連休が明け、抱えた厄介事が解決するどころか、さらに増えていることに、和彦は一人悄然としていた。
それでも、鬱屈したものがいくらか軽くなっているように感じるのは、単なる錯覚か、現実逃避の結果か。もしくは、自分がさらにしたたかに、ふてぶてしくなったのか――。
後部座席のシートにぐったりと身を預け、和彦はぼんやりとそんなことを考えながら、外の様子に目を向ける。どんどん日が落ちるのが早くなってきていることに、夕方のひんやりとした風とともに季節の移り変わりを実感する一時だ。
仕事終わりの疲労感に浸りながら、このまままっすぐ自宅マンションに向かいたいところだが、そうもいかない。これから守光と、外で食事をとることになっているのだ。
総和会本部に呼ばれなかっただけ、まだずいぶん配慮してもらっているのだろうが、朝、守光本人から連絡が入ったときは、和彦は胃を締め上げられるような痛みに襲われた。
守光には、鷹津のことで確かめておきたいことがある一方で、俊哉との接触や、連休中の玲との行動について、絶対に隠し通さなければならない。上手く立ち回れる自信はまったくなく、恐ろしい狐に翻弄される自分の姿が、容易に想像がつく。
車が向かったのは、和彦も何度か訪れている料亭だった。
案内された座敷にはすでに、寛いだ様子の守光がおり、和彦の顔を見るなり穏やかに笑いかけてくる。その笑顔の裏にあるものを読み取りたい衝動に駆られたが、ぐっと抑える。
席につく前に和彦は、まず畳の上で正座をしてから守光に頭を下げた。
「一か月近く、電話のみの応対となりまして、不義理をいたしました。それにもかかわらず、暖かく見守っていただき、ありがとうございます。……長嶺会長だけではなく、賢吾さんも……」
「頭を下げられるようなことは、わしは何もしていない。繊細なあんたをさらに追い詰めるのが怖くて、何も手助けをしてやれなかった。上手くやったのは、賢吾だ。何かとあんたを構いたがるわしを、あれが止めてくれたんだ。今は〈和彦〉をそっとしておいてほしいと言ってな」
驚いて頭を上げると、ゆっくりと頷いた守光が、向かいの座椅子を手で示す。和彦は素直に席についた。
「込み入った話はあとにしよう。まずは食事だ」
守光の言葉に、和彦はぎこちなく笑みを浮かべる。
すぐに料理が運ばれてきて目の前に並べられる。特に空腹だと感じてはいなかったが、守光とともに食前酒をゆっくりと味わっていると、強張っていた胃も正常に働き始めたらしい。急速に食欲が湧いてきた。
食事中の会話は、ごく他愛ないものだった。もっとも、総和会内で起こった出来事について語っているのだから、一般人からすると、物騒きわまりない内容なのかもしれないが。
近いうちに総和会本部の敷地内で工事が行われると聞き、和彦は興味を惹かれる。
「どこを工事するのですか?」
「テニスコートだよ。あっても困るものではないからと、ずっとそのままにしていたんだが、誰も使う者もいないのに、あれだけの広さの土地を遊ばせておくのも勿体ない。一旦潰して整地したあとに、若い者たちが詰められる建物でも作ろうかという話になっている」
総和会総本部は比較的、関係者であれば誰でも出入りが許される空気があったが、守光の住居も兼ねている本部は特別だ。中嶋も、和彦と一緒であっても中には入れないという口ぶりだったことを思い出す。守光の話は、その辺りの違いも考慮しているのかもしれない。
ふと思い出したことがあり、和彦はちらりと笑みをこぼす。
「どうかしたかね?」
「あっ、いえ……、千尋から、本部のテニスコートでテニスをしようと言われたことを思い出して」
「だったら工事に入る前に、やってみるかね?」
和彦は慌てて首を横に振る。
「千尋にしても、本気ではなかったのだと思います。それにぼくは……、ボールを使うスポーツは下手なんです」
守光は、じっと和彦を見つめたあと、顔を綻ばせた。なるほど、と納得したのかもしれない。
料理自体はいつも通り美味しく、デザートまで堪能した和彦だが、お茶を飲んで一息ついたときには、一度は解れていた緊張感に襲われる。
座卓の上が片付けられ、仲居が座敷を出ていく。襖が閉められると同時に守光が口を開いた。
「――清道会の会長は元気だったかね」
わずかに肩を揺らした和彦は、守光が咎める様子ではないことにいくらか安堵しつつ、頷いた。
「はい。ご挨拶をさせていただきましたが、顔色はずいぶんよかったと思います。……最近は体調を崩し気味だと聞かされましたが、とてもそんなふうには見えませんでした」
「わしが顔を出すわけにもいかんし、名代を出しても、歓迎されるとも思わんかったので、花を贈らせてもらったんだが、そうか、体調が――……」
思うところがあるのかもしれないが、守光の表情からは一切何も読み取れない。しかし次の瞬間、和彦の視線に気づいたのか、薄い笑みを向けられた。
「〈あちら〉では、たっぷりわしの所業を聞かされたかね?」
「えっ、あっ、いえ、そんなこと……」
