03
ロベルトが案内してくれたのは、高級ホテル内にある懐石料理屋だった。
完全な個室とまでは行かないが、畳敷きの部屋に上げられ、ロベルトと向き合って食事をする。
置かれた重箱の中は小さくいくつも区切られ、そのスペースの一つ一つに、春らしい鮮やかな色彩の料理が少量ずつ盛られている。
こってりとした肉料理でも食べることになるのかと思っていたジェイミーには、この店の選択は意外だったが、素直に喜んでもいた。
目で楽しめるうえにあっさりとしている日本料理を、ジェイミーはことのほか愛している。
箸が進むジェイミーの様子を、漆塗りの立派な座卓に肘をつき、ロベルトは目を細めて眺めている。
「……なんだ。ニヤニヤして気持ち悪い」
上目遣いにロベルトを軽く睨みつける。
「ジェイミーは、食べる姿もセクシーだと思って」
「箸で目を突くぞ」
怖いなあ、と言いながらも、ロベルトの視線はジェイミーから離れない。しかもその視線は熱っぽい。考えていることが、これ以上なくよくわかる視線といえる。
ホテル内で食事を、と言われたときから、ロベルトの下心は読み取っていた。わかっていてついてきたのは、他ならぬジェイミー自身だ。
あとは、ロベルトがどううまく誘ってくるかにかかっている。
食事をしながら、ジェイミーはいつになく緊張していた。
「――緊張しなくていいよ」
ようやく箸を動かし始めたロベルトが、何かの拍子にふとそう言った。
猫舌なので、熱いお茶を苦労しながら飲んでいたジェイミーは首を傾げる。
「何か言ったか?」
向けられた褐色の瞳がくるんとイタズラ小僧のように動く。
「別にジェイミーをとって食おうなんて思ってないよ。最高に気持ちいいメイク・ラブを楽しみたいだけだから」
「……最高に気持ちいいなんて、自信満々だな」
体の奥が疼いてきて、冷静さを装いながらも声が微かに震えを帯びる。そんなジェイミーの様子に気づいているのかいないのか、ロベルトの眼差しが艶を含んだものとなる。
「お互い、セックスを楽しもうという気持ちがあるなら、簡単なことじゃない? 俺たちって多分、似ていると思うよ」
「快楽主義者ってことか」
「正解。クールに装ってるけど――いや、実際内面もクールかな、ジェイミーは。でも、自分が楽しくて気持ちよければ、ある程度ルールが緩くなるだろ? 俺を、その緩くなったルールの中に入れてもらいたいんだ」
ロベルトの滑らかな語り口調に聞き入って油断してしまい、思わず熱いお茶を口に含んでしまう。眉をひそめたジェイミーに、座卓から身を乗り出してきたロベルトが甘く囁いてくる。
「想像するだけで、ゾクゾクしてくるんだ。ジェイミーのそのきれいな金髪がどんなふうに乱れて、汗に濡れるのか。澄んだアイスブルーの瞳が、どんなふうに潤むのか」
ジェイミーは覚悟を決めて、ロベルトの髪に手を伸ばして指を絡める。掠れた声で囁き返した。
「……お前みたいによくしゃべる男は初めてだ」
「友人として楽しいでしょう? 一緒にいて。これで体の相性までよかったら、最高だと思わない?」
心を覆っていた最後の警戒心まで剥ぎ取られ、ジェイミーはふっと体から力を抜く。つい苦笑が洩れていた。
「――部屋は取ってあるのか?」
もちろん、とロベルトが頷く。すでにジェイミーには、魅力的な誘いを断る気は毛頭なかった。
夕食を終えると、ロベルトに伴われて一階のフロントに降り、ダブルの部屋の鍵を受け取って部屋へと向かう。
この間、二人の間には一定の距離が空けられていた。
ロベルトは人目も気にせず平気で腰を抱いてこようとするが、ジェイミーは拒む。気を悪くした様子もなく、ロベルトは笑った。
