と束縛と


- 第35話(2) -


 総和会は、自分の要望をある程度受け入れてくれると確信が持てた和彦は、クリニックと本部を往復するのみという規則正しい生活を変えた。毎日ではないが、仕事を終えたあとに、外で食事や買い物をするようになったのだ。
 護衛の男たちは、最初は露骨に渋い顔を見せた。当然だろう。なんといっても和彦は、襲撃されたばかりなのだ。和彦自身、御堂の話を聞く前であれば、こんな自分の行動など考えもしなかったはずだ。
 御堂の話はあくまで憶測でしかなく、また狙われる可能性は十分にある。しかし和彦の中では、再度襲撃される恐怖よりも、守光に対する警戒心と、奇妙な表現だが、信頼感のほうが勝っていた。
 守光が、抵抗勢力に対して権力を振るうために大義名分が必要だったというなら、和彦への襲撃は一度だけでいいだろう。暴力や痛みに極端に弱い和彦を、守光が追い詰めてくるとは思えなかった。
 そもそも、本気で和彦への襲撃を恐れるなら、外を出歩くことを認めるはずがないのだ。
「――気晴らしにお誘いしたのに、今日はずっと怖い顔をしていますね」
 柔らかな声で話しかけられ、ソファに腰掛けて考え事をしていた和彦はハッとする。床に置いた段ボール箱の前に屈み込んだ秦が、こちらを見上げていた。
 なんと言って誤魔化そうと思ったが、秦にはすべて見通されそうで、無駄なことはやめておく。
「最近、いろいろと大変なんだ」
「先生はいつでも大変でしょう。――今は総和会のほうに滞在しているらしいですね。それで、ですか?」
 秦はどこまで把握しているのだろうかと、秀麗な顔に浮かぶにこやかな表情から推し量ろうとしたが、こちらも無駄だったようだ。感じのよい表情は、それ以上でも以下でもない。
 自分の周りには食えない男ばかりだと思いながら、和彦はとりあえず頷いておく。
「それもある。……長嶺組や中嶋くんから、何か聞いているのか?」
「先生が、総和会の事業に加わるということは。皆一様に、複雑な表情でおっしゃっていたのが、印象的でしたが」
「……中嶋くんも?」
「あれは、先生のことが好きですからね。なのに素直に喜んでいないとなると、まあ、わたしも察するものがあります」
 話しながら秦は、段ボールから小さな箱をいくつも取り出しては、開けて中身を確認している。何が入っているのだろうと気になった和彦が身を乗り出す動作をすると、秦が箱の一つを差し出してきた。中には、いくつかのアクセサリーがセットになって納まっていた。
「きちんと輸入雑貨屋をやっているんだな」
 感心半分、呆れ半分といった口調で和彦が洩らすと、立ち上がった秦が軽く店内を見回す。前回、和彦が訪れたときよりもさらに品数は増え、どの棚にもぎっしりと商品が並んでいる。街中などで見かける雑貨屋そのもので、この店の背後に物騒な組織がいるとは、まさか誰も考えもつかないだろう。
 土曜日の午後といえば客も多いのではないかと思うが、今日に限っては臨時休業ということで、外に張り紙を貼っており、店内には和彦と秦の姿しかない。まさか、自分を招くために店を閉めたのだろうかと思ったが、秦は首を横に振り、商品の入れ替えのためだと教えてくれた。
「このあとまだ、商品が届くことになっているんです。夕方ぐらいから、スタッフが来てくれるんですが、それまでは、ゆっくりとしてください」
 秦の言葉のすべてに裏がありそうで、あれこれと深読みしたくなる衝動に駆られるが、必死に堪える。今は、自分のことだけで手一杯だ。
「中嶋くんからたまに話を聞くけど、出張続きで忙しいようだな。部屋……君が生活しているあの部屋にも、商品のサンプルを運び込んでいるようだし。すっかり雑貨屋のほうが本業のようだ」
 その秦の部屋で汚してしまったラグについては、中嶋が新たに購入したものの半額を出させてもらった。
 中嶋から何か聞かされているのか、秦の笑みが深くなったように見えたが、和彦の穿ちすぎかもしれない。
「カムフラージュだからこそ、雑貨屋の経営のほうで、あまり赤字を出して長嶺組に迷惑をかけたくありませんからね。それに、何も海外に行って、雑貨ばかり買い漁っているわけじゃありません。いろいろ、ですよ」
「いろいろ……。あれこれ探るつもりはないが、そう出張続きだと、なかなか中嶋くんと時間が合わないんじゃないか?」
 和彦の問いかけに対して、秦は微苦笑を浮かべた。
「あいつはあいつで忙しそうで、まあ、そうですね。……互いの忙しさを理由にして、そのうち浮気されるかもしれませんね」
「……心当たりがあるのか? 仮にあったとしても、ぼくは何もアドバイスできないぞ」
