と束縛と


- 第38話(3) -


 どこかで事故でもあったのか、珍しい場所で渋滞が起きており、車は遅々として進まない。
 口に出しては言えないが、クリニックでの仕事を終えたばかりである和彦としてはいくら時間がかかってもかまわないのだが、前列に座っている総和会の護衛の男たちはそうではない。なかなか進まない車列に、明らかに苛立っていた。
 すっかり暗くなった外の景色を見遣って、和彦が重苦しいため息をそっとついたとき、ジャケットのポケットの中で携帯電話が鳴った。
 表示された名を見て、慌てて電話に出る。ようやく、待ちかねていた相手からの電話だったのだ。
「加藤くんはどうなった?」
 勢い込んで問いかけると、数秒の間を置いてから苦笑交じりの声が返ってきた。
『その様子だと、先生はずいぶん気にされていたようですね』
「まあ……、目の前で起こったことだから。隊に入ったばかりで張り切っていたのに、あれでつまずくことになったら可哀想だ」
 本音の半分はまた別のところにあるのだが、どうやら上手くオブラートに包めなかったようだ。抑えた声音で中嶋に指摘された。
『単なる新入りとしてじゃなく、俺と加藤の関係を知ったうえで、気になっているんでしょう? いや、心配してくれているのかな、先生は』
 前列に座る男たちが聞き耳を立てていると思うと、迂闊なことが言えない。和彦が沈黙で返すと、それでも中嶋にはしっかりと意図が伝わった。
『寝た相手っていうのは、なんだか勝手が違いますね。普段、若い連中をあごで使い慣れているつもりだったのに、あいつは――加藤は、どうも俺の思惑を外れた行動を取る』
 中嶋の愚痴の中に、わずかながらノロケも含まれているような気がして、和彦は意識しないまま微妙な表情を浮かべる。なんと答えようかと逡巡していると、電話の向こうで微かに笑い声がした。
『一体なんのことかと驚かないということは、秦さんから聞いたんですね。加藤のこと』
「……君も承知のうえで、教えてくれたのかと思っていた」
『〈浮気〉した俺への、牽制のつもりだったんでしょう。――加藤とは、そういうのじゃないと説明はしたんですけど、信用されてないのかな』
 他人のことはいえないが、中嶋と秦の関係も不思議だ。打算含みで割り切っているようでありながら、それだけではない。少なくとも中嶋が、葛藤のうえで秦との関係を進めたことを和彦は間近で見ており、そこに情があることも知っている。
 だからといって、恋人同士といえるほど甘い結びつきではなくて――。
 和彦自身、いろいろと思い当たることが多すぎて、あえて意見を口にするのはやめておく。
「それで、加藤くんは大丈夫なのか? もちろん、君も」
『ええ。加藤のほうは、ぶん殴られはしていましたが、今回は大目に見てもらえました。南郷さんが目をかけているというのもあって、しばらく隊の仕事から外されはしますが、戻れますよ。どなたかのおかげで、長嶺組からは大事にしないと言っていただけましたし。俺のほうも、軽い注意で済みました』
「そうか……。よかった」
 そう呟いた和彦の脳裏に浮かんだのは、苦々しい思いを噛み締めながら南郷に電話をかけた自分の姿だ。頼みたいことがあると告げると、南郷はなんとも楽しげに低い笑い声を洩らしたのだ。二人の処分が軽くて済んだのなら、行動した甲斐はあったというわけだ。
『純粋に心配してくれていた先生に、こんなことを言うのは気が引けるのですが――……』
「なんだ?」
『加藤の奴、護衛のシミュレーションだなんてもっともらしいことを言ってましたけど、本当のところは、ただ先生に興味があったそうです』
「興味って……」
『俺に抱かれて、俺を抱いている人を、間近で観察したかった、と』
 考えもしなかったことを言われて和彦が絶句すると、こちらの様子を探るように助手席の男がちらりと振り返る。慌てて表情を取り繕った。
『それを聞いて、妙に納得したんです。先生と秦さんの仲をあれこれ邪推していたときの俺も、こんな感じで暴走していたなと思って。嫌なもんです。いろいろと満たされると、人はあっという間に傲慢になる。恥ずかしい出来事を、都合よく思い出にして』