「いずれは、あんたの耳にもいろいろと入るだろう。それを否定する気はないよ。わしは、総和会会長の座を手に入れるために、鬼になった。若い時分に世話になった相手ですら、追い落とした。そこまでしても、総和会を盤石の組織にしたかった。その先に、今以上の長嶺組の安寧があると思っている。賢吾ですら、まだ理解はしてくれんだろうが」
返事のしようがなくて和彦は口ごもる。総和会の頂点に立つ守光が、その組織について語るとき、力のうねりのようなものを肌で感じる。気圧され、自分ごときが軽々に意見など口にできないという気持ちになる。
和彦にはうかがい知ることのできない権力の構図と蠢きが、守光には見えているのだろう。まるで箱庭の中で、自由に人や物を配置し、排除し、完璧な景観を作り出そうとしているかのように。特別な場所に飾られているのは、間違いなく長嶺組だ。
景観を乱す存在は、どう扱われるかと想像して、和彦はそっと身を震わせる。つい、自分から切り出していた。
「……ぼくが連休中、御堂さん――第一遊撃隊隊長のもとで過ごしたことを、不快に思われたのではないですか?」
守光の目に、鋭い光がちらつく。
「オンナ同士、相性がいいのかもしれんな」
さらりと投げつけられた言葉に、カッと和彦の体は熱くなる。羞恥ではなく、屈辱感からの反応だった。しかも、御堂を侮辱されたと感じてのものだ。
「元気のないあんたをなんとかできないかと思いながらも、わしを含めて皆が手をこまねいていた。そこに賢吾が、御堂秋慈に任せてみてはどうかと提案してきた。君と彼が急速に親しくなっていることは、わしの耳にも報告は入ってはいたが、さて、と躊躇した。だが、賢吾の提案は間違っていなかったようだ。少なくとも、こうしてわしと食事をともにしてくれている」
「御堂さんはもちろん、清道会の方たちにはよくしていただきました。おかげで、いい気分転換ができました。あっ、いえ、今の環境に不満があるというわけではなく……」
「わかっている。襲撃事件に続いて、刑事に連れ去られるという目に遭って、あんたにとっては、総和会や長嶺組の庇護下にいることが、かえって不安がらせたんだろう。そういうものから少しでも距離を置きたいという心情は、理解しているつもりだ」
和彦は反射的に目を伏せる。そのどちらにも、守光が策略を持って関わったのではないかと、疑惑の眼差しを向けそうになったためだ。いや、証拠はないが、確信を持っていた。少なくとも、総和会側から存在を疎んじられていた鷹津は、警察を辞めて姿を隠した。もう和彦は、あの男と連絡が取れないのだ。
守光に詰め寄りたいが、できなかった。和彦は守光のオンナであり、何より、守光が怖い。
自分自身の情けなさをぐっと噛み締め、やはり今晩、まだ守光に会うべきではなかったのだと痛感していた。従順なオンナでいるには、気持ちが揺れすぎる。
もっともそれは、鷹津のことだけが原因ではない。連休中、男子高校生との間に生まれた秘密のせいだ。
玲と別れたのは、昨日だ。たった一日しか経っていないというのに、まるで夢を見ていたような感覚に陥っているのだが、体にはまだはっきりと、玲がつけた愛撫の跡が残っている。そんな体で、今は守光の前に座っているのだ。だから、怖い。
今日は疲れているため、夕食をともにするだけで帰らせてほしい――。たったこれだけのことを告げるのは、ひどく勇気を必要とする。
勘が鋭すぎるほど鋭い長嶺の男ならば、確実に何かを感じ取るはずだ。
和彦が逡巡を続けていると、お茶を飲み干した守光が静かに切り出した。
「――さて、食事も終えたことだし、出るとしよう。今晩はわしは、これから人と会う予定があってな。あんたとゆっくり過ごすことができない」
ハッと和彦が視線を上げると、守光は口元に酷薄そうな笑みを浮かべていた。こちらの逡巡などすべて見通しているとでも言うように。
「昨日まで休みだったとはいえ、あんたも他所の土地で過ごして気疲れしただろう。そのうえ今日は仕事だ。マンションに戻ってしっかり休むといい」
「あっ……、ありがとう、ございます」
「その代わりと言ってはなんだが、途中までわしの車に乗ってくれんかね。あんたと会うのは久しぶりだ。もう少し、一緒に過ごしたい」
さすがに、この申し出を断ろうとは思わなかった。
和彦が守光とともに店を出ると、三台の車が待機していた。総和会の護衛の男たちは辺りに鋭い視線を向けて警戒しており、二人の姿を見るなり、あっという間に整列して人の壁を作り出す。
促されるまま素早く車に乗った和彦だが、助手席に座っている男の姿を認めてドキリとする。後ろ姿であろうが見間違えるはずもない。南郷だった。
今晩は一緒だったのかと、和彦は横目でちらりと守光を見遣る。守光とは電話で話すこともあったが、南郷とは、車で襲撃を受けた翌日に、病院まで付き添ってもらったとき以来だ。
その南郷が振り返り、後部座席の二人に向かって一礼したあと、前方に向かって合図を送る。静かに車が走り出した。
車中は静かだった。無駄な会話は必要ないとばかりに、誰も口を開こうとしない。和彦は静かにシートに身を預けたまま、すっかり暗闇に覆われた外の景色に目を向けていたが、程なくしてピクリと体を震わせた。守光の手が、腿にかかったからだ。