 和彦と中嶋は体の関係を持っており、そして秦とも、危うい行為に及んでいる。そんな関係にありながら、いまさら倫理観や貞操観念に言及するのは、あまりに偽善的だ。
 ただ、秦を不安がらせたいわけではないが、ついこんなことを口にしていた。
「中嶋くんはモテるだろ。見た目はあの通り爽やかなハンサムだし、物腰も優しいし。今でも女性受けは抜群じゃないか」
「男受けもいいですよ」
 秦から意味ありげな流し目を寄越され、和彦は返事に詰まる。当て擦り――ではなさそうだと判断し、恐る恐る確認してみた。
「やっぱり、心当たりでもあるんじゃないか?」
「わたしの口からはなんとも。今度、先生から中嶋に聞いてみてください」
「……なんだか面倒なことに巻き込まれそうな予感がするから、遠慮しておく」
「先生は慎重だ」
 秦が顔を綻ばせ、少なくともその姿からは、中嶋との関係を深刻に悩んでいる様子はうかがえない。どうやら和彦が心配する事態ではないようだ。
「まあ、ぼくなんかが心配しなくても、君ら二人のほうがよほど、修羅場には慣れているか」
 和彦の言葉に、秦が芝居がかった仕種であごに手をやり、深刻な表情を見せる。
「他の人ならともかく、先生にそう言われると、複雑な気持ちになりますね……」
「悪かったよっ。余計なことを言って」
 失礼なことに秦は声を上げて笑い、自覚はあるだけに怒るに怒れない和彦は立ち上がると、雑貨で埋まっている棚へと歩み寄る。気晴らしのためにここを訪れたので、何か買って帰るつもりだ。
 総和会本部の和彦のために準備したという新しい部屋は、必要なものはすべて揃ってはいるのだが、やはりまだ居心地が悪く、せめて自分が選んだ小物でも置いてみようと考えたのだ。それに、クリニックが休みの日にわざわざ外出しておきながら、手ぶらで帰るのも気が引ける。
「何かお探しのものでもありますか?」
「マグカップが。あっ、それと、温度計が欲しい。湿度もわかるものがいいな」
「マグカップなら、ちょうど入荷したばかりのものがいくつかありますから、今出しますね。温度計は、そこの棚に並んでいるものが全部です」
 わざわざそこまでしなくてもと言おうとしたが、やけに様になるウィンクを残して秦の姿が店の奥へと消える。待っている間、突っ立っているのも手持ち無沙汰なので、和彦は棚を覗いて温度計を探し始める。
 ついつい目移りしてしまい、あれこれと商品を手に取っていると、店のドアが開閉する音がした。ドアに貼ってあった臨時休業の紙に気づかないということはありえないので、店の手伝いに誰か来たのだろうかと思い、和彦は棚の隙間から様子をうかがう。
 慌しさを感じさせる足音が、棚の向こう側を行き来する。顔がよく見えないので、腰を屈めようとしたとき、来訪者に気づいたらしく秦が声を発した。
「おや、意外なお客様ですね。もしかして、雑貨を買いに来られたんですか?」
「――……そんなわけあるか」
 不機嫌に応じた声に、嫌になるほど聞き覚えがあった。和彦が棚から飛び出すと、スーツ姿の鷹津が、カウンター越しに秦と向き合っている。
 鷹津を一目見てまず感じたのは、なんとなく荒んだ容貌になったなということだった。ひげはきちんと剃ってあるし、髪はオールバックに整えてあるものの、いくぶん頬のラインが鋭くなり、目元の辺りに険が宿っている。それでなくても彫りの深い顔立ちをしているだけに、尋常ではない迫力が漂っている。
 鷹津はこちらを見るなり、秦の存在など忘れたように大股で歩み寄ってくる。一体何事かと、和彦がその場に立ち尽くしたまま動けないでいると、いきなり腕を掴まれた。
「行くぞ」
 掴まれた腕を乱暴に引っ張られ、和彦はハッとする。
「えっ? あっ、行くって、どこに……」
「いいから、ついて来い」
 有無を言わせず引きずられ、和彦は助けを求めて秦を見遣る。しかし、厄介な事態に巻き込まれたくはないのか、それとも何か意図があるのか、艶やかな笑顔で見送られた。
 狭いエレベーターに押し込められた和彦は、鷹津の横顔をうかがい見る。
「一体どうしたんだ? あんたは今は、ぼくに近づかないほうがいいってわかってるだろ。しかも、こんな明るいうちに」
 ここで和彦は、大事なことを思い出す。さすがに店まではついてこなかったが、ビルの前では護衛の男たちが待機していたはずなのだ。鷹津は総和会によって顔も正体も把握されており、ビルの中に入ることを許すとは思えない。
 嫌な予感がして、ブルリと身震いをする。掴んだ腕からそれが伝わったらしく、鷹津がちらりと和彦を一瞥した。
「俺が、俺のオンナに会いに来て、何が悪い」
 クリニックの仮眠室でのやり取りが蘇り、頬が熱くなる。
「……その理屈が、総和会に通じるはずがないだろ」
