VIVIDなカンケイ
-- 01 --


 くっきりとしたアーモンド型の青い目が、物言いたげに巽有理を見つめてくる。
 分厚いガラスを通していては鳴き声までは聞こえてこないが、ときおり目を細めて、甘えるように鳴く表情がたまらなく可愛い。
 有理に撫でてもらいたいのか、こちらに向かって前足をばたつかせ、柵を乗り越えようとする仕種には、もう心を蕩かされっぱなしだ。
 有理はふにゃんと表情を緩め、ガラスに額を押し当てる。
 ペットショップには、さきほどから尽きることなく客が出入りし、展示されている子犬や子猫たちを眺めていく。その中で、甲高い声を上げて『可愛いーっ』と連発する女性客たちの姿は多い。
 しかし有理の耳には、それらの鼓膜に突き刺さるような声すら入らない。ひたすら、目の前のアビシニアンという種類の、金色に近いきれいな毛並みを持つ子猫と、一人と一匹の世界を作り上げている。
 今の有理の姿は、かぶりつき、と表現していいだろう。ガラスの前の一角を陣取り、子猫と目で会話している。そう有理は思い込んでいる。
 モデル事務所からの帰りによく立ち寄っているショッピングモールの中に、今いる大型ペットショップはある。
 ここ何日かは、仕事を終えるとまっさきにこのペットショップに立ち寄って、目の前のアビシニアンの子猫と目で対話するのが、有理の日課になっている。もう、夢中だ。
「あの――」
 子猫に見入る有理の背後から、遠慮がちに声がかけられる。振り返ると、制服姿の女子高生二人が目を輝かせて立っていた。
「あー、やっぱりそうだっ」
 無遠慮に指をさされて女の子たちが歓声を上げる。何事かと、店内の客たちまで有理たちに視線を向けている。
 自分が声をかけらたれ理由は、嫌というほどわかっていたが、あえて有理は不機嫌な様子を隠しもせずに尋ねる。
「何か用?」
 しかし有理の不機嫌ぶりに気づかないのか、はしゃぎながら女子高生の一人が切り出した。
「モデルのユーリですよね?」
『さん』を付けろ。
 心の中で文句を言った有理は憮然とした表情のまま頷く。すると耳をつんざくような悲鳴が上がる。
「きゃーっ、やっぱり。うわあ、本物だよー」
「サインしてもらおうよ」
 遠慮ない女子高生たちの騒ぎを聞きつけて、他の客たちまでもが有理たちの周囲に近づいてくる。 
 イライラした有理は、彼女たちを無視して再びガラスの向こうのアビシニアンの子猫を見つめる。
 こんなに騒がれると、このペットショップには足を踏み入れにくくなる。それはつまり、この子猫と過ごす時間が少なくなるということだ。
 それでなくても、いつ売られてしまうのか気が気でないのだ。
 大学を無事に卒業できた有理の、四月現在の肩書きは、モデルだ。
 アニョーナの仕事が評判がよく、それが呼び水となって雑誌やCM、ショーなどの各方面の仕事がひっきりなしに入るようになったのだ。
 ただし有理は、所属しているモデル事務所に頼み、仕事はしっかり選んでいる。自分を安売りするようなマネはしたくないし、今の評価を下げたくもない。
 自覚はないが、この辺りのバランス感覚は見事だと、同棲中の恋人に絶賛されているので悪い気はしない。
 ただ、急に注目を浴びるようになったので、これまで、それこそ猫のように自由気ままに行動していた有理としては、非常に居心地が悪い。
 たとえば今のような状況だ。
「――……うるさい……」
 ボソリと口中で呟く。一応有理にも、客商売だという自覚はあるので、はっきりと相手の耳に入るような言い方はしない。
 もし自分に猫のような鋭い爪があったなら、迷うことなくガラスを爪で引っ掻いて、心底不快な音を立てるという嫌がらせに出るだろう。
