい、藍田さんは……?」
 上機嫌 で酔っ払っている同僚に尋ねると、曖昧に首を振られる。
「酔っ払いの相手が嫌で、逃げ出したんじゃないか」
「だったら、お前らの責任だな」
「副室長に、ここぞとばかりにベタベタに甘えていた、女の子たちにも同じことを 言え」
 堤はため息をつくと、買ってきたばかりのたこ焼きを同僚に押し付ける。代わりに、念のために持ってきて おいたロングのダウンコートを取り上げた。寒い間は、いつ出かけることになっても大丈夫なよう、会社のロッカーに入 れてあるのだ。
 花見が始まってからずっと、女性社員たちの膝掛けとして大活躍だったが、このあたりで本来の役 目を果たすときがきたようだ。
 肌寒いだろうとは思っていたが、時間とともに気温が下がってきたらしく、堤もダ ウンジャケットをずっと着込んだままだ。
 藍田も、仕立てのいいコートをずっと着ていたが、野外にいてシートの 上に座り続けていては、さすがに冷えただろう。
 堤は混雑する周囲を見回してから、とりあえず歩き出す。なんと なくだが、藍田がどちらに向かっていったか、確信めいたものがあった。
 なるべく人が少なそうなところ、だ。
 花見の団体を避けながら歩いていき、桜並木を抜ける。大通りから続く道は人の行き来が多いが、反対側の道はそ れほどでもない。桜は植えられてはいるのだが、傍らに流れる川を渡ってくる風は冷たく、ゆっくりと座れる場所もない。 景色はいいが、夜は少々寒すぎる。
 藍田の姿はすぐに見つけ出せた。
 手すりにもたれかかり、桜ではなく、 川の流れを眺めていた。羽織ったコートが、風で忙しく揺れている。思っていた以上に風が強い。
「――逃げ出して きたんですか」
 堤が声をかけると、藍田がちらりとこちらを見た。冷ややかな流し目は、ライトアップされた桜よ り、よほど鮮烈な印象を堤に与えてくる。
「人に酔いそうになったんだ……」
「食べすぎもあるんじゃないです か? みんな、藍田さんにあれこれ持ってきていたでしょう」
「……口をつけないのも悪いしな」
 側まで歩み 寄ったところで、藍田の手に缶コーヒーが握られているのを知る。思わず手を伸ばして缶に触れると熱かった。やはりこ こにいると寒いらしい。
「なんだ?」
「いえ。これ使ってください」
 堤は持っていたダウンコートを藍田 の肩にかける。藍田は不思議にそうにダウンコートと堤の顔を交互に見てから、ふいにダウンコートの襟元に顔を寄せた。 さりげない仕草だが、見ていた堤はドキリとする。
「香水の匂いがする。……寸前まで、誰に貸していたんだ。急に 取り上げたりしたら、女の子が寒がるだろう」
「他の男が、張り切って自分のコートでもジャケットでも差し出しま すよ。うちの事業室では、女の子は貴重ですから。モテない男は、こうやって小道具を使って点数を稼ぐんですよ」
「上司の点数稼ぎも?」
 冷めた言葉に気を悪くすることもなく、堤は髪を掻き上げて笑う。
「手厳しいですね」
「こんなキザなことをするからだ」
「でもここ、寒いですよ」
 藍田もこれについては異論はないらしく、 軽く息を吐き、堤が隣にいることを許してくれた。と、堤は勝手に判断した。
 何を話すでもなく、川の流れや、と きおり降ってくる桜の花弁を目で追っていたが、ふと堤の鼻先を、肉の焼けるいい匂いが掠めた。風向きが変わって匂い が流れてきたらしい。その匂いに刺激され、思いつきを口にする。
「今度の新入社員の歓迎会、バーベキューパーテ ィーでもしませんか。昼間、太陽の光をいっぱい浴びながら。変わった趣向でいいでしょう」
「肉が食べたいなら、 そこの屋台で串焼き肉を売っていたぞ」
「食います?」
 藍田は相変わらず、開けていない缶を手の中で弄びな がら体の向きを変え、桜並木のほうに視線を向けた。
「興ざめするから、あまりこんなことを言いたくないが――」
「慣れてますよ」
 軽い口調で応じると、すかさず横目で睨みつけられる。藍田のこういう反応が、話していて 楽しいのだ。
「冗談です。俺としては、藍田さんが何を言うか、いつも興味深い」
「……鑑賞用の桜の木は、繊 細なんだそうだ。だからライトの熱も、屋台が使う火の熱も、本当はよくないらしい。あと、桜の木の根元を踏むのも。 病気にかかりやすくなると聞いたことがある」
「皮肉ですね。きれいだから人を寄せ付けるのに、その人が、桜に悪 さをする。自覚なく、ね」
 桜の木を見上げながら藍田が、肩にかけたダウンコートの襟元を掻き合わせる。それを 見た堤は、わずかに口元を緩めた。
「人間関係も、そんなものだろう。本人の意思と関わりのないところで、他人の 意思はどうとでも動く。よくも、悪くも」
「口ぶりからして、わたしは花見は嫌いだ、と告白されるのかと思いまし た」
「桜を虐げるから花見は嫌いだ、なんて青臭いこと、わたしに言えと?」
「聞きたいですね。藍田さんの青 臭い言葉」
