心地の良い場所 −ZERO− 
2。 



 金庫からCD−Rとファイルを出した昭洋はデスクにつく。
 パソコンにをCD−Rを入れて操作すると、画面一面に数字と英語で構成された表が現れる。次に昭洋はファイルも開き、新たな資料が付け加えられているのを確認する。
 作業は単純で、ファイルに付け加えられた資料を元に、パソコンに数字などを打ち込んでいくだけだ。資料の意味がわからない人間にとってはそれだけの作業だが、資料の意味を知っている昭洋は、単なる打ち込みの作業の間、ずっと胃の痛みを感じる。自分が引き返すことのできない道に、ズルズルと引き込まれていくのを感じるのだ。
 ふと、今朝の布施の顔が脳裏を過る。心配してくれる数少ない友人には、自分がこなす仕事を知られたくなかった。
 キーを打つ手を止め、持ち込んだカップに口をつける。中身はノンカフェインのお茶だ。あまりに胃の調子が悪いので数日前に病院に行ったら、ストレスでひどく荒れていると言われた。おかげで、刺激の強いものを口にするのは避けるようになった。
 元々、こんな仕事に向いていないのだ――。
 心の中で呟き、苦笑を唇に浮かべる。昭洋は自嘲気味に今自分がいる部屋を見回す。
 第二秘書課と同じフロア内にある、『資料室』だ。しかし一般社員は立ち入りできない。この部屋には、別のセキュリティーカードがないと立ち入れないのだ。
 資料室という名のわりには、すっきりとした部屋だった。デスクが四つ並び、そこにパソコンが二台。あとは大きなキャビネットがあり、その中に金庫が入っている。金庫を開けるための鍵は、管理者の手から直接受け取らなければならない。
 昭洋は二、三日に一度の割合でこの資料室に入り、秘書課の仕事の一つとして打ち込み作業を行っている。ただ、第二秘書課の何人の人間が、こんな仕事が存在していることを知っているかと思う。そしてそんな仕事を、まだ若い昭洋がこなしているという事実も。
 昭洋の本来の仕事は、秘書課に籍を置いているとはいえ、秘書をしているわけではない。その秘書の仕事をサポートする役目だ。
 昭洋が勤める損害保険会社には、他の会社にはない特色がある。会社内で設ける『委員会』の数が多いのだ。
 海外で提携している保険会社との連絡会としての役割を持つ委員会に、人事委員会や懲罰委員会に経費委員会、保険会社らしく災害委員会といったものなどがある。臨時で立ち上げられるのではなく、常時設置されているのだ。
 これらの委員会には社内の人間だけでなく、外部の会社の取締役や、政治家も名を連ねているものがある。そういった人物たちと緊密な連絡や資料のやり取りを交わすため、サポートの仕事が必要になるのだ。
 そういった仕事を専門に扱っているのが、第二秘書課だ。
 やはりコーヒーが飲みたいなと昭洋が思ったところで、ドアの向こうで誰かがセキュリティーカードを使用する機械音がする。
 姿を現した人物を見て、立ち上がろうと腰を浮かせていた昭洋はイスに座り直した。
「やってるな」
 そう言って、高畠(たかはた)九美彦(くみひこ)が部屋に入ってくる。手にはカップが二つあり、昭洋の元に歩み寄ってくると、一つをデスクの隅に置いてくれた。ふわりとコーヒーのいい香りが漂い、昭洋は軽く頭を下げて礼を言う。
 さっそくカップに口をつけると、傍らで腰を屈めた高畠がパソコンの画面を覗き込む。間近にある高畠の横顔を、昭洋は漫然と眺める。
 高畠は、三十八歳という若さで次長にまで上り詰めた男だ。フットワークの軽さから営業出身だと思われがちだが、財務を専門に歩んできた。切れ者で、数年前の第二秘書課の設立にも一枚噛んでいると言われている。実際その通りだろうと、ある意味高畠をよく知っているといえる昭洋は思っている。
 長身のすらりとした体つきに、精悍で整った容貌の持ち主。そのうえ二回の離婚歴があって現在は独身とくれば、女性が放っておくはずがない。非常にもてる男だ。ただし、冗談もよく口にして人当たりがよいのに、浮いた話はまったくない。
