と束縛と


- 第33話(3) -


 翌朝、和彦の心情としては心ゆくまで惰眠を貪りたいところだったが、神経が高ぶったまま眠りについた弊害か、外が明るくなり始めた頃にはすっかり目が覚めてしまった。
 まだ眠っている賢吾と千尋に恨みがましい視線を向けてから、洗面所でさっさと身支度を整えると、静かに部屋を出る。二度寝するには目が冴えすぎてしまい、だったらせめて、早朝の外の空気をたっぷり吸い込んでおこうと思ったのだ。
 感心なことに、賢吾の部屋の側には長嶺組の組員が待機しており、和彦の姿を見るなり足早に歩み寄ってきた。
「どうかしましたか、先生?」
「目が覚めたから、朝の散歩をしようかと思って」
「でしたら、護衛の者を呼びますから、少しお待ちください」
 そこまでしてもらうようなことではないと、和彦は慌てて制止する。しかし組員の立場としては、和彦を一人で外に出すわけにはいかないだろう。どうしても散歩に行きたくて仕方ない、というわけでもないため、和彦は希望を変えた。
 宿の別フロアにある展望室へと移動し、コーヒーを飲みつつ、海を眺める。散歩に出たところで、昨夜の行為のせいもあって、どうせ宿の周囲を歩くのが精一杯だっただろう。それを思えば、こうしてゆったりと過ごすのも悪くない。当然、この状況にあっても、組員が側に控えているのだが。
 朝刊を読み終えた頃に、朝食の準備ができたと言われ、守光が宿泊しているという部屋に案内される。
 すでに膳が並べられ、守光だけではなく、賢吾と千尋も席についている。長嶺の三世代の男たちが揃っているわけだが、ここに自分が加わることに、いまさらながら和彦は強い違和感を覚える。
「どうした、先生」
 和彦の逡巡を素早く感じ取ったのか、賢吾に声をかけられる。なんでもないと首を横に振り、急いで千尋の隣に座った。
 朝食の席の雰囲気は、和やかの一言だった。
 三世代の男たちが穏やかな表情と口調で、他愛ない世間話をしており、たまに話を振られる和彦も、自然に受け答えることができる。
 こうして見ると、ごくありふれた家族の一場面なのだが――。
 味噌汁の入った椀に口をつけながら、和彦は正直、珍しい場面に遭遇しているという気持ちが心のどこかにあった。三人が一同に会した場面には、これまでも遭遇してはいるのだが、この場所は、長嶺組と総和会のテリトリーではない。そのことが多少なりと関係しているのかもしれない。
「今日、これから向かう宿だったら、もう少しのびのびと寛げるだろう。散歩に出たいと言っても、護衛をつけて歩かなくてもいい程度には。いるのは、身内だけだ。名目はわしの休養ということにしてあるから、不粋な訪問者もいないはずだ」
 今朝の些細な出来事が、さっそく守光の耳に入っていたのかと、和彦はわずかに顔を熱くする。
「そうなんですか……?」
 そう応じながら、さりげなく賢吾を見る。薄い笑みで返された途端、昨夜の自分の行為が蘇り、ますます顔が熱くなった。
「ただ、宿に向かう途中、立ち寄るところがある。身内だけのささやかな恒例行事だ」
 それがなんであるか、その場では誰も教えてくれなかったが、朝食を終え、千尋とともに部屋に戻ると、出るときにはなかった二人分のダークスーツが用意されていた。
「ぼくの分も……」
「〈身内〉の行事だからね。仰々しいものじゃないから、身構えなくても大丈夫だよ」
 そう言われはしたものの、あれこれ推測して考え込む和彦だったが、千尋に急かされ、ダークスーツを取り上げる。
 着替えを済ませてから、宿をチェックアウトして駐車場に向かうと、長嶺組と総和会の関係者たちが揃っていた。引き締まった表情の男たちが、辺りを慎重にうかがっている様子は、普通の神経をしている者なら、まず近寄りたくはないだろう。和彦も、見知った男たちの顔がなければ、同じ心境になっていたはずだ。
 和彦同様、ダークスーツに身を包んだ三田村の姿を見かけ、一瞬胸が甘く疼く。ごく普通のスーツ姿の中嶋と目が合ったときは、つい口元に笑みが浮かんでいた。
 千尋の車に同乗し、さっそく出発となったが、車列に守光が乗る車も加わったことで、警護の厳重さが増し、とてもではないが今回はウィンドーを下ろしたいと言える空気ではない。
 流れる景色をぼんやりと眺めていると、千尋に手を握られる。横目で見ると、澄ました顔で正面を向いている。あえて注意するほどのことでもないので、好きにさせておく。
 程よく冷えた空気と、微かな車の振動、それに、子供を思わせる千尋の熱い手の感触が、和彦の眠気を促す。今朝は強引に起こされたこともあり、強烈な誘惑には抗えない。意識をふっと手放した瞬間に、もう何もわからなくなる。
 おかげで、次に目を開けたとき、すぐには状況が認識できなかったぐらいだ。
 笑っている千尋に間近から顔を覗き込まれ、優しく頬を撫でられる。
「もうすぐ着くよ」
「……どれぐらい眠ってた?」
「一時間も目を閉じてなかった。本当はとっくに着いてるはずなんだけど、渋滞に捕まったからね」
 まだ夢うつつの状態で説明を聞きながら身じろいだ拍子に、千尋の肩に頭をのせていることに気づく。
「すぐに起こしてよかったのに。重かっただろ……」
「先生が疲れてるの、俺とオヤジのせいだから、これぐらい大したことないよ」
 また昨夜の行為が蘇ってしまい、羞恥のため和彦は何も言えない。千尋も刺激されるものがあったのか、和彦の唇を軽く啄ばんできた。
