ここしかない場所 [5月期間限定/Extra 08]  



(2)

 診療室に入って電気をつけた富樫に、診察ベッドの端に座らされる。
 広己は左足だけを揺らしながら、診察室を見回す。 富樫と一緒に暮らしているとはいっても、診療所――特に診察室に足を踏み入れる機会はそう多くない。広己はまだ看護師では ないため、患者にでもならない限り、ここに入る権利を与えられていない気がするのだ。
 だからこそこうして足を怪我す ると、変な表現だが、堂々と、医者としての富樫の顔を間近で見ることができる。
 湿布を準備した富樫が、患者用のキャ スターつきのイスを引き寄せ、広己の前に腰掛ける。
 広己のパジャマのズボンの裾を上げた富樫が、右足首に巻いた包帯 をクルクルと巻き取っていき、ゆっくりと湿布が捲られる。
「連休の間ぐらい、無理はするな。この調子だと、連休が終わ ってからも、歩くのに難儀するぞ」
「……自転車を漕ぐの、無理そうですね」
「それは心配するな。俺が車で送り迎え してやる」
 広己はそっと笑みをこぼすと、富樫の髪を撫でる。すると富樫が、広己の足の熱を確かめるように、足首に触 れてくる。
 捻挫した部分は絶えず痛んでいるのに、富樫が触れてくるところからは、くすぐったいような感覚が生まれて きた。ピクンと足を震わせて、広己は唇を噛む。そんな広己を一瞬見上げてきてから、富樫はさらに足に触れてくる。
 ふ くらはぎを優しく揉まれてから、ゆっくりと下りてきた手に足首を羽毛で撫でるようにくすぐられ、踵から足の裏を撫でたあと、 足の指を一本ずつなぞられる。
 背筋にゾクゾクするような疼きが何度も駆け抜け、必死に声を殺しながら広己は首をすく める。ようやく富樫が冷たい湿布を貼ってくれたときは、体の熱が少しは冷めそうな気がして、ほっとした。
 しっかりと 包帯が巻き直され、ズボンの裾が下ろされる。足首の熱と湿布の冷たさが馴染んでいくのを感じながら、広己は少しだけ右足を 動かす。
「痛み止めはまだ効いてこないだろうから、少しの間疼くぞ」
「これぐらい、平気です。湿布を貼り直して、 楽になったし」
「本当に?」
 顔を上げた富樫が、珍しく悪戯っぽい表情を浮かべる。その表情の意味がわかりかね、 広己が首を傾げると、イスから腰を浮かせた富樫に不意打ちで唇にキスされた。
「……あっ」
 目を丸くした広己だっ たが、もう一度唇に軽くキスされ、富樫の両腕の中に閉じ込められると、あっという間に体から力を抜いていた。
 顔を覗 き込んでくる富樫をおずおずと見つめ返し、唇を触れ合わせるだけのキスを数回繰り返してから、富樫と唇を啄ばみ合う。
 十分にキスで焦らされ、高められてから、口腔に富樫の舌を迎え入れる。感じやすい口腔の粘膜を丹念に舐め回されると、知 らず知らずのうちに広己は鼻にかかった声を洩らしていた。
 足を捻挫してからの初めての抱擁とキスに、すっかり意識が 舞い上がる。広己は小さく喘いでから、富樫と緩やかに舌を絡め合っていた。
 こうして唇を重ねると、自分はいつでも、 富樫とのキスを欲しがっているのだと、嫌でも痛感させられるのだ。恥ずかしくてたまらない事実だが、そんな自分の素直さが、 実は広己は嫌いではない。
 富樫の腕に支えられながら、上体をゆっくりと診察ベッドの上に押し倒される。
 パジャ マの上着のボタンを外されていくのを感じ、広己は羞恥しつつ、控えめな眼差しを富樫に向ける。そんな広己を見下ろしてきな がら、富樫は頬を撫でてくれた。
「痛み止めが効いてくるまで、俺が痛みを紛らわせてやる――というのは、どうだ?」
 パジャマの上着の前が開かれ、素肌が露わになる。少しひんやりとした空気に肌が触れたが、そんなささやかな刺激が気 にならないほど、すでに広己の体は熱くなっていた。湿布の貼られた右足首だけが、今はひんやりしている。
「どうだって、 言われ、ても……」
 恥ずかしさから、消え入りそうな声で広己が言うと、聞いているのかいないのか、富樫が胸元に顔を 伏せる。診察ベッドの足でぶつけないようにという配慮か、広己の右足を抱えて。
「んっ……」
 まだ戸惑って反応し ていない胸の突起を、くすぐるように舐められる。ピクンと背を反らした広己は、柔らかく突起を吸い上げられているうちに、 息を弾ませるようになっていた。
