シャツの下に槙瀬の片手が入り込み、素肌を撫でられる。この瞬間、昭洋の体を駆け抜けたのは、誤魔化しようのない悪寒だ
った。
思わず顔を背けると、昭洋が着ているシャツのボタンを丁寧に外して胸元をはだけさせた槙瀬が、低い声で告げた。
「……鳥肌が立っている。本当は嫌なんだろう。気持ちで突っ走っても、お前の体が、嫌だと悲鳴を上げているんだ」
「うる、さい……。ぼくは、あなたと繋がりたいんだ。血の繋がり程度のもの、槙瀬さんには価値がないんだろう? だからぼ
くを捨てて、大人になるまで目の前にも現れなかった。だったら、別の方法で繋がるしかないじゃないか……」
「昭洋――」
昭洋は涙で濡れた目で槙瀬を睨みつけると、首に両腕を回して頭を引き寄せる。強引に唇を塞ぎ、槙瀬の口腔に舌を差し
込んだ。同時に、槙瀬が着ているトレーナーをたくし上げ、今度は昭洋が、槙瀬の素肌に手を這わせる。
見た目はそんな
に逞しい印象はないが、昭洋が唯一知っている高畠よりも、さらに筋肉質で硬い体だと思った。
槙瀬の体つきを覚え
るように、昭洋は半ば無心で、槙瀬の背に何度も手のひらを這わせる。
おそらくこの時間は、昭洋にとっても槙瀬にとっ
ても、拷問のような時間だったと思う。やめたくてもやめられない、そんな切迫したものがあるからこそ、キスも、素肌に触れ
る行為も続けていられる。
「――やめたら、本当に死ぬから」
ようやく唇を離したとき、昭洋は小さく囁く。槙瀬は
表情を変えないまま昭洋の前髪を掻き上げ、額に唇を押し当ててきた。このとき、覚悟を決めたのかもしれない。
「あっ…
…」
前をはだけさせたシャツを脱がされながら、首筋に唇が這わされる。ゾクリと背筋に走った感覚は悪寒ではなく、覚
えのある肉の疼きだった。
「槙瀬さんも、脱いで、ください」
言いながら昭洋がトレーナーを引っ張ると、一度体を
起こした槙瀬がトレーナーを脱ぎ捨てる。微かな煙草の匂いとともに鼻先を掠めたのは、槙瀬自身が放つ男の匂いだった。
昭洋は両腕を伸ばし、再び重なってきた槙瀬の厚みのある体を受け止める。
いきなり痛いほど首筋の肌を強く吸い上げ
られ、濡れた舌が這わされる。一方で片手が胸元を這い、反応を促すようにささやかな突起を刺激されていた。
耳の輪郭
を唇でなぞられ、その唇の動きを追いかけて槙瀬のほうを見ると、目が合う。あえてそうしているのか、槙瀬はもう苦しげな表
情を浮かべてはいなかった。浮かべることで、昭洋がさらに苦しむとわかったのかもしれない。
唇に軽くキスを落とされ
てから、槙瀬が胸元に顔を伏せる。胸の中央に唇が押し当てられ、目を細めた昭洋は、愛撫を求める場所に自ら槙瀬の頭を引き
寄せた。
さきほどから丁寧に刺激された昭洋の胸の突起は、今はもう十分に硬く凝っている。そっと唇に挟まれただけで、
痺れるような心地よさが胸元に広がった。
「んっ」
小さく声を洩らした昭洋は、ぎゅっと槙瀬にしがみつく。濡れた
感触に優しく突起をくすぐられたかと思うと、前触れもなくきつく吸い上げられる。もう片方の突起には指がかかり、押し潰す
ように手荒な愛撫を加えられる。
高畠の愛撫とは違う、知らない男の指と唇と舌だった。これらの持ち主は、自分と血の
繋がった父親なのだとふいに現実に戻りそうになったが、昭洋は懸命に頭から追い払い、自らの欲望を駆り立てるようなことを
口走る。
「いままで知らなかったような、感じて、いやらしくて、恥ずかしくて、獣じみたことをしてほしい……。これが、
槙瀬さんとのセックスだって認識できるような、そんな――」
ズボンと下着に手がかかり、グイッと引き下ろされる。一
瞬、逃げ出したくなったが、昭洋は奥歯を噛み締めて耐えた。
