と束縛と


- 第10話(3) -


 書斎のイスに腰掛けた和彦は、手にシャープペンを持ったまま、目まぐるしく思考を働かせる。
 糸が絡み合うように、和彦を取り巻く人間関係が複雑になっており、自分でも事態の把握がまったくできない。厄介なことを避けたくても、すでにもう、どこにどんな糸が張り巡らされているのかもわからないのだ。足掻けば足掻くだけ、搦め捕られてしまう。それでも考えずにはいられない。
 和彦は自覚もなく、コピー用紙に無意味な円を描いていたが、ふと我に返り、頭を整理するため、秦や中嶋についてわかっていることを書き出していく。ついでに鷹津のことも。
 賢吾の名も書くべきだろうかと、他人にとってはどうでもいいことを真剣に悩んでいると、デスクの上の子機が鳴った。電話に出た和彦は、すぐに表情を和らげる。
「どうしたんだ、こんな時間から。――千尋」
 和彦の呼びかけに、顔を見ることができなくても、満面の笑みを浮かべていると容易に想像できる声が応じる。
『今、じいちゃんの家から、本宅に戻ってきたところなんだ。まずは、先生の声を聞こうと思って』
「それは光栄だな。ゆっくりできるのか?」
『一眠りしたら、また夕方から出かける。いろいろ仕込んでやるって、張りきるのはいいけどさ、元気すぎるんだよ、じいちゃん』
「お前が本気でやる気になって、嬉しいんだろ」
 これだけ聞けば、家業の跡を継ぐために奮闘する若者との会話なのだが、肝心の家業が問題だ。和彦自身、千尋に励ましや労いの言葉をかけるのは正しいのだろうかと、考えなくもない。
「休みたいなら、あまり長電話すると悪いな」
『先生の甘い声を聞くだけで、元気になる自信あるけど』
「残念だな。ぼくはそんな声を出せない」
 笑いながら和彦が言うと、電話の向こうから、千尋の大げさな声が上がる。あまりに他愛なくて、だからこそリラックスできる会話を交わしながら和彦は、飲み物を取りに書斎を出る。
『――……そういえば先生、オヤジからなんか聞いてる?』
 冷蔵庫を覗き込み、オレンジジュースを取り出そうとしていると、突然、千尋が声を潜めて問いかけてきた。
「何をだ」
『今、うちに、秦って奴が来てるみたいなんだ。オヤジと何か話しているらしい。……俺、まだ直接、秦に会ったことないけど、先生に薬飲ませて……、いろいろしようとした奴だよね。そのあとも、先生に怪我の治療させたり』
 オレンジジュースのボトルを乱暴にワークトップに置き、和彦は大きく息を吸い込む。一瞬、頭が混乱したため、落ち着く必要があった。まさか、ほんの一時間ほど前に鷹津から聞いた秦の名を、今度は千尋から聞くとは思わなかった。
『なんでそんな奴を、事務所じゃなくて、本宅に呼んだのかと思ったんだ。それで、先生は承知してるのかなって……』
「承知も何も、その家は、お前の父親が主だ。ぼくに口出しできる権利はない」
『そうだけどさ……。でも、なんかすげー、ムカつく』
「お前の食えない父親のことだ。しっかり何か企んでいるんだろ。――手荒なマネはしないが、只では済まさないといった感じだった」
 賢吾が、秦について語っていた内容を思い返す。和彦に手を出したことを口実に、秦を利用する気満々といった様子だった。
 一体秦の何に目をつけたのか、もちろん和彦にはわからない。だからこそ、わざわざ本宅で会っているということが、秦の存在の重要性を物語っているように感じる。単なるチンピラ相手なら、賢吾のような男は自分の時間を使ったりはしないはずだ。
 一方で、利益になると考えれば、賢吾は誰であろうが利用する。〈オンナ〉という和彦の今の境遇は、賢吾の思惑に搦め捕られた結果だ。
 和彦は大きく身震いする。自分の周囲で常に、いくつもの思惑が蠢いているのは感じていたが、それがリアルな感覚を伴い、肌を撫でていったような気がした。
 その瞬間感じた不快さは、和彦の中からある記憶を呼び覚ます。鷹津に体をまさぐられ、胸元に精を散らされた、あの出来事だ。さきほどまで鷹津に会っていたため、生々しさは例えようもない。
