「――入学祝いに、父さんに買ってもらったんだっ」
中等部の入学式を終えて帰宅した弟の佳樹が、そう言って明樹に駆け寄ってくる。
ちょうど今、明樹が着ているのと同じブレザーの制服を着ているのだが、一つ下の弟が着ているのを見ると、見慣れた制服もやけに新鮮に感じた。
佳樹の手にある、やけに古めかしく大きなカメラを見て、明樹は軽く眉をひそめる。
「なんでも買ってやると言われてたのに、そんな古いのを買ってもらったのか?」
「明樹兄ちゃん、これはクラシックカメラっていうんだよ。古いから価値がある」
生意気な口調で言った佳樹がカメラを構え、レンズをこちらに向けてくる。
「カメラをこっちに向けるな」
「試し撮りしたいんだよ。記念すべき一枚目は、明樹兄ちゃんでいいかな、と思って」
「だったら、これでも撮れ」
そう言って明樹は、さきほどから見上げていた満開の花を咲かせた桜の木の幹に手をかける。
「えー、俺は人が撮りたいんだよ」
「だったら、母さんにでも頼め」
「母さんじゃダメだっ」
慌てた様子で言った佳樹に、明樹は冷ややかな眼差しを向ける。
「……お前、何か隠してるな」
最初はなんでもないと言い張っていた佳樹だが、すぐに観念して白状した。エスカレーター式の学校で、小等部からそのまま持ち上がって同じクラスになった女の子たちから、明樹の写真が欲しいと頼まれたのだという。
「一枚でいいからさ。そしたら焼き増しして――」
「ぼくは嫌だ。写真を撮られるのは嫌いだ」
さっさと庭から立ち去ろうとした明樹だが、庭の片隅を通り過ぎる人影に気づいて足を止める。
「――あー、大和の学校も入学式終わったんだな」
明樹の隣に立って佳樹が洩らす。
同じ敷地内に住んでいながら、明樹たち兄弟とはまったく違う環境にいる少年。野島大和の母親は、明樹たち一家が住むこの屋敷で働いており、明樹と佳樹の世話係をしていた。
大和は、同年齢の少年たちに比べて可哀想なぐらい見劣りする小柄な体を、持て余し気味の学生服に包んでいた。慣れない詰襟が気になるのか、しきりに喉のあたりを撫でている。
「……佳樹、大和と一緒でいいなら、写真を撮られてやってもいい」
明樹の言葉に、佳樹は目を丸くしたあと、にんまりと笑った。
「ラッキー。実は大和の写真も頼まれてるんだ。ちっちゃくて可愛いんだってさ」
「ちっちゃいなんて、本人の前で言うなよ。ものすごく気にしてるんだから」
明樹は、大和について大半のことは知っている。大和の母親が、聞きもしないのによく話してくれるのだ。いつしか明樹は、大和のことを聞かされるのを楽しんでいた。
「――でも大和は、そのうち大きくなる」
「根拠は?」
「あいつは足がでかい」
「……犬じゃないんだからさ」
「いいから、早く大和を呼んでこい。ただし、ぼくが呼んだなんて言うなよ」
大げさに敬礼までして見せて、転がる犬のような勢いで佳樹が大和へと駆けていく。
戸惑ったように佳樹の話を聞いていた大和が、遠慮がちに明樹を見る。明樹が軽く頷いてみせると、大和は照れたような笑顔を見せた。
本当なら佳樹に大和のあんな表情を撮らせたいが、弟の写真の腕前も、明樹はよく知っている。
「早くしろっ、佳樹。部屋に戻るぞ」
明樹が声をかけると、条件反射のように佳樹だけでなく大和まで手を上げる。顔を伏せ、明樹は小さく噴き出していた。
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