■ BUSYなカンケイ ■




07

 肌に口づけたくなる衝動を堪え、朋幸の浴衣の裾を腰まで捲り上げる。桐山は片腕で朋幸の腰を抱えたまま、もう一方の手の指 を舐めて濡らす。不自由な姿勢で懸命に振り返っていた朋幸は、桐山の行動の意味がわかったように小さく首を横に振る。
「嫌、だ、桐山……。乱暴なのは……」
「なら、あなたも協力してください。わたしは不器用な人間ですから、あなたを想う 気持ちを表す方法は、こんなことしか考えつかないのです」
 濡れた指で朋幸の秘孔の入り口をまさぐる。ビクンッと大きく 体を震わせた朋幸が、畳に爪を立てる。
「いっ……、あっ、あっ、痛いっ」
「まだ、痛いことはしていませんよ」
  朋幸が桐山のために開いてくれ、何もかもを受け止めてくれる繊細な部分を、いつになく性急に指で押さえ、擦って刺激する。
「……ほら、もうひくついてきましたよ。痛くはないという証拠ですね」
 再び指を唾液でたっぷり濡らしてから、秘孔 にツプリと根元まで挿入する。
「ううっ、うっ、んくう……」
 朋幸が背をしならせる。桐山は指にまとわりつく感触に、 感嘆の意味も込めた深い吐息を洩らす。朋幸の秘孔はひどく狭いが、すでに熱く蠢いていた。
 多淫な本性を物語るように指 を物欲しげに締め付けてくるのは、桐山の都合のいい解釈なのか、実際にそうなのか判断はつかない。
 ひどい行為をしてい るというのに――。
 朋幸に対するどうしようもない愛しさが溢れ出してきて、それが今は、獣じみた欲望へと姿を変えてし まう。もっと感じさせてやり、指に吸い付いてくる感触を味わいたいが、その余裕が桐山にはない。一度指を引き抜き、二本の指 を揃えてすぐに秘孔に挿入し直す。
「ひあっ」
 朋幸が腰を前後に揺らして逃れようとするが、桐山は強い収縮を繰り返 す秘孔で指を曲げて抉ってやる。中が痙攣を起こしたようにビクビクと震えた。心地よい反応をもっと感じたくて、桐山は秘孔を 掻く動きを繰り返す。
「うっ、あぁっ……。あっ、あっ、やめ、ろ……」
 乱れた浴衣の下から覗く朋幸の白い肌が、う っすらと紅潮し始めている。試しに指を付け根まで、秘孔に深々と埋め込む。逃すまいとするかのようにきつく締め付けられた。
 桐山は唇に薄い笑みを浮かべる。
「あなたの体は、やめろとは言っていませんよ。欲しがりのあなたらしく、実に素直 にわたしの指を咥え込んでいる。中の襞も、もう蕩けそうなほど柔らかくなっていますよ」
 桐山の言葉に感じるのか、朋幸 が頭を動かして横顔を見せる。薄く開かれた唇は荒い呼吸を繰り返している。朋幸は畳に片頬を擦りつけてから、凄絶なほどの色 香を放つ流し目で桐山を見上げてきた。その眼差しに桐山の理性は焼かれる。
 湿った音を立てて、朋幸の秘孔から指を出し 入れして侵入に備えさせてから、桐山は浴衣の前を寛げる。充血して控えめに綻んでいる朋幸の秘孔の入り口に、高ぶっている自 分のものを押し当てた。
「……あなたを、誰にも渡したくない……」
 そう本心を吐露してから、朋幸の中に押し入る。 腰を突き出した姿勢で朋幸がしなやかに身をくねらせ、喉を反らして呻いた。
「ああっ、うっ、ううっ、うくっ……ぅ」
 性急な訪れにもかかわらず、蛮行を許すように朋幸の熱い肉が場所が瞬く間に桐山のものを包み込んでくれる。それどころか、 さらに奥へと迎え入れてくれるかのようにうねり、襞が絡みついてくる。
 桐山は前のめりとなり、朋幸の苦しみも無視して 自分の欲望すべてを秘孔に収める。いつもとは比較にならないほど粗雑で、手荒な行為だ。