 和彦はシートに座り直し、外の景色に目を向ける。海沿いの道を走っていたはずが、いつの間にか木々が生い茂った風景へと変わっている。和彦ががっかりしたように見えたのか、笑いながら千尋が教えてくれた。
「次の宿も、海のすぐ側なんだ。小さな砂浜があるんだけど、きれいで静かだよ。もちろん、遊泳OK」
「お前は、海で泳ぐのはもちろん、日光に背中を晒すのも厳禁だからな」
「……わかってるよ」
 露骨に千尋が残念そうな声を出すので、条件反射のように和彦はフォローしてしまう。
「散歩ぐらいならつき合うから」
 途端に千尋が目を輝かせ、和彦の手をきつく握り締めてきた。
 千尋が言っていた通り、五分もしないうちに車は駐車場――というより、単なる空き地に入った。車を降りた和彦は周囲を見回して戸惑う。建物らしきものが何も見えなかったからだ。あるのは、木々ばかりだ。森林浴にはうってつけの場所だなと思ったが、もちろんそんなことをするために、男たちもダークスーツに着替えたわけではないだろう。
「――先生」
 賢吾の声に呼ばれて振り返ると、守光と並び立ってこちらを見ていた。守光も痩身をダークスーツで包んでおり、和服姿を見慣れた目には新鮮に映る。
 二人とも黒がよく似合った。禍々しさを感じさせるほどに。
「俺はあの凄みが出せるのに、何年かかるかな」
 和彦の隣で、こそっと千尋が洩らす。
 護衛を含めて、総和会の関係者たちをその場に待機させ、長嶺の男たちは、長嶺組の幹部や組員の一部を引き連れて、先に続く坂道を上がっていく。和彦は、最後尾をついて歩く。守光に合わせてか、一行の歩みはゆっくりとしていた。
 一体にどこに向かっているのかという疑問は、男たちが手にしているものから、すでに氷解している。ダークスーツである理由も、それで納得がいった。
 うだる暑さに和彦がふっと息を吐き出した瞬間、ふいに涼しい風が吹いた。足元に落としていた視線を上げると、こじんまりとした霊園らしきものが視界に飛び込んでくる。人は見当たらず、とにかく静かだ。小高い丘の上にあるため見晴らしがよく、海を見下ろすことができる。
 一行が立ち止まったのは、大きく立派な墓の前だった。男たちは手際よく水や花を供え、線香を立てる。まず守光が手を合わせ、賢吾と千尋が続く。粛々と行われる男たちの合掌を、和彦はただ見守っていた。
『身内だけのささやかな恒例行事』という守光の言葉は、墓石に刻まれた文字を見て理解した。
〈献身に感謝して〉という一文のみで、誰の遺骨が納められているかはわからない。だが、この場にいる男たちには、それで十分なのだろう。厳粛な空気を肌で感じていると、そう思わせるだけの重みがあった。
 組員でもない自分などが手を合わせていいのだろうかと戸惑ったが、三田村に手で示された先で、長嶺の男たちに呼ばれ、おずおずと和彦は歩み出る。
 手を合わせ、ただ一言、こう心の中で呟いた。安らかに、と。


「抗争とか、物騒な事件ばかりじゃないんだ。事故とか病気とか。身寄りのない組員の遺骨を、あそこに納めているんだ。死んだあとは知らないって、薄情だろ?」
 車内で千尋の説明を聞き、和彦はぼんやりと、自分の場合はどうなるのだろうかと考えていた。ずっと先のことかもしれないし、もしかすると明日にでも――。
 自分の死後、どう扱われようがさほど興味はないし、そもそも現実味もないのだが、悲しんでくれる人がいるかどうかは、気がかりだった。
「しんみりしちゃった?」
 髪先に触れてきた千尋に問われ、和彦は曖昧な笑みで返した。
 少し早めの昼食を途中の店で済ませてから、今日宿泊するという宿に到着する。前日の宿とは違い近隣に人家はなく、豊かな自然の中、純和風の落ち着いた佇まいの建物は、場の空気に違和感なく馴染んでいた。守光の保養目的としては、最適な宿のようだ。
 駐車場に停まっているのは長嶺組と総和会の車だけで、警護する者たちにとっても、動きやすい環境かもしれない。
 部屋に案内された和彦はすぐにダークスーツから着替える。楽なポロシャツ姿になって一心地ついていると、隣の部屋で着替えを済ませた千尋が戻ってくる。今日はもう長嶺組の跡目としての仕事はないのか、Tシャツにハーフパンツという、和彦以上にラフな格好となっている。
「先生、砂浜に行こうよ」
「そういえば、散歩すると言ってたな。あまり歩くようなら、ちょっと遠慮したいんだが……」
 ニヤリと笑った千尋が柔らかく陽射しを通す障子を開けると、海が視界に飛び込んでくる。さらに窓を開け放つと、潮の匂いを含んだ爽やかな風が室内に吹き込む。その風に誘われるように和彦は立ち上がり、窓に歩み寄る。意外なほど近くに砂浜があった。
 ここから見ているから一人で行ってこいと言いたかったが、散歩を待ちわびている犬のような眼差しで千尋に見つめられると、車中で約束していたこともあり、頷くしかなかった。
 護衛もついてくるかと思ったが、意外なことに千尋と二人で悠々と宿を出ることができた。その理由は簡単で、宿の外を長嶺組と総和会の人間が見張っており、関係者以外は迂闊に近づくことできないのだ。
「護衛にぴったり張り付かれるより、ずっと気楽じゃない?」
 ビーチサンダルをペタペタと音をさせて歩きながら、こともなげに千尋が言う。
「まあ……。でも大変だな、この暑い中」
「俺とオヤジが動くだけならそうでもないけど、じいちゃんがいるからね。嫌でもピリピリする」