「連中の理屈なんてどうでもいい。俺とお前の仲の話だ。誰も――総和会も長嶺組も関係ない」
 すぐにエレベーターが一階に到着し、鷹津は警戒することなく外に出る。和彦はその豪胆さに怯んだが、腕を引かれて仕方なく従う。
 エントランスからビルの外をうかがうが、やはり護衛の姿はなかった。和彦は、鷹津が何をやったのかすぐに察した。
「あんた、またやったんだな……」
 ビルを出て、辺りを見回してから和彦が詰る口調で言うと、鷹津は軽く鼻を鳴らした。肩を小突かれ、一緒に歩き出す。
「俺は刑事だぞ。いかにも筋者な男たちがうろついていたら、職質をかけるのが仕事だ。だけど今日の俺は非番で、仕方なく、他の奴に任せた」
「……突っ立っていただけなら、なんの罪にも問えないだろ」
「お前の護衛たちは、こんなところで何をしていた、と聞かれても、答えられやしない。まさか、長嶺会長のオンナを待っていると、バカ正直に答えるわけにはいかないからな。迂闊に適当な誤魔化しを口にしたら、暴力団担当の刑事たちは、それこそ重箱の隅を突くようにして矛盾を探り当てる。それを避けるためには黙秘するしかない。事態はますます、ややこしくなるな」
 鷹津がこの手を使うのは、これが初めてではなかった。前にも一度、和彦と護衛を引き離すために、同じことをしている。
 しかし、そのときと今では、自分たちの関係はずいぶん変化した。和彦は歩きながら横目で鷹津をうかがう。あのとき、和彦は本当に鷹津が嫌いで、不気味だとすら思っていた。
 それが今では――。
 風で乱れた髪を掻き上げて、和彦は背後を振り返る。鷹津は、和彦が逃げ出すとでも思ったのか、再び腕を掴んできた。背後には、護衛の男たちの姿は見えない。鷹津が言ったとおり、黙秘を貫いているのだとしたら、そう易々と解放はされないだろう。
「――……これから、どうするんだ?」
 今後の展開を想像して、意識しないまま声は暗く沈む。一方、大それた行動に出た当事者は、珍しく冗談めかして言った。
「可愛いオンナとデートするに決まってるだろ」
 やはり鷹津の様子がおかしいと思いながらも、逃げ出すという手段を和彦は取れない。すでに総和会にケンカを売った状態にある鷹津を一人にするのは、あらゆる意味で危険だ。
「……ぼくは、金がかかるからな」
 和彦の腹が決まったと、口調から感じ取ったらしい。鷹津は唇の端を動かすだけの笑みを浮かべたあと、片手を突き出して無遠慮に要求してきた。
「携帯を出せ。しばらく預かっておく」
 鷹津の要求が至極当然であることを認め、和彦はジャケットのポケットから取り出した携帯電話を渡す。鷹津は、和彦が見ている前で電源を切った。
「あとで返してくれ」
「はっ、総和会会長と長嶺組組長直通の番号が入った携帯なんて、誰も盗りゃしねーよ」
 その二人の〈オンナ〉である和彦を連れ歩こうとしているのだから、矛盾もいいところだ。
 和彦が胡乱な眼差しを向けると、鷹津自身、自覚はあるらしく、皮肉げな表情であごをしゃくった。
「車はそこの駐車場だ」
 鷹津が歩調を速めたので、和彦は小走りで追いかけた。


 イスに腰掛けた和彦は、両足を伸ばして爪先を動かしてみる。さきほどから少し足が痛かった。歩き回ったせいもあるだろうが、一番の原因は、買ったばかりの靴がまだ足に馴染んでいないからだ。
 カジュアルな服装に合わせたスエードのモカシンは、これからの季節にぴったりの渋いチョコレート色で、一目見て気に入った。和彦だけではなく、鷹津も。
 甲高いはしゃぎ声が聞こえて、和彦は顔を上げる。幼い子供二人が、大きな水槽に張り付くようにして魚を見ていた。今日は土曜日だけあって、水族館には家族連れが多い。もちろん、カップルも目につき、いい歳をした男二人で歩いていると、居たたまれない気持ちになるのだ。
「……ちょっとした嫌がらせだ」
 小さな声でぼやくと、前触れもなく缶コーヒーが目の前に突き出された。驚いた和彦は目を丸くしながらも、素直に受け取る。鷹津が隣に腰掛け、黙々と缶に口をつける。
 感じる違和感が尋常ではなかった。何年ぶりかに訪れた水族館の同行者が、よりによって鷹津なのだ。しかも、和彦から言い出したわけではない。
「――やっぱり、あんたはおかしい」
 沈黙に耐え切れず和彦がぽつりと洩らすと、短く声を洩らして鷹津は笑う。
「服を一揃え買ってやったのに、その言い方はないだろ」
「それが、おかしいと言うんだ」
 和彦は自分の格好を見下ろす。秦の店が入るビルから連れ出されたあと、まずは速やかにその場を離れて、車は別の駐車場に停めてから、今度はタクシーで移動した。向かった先はデパートで、鷹津が選び、購入した、薄手のニットとパンツ、コートと靴に着替えたのだ。