 さすがに少し頭が冷静になり、 片手を伸ばして朋幸の艶やかな髪をそっと撫でる。
「――朋幸、さん、大丈夫ですか?」
 速い呼吸を繰り返しながら、 朋幸が掠れた声で言った。
「ぼくが、お前以外の誰のものに、なると、言うんだ……」
「……朋幸さん」
「は、あ… …。お前は、ぼくのものだ。そして、ぼくはお前のものだ。忘れるな。周りの人間が何を言おうが、これはぼくが決めたことだ。 誰にも、何も言わせない。これは、〈絶対〉だ」
 強い言葉に桐山は咄嗟に返事ができない。艶めいていた朋幸の眼差しが、 このときだけは怜悧な光をたたえて桐山を見る。
「――わかったな」
「……はい」
 桐山は、今すぐ朋幸を組み伏せ るのをやめ、跪きたい気分になる。だが、朋幸から体を離すことはできない。もっと、朋幸の体内の熱さを感じていたかったのだ。
 せめて朋幸にも快感を感じてもらおうと、桐山は片手を両足の間に差し込もうとする。しかし当の朋幸に拒まれた。
「いい、から……。今は、お前に感じてもらいたい。お前がぼくに感じていると、体で感じたいんだ」
「しかし……」
「――お前がぼくの中にいるだけで、感じるんだ。お前が、ぼくをそんな体にした」
 桐山が抱える独占欲や支配欲が疼く。
 赤く染まった背やうなじに唇を押し当てたい衝動を今は押し殺し、朋幸が求めるまま、自らの快感を優先することにする。
 朋幸の腰を両手でしっかりと掴み、ゆっくりと秘孔から、自分のものをギリギリまで引き抜いて、すぐにまた押し入る。
「あううっ」
 桐山は果敢に動き、朋幸の秘孔を逞しさを増したもので擦り立て、ときには最奥をしっかりと抉る。朋幸 は悲鳴を上げ、無意識なのか前に逃れようとするが、桐山は掴んだ腰を容赦なく引き戻して、重みを込めて深々と貫く。
 突 き上げるたびに朋幸が甘い呻き声を洩らし、ときには掠れた悲鳴を上げ、桐山は背筋を駆け抜ける強烈な快感を味わう。
 普 段は朋幸の快感も考えているため、もっと欲望を持続させることができるが、今は無理だった。あっという間に快感の波に呑まれ そうになる。
 小刻みに秘孔の最奥を突きながら桐山は手を伸ばし、朋幸の腰に絡んでいる丹前の紐を解き、次いで浴衣の帯 にも触れる。こちらは、これまでの行為ですでに解けてしまっていた。
「あっ、な、に、桐山――……」
「申し訳ありま せん。もう、保ちそうにありません」
 もう一度だけ、朋幸の秘孔の最奥を捏ねるように抉る。
「ひぃっ……、いっ、ん」
 朋幸が甲高い声で鳴く。桐山は秘孔から自分のものを引き抜くと、素早く朋幸の体を仰向けにする。何が起こったのかわか っていない朋幸が、蕩けた表情のまま桐山を見上げてくる。その表情が最後の一押しとなった。
 桐山は低く呻き、欲望を解 き放つ。浴衣の前がはだけて露わになった朋幸の腹部から胸元にかけて、桐山の放った絶頂の証が飛び散った。
 鮮やかに紅 潮した朋幸の肌に、自らが放った白濁とした液体が散っている様は、ハッとするほど艶かしく、同時に、清らかなものを穢してし まったという強烈な罪悪感を桐山に与えてきた。
 大きく胸を上下させて息を喘がせながら、朋幸が胸元に散った液体に指先 を這わせようとする。桐山のほうがうろたえて手首を掴んで止める。
「おやめください。汚いですから」
 朋幸がこんな 状況に不似合いな、子供のようにきょとんとした顔をしてから、小さく苦笑を洩らした。
「……変な、奴だな。ぼくのは平気 で触れるのに。それに、ぼくはいつも、体の奥でお前の放ったものを受け止めている」
