和彦がシャワーを浴びて賢吾の部屋に戻ってくると、シーツを抱えた組員が頭を下げて入れ違いに出ていった。本宅での生活にはすっかり慣れたが、淫らな行為の後始末を他人任せにする状況には、いまだに羞恥心を刺激される。
座椅子に座った賢吾は平然としたもので、顔を熱くしている和彦を見て、ニヤリと笑いかけてきた。
「寝るか、先生」
「……千尋は、自分の部屋に戻ったのか?」
返事の代わりに軽くあごをしゃくられたので、隣の寝室を覗くと、なぜか千尋は、延べた布団の上ではなく、傍らの畳の上に転がっていた。
「シーツを替えるのに邪魔だから、適当に転がしたんだ」
「跡目なんだから、もう少し大事に扱ってもバチは当たらないだろう……」
「あいつを底なしに甘やかすのは、先生の役割だからな。俺は厳しくやるぐらいで、ちょうどいい」
そうは言いながらも、長嶺組組長も、十分跡目に甘いのではないかと思ったが、余計なことは言わないでおく。おもしろがった賢吾に、どんな反撃をされるかわかったものではない。
「千尋が寝ているなら、ぼくは客間に行く。久しぶりに父子で枕を並べて寝たらどうだ」
「寝られるだろう。布団を二つくっつけりゃ。いままでも、そうやって三人で寝たことがあったじゃねーか」
「いや、今夜は――」
和彦は身を引こうとしたが、賢吾に肩を押されて寝室に足を踏み入れる。その後ろで賢吾はさっさと襖を閉めてしまった。仕方なく和彦は、賢吾とともに千尋の体を転がし、布団の上にのせてやる。その上からタオルケットを掛け直してやると、千尋がモゾモゾと頭を動かした。
「……寝たふりをしてるだろ、千尋」
軽く頭を小突いてやると、千尋がにんまりと笑う。呆れてため息をついた和彦は、やはり客間に行こうと立ち上がりかけたが、腰に腕が巻き付き、そのまま布団の上に転がされた。そこに千尋がしがみついてきたため、もう動けない。
「こういうときばかり、息が合うんだな」
和彦のぼやきに、傍らから笑い声が聞こえてくる。
「ほら、先生。枕」
差し出された枕に頭をのせ、体に肌掛け布団をかけてもらう。ちゃっかり、賢吾も一緒に包まってきた。
「暑い……」
横向きにした体の前後を父子に挟まれ、思わず呟く。特に千尋など、がっつりとしがみついてくるが、それでなくても高い体温のうえ、行為の余韻か普段以上に体が熱い。一方の和彦自身も、シャワーを浴びた体は、まだ完全に汗が引いていない。
そこに賢吾が、背後から首筋に顔を寄せてくる。
「おい、暑いっ……」
「エアコンを入れているのに暑いって、どれだけ身が燃えてるんだ、先生」
「これだけくっつかれると、涼しい風が遮断されるんだっ」
ムキになって和彦が反論すると、千尋がくっくと笑い声を洩らす。腹立たしさを紛らわせるため、千尋の髪をくしゃくしゃと掻き乱してやったが、人懐こい犬のような気質を持つ男を喜ばせただけのようだ。
諦めて体の力を抜くと、和彦の髪を賢吾が梳いてくる。思わずこう言っていた。
「……ぼくはもう、大丈夫だ」
「何がだ?」
「いろいろ」
「いろいろ、か」
意味ありげな賢吾の呟きにドキリとする。兄である英俊と会ったことで、和彦の精神面を心配した賢吾に言われ、本宅で過ごしているが、表面上、生活は落ち着いている。
過保護なほど大事にされていると思う。些細な心配事すら和彦に寄せ付けまいという配慮を、本宅で暮らす男たちから感じるのだ。特に、賢吾からは。
千尋にしても、本宅にいる間は、無邪気なふりをして和彦にじゃれつき、気を紛れさせてくれる。さきほどの激しい行為もそうだ。
「騒動に事欠かないな、先生は」
「騒動の大半は、長嶺の男たちが起因しているんだからな。反省してくれ」
「なんだ。反省だけで許してくれるのか」
そう言う賢吾の声は笑いを含んでいる。和彦とのやり取りを楽しんでいるのだ。和彦が顔をしかめると、千尋が目の前でニヤニヤと笑っている。頬を軽く抓り上げてやった。
なんとなく千尋と軽くじゃれ合っていると、ふいに賢吾の片手が胸元に這わされ、浴衣の合わせから入り込んでくる。手荒く胸をまさぐられ、その動きに気づいたのか、笑みを消した千尋の目が強い輝きを帯びる。
帯が解かれ、浴衣を肩から下ろされていた。剥き出しになった肩先に賢吾が唇を押し付け、露わになった胸元には千尋が顔を埋めてくる。
静かに、しかし強引に、父子に体をまさぐられ、胸の奥でくすぶっていた欲望の種火は少しずつ勢いを増していく。強引であっても、この父子に求められることは嫌ではなかった。