まったく知らないふりもできず、ぎこちなく隣に目を向ける。いつからなのか、守光がじっと和彦を見つめていた。対向車のヘッドライトの明かりを受けるたびに、守光の両目だけがやけにはっきりと浮かび上がって見え、そこに潜む獣の気配を感じ取ってしまいそうだ。
守光の片手がスラックスの上から腿を撫で始める。和彦は、自分の従順さが試されているのだとすぐに理解した。そこに、懲罰的な意味も含まれているとも。
守光の意に沿わない行動を取ったと、和彦には当然自覚がある。鷹津のこと、清道会のこと、御堂のこと。何より、守光を避けてしまったこと――。
強張った息を吐き出した和彦は、何事もないように前に向き直る。守光の手は動き続け、腿の内側へと入り込み、促されるまま足をわずかに開く。
両足の中心にてのひらが押し当てられたとき、さすがに声が洩れそうになったが、寸前のところで堪える。敏感な部分を刺激されながら和彦が危惧したのは、玲との間にあった出来事を、守光に把握されているのではないかということだった。
誰かに見られたわけでもなく、唯一察していた様子の御堂も、あえて守光に報告するはずがない。
「――何か、あったのかね? 最近会わなかったうちに、ずいぶんあんたの艶が増したような気がするんだが」
こちらの心の内を読んだように、守光に小声で囁かれる。和彦は正面を向いたまま答えた。
「いえ、何も……」
「塞ぎ込まれたままなのも心配だが、艶が増すのはそれ以上に困る。誰かがあんたに懸想して、あの刑事――元刑事のようにつきまといでもしたら、面倒だ」
せっかく追い払ったのに、と聞こえるはずのない守光の心の声が耳元でしたようだった。
和彦が体を強張らせている間も守光の手は動き続け、スラックスの前を寛げられ、指が入り込んでくる。
「あっ……」
下着の上から欲望をまさぐられたあと、ためらいもなく直に触れられ、さらに外へと引き出された。和彦は制止の声も上げられず、されるがままとなる。
欲望を柔らかく握られて、ゆっくりと扱かれる。突然与えられた刺激に、和彦は浅い呼吸を繰り返し、自分を律しようとするが、実はそこまでする必要もなく、気持ちはともかく体の反応は冷静だった。守光の指に根本や括れを擦られても、欲望は身を起こすどころか、熱くもならない。
前に座る男たちは、後部座席の二人の異変に気づいていないのか、あえて知らないふりをしているのか、様子をうかがう素振りすら見せない。和彦はそれでも、必死に声を殺し、物音すら立てまいと努める。
「いつもは愛想がいいのに、今日は機嫌が悪いようだ」
ひそっと守光に囁かれ、カッと体が熱くなる。手の中で欲望を弄びながら守光が続けた。
「さて、誰かに可愛がってもらったあとかな……」
和彦は言葉もなく、守光を見つめる。一体何を、どこまで把握しているのか、一切うかがわせない穏やかな表情のまま守光が、和彦のシートベルトを外した。指示されたわけではないが、和彦もおずおずと守光のシートベルトを外す。
肩を抱き寄せられ、息もかかる距離で視線を交わし合う。そのまま唇が重なっていた。
じっくりと丹念に唇を吸われ、促されるままに差し出した舌を通して唾液を流し込まれ、和彦は喉を鳴らして受け入れる。そのまま口腔に侵入してきた舌が、和彦の官能を呼び起こそうとするかのように蠢く。
丁寧で優しいが、拒絶を許さない傲慢ともいえる口づけだった。和彦にとっては、あまりに慣れ親しんだものだ。だからこそ、ふっと脳裏に蘇るのは、初々しくぎこちない玲との口づけだ。
思い出してはいけないと自分に言い聞かせるが、和彦の体は隠し事ができなかった。
「んっ」
守光の手が再び欲望にかかり、てのひらで擦り上げられる。ようやく欲望の高ぶりを覚え、おずおずと形を変え始めていた。引き出された舌を濡れた音を立てて吸われながら、欲望を扱く手の動きが速くなる。和彦は喉の奥から声を洩らし、ビクビクと腰を震わせていた。
先端がしっとりと濡れ始めると、一度愛撫の手が止まり、少し間を置いてから欲望がハンカチに包まれる。再び性急な愛撫を与えられ、和彦は上り詰める。
まるで、精を搾り取られたようだった。ハンカチに向けてわずかに精を吐き出したあと、荒い呼吸を繰り返す和彦を、守光は片腕で優しく抱き寄せる。
「近いうちに、じっくりと時間を取ろう。あんたと相談したいこともあるしな……」
一体何をと、和彦が視線を上げると、守光は穏やかな微笑を浮かべていた。なんとなく臆した和彦は黙って頷く。
乱れた格好を整えている間に、車はある建物の駐車場へと入る。ここで、自分が乗ってきた車に戻るよう言われるのかと思ったが、守光が座っている側のドアが開いた。戸惑う和彦に、守光はこう告げた。
「あんたはこのまま、マンションまで戻るといい。ちょうど護衛役に南郷もついている。誰に任せるより、わしも安心だ」
和彦が何も言えないうちに守光が車を降り、ドアが閉められる。再び車が走り始め、和彦は深く息を吐き出したあと、急いでシートベルトを締めた。