 鷹津らしからぬ散財ぶりは、総和会にケンカを売るような行動もあいまって、和彦をひたすら困惑させる。それゆえの『おかしい』という発言なのだが、鷹津は自分の行動を説明する気はさらさらないようだった。
 鷹津という男に何かが起こったのは確かだが、和彦には推測することすらできない。もどかしいし、水族館に引っ張り込まれるまでは、腹立たしさすら覚えていたが、それはもう消え失せた。
 鷹津と〈デート〉をしているという現実に、気恥ずかしさのほうが上回ったのだ。
「なあ、どうして水族館なんだ」
「遊園地のほうがよかったか?」
 和彦は動かしていた爪先をピタリと止めて、思わず隣を見る。鷹津は、到底楽しんでいるとは思えない顔で、水槽を眺めていた。
「そうだと言ったら、連れて行ってくれたのか?」
「俺と一緒で楽しめるならな」
「……今は、楽しんでいるように見えるか?」
 横目で和彦を一瞥した鷹津が、ようやく唇を緩める。
「あまり深く考えるな。晩メシまでの時間潰しだ」
「服を買ってくれたのも?」
「俺と一緒にいるのに、総和会の匂いが染み付いているものを身につけているのが、気に食わなかったんだ」
 そのせいで、着替えた服はコインロッカーに押し込まれてしまった。
 鷹津の言葉に、和彦は表情を曇らせる。
「なあ……、あんた本当に――」
 これからどうするつもりかと言いかけたが、言葉は口中で消える。代わりに、別の質問をぶつけていた。
「水族館を出たら、次はどこに行くんだ」
「希望はあるか?」
「あんたなりのデートプランがあるんじゃないのか」
「……ねーよ、そんなもの」
 吐き捨てるように答える鷹津がおもしろくて、和彦は顔を伏せて必死に笑いを噛み殺す。本来であれば切迫した状況なのだが、自分でもどうしてこんなにのんびりしていられるのか不思議だった。
 缶コーヒーを飲み干してから、二人は再び水槽で泳ぐ魚を見て歩く。
「そういえば、いままであんたの趣味を聞いたことがなかった。なんなら、あんたの趣味に関係するような場所に行ってもいいけど」
 こじんまりとした水槽の底で、砂に埋もれるようにして身を潜めている魚を眺めながら、和彦は問いかける。ガラスには、背後に立つ鷹津の姿が反射して映っていた。自分から水族館に入っておきながら、魚にはまったく興味がない様子の鷹津は、むしろ、魚を眺める和彦のことを興味深そうに観察している。今も、ガラス越しに和彦を見つめていた。
「会えば、陰険な会話を交わすか、セックスしかしてないからな、俺たちは」
 明け透けな鷹津の発言に、後ろ足で蹴りつけてやろうかと本気で思う。そうしなかったのは、すぐ側を家族連れが通り過ぎたからだ。
「悪かった。変なことを聞いて。いい歳をして趣味の一つもないからといって、別に引け目は感じなくていいから――」
「若い頃は、登山をしていた」
 鷹津からの意外な答えに、和彦は振り返る。
「誰が?」
「……お前、俺の趣味を聞いたんじゃないのか」
 さっさと行くぞと言いたげに鷹津が背を向けたので、再び歩き始める。
「今は登らないのか?」
「そんな暇はない。もう何年も前に道具も全部処分したしな。今はせいぜい、登山地図を眺めるぐらいだ」
 和彦は、殺風景な鷹津の部屋の光景を思い出し、そこで一人、地図を眺める男の姿を想像して、少しだけ胸が苦しくなった。
「けっこう健全な趣味を持ってたんだな……。それがどうして、悪徳刑事になんてなったんだ」
「余計なお世話だ。お前のほうこそ、どうして、ってやつだろ」
 確かに、と和彦は苦笑を洩らす。水族館の出口へと向かいながら、和彦は足元に視線を落とす。
「足、痛い。今日は歩きすぎた」
「総和会も長嶺組も、お前をちやほやして、歩かせやしないんだろ。まだそんなに歩いてないぞ」
「靴がまだ、足に馴染んでないんだ」
 唐突に鷹津が黙り込み、和彦もあえて話しかけなかった。鷹津が再び口を開いたのは、水族館を出てからだった。
「――……少し早いが、晩メシを食いに行くぞ」
 それからどうするかという説明を、あえて鷹津が呑み込んだ気がした。察した和彦は、心臓の鼓動がわずかに速くなるのを感じながら、ああ、と囁くような声音で応じた。


 日が落ち始めた頃には、二人はホテルの部屋に入っていた。
 和彦は、着替えを入れた袋を手にしたまま、室内を見回す。落ち着いたブラウン系でまとめられた部屋は、単なるダブルルームではないようだ。宿泊料はけっこうするだろう。
 当日に訪れて、シティホテルで部屋を取れるのだろうかと心配したのだが、鷹津は予約を入れていた。つまり、今日の行動は衝動的なものではなく、しっかり計画を立てていたのだ。