 朋幸の言葉を聞いた瞬間、桐山の欲 望がドクンと脈打つ。欲望を解放したばかりだというのに、もう朋幸が欲しくなっていた。
 自分は体の奥にどんな怪物を飼 っているのだと、桐山は自分の底なしの欲望が空恐ろしくなる。
 朋幸の両足の間に触れる。朋幸のものはしなって濡れては いるが、まだ達してはいない。桐山の手から逃れようと朋幸が下肢をもじつかせる。
 桐山はそっと微笑みかけ、朋幸の唇を 軽く吸う。
「――今度はあなたの番ですよ。わたしに、気が済むまであなたを感じさせてください」
 桐山の囁きに感じ たように朋幸が熱っぽい吐息を洩らして、コクリと頷く。小さく微笑んだ桐山は、次の瞬間には表情を引き締め、朋幸の両足を抱 えて左右に大きく開く。恥ずかしがるように朋幸が身を捩ったが、今のところ桐山には、朋幸の羞恥にまで気遣う余裕はなか った。
 反り返って震えている朋幸のものをピチャッと舐め上げる。
「あうっ」
 腰を跳ねさせた朋幸を落ち着かせるどこ ろか、さらに煽るように、桐山は丹念に朋幸のものを舐め上げ、先端からこぼれ落ちようとする悦びの涙をときおり吸い取る。
 最初は強い快感を拒むように腰を逃れさせようとしていた朋幸だが、次第に桐山の愛撫を求めるように、悩ましげに腰を揺 らし始めた。それを待ってから、桐山は静かな興奮を覚えながら朋幸のものをゆっくりと口腔に含んだ。
「あっ……、あっ、 あっ、桐山っ――」
 今にも泣き出しそうな声を上げ、朋幸がビクビクと体を震わせる。自分の主の姿に加虐的なものを刺激 され、桐山は口に含んだものを唇で締め付けながら吸引する。
 朋幸の甘い嗚咽が聞こえてきた。桐山は無心に舌を使い、唇 で扱き上げ、年下の主に仕える。そうすることが、たまらなく快感だったのだ。
 桐山の想いの激しさを受け止めるには、あ まりに朋幸は脆かった。小さく歓喜の声を上げたあと、桐山の口腔に絶頂の証を迸らせたのだ。桐山はためらうことなくすべて受 け止める。
 汗ばんだ体を紅潮させ、忙しく喘ぐ朋幸の姿をじっくりと眺める。ようやく呼吸を落ち着けた朋幸が、目元も羞 恥の色で染めながら睨みつけてきた。
「……じろじろ、見るな……」
「お許しください。どうしても目が離せないもので すから」
「なっ……、何、言って――」
 うろたえる朋幸が、普段の姿とは打って変わってひどく可愛らしい。思わず笑 ってしまいそうになった桐山だが、すかさず朋幸から強烈な仕返しをされた。
 両腕を伸ばした朋幸に掴まった桐山の耳元に、 ゾクリとするような囁きを注がれる。
「じっくり鑑賞なんてできないようにしてやる。――早く、ぼくの中にお前が欲しい。 今度は、ぼくがじっくりとお前を味わってやる」
 もちろん桐山が、主のその言葉に逆らえるはずもなく、むしろ嬉々としな がら朋幸の熱い場所に再び押し入った。




 喉が渇いて朋幸はゆっくりと目を覚ます。自分が置かれている状況はすぐにわかった。裸の桐山の胸に頭を預けて、浅い眠りに 落ちていたのだ。朋幸もまだ何も身につけていない。
 朋幸は顔を上げる。桐山は微かな寝息を立てて眠っていた。
 体 を繋いだあと、庭の露天風呂を二人で堪能してから、体を離す間も惜しんで同じベッドに倒れ込んだのだ。熱くなった体を寄せ合 う心地よさを貪っているうちに、ウトウトしてしまったらしい。普段なら絶対できないような、贅沢な時間の過ごし方だ。
  明日のことも考えずに、ただ互いを貪り合った行為は、これが初めてかもしれない。実際、明日も桐山と二人きりで、何も考える 必要はない。
 無意識のうちに朋幸は唇に笑みを浮かべる。体だけでなく、心も桐山に満たされているのを実感できる。