槙瀬に対する愛憎が、昭洋をこのときだけはしたたかにし
てくれる。
何も身につけていない姿となり、胸元に再び槙瀬の唇と舌を這わされながら、両足の間にあるものを、ごつご
つとした感触のてのひらに包み込まれた。
「あっ、う……」
膝に片手がかかり、促されるまま足を開く。そこに槙瀬
の腰が割り込んできて、さらに足を大きく開くことになる。
ひどく被虐的な気持ちになりながら昭洋は、ゆっくりと顔を
背け、与えられる愛撫の感触に集中することにする。
敏感なものをてのひらで擦り上げられているというのに、快感はす
ぐにはやってこなかった。ただ違和感がまとわりつき、下手をすると、必死に抑えつけている嫌悪感が湧き起こりそうになる。
重苦しい沈黙と空気に耐え切れず、昭洋は両腕を伸ばして槙瀬にしがみつく。顔を上げた槙瀬と、吸い寄せられたように
唇を啄ばみ合い、舌を絡め合う。
槙瀬の唇が喉元から胸元、腹部へと移動し、合間に両膝を掴まれて抱えられ、これ以上
なく左右に大きく開かれる。
下腹部に唇が押し当てられたとき、まさかと思って昭洋は声を上げる。
「槙瀬さんっ…
…」
まだまったく反応していなかった昭洋のものは、いきなり槙瀬の口腔に含まれた。焼けるように熱く湿った感触に包
み込まれたかと思うと、きつく締め付けられながら吸引される。
腰の辺りに熱い疼きが生まれ、触手を伸ばすようにじわ
じわと範囲を広げていく。さすがにこの感触には抗えなかった。
「んあっ……、あっ、あうぅっ――」
昭洋は背をし
ならせ、腰を震わせる。感じやすい先端に舌を這わされると、小さな悲鳴を上げずにはいられなかった。
淫靡な濡れた音
を立てながら、槙瀬の口腔から出し入れされるたびに、昭洋のものは否応なく反応していき、しなり始める。すると、性急に昭
洋を高めようとしているのか、柔らかな膨らみすらも暴くように槙瀬の指に揉みしだかれる。
快感と羞恥と、よくわから
ない屈辱感に、昭洋の下肢は力を失っていた。槙瀬に感覚のすべてをコントロールされる。
括れを舌先で攻め立てられ、
たまらず昭洋は片手を伸ばして槙瀬の頭にかける。昭洋の無言の求めに応じて、先端からこぼれ落ちようとする透明な涙が吸い
取られ、震えるものはそのまま口腔深くに呑み込まれた。
「あっ、あっ、熱、い、槙瀬さんの舌……」
槙瀬はどんな
気持ちなのだろうかと、大きく仰け反り、堪えきれない悦びの声を溢れさせながら、昭洋は頭の片隅で考える。どんなに快感を
与えられようが、思考には熱くなりきれない部分があり、その部分が絶えず、槙瀬は自分の父親なのだとシグナルを発し続けて
いた。
こんな動物以下の行為をしてまでも、息子をこの世に繋ぎ止めたいのだろうか――。
胸を突き破りそうな空
しさと切なさが込み上げてきて、昭洋はきつく唇を噛む。むしょうに声を上げて泣きたくなったが、気配を察したように槙瀬が
顔を上げたので、表情を見られたくなくて肩に額を擦りつける。
槙瀬の指に迷いはなかった。秘裂の間をまさぐられ、唯
一繋がれる部分を揉むように刺激されながら、解されていく。
屈辱と羞恥と、異物感とおぞましさから、最初は声を堪え
ていた昭洋だが、再び槙瀬の口腔に高ぶったまま震えるものを含まれ、吸引されると、喉の奥から呻き声を洩らしていた。同時
に、指が内奥に挿入される。
自分とよく似た指が、どんな場所で蠢いているのかと思うと、被虐的で倒錯的な愉悦を引き
ずり出されていた。
嫌悪感のあまり制止したいのに、そうできない感情が存在している。槙瀬をこれ以上なく傷つけたい
という復讐心と、純粋な恋しさだ。
先端をきつく吸い上げられ、溢れ出す透明な涙を啜られながら、内奥から指が出し入
