第二遊撃隊が任されたのは、総和会を構成する組の一つが起こした不始末を、内々に処理することだった。
不始末の原因である組の幹部の身柄は、少々荒っぽい手段によって簡単に押さえられた。たまたま居合わせた幹部の愛人の処遇については、南郷に一任された。
その愛人は、何もかも普通に見えた。きれいな顔立ちをしている女も、いい体をしている女も、飽きるほど抱いてきた南郷は、際立ったもののない女のどこがよくて愛人にしたのか、心底不思議だった。
借金を背負わせて、どこかの組が経営している風俗店にでも沈めてしまうのが、一番手間がかからないと算段をつけ、さっそく部下に、懇意にしている組に連絡を取らせた。そこで、南郷がやるべきことは終わった。いつも通りの、大したことのない仕事だ。
ただ唯一違ったのは、あまりに普通の女を、気まぐれに抱いたことだった。
女は、行為の最中、ずっと南郷を睨みつけてきた。体は反応していても、それを認めようとしない意思の強さ――というより、哀れなぐらい気位が高いのだ。
南郷を罵った口で、次の瞬間には喘ぎ声をこぼす。掴みかかってきた手で、次の瞬間にはしがみついてくる。それの繰り返しだ。
この女を完全に屈服させたら、行為で得るより強い快感が得られるかもしれないと考えた南郷は、一晩中、女を抱いた。南郷の意図を察したのか、女は形だけの従順さを見せたが、そんなものでは南郷は満足しなかった。責め苛み続け、女が声を上げる気力すらなくなっても、やめなかった。
飽きた南郷が体を離したとき、部屋は明るかった。薄く目を開けた女は、南郷の体のある部分を見て悲鳴を上げ、どこに力が残っていたのかという勢いで飛び起きた。
その反応が、ひどく癇に障った。どの女も、南郷を恐れていたとはいえ、ここまでひどい反応を示したことはなかったからだ。
気がつけば南郷は、女を捕まえて押し倒すと、喉元に手をかけていた。
ふっと我に返った南郷は、自分が組み敷いた相手を見下ろす。
ハッとするほど端正な容貌をした美容外科医は、普段の優しげな表情は影を潜め、今は少し苦しげに眉をひそめて眠っていた。
こんな状況で無防備だとは嘲笑えない。テーブルの上には安定剤の入った袋と、一錠分の空のシートがあった。眠りたくなくても、薬による眠気には抗えなかったのだろう。
南郷は上体を起こすと、長嶺の男たちにとっての至宝となりつつある存在を見下ろす。自分のせいとはいえ、ひどい有様だった。羽織ったガウンはぐしゃぐしゃに乱れ、その下に着たTシャツも胸元までたくし上げられている。下肢にいたっては剥き出しとなっている。
このまま放置しておくと、目が覚めたとき、美貌の美容外科医――佐伯和彦は屈辱感に打ちひしがれるだろうかと、南郷は想像する。
性的興奮を促す甘美な想像だったが、次の瞬間には、舌打ちしていた。和彦の顔を眺めていて唐突に、過去の出来事がまた蘇ったせいだ。
自分が、殺し損ねた女――。
なんとなく記憶を刺激されたのは、和彦の気位の高さと従順さが、少しだけ似ていたせいかもしれない。南郷を睨みつけてきながら、体は快感に反応する。肩を押し返そうとしてきながら、ふとした瞬間にすがりついてくるところが。
見た目がまったく似ていないことはおろか、性別すら違うというのに。
片頬を微かに動かし、笑みのようなものを浮かべた南郷は、そっとベッドを出て、自分の格好を整える。
つけたままのテレビを消し、一旦部屋を出て一階に下りると、厨房で湯を沸かす一方で、清潔なタオルと洗面器も準備する。洗面器にぬるめの湯を注ぎ、タオルと一緒に二階の部屋に戻った。
部屋の電気をつけたが、和彦は目を覚ます気配はなかった。さきほどから雷が鳴っていても、ピクリともしなかったぐらいだ。安定剤が効きすぎではないかと思ったが、もしかすると、南郷という災厄から、意識だけでも逃げ出したのかもしれない。
ベッドの傍らにイスを移動させ、座面に洗面器を置くと、浸しておいたタオルを絞る。南郷はベッドに乗り上がり、和彦を見下ろしながら後始末をしていく。
和彦の下腹部や胸元には、精液がこびりついていた。和彦のものだけではなく、南郷自身が放ったものだ。タオルで丁寧に拭い取りながら、和彦の体をつぶさに検分する。日曜日に、総和会本部に送り届けなければならないため、自分の痕跡を残すわけにはいかなかった。傷を残すなど論外だ。
長嶺の男たちに大事にされている体――。
和彦の体をきれいにしながら、南郷は心の中でずっと、こう繰り返していた。すると、不思議な感情が胸の奥から湧き起こってくるのだ。
その体が、目の前で無防備に横たわっている。
「――……このまま、犯してやろうか」
その気もないのに嘯いて、喉を鳴らして笑う。自分はどうやら今、機嫌がいいのだと、やっと南郷は自覚した。
きれいにしたばかりの和彦の体にてのひらを這わせ、恭しく胸の中央に唇を押し当ててから、たくし上げていたTシャツを直してやる。それから、慎重に片足ずつを持ち上げて、下着とスウェットパンツを穿かせた。
意外に手こずったのは、ガウンだった。両手を拘束するために抜き取った紐を、乱れたガウンを直してから締め直そうとするのだが、昔から、こういう作業は苦手だ。何度か失敗して、いい加減イライラしてきたところで、どうにか満足できる仕上がりとなる。
南郷は、いくらか表情が和らいだ和彦の寝顔を眺め、髪を撫でる。起きているときの和彦なら、即座に嫌悪感を露わにして、南郷の手を振り払おうとしているところだろう。
「今は、いい。どれだけ俺を嫌悪して、軽蔑しようがな。そういうあんたを見ているのは、楽しい。どうせ、いつかは――」
和彦は、自分の体を見てどんな表情を浮かべるだろうかと想像して、南郷はゾクゾクするような静かな興奮を覚える。あの女以上に怖がって見せてくれるはずだと、つい期待もしてしまう。
獣じみた荒い息を吐き出した南郷は、体重をかけないよう気をつけながら和彦の上に覆い被さり、唇を塞ぐ。たっぷり唇を吸い上げ、歯列に舌先を擦りつけた。
眠りを妨げる前に南郷はベッドを下りると、和彦の体にしっかりと布団をかける。
タオルを洗面器に放り込む。イスを元に戻し、床の上に落ちていたテレビのリモコンはテーブルの上に置いた。
南郷は洗面器を抱えると、部屋の電気を消す。
「――おやすみ、先生」
皮肉っぽい口調でそう挨拶をすると、静かにドアを閉めた。
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