エレベーターから他の宿泊客が降りて二人きりになると、こう言われた。
「ジェイミーはモラリストでまじめなんだね」
「……お前みたいな男とこれから寝ようというのに、モラリストでスクエアなわけがないだろ」
この受け答えが気に入ったらしく、ロベルトは腹を抱えて爆笑する。
「いいね、それ。なんともジェイミーらしい言い方だよ」
ロベルトは部屋の鍵を開けるまで笑い続け、静かな廊下に笑い声が響き渡る。うるさいと、ジェイミーはロベルトの足元を蹴りつける。
もっとも、部屋に一歩足を踏み入れた途端、雰囲気は一変する。
部屋の電気をつけたロベルトの手がそのまま伸ばされてきて、ジェイミーは捉えられる。
背後でドアが閉まる音を聞きながら唇を塞がれ、性急に舌を絡め合う。隠しようがないほど、ジェイミーもロベルトが欲しかった。
ロベルトの長めの髪に指を差し込み、掻き乱す。一方のロベルトの片手は、すでにジェイミーのネクタイを解いて抜き取り、ワイシャツのボタンにかかる。
貪るようなキスの合間に、荒く乱れた呼吸が唇に触れる。
「情熱的だね、ジェイミー」
からかうように囁かれ、ロベルトを睨みつけたジェイミーは、甘い言葉をよく紡ぐ唇に噛み付くようにキスする。
逞しい両腕と胸の中に閉じ込められながら、足元にジャケットが落とされ、次々にワイシャツのボタンも外されてスラックスから引っ張り出される。
キスを交わしながらベッドへと移動し、ゆっくりと座らされて押し倒されそうになる。その頃にはロベルトの油断ならない唇は首筋に這わされていた。
ジェイミーは慌てて肩に手をかけ訴える。
「ロベルト、先にシャワーを浴びさせてくれ」
ダメ、と素っ気ない一言が返ってきて、ベッドに二人一緒に倒れ込む。
「汗で濡れていくジェイミーが見たいんだ」
「……お前みたいなのを、真性のスケベっていうんだろうな」
ロベルトが派手に噴き出す。だがそれもわずかな間で、すぐに再び、首筋に唇が這わされる。
部屋に入る前まではあれこれ考えていたが、いざロベルトに触れられるようになると、頭の中はただ、与えられる感覚だけを追いかけるようになる。
あっという間に身につけていたものすべてを取り去られて、ベッドの中央に裸体を晒す。
ロベルトが慈しむような目で見下ろしてきて、ジェイミーは小さく身じろぐ。
「あまり、じろじろ見るな」
「どうして? 隠しているのが惜しくなるぐらいきれいだよ。ジェイミーの体。陶器みたいに、白くて滑らかな肌だ」
囁かれながら、肩や胸元に唇が這わされる。その度にジェイミーはビクビクと体を震わせる。
「ねえ、跡、つけていい? 目立つところにはつけないから」
「あ、あ……」
答えた途端、噛み付く勢いで肩を吸われる。それに首筋の、ワイシャツで隠れるギリギリのラインも。
胸元や腹部、腰から腿にかけて、気まぐれに肌を吸われて跡を散らされる。その間に、気がつけばロベルトも上半身裸となっていた。
よく日焼けした逞しい体を目にして、ジェイミーは無意識に喉を鳴らす。
抵抗を感じさせないスマートな動作で両足の間を立てて開かされる。ロベルトの視線は、
ジェイミーの両足の中心に向けられていた。
「美味しそうだね」
そう言われて、敏感なものを指先で弾かれる。喉の奥から声を洩らしたジェイミーは、初めて自分が、すでに高ぶっていることを知った。
ロベルトの唇が膝にキスしてから内腿へと這わされてくる。ジェイミーは強烈な快感を期待して、自らさらに大きく両足を左右に開く。
「いいね。クールなジェイミーだけど、こっちの男の子のほうは、もう熱くなって、泣き出してるよ」
囁きのあと、ロベルトにぺロリと敏感なものの先端を舐められる。ジェイミーは声を堪えきれなかった。
