(1)
息を喘がせる昭洋の肩先に軽くキスをしてから、水野が顔を覗き込んでくる。まだ燃え尽きない情欲に突き動かされるように、
言葉を交わす余裕もなく唇と舌を貪り合う。
同時に、昭洋の内奥深くに収まっている水野のものが大きく動き、それでなく
ても弱くなっている昭洋の襞と粘膜を強く擦り始めた。
「あっ、ううっ……」
たまらず昭洋が上擦った声を洩らすと、
水野は汗を滴らせた顔に甘い笑みを浮かべる。ただ、愉悦に眩んでいる昭洋の目には、どうしても少しイジワルな表情に見えてし
まうのだ。
律動が力強さを増し、昭洋の体は激しく揺さぶられる。さきほど達したばかりだというのに、中から直接刺激を
与えられて昭洋のものは再び身を起こしかけているが、意識してそうしているのか、水野の下腹部に擦り上げられてしまう。
「また、熱くなってきたな」
笑いを含んだ声で水野が囁き、昭洋のものを片手で撫でてくる。これ以上熱くなることはない
と思った体をさらに熱くしながら昭洋は顔を背けたが、露わになった首筋に水野が顔を寄せてきた。
「あっ……」
首筋
を熱く濡れた舌で舐め上げられたかと思ったら、チクリと痛みが走る。水野がきつく肌を吸ったのだ。
「水野さんっ――」
昭洋は反射的に水野の肩を押し上げようとしたが、狙っていたようなタイミングで内奥を強く突かれる。水野の肩を押し上
げるどころか、反対に強くしがみついていた。
「ダ、メ、です……。そこは、跡が見える……」
「でも、こうされると感
じるだろ? 中が興奮して、ひくついている」
昭洋が、首筋につけられた跡を誰に見られることを一番意識しているか、水
野は十分わかっているはずだ。
首筋に軽く歯が立てられ、昭洋はゾクゾクするような興奮を覚える。水野の執着心や嫉妬心
を物語るような行為に、どうしようもなく感じてしまう。
「うっ、あぁ……」
水野にきつく抱き締められ、昭洋も背に
両腕をしっかりと回す。水野の動きに余裕がなくなり、こうなると昭洋は翻弄されるだけだ。
激しく何度も内奥を突き上げ
られ、再び反応したものから快感のしずくを滴らせる。すると水野に片手で掴まれ、きつく上下に擦られる。昭洋は悲鳴を上げる
と、上体を捩って快感から逃れようとしていた。強烈な快感には、本能的な怖さを覚える。
「こら、逃げるな」
柔らか
な声で水野が言いながら、そのくせ、傲慢な動作で内奥深くを抉るように突かれる。
「んあぁっ、あっ、あっ、あ、う――…
…」
下肢が甘く痺れ、昭洋はビクビクと体を震わせる。あっという間に水野の手の中に絶頂の証を迸らせたあと、再び水野
の腕の中にしっかりと捉えられていた。
両足を抱え直された昭洋は、しどけなく腰を揺すって夢中で水野を求める。水野は
力強い律動で応えてくれた。
絡み付いてくる逞しい腕の中で身悶え、吐息を震わせて、昭洋は懸命に水野のものを締め付け
る。
「昭洋っ……」
水野が呻き声を洩らし、一際強く内奥を突き上げられた。ビクッ、ビクッと水野のものが脈打ちな
がら、熱い液体を内奥深くに注ぎ込んでくる。
「んんっ」
喉を反らした昭洋は、水野と快感を極め合ったと強く実感で
きる瞬間を全身で味わう。何度水野と体を重ね、肌を合わせ、繋がろうが、この感覚はあまりに強烈で、甘美だ。
「――お前
の、その顔が好きなんだ」
まだ繋がったままの姿で、ふいに水野がそんなことを言う。弾んでいた呼吸がようやく落ち着き
ながらも、まだ悩ましさを含んだ吐息をこぼしていた昭洋は、目を丸くして水野を見上げる。
「えっ?」
「普段はお前、
どちらかという感情を抑え気味だろ。あまり表情を変えないし。だけど今は、気持ちよくてたまらないって顔をしてるんだ。思い
きり快感を味わっていると、見ている俺にもわかる」
水野の言葉を聞いて、昭洋はこのまま自分が蒸発してしまうのではな
いかと思った。それぐらい恥ずかしかったのだ。思わず視線が泳いでしまう。
「……そういうことを面と向かって言うのは、
ルールとしてどうなんですか」
「感じているお前の顔が好きだ、と言うのはいけないことか?」
「言われるぼくのほうは、
恥ずかしいんです」
「恥ずかしがるお前の顔もいい」
ニヤッと水野に笑いかけられ、軽く睨みつけた昭洋だが、唇に落
とされたキス一つで許すことにした。