 このまま桐山に包まれて朝を迎えようと、朋幸はもう一度広い胸に顔を伏せたが、すぐに顔をしかめる。喉が渇いて目を覚まし たことを思い出したからだ。
 仕方なく静かにベッドから抜け出すと、裸のまま内風呂に向かって簡単にシャワーを浴び、新 しい浴衣を出して着込む。髪は濡れたが、乾かす気力まではない。
 備え付けの冷蔵庫を覗くと、思わずため息が出る。アル コールやいかにも甘そうなジュースは入っているが、お茶の類が入っていない。湯を沸かして自分で入れようかとも考えたが、朋 幸が今すぐ飲みたいのは冷たいお茶だ。
 買いに行くしかないと、朋幸は部屋を行き来して丹前を羽織り、自分の財布を取り 出す。
 すぐに部屋から出て行こうとしたが、思い直してベッドで眠る桐山の元へと戻る。桐山の顔を覗き込み、そっと頬を 撫でる。普段は酷薄そのものだが、情熱的な言葉と愛撫を生み出す桐山の唇に軽く自分の唇を押し当てる。
 ふいに後頭部に 手がかかり、引き寄せられてキスが深くなる。
「んんっ……」
 たっぷり唇を吸われて朋幸は呻く。ようやく唇が離され たとき、息がわずかに上がっていた。桐山が柔らかな笑みを浮かべて朋幸を見上げている。
「起こしたか?」
「気にしな いでください。習性ですね。あなたが腕の中にいると、眠っていても本能があなたの動きを探ってしまうのですよ」
 常に桐 山に守られているという安心感があるからこそ、朋幸はぐっすりと眠れるというわけだ。
「どこかに行かれるのですか? 丹 前など羽織られて。それに財布も……」
「冷たいお茶を買いに行ってくる。冷蔵庫に入ってないんだ。お前も何か飲みたいも のがあるなら、買ってきてやるぞ」
「でしたら、わたしが――」
 体を起こそうとした桐山の肩を押さえる。
「寝て いろ。歩いて、少し体の熱を冷ましてくる。まだ、のぼせているみたいだ」
「……わたしのせいですね」
 まじめに呟く 桐山がおもしろい。朋幸はクスリと笑ってから、もう一度桐山の唇にキスして、軽く噛み付く。欲望はすべて吐き出してしまった はずなのに、このとき朋幸の中に疼きが湧き起こった。
 慌てて体を離してから、桐山に向かって手を上げる。
「行って くる」
「お気をつけて」
 たかが、ホテル内で飲み物を買ってくるだけだ。そう思いはしたが、なんだかくすぐったくて 気分はいい。
 部屋を出た朋幸は、少し肌寒さを感じて首をすくめる。こんなことで、桐山の腕の中の温かさを実感する。
 間隔を置いておかれた照明のぼんやりとした明かりを頼りに、通路を歩く。この時間、立派な庭の照明は落とされている。 それに、通路を行き交う人も姿も朋幸以外には見えない。
 別館のロビーにたどりつくと、こちらも照明がいくぶん落とされ、 受付に従業員二人の姿があるだけだ。一角にある自販機だけが、場違いなほど明るく浮かび上がっている。
 何気なく、視線 を本館のほうに向ける。あちらはまだロビーも明るく、人も姿もあるようだ。本館内にコンビニが入っていたことを思い出し、別 館の自販機と本館のロビーを見比べる。
 結局、大した距離ではないのだからと、本館へと向かっていた。
 本館のロビ ーにはまだちらほらと宿泊客の姿がある。大浴場が二つあり、二十四時間どちらかには入れるため、夜更かしの人間にとってはう ってつけなのだろう。
 朋幸はコンビニでペットボトルの飲み物を数本買い込み、すぐに別館に戻ろうとしたが、気が変わっ てラウンジのソファに腰掛ける。加減をしなかった罰なのか、体がだるくて仕方ない。