「んくっ」
舌を使われ、何度も舐め上げられる。その度に腰を震わせていたジェイミーだが、括れまで熱い口腔に含まれて、濃厚な愛撫を与えられるようになると、淫らがましく腰を揺らし、悶える。
「あっ、んふう……、ロベ、ルト……」
返事の代わりか、きつく先端を吸われる。ジェイミーは悲鳴を上げて腰を跳ねさせる。
「ベッドの上ではやんちゃだね。ジェイミーは」
愉悦を含んだ声でロベルトに言われながら、チロチロと先端に舌が這わされる。同時に片足を抱え上げられて、腰の位置を上げさせられる。
「あんっ」
ここしばらく、誰にも開かれていない秘孔の入り口をロベルトの指で揉み解される。
「――ジェイミーの秘密の花園の門は、硬いね。俺、少し疑っていたんだよ。ダグラスかシンが、この門をノックしたんじゃないかって」
「何、バカなこと――」
グッと秘孔に一本の指が挿入される。いつの間にか唾液を施していたらしく、濡れた指は蠢きながら付け根まで秘孔に収まった。
「んっ、んんっ」
「素敵だよ。ジェイミーの中は、すごく狭い。それに、興奮してる? 熱くなって、指一本なのにヒクヒクしてるよ」
すっかり身を起こしたジェイミーのものを何度も舐め上げながら、ロベルトが秘孔から指を出し入れする。
すぐに指の本数は増やされ、二本の指で秘孔を掻き回される。その頃には、高ぶったジェイミーのものは限界に達していた。
「ロベルトっ……、も、う――」
「いいよ。出して」
震えるものをロベルトの口腔に含まれ、ジェイミーは半ば惑乱して首を左右に振る。思わず英語で嫌だと訴えていたが、秘孔を強く指で押し上げられて内からの刺激に促される。
ロベルトの口腔に向けて、絶頂の証を迸らせていた。
ギュッと秘孔が収縮する。その感触を楽しむように、素早くロベルトの指が動かされて、
淫靡な湿った音がジェイミーの耳に届く。
もうどうにでもしてくれという気分になっていた。
顔を上げたロベルトが、濃密な行為の最中には似つかわしくない無邪気な笑みを浮かべて、ジェイミーの瞳を覗き込んでくる。
「……いいね。すごくきれいだ、ジェイミーの瞳。アイスブルーが濡れて、セクシーだ。思っていた以上だよ」
汗で頬や額に張り付いた髪を、指で丁寧に払われる。
見つめ合ううちに、ごく自然に唇を重ね、自分が放ったものを受け止めたロベルトの口腔を、舌で舐め回す。
そんなキスの間にも、ジェイミーは促されるままロベルトの腰に両足を絡める。
秘孔で指を数回出し入れされてから、引き抜かれる。すぐに、逞しいものが押し込まれてきた。
「あっ、ああっ」
ロベルトの滑らかな背に両腕を回してしがみつきながら、ジェイミーは堪え切れない声を上げる。
「感じる? 俺がジェイミーの秘密の花園に入っていってるの。もっと奥まで入るからね」
耳に唇が押し当てられて、低く淫らに囁かれる。言葉通り、ぐいぐいとロベルトの腰が進められ、ジェイミーの秘孔は押し開かれ、擦り上げられていく。閉じられないよう、しっかり逞しいものを含まされたまま。
「ふっ……ん、んあっ、んあっ、奥、来て、る……。ロベルトの、熱いのが――」
「いいよ、ジェイミー。よく締まってる。とても気持ちいいよ」
深々とロベルトに貫かれて、ジェイミーは心身共に官能によって蕩けさせられる。
求められるままロベルトと両手を繋ぎ合わせ、ゆっくりと間断なく、秘孔深くを突き上げられる感覚に身を任せる。
「あんっ、あんっ、あんっ、あっ、いいっ」
「俺も、最高。ジェイミーの中で、溶けそうだよ」
思わずジェイミーは笑みをこぼす。
可愛い、と囁かれて、チュッと唇を吸われる。ジェイミーは繋がれた手を解き、夢中でロベルトにしがみついていた。