 しかし実際の有理の爪はというと、ほどほどに伸ばして形を整え、きれいに磨かれてある。どう見ても、あまり荒行には向かない。
 有理のイライラを感じ取ったように、ガラスの向こうで子猫が首を傾げ、不思議な魔力めたいものがある目でじっと有理を見つめてくる。
 瞬間的に有理は決心はした。
「あの――」
 再び背後から女子高生に声をかけられようとしたが、有理はそれ以上に大きな声を上げた。
「すみませんっ」
 近くを通りかかったペットショップの店員が、ビクリとして有理を見る。
「な、何か?」
「――この子買います」
 有理はビシッとガラスの向こうのアビシニアンの子猫を指さす。
 毛糸の玉のようなおもちゃに乗りかかっていた子猫が、有理の迫力に圧されたように動きを止める。
 一瞬あとには、見事に子猫は毛糸の玉から転げ落ちた。


「……だからさあ、ペットショップで騒ぎなんて起こしたら、もうその店に行けなくなるじゃん? そうしたら、ああ、もうこの子と会えなくなるって、咄嗟に思っちゃってさ」
 一度言葉を切った有理は、ここでそろそろと視線を上げる。ソファに座り、悠然と長い足を組んで有理の話を聞いていたロベルトと目が合った次の瞬間、そのロベルトが腹を抱えて爆笑し始める。
 さきほどから、やけに唇の端がヒクヒクとしていると思ったが、ずっと笑いたいのを堪えていたらしい。
 お願いをする側の人間らしく、殊勝に床の上に座り込んでいた有理だったが、急にバカらしくなり、ロベルトの隣に座り直す。
 ロベルトが鳶色の瞳をくるんと動かし、笑った拍子に乱れた髪を掻き上げる。
 少しくすんだ感じのロベルトの金髪だが、有理はこの色合いが気に入っている。有理と出会う前までは肩につくほど伸ばしていたと知り、そのときに出会いたかったと、本気で悔しがったぐらいだ。
「おや、床の上に正座して頭を下げるぐらい、俺にお願いしたいことがあったんじゃないの?」
 からかうような口調でロベルトに言われる。有理は、ムッとしてロベルトを睨みつける。
 出会った当初は、陽気で享楽的なイタリア男というイメージしかなかったロベルトだが、実際は、二十六歳にして化粧品製造メーカー『アニョーナ』の日本支社長という肩書きが示す通り、なかなかの切れ者だ。近くにいるとよくわかる。
 おかげで有理は二十二歳にして初めて、他人から軽くあしらわれるという経験を味わったのだ。
 今だってそうだ。有理の『お願い』がわかっていながら、ロベルトはからかってくる。
 有理は唇を尖らせ、顔を背ける。
「――有理」
 有理の機嫌を取ろうとするかのように、少し甘さを含んだ声でロベルトに呼ばれる。しかし有理はますます意固地になって顔を背ける。
 くすくすと笑い声が耳に届いたときには、間近にロベルトの息遣いを感じた。
 赤みがかった有理の髪に、いつものようにロベルトがキスしているのだ。
「こっち向いて、有理のきれいな顔を見せてよ。俺にお願いする有理の顔なんて、滅多に見られないんだから」
「……ロベルト、おれをからかって楽しんでるだろう」
「うん」
 あっさりと返事が返され、有理のあごにそっと手がかかる。ゆっくりとロベルトのほうを向き直された。
 乱暴ではないが、なぜだかロベルトの手は振り払えない。有理を大切にしていると、所作の一つ一つから滲み出ているからだ。
 大切にされるのを嫌がる人間なんて、そうそういるはずがない。有理も同じだ。
 たっぷりの甘さを含んだロベルトの眼差しが、穏やかに有理を見つめてくる。
「会わせてよ。有理が一目惚れした子。『その子』って言うばかりで、どんな子か知らないけど。……まさか、ワニとかトカゲとかじゃないよね?」
「だったらどうする?」