 見た目は好印象を絵に描いたような男だが、内面はカミソリのように切れすぎる。そうでなければ、派閥争いが激化しているこの会社内で、専務派として自分の地位をしっかり確保できるはずがない。
「――そんなにうっとりと見蕩れるほど、わたしはいい男か?」
 ふいに人を食ったようなことを言われ、昭洋は我に返る。高畠がこちらを見て、ニヤニヤと笑っていた。見た目は上等な男なので、あまり下品な笑い方はしないようにと、それとなく忠告はしているのだが、あまり聞いていないようだ。
 すっと視線を逸らした昭洋は、何事もなかったように再びカップに口をつける。
「何か用ですか? あまりこの部屋には近寄らないようにと、専務たちから釘を刺されていると聞きましたけど」
「避難してきた」
 高畠はカップを片手に、唯一ある小さな窓に近寄り、ブラインドを上げる。外は強烈な夏の陽射しが降り注いでいるが、あいにくこの部屋の窓から差し込んでくることはない。資料室ということで、一番日当たりの悪い場所をあてがわれているのだ。
「相変わらず、日当たりが悪い部屋だ。こんな部屋にずっといるから、お前は夏でも肌が真っ白なままなんだ。……部屋を改装をするか。もっと窓を大きくするとか」
 高畠はよく、こんな子供のような無茶を言う。昭洋は素っ気なく応じた。
「太陽は苦手なんで、このままでけっこうです。それに――いつまでもこの仕事を続けるつもりはありませんから、相談するなら、ぼくの次の人にお願いします」
 はっきりとした昭洋の物言いに、窓の外に視線を向けていた高畠が楽しそうに笑う。さらりと返された。
「どうかな。わたしは仕事にかこつけて、お前をここに閉じ込めていたいのかもな」
 昭洋は高畠の際どい言葉を無視する。高畠は肩をすくめ、あっさりと話題を変えた。
「今日は、人事や企画部が大忙しだぞ」
「……何かあるんですか?」
「会社説明会。学生たちが一階でウロウロしていた。俺に説明会で何か話をしてくれと、企画の人間が急に言い出したんだ。だから避難だ。面倒だしな」
「でも――」
 三年前、学生だった昭洋がこの会社の説明会に参加したときは、当事財務部の部長だった高畠が巧みな話術で会社のことについて説明してくれた。
「あのときは、退屈だったからな」
 様になる仕種で窓にもたれた高畠は、まっすぐ昭洋を見つめてくる。昭洋が何を思い出していたか察したらしい。
「お前と初めて会って会話を交わしたのも、説明会だったな。一目見て、おもしろい奴がいると感じた。学生らしくない落ち着きぶりで、ひんやりとした温感というものを持ってた。この世の中に、執着するものなんてないって感じで。話してみると、もっと冷めてた」
 説明会が終わってから、後日、昭洋の元には高畠本人から連絡が入り、二人で食事をとったのだ。そのとき高畠に不躾なぐらい生い立ちや家庭のことを聞かれ、渋々話したことも思い出す。
 昭洋の生い立ちを聞くと、誰もが同情の言葉を口にするか、気の毒そうな眼差しを向けてくるのに、高畠は涼しげに笑って言った。
『スリリングな人生だな。退屈しないだろ?』
 高畠を、嫌な男だとあのときは思った。今は――よくわからない。
「――わたしは、お前をスカウトしたんだ。共犯者としてな。身寄りがなく、口が堅くて欲のない人間というのは、共犯者としては最高だ」
 ひどいことを言われているという気はしなかった。事実、昭洋は自分をそういう人間だと思っている。
「……あなたを見ていると、最悪な人間というのはどういうものか、よくわかりますよ」
「そういうところもいい。わたしに面と向かってそんなことを言えるのは、お前だけだ。下手に偉くなると、必要になるんだ。お前は大した人間じゃない、と冷めた口調で言ってくれる奴が」