 あっという間にささやかな尖りを見せたものを、富樫は舌先で転がしてから、優しく吸 い上げ始める。
「んんっ、んっ、はあぁ」
 もう片方の突起も同じように愛撫され、広己は診察ベッドの縁を握り締め る。いつもとは違う場所で富樫に求められ、戸惑いながらも、体だけは素直に反応してしまう。
 場所が診察室だというこ とと、同じ家の屋根の下で、今は弟と親友が眠っているということに、罪悪感の疼きを覚える。だが、その罪悪感が、快感を煽 る媚薬になっているようだった。
「あっ、富樫先生っ――……」
 富樫の手がパジャマのズボンの前に這わされ、声を 上げる。広己は軽く腰を捩って逃れようとしたが、富樫に艶を含んだ視線を向けられると、それだけで動けなくなる。
「嫌 か?」
 腹部にキスを落としながら上目遣いで富樫に問われ、これ以上なく顔が熱くなる。広己は恨みがましい口調で答え た。
「……ずるいです、そんなふうに言うの」
「大人はずるいんだ」
「さっきは、ぼくを大人組に入れてくれたの に」
「そうだったか?」
 見事にとぼけられ、呆気に取られてから広己は笑い声を洩らす。富樫も小さく笑ったあと、 真剣な表情となって広己の胸元や腹部に唇を這わせながら、ズボンと下着をまとめて引き下ろし、広己の足から抜き取ってしま った。
「んっ」
 敏感なものを富樫の片手に包み込まれる。広己は診察ベッドの上でゆっくりと背を反らしてから、強 張った息を吐き出した。
 丁寧に擦られると、腰から緩やかに快感が這い上がってくる。恥ずかしいとわかっていても、反 応しないわけにはいかなかった。
 富樫に両足を抱えられて左右に広げられ、中心に熱い息遣いを感じるとなおさらだ。
「あうっ……ん」
 身を起こしかけた広己のものが、ゆっくりと富樫の口腔に含まれる。燃えるように熱い粘膜に包み 込まれ、吸引されると、気も遠くなるような感覚の洪水に襲われて広己はぎゅっと目を閉じていた。
「ふあっ、あっ、あっ、 くうっ……」
 意識しないまま腰が揺れる。急速に欲望が高められて、心地よい眩暈に襲われていた。何もかもどうでもよ くなって、ただ富樫が与えてくれる快感に酔ってしまう。
 最初はその状態が不安で仕方なかったが、今は、どんなときで も富樫が守ってくれるということを知ったため、安心して身を任せられる。
 あっという間に育った広己の欲望を口腔から 出し、富樫が焦らすように舐め上げてくる。そのたびに切ない快感が背筋を駆け抜け、ビクビクと体を震わせてしまう。
「……は、あぁ――」
 先端から溢れ出すものがあるのか、柔らかく舌を這わされてから、チュッと吸われる。再び熱い口 腔に包み込まれるかと思ったが、広己はさらに両足を抱え上げられ、見られることにもっとも羞恥を覚える部分を、晒されてい くのを感じた。
 富樫が何をしようとしているのか確認したいが、あまりの恥ずかしさに直視できない。広己自身、これか ら何をされるのか薄々察しているのだ。
 富樫の愛撫の手順だと、これから――。
「んんっ」
 内奥の入り口に温 かく繊細な感触が触れる。そのたびに濡れていく感触があり、富樫の舌が這わされているのだと嫌でも知ることになる。
  ピチャッ、ピチャッと微かに濡れた音が響き、広己の内奥の入り口は富樫の唇と舌によって綻ばされていた。焦れるような心地 よさが何度となく与えられ、蓄積されていく。そして不意打ちのように、とてつもない官能を生み出すのだ。
「あっ、ああ っ……」
 逃げそうになる腰を引き寄せられて、広己の内奥に富樫の指が挿入されてくる。このとき広己の背筋に、息も詰 まりそうな強烈な痺れが駆け抜けていった。
 自覚もないまま、必死に富樫の指を締め付ける。広己の両足を肩にかけて、 富樫は気まぐれに胸元や腹部に唇を押し当てながら、内奥からゆっくりと指を出し入れする。広己は小さく歓喜の声を上げなが ら、診察ベッドの上で身をくねらせていた。
「――落ちるなよ」
 笑いを含んだ声で富樫に窘められ、内奥深くに指が 突き入れられる。間欠的に押し寄せてくる快感に、少しの間、広己の意識は飛んでいた。