「――先生」
背後から賢吾に呼ばれると同時にあごに手がかかり、振り向かされる。甘やかすように唇を吸われ、たまらず和彦は喉の奥から細い声を洩らし、賢吾の唇を吸い返す。千尋が、己の存在を主張するように、胸の突起に吸いついてきた。
濡れた音を立てながら賢吾と唇を吸い合ったあと、今度は千尋と唇を重ねる。千尋の唾液で濡れた胸の突起を、今度は賢吾の指に摘み上げられる。
優しく体をまさぐられ、交互に口づけを与えられながら、その心地よさに和彦は酔う。そうしていると、英俊と会ったことだけではなく、隠れ家で経験した怖い思いと、快感で狂わされた記憶も、遠くに押しやられるようだった。
「……やっぱり、客間に、行く。これじゃ、寝られない」
愛撫の手が下肢に伸びそうになり、どちらのものとも知れない手をさすがに押し退けながら、和彦は懸命に訴える。
「なんだ。俺たちと一緒に布団の中にいて、何事もなく寝るつもりだったのか」
ヌケヌケと賢吾が言い、千尋も頷いている。冗談ではないと、和彦が布団から抜け出そうとすると、笑いながら賢吾に止められた。
「冗談だ、先生。もう何もしない」
一度起き上った和彦は、父子を交互に睨みつけてから、すっかり乱れた浴衣を直し、再び横になる。
「こうなるのが目に見えていたから、客間に行きたかったんだ……」
「それだけ俺も千尋も、先生が好きってことだ」
「言い訳になってない」
仰向けになった和彦の肩先に、ほのかな熱が触れる。右隣を見ると、一応気をつかっているらしく、千尋が控えめに額を擦りつけていた。ふてぶてしい父親とは大違いだと思うと、つい口元が緩みそうになり、慌てて唇を引き結ぶ。それでも、腕をしっかり絡め取られても何も言わなかった。
すると左隣から、こそっと囁かれた。
「先生は、千尋には甘いな」
「底なしに甘やかすのは、ぼくの役目らしいから、別にいいだろ」
一本取られた、という顔をして賢吾が苦笑する。
相変わらず寝つきのいい千尋は、少し経つと健やかな寝息を立て始める。それを待っていたように、左手を賢吾に握り締められた。爪を一本ずつ、優しい手つきで撫でられるのが心地いい。
和彦が控えめに視線を向けると、賢吾が身を寄せてきて、唇を軽く吸われた。
「――今夜はこれで、我慢しておこう」
肘をついた賢吾に見下ろされながら、うとうとしていた和彦だが、ふと大事なことを思い出し、パッと目を開く。驚いたように賢吾が目を丸くしていた。
「どうした……?」
和彦は、右隣で寝ている千尋の様子を慎重にうかがってから、囁くような声で賢吾に話しかけた。
「……さっき、言っていたことだが――」
「さっき?」
「千尋の、次の……」
「よっぽど気になって仕方ねーみたいだな、先生」
当たり前だと、声を潜めながらも強い口調で和彦は答える。賢吾は、掴んだ和彦の手の甲に唇を押し当てた。
「長嶺の家もいろいろある。千尋が知らないこと、俺しか知らないこと。オヤジだけが真実を知っていること。先生の家もそうだろ」
その言い方は卑怯だと思ったが、和彦は肯定も否定もできなかった。和彦の反応の意味をよく理解しているのか、賢吾は唇の端に笑みを刻んだあと、指先に軽く歯を立ててきた。胸の奥がズキリと疼き、和彦はわずかに身じろぐ。
「つまり、そういうことだ」
「それは……、何も答えていないのと、同じじゃないか」
「先生の反応がおもしろいから、しばらくはぐらかそうと思ってな」
和彦は体を起こそうとしたが、千尋がしっかりと腕にしがみついているため、頭を動かすことしかできない。
「……こんなに気になるなら、何も聞かないほうがよかった……」
「秘密がある男は魅力的だろう」
悪びれもせずそう言って賢吾が、和彦の髪に唇を押し当てる。
もっと強く問い詰めたいところだが、今の賢吾の言葉を頭の中で反芻してみると、どうやら千尋が『知らないこと』があるようで、当の千尋が傍らで寝ている状況では、気をつかう。
和彦が黙り込むと、賢吾は表情を和らげた。
「先生は本当に、行儀がいいな」
「どの家にも、いろいろある。……さっきあんたが言ったんだ。ぼくの家にも、いろいろあるから」
「――そのうち、長嶺の家と、佐伯の家の秘密を、暴露し合うか?」
悪魔の囁きだなと思いながら、和彦は千尋のほうに顔を向け、返事を避けた。
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