 昭洋は、自分は人間として欠陥品だと自覚があるが、高畠も同じ種類の人間だ。自分のことが、嫌になるほどよくわかっている人間だった。だからこそ、自分をどこまでも客観的に見てしまい、好きになれない。
 自分を好きになれない人間は、自分を決して大事にはしない。
 軽く眉をひそめてから、昭洋はカップを置いて仕事を再開する。少しの間、昭洋の横顔を見ている様子だった高畠に、急に呼ばれた。
「塚本」
 昭洋はピクリと肩を震わせる。
「このあと昼食につき合え。二課の連中数人を連れて行く約束をしているんだ。お前も来い」
「……ぼくは遠慮しておきます」
「ダメだ。夏は始まったばかりだっていうのに、もうお前、暑気あたりじゃないのか。ただでさえ細いのに、さらに痩せたぞ」
 事実なので反論できず、仕方なく昭洋は承諾する。
 ここで満足した高畠は部屋を出て行くかと思われたが、違った。
 空いているデスクの上にカップを置いた高畠が、静かな足取りで昭洋の背後に立つ。何かを意識してしまい、スーツの下で体を強張らせる。すると、肩に高畠の手がかかり、ゆっくりと移動する。
 首筋をてのひらで撫でられ、肌がざわめき始める。その手がさらに動き、あごの下を、猫にするようにくすぐられる。
「――高畠次長、やめてください」
 頭上から、甘く穏やかな、それでいて残酷な響きを帯びた高畠の声が降ってきた。
「お前を手放す気はない。……お前は、わたしたちのことを知りすぎたんだ。一人で逃げ出すなんて、許すと思うか?」
 昭洋は表情を変えずに高畠の言葉を聞く。一方で、胃の痛みは激しくなった気がする。
「わたしを裏切るなよ。これまでだって、お前は従順にやってきた。だからわたしは、悪いようにはしなかっただろ? 同期の誰よりも恵まれた環境にいると、自分でもわかってるはずだ。それは、わたしを裏切らないことに対する報酬だ」
 それに――と言葉が続けられそうになる。何を言われるのか予測がついた昭洋は、容赦なく高畠の手を鋭く払いのけた。一瞬、室内に沈黙が下りたが、すぐに高畠のくっくという笑い声が響く。
「……そうだ。わたしは、お前のそんなところも買っている。ときどき牙を剥くところをな」
 タイミングよく携帯電話が鳴り、再び窓際に寄った高畠が電話に出る。昭洋は何事もなかったようにキーを叩く。ただし、鼓動はわずかに速くなっていた。
 短く言葉を発した高畠が部屋を出て行こうとする。そのとき、何かを思い出したように振り返り、しっかりと釘を刺された。
「いいか。一緒に昼食を食うんだぞ。あとで連絡する」
「……はい」
 昭洋の返事に満足げに頷いて、高畠の姿はドアの向こうに消えた。


 高畠に騙された――。
 苦い思いを呑み込み、昭洋は目の前に並べられていく料理の数々を、半ば感嘆して眺める。そんな昭洋の周囲では、遠慮なく歓声が上がっている。第二秘書課の同僚たち五人で、全員、昭洋にとっては先輩にあたる。
 昭洋たちが今いるのは、高畠が気に入っているという割烹料理屋だ。しかし当の高畠はいない。だから騙されたと思ったのだ。
 今同席している先輩社員たちに、少し早い昼休みを強引に取らされ、わけもわからないまま車に乗せられたのだ。事情を聞くと、高畠は急用が入って会社を動けず、こうして第二秘書課のメンバーのみで、昼の食事会が催されることになったのだという。食事代はもちろん、高畠持ちだ。
「あー、高畠次長に目をかけられる第二秘書課でよかったと思うのは、こういうときなのよね」
 女性社員の言葉に、一同は揃って頷く。
 ようやく料理が並べ終わり、通された座敷には二課の面々のみとなる。さっそくそれぞれが料理に箸をつけ始めた。
 こんなに食べられないと思いながらも、昭洋も箸を手にする。おとなしく、余計なことを言わない昭洋を放って、先輩社員たちは食事をしつつもよく話す。
「まあ、第二秘書課っていうのは、うちの会社の調査室と同じ、業務内容に機密が多い側面があるからな。何かと接触を持って、漏洩に神経使ってるんだろ。それに高畠次長が、専務たちに働きかけて作らせた課だから、責任問題もあるんじゃないか」