 気がつくと、再び富樫の口腔に 反応したものを含まれ、吸われていた。溢れる蜜を啜られながら、内奥で指が蠢くのだ。広己はあまりの快感に、満足に呼吸も できなくなる。
「あっ、うぅ……。富樫、せんせぃ――、強く、しない、で」
 一応、広己の要望を聞き入れてくれた らしく、内奥から指が引き抜かれる。代わりに、舌を這わされ舐められていた。
 その後、右足だけをしっかり抱え上げた 格好を取らされたかと思うと、蕩けた内奥の入り口に、富樫の熱い欲望が押し当てられた。
「うああっ」
 内奥の入り 口を慎重に押し開けられる。広己は大きな声を上げそうになり、慌てて両手で口元を押さえる。そんな広己を見下ろして、富樫 は苦笑を浮かべた。
「お前のその必死な様子を見ていると、悪いことをしている気分になるな」
 逞しい部分を受け入 れて、呻き声を洩らしてから広己は口元から手を退ける。知らず知らずのうちに滲んでいた涙を、富樫の手が優しく拭ってくれ た。広己はほっと笑いかけると、富樫のてのひらに自ら頬をすり寄せる。
「だったらぼくは、富樫先生がしている〈悪いこ と〉の、共犯ですね」
「……むしろ、お前が主犯だと思うぞ」
「それは……ひどいです」
 富樫は短く笑い声を洩 らしてから、慎重に腰を進める。広己は両腕を伸ばすと、富樫の肩に掴まる。内奥深くに押し入ってくる富樫の熱さが、苦しい と同時に、たまらなく愛しい。
「はあっ、あっ、あっ、んんっ――」
 敏感な部分同士が強く擦れ合い、すっかり馴染 んだ快感を呼び起こされる。突き上げられるたびに声を上げながら、広己は上体をしならせる。
 内奥を強く愛されること で、愛撫も与えられないまま広己のものは先端からトロトロと透明な蜜を滴らせていた。広己の無言の求めがわかったらしく、 富樫が片手に包み込んでくれ、律動に合わせて擦り上げてくれる。
「せん、せ……。富樫、先生っ」
「もう、ダメか?」
 広己は泣きそうになりながら頷き、次の瞬間、内奥深くを抉られると同時に、絶頂に達していた。迸らせたもので、下腹 部が濡れる。
「んくっ、んっ、んっ」
 嗚咽をこぼすと、広己の両膝に唇を押し当ててから富樫の動きが激しさを増す。 広己は、あとはもう翻弄されるだけだった。
 体がずり上がるたびに腰を引き寄せられ、そのたびに力強く最奥を突き上げ られる。二人の乱れた息遣いが診察室内に響き、そこに湿った音も加わる。
 ときおりふっと理性が戻ってきて、そのたび に広己は羞恥に泣き出しそうになるが、富樫があっという間に、快感で理性を連れ去ってくれる。
「あうっ、うっ――」
 気まぐれに胸の突起を指で摘まみ上げられ、反射的に内奥を収縮させる。富樫の逞しい欲望の形を、よりはっきりと認識 できる瞬間だった。
「んっ、熱……」
「お前の中はもっと熱い」
 真剣な顔で富樫に返され、広己は返事のしよう がなかった。
 富樫の動きに余裕がなくなり、広己の腰を掴んできた手にも力が込められる。広己は両腕を伸ばし、汗の浮 いた富樫の頬を撫でた。
 そのすぐあと、富樫の低い呻き声とともに、熱い奔流が内奥深くに生まれて溶けた。


 診察ベッドの上でぐったりとして動けなくなった広己の後始末を、富樫は当然のようにすべてやってくれた。
 本当の重 病人になった気分だと思いながら、広己は気恥ずかしさとくすぐったさと、それ以上の幸福感を味わっていた。
 富樫に甘 やかされるのは好きだった。ここまでしてもらって申し訳ないという気持ちもあるが、広己が喜ぶと、富樫も喜んでくれる。富 樫が喜んでくれるのが嬉しいから、広己も自分の感情に素直になることにしている。そうすれば、二人で喜べる。
 ようや く体を起こした広己は診察ベッドに腰掛け、左右の足をゆっくりと揺らす。
「足はどうだ?」
 隣に腰掛けた富樫に問 われ、笑いかける。
「痛み止めが効いてきたみたいですね。それに、しっかり手当てしてもらいましたから」
「……さ んざん無理もさせたがな」
 苦笑交じりの富樫の言葉の意味を、十秒ほど経ってから理解した広己は、ようやく鎮まりかけ た体の熱が、再び上がるのを感じる。
「そんなこと……ないです」
「本当に?」
「――……本当です」
 次の 瞬間、顔を背けた富樫が噴き出す。からかわれたのだと知り、広己は涙目で抗議した。