熱くなったロベルトの体に包み込まれ、圧倒される。
波のように規則的に秘孔を突き上げ続けられ、間欠的に声を上げて静かに乱れていたジェイミーだが、ふいに動きが止まる。すがるようにロベルトを見上げていた。
汗を浮かせたきれいな顔が、こんな状況でイタズラっぽい笑みを見せている。
瞼に軽くキスされて囁かれた。
「ジェイミーの中、トロトロに柔らかくなったよ。だからよくわかる。ヒクヒク痙攣しながら、俺のものを欲しがって最高に締まってるのが」
否定できなかった。実際ジェイミーは、ロベルトの肉が欲しくてたまらない。
するとゆっくりと、ロベルトのものが秘孔から引き抜かれていく。
「あっ、嫌だっ……」
引き絞るように秘孔を蠢かし、秘孔の浅い部分でようやくロベルトが引き抜くのをやめる。
「ジェイミーにはさんざんイジメられたからね。ささやかな仕返し」
クプッ……と秘孔から完全にロベルトのものが引き抜かれ、すぐにまた浅く含まされる。
それを繰り返され、ジェイミーは頭を左右に振って煩悶する。
「ロベルト、頼むから――」
「頼むから、何? 俺も早く、ジェイミーの中でいっぱい感じたいから、おねだりしてよ」
蕩けた秘孔の入り口に、逞しい感触が擦りつけられる。喉を鳴らしたジェイミーは、羞恥に気が遠くなりかけながら囁いた。
「――……ロベルトの、欲しい……」
「欲しいって、どんなふうに? もうジェイミーの中には入ってるよ」
確かに、秘孔に浅くロベルトのものを含まされるが、ジェイミーが欲しいのはロベルトのすべてだ。
「……もっと、奥まで、欲しいんだ。それに、突いてほしい」
「すごく興奮する。ジェイミーにエッチなこと言われると。――また、イジメたくなるよ」
言葉と共に、秘孔にググッとロベルトのものが満ちてくる。吐息を洩らしたジェイミーは、大きく背を反らしながら、しっかりとロベルトと繋がる。
これまでになく力強く突き上げられ、快感に息が詰まりそうになる。
「あっ、ん。んんっ、んーっ、奥、い、い……」
「俺もいいよ。まだまだ締まるね。ジェイミーの中は」
グリグリと最奥を抉られ、たまらずジェイミーのものは甘い蜜を振り撒くように、絶頂に達する。
それが合図のように、腰に絡みつかせていた両足の膝裏を掴まれる。折り曲げた両足をしっかりと胸に押し付けられ、繋がっている部分をロベルトに熱い眼差しで見つめられる。
「嫌、だ。そこ、見る、な――。ロベルト、嫌だ」
「どうして? 俺は見たいよ。クールなジェイミーの、素直で熱い部分なんだから」
見下ろされながら、秘孔からロベルトのものが大きくゆっくりと抜き差しされる。
感じやすい肉を擦り上げられる感触に、羞恥で身を焼かれそうになりながら。ジェイミーは乱れる。感じすぎて啜り泣きすら洩らしていた。
次第にロベルトの動きが激しくなり、秘孔にあるものが逞しさを増した気がする。
甘えるような声で囁かれた。
「最後も、ジェイミーの中がいいな」
惑乱した頭では、すぐにはロベルトが言おうとしていることがわからなかったが、秘孔で熱いものが円を描くように動かされると、体で理解させられた。
夢中で頷き、両腕を伸ばしてロベルトの肩に掴まる。念を押すように問われた。
「ジェイミーの中に、いいよね?」
「い、からっ……」
両足をしっかり抱え直され、小刻みな動きで秘孔の最奥を何度も突かれる。
そして、ロベルトが呻き声を洩らして、なんとも言えない恍惚の表情を浮かべる。
ロベルトのものが震え、ジェイミーの秘孔の奥に熱い奔流が生まれた。
「あっ、あっ、来て、る……」
思わずジェイミーは上擦った声を上げる。日本語の表現として正しいのかなど、考える余裕はなかった。