 やはりそうなのだ。昭洋は内心でようやく確信する。
「カッコイー。機密だって」
「まあ、委員会のメンバーと顔を合わせるのなんて、重役か、わたしたちぐらいですものね」
 長い髪をしっかり一つにまとめ、食べる気満々であるベテラン女性秘書の言葉に、男性社員がすぐに乗る。
「元々、委員会の面々の面倒なんて、関係部署が適当に見てたんだよ。単なるお飾りみたいなものだから。それが、数年前から様子が変わって、委員会のメンバーが刷新された。これがまた、すごいメンバーだろ? 高畠次長や専務たちがどんなコネを使ったのかって、一時期話題になってた」
「決裁下した社長も、実は委員会の内情をよく知らされてないらしいんですよね。委員会のことは専務たちが、社長や会長にも触れさせないって、わたし聞きましたけど」
「ただでさえぎこちなかった社内の二大派閥が、委員会のことで亀裂が決定的になったってわけだ。おかげで俺たちは、社長側につく重役たちには受けが悪いけどな」
 昭洋より二年先輩の女性社員が大げさに顔をしかめて頷く。
「わたしたちに言われても困るんですよね。普通に入社して、希望を出したわけでもないのに二課に配属されたわけですから」
 ねえ? と急に同意を求められ、先輩社員たちの話を複雑な心境で聞いていた昭洋は驚きながらも返事をする。
「……ええ」
 女性社員に笑いながら肩を叩かれた。
「塚本くん、本当に話聞いてた? 相変わらず君っておとなしいよね」
「違うな。他の連中がしゃべりすぎるんだ」
 ここで派手な笑い声が起こる。
 第二秘書課の社員たちは、重役たちからよくも悪くも異端視されているせいか、他の課に比べて結束力が固い。その中にあって、昭洋の存在はさらに異端だろう。
「だけど、高畠次長は精力的だよな。あれだけの数の委員会を取り仕切ってるんだから。どの委員も、高畠次長のことを買ってるし」
「四十歳には、確実に、最年少専務の誕生でしょうね」
 高畠が、第二秘書課を利用して何をやっているか知っている人間は、おそらくこの場には昭洋しかいない。そのことに優越感を覚えるはずもなく、ただ重苦しい感情だけが胸に広がる。
「ほら、塚本くん、しっかり食べなさいよ。高畠次長に頼まれてるんだからね」
 昭洋は箸を止めて首を傾げる。
「何をですか?」
「夏バテ気味だから、しっかり栄養をつけさせてやってくれって」
「おっ、大事にされてるな、塚本」
 冗談交じりの言葉に、昭洋は苦笑で返す。
 自分が大事にされている理由は、高畠の共犯者だからと言ったら、この明るい先輩社員たちはどんな反応を示すだろうかと、できるはずもないのだがふと思う。
 最近の生活に限界を感じ始めつつある昭洋の中には、わずかな破壊衝動が息づいていた。




「――お前本当に、痩せたぞ」
 ベッドにうつぶせになった昭洋の背に、飽きることなくキスを落とす人物が囁く。
「抱いている間、お前を押し潰すんじゃないかと不安になる。……たまには、そういう加虐的な気分になるのもいいが」
 話しながら唇が背骨のラインに這わされ、腰から下を覆っていたシーツを剥ぎ取られる。
 昭洋はクッションに片頬を押し付けたまま目を閉じていたが、汗で濡れたうなじを丹念に愛撫されるようになると、反応しないわけにはいかない。
「だが、肌が白いままなのはいい。自分がつけた跡を見るのは、ゾクゾクする。お前はわたしのものだと、実感できる」
 ここで昭洋は体を仰向けにされ、ムダなく引き締まった体にのしかかられる。
「……ぼくは、あなたのものになった覚えはありません。高畠次長」
 さきほどまで上げさせられた嬌声のせいで、昭洋の声はわずかに掠れている。
 すでに冷めている昭洋の顔を覗き込んで、高畠は微苦笑を浮かべた。
「役職をつけるな。冷めるだろ」