 ここまで来て、鷹津の不可解な行動を問い詰めても、おそらく徒労感しか得られないだろう。鷹津はきっと教えてくれないし、強引に聞き出す腕っ節も勇気も、和彦にはない。
 総和会も長嶺組も大騒ぎになっているだろうなと、心の中でそっと嘆息する。
 クローゼットに袋を入れ、買ってもらったコートだけはハンガーにかけてから、さっそく靴からスリッパへと履き替える。
「足はどうだ?」
 ベッドに腰掛けた和彦の前に屈み込み、鷹津が問いかけてくる。
「大したことない。靴擦れというほどのものでもないし、本当に歩き過ぎただけだ」
「あの程度で歩き過ぎたと言える感覚が、俺にはわからん」
「いいよ、わからなくて。明日は車での移動中心にして――」
 和彦はふいに言葉を切り、鷹津が顔を上げる。
 明日は一体どうするのかと問いたかったが、代わりに和彦は、鷹津の頬にてのひらを押し当てた。
「あんたさっき、きちんと食事をとっていたな。少し痩せたように見えるから、気になってたんだ」
「医者としてか?」
「……なんと答えたら満足なんだ」
 鷹津はいきなり立ち上がり、和彦に向けて片手を差し出す。
「シャワーを浴びてこい」
 ピクリと肩を揺らした和彦は、自分の顔が赤くなっていないことを願いながら、差し出された手を掴んで立った。
 レストランでアルコールは一切飲んでいないのだが、頭が少しふわふわしている。しっかり歩いているつもりなのに、足元が覚束ない。鷹津に異変を悟られていないだろうかと気にかけながら、半ば逃げるようにバスルームに入ると、洗面台の鏡から不自然に視線を逸らして服を脱いだ。
 温めの湯を仰向けた顔に浴びながら、和彦は目を閉じた。
 気を抜くとすぐに、総和会と長嶺組の動向を考えてしまう。せめて、鷹津の隙をついて連絡を入れるべきなのだと頭ではわかっているが、結果として鷹津の身柄を差し出すことに繋がる。
 今度ばかりは、鷹津に手を出すなという和彦の要求は、一蹴されるだろう。それどころか、鷹津と行動を共にしたうえに、庇う発言をすることで、二つの組織――というより、長嶺の男たちの不興を買うかもしれない。
 どうすればいい、と自問したところで、浴室のガラス戸が開閉される音がする。背後に気配を感じたときにはきつく抱き締められ、ジンと胸の奥が疼く。
 腰から脇腹にかけて撫で上げられながら、うなじをそっと吸い上げられる。背後から押し当てられた欲望は、すでにもう熱く高ぶっていた。
「――早く抱かせろ」
 水音に紛れ込ませるように、鷹津が掠れた声で耳元に囁いてくる。再び和彦の胸の奥が疼く。
「まだ体を洗ってない……」
「俺が洗ってやる」
 両てのひらが胸元や肩に這わされ、さらに両足の間をまさぐろうとしてきたため、声を洩らして小さく身を捩ったところで、いきなり体の向きを変えられる。シャワーの湯が降り注ぐ中、間近から鷹津の顔を見つめる。
 ここで初めて、いつもはドロドロとした感情の澱が透けて見える目が、今日は皮肉を言いながらも、優しい光をずっと湛えていたことに気づく。もっとも今は、煮え滾るような欲情を湛えているが。
 鷹津の手が頬にかかり、さらに顔が近づいてくる。急に息苦しさを覚えた和彦は顔を背けようとしたが、その前に唇が重なってきた。上唇を吸われて声を洩らす。下唇には軽く噛みつかれて、足元が乱れる。和彦は咄嗟に鷹津の腕に手をかけ、次の瞬間には激しい口づけを交わしていた。
 唇を貪り合い、差し出した舌を浅ましく絡めていく。交わす唾液が、降り注ぐ湯であっという間に流されてしまう。それを疎ましく思ったのは和彦だけではなかったようで、鷹津が片手を伸ばし、シャワーヘッドの向きを変えた。
 力強い両腕できつく抱き締められて、猛々しい抱擁の心地よさに眩暈がする。腰が密着し、よりはっきりと鷹津の欲望を感じることができる。
 和彦は片手を取られて下肢へと導かれる。鷹津に言われる前に、自分から熱くなった欲望に手を這わせると、唇に鷹津の洩らした吐息がかかった。引き寄せられるように唇を吸い合い、口腔に鷹津の舌を受け入れる。歯列を舌先でくすぐられ、感じやすい粘膜をまさぐられながら、和彦は握り締めた欲望をゆっくりと扱き始める。
 手の中でますます硬さと大きさを増す欲望の変化に、静かな喜びを覚えていた。鷹津は、自分を求めて興奮し、こんなささやかな愛撫でも感じてくれているのだ。
 和彦が身を任せきったタイミングで、鷹津が低い声で言った。
「――舐めてくれ、和彦」
 和彦が伏せていた視線を上げると、目元に唇が押し当てられる。もう一度唇を吸い合ってから、鷹津が壁にもたれかかり、和彦はタイルに膝をついた。