 藍田の唇が微かに動いた。バカ、と言ったようにも見えたが、気のせいかもしれない。
「……嫌い じゃない。新入社員の頃は、なんで会社で花見をしないといけないんだと思っていたがな」
「藍田さんでも、そんな こと思うんですね」
「わたしだって、会社に入ったときから副室長だったわけじゃない」
 ひらひらと降ってき た桜の花弁を、藍田が片手で受け止めようとしたが、寸前のところで指の間からすり抜けてしまう。一連の動作を、なん となく堤は目で追っていた。白くすんなりと伸びた藍田の長い指は、堤の理想の指そのもので、器用に動く様を眺めるの が好きなのだ。
「部下の、会社以外での様子を知ることができる数少ない機会なんだ。こういう集まりは。人間関係 や、性格を把握するのにちょうどいい」
「へえ。じゃあ、俺のことも把握できました?」
 藍田の顔を覗き込む と、まじめな表情で見つめ返され、堤のほうが怯んでしまう。
「――いろんな社員に声をかけて、絶えず周囲に目を 向けている。一人で飲んでいる人間を放っておかないんだな。お前を見るたびに、座っている場所が違っていた」
「つまり、気づかいができる男、と評価してくれたんですか?」
「如才ない男、だな。お前に関しては、初めて会っ たときからわたしの印象は変わらない。裏表がある男だとわかっているのに、それを腹黒さだと他人に思わせないのは… …堤皓史という男の人徳かもな」
 人によっては微妙な評価だと苦笑を洩らすかもしれないが、堤は違う。上司が、 予想以上に自分を深く観察していたと知り、むしろ喜んでいた。かさばるダウンコートを持ってきた労力以上の甲斐はあ ったといえる。
 礼というわけではないが、運よくてのひらの上に乗った桜の花弁を、堤は指先で摘まみ上げて差し 出す。軽く目を見開いた藍田だが、次の瞬間には唇に微かな笑みを浮かべて、片手で受け取った。
 ふっと息を吹き かけた藍田のてのひらの上から、桜の花弁が飛んでいく。
「もっとたくさん拾ってきましょうか?」
「……気は 利くが、情緒には欠けるようだな、堤」
 もたれかかっていた手すりから離れた藍田が、肩にかけていたダウンコー トを返してきたので、戸惑いながら堤は受け取る。
「花見が終わるまで、使ってください」
「寒がっている女の 子に貸してやれ。それと――」
 持っていた缶コーヒーを藍田が差し出してきた。
「まだ温かいから飲め」
「でも、藍田さんは……」
 堤は手を取られ、缶コーヒーを握らされる。確かにまだ温かいが、それよりも堤には、 指を掴んできた藍田の手のぬくもりのほうが強烈だった。
「先月、お前にチョコレートを押し付けられた」
「え っ? ああ、そんなことがありましたね。バレンタインデーのときでしょう」
 藍田には、女の子からもらったチョ コレートをお裾分け、などと説明したが、事実は違う。堤はわざわざ、女性たちに混ざりながらデパートで、堂々と吟味 して藍田のために買ってきたのだ。
 もちろんそのことを、藍田は知らない。
「だからこのコーヒーは、その仕 返しだ」
 一瞬呆気に取られたあと、堤は噴き出してしまう。
 藍田と交わす会話が好きだった。一見会話が噛 み合っていないようでいて、実はパズルが完成するように、最後はきちんと藍田の意図が明らかにされる。パズルのピー スが収まるべき場所に収まるような快感を、藍田と話すたびに堤は味わわせてもらっている。
「仕返しじゃなくて、 お返し、じゃないですか?」
「どちらでもいい」
「よくないですよ。大事なことですよ。それと、バレンタイン のお返しは、ホワイトデーにするものです。もう、半月以上前に終わりましたけどね」
「……お前はしたのか? た くさんもらったんだろう、チョコレートを」
 思いがけない切り返しに、堤は視線をさまよわせる。藍田は一人納得 したように頷いた。
「気づかいができる男に、野暮なことを聞いたな」
「いや、あの……」
 完全に一本取 られた。藍田は薄い笑みを残して一人行ってしまい、あとには堤だけが残される。
 堤は手に持った缶コーヒーを頬 に押し当て、ため息をつきながら桜の木を見上げる。風によって散らされる桜の花弁が痛々しく見えると同時に、夜の景 色に映えてきれいだった。
 だが、どれだけ桜がきれいだろうが、堤には何も訴えてこない。
 藍田が立ち去る ときに残した薄い笑みが、あまりに鮮やかに瞼に焼きついたからだ。
「――……参ったな……」
 そう呟いて、 堤は喉を鳴らして笑ってしまう。
 花見の席で半月遅れのホワイトデーを迎えたことを、子供のように飛び跳ねたい ほど喜んでいた。
 腕に抱えたダウンコートに視線を落とすと、そうすることが当然であるように堤は顔を埋める。
 控えめな藍田のコロンの香りと、やはり控えめに残っている藍田のぬくもりに、胸の奥がズキリと甘く疼いた。








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