 珍しく、ロベルトが真剣な表情で腕組みして考え込み始めたので、有理はするりとソファから床へと下り立つ。
 元は倉庫だったというロベルトのこの家に有理が転がり込んできたときは、イタリア人のロベルトが住む家らしく、どこも土足で歩くようになっていたのだが、同居――正確に
は同棲だ、を始めたのを機に、ロベルトは改装工事を決断してくれた。
 つい一月ほど前に工事は終了し、新しい二人の住居は完成したのだ。
 荷物が押し込まれていた一階は見事に、人が住める部屋となり、今は有理の住居スペースとなっている。
 二階のロベルトの部屋も、裸足で歩き回る有理に合わせて、心地よいフローリングに張り替えてくれたのだ。
 恋人には、愛の囁きも努力も金銭さえも惜しまないというのが、ロベルトの人生哲学なのだという。
 さもありなん――。
 ロベルトのその哲学を聞いて、有理の頭にまっさきに浮かんだ言葉だ。
 トン、トンと軽い足取りで一階へと降りた有理は、さっそく部屋のテーブルの上に置いたケージを覗き込む。
 有理がペットショップから連れ帰ったアビシニアンの子猫が、有理を見てしきりに甘えた声で鳴く。それだけで有理はふにゃんとなる。
「ごめんな。すぐに出すから」
 急いでケージを開けると、恐る恐るといった様子で子猫が入り口に前足をかける。有理が片手を差し出してやると、ようやくケージから出てきた。
 さっきまで部屋の中で自由に走り回らせていたのだが、ロベルトが会社から帰宅してきたとき、慌ててケージに入れたのだ。
 家主に許可を取る前に部屋で放し飼いにしているとバレたら、さすがにまずいと考えたためだ。
 有理は慎重に子猫を抱き上げる。
 ペットショップで、分厚いガラスを通して見つめてているだけだったこの子を、こうして実際に腕に抱けるというだけで、有理は幸せに蕩けそうになる。
 滑らかな毛並みに覆われたしなやかな体を、子猫は安心しきったように有理の胸にすり寄せてくる。
「もう一人の飼い主になるかもしれない人に会わせてやるからな。……変わったイタリア人だけど、お前をとって食ったりはしないから安心しろ」
 ロベルトが聞いたら苦笑を浮かべそうなことを言って、有理はすぐに二階へと上がる。
 ただしロベルトの前では、子猫を抱え込んだうえに背を向け、後ろ歩きで近づくという行動を取る。
「そんなに隠されると、本当にワニかトカゲなんじゃないかって気がしてくるよ、有理」
 さすがのロベルトも少し不安そうな声を発する。有理はロベルトに背を向けたまま問いかけた。
「おれがワニかトカゲを飼うって言ったら、ロベルトの愛は冷めるわけ?」
「なんてことを言うんだ。有理への愛を、他のものと比べられるわけないだろう」
「ふーん」
「……そういう投げ遣りな返事をされると、俺としては傷つくね。愛に形があるなら、今すぐにでも有理に見せてあげたいよ」
 有理より先にロベルトの話に飽きたのか、有理の腕の中で子猫がニャーと鳴き声を上げた。背後でロベルトの話がピタリと止まる。
 もしかしてロベルトは猫嫌いなのだろうかと、有理はしっかりと子猫を庇いながら振り返る。
 ロベルトが楽しげに笑っていた。
「ロベルト?」
「いや、有理が猫を、と思ったら、楽しくて。俺もペットショップのその場にいて、ガラス越しに眼差しで会話する有理とその子の姿を見てみたかったよ」
 有理は首を傾げる。
「おれが猫を、で、何が楽しいわけ?」
「だって――猫が猫を飼うのかと思ったら、楽しいだろう」
 ロベルトに真顔で返され、有理は数秒間置いてから反応した。
「むっかー」
 ロベルトが声を上げて笑う。その陽気な笑い声に誘われたように、有理の腕の中で子猫が暴れ、多少不器用な動きで床の上に下り立つ。