 自分で言って思うところがあったのか、中嶋は笑い声を洩らした。もしかすると、急に気恥かしさに襲われたのかもしれない。つられて和彦も口元を緩める。
『なんだか、先生と二人で飲みながら、じっくり話したくなりましたよ。今晩は、もう自宅に戻られているんですか?』
「いや……、仕事は終わったんだが、今日はこれから――」
 和彦が口ごもると、察しのいい中嶋はそれだけで事情を解してくれた。
 今度一緒に飲もうと約束をして電話を終えると、そのまま電源も切ってしまう。無意識にため息をつきそうになった和彦だが、いろいろと邪推されるのではないかと自制心が働き、ぐっと堪えた。
 ようやく渋滞を抜けた車がいくぶんスピードを上げる。向かうのは、総和会本部だった。
 朝、出勤前に守光本人から連絡が入り、仕事を終えてから来るよう言われたのだ。はっきりとは言われなかったが、一夜を共に過ごすよう匂わされ、和彦に否と言えるはずもなかった。
 見方を変えれば、守光に疑問をぶつけられる機会を得たともいえる。
 自分の父親と守光は、本当はどんな関係であったのか――。
 緊張のためわずかに冷たくなった自分の手を、和彦はきつく握り締めた。


 食事をしながら守光に切り出してみようという和彦のささやかな計画は、実行には至らなかった。肝心の守光が、会食のため外で夕食をとったということで、用意されていたのは和彦一人分だったのだ。
 しかも守光は、急ぎの書き物があるということで自室に入ってしまった。結局和彦は、給仕をする吾川と他愛ない世間話をしつつ食事をとり、その後、勧められるまま風呂に入った。
 浴衣を着て髪を乾かしたあと、一旦客間に入ったが、なんとも身の置き場がない。守光に急ぎの用事が入ったのなら、このまま滞在していても自分は邪魔になるのではないかと、和彦はこっそり吾川に尋ねたが、穏やかな笑みを返されただけだった。
 その笑みの理由は、一時間もしないうちに理解できた。吾川に呼ばれて客間から顔を出すと、守光の用事が終わったと耳打ちされた。
 吾川が玄関から出ていき、取り残された和彦は数分ほどまごついていたが、いつもと同じ流れではないかと自分に言い聞かせ、守光の部屋の前に立った。こちらから声をかける前に、気配でわかったらしく中から守光に呼ばれた。
 そっと襖を開けて中に足を踏み入れると、まっさきに、延べられた布団が視界に入ってドキリとする。傍らには、すでに見慣れた漆塗りの文箱があった。無視できない妖しいざわつきが生まれ、思わず和彦は胸に手を遣る。
「どうかしたかね」
 文机の前に座っている守光に声をかけられて、和彦は我に返る。穏やかな眼差しを向けられると、まるで操られるかのようにぎこちない動きで襖を閉めた。守光に手招きされ、側に座る。
「もう、書き物のほうはよろしいのですか?」
「ああ。急に礼状が必要になった。年を取ると、書き慣れた文章でも捻り出すのに苦労して困る」
 ここで沈黙が訪れる。視線を伏せがちにしていた和彦だが、思いきって守光を見ると、冷徹ともいえる眼差しをまっすぐ向けられていた。胸に広がる衝撃に、一瞬息が止まる。
「あんたとこうしてゆっくりできるのは、何日ぶりだろうな」
「……すみません」
「責めているわけじゃない。あんたにはあんたの都合があって、予定もある。わしのわがままを押し付けるわけにはいかん。ただ、そろそろ急がねばならんことがあって、今日は慌ただしいことになってしまった」
「それは――」
 先日から言われている相談したいことだろうか。そう思った和彦は確認しようとしたが、口元に薄い笑みを浮かべた守光に先にこう言われた。
「まあ、その話はあとで」
 立ち上がった守光が羽織を脱いでから片手を差し出してくる。一瞬ためらいはしたものの和彦はその手を取った。
 布団の上に座って肩を抱かれたとき、和彦はやはりどうしても、俊哉のことを考えずにはいられなかった。守光は、やはりこうして、自分の父親の肩を抱いていたのだろうかと。もしくは、抱かれたのか。