 鷹津の欲望を掴んで顔を寄せる。先端に軽い口づけを繰り返しただけで、鷹津の引き締まった下腹部が強張った。括れまでをゆっくりと口腔に含み、舌先でくすぐりながら優しく吸引すると、欲望がドクンと脈打って震える。先端を優しく吸い上げてやると、濡れた髪に鷹津が指を絡めてきた。
 促されるように和彦は、舌を添えて欲望を口腔深くまで呑み込んでいく。すぐには動かない。ただじっとして、鷹津の欲望が充溢した大きさとなり、歓喜に震えている様子を直に感じる。
 浴室に立ち込める熱気によってのぼせそうだった。一度口腔から欲望を出した和彦は大きく息を吸い込むと、再び欲望を含み、唇で締め付けるようにして口腔から出し入れする。逞しい根元を指で擦りながら、ときおり先端に吸いついて、滲み始めた透明なしずくを舐め取ってから、硬くした舌先で弄る。
「腰が溶けそうだ……」
 苦笑交じりの声でそう言った鷹津に頭を押さえつけられ、和彦はやや強引に口腔深くまで欲望で犯される。大きな異物を押し込まれたせいで、息苦しさに息が詰まる。それが、鷹津にとっての快感となる。
「……いい、締まりだ。ねっとりと吸い付いて、いやらしく蠢いて……。お前も、感じるか?」
 鷹津の爪先が両足の間に入り込み、中心をまさぐられる。鷹津の欲望に口腔で奉仕しながら、和彦の欲望もまた、疼いていた。
 口淫を堪能した鷹津だが、和彦の口腔で達しようとはしなかった。濡れた体のまま和彦は浴室から連れ出され、ベッドに押し倒される。体の上に乗りかかってきた鷹津は目を細めて、まるで眼差しで愛撫するかのように、じっくりと見下ろしてくる。
「――……なんだ」
 寸前まで口淫に及んでいながら、いまさらながら羞恥に襲われた和彦は、睨みつけるようにして鷹津を見つめ返す。鷹津は口元に淡い笑みを浮かべた。
「お前が、俺に抱かれたがっていると思ってな」
「だっ……、誰がっ――」
「俺は、抱きたくて堪らない。俺の可愛いオンナを」
 和彦の濡れた肌にてのひらを這わせたあと、鷹津が胸元に顔を伏せる。肌に残る水滴を丹念に何度も舐め取られ、最初は体を硬くしていた和彦だが、すぐに愛撫の心地よさに酔う。浴室での行為もあり、情欲の高まりは驚くほど早かった。
「あっ、あぁ……」
 愛撫を期待してすでに硬く凝っている突起を口腔に含まれ、きつく吸われる。小さな快感が胸元に生まれて息を弾ませると、もう片方の突起は荒々しくてのひらで転がされていた。
 露骨に濡れた音を立てて肌を吸い上げながら、鷹津は鮮やかな愛撫の痕跡を残していく。今の状況で、それを咎めることはできなかった。
 両足の中心に手が這わされ、鷹津に欲望を掴まれる。和彦の欲望も、すでに熱くなって形を変えていた。大きく動いた鷹津が、和彦の両足を左右に開いて顔を埋める。ただし、触れてきたのは内腿だった。
「んっ」
 いまだ水滴を残している内腿をベロリと舐め上げたあと、鷹津が強く肌に吸い付く。和彦は無意識のうちに腰を揺らし、鷹津の頭をさらに奥へと迎え入れようとしたが、焦らしているつもりなのか、愛撫は内腿から膝へと移動する。
「秀っ……」
 もどかしさから名を呼ぶと、鷹津がニヤリと笑う。
「舐めてほしいか?」
「――……舐めてくれ」
「だったら、俺の言うとおりにしろ」
 こう言われた時点で嫌な予感はしたし、実際、鷹津が求めてきたのはとんでもない要求だったが、和彦は拒めなかった。
 ベッドに仰向けになった鷹津の上に乗り上がり、互いの頭の向きを違える。掴み寄せられた腰を鷹津の眼前に突き出す屈辱と羞恥に満ちた姿勢を取らされて、和彦は体を震わせていた。
「さて、どこを舐めてほしい? この位置なら、お前のいいところを全部舐めてやれる」
 意識しないまま腰が逃げそうになるが、鷹津に尻の肉を掴まれて阻まれる。和彦は、秘部のすべてに強い視線を感じ、全身を熱くする。
 この状況でも萎えるどころか、硬さを増して震える欲望を無遠慮に片手で掴まれる。
「んっ……」
 先端に濡れた感触が触れ、ゾクゾクするような感覚が腰から背筋へと這い上がっていた。欲望がゆっくりと熱い感触に包み込まれていく。鷹津の口腔に呑み込まれたのだとわかったとき、和彦は尾を引く甘い呻き声を洩らしていた。
 蠢く舌が欲望に絡みつき、口腔全体で締め付けられる。鷹津の引き締まった下腹部に顔を伏せ、和彦は押し寄せてくる快感に腰を揺らす。鷹津は感じやすい先端を執拗に舌先で攻め立てながら、指では柔らかな膨らみをまさぐり始めた。その指が、気まぐれに内奥の入り口をくすぐり、ときにはわずかに爪の先を押し込んでくる。