 何をするのかと思って見ていると、迷うことなくロベルトの足元に近づき、体をすり寄せ始めた。
「おや、どこかの猫と違って、初対面から愛想がいいね。――おいで」
 嬉々としてロベルトが、子猫を抱き上げる。
 鼻先を寄せ合う様子は、どこから見ても猫好きのものだ。
「……ロベルト、猫好きなの?」
「好きだよ」
「だったら、飼っていい?」
「いいよ」
 有理は勢いよくロベルトに抱きつこうとしたが、子猫がロベルトの腕の中にいるので、一度子猫を床の上に下ろしてから、改めてロベルトにきつく抱きつく。
 ロベルトも優しく片腕で抱き寄せてくれ、二人はソファの上に倒れ込む。
「それで、この子に名前はつけたの?」
「まだ。ペットショップにいるときは、勝手にアビって呼んでたけど」
「……アビシニアンだからアビね……。小学生レベルのストレートさだよ有理、それ」
「うるさいな」
 ロベルトの体の上に乗りかかったまま胸に顔を埋めると、ロベルトの体が小刻みに震える。
「笑うなっ。だったらロベルトが名前つけろよ」
「ダメだよ。命名権は、買った人にあるんだから。だけど、よくその場で買おうって決められたね。アビシニアンって高いんだろう?」
 まあね、と答えて有理は顔を上げる。赤みがかった有理の髪を、すかさずロベルトが梳き上げてくれる。
「当然、財布の中身だけじゃ足りないから、店員に準備してもらっている間に近くの銀行のATMでお金を下ろしてきたんだ」
 しかも、買ったのは子猫だけではない。猫と暮らすのに必要なものも一式買い揃えたのだ。
 ケージ・トイレ・砂・エサ・オモチャ・食器・爪とぎ、猫用シャンプー・子猫の寛ぎ用のクッションなどなど。
 当然、それらのものを抱えて電車で帰るのは不可能だったため、タクシーを使った。
「おかげで、仕事一回分のモデル料があっという間になくなった」
「今の有理なら、その気になれば何匹でも飼えるようになるよ」
「……それって、おれのモデルとしての才能を買ってくれてるってこと?」
「当然」
 ニッと笑った有理は、ロベルトの胸の上で動いて体を伸ばすと、ロベルトの唇に軽くキスする。
「これは、猫を飼うのをOKしてくれたお礼。ロベルトがこの子を見た途端、真っ青になったらどうしようかと思ってたんだ」
 有理はソファから片手を伸ばすと、ロベルトが履いていたスリッパにじゃれついている子猫の頭をそっと撫でる。
「――決めた。この子の名前はアビだ。ロベルトにバカにされたっていい」
「バカになんてしないよ。……覚えやすい名前でいいと思うよ」
「やっぱりバカにしてるだろっ」
 ひとしきりソファの上でじゃれ合うように揉み合っていると、明日朋幸に電話して、家族が増えたことを報告しようと、ロベルトが嬉しそうに洩らす。
 決して朋幸に嫉妬したわけではないが、有理はすかさず釘を刺した。
「本澤さんには、おれが電話する」
 ロベルトのことは信用しているが、なにしろ口説き文句が挨拶のようなロベルトだ。甘ったるい台詞を他の人にも言っているのかと思うと、腹が立つ。
 そんな有理の気持ちがわかったらしく、ロベルトが小さく噴き出す。
「……可愛いなあ、有理は」
 わずかに顔が熱くなったのを自覚した有理は、照れ隠しにロベルトの胸をポカリと叩いてから、そのロベルトの体の上から退こうとする。
「――お礼は、あのキス一つで終わり?」
 ロベルトが鳶色の瞳を妖しくきらめかせ、唇だけの余裕たっぷりの笑みを浮かべる。
 普段が陽気で軽薄さと紙一重の愛想のよさの持ち主であるロベルトだが、セクシュアルなものを匂わせたときの魅力は一変する。
 普通の人間なら、まず舞い上がってしまうだろう。幸か不幸か、有理は経験が豊富だったため、最初は冷静でいられたのだが――。