 あれもまた、賢吾の思惑が引き起こした事象の一つだ。
『先生?』
「……なんでもない。お前、疲れているんだろ。早く休め」
 千尋には悪いが、半ば強引に電話を切った和彦は、オレンジジュースを注いだグラスと子機を、ダイニングのテーブルの上に置く。
 まだ夕方にもなっていないというのに、ひどい疲労感があった。
 総和会の人間との会食や、そこで思いがけない提案をされている最中に、今度は鷹津に呼び出され、秦の正体の一端を知らされた。部屋に帰ってきてからは、ほっとする間もなく千尋からの電話で、秦が賢吾と会っていることを聞かされた。
 自分では、何がどうなっているのか判断すらできなくて、頭と気持ちがオーバーフロー気味だ。こめかみを指で軽く押さえた和彦は、テーブルの上に置いた小物入れに目を留める。そこに、処方してもらった安定剤が入っているのだ。
 千尋に倣うわけではないが、少し横になろうかという考えに、強く惹かれる。だが、和彦にはわかっていた。安定剤で一時の眠りを手に入れて何も考えなくなったところで、自分の体にこびりついた不快さは消えないと。
 安定剤の入った袋ではなく、再び子機を取り上げ、登録してある番号の一つにかける。呼出し音を根気よく聞き続けていると、ようやく途切れた。
『――どうかしたのか、先生』
 電話の向こうから聞こえてきたのは、淡々としているが、優しさも滲ませたハスキーな声だった。
 三田村の声を聞いただけで、和彦の気持ちは柔らかな感触で満たされる。それに何より、安心できる。
 和彦と鷹津の間にあった出来事を知ってから、三田村は毎夜、電話をくれる。忙しくて会いに行けないことを、優しい男なりに別の形で埋め合わせようとしてくれているのだ。三田村の気持ちが素直に嬉しいし、ありがたくもあった和彦だが、今日はどうしても我慢できなかった。
「三田村、今すぐ会いたい……」
 和彦のわがままとも言える願いを、三田村は断ったりしなかった。
『これから、迎えの人間をそこに向かわせる。申し訳ないが、先生、俺が今いる場所の近くまで来てもらっていいか? それに、あまり時間が取れない……』
「もちろんだ。ぼくがわがままを言っているんだから」
『違う。俺のわがままだ。先生の声しか聞けないことが、苦しくてたまらなかった。だから、先生に来てもらいたい』
 突然の電話であるにもかかわらず、こんなふうに囁いてくれる三田村が愛しかった。
「すぐに迎えを寄越してくれ。なんなら、ぼくがタクシーで行ってもいい」
 それは絶対ダメだと、強い口調で言ってくれるのが嬉しい。和彦は笑みをこぼして頷いた。
「……わかった、三田村」


 ダブルの部屋に入るなり、三田村に手荒く肩を抱き寄せられ、ベッドへと連れて行かれる。押し倒されると同時に三田村がのしかかってきて、有無を言わせず唇を塞がれた。
 和彦は気が遠くなるような高揚感と、胸を掻き毟りたくなるような強烈な疼きを味わいながら、三田村に強くしがみつく。
 唇と舌を激しく貪り合いながら、三田村の手が下肢に伸び、コットンパンツのベルトを外し、ファスナーを下ろしていく。一方の和彦も、三田村のジャケットを脱がせると、ネクタイを解いて、もどかしい手つきでワイシャツのボタンを外していく。
 剥かれる、という表現しかないような手つきで、コットンパンツと下着を下ろされた拍子に、まだ履いたままだった靴がベッドの下に落ちた。
 ここまで会話は必要なかった。互いに、欲しいものはわかっている。
 唇が離され、和彦は息を喘がせる。険しい表情で三田村が顔を覗き込んでくるが、怒っているわけではない。普段は優しい男が、抑え切れないほど激しく欲情しているのだ。
「――……三田村」
 掠れた声で和彦が呼びかけると、和彦の唇を痛いほど吸い上げてから、三田村が体の上から退く。そしてすぐに和彦は、ベッドの上で大きく仰け反り、息を詰める。大きく広げられた両足の間に三田村が顔を埋め、期待のためすでに身を起こしかけた和彦のものを、口腔に含んだからだ。