 和彦の体の強張りを感じ取ったのか、宥めるように守光が浴衣の上から肩先を撫でる。
「憂いを帯びた顔をしている。何か心配事があるんじゃないのかね」
「いえっ、そういうわけでは……」
「あんたの場合、どこかの男に言い寄られているんじゃないかと、年甲斐もなく気を揉んでしまう。だったら、なんでも打ち明けてもらったほうが安心する。わしにできることなら、手を貸すこともできるし」
 守光の言葉に感じたのはもちろん心強さではなく、空恐ろしさだった。何も言えない和彦だったが、優しい手つきであごを持ち上げられたとき、ようやく小さく声を洩らす。しかし、言葉を発するには至らず、その前に守光に唇を塞がれていた。
 丹念に何度も唇を吸われながら、守光の片手が浴衣の合わせから差し込まれる。胸元にひんやりとしたてのひらが押し当てられたとき、速くなっている自分の鼓動を知られるのではないかと、和彦は緊張する。
 心の奥底まで探るように、守光がじっと両目を覗き込んでくる。狡猾で老獪な狐の放つ毒は、瞬く間に和彦の全身に回り、否応なく体の強張りを解いていく。
 浴衣の前を大きく寛げられて肌をまさぐられながら、口腔に守光の舌が入り込んでくる。感じやすい粘膜をじっくりと舐め回されていくうちに、促されたわけではないが舌先を触れ合わせていた。さらに、緊張のため硬く凝った胸の突起をてのひらで捏ねるように刺激される。和彦の官能を高めるために、守光は急がなかった。
「んっ……」
 引き出された舌を甘噛みされて、鼻にかかった声が洩れる。それをきっかけに、緩やかに舌を絡め合っていた。
 胸の突起を抓るように愛撫してから、浴衣を肩から落とされる。肩先に生ぬるい空気を感じて小さく身を震わせた次の瞬間、やや乱暴に布団の上に押し倒された。和彦は目を見開いたまま守光を見上げる。
 守光は、浴衣をはだけさせた和彦の体を目を細めて眺めながら、下肢に手を這わせてきた。ふくらはぎから膝裏にかけて撫で上げられながら、足を広げさせられた。浴衣の裾を大きく割り開かれたかと思うと、下着に手がかかった。何も言われなかったが和彦は腰を浮かせる。
 下着を脱がされて無防備な姿となると、露わになった内腿にてのひらを押し当てられた。守光の目は、容赦なく和彦の体を検分してくる。下肢をまさぐられながら、義務とばかりに露骨な質問をぶつけられた。
 和彦が本部を訪れなくなって一か月以上経つ間に、何人の男と、何回体を重ねたのか、と。
 守光が本当に知りたがっているのかはわからないが、それでも和彦は、震える声で告白せざるをえなかった。長嶺の男が見せつけてくる執着に、抗えない生き物となった証なのかもしれない。
 帯を解かれて浴衣を脱がされると、体中に守光の愛撫を受ける。ここまでの空白の期間を埋めるように、肌にはしっかりと鬱血の跡を残されていった。
「あっ、うぅっ……」
 指先で執拗に弄られ、これ以上なく硬く凝った胸の突起を口腔に含まれる。強く吸い上げられ、歯を立てられながら、両足の間に差し込まれた手に、欲望を握り締められると、ビクビクと腰が震える。
「――高校生に、この淫奔な体を味わわせるのは、もはや愛情深いとは言わんだろう。酷というものだ」
 いつになく激しい守光の愛撫に最初は怯えていた和彦の体は、柔らかな膨らみをじっくりと揉みしだかれるようになると、うっすらと汗ばみ、浅ましく腰を揺らすようになっていた。
 しなり始めた欲望を撫で上げられて、たまらず喉を鳴らす。守光が楽しげに口元を緩めた。
「ようやく熱くなってきた」
 そう呟いた守光が布団の傍らに置いた文箱へと手を伸ばす。反射的に和彦は顔を背け、中から何を取り出すのか見ないようにした。
 膝に手がかかり、促されるままに両足を大きく開くと、冷たく滑った感触が尻の間に触れる。和彦は短く声を洩らしたが、従順に守光に身を任せ続ける。守光は、慣れた手つきで内奥の入り口に潤滑剤を施し始めた。
「長嶺の大事なオンナと知りながら、あんたに手を出した高校生の話がもっと聞きたい。どこの誰なのか、よかったら話してくれないか、先生」