ただ、注ぎ込まれるロベルトの絶頂の証を、貪欲に受け止める。
この瞬間、ジェイミーの頭の中は真っ白になっていた。
片腕でしっかりと抱き締めてくれていたロベルトが慎重に体を離したので、ジェイミーは目を開く。さきほどまでの交歓が強烈すぎたのか、まだ体を揺さぶられているような感覚が残っている。
ロベルトは体を起こし、ルームサービスで頼んだシャンパンをグラスに注いでいた。
向けられたロベルトのよく日焼けした背には、行為に夢中になったジェイミーが、加減もわからずつけた引っかき傷が残っている。
快感で我をなくすと、手当たり次第のものを引っ掻くのは、どうやら自分の癖らしい。
赤くなって、ところどころ血が滲んでいる引っ掻き傷が痛々しく、ジェイミーもゆっくりと体を起こす。気配に気づいたロベルトが肩越しに振り返り、にっこりと笑いかけてきた。
「喉渇いたでしょう? ジェイミーも飲む――」
ジェイミーはロベルトの背に唇を押し当てると、血が滲む引っ掻き傷を丹念に舌先で舐める。大きく一度だけロベルトが体を震わせた。
「興奮するね。そんなことされると。……また、ジェイミーを鳴かせたくなる」
「やってみろ」
「じゃ、遠慮なく」
グラスを置いたロベルトに抱き締められ、再びベッドに倒れ込む。
体を擦りつけるように絡み合い、キスを交わす。
気がつけば、ベッドに仰向けとなって転がったロベルトの胸の上にジェイミーが乗りかかったような格好となっていた。
ロベルトが楽しげな様子で、ジェイミーの乱れた髪に指を絡めてくる。
「――俺たち、体の相性も最高だと思わない?」
「一度でも、お前と気が合うと思ったことはないが」
「ひどいなー」
そう言って笑ったロベルトの手が、隙なく動いて双丘にかかり、ついには熱っぽく綻んでいる秘孔に指が挿入される。
丁寧に拭われたとはいえ、指を出し入れされると、奥に注ぎ込まれたロベルトの情熱の名残りが滴り出てくる。
唇を噛んだジェイミーは、はしたない自分の秘孔を指で犯されるのに任せるしかない。
無意識に腰が揺れる。反応した互いのものを擦りつけ合うように、自ら腰を動かしていた。
念を押すようにもう一度ロベルトに問われる。
「俺たち、体の相性いいよね」
「あ、あ……」
あえなくジェイミーは陥落する。
「これからは、こんな関係でいよう。気が向いたら、最高の快感を得られる関係。ジェイミーみたいに頭がよくてクールな大人とじゃないと、結べない関係だよ。俺はもちろん、ジェイミーを拘束したり、無理矢理なことはしない」
気持ちいいだけの関係――。ジェイミーは口中で呟く。口当たりのいい、素晴らしい関係だ。
本当にそんな関係になれるのなら、いいかもしれない。
頷いたジェイミーは、秘孔を弄られながら、ロベルトの胸に額をすり寄せる。
「……子供の頃は、本当にジェイミーみたいなきれいな金髪になりたくて憧れてたんだけど、こうして眺めるのもいいもんだね」
ロベルトに片手で頭を撫でられる。ジェイミーは顔を伏せたまま笑みをこぼし、ロベルトの胸に何度もキスを落とす。
ロベルトの肌を、ジェイミーの金髪がサラサラと撫でていく。
体だけでなく、心でも気持ちいい。
興奮したロベルトにのしかかられる頃には、ジェイミーはロベルトとの新たな関係に乗り気になっていた。
外での一人での夕食を終えて、ジェイミーがいつものバーに立ち寄ると、そこにはすでに、ダグラスとシン、すっかり新たなメンバーとして馴染んでしまったロベルトの姿があった。
静かにテーブルに近づくと、空いているロベルトの右隣のイスに腰掛ける。
「あっ、ジェイミー」
まっさきに声をかけてきたシンとダグラスの手にはしっかり、薄型テレビのカタログが握られている。