 次の瞬間、千尋が歓声を上げて駆け出す。砂浜に出ると、ビーチサンダルを脱ぎ捨て、さっそく波打ち際に近づいた。
「本当に犬みたいだな……」
 千尋のはしゃぎっぷりについ呟いた和彦だが、無意識のうちに笑みをこぼす。千尋のビーチサンダルを拾い上げて砂の上に腰を下ろす。
 海水に足を浸してご機嫌の千尋を眺めていて、ふと気になって周囲を見回すと、木や岩の陰に身を潜めるようにしてこちらを見ている男たちの姿があった。
「……何が、『俺とオヤジが動くだけならそうでもないけど』だ。十分大変じゃないか」
 おかげで和彦は、とばっちりを受けている。こんな景色も空気もいい場所では、一人でのんびりと歩きたいし、ぼんやりと海も眺めていたいのだ。もっとも、恨み言をこぼしたところでどうにもならないと、身に染みてわかってもいる。
 陽射しが強いせいで、じっと座っていると頭がふらついてくる。たまらず立ち上がった和彦に、千尋が嬉しそうに手招きしてくる。
「先生、冷たくて気持ちいいよっ」
 やれやれとため息をついた和彦は裸足となると、パンツの裾を捲り上げる。千尋に倣って足首辺りまで水に浸しながら、こう言っていた。
「昨日泳いだばかりだから、冷たくて気持ちいいのは知ってるんだけどな……」
「あっ、そういうこと言う?」
 千尋が軽く海面を蹴り上げる。足に水がかかったので、遠慮なく和彦もやり返す。すると千尋が悪戯っぽい表情となったので、嫌な予感がしたのだ。案の定、両手で水をかけられ、ポロシャツまで濡れてしまう。反撃したいところだが、さすがにそれはできなかった。
「ぼくがやり返せないとわかってるだろ……」
「背中に海水がかかると大変なんだよね」
 千尋がこちらに背を向けてきたので、和彦は聞こえよがしに呟いてみた。
「お前が大変なだけで、ぼくは別に痛くも痒くもないんだけどな――」
「わーっ、先生っ、医者のくせに物騒なこと言わないでよっ」
 和彦がニヤリと笑って返すと、誤魔化すように千尋が突然、自分の足元を指さす。
「あっ、先生、小さい魚がいる」
 当然、本気で仕返しをするつもりはなかった和彦は、腰を屈めて水に両腕を突っ込んだ千尋に忠告する。
「獲れるわけないだろ。それより、海に顔を突っ込むなよ」
「そんなことしないけどさ……、あー、やっぱり泳ぎたいな」
「……お前、本当にやめておけよ」
 和彦の言葉が耳に届かなかったのか、千尋は海面を覗き込んだまま返事をしない。さすがに無茶はしないだろうと、和彦が砂浜に引き返そうとした瞬間、思いがけないタイミングで、思いがけない話題を千尋から切り出された。
「――そういえば、オヤジとじいちゃんが話してたんだけど、総和会本部に鷹津が押しかけてきたんだって?」
 数秒の間を置いて、千尋の言葉を理解した和彦は、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさを覚え、顔を強張らせる。別に隠していたことではなく、いつ千尋の耳に入っても不思議ではないことだ。しかし、千尋が――長嶺の男が、なんの意図もなくこのタイミングで切り出すとは思えなかった。
 何より和彦には、鷹津に関して、誰にも言えない後ろめたさがある。
 ぎこちなく息を吐き出し、どうにか動揺を静める。
「押しかけたというより、張り込んでいたところを、見咎められたようだ」
「それって、先生が心配で?」
 そう言った千尋の声には、わずかな嘲笑の響きがあった。子供のような無邪気さを装っていても、こういうところは賢吾や守光にそっくりだと感じる。
「ぼくの姿がマンションや本宅から見えなくなって、様子が気になったみたいだ。一応、ぼくの番犬としてつけられているからな。仕事のつもりだったんだろう」
「すごい勢いで、鷹津と第二遊撃隊隊長の間に割って入ったらしいね。先生、荒事は苦手なのに」
「――……腹が立ったんだ。勝手なことをした鷹津に」
 千尋がようやく顔を上げ、心の奥底まで突き通してくるかのような強い眼差しを向けてきた。
「優しいよね、先生」
 どういう意味なのかと、和彦は首を傾げる。千尋は答えをはぐらかすようににんまりと笑った。
「でもさ、前から気になってるんだけど、先生と鷹津って、会ったらどんなこと話すの?」
 和彦は、これまでの鷹津とのやり取りを思い返してから、顔をしかめた。
「皮肉と嫌味を言い合っている……」
 予想はできたが、千尋は呆れたように和彦を見る。
「そんな奴と会っていて楽しい?」
「仕方ないだろ。あの男の性格は捩くれ曲がってるんだから」
「まあ、鷹津の性格が難ありなのはわかる。俺、あいつ嫌いだし。でも先生は――気が合ってる感じ」
 そんなわけないと答える声は、我ながら不自然なほど硬かった。足元に視線を落とし、揺れる海面を見つめる。千尋に表情を観察されたくなかった。
「先生と鷹津のこと、今は我慢してるけど、もし、あの男のせいで先生が危険に晒されるようなら、俺は自分の意見を、オヤジやじいちゃんにぶつけるし、呑んでもらうから」
 千尋の淡々とした口調から、これ以上ない本気を感じ取る。視線を上げた和彦は、真摯で鋭い眼差しを正面から受け止める。賢吾や守光のように、得体の知れない怪物が潜む目だ。
「……お前が心配するような事態にはならない」
 和彦がやっとそう応じると、千尋は大仰に顔をしかめる。
「自覚のない発言だよ、それ。先生さ、自分がどれだけ男を振り回しているか、そろそろわかってよ。もう、無自覚っていうのが、一番性質が悪い」