 鷹津の口腔で、和彦の欲望は瞬く間に熟す。先端をヌルヌルと舐められたとき、和彦の目に、反り返ったままの鷹津の欲望が映る。言われたわけではないが、おずおずと握り締め、その熱さと逞しさに戦く。
「いい眺めだ。お前が俺の顔の上で腰を振って、俺のものを扱いているんだ。――お前の尻が、もう興奮してひくついてる。俺のものを突っ込まれる瞬間を、想像してるのか?」
 淫らな言葉を囁かれながら、内奥にヌルリと入り込んでくるものがあった。唾液で濡らされた鷹津の指だとわかったときには、締め付けてしまう。和彦は突き出した尻を震わせ、呻き声を洩らす。信じられないような自分の痴態と、それをすべて鷹津に見られているという状況に、気が遠くなりかけていた。だからこそ、本能に忠実になっていく。
 挿入された指を内奥で蠢かされながら、柔らかな膨らみを揉みしだかれ、探り当てられた弱みを弄られる。すでにもう鷹津の欲望を愛撫する余裕はなく、舌と指の動きに翻弄されるがままに悦びの声を上げていた。
 欲望だけではなく、柔らかな膨らみも口腔による淫らな愛撫を施されたあと、内奥の入り口に濡れた柔らかな感触が這わされる。
「うっ、ああっ、そんな、こと、するな……」
 和彦の秘密を暴き立てるように、鷹津の硬くした舌先が内奥へと浅く入り込んでくる。異常なほどの興奮を煽られるが、一方で、快感を求める気持ちが歯止めをなくしてしまいそうで怖くもある。
 惑乱した和彦はうわ言のように、悦びの声と制止の声を交互に上げていたが、内奥浅くに鷹津の舌を感じたまま、絶頂を迎えていた。
 間欠的に精を噴き上げる。和彦は声も出せずに、絶頂の余韻にビクビクと体を震わせていた。
「――いいイキっぷりだ。おかげで俺は、お前の精液塗れだ」
 意地の悪い言葉をかけられて、和彦は体を引きずるようにして鷹津の上から退く。とてもではないが鷹津のほうを見られなかったが、容赦なく体を引き寄せられ、鷹津の傍らに倒れ込む。鷹津の胸元は、シャワーの名残りとも汗ともつかない透明なしずくだけではなく、白濁とした精が散っていた。和彦の悦びの証だ。
 何も言わず鷹津に腰を抱かれ、不思議なほどすんなりとその行動の意図が理解できた和彦は、まだ重くだるい下肢を鷹津の腰にすり寄せる。引き寄せられるまま、再び鷹津の上に乗り上がる。
 今度は見つめ合ったまま、逞しく反り返っている鷹津の欲望を片手に掴んで腰を浮かせると、濡れてわずかに綻んだ内奥の入り口にそっと先端を押し当てた。
「んっ、んっ……、んくっ」
 慎重に腰を下ろしながら、内奥に鷹津の欲望を呑み込んでいく。鷹津は、そんな和彦を食い入るように見つめていた。
 時間をかけて繋がりを深くしていき、鷹津の欲望を根元まで内奥に受け入れる。和彦は肩で息をしながら、鷹津の胸に手を突く。ここまで自分から動くことはなかった鷹津だが、和彦の腰を掴むと、ゆっくりと体を揺さぶる。内奥で欲望が蠢き、下腹部で圧迫感が大きくなる。
 苦しいが、痛くはなかった。内奥深くで息づく熱い塊が、じわじわと自分の体に馴染んでいき、それに伴い愛しさを感じるようになる。
 鷹津の視線に身を焼かれそうで、隠れることもできない和彦はやむをえず目を閉じていた。そして、静かな交歓を交わす。
 鷹津の欲望を締め付けたまま自ら腰を揺らし、発情した襞と粘膜に擦りつける。穏やかな波のような肉の悦びが湧き起こり始めると、内奥全体がうねるように淫らな蠕動を始め、より一体感が深まる。鷹津の欲望が力強く脈打ち、内から和彦の官能を刺激するのだ。
「はあっ、あっ、あっ、あっ……ん、ああっ――」
 腰にかかっていた鷹津の手が動き、欲望に触れてくる。いつの間にか再び身を起こし、先端から悦びのしずくを垂らしていたのだ。さらに、汗に濡れた肌を撫で回され、凝ったままの胸の突起を指先で弄られる。
「んっ」
 和彦は短く声を洩らし、背をしならせる。このときようやく目を開くと、鷹津と視線が交じり合い、解けなくなる。
 鷹津が上体を起こすのを待って、和彦はしがみつく。支えが欲しかったというのもあるが、それ以上に鷹津の体温と、力強い抱擁が欲しかった。鷹津にしても、きつく和彦を抱き締めながら、荒々しく腰を使い、内奥を突き上げてくる。ベッドが軋む音を立て、そこに二人分の乱れた息遣いが重なる。
「あっ、あっ、しゅ、うっ……。秀、秀っ……」
 まだ呼び慣れない名を何度も口にしていると、下肢から送り込まれる快感も重なり、恍惚としてくる。和彦は片手で鷹津の濡れた後ろ髪を掻き乱し、自ら浅ましく腰を動かしていた。鷹津が耳元で熱い吐息をこぼし、忌々しげに呟いた。
「尻が締まりっぱなしだ。そんなに、俺のは美味いか?」