 高校生と寝た、という告白だけでは、やはり守光は納得していなかった。
 身を貫くような怯えに一度はきつく目を閉じた和彦だが、守光の指に思わせぶりに内奥の入り口をまさぐられ、おずおずと目を開ける。やはり守光は、楽しげな表情を浮かべていた。
 片足を抱え上げられて腰がわずかに浮く。的確に動く指が、ゆっくりと内奥に挿入されてきた。
「あぁ……」
 うねるように這い上がってくる切ない感覚に、吐息が洩れる。ヌルヌルと内奥から指が出し入れされ、潤滑剤をたっぷり塗り込められていく。潤った襞と粘膜をさらに擦り上げられ、円を描くように動かされると、淫靡な湿った音がこぼれ出る。
 ふいに指が付け根まで挿入される。和彦は甘い呻き声を洩らすと、自分ではどうしようもできない反応として、必死に指を締め付ける。抱えられた足の先を突っ張らせていた。
「賢吾はあんたを甘やかしすぎるきらいがある。わざわざ長嶺組の護衛を外して、あんたの身を御堂に預けたりな。御堂とあんたの立場は近い。九月の連休中、いい気分転換ができたと言っていたが、自由に過ごせたという意味だろう」
 守光の口ぶりは、すべて把握していると言っているようなものだった。賢吾が報告したのだろうかと、問いかけるような眼差しを和彦が向けると、守光は首を横に振る。
「賢吾は、あんたのことに関しては、わしよりも御堂を信用している。御堂の立場が危うくなるようなことは言わんし、知らぬ顔をする。だから、こうしてあんたに聞いているんだ。こうして二人きりで、誰も話を聞く者もおらん。――なんでも話してくれ、先生」
 守光の残酷な戯れなのだ。総和会は、清道会会長の祝い事の席に出席した人間たちを監視しており、そのことは南郷が認めていた。御堂と伊勢崎龍造の関係を知っていれば、〈高校生〉の正体も容易に突き止められるはずた。何しろ和彦と玲は、同じ家で宿泊していた。それらを踏まえたうえで、守光はあえてこんな発言をしている。
 指の本数を増やされ、内奥を一層広げられる。ひくつく部分を無遠慮に眺められながら、はしたない音を立てて掻き回される。
「いやらしい色になった。真っ赤に充血して、花の蕾が綻んだように――」
 激しいともいえる愛撫が前触れもなく止まる。内奥から指が引き抜かれて、蕩けた入口を焦らすように指先で擦られ、和彦は上擦った声を上げる。
「うあっ、あっ、あっ……」
「さあ先生、さっきのわしの質問に答えてくれ」
 和彦は小さく首を横に振り、答える意思はないと示す。たとえ虚勢だとしても、自分のせいで玲や御堂、ひいては清道会や伊勢崎組に迷惑はかけられなかった。
 守光は機嫌を損ねるどころか、和彦の答えを予期していたように満足そうに頷く。その反応の意味を、すぐに和彦は知ることになった。
「容易に男に体を開きながら、その男たちに対して、あんたは義理堅い。そこが可愛くもあり、ひどく被虐的なものを刺激される。本当に、わし好みのオンナだ」
 内奥から指を引き抜いた守光に手を掴まれ、促されるまま和彦は体を起こす。途端に、内奥から潤滑剤が溢れ出して思わず眉をひそめるが、守光に背を抱き寄せられて唇を塞がれ、それどころではなくなった。
 優しく唇と舌を吸われながら、掴まれたままの手をある場所へと導かれる。守光が何を求めているかわかって一瞬戦いたが、逆らえなかった。
 行為の最中であっても、相変わらず端然とした佇まいを崩さない守光だが、浴衣の下から引き出した欲望は確かに高ぶりを示している。和彦は頭を伏せると、両足の中心に顔を埋めていた。
 口腔にゆっくりと欲望を呑み込んでいく。後頭部に守光の手がかかり、あくまで優しく髪を撫でられる。舌を添えながら、唇で締め付けるようにして口腔から出し入れすると、守光の欲望が次第に形を変えていく。
 前回、守光に口淫で奉仕したとき、その場には南郷もおり、和彦は内奥を道具で嬲られるという屈辱と羞恥に満ちた行為を強いられた。あれは、〈番犬〉である鷹津の不始末に対する、和彦への仕置きだった。