「人を散々振り回している内の一人が、ぼくにそれを言うか……」
 千尋の顔に水を散らせる。すかさず両腕が伸び、危うく抱きつかれそうになったので、寸前のところで躱す。めげない千尋が追いすがってくる。
 結局、派手な水飛沫を立てながらの追いかけっことなったが、それも長くは続かない。和彦は濡れるのもかまわず、その場に座り込んでいた。
「先生っ」
 慌てて千尋が駆け寄ってきて、屈んで顔を覗き込んでくる。寸前まで能天気に笑っていたのに、すでに顔色が変わっていた。
「大丈夫? どこか痛めた?」
 和彦は大きく息を吐き出してから、首を横に振る。
「……体力の限界だ。昨夜の〈あれ〉があって、今朝は十分寝られなかったところに、午前中は気を張っていたし。そこに今の追いかけっこで、体力が尽きた」
 なんとか千尋の手を借りて立ち上がると、ふらつく足取りで砂浜へと戻る。二人の様子をしっかりと見ていたらしく、駆けつけた長嶺組の組員が、千尋に代わって支えてくれる。
 歩きながら千尋が、和彦の状態を組員に説明をして、指示を出す。速やかに部屋に連れ戻された和彦は、汚れた足だけを洗って濡れた服を着替えると、敷かれた布団に横になる。
 まだこんなに日が高いうちに、横になるのはもったいないと思いながらも、強烈な眠気には抗えない。なんとか自分の体にタオルケットをかけたところで、和彦は意識を手放した。


 まさに昏々と眠り続けた和彦が目を覚ましたとき、室内は差し込む夕日で赤く染まっていた。体を起こしてぼうっとしていたが、それは長い時間ではなく、すぐに思考は明瞭となる。体には力が満ちているようで、本当に睡眠は大事だと、当然のことを実感する。
 静かに襖が開く気配に振り返ると、千尋が控えめに部屋を覗き込んでおり、和彦が起きていると知ると、嬉しそうに側に寄ってきた。
「起きて大丈夫?」
「ああ、たっぷり寝たから、頭がすっきりした。心配かけたな」
「本当だよ。びっくりした」
 寝乱れた髪を優しい手つきで撫でてきた千尋が、顔を近づけてくる。何事かと思ったときには、唇を軽く塞がれていた。
「先生、お腹空いてない?」
「……空いた」
「今、広間のほうで、みんな集まって宴会してるんだ。さすがに先生にも顔を出せなんて言わないから、ここに晩メシを運ばせようか? 俺、つき合うから」
「何言ってるんだ。長嶺組の跡目を独占するわけにはいかないだろ。ぼくは、一人でゆっくり過ごさせてもらうから、お前は行ってこい」
 一緒にいてほしいという言葉でも期待していたのか、不服そうに唇を尖らせた千尋だが、和彦のほうから唇を吸ってやると、ちらりと笑みをこぼす。
「先生、機嫌よくなったみたい」
「今なら、お前の多少のわがままでも、笑って受け流せそうだ」
「受け止めるんじゃなくて、受け流すんだ……」
 離れがたい様子の千尋だったが、和彦が促すと、渋々といった顔で立ち上がる。
「オヤジたちには伝えておくから、ゆっくり晩メシ食ったら、風呂に入るといいよ。大浴場からだと、もっとよく海が見えるらしいし」
 そう言い置いて千尋が部屋を出て行く。再び一人となった和彦は立ち上がると、窓を開け、海と夕日という贅沢な組み合わせに見入る。そうしていると、千尋が伝えてくれたらしく、食事が運ばれてきた。
 一人での食事というのは久しぶりだった。本部だろうがクリニックだろうが、食事のときには、常に誰かが側にいる状態だ。そのことを疎ましいと感じることはなかったが、たまには完全に一人というのも気楽でいいと、刺身の美味しさに感心しつつ和彦は思う。
 食事を終え、膳を下げてもらってから、テレビのニュース番組を漫然とチェックしていたが、大事なことを思い出し、慌てて浴衣に着替えて大浴場に向かう。部屋に露天風呂は付いているが、こういうときでもなければ広い風呂に入る機会はない。
 予想した通り、和彦以外に人の姿はなく、おかげでゆっくりと、湯と、大浴場の窓からの景色を堪能することができた。堪能しすぎて、危うく湯あたりを起こしそうになったぐらいだ。
 急いで部屋に戻る必要もないため、和彦は大浴場を出たその足で、今度はラウンジに向かう。
 オレンジジュースを飲みながら、体の火照りを冷ます頃には、外はすっかり暗くなっていた。空には星が輝いているが、海には漆黒の闇が広がり、その闇に見入ってしまう。
「――部屋に戻ってこないつもりか、先生」
 背後から声がかかり、和彦はソファから腰を浮かせて振り返る。浴衣姿の賢吾が立っていた。
「その格好……。あんたも風呂に入ったのか」
「部屋の風呂にな」
「宴会は?」
「俺たちがいると気が抜けないだろうから、引き上げてきた」
 傍らに立った賢吾に、まだ湿り気の残った髪を弄ばれる。
「よく昼寝できたようだな。メシもしっかり食ったようだし」
「……昼寝することになったのは、あんたと千尋にも責任があるんだからな。反省してくれ」
「あとでまとめてすることにしよう」
 意味ありげな物言いに、和彦は胡乱な目を向ける。賢吾は薄く笑んで片手を差し出してきた。
「そろそろ、俺の部屋に来ないか?」
 賢吾の言葉で、昨夜の肉欲の残り火がまだ胸の奥でくすぶっているのだと、このとき初めて和彦は気づかされた。うろたえると同時に羞恥し、即座に返事ができない和彦の頬を、賢吾が指先でスッと撫でてくる。
「来い、和彦」
 バリトンを際立たせる低い声で短く命じられると、逆らう術はない。和彦は頷く代わりに賢吾の手を握り締めた。