ジェイミーはさり気なく、ロベルトが飲んでいるものに視線を向ける。すぐに気づいたらしく、ロベルトはグラスを掲げて笑った。
「今日は車だから、ジュースだよ」
ジェイミーは電車だ。帰りの足は確保できたと思い、さっそく『オールドファッションド』とフルーツを注文する。
そんなジェイミーに、ダグラスは意味深な視線を向けてきた。薄々とながら、ジェイミーとロベルトの関係に気づいている目だ。だからといって、特に反応に変化があるわけではない。
何事もなかったように、ダグラスに話しかけられた。
「この間の口紅、うちの奥さんが喜んでつけているぞ」
「それはよかった。学生の女の子に押し付けられて困ってたんだ。喜んでくれたんなら、有効利用ということだ」
シエナのショップで、不本意にも購入した口紅は、この間、バーでダグラスと二人で飲んだときにプレゼントしていた。
グラスに口をつけながら、ロベルトが一人で笑っている。ジェイミーはテーブルの下で、
ロベルトの足を思い切り踏みつけてやった。
それでいて、クールな表情でダグラスとは話し続け、ロベルトのほうも、シンからカタログを取り上げて、薄型テレビについていろいろと教えてもらっている。
別にロベルトとの関係を、ことさら隠し立てするつもりはないが、こういった場では友人としての関係を優先したかった。
ロベルトと関係を持ってそれほど期間が経っているわけではないが、なんとなく二人の間には暗黙の了解のようなものができつつある。
友人と、快楽に満ちた体の関係をスムーズに行き来するための手段だといえる。
ただふと、ジェイミーは考える。
バーのあちこちから、ロベルトに視線を向けている女性たちの前で、ロベルトともっともいい関係を築いているのは自分だと態度で示せたらどうなるか、と。
一定量を保っているロベルトへの感情が、この瞬間、危険水域を越えそうになる。
ジェイミーはすぐに頭を切り替えて、ダグラスとの会話に集中する。
自分は実は、クールな人間などではないのだと、漠然とながら感じ始めていた。
ジェイミーの部屋のベッドで、ロベルトは気持ちよさそうに眠っている。その顔を、同じベッドに入ったジェイミーはじっと見つめる。
この部屋でロベルトに抱かれたのは、今回を含めて三回目だ。あっという間にこの部屋に馴染んでしまったような気がする。
三回とも部屋に泊まっているので、そのせいかもしれない。
ジェイミーの視線に気づいたわけではないだろうが、ロベルトがゆっくりと目を開く。褐色の瞳が和んだ光をたたえ、見上げてきた。
「いいねー。目を開くと、そこに金髪のきれいな天使が微笑んでいるなんて」
「寝ぼけてるのか。誰がいつ笑った」
ロベルトの頭を叩いてやろうとしたが、気が変わってくすんだ金髪をそっと指で梳く。
気持ちよさそうにロベルトが笑い、片腕が伸ばされて頭を引き寄せられる。
情熱的なキスを交わしながら、ジェイミーはロベルトの胸元にてのひらを這わせる。さきほどまで、自分が唇と舌を這わせた体だ。
目もくらむような独占欲に突き動かされ、唇を離したジェイミーは、ロベルトの胸元に再びキスを落とし、合間にペロッ、ペロッと滑らかな肌を舌で舐め上げる。
ロベルトが深い吐息を洩らしてから、小さく笑い声を洩らした。
「くすぐったいよ、ジェイミー」
「うるさい。わたしは気持ちいいんだ」
ロベルトに触れる行為が――。
しばらくそうやってロベルトの体を堪能していたが、ふと時計を見て現実に戻る。
朝から戯れられるのは、この時間が限度のようだった。ジェイミーは当然講義があるし、ロベルトも珍しく、仕事絡みで用があるらしく、朝から出かけなければならないのだという。