 今のこの状況もあまり変わらないのかもしれない。和彦はそんなことを思いながら、守光の欲望を一度口腔から出して、舐め上げる。すると、何も言わない守光に軽く後頭部を押さえつけられ、再び口腔に含んだ。喉に突くほど深く呑み込み、口腔の粘膜をまとわりつかせるようにして吸いつく。
 守光は、時間をかけて和彦の口淫を堪能した。愛撫そのものよりも、和彦の従順さを愛でていたようだ。上目遣いにちらりと見上げたとき、守光は口元に静かな笑みを湛えており、その表情を目にした和彦はゾッとするものを感じた。
 ようやく顔を上げることを許され、労わるように守光に抱き締められる。耳に唇が押し当てられ、次に何をするべきか囁かれた。
 布団の上に仰臥した守光の腰の上に跨った和彦は、向けられる強い視線を意識しながら、さきほどまで自分の口腔にあったものを片手で支えて内奥の入り口に押し当てる。
「うっ……」
 潤滑剤で潤い、指で解されたとはいえ、やはり苦しい。和彦は内奥を押し広げられる感触に呻き声を洩らしながら、慎重に腰を下ろし、欲望の太い部分を呑み込んでいく。その最中に守光と目が合った。
 冷静に自分を見上げてくる様子に激しい羞恥に襲われるが、動きを止めることはできない。
「あんたは堂々と、わしに隠し事をしようとしている。それを押し通したいというなら、こちらの頼みを聞いてもらおう。――あんたにとって喜ばしいことになるか、苦々しいことになるかは、わしには判断できんがな」
 守光の口ぶりに不穏なものを感じ、和彦は動きを止める。すると守光が集中しろと言わんばかりに、力を失いかけた和彦の欲望を握り締めてきた。
 声を洩らしながら少しずつ腰を下ろしていき、ある程度まで内奥に欲望を受け入れたところで、堪らず前のめりとなって両手を布団に突く。横になったままの守光との距離が近くなり、向けられる眼差しの威力も増したように感じる。目を逸らしたくてもできないのは姿勢のせいだと自分に言い聞かせ、和彦は自分の役割を果たす。
「あっ、あっ、あうぅっ――」
 和彦は腰を擦りつけるように動かしながら、繋がりを深くしていく。
 下腹部に鈍痛と異物感が広がり、息を喘がせる。その間、守光の手は休むことなく動き続け、和彦の欲望を愛撫し続ける。一度は力をなくしかけたものは、おずおずと勃ち上がり、敏感な先端を執拗に指の腹で擦られていくうちに、しっとりと濡れていく。
「んっ」
 先端を爪の先で弄られ、刺激の強さから本能的に腰を浮かせて逃げようとするが、次の守光の言葉を聞いて、動きを止めた。
「そのうち、新しいおもちゃを作らせて、あんたの〈ここ〉を可愛がってやろう……」
 顔を強張らせる和彦に対して、あくまで穏やかな声で守光が続けた。
「冗談だよ。少しだけ、言葉であんたを苛めたくなった」
 本当にそうだろうか――。
 率直に疑問を感じたが、欲望を緩やかに扱き上げられて、甲高い声を上げる。
 守光の欲望を根本まで内奥に呑み込むと、それを待っていたように腰を掴まれて軽く揺すられる。狭くひくつく内奥で欲望が蠢き、荒く短い呼吸を繰り返しながら和彦は顔を仰け反らせる。
「これは、いい……。じっくりと、あんたの悦ぶ様を観察できる。あんたが、わしを悦ばせるために尽くす様も」
 尻の肉を鷲掴まれて、それだけでビクビクと体を震わせる。鈍痛と異物感はいつものように淡く溶けていき、狂おしい肉欲の疼きへと姿を変えていく。
 守光の手の動きに導かれ、和彦はゆっくりと腰を前後に揺らし始める。次第に、自らの意思で。
 守光との行為が常にそうであるように、この夜もじっくりと時間をかけて行われる。決して急ぐことなく、守光は和彦の内奥を犯し、蕩けさせていくのだ。
 潤滑剤を塗り込められた襞と粘膜が、ぴったりと守光の欲望に吸いつき、まとわりつく。淫らな蠕動を始めて締め付ける頃には、和彦は恥知らずな嬌声を上げ、肌を汗で濡らしていた。
「演技ではなく、感じているんだろう。あんたの肌が赤く染まり始めた。尻の奥も、さっきからよく痙攣している。いつ味わっても、具合がいい……」