 賢吾の部屋は、渡り廊下を通った離れの一室だった。護衛は一人もついておらず、それを少し不思議に思いながら、玄関に入る。するとすでに、二組のスリッパが並んでいた。ハッとして賢吾を見ると、頷いて返される。
 察するものがあった和彦は急に引き返したい気持ちになったが、背に賢吾の手がかかると、実行に移すことは不可能だ。顔を強張らせて部屋に入ると、やはり守光と千尋の姿があった。守光はともかく、千尋のいつになく引き締まった表情を目にして、これから何かあるのだと確信する。
 和彦は、すがるように賢吾を見つめる。鷹津の件での後ろめたさもあり、痛めつけられるのではないかと本能的に怯えたのだ。しかし賢吾は、そんな和彦を宥めるように優しく髪を撫でてくる。
「そんなに怖がらなくていい。俺〈たち〉が、先生に手荒なことをするはずがないだろう」
「でも……」
「長嶺の家にとって、大事な儀式だ。俺たちと先生で行う、な」
 それが一体どんな儀式であるか、座っている二人の傍らに敷かれた布団を見れば、予測はつく。
「言葉でいくら、先生は大事で可愛いオンナだと言っても、こちらの気持ちのすべてを伝えきることはできないだろう。言葉は、偽ることもできるし、取り繕うこともできる。だったら、それ以外の方法が必要だ。先生の欲しがるものを与えて、先生が逃げ出せないよう立場や情で雁字搦めにもして……、だが、それでもまだ足りない」
 賢吾の手が肩にかかり、呼応するように千尋が片手を差し出してくる。この場の空気に呑まれてしまった和彦は、何も考えられないままその手を取り、軽く引っ張られてその場に座り込んだ。
「先生は冗談だと思っただろうが、前に、俺の養子になるかと言ったのは、本気だ。――どうやら同じ口説き文句を、別の男も言ったようだが」
 賢吾のやや皮肉交じりの言葉に応じるように、守光が口元に淡い笑みを湛える。
「そういう形式的なことはあとで考えるとして、まずは先生に、自分がどれだけ特別な存在なのか、体で実感してもらわないと」
 いつになく興奮した様子で、両目に強い光を宿した千尋がのっそりと和彦に迫ってくる。反射的に身を引きそうになったが、背後から賢吾に抱き締められて捕われる。
「先生は、俺たちにとって、長嶺組にとって、俺個人としてはあまり嬉しくないが、総和会にとっても特別だ。特別な、大事で可愛いオンナだ。誰も先生の代わりにはならない。先生は無力なんじゃない。優しいから、与えられた力を振るえないだけだ。だがそれすら、俺たちにとっては愛しい」
 耳元で賢吾に囁かれながら、千尋に唇を吸われる。和彦は、賢吾がどうしてこんなことを言うのか、薄々とながら理由が推測できた。もともと賢吾なりに、和彦を気遣ってはいたが、御堂の復帰によって、その気遣いの目的は、より明確なものとなったようだ。
 オンナという〈立場〉ではなく、〈生き方〉として受け入れろと、傲慢な男たちは強引に、しかしそれ以上に淫らに迫ってくる。
「んっ……う」
 千尋にあごを持ち上げられ、唇が一層深く重なる。熱い舌が性急に口腔に押し込まれると、和彦は拒めない。眩暈がするほど間近に千尋の両目があり、覗き込んでいるうちに、狂おしいほどの欲情に呑まれてしまいそうな危惧を覚える。千尋だけではない。視界に入らずとも、自分を見つめる二人の男の眼差しも感じていた。
 怖い、と心の中で洩らしたとき、背後で身じろいだ賢吾の唇がうなじに押し当てられる。同時に、浴衣の帯を解かれていた。浴衣を肩から滑り落とされると、大きく硬いてのひらが胸元に這わされる。左右の胸の突起をまさぐられ、瞬く間に凝る。
 深い口づけを解いた千尋が、賢吾が指先で育てた胸の突起を口腔に含む。一方の賢吾は、和彦のあごを掴み寄せ、荒々しく唇を塞いでくる。二匹の獣に貪られているようだと思っているうちに、こんなときには息の合う父子によって下着まで脱がされていた。まるで昨夜の行為の再現だが、違うのは、この場に守光がいるということだ。
 さすがに羞恥に身を捩ろうとしたとき、視界の隅に入った守光と目が合った。三人での睦み合いを、口元に笑みを湛えて見つめているのだと知り、何より怖いのは、化け狐を背負うこの男なのだと実感する。守光にとっては、千尋だけではなく、賢吾ですら、まだ成長を見守るべき存在なのだ。
「――……狐の目が気になるか?」
 和彦の心の内を読んだように、口づけの合間に賢吾が問いかけてくる。和彦は咄嗟に視線を伏せたが、それが何よりも雄弁な答えとなったらしく、わずかに眉をひそめた賢吾が守光に抗議した。
「先生を怖がらせるようなことをしているのか、オヤジ?」
「さあ、どうだろうな。わしとしては、大事に愛しているつもりだが」
 側に寄ってきた守光の手に、和彦の両足の間をまさぐられ、命じられたわけでもないのに自らおずおずと足を立て、左右に開いていた。まだ反応を示していない欲望を掴まれて、ビクリと腰を震わせる。
「あっ、あぁ……」
 欲望を緩く上下に扱かれて、吐息をこぼす。すると、まるで張り合うように千尋も両足の間に手を伸ばし、柔らかな膨らみを弄ぶように触れてきた。下肢から送り込まれてくる快感に腰を震わせていると、賢吾の指に唇を割り開かれ、口腔に押し込まれる。感じやすい粘膜を擦り上げられ、ゾクゾクするような疼きが背筋を駆け抜けていた。
 ほう、と声を洩らしたのは守光だ。てのひらの中で、和彦の欲望が形を変え始めたのだ。千尋の指の動きも淫らさを増し、的確に弱みを探り当て、刺激してくる。
