10月期間限定



 たくさんもらってしまったと、段ボール箱の中から、ハロウィングッズを一つずつ取り出していきながら、和哉は無意識に表情 を綻ばせる。
 段ボール三箱もの大量のハロウィングッズを送られた朋幸は、なんと、そのうち一箱にさまざまなグッズを詰 め込み直して、和哉にプレゼントしてくれたのだ。
 邪魔になるだろうけど、と付け加えられたが、和哉は思いきり首を横に 振り、ありがたく受け取った。
 朋幸がどんなものを入れてくれたのか、和哉は見ていないため知らない。だからこそ帰宅し てから、ワクワクしながらハロウィングッズを床の上に並べていた。
 特に気に入っているジャックランタンのぬいぐるみは、 ハロウィン後に片付けるのがもったいなくて、速やかに自分の部屋に持ち込んだ。それでなくても童顔の和哉とぬいぐるみという 組み合わせに、きっと秀穂は腹を抱えて爆笑することだろう。
 箱の底からは、ドラキュラ風のコスプレ衣装一式まで出てき て、和哉は苦笑を洩らす。さすがにこれは扱いに困るなと思った。もしかすると、朋幸のところで使い道がないから、こちらに回 されてきたのかもしれない。
 意外に、桐山に似合いそうだが――と、褒めているのか失礼なのかわからないことを考えてい ると、玄関のほうから物音がした。秀穂が帰ってきたのだ。
 ダイニングに入ってきた秀穂は、床の上に並べられたハロウィ ングッズを見て、軽く眉をひそめた。怒っているわけではなく、秀穂なりの軽い驚きの表し方だ。
「……なんだ、これ」
「ハロウィングッズ。あっ、海外の」
 秀穂はますます眉をひそめ、首を傾げながらアタッシェケースを足元 に置いた。
「俺たち、ハロウィンでなんかしたことあったか? あれだろ、子供が妙な衣装を着て、お菓子くれって近所を回 るイベント。それと、かぼちゃのお化け」
「秀穂の説明は端的だけど、情緒がないよね」
「帰宅早々の俺に、ケンカ売っ てるのか、お前……」
 ジャケットもイスに放り出した秀穂が、和哉の隣に座り込み、並べたハロウィングッズを手に取って 眺める。
「すごい量だな。これだけ買うほど、お前、ハロウィンに思い入れがあったのか」
 違うよと言って和哉は笑う。 秀穂の手の中で、ゼンマイを巻いたジャックランタンの小さなおもちゃが派手な音を立てて動き始めたのだ。
「室長の海外に いる友人から、今日送られてきたんだ。しかも、この段ボールで三箱も。だからぼくにお裾分けというわけ。こういうイベントも のって、自分じゃなかなか買う気にならないけど、あるとけっこう楽しいだろ?」
「まあなー。俺とお前って、本澤さん絡み じゃないと、派手なイベントとは基本的に縁遠いからな」
 ある意味、二人の生活の本質を突くような言葉に、和哉はじっと 秀穂を見つめる。秀穂のほうも、自分の言葉を失言と感じたのか、見つめ返してきた。しかも、殊勝な言葉までつけてくれた。
「――……他人に頼らず、俺たちはイベント事を大事にしていこうな」
「何かあるときは、カレンダーに花丸つけておい てあげるよ」
 秀穂は笑みをこぼし、大きな手でくしゃくしゃと和哉の頭を撫で回してきた。
 着替えるのを後回しにし た秀穂と体を寄せ合い、ハロウィングッズを手に取って眺めていると、秀穂が何げなくドラキュラのコスプレ衣装を手に取った。
「なんで、こんなものまであるんだ……」
「さあ、室長が入れたものだし。もしかすると、室長の箱にも違う衣装が入っ ているのかも――」
 言いながら和哉は、胡散臭そうな顔をしてドラキュラの漆黒のマントを手に取っている秀穂をまじまじ と見つめる。和哉の視線に気づいたのか、秀穂がちらりと笑った。
「どうした。あんまり目を見開くと、さらに目がでかくな るぞ」
 ポカッと秀穂の肩を殴りつけてから、和哉は小首を傾げて提案してみた。
「秀穂、そのドラキュラの衣装、着て みてよ。アメリカで買ったものみたいだから、背の高い秀穂でもサイズは全然問題ないと思うんだ」
「……な、何言い出すん だ、お前っ」
「だって、せっかくもらったんだよ? ぼくたちで買うことなんてないんだから、せっかくの機会だし……」
 和哉が迫ると、秀穂は床の上に座ったまま後ずさる。顔が引き攣っているのを見て、思わず噴き出したくなった和哉だが、 あくまで本気でせがんでいるふりをする。秀穂がこんなに焦っている様は、滅多に見られるものではない。
「ぼく、見てみた いな」
「嫌だ」
「せっかく頼んでるのに……」
 慌てて秀穂が立ち上がり、和哉もマントを手にあとを追いかける。
「拗ねた口調で言っても、絶対嫌だからなっ」
「秀穂のケチ。マントぐらいつけてくれてもいいだろう」
「マントぐ らい、じゃないだろっ。ドラキュラの主成分じゃねーか、マントは」
 秀穂の言っていることがよくわからない。とにかく、 焦っていることはよく伝わってくる。
 とうとう我慢できなくなり、和哉は腹を抱えて爆笑する。それで秀穂も、からかわれ ているとわかったらしい。悔しげに言われた。
「お前、覚えてやろよ。明日、恥ずかしい衣装を買ってきて、お前に着せてや る」
「――秀穂も着てくれるなら、いいよ」
 秀穂がぐっと唇を引き結び、勝負はあった。和哉の勝ちだ。
 ささや かな意趣返しのつもりなのか、和哉は両手でぐしゃぐしゃと髪を掻き乱されたが、最後には、手櫛でしっかり髪を整えられる。
 くすぐったさに和哉は声を洩らして笑いながら、仲直りの証というわけではないが、秀穂とそっと唇を重ねた。
 どう やら、秀穂の機嫌は直ったようだ。もっとも、最初から怒ってなどいなかったのだろうが。


 翌日になって朋幸から聞いたのだが、送られてきた段ボール三箱分のハロウィングッズの中には、コスプレ用の衣装が二着入っ ていたらしい。
 マシな衣装を和哉の段ボール箱に入れたと言われたとき、和哉は不安を覚えつつ、もう一着の衣装はなんだ ったのかと尋ねた。
 和哉の仕えるべき相手であり、大事な親友でもある朋幸は、実に生まじめな顔をして教えてくれた。
 メイド服だった、と。
 それはどうしたのか、さすがに和哉は尋ねられなかった。もちろん、それが朋幸なりの冗談だ ったのかどうかも、確認しようがなかった。
 真相は、多分桐山しか知らない――。







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