「ひどいですっ、富樫先生っ」
「あんまりお前が可愛いから、つい、な」
 さんざん笑ってから、ようやく笑い収めた富樫に肩を抱き寄せられる。広己は 素直に富樫にもたれかかり、肩に頭をのせる。
「明日は、俺の車を貸してやるから、三人でどこかに行ってこい。志摩くん は、車の免許を持ってるんだろう?」
「……志摩の運転のすごさを知っていたら、そんな言葉出てこないですよ」
「す ごい、のか……」
「一度乗せてもらったとき、ぼく、本気で泣き出したんです。すごくて」
「明日は三人で、仲良くこ の家でごろごろしてろ」
 富樫の変わり身の早さに、広己は声を洩らして笑ってしまう。
 他愛ないことを話していた が、広己があくびを洩らしたのをきっかけに、部屋に戻ることにする。名残惜しく思いながら、富樫から体を離した。
 富 樫の腕を支えに客間へと戻ると、二人の寝相はさらにすごいことになっていた。客間を覗いた富樫が苦笑を洩らしたほどだ。
「二人に押し潰されるなよ」
 そんな言葉をかけられ、ドアが閉められる。
 広己は部屋を出たとき同様、月明か りを頼りに這って自分の布団に戻ろうとしたが、すでに、高己に占領されていた。仕方なく、高己が寝ていた布団に潜り込む。
 体に残る富樫の感触に浸りながら、幸せな気分で眠りにつこうとしたとき、突然、抑えた声が上がった。
「――長い トイレだったな」
 半分寝ぼけた志摩の声だ。広己はドキリとしながらも、なんとか平静を装う。
「志摩、起こした?」
「違う、お前の弟に蹴りを食らったんだ」
 多分それは、お互い様だと思う。広己は心の中でそっと応じる。
 志 摩の寝相からして、高己を殴りつけるぐらいしていても不思議ではない。
「あんまり帰ってこないから、また、ぽてんっ、 と転んでるんじゃないかと心配してたんだ」
「……もうやめてよ、それ……」
 高己の向こうから、苦しげな笑い声が 響いてきた。
「明日、砂浜でバーベキューやりたいって、富樫さんに言ってくれ。材料買ってきてもらわないと。あっ、魚 は、おれが釣るからな。どうやらおれは、イカ釣りの才能があるらしいし」
「富樫先生が車を出さなくても、志摩、車の運 転できるだろう? 車だけ借りて、高己と出かけたら――」
 さきほど診察室で富樫と交わした会話を思い出し、少しだけ 罪悪感が疼く。すると、そんな感情を吹き飛ばすようなことを志摩が言った。
「どうせおれの車の運転は〈すごい〉からな。 お前の可愛い弟を道連れにするわけにはいかん」
 広己は次の瞬間、ガバッと勢いよく起き上がる。広己のその反応を読ん でいたように、志摩は布団の上に頬杖をつき、にんまり笑ってこちらを見ていた。
「だろ?」
 志摩の言葉が何を意味 しているのか、すべてを察するのにそう時間はかからなかった。
 診察室での広己と富樫の会話を知っているということは、 つまり――。
 眩暈がしてきて、広己はそのまま布団に倒れ込みそうになる。激しく動揺する広己とは対照的に、志摩は上 機嫌だ。
「そりゃ、ぽてんっ、と表現するはずだ。富樫さんは、お前のことが可愛くてたまらないんだからな」
「志摩 っ」
 足がなんともなければ、高己の体を跨いで、志摩の元まで行きたいところだ。
 またからかわれるのかと身構え たが、そうではなかった。志摩はまじめな顔をしてこう言ったのだ。
「おれがいまさら言うことでもないけどさ、大事にし てもらえよ」
 高校時代、この顔をした志摩には何度も助けてもらった。悪ふざけが過ぎるかと思えば、肝心なところでは、 これ以上なくしっかりと広己をフォローし続けてくれたのだ。
 誰よりも頼りになる親友の顔だ。
 広己ははにかみな がら答えた。
「――今も十分、大事にしてもらってるよ」
 志摩はいきなり広己に背を向け、布団を体にかける。
「志摩?」
「寝ぼけた状態でノロケを聞かされると、酔いそうだ。……おれは寝るぞ」
 富樫だけでなく、こんな親友 が側にいてくれることも幸せだと思いながら、広己はそっと笑みをこぼす。
 そして、高己が熟睡して、今の二人の会話を 聞いていないことを切実に願っていた。


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