 明日は――壁にかかった時計を見る と、正確にはもう今日なのだが、桐山と部屋でおとなしくしているのが無難かもしれない。元よりそのつもりではあった。
  喉の渇きに耐え切れず、ペットボトルの一本を空けて口をつける。冷たいお茶が体の隅々まで行き渡るようだ。
 ほうっと息 を吐き出した朋幸の視界に、ロビーを歩いてくる浴衣姿の男が飛び込んでくる。風呂に入ってきたところらしい。首にタオルを引 っ掛けていた。
 やはり、大浴場に入っておくべきだったと後悔した次の瞬間、朋幸は眉をひそめる。ロビーを歩いている男 は、嶋田だった。
 心の底から、朋幸は自分の間の悪さを呪う。よりによって一番顔を合わせたくない男と、二度も偶然会っ てしまったのだ。
 嶋田はコンビニに向かっている様子だったが、朋幸の視線に気づいたように、いきなりこちらを見た。反 射的に朋幸は腰を浮かせ、逃げの体勢に入る。
「あれっ、本澤さんじゃないですかっ」
 ロビー中に響き渡るような声で 嶋田が言い、大きく手を振ってくる。おかげで朋幸まで注目を浴びてしまい、動くに動けなくなる。その間に、嶋田がズカズカと 歩み寄ってきた。
「ちょっと、話をしませんか」
 敵意剥き出しの朋幸の視線をものともせず、嶋田が軽い調子で言う。 朋幸はつい周囲を見回すが、その行動の意味を嶋田は見透かしていた。
「桐山さん、一緒じゃないんでしょう。それとも、保 護者が一緒じゃないと、俺と話すのは怖いですか?」
 挑発的な発言に朋幸も乗ってしまい、唇を引き結ぶ。嶋田は満足そう に笑った。
「OK、ということですね」
 腰掛けているソファの隣を示され、仕方なく朋幸は頷いていた。
 嶋田は 乱暴にソファに腰掛けると、スポーツドリンクのペットボトルに口をつける。全身から、呼び止められて迷惑だという空気を振り 撒くが、気づいているのかいないのか、嶋田は意に介した様子はない。
 何を考えているのか読めないにやけた表情で、朋幸 の横顔を眺め続けてくる。居心地の悪さに、結局朋幸のほうから水を向けていた。
「――……話があるんじゃないのか」
「ああ、そうでしたね」
 わざとらしく、今思い出したといいたげに嶋田がポンと手を打つ。横目で睨みつけた朋幸は、ペッ トボトルを掴んで立ち上がろうとしたが、肩に手がかかって動けない。
「まあまあ。昔のことは水に流して。痛みわけという やつですよ。これからは、前向きな関係を築きましょうよ。――そこのところ、桐山さんはしっかり計算していましたけどね」
 桐山の名が出て、朋幸は嶋田の顔を見つめてから、ソファに座り直す。
「……桐山とは、総会のあとから、だな?」
「俺のほうから、何かあったら連絡どうぞ、とアピールしておいたんですよ。そしたら本当に、桐山さんから連絡がきまして ね。最初は、ある会社についてのウワサ話程度のことを聞かれて、そこから次第に深く突っ込んだ質問がされるようになったんで す」
 桐山から、そんな素振りはまったく感じなかった。だいたい、関係を持つようになって初めて、桐山の一日の行動が半 分ほど把握できるようになったぐらいなのだ。残りの半分については何をしているか、桐山はうかがわせない。
 ただ、朋幸 が把握できない時間の間も桐山は、朋幸のために動いていたのだ。もっとも、そのために利用していたのが嶋田というのが、納得 しがたい。正確には、納得したくなかった。
「俺としても、悪い話じゃないですよ。桐山さんから何かと依頼されるのは。俺 は依頼されればなんでも追いかけますけど、一番興味あるのは、数年前からあなただけだ」