水野の部屋のベッドの上で、たっぷり抱き合い、快感を貪り合い、激しい衝動をなん
とか鎮めたところで、やっと繋がりを解いた二人だが、だからといって体を離すわけではない。
まだ抱き足りないといわん
ばかりに、昭洋の体は水野の腕の中に収まったままとなる。これは、いつものことだ。水野は、行為のあとの気だるく甘い雰囲気
を大事にしている男だった。
「寒くないか」
そう問いかけてきた水野の唇が肩先に軽く押し当てられる。
「平気で
すよ。……十分に温かいです」
汗が引いても肌寒さを感じないほど、室内にはしっかりと暖房が効いているし、何より、水
野の高い体温を惜しみなく与えられている。
「水野さんこそ、重くないですか」
水野は体温だけでなく、腕枕まで昭洋
に与えてくれているのだ。
「俺は、お前に腕枕するのが好きなんだ。居心地がいい場所を探すようにごそごそと動く姿が、な
んだか小動物みたいで微笑ましくなる」
小動物相手に、さっきまでのようなことをするんですか、と言いたかったが、ぐっ
と我慢する。代わりに、小さく笑い声を洩らした。
そんな昭洋の顔をまじまじと見つめていた水野が、ふいに顔を寄せてく
る。何も言われずとも求められているものがわかり、昭洋はキスに応じる。
軽く唇を啄ばみ合いながら、二人は会話を交わ
す。
「――お前、来週はどうするんだ」
「来週って……、何かありましたか?」
途端に水野が呆れたような表情を
見せる。
「わかってはいるつもりだったが、お前本当に、浮世離れしたところがあるよな。世間じゃ、この話題でうるさいぐ
らいだろ」
「だから、なんのことです――って、あっ、もしかして……」
昭洋が小さく洩らすと、水野は大きく頷く。
「そう、クリスマス。すぐにわからなかったということは、心配するまでもなく、お前にはクリスマスの予定は入ってないっ
てことだな」
「……すみませんね。世俗的な話題から取り残された生活をしていて」
昭洋が軽く唇を尖らせると、短く
噴き出した水野にぎゅっと抱き締められた。
「いやいや。俺は心底安心したぞ。うっかり、お前のイブの予定を押さえ忘れて
いたから、もしかして一緒に過ごせないんじゃないかと思ってたんだ」
「その口ぶりだと……」
知らず知らずのうちに、
昭洋の口調は期待を込めたものとなる。現金なもので、いままでクリスマスのことなど頭の片隅にもなかったというのに、意識し
てしまうと、子供のようにワクワクしてしまう。
昭洋のそんな様子を察したのか、水野が柔らかな微笑を浮かべた、皮肉っ
ぽい笑い方をすることが多い水野だが、こんな表情もできるのだ。
「イブの夜、外でメシを食おう。いつもと変わらないなん
て言うなよ。いいレストランに連れていってやる。それで、男女のカップルだらけの中、二人してスーツ姿で思いきり浮いてやろ
うぜ」
「なんですか、それ」
楽しそうな水野の口調につられ、昭洋も声を洩らして笑ってしまう。
「そのあと、こ
の部屋に来て、いいシャンパンを開けよう。で、あとは朝まで一緒に過ごすんだ」
「……いいですね。なんだか、恋人同士と
して定番のクリスマスらしくて。聞いているだけで恥ずかしくなります」
「嫌か?」
顔を覗き込まれ、昭洋は首を横に
振る。
「そういうクリスマスは初めてだから、今から楽しみです」
「初めて……。本当か?」
優しかった水野の目
に、ちらりと嫉妬の炎が見える。水野のこういうところは嫌いではなかった。むしろ、愛しいとすら思っている。
水野が向
けてくれる独占欲や嫉妬は、昭洋にはとても心地いいのだ。
「本当ですよ……」
昭洋はそう言うと、水野の肩に顔を寄
せる。すると、腕枕をしている腕に頭を抱き寄せられ、汗で湿っている髪に水野が唇を押し当てた。
「ぼくは、クリスマスと
いえば、祖父母と過ごすのがせいぜいでしたから」
「ケーキとか、準備してもらってたか?」
「ええ。ケーキもプレゼン
トも」
「可愛がってもらってたんだな……」
両親がいない代わりに、祖父母には大事にしてもらった。親がいないから、
と他人から言わせないために気をつかっていたのだろうと、大人になった昭洋には、祖父母の気持ちを推測することができる。だ
からこそ、祖父母が亡くなってからの昭洋の喪失感は大きかった。