「冷めてもらったほうが、ぼくは助かります」
 汗で額に張り付いた髪を指先で一筋ずつ除けられ、額に唇を押し当てられた。
「さっきの言葉だが、体は好きにさせるが、気持ちはそうもいかない、か?」
 昭洋は答えず、ふいっと顔を背ける。しかしそれを許さないように高畠の唇が追いすがってきて、あごを掴み上げられた昭洋は唇を塞がれる。一度は鎮まったはずの体の熱が再燃し始め、小さく身震いする。
 シーツの上に投げ出していた両手を、高畠の肩にかける。気持ちはともかく、欲情は確かにある。高畠と体を重ねる度に、自分は空っぽの人間ではないのだと教えられているようだ。
 不純だが、生きている証として、この行為が必要なのかもしれない。
 高畠に足を開かされ、そこに逞しい腰が割り込まされてくる。あえて高畠はそうしているように、普段にはない荒々しい手つきで腿から腰を、そして胸元をまさぐられる。
 指の腹で胸の突起を押し潰され、かと思えば摘まみ上げられて引っ張られる。昭洋は息遣いを弾ませ、高畠が唇に淡い笑みを浮かべる。
 唇を塞がれ、一瞬抗ったあとに、受け入れる。差し込まれた高畠の舌を、ゆっくりと吸っていた。すぐに今度は昭洋の舌が吸われ、たっぷり絡め合う。
 首筋に唇を這わされながら高畠に言われた。
「昭洋、お前は普段、どれだけ冷めていてもいい。こうしてわたしが抱くときだけ、熱くなってくれたら。……わたしが見つけて、快感を教え込んだ体だ。誰にも触らせるな」
 自分の独占欲を刻み付けるように、熟した胸の突起に爪が立てられ、掻かれる。甘い痛みが昭洋の中を駆け抜け、思わずのけ反っていた。誘われたように高畠の口腔に突起を含まれる。
「んあっ」
 堪え切れず声が洩れる。舌で執拗に突起を嬲られ、激しく吸い立てられる。一方で片手は両足の間に差し込まれ、まだ反応を示していない昭洋のものはてのひらに包まれる。
「あっ、あっ……」
 思わず腰をくねらせて逃れようとしたが、しっかりと高畠に弱みを握られる。
 再び駆り立てられるように乱れていきながら、昭洋の頭の中では、こんな自分を冷静に見つめる意識がある。
 どうして高畠とこんな関係になり、断ち切れないのかと、答えの出ることのない自問を繰り返す。
 高畠と初めて体の関係を持ったのは、昭洋が会社に入社してまもなくのことだ。昨日、資料室で話していたように、会社説明会が終わったあと高畠から連絡が入り、食事を共にした。その後も何度か誘いがあったが、高畠の不躾な言動が忘れられず、ずっと断っていた。
 しかし、学生の立場ではそれが許されたとしても、社員となるとそうもいかなくなった。仮にも、上司からの誘いだ。
 渋々ながら出かけた食事の席で、昭洋は高畠に言われたのだ。『わたしに協力してほしい』と。
 あのとき、胸の奥がじんわりと熱くなったのを覚えている。自分が必要とされていることに、昭洋はささやかながら喜びを覚えたのだ。
 そして任されたのが、表にできない仕事だったというのは、皮肉としか言いようがない。
 昭洋は仕事の内容を理解したとき、普通の社員として、普通の仕事がやりたいと訴えた。そんな昭洋を、落ち着いて話をしようと高畠はホテルの一室に呼び出し、強引に体の関係を持った。高畠は昭洋が裏切らないよう、昭洋に見合った予防線を張ったのだ。
 昭洋が誰とも経験がないと知り、あとで高畠が深々と頭を下げて謝ったのは、今となると笑える話だ。
 以来、なし崩しに体の関係は続いている。一度高畠に屈服させられると、特に嫌悪感を抱いたわけでもないので断る理由がないし、自分の体が欲情して熱くなる反応は、昭洋にはひどく興味深かった。
 それに、自分に対して感情的になる高畠を感じるのは、妙に心地いい。
「――何を考えている」
 ふいに高畠の厳しい声が降ってくる。顔を横に向けて、敏感なものを擦り上げられる快感に耐えていた昭洋は、夢から覚めたような状態で高畠を見上げる。
「……何も」