「はっ……、んああっ」
 熱く湿った感触が、容赦なく和彦の欲望を包み込み、吸引してくる。技巧も優しさも必要ない。まさに、むしゃぶりつくような愛撫だ。
「あっ、あっ、三田村っ――」
 和彦は身をくねらせながら、三田村の髪に指を差し込む。
 今、こうしているのが信じられなかった。ほんの数十分ほど前まで、和彦は自分の部屋にいて、三田村と電話で話したあと、寄越された迎えの車に乗り込んだ。向かったのは、三田村が仕事をしている事務所近くのシティーホテルだった。
 ロビーでは、すでに部屋のキーを受け取った三田村が待っており、こうして部屋に辿り着いたのだ。あとは、限られた時間の中、貪り合うだけだ。
 あっという間に反応した和彦のものを、三田村が愛しげに舐め上げてくれる。先端から透明なしずくが滴り落ちようとすると、それすら舐め取ってくれたうえに、括れまでを含まれて吸われる。このとき、三田村の歯が掠めるように先端に触れ、和彦はビクンッと腰を跳ねさせる。痛みを予期しての反応だが、三田村は容赦なく歯列を先端に擦りつけてきた。
「いっ……、はあっ、はっ。い、い――……。気持ち、いい。三田村、それ、いい……」
 先端に歯が掠めるたびに、本能的なものと、肉体的な反応から、ビクビクと腰を震わせる。三田村は貪欲だ。武骨な愛撫を施してきながら、和彦が好む愛撫を探り当て、すぐに覚えてしまう。そうやって、和彦に肉の悦びを与えてくれるのだ。
 しっかりと両足を抱え上げられて、露わになった内奥の入り口にまで三田村の舌が這わされる。
「あうっ、うっ」
 和彦は腰を揺らしながら、三田村の髪を掻き乱す。指と舌によって内奥を性急に解されていた。付け根まで挿入された指を蠢かされながら、まだ慎みを失っていない内奥の入り口にたっぷり舌を這わされる。かと思えば、指が引きぬかれた内奥に熱い舌が入り込み、浅い侵入にもかかわらず、和彦は全身を震わせて感じてしまう。
 三田村が、身につけているものを脱ぎ捨てるため体を離すわずかな時間すら、苦痛だった。
 だからこそ、熱く滾った欲望を内奥の入り口に擦りつけられただけで、和彦は蕩けそうな幸福感を味わう。
 三田村が、肉を押し開く感触を堪能するように、ゆっくりと腰を進める。
「あっ、ああっ――」
 甘苦しい感覚がじんわりと腰から広がっていき、顔を背けて和彦は呻き声を洩らしていた。感じる苦痛は、特別な行為に及んでいるという証だ。だからこそ、すべてを呑み込んでしまうと、信じられないような悦びが湧き起こってくる。
 和彦の両足を抱え直した三田村が、緩やかに内奥深くを突き上げ始めた。
「……先生」
 呼びかけられて三田村を見上げると、何かを耐えるように唇を引き結んでいる。和彦が両腕を伸ばして三田村の頭を引き寄せると、きつく抱き締められた。同時に、繋がった部分では、激しく肉が擦れ合う。
「んっ、んうっ、はあっ、はっ……あぁ、三田村、三田村……」
 内奥で感じる三田村の欲望は、熱く逞しい。和彦の襞と粘膜は強く擦り上げられるたびに歓喜し、まるで媚びるように三田村のものに吸い付き、まとわりつく。意識しないままきつく締め付けてしまうのは、どうしようもない反応だった。
「このまま、先生を壊しそうだ……。加減を忘れそうなぐらい、気持ちいい」
 和彦が着ている薄手のニットセーターを脱がせながら、三田村が囁いてくる。甘さの欠片もない、切実ですらある声の響きに、三田村が本気で言っているのだとわかる。和彦は両腕を三田村の背に回し、虎の刺青を撫でながら応じた。
「できないだろ。ぼくの〈オトコ〉は、そんなこと――」
「……でも、そうしたくなる。先生とこうしていると、自分の立場を忘れる。先生が誰のものなのかということも」
「あんたのものだと言っただろ、ぼくは」
 間近で見つめ合ってから和彦は、三田村の頬に自分の頬をすり寄せる。内奥深くで、三田村のものがさらに逞しさを増した気がした。