「……ぼくが、当たり前のようにクリスマスを楽しもうと
しているなんて、不思議な感じです。行事ごとには関心が薄いほうだったので、クリスマスも、ぼくに子供らしくしてほしいと思
った祖父母が、率先してやってくれてましたから」
「槙瀬さんとは――」
水野が何か言いかけたが、槙瀬の名が出た途
端、昭洋が肩を震わせたのが伝わったらしく、不自然に黙り込んでしまう。
昭洋は、水野の手を探り当て、握り締める。
「特別なことはしなくていいんです。ただ、こうして一緒にいられたら」
応えるように水野に強く手を握り返された。
「そんなふうに言われたら、かえって張り切りたくなるだろ。なんなら、クリスマスツリーを買ってきて、飾り付けてやろう
か? クリスマスでいろんなイベントをやってるはずだから、どこだって連れていってやるし」
ふふ、と声を洩らして笑っ
た昭洋は、顔を上げ、水野の唇に自分からキスをする。
「そんなふうに言ってもらえるだけで、十分です」
「……俺とし
ては、愛しい恋人を、ベタベタに甘やかせる絶好の機会だと思ってるんだが」
「だったら、少しだけ期待しておきます」
「お前……、俺の情熱を甘く見るなよ」
そんな言葉とともに再びベッドに押し付けられ、昭洋は両腕を、水野の広い背に回
した。
本当は、ものすごく期待していたのだが――。
電話の向こうで、心底申し訳なさそうに謝罪する水野の言葉を聞きながら、
昭洋は唇に苦い笑みを浮かべていた。
よりによってクリスマス・イブの当日、水野は急な仕事のため出かけることになり、
今夜会うという約束を果たせなくなったのだという。
『すまないっ。お前に何度も、楽しみにしていろなんて大きなことを言
っておいて、当日になってこの様で。他の仕事なら、何があっても断るんだが、今日の仕事に限って、けっこう大口の取引なんだ。
俺がずっと進めていた案件だから、俺が出ないと話にならなくて』
甘い笑みと手土産とともに、気まぐれにふらりと事務所
を訪れる水野だが、けっして道楽者ではない。父親から受け継いだ不動産会社を立派に守っている経営者なのだ。暇ではない中、
それでも時間を作って、昭洋に会いに来てくれている。
普段そこまでしてもらっているのだから、一度の約束の反故ぐらい、
責められるはずがなかった。
『昭洋……、怒って、る、よな……? よりによって当日だもんな。期待させてきた分、怒って
も当然だ』
昭洋は声が平素のものと変わらないよう気をつけつつ、水野に応じた。
「大丈夫ですよ。ぼくは怒ってませ
んから。子供じゃないんですから、水野さんの事情はわかっています。それに、会おうと思えば、いつでも会えますし。都合の悪
くなった日が、たまたまイブだったというだけです」
『俺は、自分の間の悪さに落ち込んでるよ。せっかく、お前と初めてイ
ベントらしいことができると思ったのに』
「だったら、もう少し待てば年末年始があるじゃないですか。除夜の鐘でも初詣で
も、なんでもつき合いますよ」
『……恋人同士のイベントとして、どうもピンとこなくないか?』
水野の言い方に、思
わず昭洋は笑ってしまう。すると、昭洋が笑ったことにほっとしたように、水野が吐息を洩らした。
『あまりごちゃごちゃ言
っても、お前に気をつかわせるだけだな。今回はすっぱり諦めて、別の機会に埋め合わせすることにするよ』
「あまり気にし
ないでください。落ち込んでいるあなたの様子を知ると、ぼくのほうが申し訳ない気持ちになるので」
『ああ……』
そ
れから少しの間話をしてから、昭洋は電話を切る。
携帯電話を自分のデスクの上に置いてから、応接セットのソファに身を
投げ出すようにして腰掛けた。らしくなく、朝から浮かれていたのだが、その気持ちもあっという間に萎んでしまった。
水
野にはあんなことを言ったが、実は昭洋も落ち込んでいる。本当に、水野と過ごすクリスマス・イブの夜を楽しみにしていたのだ。
特別なことなどしなくていい。ただ、会えるだけでもよかったのに、それすら叶わないというのは、やはり寂しかった。
ため息をついた昭洋は、事務所内を見回す。水野から電話がかかってきたとき、槙瀬が仕事で出かけていてよかったと思う。
そうでなければ、こんなに堂々と落ち込めるはずがない。
せめてこんな日には、夜遅くまでの残業でもあれば気が紛れるの