 軽くため息を吐いた高畠に唇を塞がれる。ゆっくりと身を起こしていたものから手が離れ、高畠の指先がさらに奥へと忍び込んでくる。さきほど高畠を受け入れたばかりで、散らされた花のように綻んで熱くなっている内奥の入り口をまさぐられ、昭洋は高畠の体の下で身じろぐ。
「あっ、やぁっ」
 いきなり二本の指を揃えて挿入され、内奥を掻き回される。高畠は一度は昭洋の中で達したが、ゴムをつけていたので溢れ出すものはない。それでも、力強いもので擦り上げられた襞は充血し、ひどく脆く感じやすくなっている。
 内奥を挫かれて鼻にかかった嗚咽が洩れる。内奥を弄られながら、再び突起を口腔に含まれると、たまらず昭洋は高畠の乱れた髪に指を差し込み、掻き乱す。
「よく締まってる。昭洋、お前の中が……」
 痛いほど突起を吸い上げられてから、慰めるように舌先で弄られる。内奥では巧みに指が蠢かされて、円を描くように動かされたかと思うと激しく大胆に出し入れされる。かと思えば、小刻みに出し入れされて襞を擦られる。
「あっ、あっ、んくうっ」
 唇に軽くキスされてから、内奥から惜しむように指が引き抜かれる。両足を抱え直され、高畠の熱いものが喘ぐ内奥の入り口に擦りつけられた。
「――……待って、くださ……。高畠さん、つけてください」
 昭洋は弱々しく抗うが、高畠の精悍な顔が鋭く引き締まり、次の瞬間には内奥に高畠の逞しいものを少しずつ含まされていく。
「あっ、嫌だっ、高畠さんっ……」
「あとで、わたしが洗ってやる」
 その言葉と共に、一気に昭洋は貫かれ、背を弓なりに反らす。しっかりと熱いものを昭洋の内奥に埋め込んだ高畠が、深い吐息を洩らす。
 昭洋は両手首をベッドに押さえつけられて、繋がった部分を揺すられ攻め立てられる。内奥に生まれる耐え難い愉悦に、昭洋は首を左右に振って煩悶する。
「嫌というわりには、興奮したようにひくついて締め付けてくるぞ。わたしのものを」
 間近にある高畠の顔を睨みつけた昭洋だが、優しく笑いかけられて毒気を抜かれる。突き上げられながら甘く囁かれた。
「そうだ。そうやってわたしに感情的な部分を見せろ。今、お前を受け止めてやれるのは、お前の同期の男ではなく、わたしだけだ。だからもっと、お前という人間を見せろ」
 内奥の最奥を強く突き上げられて、甲高い声で鳴かされた昭洋は、手首が解放されるとすぐに、高畠の背にしがみつく。体の奥が爛れていくような快感が溢れ出してくる。
 動き続ける高畠が上半身を起こし、昭洋はしっかりと両足を折り曲げられて胸に押し付けられる。果敢に内奥を擦られ突かれながら、あっという間に身を起こし、先端から透明な涙を滴らせているものを掴まれる。律動に合わせて上下に扱かれた。
「んあっ、くうっ、くうっ、くう――……ん」
 意識が舞い上がり、一気に上り詰める。
 高畠の手の中に絶頂の証を迸らせていた。しかし高畠は休むことを許してくれず、なお昭洋を駆り立てる。
「も、お……、高畠さん、ダメっ……」
 昭洋は喉をのけ反らせて熱い吐息をこぼす。
 内奥の深いところで高畠のものが爆ぜ、ドクッ、ドクッと力強く脈打つ。熱い液体を注ぎ込まれる感触に、昭洋はおぞましさと同時に抗いきれない愉悦を感じる。
 高畠にきつく抱き締められながら昭洋は、誰かにこの状況から助け出してほしいと願う。
 もう自分の意思でなんとかするには、あまりに高畠に深入りしすぎた。高畠も同じだ。昭洋が逃げ出せば、高畠はなんとしても捕まえようとするだろう。ただの部下を相手に。
 きつく抱き締めてくる高畠の腕の力強さから、そんなことを推測するのはたやすい。
 今の高畠の存在は、昭洋を閉じ込める檻そのものだ。
 誰か――。昭洋は声に出すことなく唇を動かし、身じろいで高畠の腕の中から逃れようとした。






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