れされる。ときおり唾液で湿らされながら、昭洋の内奥は潤み、ひくつき、懸命に槙瀬の指を締め付けていた。
「んあぁっ、
はあっ、あ、うぅっ――……」
指の数が増やされ、強く内奥を刺激される。顔を上げた槙瀬の見ている前で昭洋は絶頂を
迎え、迸らせた快感の証を下腹部に振り撒いた。
自分から求めておきながら、あまりの羞恥で全身が燃えそうに熱くなる。
このまま何も考えられなくなるよう、いっそ蒸発して消えてしまいたいぐらいだ。
しかし、涙で目を濡らしながらも昭洋
は、きつい眼差しを槙瀬に向ける。
「……まだ、だから」
「わかっている」
槙瀬の体が重なってきて、首筋に唇
が這わされる。槙瀬の背に両腕を回して昭洋は軽く目を閉じた。昭洋だけではなく、槙瀬の体も熱くなり、汗ばんでいた。その
生々しい感触に官能を刺激され、胸の奥がズキリと疼く。
この男と早く繋がりたいと、本能が強く訴える。
「ふっ…
…、んあっ」
胸元に情熱的とすらいえる愛撫を受けながら、再び内奥に指を挿入される。付け根まで収まった指が掻くよ
うな動きを始め、それでなくても脆く感じやすくなっている内奥の襞と粘膜が歓喜する。
引き絞るように槙瀬の指を締め
付け、昭洋は上体をしならせる。そんな昭洋にさらに快感を注ぎ込むように、硬く尖ったままの胸の突起を槙瀬の唇に捉えられ
た。
「んっ、くうっ……ん、あっ、い、ぃ……」
指でさんざん内奥を暴かれ、掻き回されてから、ゆっくりと引き抜
かれる。しかしそのことに意識が回らないうちに、槙瀬に唇を塞がれ、今度は強靭な舌で口腔を犯されていた。
禁忌のキ
スは、たまらなく感じる。流し込まれる唾液すら媚薬めいた威力を持つ。
「はあ、はあ……、もっと、槙瀬さん――」
唇が離されそうになり、昭洋は柔らかく槙瀬の唇に歯を立てる。こんな媚態は、高畠にも見せたことはなかった。槙瀬だから
――同じ場所に堕ちる男だから、いくらでも見せられる。
獣じみた激しいキスを貪り合いながら、互いの欲望をなりふり
構わずに駆り立てていた。
槙瀬に片足を抱え上げられ、指で綻ばされた場所に熱く硬い感触が押し当てられる。充溢した
欲望の感触だった。
槙瀬が反応してくれといるという悦びに、昭洋は小さく身震いする。人としての大事な一線を超えよ
うとしている状況に何かが確実に壊れるのだとしても、同時に、何かが生まれるのだと、自分たちの肉体の反応から感じる。もしかすると、新たな繋がりと呼べるものかもしれない。
昭洋のその場所の繊細さを確かめるように、槙瀬のものが擦りつけられ、ゆっくりと浅く押し入ってくる。開かれる瞬間、肉の
疼きが昭洋の背筋をじわじわと駆け上がってきたが、波が引くように消えてしまう。槙瀬が一旦体を引こうとしたのだ。
槙瀬の中にどれだけ深く重い葛藤があるのか、昭洋には想像もつかない。昭洋自身は、復讐心と恋しさで、最後の判断を槙瀬に
委ねてしまった。罪悪感が槙瀬に痛みを与えるとわかっているからこそだ。
昭洋は、槙瀬の背に両腕を回してしがみつき
ながら、濡れた目で見据える。
「――早く、繋がりたい……」
掠れた声で囁き、槙瀬を贖罪へと駆り立てる。
一瞬苦しげな顔をした槙瀬に熱いキスを与えられ、濃厚に舌を絡め合いながら、両足を左右に大きく広げられた。
「んうっ」
再び槙瀬のものが喘ぐ場所へと押し当てられる。今度こそ、槙瀬は腰を進め、昭洋の内奥に慎重に欲望を埋め込んできた。
「あっ……、はぁっ、うっ、んくっ」
呑み込まされるものの逞しさと熱さに、綻ばされたとはいえ狭い内奥は収縮を
繰り返し、侵入者を拒もうとする。槙瀬もそれを感じ取ったらしく、昭洋の髪を撫でてから、首筋に唇を這わせ始める。