かもしれないが、あいにくこの事務所は零細で、調査員というより事務員である昭洋の手を借りるほどの残業など、滅多にないの
だ。
所長の槙瀬がいないのをいいことに、ズルズルとソファに横になる。
寂しいという感覚を、ここのところ忘れて
いたなと、ふと昭洋は思う。槙瀬がいて、水野がいて、ただそこにいるだけではなく、昭洋を大事に――甘やかしてくれる。表現
は悪いが、放っておかれることはなかった。
世間の風潮に流されているわけではないが、クリスマス・イブの予定がこんな
形で流れてしまい、少し自分が惨めに思える。
今夜は槙瀬の部屋に転がり込んでしまおうかと考えたそのとき、階段を上が
ってくる足音が耳に届く。この足音は、槙瀬のものだ。
昭洋がパッと体を起こすと、十秒ほどの間を置いてから、ゆっくり
と事務所のドアが開いた。昭洋が、槙瀬の足音を聞き間違えることは絶対にない。
事務所に戻った槙瀬の目には、昭洋がど
う見えたのか知らないが、一瞬奇妙な顔をした。
「……槙瀬さん、どうかしたんですか?」
「いや、お前が、俺の帰りを
待ちかねていたような顔をしているから、もしかして、甘い匂いが先に、お前に届いていたのかと思ってな」
槙瀬が片手に
持っている袋を掲げて見せてくれる。
「それ……、何が入ってるんですか」
「クリスマスケーキらしい」
槙瀬の口
から思いがけない単語が出て、今度は昭洋が奇妙な顔をする。槙瀬は口元に苦笑のようなものを浮かべた。
「そんな顔するな。
こっちは中条に押し付けられたんだからな。途中で捨てるわけにもいかんから、お前に土産として持って帰ったんだ」
「……
中条さんのところに行ってたんですか……」
条件反射で表情を曇らせると、テーブルの上に袋を置いた槙瀬に、手荒く頭を
撫でられる。
「中条のところというより、あそこの法律事務所の所長に呼ばれたんだ。今日はあの事務所、なかなかの見もの
だったぞ。クリスマスの飾りつけがすごかった」
話しながら槙瀬は、コートを脱いでハンガーにかける。昭洋としては、中
条に対してあまり友好的な感情は抱いていないので、気持ち的には話半分は聞き流していた。それでも、曖昧な相槌は忘れない。
「へえ……」
「あそこは毎年、業者が注文を取りにくるから、クリスマスケーキをまとめて予約しているそうだ。それで
今日、そのケーキが届けられたんだが、予約よりも多い数が届けられたとかで、結局、事務所で引き取ったんだと。あちこちに配
っているという話で、俺も押し付けられた」
「うちと違って、気前がいい話ですね」
「バカ。俺はきちんと金を払ったぞ。
――お前に食わせてやろうと思って」
昭洋は目を丸くして槙瀬を見つめる。こちらに背を向けている槙瀬がどんな顔をして
こんなことを言ったのか、確認できないのが残念だ。
「……ぼくに、ですか?」
「しっかり持って帰れよ」
テーブ
ルに置かれた袋に目をやった昭洋は、袋の中を覗き込み、箱を取り出す。ついでなのでケーキも確認してみたが、つい笑ってしま
う。
「どうした?」
槙瀬が振り返ったので、手招きして呼び寄せる。
「いかにも、クリスマスケーキだと思って。
しかも、子供がいる家で食べそうな」
生クリームとイチゴをたっぷり使い、サンタクロースとトナカイのマジパンがちょこ
んとのせられているケーキは、実に可愛らしい。男二人でまじまじと眺めるのが、気恥ずかしくなるほどだ。
「――……子供
の頃、おじいちゃんが買ってきてたんですよ、こういうケーキ。プレゼントは夜中まで隠しておいて、ぼくが寝てから、枕元に置
いてくれてたんです」
「いいな。そういう思い出があるってことは」
「ええ」
昭洋が答えると、槙瀬にまた頭を撫
でられた。その動作に、槙瀬なりの複雑な気持ちが込められているようで、少しだけ切なくなる。
頭から手が退けられそう
になったとき、咄嗟に昭洋はこう提案していた。
「槙瀬さん、一緒に食べましょう。このケーキ」
驚いたように軽く目
を見開いた槙瀬だが、すぐに、子供のわがままを許容する父親の顔で頷く。
こうして昭洋は、生まれて初めて、父親とクリ
スマス・イブを祝うことになった。
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