「ひっ……、あっ、あっ……ん、んんっ」
 賢吾の指に舌をまさぐられて、たまらず和彦はその指を吸う。口腔から指が出し入れされ、その光景に誘われたように千尋が顔を寄せてきて、賢吾の指に代わり、口腔に舌を押し込んできた。
 長嶺の男たちの舌も指も、執拗に和彦の感じやすい部分をまさぐってくる。守光は、熱くなり始めている欲望の先端を繊細な指づかいで擦り、一方の賢吾は、左耳に唇を押し当てたあと、耳の穴に舌先を潜り込ませてきた。
 三者三様の攻めに、男たちの愛撫に慣らされている和彦の体は、瞬く間に蕩けていく。そのため賢吾に、背後から抱えられるようにして膝を掴まれ両足を持ち上げられても、抵抗できなかった。
 秘部と呼べる場所をすべて晒し、そこに守光と千尋の視線が注がれると、身を焼くような羞恥に息も止まりそうになる。
「――昨日、触ってあげたばかりなのに、もうきつく窄まってる」
 そう言って千尋が触れてきたのは、内奥の入り口だった。軽く擦られて、和彦は唇を噛む。
「中身は淫奔だが、見た目は貞淑というのは、あんたの存在そのものだな」
 これは、潤滑剤のチューブを手にした守光の言葉だ。
 和彦のさらなる発情を促すように、内奥に潤滑剤を施される。襞と粘膜にたっぷりすり込まれながら、長い指を出し入れされる頃には、淫靡な湿った音が室内に響くようになる。それに、和彦の乱れた息遣いも。
「うあっ、あっ、い、や――。あっ、ううっ……」
 内側から官能を呼び起こされ、少し前までとりあえず貞淑さを保っていた部分は、もう真っ赤に熟し、喘ぐように綻んでいる。その様子を、守光は冷静に、千尋は食い入るように見つめていた。賢吾の表情を見ることはできないが、耳元に注ぎ込まれる息遣いは、さきほどより少し荒くなっていた。
 内奥の浅い部分を特に念入りに擦られて、反り返った欲望の先端から透明なしずくを滴らせる。
「蜜がこぼれ始めたな」
 ぽつりと洩らした守光が内奥から指を引き抜く。続いて千尋が、新たに潤滑剤を指に取り、内奥に挿入してくる。和彦は呻き声を洩らしながら、意識しないまま指を締め付けていた。
「先生の中、すごい締まってる。ねえ、気持ちいい?」
 ゆっくりと円を描くように指を動かされて、和彦は腰を揺らす。千尋はもう一度潤滑剤をたっぷり指に取り、ヌルリと挿入してきた。ひんやりとした潤滑剤が、己の熱でじわじわと溶け出していく感覚がおぞましく、同時に異様な高ぶりを呼び起こす。
 軽く指を出し入れされただけで鼻にかかった呻き声を洩らし、懸命に千尋の指を咥え込む。すでにもう頭の芯がドロドロと溶けてしまいそうになっていたが、淫らな攻めはこれだけではなかった。守光が、いつもの組み紐を取り出したのだ。
「オンナとして悦び、極めて見せてほしい。そして、長嶺の男の悦びを受け止めてほしい。あんたにしかできないことだ」
 賢吾によく似た声で囁きながら、守光は、和彦の欲望を組み紐で縛めてしまう。この和彦の姿に誰よりも高ぶったのは、千尋だった。
 賢吾の腕の中から奪い取った和彦の体を獣のように這わせ、背後から挑みかかってきたのだ。
「千尋っ――」
 和彦は悲鳴のような声を上げたが、そのときにはすでにもう、千尋の熱い欲望に内奥の入り口をこじ開けられていた。異物感はあったが、引き裂かれるような痛みはなかった。熱い肉の塊に内奥を深くまで押し広げられる。
「ひあっ」
 体の内側の敏感な部分を一気に擦り上げられたような感覚が全身を駆け抜け、数瞬、意識が飛ぶ。我に返ったとき、千尋に腰を掴まれて、内奥深くを抉るように突かれていた。
「あっ……、ううっ、あんっ」
 和彦は恥知らずな嬌声を上げ、浅ましく腰を揺らす。千尋に荒々しく尻の肉を鷲掴まれ、もう一度腰を突き上げられる。
「すげー、いい……。先生の中、気持ちよくて、たまんない……」
 和彦の中で得られる快感に駆り立てられるように、千尋は単調ながら力強い律動を繰り返す。和彦は懸命に布団を握り締めるが、それでも千尋の勢いに振り回されそうになる。
「千、尋っ……、もう少し、ゆっくり――」
「ごめん。加減、できないっ」
 乱暴に内奥を突き上げられ、腰が弾む。背をしならせると、その動きに誘われたように千尋が覆い被さってきて、ぐうっと内奥深くを押し上げられる。堰を切ったように肉の悦びが溢れ出してきたようだった。和彦は上擦った声を洩らし、ビクビクと全身を震わせる。
「先生、イッた?」
 掠れた声で問いかけてきた千尋の片手が、組み紐で縛められている欲望を握り締めてくる。本来であれば精を迸らせているところだが、括れも根元もしっかりと締め上げられているため、それができない。だからこそ内奥への刺激だけで、容易に快感を極めてしまう。
 淫らな蠕動を始めた内奥の感触を堪能するように、少しの間動きを止めていた千尋だが、ゆっくりと律動を再開する。背に重なる千尋の胸元から、激しい鼓動が伝わってくるようだった。もしかすると、内奥で動き回る欲望の脈動かもしれないが、和彦にはもう区別がつかない。自身の鼓動が、狂ったように鳴っているせいだ。
 神聖な儀式に立ち合っているかのように、和彦と千尋が繋がってから、他の長嶺の男たちは口を開かなかった。いや、これは立派な儀式なのだ。和彦に、長嶺の男たち共有のオンナとしての、見えない刻印をつけるための。