「……一週間は、人前で服を脱ぐような仕事は入ってないから」
 有理はぶっきらぼうに答える。しかし言外に含めた言葉の意味をロベルトは正確に読み取ったらしく、満足そうに頷いた。
「だったら、たっぷり有理にキスできるね」
 ロベルトに優しく頭を引き寄せられて、唇を吸われる。有理もロベルトの巧みなキスにあっという間に夢中になり、体が快感を欲し始める。
 ロベルトに熱烈に口説かれたという朋幸だが、それでもロベルトが手を出せなかったのは、あの怖い秘書のおかげだ。
 あんな頑丈な要塞でも目の前に立てておかなければ、あっという間にロベルトに身も心も溶かされてしまうはずだ。
 今の有理のように。
 ロベルトとキスを交わしながら、着ているTシャツを捲り上げられ、促されるまま腕を抜く。最後に頭からすっぽりと脱がされる。
 今度は有理が、ロベルトが着ているシャツのボタンを外していく。
 ソファの下では、滑る床の上でアビが走り回っている音がする。
「アビ、相手してあげないと、寂しがるよ……」
 ジーンズの前にロベルトの手がかかったところで、吐息を洩らしながら有理が言うと、いかにもロベルトらしい言葉が返ってきた。
「俺は寂しがってもいいの? 有理に相手してもらえなくて」
「……いっつも相手してんじゃん」
 くすくすと声を洩らして笑ってしまった有理だが、ここで息を詰める。ジーンズの前を開かれ、ロベルトの器用に動く指に、有理の敏感なものを掴まれたからだ。
「ロベルト、ここ、やだ……。ソファから、落ちそうだよ」
 有理の訴えは聞き入れられ、さっそくロベルトに抱き上げられてベッドに連れて行かれる。
 ゆっくりと歩きながら、ロベルトが笑いながら声を上げる。
「こら、あんまり足元をチョロチョロしてると、踏んじゃうよ。……元気な子だね。初めての家だっていうのに、緊張してない。有理に似て、大物になるかもね」
「そりゃまあ、おれが一目惚れした子だから」
「妬けるね」
 有理の体はベッドの上に放り出され、次いで枕元にはアビがヒョイッと置かれる。
 有理の赤い髪が猫じゃらしにでも見えたのか、さっそくじゃれついてくる。思わず頭上のアビに気を取られた隙に、ロベルトにジーンズと下着を引き下ろされて、あっという間に下肢を剥かれた。
 両足を立てて開かされ、そこにロベルトの頭が潜り込んでくる。
「あっ、ロベルト、いきなりっ……」
 期待に身を起こしかけていたものを、ロベルトの熱い口腔に含まれる。
「んあっ」
 有理は大きく仰け反って髪を振り乱す。驚いたようにアビが飛び退いたが、シーツを握り締めた有理の指を人懐っこく舐めてくる。
 ロベルトの口腔できつく吸引されてから、絡みつくように蠢いてる舌に、根元から先端に向けて舐め上げられる。
「あっ、あっ、ロベルト、気持ち、いっ……」
 片手の指をアビが舐めているので、もう一方の手をロベルトの頭にかけ、くすんだ金髪を掻き乱す。
 はしたなく腰を揺らし、もう一度口腔深くに含んでもらう。すでにロベルトの指は、有理が滴らせるものを掬い取って、秘孔へと擦りつけられる。
 いつもより性急な行為だが、決して乱暴というわけではない。
「やぁっ……ん」
 思わず、媚びたような鼻にかかった声が出る。
 有理の秘孔に慎重にロベルトの長い指が埋め込まれていく。
 甘い痺れが体の中をゾクゾクと駆け抜けていく。ロベルトに体の中をまさぐられるのが、有理はたまらなく好きだった。
 前までは、セックスそのものよりも、他人の体温に包み込まれるのが心地よくて気に入っていたのだが、ロベルトはそんな有理の嗜好も変えてしまった。
「……すごいね。有理の中、もうヒクヒクしてるよ。興奮してる?」