守光がいなくなった途端、車内にまだ淫靡な空気が残っているように感じ、和彦は黙ってウィンドーをわずかに下ろした。ひんやりとした風が吹き込んできて、熱くなっている頬を撫でる。
南郷がちらりと振り返る。和彦はハッとして、すぐにウィンドーを上げた。
「……すみません。勝手に窓を開けて……」
「どうやら、この間の襲撃のショックは回復できたようだな、先生。それともその無防備さは、俺たちの護衛に対する信頼の表れか?」
嫌なことを思い出し、和彦はそっと眉をひそめる。車で襲撃を受けた衝撃はもちろん忘れたわけではないが、その襲撃を仕掛けたのが守光ではないかという、御堂から注ぎ込まれた〈毒〉がまっさきに蘇ったのだ。
守光の計画を、南郷が把握していないはずもなく――。
和彦は不信感を込めて、南郷の大きな後ろ姿を凝視する。すると、唐突に南郷が切り出した。
「第一遊撃隊隊長の家ではゆっくりできたか、先生?」
「えっ、あっ……、はい。ずいぶんよくしていただきました。清道会の綾瀬さんにも」
口にしたあとで、綾瀬の名を出してよかったのだろうかと思ったが、そもそも清道会会長の祝いの席に呼ばれたのだ。なんらおかしくはない。
「清道会としては、願ったり叶ったりだろうな。あんたが襲撃された件で疑いがかかって、居心地が悪い思いをしていたところに、そのあんたが来てくれたんだ。――長嶺組長は度量が大きい。俺なら怖くて、家に閉じ込めて一歩も外に出さない」
「……ぼくには、よくわかりません。組の事情も、組の上の人たちが何を考えているかも。今回はただ、連休でのんびり過ごしていただけです。それ以外のことは何も……」
「まあ、オンナの扱いなら慣れているか。あいつなら」
『あいつ』とはもちろん、御堂のことだろう。しかし南郷の口調には嘲りのような響きがあり、それが気に障る。もしかすると南郷なりの、和彦への当て擦りなのかもしれない。
だから、南郷と会話をするのは苦手なのだ。無駄に神経を尖らせて、疲れてしまう。
和彦は聞こえよがしにため息をつくと、スッと視線を外へと向ける。こちらとしては会話を打ち切ったつもりなのだが、南郷には通じなかったようだ。何事もなかったように話しかけられる。
「そういえば先生、清道会会長の祝いの席で、いろんな人間に引き合わされただろう。顔と肩書きを少しは覚えられたか?」
「……どうでしょう」
「覚えておいて損はない。今後、どんな形であれ、総和会と関わってくるかもしれないからな」
その物言いが気になり、反射的にシート上で身じろぐ。さきほどは和彦のため息を無視したくせに、南郷は気配に敏感だった。シート越しに一瞥され、和彦は思わず問いかける。
「南郷さんはもしかして、知っているんですか?」
「何をだ」
「祝いの席に、誰が出席していたのか」
「とりあえず隊の人間を張り込ませて、出席者の顔をビデオで撮らせてはおいた。このことは、向こうも察しているだろうし、見せつけてもいたはずだ。うちは後ろ暗いところはないが、いざとなれば、手段を選ばない、ってな」
「それは――」
南郷の口元に意味ありげな笑みが浮かび、和彦は身構える。
「御堂の昔の男が来ていただろ。清道会の組長補佐じゃないぜ。他所から来ていた男のほうだ」
南郷が、御堂の過去を露骨に口にするのは、そうすることで辱めているつもりなのだろうか。ふと、そんなことを考えたあと、嫌な男だと、和彦は心の中で呟いておく。
「――……伊勢崎さんには、お会いしました」
「今は伊勢崎組を率いているんだったな。俺自身は、本人と顔を合わせたことはないんだが。なかなかのやり手だそうだ。組自体はそう大きくはないが、何しろシンパが多いらしい。今じゃ、北辰連合会では欠かせない男だとまで言われている」
「詳しいんですね」
和彦の言葉に、南郷が派手な笑い声を上げる。
「総和会で隊を任されている身だからな。情報収集も仕事の一つだ」
「だったら、全国の組の情報をすべて把握しているんですか?」
「いや、そこまでは。気になるところだけ、だな」
和彦は昨日知ったばかりの、伊勢崎組――というより龍造の動向が頭に浮かんだが、南郷に報告するつもりは一切なかった。情報収集が仕事だというのなら、いずれ南郷の耳に入るだろうし、もしかするとすでに把握しているのかもしれない。
心情としては、御堂の立場が悪くなるようなことはしたくなかったのだ。
余計なことは言うまいと心に誓った次の瞬間、南郷に問われた。
「先生の、伊勢崎龍造の印象を聞いてみたいな」
「印象ですか……。気さくな方でした」
「他には?」
「……いい父親という感じでした。息子さんをずいぶん可愛がっている様子で」
どういう意味か、南郷は軽く鼻を鳴らした。
「南郷さん?」
「極道も人の子。やっぱり血の繋がった我が子は、何より可愛くてたまらないんだろうな。……今のところ、これはあんたの子だと訴えてくる女もいない、独り者の俺には到底わからない感覚だ」
南郷の脳裏に浮かんでいるのは、伊勢崎父子のことだけではないだろう。
踏み込んではいけない南郷の闇に触れてしまったような気がして、和彦はブルッと身を震わせた。