 繋がったまま抱き起こされ、あぐらをかいた三田村の腰を跨ぐ。ゆっくりと内奥を突き上げられるたびに和彦は腰を揺らし、小さく声を洩らす。三田村が、強い衝動を堪えるためにこの格好になったのだと、すぐにわかった。これ以上なくしっかりと繋がりはしたものの、奔放に快感を貪ることはできない。ただ、深く結びついている感触を堪能できる。
 三田村が胸の突起に強く吸い付き、和彦は背をしならせる。
「はっ……あぁ。んっ、んっ、んくぅ……」
 凝った突起に歯が立てられ、そっと引っ張られる。胸に疼きが走ると、その反応はダイレクトに、内奥で息づく男のものを求める淫らな蠕動となって表れる。三田村が微かに呻いたあと、心地よさそうに吐息を洩らした。
 自分が快感を貪る以上に、この男にもっと快感を味わわせてやりたい――。
 そう思った和彦は、三田村の耳元で囁いた。
「……三田村、自分で動きたい」
 意味をわかりかねたように目を丸くする三田村の肩を、かまわず押す。虚を衝かれる形となり、三田村の逞しい体は簡単に仰向けで倒れた。和彦はその三田村の胸に両手を突き、ゆっくりと腰を前後に動かす。
「先生っ……」
「まだ――、少しだけ、ぼくの自由にさせてくれ」
 返事の代わりなのか、三田村の両手が腰にかかり、愛撫するように撫でられる。和彦はちらりと笑みをこぼしたが、すぐに行為に夢中になる。
 内奥深くまでしっかりと埋まった三田村のものを、腰を浮かせてギリギリまで引き抜いたあと、再び腰を落として襞と粘膜を擦り上げてもらい、蠕動を繰り返す内奥できつく締め付けて包み込む。
 何度となく吐息を洩らした三田村が、反り返ったまま震えている和彦のものを握り締めた。
「すごいな、先生。どんどん垂れてきている」
 柔らかく扱き上げられ、声を洩らした和彦は、三田村の腰の上で身をしならせる。すると三田村は、もう片方の手で尻を撫でてから、繋がっている部分を指先でまさぐってくる。
「ふっ……」
 電流にも似た感覚が体中を駆け抜け、気がついたときには和彦は絶頂に達していた。三田村の下腹部から胸元にかけて、白濁とした精を迸らせて汚してしまい、うろたえる。
「ごめんっ――。汚して、しまった……」
 動揺する和彦とは対照的に、三田村は不快そうに眉をひそめるどころか、楽しそうに表情を綻ばせた。
「俺みたいな人間に、そんなふうに素直に謝ってくれるのは、先生だけだろうな。しかも、悪いことなんてしてないのに」
「でも、汚した」
「汚してない。できることなら、もっと俺の手で搾り出したいぐらいだ」
 そう言いながら三田村の手は、まだ和彦のものを扱いている。喘ぎながら和彦は、悩ましく腰を揺らし、内奥に三田村の欲望を擦りつける。
「先生、そろそろ俺も……」
 和彦が頷いて抱きつくと、体の位置が入れ替えられ、ベッドに押し付けられる。覆い被さってきた三田村がすぐに激しい律動を始め、しどけなく乱れながら和彦は、三田村の背の虎を両てのひらで愛してやる。
「あうっ、うっ、三田村っ、はあ……、い、い」
 突き上げられるたびに、目も眩むような快感に襲われていた。
 安定剤など必要ない。三田村がたっぷり与えてくれる快感で、何も考えられなくなる。こんな三田村だからこそ、和彦には頼みたいことがあった。
 あごの傷跡を舌先でなぞり、そっと吸い上げてから、三田村の耳元に唇を寄せる。ひそっ、と明け透けな言葉を三田村の耳に注ぎ込んだ。
「先生っ……」
 驚く三田村に対して、言葉を続ける。
「嫌なんだ。あの男に、あんなことをされた感触が消えない。自分が汚れたままのようで、ずっとイライラしている。だから、あんたに――」
 三田村は、これ以上なく高ぶってくれた。和彦の頼みを聞くために。
 内奥を力強く突き上げたかと思うと、円を描くように掻き回し、奥深くを丹念に抉ってくる。頭上の柔らかな枕を握り締めて、和彦は思うさま乱れる。
「んうっ、あんっ、あっ、あっ、ああっ」
「先生、もうっ――……」
 三田村の動きに余裕がなくなり、息遣いが切迫している。和彦は喘ぎながら求めた。