絶頂を迎えてまだ力を失っているものがてのひらに包み込まれ、緩やかに扱かれる。胸の突起を痛いほど吸い上げられると、昭
洋は熱い吐息をこぼした。
「い、い……」
汗で濡れた槙瀬の背を悩ましくてのひらで撫でさすると、それが合図のよ
うに内奥への侵入が深くなる。思わず昭洋の腰は揺れていた。誘われたように槙瀬に一度だけ内奥を突き上げられ、腰に重い痺
れが広がる。体が、貫かれることに悦びを覚え始めているのだ。
「も、と……、もっと、ぼくの中に――」
昭洋の求
めに応じて、胸元に丁寧な愛撫を施してから槙瀬が上体を起こし、力強い動きで内奥をこじ開けられる。一気に奥深くまで熱い
欲望が到達した。
下腹部に広がる鈍痛に昭洋は、槙瀬はこれ以上なくしっかりと繋がったのだと知る。生理的な反応から
目から涙が一粒だけこぼれ落ちたが、すかさず槙瀬の指に掬い取られた。気がつけば昭洋のものは、満たされる悦びで再び身を
起こしていた。
両腕を伸ばすと、槙瀬が胸を重ねてきて、当然のように昭洋はしがみつく。高い体温を内と外から感じ、
心地よさに吐息が洩れた。痛みすら、満たされる悦びに変わってしまう。
「すごく、熱い……。それに、ドクッ、ドクッと
脈打っているのがわかる。――父さんのものが」
残酷にこう囁いた瞬間、槙瀬の体が強張る。顔を覗き込まれると、昭洋
は槙瀬の頭を引き寄せ、唇を重ねる。槙瀬の唇が頑なだったのはわずかな間で、すぐに狂おしく互いの唇と舌を貪り合いながら、
深く繋がった部分をもどかしく擦りつけ合う。
昭洋の内奥は、血の繋がった男の欲望を歓喜しながら締め上げ、襞と粘膜
で包み込み、吸い付いていた。昭洋の体の悦びに感化されたように、槙瀬のものはさらに熱く逞しさを増していく。
「んあ
っ、あっ、あぁっ、きて、る……。奥に、父さんが、きてる……」
深い場所で律動を繰り返す槙瀬にきつく抱き締められ
る。昭洋は槙瀬の背に爪を立てながら、律動に合わせて淫らに腰を揺らしていた。体が勝手に快感を追い求めてしまうのだ。
間断なく奥深くを突かれ、ときおり小さく悲鳴を上げては槙瀬にキスをねだる。
皮肉なことに、高畠とは数度目の
交歓でようやく肉の愉悦を覚えた昭洋だが、槙瀬とは、もうすでに肌も体の重みも馴染んでしまい、何より、与えられる快感は、
自分の血肉の一部ではないかと思うほど、不思議な一体感があった。
「父、さん――、気持ちいい……、父さんっ」
惑乱しながら、何度となく槙瀬を、『父さん』と呼ぶ。昭洋のその言葉に駆り立てられるように槙瀬の動きは激しさを増し、ますま
す昭洋は乱れ、槙瀬を呼ぶことになる。
父さん、と呼ぶたびに、槙瀬を傷つけていると思った。だからこそ昭洋は、屈折
した悦びを味わう。自分にしかつけられない、傷だ。槙瀬の心は、ドクドクと血を溢れさせているだろう。昭洋の心は――よく
わからない。
心の痛みを、体の快感にすり替えるのは、意外に簡単かもしれない。
槙瀬の動きが緩やかになり、内
奥深くに押し入っている張り詰めたものがゆっくりと引き抜かれようとする。その行動の意味を理解した昭洋は、槙瀬の腰に両
足を絡めた。
昭洋と体を重ねてからほとんど話さなかった槙瀬が、ようやく口を開く。
「昭洋、離すんだ……。これ
以上はもう――。お前を汚したくない」
「嫌だ」
昭洋は息を詰め、引きとめるように槙瀬のものをきつく締め付ける。
槙瀬が、小さく呻き声を洩らした。
槙瀬の頭を引き寄せると、啄ばむようなキスをしながら昭洋は容赦なく告げる。
「……このままでいることが、あんたの罰だ。あんたは、自分の息子を汚すんだ」
「昭洋……」
もっと奥に欲しいと