湯から上がり、浴衣に袖を通した和彦は鏡の前に立つ。後ろめたさと羞恥を噛み締めながら、鏡に映る自分の体を凝視する。
約一週間前、玲によってつけられた無数の愛撫の跡は、目に見える範囲ではすでに消えている。和彦は胸元に軽く指先を這わせてから、浴衣の前を合わせた。
帯を締め、濡れた髪を掻き上げてから、もう一度だけ鏡の中の自分を一瞥して、脱衣所をあとにする。向かうのは、賢吾の部屋だ。
障子を開けると、いつもなら座卓で悠然と待ち構えているはずの男の姿はなく、一瞬困惑した和彦だが、すぐに隣の寝室に電気がついていることに気づく。おそるおそる歩み寄ると、思った通り、賢吾はいた。
すでに床が延べられており、その傍らに胡坐をかいて座っている姿を見て、和彦の心臓の鼓動は大きく跳ねる。
今晩は、なんのために本宅に呼ばれたのか、十分に理解している。久しぶりに〈オンナ〉としての務めを果たすためだ。
賢吾としては、これ以上ない寛容さと忍耐力を持って、和彦の精神が安定するのを待っていたのだろう。それとも、〈あの男〉の面影が和彦の中から薄れるのを待っていたのか――。
湯上がりのせいばかりではなく、ますます熱くなっていく頬の熱を意識したくなくて、取り留めなくあれこれと考え、立ち尽くす。そんな和彦に、賢吾は薄い笑みを向けてくる。この瞬間、意識のすべてが、目の前の男に奪われる。
手招きされ、側に歩み寄る。促されるまま傍らに腰を下ろすと、すかさず肩を抱かれた。間近からじっと見つめられて、最初は落ち着きなく視線をさまよわせていた和彦だが、眼差しの威力には逆らえない。おずおずと見つめ返した。
心の奥底まで浚ってくるような賢吾の目に、ちらちらと大蛇の影が見える。ずいぶん久しぶりに、この目を直視した気がした。
執着心と独占欲の塊のような男に、どれだけの我慢を強いたのだろうかと想像した次の瞬間、己の自惚れぶりに和彦はひどくうろたえる。
ここで賢吾が、ふっと表情を和らげた。
「お前は意外に、表情がころころと変わる」
いきなり『お前』と呼ばれて、それだけで胸の奥がジンと疼いた。
「ほら、また変わった。……艶っぽい、いやらしい顔になった」
囁きながら賢吾の唇がそっと重なり、和彦は細い声を洩らす。もっと触れてほしい、と率直に感じた。
濡れた後ろ髪を手荒くまさぐられながら、二度、三度と賢吾と唇を啄み合う。穏やかな口づけの合間に賢吾に問われた。
「――浮気しただろう、和彦」
ピクリと体を震わせた和彦は、咄嗟に怯えの表情を浮かべる。正直すぎる和彦の反応に、賢吾は苦笑した。
「秋慈か?」
「違うっ」
和彦はムキになって断言したあと、ぼそぼそと付け加えた。
「それは……、御堂さんに失礼だ」
「ふむ。長年のつき合いがあるというのに、秋慈はどうやら、お前とのほうに友誼(ゆうぎ)を感じているようだ。電話で聞いたが、お前と誰かがいい感じだなんて、一切教えてくれなかったぞ。薄情な奴だと思わないか?」
どこか嘲りも含んだ賢吾の物言いに、和彦はふと、料亭で守光から言われた言葉を思い出す。
『オンナ同士、相性がいいのかもしれんな』
賢吾も同じようなことを言うのだろうかと、和彦は強い眼差しを向ける。それに気づいた賢吾が、こめかみに唇を寄せてきた。
「冗談だ。お前が久しぶりに穏やかな表情をしているから、妬けたんだ」
「……誰に?」
ひそっと和彦は囁きかける。賢吾は短い言葉の意味を即座に理解したらしく、目を細めた。後ろ髪を掴まれたため、和彦はわずかに顔を仰向かせる。
「悪いオンナだ。――秋慈以外の誰が、お前を慰めてくれたんだ」
「慰めじゃない。求めてくれたんだ」
怖い男の両目を、怯みそうになりながらも和彦は見つめ続ける。賢吾は淡々とした口調でこう言った。
「浮気相手を見つけ出して、いろいろと切り落としてやるか」
和彦は短く息を吐き出すと、賢吾の挑発に乗った。
「――あんたが言ったんだ。遊びは許す、と」
「これまでの経験で、さんざん骨身に染みたと思ったんだがな。ヤクザの言うことを信用するなってことは」
和彦自身、玲に言ったことだ。なんとか不安や怯えを表情に出すまいと踏ん張っていたが、この瞬間、すがるように賢吾を見つめてしまう。
賢吾が首筋に顔を寄せ、じわじわと歯を立ててきた。このまま皮膚どころか肉まで食い千切られるのではないかと、硬い歯の感触に怖気立ったが、同時に和彦の胸の奥で熱いものがうねった。この行為が、賢吾の強い執着心を表していると、よくわかっているからだ。
「賢吾……」
思わず呼びかけると、首筋をベロリと舐め上げられる。
「本当に、性質の悪いオンナだ。浮気を許可してすぐに、相手を見つけ出して、咥え込んで。どうせ、相手の男も骨抜きにしたんだろ」
誰だ、と低い声で問われる。物騒な響きを帯びたバリトンに、甘い眩暈に襲われる。そこでまた、首筋を舐め上げられる。
「……わかって、るんだろ……」
「お前の口から聞きたい。どんな男に抱かれたか」
肩を抱いた賢吾の手が浴衣の合わせから入り込み、荒々しく胸元をまさぐってくる。てのひらで転がすように刺激され、緊張もあって瞬く間に胸の突起が硬く凝ると、すかさず指の腹で捏ねられる。