「……出し、て、くれ。三田村、早く」
 内奥を力強く突き上げられてから、一息に三田村のものが引き抜かれる。体に馬乗りになった三田村が、和彦の胸元に向けて勢いよく精を迸らせた。
 快感の余韻からまだ冷めないまま和彦は、震える吐息をこぼして自分の胸元に触れる。そこに、確かに三田村の精を感じた。荒い呼吸を繰り返しながら三田村は、和彦の姿を見下ろしている。その目は、三田村の背にいる刺青の虎と同じで、猛り、力を漲らせていた。
「これで、鷹津の感触が消せる。……嫌で、たまらなかったんだ」
「俺で、よかったのか……?」
「――あんたじゃないと、嫌だった」
 次の瞬間、体の上から退いた三田村に片足を抱え上げられ、まだ力を失っていない欲望が内奥に捩じ込まれる。和彦は大きく仰け反りながら、悦びの声を上げていた。


 時間がないからこそ、とにかく早く欲望の火を消してしまいたいという思いと、もっとこの激しい交わりを堪能したいという思いが、いつになく和彦を惑乱させ、淫らにさせる。それは三田村も同じらしい。
 内奥深くを抉るように強く突き上げ、そのたびに嬌声を上げて身を捩る和彦をきつく抱き締めてくる。このときの腕の強さは、和彦に対する気遣いは一切ないが、その代わり、三田村が抱え持つ執着心の強さを教えてくれる。
 見た目はストイックな男だからこそ、こんなときに感じる熱さと激しさが、和彦には甘美であり、媚薬にもなる。
 数え切れないほど擦り上げられて、内奥の襞と粘膜が爛れたように熱を持ち、おそろしく敏感になっている。それでもなお、嬉々として逞しい欲望に絡みつき、ぴったりと吸い付く。
 意識しないまま三田村のものをきつく締め付けた和彦は、自分でも予測しなかった心地よさに、三田村の耳元で深い吐息をこぼす。
「先生、つらくないか? ……悪い、夢中になって、加減を忘れていた……」
 動きを止めた三田村に問われ、汗で濡れた髪を掬い取られる。和彦は息を喘がせながら、率直に告げた。
「……すごく、気持ちいいんだ……。もっと、欲しい」
 三田村は軽く目を見開いたあと、唇に微かな笑みを浮かべ、すぐに和彦の求めに応じてくれる。
 抱え上げられてしっかりと胸に押し付けられた両足を、大きく左右に開かれると同時に、三田村にゆっくりと深く内奥を突き上げられる。さらに、もう一度。
「あうっ……ん」
 和彦が喉を反らして声を洩らすと、露わになった喉元を三田村の舌先になぞられる。ゾクゾクするような愉悦が体を駆け抜けていた。深く繋がっている三田村にも、その反応が伝わったらしく、腰を揺すられ、それでなくても感じやすくなっている襞と粘膜を擦り上げられる。
「はっ……、あっ、あっ、あぁっ――」
 三田村のものが慎重に内奥から引き抜かれ、淫らな収縮を繰り返す部分の感触を堪能するように、すぐにまた奥深くまで挿入される。同じ行為を数回繰り返された。
 三田村の引き締まった下腹部に擦られたこともあり、さきほどからずっと反り返って、悦びの涙をはしたなく滴らせていた和彦のものは、精を噴き上げる。
 声も出せずに快感にのたうつ和彦を、優しい男は容赦なく貫きながら、精で濡れそぼった和彦のものを片手で扱いてくる。
「ダメ、だ……。三田村、もう、これ以上はっ……」
「なら、舐めようか?」
 三田村は、和彦を羞恥させるためにこんなことを言っているのではない。本気で、そうしようとしているのだ。
 和彦は三田村に両腕でしっかりとしがみつくと、両足も逞しい腰に絡みつかせる。
「――これがいい」
 和彦の囁きは、すぐに激しい律動となって応じられる。そして今度こそ内奥で、三田村の熱い精を受け止める。
 声を洩らして全身を震わせる和彦に対して、残った欲望の欠片すら与えようとするかのように、三田村は緩やかに内奥を突き上げてくれる。
 触れ合っている部分が燃えそうに熱く、このまま蒸発しても惜しくないとすら思え、和彦は恍惚とする。まだ筋肉が硬く張り詰めている三田村の背を撫で、自分の〈虎〉を可愛がる。行為の最中は獰猛な三田村も、今は、ただ優しい。