囁くと、抗う術を失ったように槙瀬のものは再び内奥深くへと収まり、緩やかな律動を刻み始める。
「ぼくらは、獣以下だ。
許されないことをしているとわかっているのに、それでも体は、こんなに熱くなって、浅ましく快感を貪り合っている。……壊
れてるんだよ。ぼくだけじゃなく、槙瀬さんも」
「――そんなことは、最初からわかっている。息子を捨てたときからな」
槙瀬に荒々しく唇を塞がれ、口腔を舌で犯されながら、内奥では逞しい槙瀬のものを出し入れされ、ときおり最奥を抉ら
れる。
「あうっ」
一声鳴いた昭洋は、槙瀬の腕の中でビクビクと体を震わせる。内奥から強く愛され、槙瀬の下腹部
に擦り上げられて、昭洋のものは二度目の絶頂に達していた。しとどに快感の証を噴き上げ、二人の下腹部を濡らす。
忙
しく喘ぐ昭洋の唇を、容赦なく槙瀬は吸い上げてくる。苦しさにのたうちながらも昭洋は、さらに槙瀬を求めていた。淫らな蠕
動を繰り返す内奥が槙瀬のものをきつく締め付け、最後の瞬間を迎えさせようとする。
「昭洋、本当に――……」
槙
瀬の耳元に顔を寄せ、昭洋はせがんだ。
「中、に……。たくさん、ほしい。槙瀬さん――父さんと繋がった証が。汚すとい
うなら、ぼくの奥深くまで汚して」
大きく槙瀬が動き、いままでになく激しく内奥を擦り上げられる。最奥を乱暴に突き
上げられるたびに甲高い声を上げながら、槙瀬の肩にすがりついた昭洋は体をしならせて乱れていた。
そして、内奥深く
に押し入った槙瀬が、動きを止める。絡み合い、繋がった二人の快感が到達点に達したのだ。
「んっ、んっ、あっ……ん」
体の奥に熱い奔流が生まれ、あっという間に淡い余韻を残して消えていく。だが、昭洋にはそれだけで十分で、満たされ
たという実感が全身に行き渡り、湧き出る官能へと変化する。
槙瀬の腕の中で喘ぎをこぼしながら、荒い息をつく槙瀬と
唇を触れ合わせるだけのキスを何度も交わす。
内奥では、欲望の証を放った余韻で、槙瀬のものが脈打っていた。本当に
繋がり、極め合ったのだという実感が、槙瀬の脈動を感じる昭洋に押し寄せてくる。
互いの呼吸が落ち着いた頃、ふいに
槙瀬の唇が目元に押し当てられた。
「な、に……?」
声を発して初めて昭洋は、自分が自覚もないまま泣いているの
だと知った。熱い涙がとめどなく溢れ出し、小さくしゃくりあげる。
どうして泣いているのか、昭洋自身にもよくわから
なかった。ただ、切り裂かれたように胸が痛み、大事な何かを失ったように心が虚無感に支配される。
もしかすると、も
う二度と手に入らない大事なものを、粉々に砕いてしまった痛みかもしれない。時間をかければ槙瀬と普通の父と子になれたか
もしれないという、最後の希望を――。
どうなってもいいと思っていたはずなのに、今になって痛む心が忌々しかった。
同時に、ひどく悲しい。
昭洋は子供のように声を上げて泣きじゃくり、槙瀬の肩に顔を埋める。昭洋が泣いている理由を
察しているのか、槙瀬は頭を抱き寄せ、何度も髪を撫でてくれる。涙でぐっしょり濡れた顔を上げると、すかさず槙瀬の大きな
てのひらで拭われた。
ふっと一瞬、安堵感を覚える。昭洋は、槙瀬のてのひらに頬をすり寄せてから、のろのろと片手を
動かす。その手を槙瀬に握られ、しっかりと握り合った。
父親としての槙瀬は失ってしまったが、それ以外の部分での―
―昭洋が愛した槙瀬はまだこうして存在している。しかも槙瀬は、もう昭洋から離れられない。残酷な呪縛で縛り付けてしまっ
たのだ。
胸は痛むが、槙瀬と一緒にいるためには、こうするしかない。愛するにしても、憎むにしても。
昭洋がも