「ここは、弄られたか?」
「言いたく、ない」
そう答えた次の瞬間、布団の上に突き飛ばされ、浴衣の裾を捲り上げられた。和彦が下着を穿いていないと知り、賢吾がニヤリと笑む。
「準備万端だな。俺の機嫌を取るつもりだったのか?」
「どうしてぼくが、そんなことをしないといけないんだ。――あんたが、ぼくを欲しがると思ったから、準備しただけだ。機嫌を取るのは、あんたのほうだ」
ほう、と声を洩らした賢吾が笑みを消し、威圧的にのしかかってくる。両足の間に膝が割り込まされ、中心にあるものを露骨に刺激された。
「それは、どういう理屈でだ?」
「……鷹津の件で、あんたはずっと怒っている。だけど、ぼくに鷹津をつけたのは、あんただ。結果としてぼくは傷ついた。そこから癒されるための手段については、あんたには……、長嶺の男たちには、とやかく言わせない」
「すごい理屈だな。自分でも、どれだけ乱暴なことを言っているか、わかるだろ」
「だけど実際、ぼくは少し楽になった。〈彼〉のおかげで」
「――……つまり、高校生のガキとの遊びが、よかったんだな」
和彦は驚くことなく賢吾を見つめる。電話で玲のことを話していたこともあり、賢吾なら察しているだろうと思っていたのだ。
大きな手に顔を覆われそうになり、さすがに身を強張らせたが、手荒く頬や髪を撫でられて、おずおずと力を抜く。
「開き直ったお前は、怖い。怖い、オンナだ……」
「そうしたのは、誰だ」
「そうだな。俺たちの執着と環境が、お前をピカピカに磨き上げちまった」
低い笑い声を洩らした賢吾が、今度は強引に唇を重ねてくる。噛みつく勢いで唇を吸われ、舌先で歯列をこじ開けられて口腔を犯される。剥き出しとなっている腿を荒々しくまさぐられ、尻の肉を強く掴まれて和彦は呻き声を洩らす。それすら唇に吸い取られ、結局、余裕なく賢吾と舌を絡め合っていた。
久しぶりの賢吾との濃厚な口づけは、気が遠くなるほど気持ちよかった。
賢吾の手が両足の間に入り込み、いきなり柔らかな膨らみをまさぐられる。ここを弄られるのも、久しぶりだった。
「うっ、うぅっ」
痛みを感じるほど乱暴に揉みしだかれ、腰が震える。暴力的な行為に怯えながらも和彦は、促されるままに大きく足を開き、どんな愛撫でも受け入れるという姿勢を見せる。賢吾の指先は的確に弱みを探り当て、打って変った優しい手つきで刺激してきた。
和彦は、賢吾の下で身をくねらせ、息を弾ませる。
「ここも、弄られたか?」
「そこは……、ない。怖い、から――」
「慣れた男に弄られるのが一番か?」
涙が滲んだ目で賢吾を睨みつけると、軽く唇を吸われた。
「お前の機嫌は取らない。むしろ俺のオンナとして、しっかり仕置きをしないとな」
囁かれた途端、どうしようもなく体が疼いた。和彦は小さく喘いで答えた。
「それでも、いい……」
ようやく玲の愛撫の痕跡が消えた体に、賢吾は容赦なく吸いつき、歯を立てていく。到底、愛撫と呼べるものではなく、和彦はときおり痛みに声を上げ、本能的に逃れようとすらしたが、がっちりと押さえ込まれる。
「ひっ……」
〈オンナ〉には必要ないとばかりに、最初のうちに欲望をしっかりと紐で縛められていた。賢吾はときおり指の腹で先端を擦り上げると、すぐに興味を失ったように、今度は執拗に柔らかな膨らみを揉みしだき、弱みを攻める。
和彦は甲高い悲鳴を上げ、全身を戦慄かせる。刺激の強さに惑乱し、賢吾の肩を押し上げようとしたが、それが気に食わなかったのか、いきなりうつ伏せにされて、後ろ手に浴衣の紐で手首を拘束された。
無造作に腰を抱え上げられたところで、一旦賢吾の体が離れた。
「――お前をどうやって仕置きしてやろうかと考えて、いろいろと準備しておいた。誰も彼も甘やかして咥え込む淫奔な尻には、特に念入りに躾をしてやりたいしな」
ピシャリと尻を叩かれたあと、冷たい潤滑剤が秘裂に垂らされる。さらに、指によって内奥にも施され、よく解されないまま、熱く硬い感触がいきなり挿入されてきた。
「ううっ、うっ、うっ、うくっ……」
苦しさと痛さに呻き声を洩らした和彦は、必死に上体を動かして前に逃れようとしたが、腰を掴まれて引き戻される。このとき、内奥深くまで欲望をねじ込まれた。
息をするたびに、痛みが頭の先まで響く。潤滑剤の滑りのおかげで、内奥の粘膜が切れることはないが、圧倒的な重量を持つものに強引に押し広げられているため、まるで下肢から引き裂かれているようだ。
しかし和彦は、痛いのは嫌だと訴えられなかった。いつでも和彦を快感で追い詰めてきた男が、今は容赦なく痛みを与えてくる理由を、理解しているつもりだ。
これは剥き出しの、賢吾の執着心と独占欲だ。和彦が体を重ねた玲に対してのものもあるだろうが、何より強いのは、さんざん和彦の気持ちを掻き乱して姿を消した鷹津に対してのものだろう。賢吾は、嫉妬に狂っているのだ。
和彦と会わなかったおよそ一か月の間、賢吾は一人で煮え滾る感情と向き合っていたのかもしれない。