 自分はとっくに長嶺の男たちに所有されていると思っていたが、男たちにとって、和彦のその認識はまだ生ぬるかったようだ。
「ううっ、あっ、はあっ、はあっ――……」
 千尋の熱い欲望が、爆ぜる。もう何度も、千尋の精を内奥で受け止めてきたというのに、それでもやはり、この行為は特別な気がする。千尋の欲望を締め付けたまま、和彦は再び軽い絶頂状態に陥っていた。
 余韻なく千尋が体を離したが、そのことを寂しいと感じる間もなく、喘ぐ内奥の入り口に逞しい感触が擦りつけられ、挿入される。衝撃に、声も出せなかった。
 乱暴に背後から突き上げられ、逞しい欲望を根元まで捩じ込まれるが、たっぷり潤っている和彦の内奥は貪欲に呑み込み、淫らな襞と粘膜で包み、締め付ける。
「――あれだけ美味そうに千尋のものを味わっていたのに、俺のことも欲しがってくれるのか、和彦」
 笑いを含んだバリトンで意地悪な言葉を紡ぐのは、賢吾だった。しっかりと腰を掴まれたかと思うと、次の瞬間には、上体が浮き上がる。一体何が起こったのか、すぐには理解できなかった和彦だが、視線を上げると、正面に千尋がいた。傍らには守光が。
「あっ」
 繋がったまま賢吾の腰の上に座らされているのだと気づき、和彦は激しくうろたえる。腰を浮かせようとしたが、内奥深くまで賢吾の欲望に刺し貫かれていることを強く意識させられただけだった。
「これ、嫌だ……」
 和彦は弱々しく訴えたが、返事のつもりなのか賢吾が腰を揺すり、内奥を掻き回される。うなじに軽く噛みつかれて、全身が震えるほど感じてしまう。
「いつでも、どこでも、俺をよく欲しがってくれる。本当に可愛いオンナだ」
 もう一度名を呼ばれて、和彦は愉悦の表情を浮かべる。賢吾に促されるままに両足を大きく左右に開き、組み紐が巻きついたまま揺れる欲望を片手で扱かれる。
「はっ……、ああっ、あっ、んんっ……」
「動けるか? お前のいいところに、自分で擦りつけてみろ」
 賢吾の囁きに逆らえず、和彦はぎこちなく腰を前後に動かす。これで賢吾に快感を与えられているとは思えないが、内奥で息づく欲望は力強く脈打ちながら、大きくなっている。
「――和彦」
 賢吾に呼ばれて振り返ると、待ちかねていたように唇を吸われる。夢中で口づけに応えていると、欲望を扱いていた賢吾の片手が奥へと伸び、繋がっている部分へと触れてくる。和彦は短く声を洩らし、背を反らして感じていた。
「どこもかしこも、よく感じる。本当に、俺たちを悦ばせるためにあるような体だ。中身は、それ以上だが」
 背後から賢吾にきつく抱き締められながら、大きく緩慢に腰を動かされる。嵐に放り込まれたような千尋の激しさとはまったく違うのに、それでも理性を容赦なく削ぎ落としていくような賢吾の攻めに、和彦は甘い呻き声を洩らす。
 潤滑剤と、千尋の精によって潤んだ襞と粘膜は、隙間なく賢吾の欲望にまとわりつき、吸い付いている。その状態で腰をわずかに持ち上げられ、乱暴に下から突き上げられると、得られる快感は凄まじい。腰から頭の先まで、痺れるような法悦が這い上がっていた。
 前のめりに崩れ込みそうになったが、賢吾に抱き寄せられる。愛しげに首筋や肩に唇が押し当てられてから、再び欲望を握られて扱かれる。
「うっ、くうっ……」
 和彦がブルッと身を震わせると、耳に賢吾の唇が押し当てられた。
「今ので、尻で何回イッたことになるんだ?」
 答えたくないと、和彦は首を横に振る。賢吾は耳元で低く笑い声を洩らした。それが癪に障ったというわけではないが、思わず掴んだ賢吾の腕に強く爪を立ててしまう。その行為は、怖い男の興奮を煽ったらしい。
 腰を抱きかかえられ、乱暴に揺さぶられる。押し寄せてくる衝撃に和彦は声も出せなくなっていたが、賢吾は手加減などしなかった。自分本位に動き続け、千尋同様、内奥深くに精を注ぎ込んでくる。
 和彦は背を弓なりに反らして、意識が舞い上がるような感覚に襲われる。ほんのわずかな間だったのか、それとも何十秒も続いていたのか認識できなかったが、ふと息苦しさを感じて、大きく息を吸い込む。同時に、一気に体中の力が抜けた。
「大丈夫か?」
 そう問いかけてきた賢吾に、和彦は頷き返すこともできない。頭がふらつき、自分の体も支えられないのだ。見かねたように千尋が腕を伸ばしてきて、抱き寄せられる。賢吾との繋がりが解けた途端、内奥からドロリと二人分の精が溢れ出し、反射的に体を強張らせる。できることなら、こんな姿を見られたくないのに、長嶺の男たちは気にしないどころか、むしろ自分たちの成果として確認したがった。
「嫌、だ……」
 和彦は弱々しい声で訴えたが、当然のように聞き入れられない。今夜、できうる限りの淫らな行為に耽りたいという思いが、男たちにはあるようだ。
 布団に仰向けで横たえられ、力をなくした両足を容赦なく賢吾に掴み上げられる。二人の男の欲望にこじ開けられ、擦り上げられた内奥は閉じることもかなわず、浅ましくひくついている。白濁とした精を垂らす一方で、組み紐で縛められた欲望は反り返ったまま、先端を透明なしずくで濡らしていた。和彦の淫奔さを雄弁に物語っている部分を、まるで視線で愛撫をするかのように、三人の男たちに凝視される。
 快感で蕩けた頭でも、わずかながら羞恥を感じる思考力は残っていた。和彦はやめてくれるよう哀願していたが、当然のように無視された。
「うあっ、あっ――……」