 ピシャリと鋭く尻を叩かれて、和彦は上擦った声を上げる。同時に、食い千切らんばかりに鷹津の欲望を締め付けていた。呻き声を洩らした鷹津の全身の筋肉がぐっと引き締まる。
 数秒の間を置いて、内奥深くで鷹津の欲望が歓喜に震え、爆ぜた。
「ひっ、あっ……」
 注ぎ込まれる精の生々しい感触に、鷹津の腕の中で和彦は身悶える。精を噴き上げないまま、軽い絶頂に達していた。
 繋がりを解かないまま、二人は呼吸が落ち着くのを待つ。合間に唇を触れ合わせ、淫らな言葉を囁き合い、体内で吹き荒れる情欲が少しでも冷めないよう努める。もっとも、無駄な努力なのかもしれない。汗に濡れた体を擦りつけ合っているだけで信じられないほど気持ちがいいし、淫らで感じやすい部分が物欲しげにひくついている。
 鷹津の欲望が、瞬く間に内奥で逞しさを取り戻していく感触に、和彦は吐息をこぼす。誘われたように鷹津が唇を重ねてきた。熱い舌に口腔を隈なく舐め回され、心地よさに体が震える。
「――……ようやく、お前は俺のオンナになったんだと実感できた」
 絡めていた舌を解いたところで鷹津が呟き、欲情でギラギラとした目で和彦を見つめてくる。
「欲しいときにお前を抱いて、思う存分鳴かせて、イかせて……。俺の、可愛くていやらしいオンナだ」
「……バカだ、あんた。そんなことのために、どれだけ危険なことをしたのか……」
「お前には言われたくねーな。危険だとわかっていて、引き返すチャンスもあったのに、結局、とんでもない状況に自分から陥った。……俺が最初に、お前を助けてやると言ったとき、素直に頷いてりゃよかったんだ」
 鷹津と知り合ったばかりの頃のやり取りを思い返し、つい和彦の口元に笑みが浮かぶ。
「あんた、ヤクザより胡散臭かっただろ。下品だし、無礼だし、本当に嫌な男だった。今も、だけど」
「でも、お前と体の相性は抜群にいい。本当はわかってるだろ。気も合っていると。お前には、俺みたいな男がぴったりなんだ」
 いつになく情熱的な言葉を鷹津から囁かれ、忍び寄ってくる不安や恐怖の足音も一緒に聞いてしまいそうだ。和彦は思わず顔を背けていたが、露わになった首筋をベロリと舐められてから、軽く歯が立てられた。感じたのは痛みではなく、狂おしい疼きだ。
 鷹津にしっかりと腰を抱き寄せられ、緩やかに揺さぶられる。和彦も自ら腰を揺らし、熱くなっている欲望を鷹津の下腹部にすり寄せた。すると鷹津が低く笑い声を洩らし、和彦の欲望の根元に指先を這わせてきた。
「これ、くすぐったいな」
 なんのことを言っているのか、快感で鈍くなった頭で理解したとき、和彦は激しくうろたえる。鷹津の指は優しく、和彦の下腹部のわずかな陰りを梳いている。
「あっ、嫌、だ……。そこ、触るな……」
「お前でも恥ずかしいか?」
 肯定の返事のつもりで、鷹津の背を殴りつける。和彦の反応に鷹津はますます気をよくしたのか、耳元で熱っぽい口調で続けた。
「お前が俺のものだという証として、〈これ〉をきれいに剃ってやろうか。ガキのように剥き出しの無防備な姿にして、じっくりと眺めて、舐め回して、突っ込みながら、射精させて――。全部、見てやる」
 次の瞬間、和彦は精を放っていた。内奥からの刺激だけではなく、鷹津の言葉に異常なほど反応していた。それでいて、尚、鷹津の欲望を求めてしまう。激しく内奥を収縮させ、男の欲情を煽る。
「秀っ……」
「ああ、また中に、たっぷり出してやる」
 小さく歓喜の声を洩らすと、腰を抱え上げるようにして、下から強く突かれた。
「あうっ、うっ、うぅっ」
 これ以上ないほど鷹津に強くしがみつくと、それ以上の力で抱き締められ、骨が軋む。だが、感じる苦しさすら、快感を増す媚薬となっていた。そんな和彦の状態を把握したうえでのことか、ふいに鷹津に問われた。
「――和彦、俺と一緒に逃げるか?」
 頭で考えるより先に、和彦はこう答えていた。
「無理だ……。逃げるなんて」
「本当に、無理だと思うか?」
 小刻みに内奥を突き上げられ、和彦は喉を震わせる。体の奥から尽きることなく官能の泉が湧き出し、全身を満たしていく。鷹津は、さらに和彦を唆す。
「難しく考えるな。俺とこうするのは嫌じゃないだろ?」
 間断なく内奥を突き上げられながら、上唇と下唇を交互に吸われ、舌先を触れ合わせる。もう一度同じことを聞かれたとき、思考力のほとんどを失いかけた和彦は、素直に頷いていた。
「なら、俺と逃げるか?」
 それは違うと頭の片隅ではわかっていたが、鷹津の攻めによって、爛れた本能だけの獣に成り果てた和彦は、再び頷いていた。









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