内奥からズルリと欲望が引き抜かれ、高々と腰を突き出した姿勢を取らされる。濡れてひくつく内奥の入り口を指で擦られ、さらに潤滑剤を垂らされる。柔らかな膨らみにも垂れ落ちていき、そこを指で揉み込まれて、上擦った声を上げて腰を揺らす。
「んうっ」
再び背後から挑まれ、内奥を犯される。乱暴に腰を突き上げられるたびに、賢吾の引き締まった下腹部と尻がぶつかって派手な音を立てる。そこに、粘膜同士が強く擦れ合う卑猥な音も加わる。
和彦の快感を一切考慮しない一方的な行為は、さほど長くは続かなかった。一際大きく腰を突き上げられた次の瞬間、賢吾が尻の肉を鷲掴む。内奥深くに熱い精を注ぎ込まれていた。
ゆっくりと繋がりが解かれてから、和彦は詰めていた息を吐き出す。
「――久しぶりだからこそ実感するな。お前の尻の具合のよさを。こんなものを高校生に味わわせたんだから、それは、酷ってもんだぜ」
賢吾の皮肉交じりの言葉に、上気した頬がさらに熱くなる。
内奥に指を挿入され、乱雑に掻き回される。指が引き抜かれると同時に、注ぎ込まれたばかりの精と潤滑剤がドロリと溢れ出してきて、その感触に和彦は腰を震わせる。
「尻をしっかり締めてろ。これから、いいものを食わせてやる」
背後からかけられた言葉に、なぜか寒気を感じた。今度こそ容赦なく痛めつけられるのではないかと思ったのだ。覚悟はしてはいるものの、だからといって怖くないわけではない。
両手を後ろで縛められ、肩を布団に押し付けた不自由な姿勢で、なんとか賢吾の様子を探ろうと身じろいだが、ここで内奥の入り口に何かが触れた。指かと思ったが、いきなり内奥に挿入され、和彦は声を上げる。
「な、に……?」
硬くて滑らかな表面の、丸い形をした異物だ。欲望で擦り上げられたせいで、敏感になっている内奥の襞と粘膜を撫で上げるようにして、ゆっくりと奥へと入り込んでくる。初めて味わう感覚に和彦は戸惑い、怯える。さほど大きなものではないので、痛みはまったくない。しかし、内奥で確かに感じる異物感は強烈だ。
賢吾はさらに、二度、三度と同じ行為を繰り返し、そのたびに和彦の内奥は、押し込まれてくるものを否応なく受け入れていく。
全身から汗が噴き出し、和彦は浅い呼吸を繰り返す。何個目かの異物を内奥に挿入されたが、無意識に締め付けた拍子に、押し戻してしまう。すると、賢吾の指が挿入され、内奥をゆっくりと掻き回された。
「あっ、ああっ」
異物が内奥で擦れ合い、一層奥へと押し込まれる。そこにまた、新たに異物を押し込まれた。
「思った通り、いくらでも食いそうだな。腹の中が、飴玉でいっぱいになるんじゃないか」
「……飴玉……」
「お前の尻に、妙なものを入れるはずがないだろ。いくら、仕置きとはいってもな。男を甘やかして癒す、大事な場所だ」
異物の正体が飴玉だとわかった途端、和彦の内奥は妖しく蠢き始める。指を挿入している賢吾にもそれが伝わったらしく、笑い声が耳に届いた。
「どうしようもないオンナだな、お前は。尻に飴玉を突っ込まれていたと知って、興奮したか?」
羞恥と屈辱感が、和彦の官能に火をつける。内奥の蠢きによって、飴玉の硬い感触を意識していた。すでにもう、欲望でも届かない深い場所にまで入り込んでいる。
「安心しろ。奥まで入っても、じっくりと溶けていくだけだ。そして、お前の中が甘くなる」
飴玉をもう一個押し込まれたところで和彦は、下腹部に違和感を覚える。腰をもじつかせると、賢吾の片手が前に這わされ、紐で縛められている欲望を軽く扱かれる。いつの間にか反応していた。
「どうやら、飴玉を気に入ったようだな」
「違、う――」
「そうか? さっきから尻の中も、ビクビクと痙攣してるぞ」
内奥で妖しく蠢く賢吾の指に、飴玉をまさぐられる。わざとなのか、粘膜と襞に飴玉を擦りつけるように弄られ、和彦は呻き声を洩らして腰をくねらせる。
じっくりと時間をかけて、飴玉を使って内奥を嬲られる。ときおり飴玉を掻き出されるが、すぐにまた押し込まれ、そのとき和彦は、浅ましく身悶えてしまう。
縛められた欲望が痛みを訴える。中からの刺激で身を起こそうとするのだが、巻きついた紐はきつく、和彦を苛むのだ。
「賢吾っ……、前、痛い……」
「仕置きをされている最中なんだから、我慢しないとな」
意地悪く賢吾に言われ、欲望を指で弾かれる。苦しさに涙が滲みそうになるが、内奥から指を出し入れされながら、柔らかな膨らみを巧みに揉みしだかれると、意識は呆気なく快感へと流される。
「ああっ、あーっ、あっ……ん、んっ、んうっ」
もどかしくて何度も身を捩り、なんとか両手の縛めを解こうと力を入れていると、ふいに賢吾の愛撫が止まる。次の瞬間、衣ずれの音がしたかと思うと、ふっと両手が楽になった。
腰を引き寄せられてから、慎重に体を仰向けにされる。このとき、内奥深くで飴玉が擦れ合い、いままで経験したことのないような刺激を生み出す。和彦が唇を噛むと、残酷な笑みを浮かべた賢吾が顔を覗き込んできた。
「感じたか?」