 腰を掴まれて揺すられ、内奥で息づく欲望が蠢く。意識してきつく締め付けると、守光の両てのひらが腹部から胸元へと這わされ、敏感に尖ったままの左右の突起を転がされる。
「はあっ、あっ、あっ、あっ……ん」
 体中に快感が満ちていき、頭の芯を溶かしていく。すっかり反り返った欲望の先端からは尽きることなく悦びのしずくを滴らせ、そんな自分の姿を恥じる余裕すら和彦は失っていた。
 守光の腰の上で悩ましく身悶えながら、触れられることなく欲望を破裂させる。
「うあっ、はっ、あぁっ……」
 守光の浴衣に精が飛び散り、一気に押し寄せてきた脱力感に息も絶え絶えになりながら、和彦はうろたえる。今にも倒れ込みたいところだが、内奥を深々と穿ったままの守光の欲望がそれを許してくれない。
 汗が伝い落ちる胸元を撫で回されて和彦は小さく鳴く。そんな和彦の姿に何かを刺激されたように、守光の手が尻にかかり、強く鷲掴まれる。痺れたように重くなっている腰を半ば強引に揺すられ、内奥深くを守光の欲望に突かれる。
 繋がったまま、和彦は肉の悦びに身を震わせ、何度も背をしならせる。そのまま、放たれた精を受け止めていた。
 倒れ込みそうになりながらも、なんとか腰を上げると、すかさず引き寄せられる。荒い呼吸を繰り返しながら守光の傍らに横になった。すっかり汗で湿った髪を指で梳かれ、熱い体を慰撫するように撫でられる。
 しばらく体を寄せ合っていたが、虚脱状態に陥っている和彦とは違い、守光が先に上体を起こして浴衣の乱れを直す。我に返った和彦もだるい腰を引きずるようにして起き上ろうとして、止められた。
「あんたはまだ、物足りんだろう。――ここが」
 淫らな肉の洞を開け、注ぎ込まれた守光の精を垂らしている部分を指先でまさぐられ、和彦はビクリと腰を震わせる。
 守光が文箱の中から次に取り出したのは、歪な形をした淫らな道具だった。改めて目にして、その太さや括れの生々しさ、いくつもある小さな瘤のような突起物のおぞましさに息を呑む。
 片足を抱え上げられ、道具の先端をヌルヌルと内奥の入り口に擦りつけられる。和彦が息を吐き出す瞬間を見計らっていたように、押し込まれてきた。
「ううっ」
 太い部分を呑み込まされて、すぐに抜き取られる。自分でも、内奥の入り口が浅ましくひくついているのがわかった。守光が低く笑い声を洩らす。
「美味そうに咥えている」
 守光に犯されたばかりの内奥を、今度は道具に犯される。和彦は身をくねらせ、背を仰け反らせながら、それでも従順に道具を呑み込み、まだ発情している襞と粘膜を擦られていく。
「うっ、くうぅっ……、んっ、んんっ、んくっ――」
 情欲が冷めることを許さないとばかりに、道具で内奥を嬲られる。否応なく肉の愉悦を引きずり出され、円を描くように道具を動かされると、尾を引く甘い呻き声を上げてしまう。奥深くまで捩じ込まれて苦しいはずなのに、和彦の欲望は再び身を起こしていた。
 両足を大きく開いた格好を取らされ、その中心に守光が顔を埋めてくる。
「あっ、ふあっ……」
 欲望を守光の口腔に含まれていた。先端を舌先でくすぐられたあと、きつく吸引される。同時に、内奥で道具を動かされ、和彦は腰を揺らす。
 軽い絶頂を迎えたような気もするが、まるで波のように絶え間なく快感を送り込まれ、和彦は惑乱していた。口淫の合間に守光に囁かれるままに、卑猥な言葉を口走り、獣のような姿勢も取る。
 守光によって限界まで精を搾り取られ、ようやく内奥から道具を引き抜かれたとき、和彦は息も絶え絶えになっていた。一方的に快感を与えられる代わりに、思考力を奪われたようで、まるで自分が肉でできた人形になったような感覚に陥る。
 そんな和彦を満足げに見下ろしてから、守光に唇を塞がれた。行為の仕上げとばかりに、触れ合わせた舌先を伝って口腔に流し込まれたのは、和彦自身が放った精だった。
「んっ、ん」
 わずかに抵抗の意思を示したが、吐き出すことは叶わず、唾液とともに自分の精を嚥下していた。
 濡れた唇を守光に拭われて、和彦はぼんやりとする。全身が汗と精と潤滑剤で汚れてしまい、一刻も早く体を洗ってしまいたいと思いながらも、腕を持ち上げる気力も湧かない。