 人によっては真摯と感じる言葉 かもしれないが、言った人間が人間なので朋幸は露骨に身構える。いまだに、嶋田に追いかけ回されたときの心の傷は癒えていな いのだ。
 朋幸の反応を見て嶋田は、ロビーに響き渡るような声で笑った。
「そう、心底嫌そうな顔をしないでください よ。そのうちあなたにも、俺をあごで使うような豪胆さを持ってほしいもんですね」
「……豪胆というより、無神経なんだろ う」
「まあ、なんだっていいですよ。末永く、おつき合いしてもらえるのなら」
 朋幸は、嫌だ、と返事はしなかった。 それが今の朋幸にできる、承諾の返事だ。だがそれは嶋田のためではなく、一度は朋幸を傷つけた嶋田を、今後朋幸を守るために と利用する決意をした桐山のためだ。
 嶋田も朋幸の気持ちがわかっているようで、ソファに思いきりもたれかかりながら言 った。
「だからまあ、桐山さんは責めないでやってください。俺はいままでいろんな人間に使われてきたけど、桐山さんは嫌 いじゃない。融通がきかなくて、口うるさいですけどね」
「……ぼくはそんな男と、毎日ずっと一緒にいるんだぞ」
「こ れはオフレコってことで」
 嶋田の不まじめな口調に、つい朋幸も微かに笑みをこぼしてしまう。次いで、あくびを洩らして しまった。さすがに、昨日までの激務のうえに、今日は移動疲れが重なって眠い。
 しかも、予想外の人物に二人も会ってし まったのだ。
 朋幸は横目で嶋田をうかがってから、今朝空港で出会ったエリック・ウォーカーのことを思い返す。途端に、 強烈な嫌悪感が込み上げてきた。
「――部屋に戻る」
 朋幸が立ち上がると、嶋田はからかうような笑みを浮かべる。
「なんなら、部屋まで送りましょうか?」
「けっこうだ」
 きっぱりと答えると、肩をすくめた嶋田にヒラヒラと手 を振られて見送られる。当然、手を振り返すなどという恥知らずなまねをすることなく、朋幸は足早にその場を立ち去り、別館の 離れへと戻る。
 通路を歩きながら、無意識のうちに唇をへの字に曲げる。さきほどあんな話を聞いたせいなのか、これまで 抱えていた嶋田への拒絶感がわずかに薄れているのを自覚していた。
 自分のこんなところが、人間としての甘さのように思 え、朋幸としては複雑な心境だ。
 部屋の前に立つと、持っているペットボトルを頬に押し当てる。肌を通して感じる冷たさ が、気持ちを切り替える合図となる。
 ふっと息を吐き出した朋幸は静かに引き戸を開けて、体を滑り込ませる。スリッパを 脱いで襖に手をかけたところで、中から物音がしているのに気づいた。
「桐山――」
 呼びかけながら襖を開けると、洋 室のベッドで寝ていた桐山の姿が和室にあり、手に服を持っている。
「何してるんだ」
 朋幸が問いかけると、桐山は安 堵したようにわずかに肩を落とした。
「いえ……、あなたの帰りが遅いので、様子を見に行こうかと思いまして」
「過保 護だな。ホテルの中で何があるっていうんだ」
 そう言いはした朋幸だが、次の瞬間には顔をしかめる。買ってきたものを大 きな座卓の上に置いてから、自分は座布団の上に座る。
「朋幸さん?」
 桐山が傍らに膝をつき、顔を覗き込んでくる。 優しい手つきで後ろ髪を撫でられ、朋幸は誘われるように桐山の肩に頬をすり寄せる。
「……いいんだ、なんでもない」
「お疲れになりましたか?」
「うん……」
 こう答えるのが一番無難な気がするし、何より、事実だ。
「では、もう 休みましょう」
 声を出すのも億劫で、朋幸はコクリと頷いた。








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