 欲望に巻きつく組み紐をなぞるように、賢吾の舌先が卑猥に動く。欲望を舐めているようで、直に舌先が触れているわけではないもどかしい刺激に、和彦は腰を揺らす。呻き声を洩らすと、枕元に這い寄ってきた千尋が身を伏せ、和彦の唇をペロリと舐めてきた。
 父子の舌が、同時に和彦の欲望と口腔を嬲り始める。快感による地獄だと思った。これまでも、賢吾と千尋と同時に交わったことはあるが、ここまで切迫した感覚には襲われなかった。今の和彦は、とにかく与えられる快感が怖い。抜け出せなくなりそうで。
 和彦のすべてを貪り尽くす前に、ようやく賢吾と千尋が体を離す。このとき、欲望をずっと縛めていた組み紐が解かれていた。その意味は、すぐにわかった。
 浴衣の前をわずかに寛げて、守光が覆い被さってくる。片足を抱え上げられ、痺れたように疼痛を訴えている内奥に、欲望を挿入された。
 声も出せず身悶えながら和彦は、三人の男たちに見守られながら、欲望から精を噴き上げる。同時に、内奥深くを守光の欲望に突き上げられた。咄嗟に閉じた瞼の裏で鮮やかな光がちらつき、その光に酔い痴れそうになる。気がついたときには、恥知らずな悦びの声を溢れさせていた。
「――気持ちよさそうに、よく鳴く。あんたに痛い思いをさせるんじゃないかと心配していたが、大丈夫なようだな」
 欲望を慎重に動かしながら、守光が柔らかな笑いを含んだ声で言う。息を喘がせ、満足に返事もできない和彦の頬を撫で、汗で濡れた髪を掻き上げられた。
 守光のてのひらが、体中に這わされる。さすがに、自ら放った精で汚れた下腹部に触れられたときは身じろいでしまったが、和彦の感じる羞恥すら堪能しているように、守光はそっと目を細める。
「この体にたっぷり男の精を注ぎ込んでも、あんたの羞恥心を完全に溶かすことはできんらしい。恥じらいながらも、こうしてわしのものを締め付けるんだから、むしろ、なければ困るものか……」
 守光のてのひらに包み込まれた欲望を緩く扱かれ、和彦は短く声を上げる。精を放ったばかりだというのに、異常な状況のためか、それとも中から愛されているためか、すでにもう力を取り戻しつつあった。
 欲望への愛撫に合わせて、ゆっくりと内奥を突かれる。
「ふあっ……、あっ、あっ……ん、あぁっ――」
 千尋にも賢吾にもない落ち着いた攻めに、和彦は静かに狂わされていく。自覚もないまま両足を大きく左右に開き、背をしならせるようにして、内奥深くで刻まれる守光の律動をよりしっかりと感じていた。
「あんたはもう数えきれんほど、長嶺の男たちと交わり、精を受けてきた。こうして、じっくりと丹念に中にすり込まれていると、自分と長嶺の男たちと溶け合っているという感覚にならんかね」
 守光の言葉に唆されたように、内奥を行き来する熱い欲望をきつく締め付ける。守光が抉るように内奥深くを突き上げてきた。
「あんたのこの反応は、肯定と受け止めていいんだろう。――医者のあんたからすると、バカバカしいと嘲笑うかもしれんが、わしは、あんたが長嶺の血を受け入れてくれていると思っている。溢れるほどの精を受け入れ、情を受け入れ、子は成せんが、あんたは長嶺という家の繁栄のために欠かせない人間だ。宝だよ」
 意識は朦朧としていても、守光がとんでもないことを言っているということはわかる。言葉が発せない代わりに和彦は必死に首を横に振るが、守光は薄い笑みを浮かべ、覆い被さってくる。唇を塞がれ、深い口づけを与えられていた。
 内奥に深々と欲望を穿たれているうちに、肉の悦びの虜となる。浅ましく腰を揺らして、守光に応えていた。それを待っていたようにこう囁かれる。
「この先もずっと、長嶺の男たちの側にいてくれ。よく尽くし、よく支え、よく愛してほしい。その見返りとして、わしらも、あんたに尽くし、支え、愛す。今晩のこれは、その契約を交わすためだ。決して裏切ることのない、裏切ることを許さない、血の契約だ」
 守光の言葉は、恫喝だ。この状況で和彦が逆らえるはずもなく、否という返事を、長嶺の男たちは最初から聞き入れる気はない。
 恐怖に押し潰されても不思議ではないのに、和彦の体は歓喜していた。頭上に伸ばした両手を、それぞれ賢吾と千尋に握り締められ、反射的に握り返してしまう。
「ぼ、くは――、何も、できな……」
「あんたは、あんたでいればいい。普段は凛然と医者として立ち働き、それ以外では、男たちにとって大事で可愛いオンナでいてくれれば、十分だ」
 反り返った欲望の形を指でなぞられてから、濡れた先端をヌルヌルと撫でられる。小さく悦びの声を上げてから、和彦は陥落した。
 頷くと、守光の手によって二度目の絶頂に導かれていた。すると守光も、激しい収縮を繰り返す内奥の深い場所で精を放つ。
「うあっ、あっ――……」
 すぐに欲望が引き抜かれ、精が溢れ出してくる。守光は、下腹部に散った和彦の精を掬い取った指を、淫らな肉の洞となっている内奥に挿入してきた。
 この行為には、覚えがあった。和彦がゆっくりと目を見開くと、守光は厳かな口調で告げる。
「組の者とは、酒で満たした盃を交わすが、これがあんたと交わす盃だ。あんたの中で、わしら三人の精と、あんたの精が溶け合い、交じり合う。――末永く、わしらのオンナでいてくれ」
 興奮と絶頂の余韻に浸りきった内奥は、見境なく守光の指を締め付ける。
 言葉による返事は必要ない。これが、オンナとしての和彦の返事だった。









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