う片方の手で槙瀬の頬を撫でると、無言の求めがわかったように槙瀬に唇を塞がれる。緩やかに舌を絡め、吸い合いながら、昭
洋は目を閉じた。
全身で槙瀬を受け止め、これ以上なくぴったりと重なり合っていると、官能が高まるのは簡単だ。まだ
槙瀬とは、深く繋がったままなのだ。
飽きることなくキスを交わし、抱き合い、互いの体をまさぐり合っているうちに、
昭洋は槙瀬の変化を感じて熱い吐息をこぼす。
「――……もっと、欲しい、父さん……」
ゆっくりと槙瀬が動き始め、
背筋を駆け抜けた感覚に声を上げる。
現実に打ちのめされるのを少しでも先延ばししたくて、無理やり欲望を駆り立てる
ようにして、昭洋は快感に溺れた。
病院で処方された薬を呑んだせいで、頭がぼうっとしていた。それに、軽い吐き気がある。ときおり強烈な眠気が押し寄せて
きて、それに流されまいと、昭洋は何度も目を擦る。
昭洋の一連の動作を見ていたのか、槙瀬が傍らに膝をつき、顔を覗
き込んできた。
「薬を呑んだんだから、我慢せずに横になれ」
カップを渡され、ぬるめに淹れられたお茶をゆっくり
と飲む。その間にもまた眠気が押し寄せて、カップを持つ手にも力が入らない。
「……この薬、いつまで経っても慣れない
……」
「だが、よく眠れるだろう。お前がつらそうだから処方してもらった薬だ」
「眠っているぼくは放っておいても
平気だから、槙瀬さんも楽なんだろう」
とうとう手からカップが滑り落ちそうになり、寸前のところで槙瀬に受け止めら
れる。引き寄せられるまま槙瀬の胸に体を預けた。
「大丈夫だよ。……もう、死ぬ気はないから。槙瀬さんが、体を張って
『誠意』を見せてくれているんだから、それに応えないと」
眠気もあって投げ遣りに笑いかけると、槙瀬の大きな手に頭
や頬を撫でられた。この一週間、毎日、昭洋の体に愛撫を与えてくれる手だ――。
昭洋は両腕を槙瀬の背に回し、肩に額
をすり寄せる。
初めて父子で禁忌を犯した翌日、昭洋は槙瀬に連れられて病院で診察を受けた。以来、昭洋は病院で出さ
れた安定剤を呑んで眠り、その間に槙瀬は事務所に出かける生活を送っていた。薬は強力で、眠ったあとも体がだるくて、一日
の大半は布団から起き上がれない状態だ。
効き目がもっと軽い薬を処方してもらうこともできるが、あえて昭洋は呑み続
けていた。自分の精神状態と体のためというより、槙瀬のためだ。昭洋が動き回っていては、槙瀬は仕事にも行けない。
槙瀬を安心させるために、眠りたくもないのに眠っている。ご褒美は、夜、槙瀬と過ごす時間だった。昭洋の体は、槙瀬から与
えられる体温にすっかり慣らされていた。
槙瀬が父親だと知って、その槙瀬と愛憎入り混じる気持ちで体を重ねたあと、
堕ちてしまえばそれで何もかも終わりだと思っていた。だが、薬を呑んで一人で横になっていると、本当にそうなのだろうかと
いう気がしてくる。
絶望に打ちのめされ、何もかもどうなってもいいと思っていた。これ以上の苦しみはないとも。だが、
槙瀬に望まれるまま生き続けるということは、常に自分が犯した罪と向き合うことだ。それは、終わりとは対極にあることだっ
た。終わることなく、ただ続く。
このまま薬を呑み続け、すべての感情を麻痺させて生きていくわけにはいかないのだ。
いつかは、槙瀬の部屋から出て、一人で生活しなくてはならない。
毒々しいほどに槙瀬との生活が甘美な分、それが昭洋
を憂鬱にする。そしてまた、嫌だと思いながらも薬を呑む。
逃げ出したいのに、逃げ出せない――。
昭洋は固く目
を閉じて体を震わせると、槙瀬に強くしがみついた。
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