睨む気力もない和彦はすぐに顔を背けたが、あごを掴まれて戻される。与えられたのは、傲慢な口づけだった。熱い舌に歯列をこじ開けられ、口腔に飴玉を押し込まれてくる。賢吾の舌が飴玉をまさぐり、唆されるように和彦も舌先で追いかけていた。甘い味に思わず喉を鳴らし、口腔に唾液が溢れ出す。
賢吾と舌先が触れ合い、絡め合おうとしたが、飴玉が障害となる。すると賢吾の指が口腔に突っ込まれ、あっさり飴玉を掬い取られる。唾液塗れの飴玉の行き先は――。
「あっ、またっ――」
内奥に新たな飴玉を押し込まれたところに、再び高ぶった賢吾の欲望がわずかに挿入される。和彦は震えを帯びた息を吐き出した。
「……ダメ、だ。飴玉が……、怖いから」
「言ったろ。奥に入っても、溶けると。それにあとで、風呂の中で掻き出してもやる。少しずつ湯を入れて、ゆっくりと溶かしながら。そこまで含めて、浮気に対する仕置きだ」
背からゾクゾクするような疼きが這い上がり、賢吾に唇を吸われて吐息をこぼす。
「いい顔だ。……安心しろ。優しくしてやる。大事で可愛いオンナを、何があっても痛めつけるわけがねーだろ」
そう言いながら賢吾の手が、紐で縛められている欲望にかかる。
「こうされるのだって、本当は嫌っちゃいないはずだ」
「そんなわけ、ない――……。本当に、つらいんだ」
「そうか、つらいか」
欲望の先端を爪の先で弄られて息が弾む。その瞬間を見逃さず、賢吾がゆっくりと腰を進める。最初は意地を張っていた和彦だが、すぐに賢吾の肩にすがりつき、両腕を広い背に回す。てのひらに馴染んだ肌の感触に、官能の泉が一気に湧き出す。
「うっ、ううっ――。はあっ、はあっ、あっ、あぁっ……」
思うさま大蛇の刺青を撫で回し、ぐっと背に爪を立てる。興奮を抑え切れないように、賢吾に内奥深くを抉るように突かれ、和彦はビクビクと体を震わせていた。
「いい、イキっぷりだ。やっぱり俺の肉は美味いだろ」
賢吾が力強い律動を刻むたびに、奥深くまで入り込んでいる飴玉が蠢き、擦れ合う。
「あうっ、うっ、賢吾っ……」
「先っぽに、コツコツと飴玉が当たるのは、妙な感じだな。お前も、腹の奥で味わってるか?」
答えたくないと、和彦は顔を背ける。すると欲望がズルリと引き抜かれ、その拍子に、内奥から何個かの飴玉が外に押し出されてきた。なんともいえない感触に和彦は呻き声を洩らし、賢吾にしがみつきながら、再び絶頂に達する。
「あーあ、もったいねーな。ほら、もう一回食わせてやる」
和彦は小さく首を横に振るが、賢吾の甘く淫らな仕置きは続く。蕩けた内奥に容赦なく飴玉を呑み込まされ、挿入された欲望によって、奥深くへと押しやられた。
「あっ、ひあっ、うくっ……、ううっ」
突き上げられるたびに賢吾の腹部に、欲望を擦り上げられる。いつもであれば、とっくに精を噴き上げているはずだが、紐による縛めでそれは叶わない。快感と苦痛の波に翻弄されながら和彦は、もどかしく下腹部を擦りつけようとする。
「解いてほしいか?」
律動の合間に賢吾に問われ、和彦は夢中で頷く。身を起こして震える欲望を指先でなぞられ、嗚咽のような声を洩らしていた。
「早く、解いてくれっ……」
「だったら、俺と約束しろ」
何を、と眼差しで問いかける。賢吾は荒い呼吸を繰り返しながら、食い入るように和彦を見下ろしていた。
「――どんな男と寝て、情を交わそうが、俺の側にいろ」
和彦の返事を待たず、賢吾が唇を塞いでくる。激しく唇を吸われ、引き出された舌に容赦なく歯を立てられ、一方で内奥深くを間断なく突き上げられる。和彦は、満足に息もできなくなるほどの絶頂感を味わう。いつの間にか欲望の紐を解かれ、悦びの証である精を噴き上げていた。
淫らな蠕動を繰り返す内奥に、賢吾もまた、二度目の精を注ぎ込んでくる。その感触に和彦は、賢吾の下で身悶える。
「返事を聞かせろ、和彦」
体中の感覚が敏感になり、何度目かの肉の悦びを極めている和彦に、痺れを切らしたように賢吾が促してくる。その手は、再び身を起こした欲望にかかっていた。根本を強く締め付けられたが、和彦が上げたのは悲鳴ではなく、媚びるように甘い声だった。
睨みつけた先で賢吾は、真剣な表情をしていた。和彦はのろのろと片手を伸ばし、髪に指を差し込む。
「あんたが、そういう物言いをするときは、たった一つの返事しか求めてないだろ」
「当たり前だ。嫌なんて言わせるか」
「……だったら、聞かなくてもいいじゃないか」
「でも聞きたいんだ。お前の口から」
自分はこの男から強く求められているのだと実感していた。他の男と体を重ねることを許しながら、和彦がその男に心を奪われることを、絶対に許さない。体はいい。心だけは独占させろと、傲慢に主張しているようなものだ。
こんな男が、声だけとはいえ、和彦が父親と接触したと知れば、どんな行動に出るか――。
和彦が何より恐れるのは、賢吾が作る堅牢な檻に閉じ込められることよりも、俊哉によってその檻から連れ出されることだ。賢吾がみすみす許すとは思えなかった。
「ぼくは――」
賢吾の頭を引き寄せて、和彦は耳元で囁いた。
もちろん、賢吾が望んでいる言葉を。
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