 体を起こした守光が傍らに座り、和彦の髪に指を絡めてきた。
「あんたは従順だが、わしに対して常に、心を硬い殻で覆っている……、いや、守っている気がする。わしに心を探られるのが怖いかね?」
 和彦はふうっと息を吐き出すと、何も考えられないまま、だからこそ正直に答えた。
「はい……」
 頭の片隅で、守光と俊哉の関係について聞かなければと思うが、どう切り出せばいいのか、会話の糸口を見つけられない。
「だが今は、そうでもないだろう。あんたの体と心を、快感でドロドロに溶かしたつもりだ。こうでもしないと、あんたは素の反応を見せてくれないと思ったんだ」
 和彦はゆっくりと瞬きを繰り返しながら、ひたすら守光の顔を見上げる。
 穏やかな表情のまま、守光が静かな口調で切り出した。
「――明後日、あんたの父親である佐伯俊哉と会ってほしい」
 即座には、守光の言葉を理解できなかった。
「えっ……」
「やむをえない理由で、あんたの父親と連絡を取ることになり、そのとき言われたんだ。息子が安全な生活を送れているのか確認したい。二人きりで会わせてくれと」
「……嫌、です。まだ、父には――」
 頭で考えるより先に、答えを口にしていた。そしてそれが、自分の偽らざる本心なのだと実感していた。
 和彦はもう一度、嫌です、と言って首を横に振る。一気に押し寄せてきた切迫した危機感に、呼吸すら危うくなっていた。しかし守光は――俊哉もだが、容赦なかった。
「残念だが、あんたに拒否権はない。佐伯俊哉に言われたよ。息子に会わせないなら、警察に相談すると。そうなると、誰が困ると思う? 優しいあんたなら、わかるだろう」
 俊哉は鷹津と繋がっている。その鷹津を通じて、和彦がこちらでどんな生活を送っているかを把握している。それなのに、守光に本当にこんなことを言ったのだとしたら、目的はどこにあるのか。
 考えたいのに思考力は鈍いままだ。このとき、電話越しに俊哉に言われた言葉を思い出した。
『わたしと話したことは、絶対に誰にも悟られるな』
 ああ、と和彦は吐息を洩らす。自分の身柄を巡って、守光と俊哉の交渉が始まるのだと、ようやく悟った。
 俊哉に居場所を知られた時点で、こんな瞬間は遅かれ早かれ訪れるとわかっていた。だが、和彦はなんの行動も起こさなかった。その理由は簡単で、あまりに子供じみていた。
 ただ、今の生活を失いたくなかったのだ。
「当然、佐伯俊哉は、あんたを返せと言うだろう。しかしわしは、手放したくない。わしだけでなく、賢吾も千尋も、それ以外の男たちも。長嶺組にとっても総和会にとっても、あんたはもう欠かせない存在だ。さあ、どうするか――。それを考えるためにも、あんたは父親に会う必要がある」
 守光が耳元に顔を寄せ、賢吾によく似た太く艶のある声で囁いた。
「わしらが、あんたを大事に扱っていると証明するために」


 四階のエレベーター前のラウンジは深夜ということもあり、人の姿はなかった。
 和彦は窓際のソファに身を預け、顔を強張らせたままずっと考え込んでいる。突然訪れた事態を、賢吾に相談したくて仕方なかったが、守光から、少なくとも明後日までは本部に滞在するだけでなく、長嶺組への口止めも言い渡されていた。
 和彦が俊哉と会うことは、総和会の中でもごく限られた人間にしか知らされていないのだという。長嶺組は一切関わらせないとも、守光は断言した。
 そのことに和彦は、不安である反面、安堵している。混乱ゆえに暴走して、賢吾に泣きついて長嶺組に迷惑をかける恐れもある中、守光の発言はある意味、和彦の行動の抑止力となる。今も、賢吾に電話をかけたい気持ちを、何度も押し殺して耐えていた。
 いつかは訪れる現実から目を背けてきた報いとして、長嶺組に警察の手が及ぶ事態になるぐらいなら、守光にすべてを委ねたほうがいい。
 これまでも、そうだったではないか――。
 自虐的に心の中で呟いたとき、エレベーターの到着を告げる音が響いた。正面の窓ガラスに、エレベーターから降りた南郷の姿が反射して映る。