 有理は意識して秘孔にあるロベルトの指をきつく締め付けると、欲情して濡れた目でロベルトを見つめる。
「わかってるくせに、聞くな」
「それは失礼いたしました、王子様」
 歌うように言ったロベルトの指が秘孔で蠢かされ、敏感な襞を擦られる。
 ロベルトの舌先で、透明な蜜が滲み出る有理のものの先端をくすぐるように舐められると、じれったい快感に腰が浮く。
 括れまでをロベルトの口腔に含まれ、柔らかく唇で締め付けられる。
「あっん、いっ、い……」
 シーツを握り締めていた指に力を入れる。その途端にシーツの波が動き、驚いたアビが小さく鳴き声を上げる。
「あっ、ごめん、アビ。びっくり、させた――」
 有理は喘ぎながらアビに謝ると、緩慢に手を動かしてアビの体をそっと撫でる。すると前触れもなく、ロベルトの口腔に含まれているものをきつく吸い上げられ、有理は悲鳴を上げる。
「ひゃっ、ああっ」
 同時に秘孔にもう一本の指を呑み込まされ、激しく擦り立てられる。
 ビクビクと下肢を震わせ、有理は次第に乱れ始める。
「ロベ、ルト……。ロベルト」
 誰にも聞かせたことのない、子供が甘えるような切ない声で何度もロベルトを呼ぶ。
 ねっとりとロベルトの舌に敏感なものを舐め上げられて、有理はフルッと体を震わせる。
 ロベルトの口腔に、絶頂の証を放ったのだ。
 ロベルトはすぐに有理のものを口腔から出そうとはせず、放ったものを飲み干してくれたあとも、優しく清めて慰撫してくれる。
 有理は静かに煩悶しながら、指先でアビの毛並みを撫でる。
「妬けるね。そんにアビを愛しげに撫でている有理を見ると。俺なんて、撫でられるよりも、ひっぱたかれた回数のほうが多いと思うよ」
 汗で湿った有理の内腿に唇を寄せながら、ロベルトが芝居がかった口調で恨みがましく言う。つい有理は声を洩らして笑ってしまう。
「何言ってるんだよ。おれにひっぱたかれるようなことしてたからだろ」
 それに、と続けながら、有理は両手でアビを抱き上げる。甘えるように鳴くアビの額にそっと唇を寄せ、軽くキスしてからグリグリと頬擦りする。
「ロベルトとは、猫とはできないことを、いっぱいしてるわけだし」
「うん。それもそうだ」
 まじめな顔で頷くロベルトがおもしろい。
 有理は自分の胸の上にアビをのせようとしたが、寸前でロベルトに抱き上げられて、シーツの上に下ろされた。
「子猫でも、爪は鋭いからケガするよ。モデルなんだから、肌に傷をつけるようなことには気をつけないと」
 有理はアビを見て、そうだって、と声をかける。
 それでも遊んでほしいと言いたげにアビがすり寄ってくるので、有理は片手で頭を撫でてやる。
 このとき、ロベルトに両足を抱え上げられ、胸にのしかかられる。
「――有理」
 耳元で甘く囁かれ、微笑んだ有理はアビを撫でた手で、いつの間にか服を脱ぎ捨てて剥き出しになったロベルトの肩を撫でる。
 ふさげて『にゃー』と一声鳴いてから、有理はロベルトと頬同士を擦り合わせる。
「アビの可愛さもいいけど、俺はやっぱり、山猫のほうが合ってるね」
 そう洩らしたロベルトの熱いものが、柔らかくさされた有理の秘孔に押し当てられる。
「あっ」
 ロベルトが押し入ってくる。有理はしっかりとロベルトにしがみつき、苦しさに小さく呻く。
 顔を横に向けると、不思議そうに目をクリクリと動かしているアビがすぐそこにいる。
思わず笑ってしまい、体の緊張が解ける。そこを狙いすましたようにロベルトの侵入が深くなる。
 ロベルトが微かに濡れた音を立てながら、耳や首筋、肩へと何度もキスをしてくれる。
こんな愛撫は大好きだった。
「んっ、あぁ……」
 喘ぎ声を上げた有理は片腕でしっかりとロベルトの頭を抱き寄せて愛撫を求める。ロベルトはしっかり応えてくれた。