「……先生、どこか痛めなかったか?」
 真剣な顔で問いかけてくる三田村の顔をぼんやりと見上げながら、和彦は小さく首を横に振る。ふと、あることを思い出し、三田村の片手を取る。スーツを脱ぎ捨てても、仕事から離れられない状況のため、腕時計を外せないのはやむをえない。
「三田村、そろそろ仕事に戻らないと……。今ならまだ、シャワーを浴びる時間ぐらいあるだろ」
 和彦が無理を言ってこうして会っているのだから、別れのタイミングを計るのも、こちらの義務のようなものだ。和彦の気持ちがわかったのか、三田村は一瞬物言いたげな眼差しをしたものの、頷き、ゆっくりと体を離してベッドを下りた。
 シャワーの水音を聞きながら和彦は、三田村が与えてくれた愛撫をいとおしむように、自分の体を指先でまさぐる。そうしているうちに、シャワーを浴びた三田村が部屋に戻ってきて、和彦が見ている前で淡々とスーツを身につけていく。
 優しく激しいオトコが、長嶺組の若頭補佐に変わる様に、つい和彦は惚れ惚れと見入ってしまう。そんな和彦の視線に気づいたのか、三田村がふっと表情を和らげた。
 しどけなくベッドの上に横たわる和彦を、スーツ姿で覆い被さってきた三田村が見下ろしてくる。簡単にシャワーを浴びただけだというのに、すでにもう三田村には、情交後の気だるい様子は微塵もなく、端然として鋭いヤクザとしての佇まいを取り戻している。
「……すまない。できることなら、先生ともっと一緒にいたいんだが……」
 まだ汗と精で濡れている和彦の体を撫でてきながら、三田村が心底申し訳なさそうに言う。和彦は微笑みかけ、首を横に振った。
「ぼくのわがままにつき合ってくれただけで、十分だ」
 三田村も柔らかい笑みを浮かべ、和彦の唇をそっと吸い上げてくる。戯れのような軽いキスを繰り返しながら和彦は言った。
「あんたに仕事を抜けさせたことは、ぼくから組長に謝っておく」
「先生は気にしなくていい。それに、組長から言われているんだ。――先生を寂しがらせるなと。そのためなら、多少の無茶をしてもかまわないと」
 そんなやり取りをしていたのかと、和彦は複雑な心境になる。
「……子供扱いされているみたいだ」
「違う。先生を大事にしたいんだ。俺も、組長も」
 情欲の熱以外のものによって、顔が熱くなっていくのを和彦は感じた。妖しい衝動が胸の内でうねり、和彦の変化に気づいたのか、三田村のキスが変わる。唇と舌をきつく吸われ、たまらなくなった和彦は舌を絡める。
 行為の成果を確かめるように三田村の指に、蕩けて綻んだ内奥の入り口をまさぐられ、慎重に挿入された。
「あっ……、うぅっ」
 ゆっくりと指が出し入れされるたびに、内奥に注ぎ込まれた三田村の精が溢れ出してくる。さんざん逞しいもので押し広げられ、擦り上げられた和彦の内奥は、もうすぐ立ち去る愛しい男の指を懸命に締め付ける。
「すごいな、先生――……」
 吐息交じりに三田村が洩らし、口元に笑みを刻んだが、穏やかで甘い時間はすぐに終わりを迎える。三田村の携帯電話が、無機質な呼出し音を二回鳴らしてから切れた。どうやら、三田村が自由になれる時間は終わりらしい。
 内奥から指が引き抜かれ、濃厚な口づけを与えられる。
「無理してすぐに起きなくていいから、動けるようになるまでしっかり休んでくれ。帰るときは、護衛の連中に連絡したら、この部屋まで迎えに来てくれる」
「……過保護だ」
「本当は俺が、先生を送り届けたいぐらいだ」
 和彦は三田村の唇に軽く噛みついてから、囁いた。
「――……ありがとう、三田村」
 これ以上側にいると、離れられなくなりそうだった。同じ危惧を三田村も抱いたのか、和彦の上から退いてベッドを下りた。
 和彦は体の向きを変え、立ち去る三田村の背を見送ってから、ドアが閉まる音のあと、満たされた吐息をこぼした。









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