 守光の住居スペースのほうに行きかけた南郷だが、和彦に気づくと、迷うことなく歩み寄ってくる。いつもなら露骨に避けるところだが、今の和彦はひどく体がだるく、何より、南郷に聞きたいことがあった。
「何もかもに絶望したような顔をしてるな、先生」
 隣に腰掛けた南郷は、こんな状況でも揶揄するような言葉をかけてくる。本当に嫌な男だと思った和彦だが、窓ガラスに映る自分の顔は確かにひどい。
「南郷さんは、知っているんですよね。会長が、ぼくの父と――……」
「オヤジさんを恨むのは、筋違いだ。全部、鷹津のせいだ」
 心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受け、和彦はビクリと体を震わせていた。過剰な反応を南郷に気づかれたのではないかと警戒し、横目で反応をうかがう。案の定、南郷はじっと和彦を見ていた。
「その様子だと、まだ鷹津を想っているようだな、先生」
「……何を、言って……」
「あいつは、ヤクザすら食い物にしようとするクズだ。その証拠に、オヤジさんを脅してきた」
 動揺と困惑を露わにする和彦の反応に対して、南郷は忌々しげに唇を歪めた。
「あんたの居場所を佐伯家に知らされたくなかったら、金を準備しろとな。この間からオヤジさんがあんたに言っていた、相談したいことというのは、このことだ。あんたの安全のために金を出すのは惜しくない。しかし、鷹津は危険だ。一度は断ったが、あの男はしつこく何度も連絡をしてきた」
 鷹津は清廉潔白という言葉とは対極にある存在だ。ヤクザを取り締まる職業に就きながら、そのヤクザから金品を受け取り、見返りに便宜を図っていたと悪びれることなく話していた。南郷が今言ったことを、あの男ならやりかねないと、正直、和彦は思う。
 しかし鷹津は、危険を冒してまで和彦と関係を持とうとした。あの行動力は、打算だけで生まれるものではない。最後に会ったとき、鷹津は言ったのだ。
 惚れた相手を、性質の悪い連中のもとから連れて逃げたいと。自分一人では無理だから、俊哉と手を組むことにしたとも。
 あの言葉を信じるなら、鷹津の行動には明確な目的があるはずだ。
 そう、和彦は信じたかった。
「うちが金を出さないとわかると、鷹津は本当に行動を起こすだろう。あんたがやめろと言ったところで、暴走が治まるとも思えない。だからオヤジさんは行動を起こした。あの男があることないことを吹き込む前に、あんたの父親に連絡したんだ」
「それでぼくが、父に会うことになったんですね」
「交渉は、あんたが父親と会うところからスタートする。あんたの後ろ盾は総和会となるが、結局のところ、長嶺と佐伯の家同士の話し合いだ。オヤジさんは、あんたを返すつもりはない。いざとなれば、どんな手を使ってでも養子にするつもりだ。――あんたの父親は、どう出るだろうな?」
 そこまで言って南郷は立ち上がる。
「オヤジさんから聞いただろうが、あんたは何日か、長嶺組の人間との接触は避けてくれ。事を大きくしたくない。あんたにしても、長嶺組長やその跡目に、心配はかけたくないだろう」
「……わかっています」
「けっこう。あんたが予想外の行動を取らないなら、こっちも余計な手間をかけなくて済む。急なことだから、あんたら父子につける監視と護衛の人員を、急いで手配しないといけないが、前回と違って、こちらの正体を一切隠さなくていいというのは、ずいぶん楽だ」
 英俊と会ったときのことを言っているのだ。その後、自分がどこに連れて行かれ、何をされたのかを思い出した和彦は、きつい眼差しを南郷に向ける。すると、こちらの神経を逆撫でるようなことを言われた。
「今回は、あんな〈お楽しみ〉はなしだ」
 侮辱されたと感じた和彦はふらりと立ち上がると、守光の住居スペースとは反対方向に歩き出す。一刻も早く、自分にあてがわれた部屋に戻り、一人になりたかった。









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