 両手首を掴まれてシーツの上に押さえつけられると、いきなり熱い舌で、期待に凝った胸の突起を舐め上げられる。
「んっ、ふ」
「ほら、まだ締めちゃダメだよ。俺はもっともっと、有理の奥に入りたいんだから」
 腰を揺さぶられ、軽く突き上げられる度にロベルトのものの侵入が深くなる。
「あっ、あっ、あっ、奥、来て、る……」
「入ってるよ。俺の大好きな場所に」
 手首が解放され、ロベルトの両てのひらに胸の二つの突起をきつく転がされ、指先で擦られる。
「あっ、ふうっ……ん」
 ゾクゾクと痺れるような快感が有理の中を駆け抜ける。同時に、秘孔がロベルトの熱いもので満たされる。
 ロベルトの腕の中にいるときは恥という言葉を忘れてしまう有理は、自ら楽な姿勢を取り、両足をロベルトの腰にしっかりと絡める。
「もっと動いていい?」
 囁かれ、有理は夢中で頷く。
「いっぱい、擦って……。ロベルトので――」
 腰を揺すられて、奥深くまで満ちているロベルトのものが蠢く。
「くうっーん、嫌ぁ、もっと、もっと、して」
 優しい笑みを浮かべたロベルトが、表情とは裏腹に力強い律動を有理の秘孔で刻み始める。
「あんっ、あんっ、あっ……ん」
 首を左右に振って乱れながら、有理が快感に我を失いかけたその瞬間、さほど大きくはないが、鋭い声が上がった。
「痛っ」
 有理が上げた声ではない。だとすると、ロベルトしかいない。その証拠にロベルトの動きが止まった。
 有理は乱れた息を繰り返しながら目を開く。前髪を掻き上げながら尋ねた。
「ロベルト、どうかした?」
 いきなり眼前に、アビの顔が迫る。ロベルトが両手で抱き上げて、突きつけてきたのだ。
「――アビが背中に飛びついてきた」
 気のせいか得意げな表情でアビが鳴く。一拍置いてから有理は噴き出し、このとききつくロベルトのものを締め付けてしまったらしく、秘孔から慎重にロベルトのものが引き抜かれた。
 有理はアビを抱き上げて頬擦りする。
「おれが、ロベルトにイジメられてるって思ったんだよ、きっと」
「……なら、強制退場」
 有理の手からあっという間にアビは取り上げられ、ロベルトが床の上に下ろしてしまう。
すかさずベッドの下から、しきりに鳴き声が上がる。
 有理はうつ伏せとなってベッドを転がると、床を覗き込む。アビがきちんと床の上に座り、すがりつくように有理を見上げていた。
「かっ、わいいなあ」
 顔を綻ばせていた有理の背に、柔らかな感触が触れた。振り返ると、ロベルトが有理の背にキスをしているところだった。
 心地よくて、有理はベッドに顔を伏せてされるがままとなる。
 背から腰、再び背に這い上がってきた唇の動きはさらに上へと移動し、肩甲骨のラインを優しく吸い上げられてから、襟足にかかった髪を手で上げられて、うなじに行き着く。
 じゃれているようだったロベルトの軽い愛撫も、この頃には熱を帯びてくる。
 耳元に囁かれ、一瞬のためらいを覚えてから四つん這いの姿勢を取る。
 再び床の上のアビと目が合い、顔が熱くなってくる。自分のハレンチな姿が、アビと同じ獣の姿勢だと、いまさらながら気づいたからだ。
 背後からロベルトに押し入られ、秘孔の奥深くをいきなり力強く突き上げられる。
「あっ、あうっ、うっ」
 背をしならせながらロベルトの動きを受け止めた有理だが、すぐに堪えきれずに前のめりで倒れ込み、肩で体を支える。
 背後から微かな笑い声と共にロベルトに指摘された。
「今の有理の格好、伸びをしている猫と同じだね」
 羞恥が官能に変わり、秘孔で息づくロベルトのものをギュッと締め付ける。