身を起こすと、髪を掻き上げたロベルトも時計に目を向けて声を洩らす。
「ああ、もうこんな時間か……。幸せな時間って、あっという間に終わるよね」
「……そうだな」
あっさりと応じたジェイミーに、ロベルトが目を丸くする。ジェイミーも自分の失言に気づき、いまさら誤魔化せる術もないので、何事もなかった顔をしてシャツを羽織る。
ロベルトがジェイミーに求めているのは、どんなに甘い時間を過ごしたあとでも、すぐにクールさを取り戻し、甘い台詞にも冷ややかに応じる人物像だ。
決して、共に甘い時間を惜しむ恋人像ではない。
ジェイミーも頭ではわかっているが、切り替えがうまくできないときがある。
ロベルトもこのことについては何も言わず、ベッドの反対側に回ってスラックスを穿き始める。ジェイミーの部屋にやってくるときは、ロベルトは今のところスーツを着用し続けている。
「これからだと、着替えを済ませる時間がないなー。ワイシャツぐらい替えたかったんだけど」
ロベルトの洩らした独り言を聞き、ジェイミーはクローゼットの中から買って袋に入ったままのワイシャツの取り出し、ロベルトに投げ渡す。
受け取ったロベルトが、驚いたようにこちらを見る。
「……これ、ジェイミーの?」
「わたしのサイズが、お前に入るわけないだろ。必要かもしれないと思って、買っておいた」
礼を言ったロベルトが袋から取り出したワイシャツを羽織り始める。その姿を見てジェイミーは、そっと目を細める。
ブルーのワイシャツを着たロベルトは立派にビジネスマンに見え、実に似合っている。
思わず言っていた。
「きちんとしたワイシャツ姿も似合っているんだから、いつまでも派手な柄シャツを着てフラフラするな」
「派手な服装は、俺のアイデンティティーなんだよ」
「ものは言いようだな」
軽い笑い声を上げたロベルトだが、すぐに苦笑に近い表情となってジェイミーを見た。
「なんだ?」
「意外だなと思って」
ロベルトが何を言おうとしているのか、ジェイミーにはわからなかった。
次にロベルトに言われた言葉に、ジェイミーは冷たい手で心臓を鷲掴まれたような気がした。
「ジェイミーが世話好きなんて、知らなかった。俺のことなんて、ベッドの中で楽しんだあとは、ほったらかしだと思ってたからね」
冗談めかしてはいるが、ロベルトの言葉には暗に、自分たちの関係は快楽だけで繋がっていたいのだと言っているようだった。
実際ジェイミーも、そのつもりだった。
多分、という前置きが必要ないぐらい、確かな事実がジェイミーの中にある。
ロベルトと快楽以外で繋がりたいと思うほどに、この陽気で快楽主義者なイタリア男に自分が魅かれているのだ。
自分自身に苦笑を洩らしたい心境となりながら、ジェイミーはクールに告げた。
「お前に、人を見る目がなかったんだな」
一瞬真顔となったロベルトが、すぐに肩をすくめて笑う。
「きれいでエッチな人を見分ける目はあると思ってるんだけどね」
すかさずロベルトにクッションを投げつけるが、あっさりと受け止められた。
「じゃあ、帰るよ。――また、連絡するから」
「ああ」
おざなりに手を上げて、見送りもしない。これがいつもの二人の流儀だ。
それに、別れを惜しむようで未練がましい。
部屋に一人となったジェイミーは、ベッドに仰向けてとなって転がる。
ロベルトはもう、連絡してこないかもしれない。そうなったら、おそらく自分は追いかけてしまうだろう。
ジェイミーは誰に対してなのか、素直に負けを認めていた。
ロベルトを愛してしまったのだと。
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