 その感触を堪能するように、ロベルトに激しく秘孔を擦り上げられる。たまらず有理は鼻にかかった甘い声を上げていた。


 アビは毛布の上でひっくり返って腹を見せ、そこをロベルトに撫でられる度に、心地よさそうに喉を鳴らす。
 ロベルトの肩に頭を預けた有理は、アビのそんな姿に目を細める。
 たっぷり愛し合ったあと、アビはようやくベッドの上に戻されて、しっかり毛布でガードしたロベルトの胸の上に乗っている。
「そのうち、同じアビシニアンの女の子が欲しいなあ。それで、アビとの間に二世を誕生させるんだ」
 有理の言葉にロベルトが苦笑を洩らす。
「有理は気が早いね。だいたいアビは今、生まれて何か月なの」
「二か月と少しかな。店に出たのが、十日ぐらい前」
「だったら、お嫁さんはまだ先だろう」
「あっという間だよ」
 この家のあちこちに、アビシニアンたちの気高くて美しい姿があるのかと思うと、有理は考えるだけでうっとりとしてしまう。
 それが傍目でもわかったらしく、ロベルトにあごを持ち上げられて、唇に軽くキスされる。
「アビに夢中になるのもいいけど、俺のことも忘れないでよ」
「こんな自己主張の激しい大きなもの、忘れるわけないだろ」
 ロベルトが声を上げて笑うと、体の揺れに驚いたようにアビが立ち上がる。
 有理は手を伸ばし、優しく体を撫でてやる。アビもすぐに安心したように、ロベルトの胸の上で体を丸くする。
 こんな穏やかな時間もいいなと、有理は思う。ロベルトに大事にされていると、全身で実感できるのだ。
 くすぐったい感覚が体の内に走り、思わずロベルトに身をすり寄せる。ロベルトがしっかりと肩を抱き寄せてくれた。
 目を閉じたアビの顔を見つめながら、有理は小さくため息を吐く。
「有理、どうかした?」
「……明日も、仕事かと思ってさ」
「アビの二世誕生を目指すなら、がんばらないと」
 言動のせいか軽く見られがちなロベルトだが、私生活はともかく、仕事に関する考えはしっかりしている。
 ロベルトのそんなところをよく把握している有理は、渋々頷く。
「それはわかっているんだけど、明日の仕事、もしかすると問題ありかもしれなくてさ」
「どんな仕事?」
「CMの仕事だよ。クライアント自らがおれを指名してきた。しかも、出るのはおれ一人」
「すごいじゃないか」
 あっさりと感嘆の声を洩らしたロベルトを、有理は上目遣いで見上げる。いわゆる、恨みがましい視線というやつだ。
 ロベルトが不思議そうに首を傾げる。
「有理?」
「どうしてロベルトの会社、おれと専属契約って形にしてくれなかったんだよ」
 ほとんど有理の言いがかりに近い言葉に、ロベルトは柔らかな苦笑を洩らす。
「それも考えたけどね、だけど、有理が俺の会社のCMしか出ないってことになったら、せっかくの有理のモデルとしての仕事を制限することになるだろう? そういう束縛みたいなことはしたくなかったんだ」
 ロベルトが相手なら、束縛されるのは嫌ではない。
 心の中でそう思う有理だが、こんな可愛げのある台詞は、素面では言えない。
 ムーッと唇を尖らせてから、ロベルトの肩に顔を埋める。
「それで、そんないい仕事なのに、どんな問題があるの?」
 髪を撫でられながらロベルトにさらに問われ、有理はアビのようにトロンとしながら答えた。
「ううん。大したことじゃない。おれが心配しすぎてるだけなんだ」
「無鉄砲な有理が、心配するようなこと……。なんだか気になるな」
「大丈夫。アビ二世の誕生のために、おれはドーンと稼ぐから」
 納得してくれたのかどうかはともかく、頭上から、ロベルトがプッと噴き出した声が聞こえてきた。




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