と束縛と


- Extra29 -


 車を降りた小野寺は、まっさきに視界に飛び込んできた光景に、そっと目を細める。
 コンビニの広い駐車場の一角に、自分と同年齢ぐらいの男数人が、わずかに年上に見える男を取り囲んでいた。一見して、昼間から大胆なカツアゲ現場かと勘違いしそうだが、じっくり観察すると、そうではないとわかる。
 取り囲まれた男は地図を広げ、何事か話している。それを、取り囲む男たちは真剣に聞き入っていた。
 何かに似ているなと、小野寺は少し考える。そして、それがなんであるかわかった途端、ニヤリと笑っていた。我ながら、毒のある想像力だと思ったのだ。
 まるで、若い犬たちと、その調教師のようだった。
 犬たちは、第二遊撃隊が飼っている〈チーム〉の数人。調教師は、その第二遊撃隊の新入り。どちらも、互いを値踏みしつつ、使えるかどうかを見極めようとしており、表面上は行儀がいい。
「――解散。念を押すが、騒ぎは起こすなよ」
 調教師――ではなく、中嶋の指示を受け、彼を取り囲んでいた男たちが一斉に駆け出していく。ただ一人を除いて。
 小野寺が観察していることに気づいていたらしい。一人残った男は、まるで威嚇するように、こちらに鋭い視線を向けてくる。その視線がチクチクと神経に障り、小野寺は軽く舌打ちして視線を逸らす。
 こいつは、犬は犬でも、番犬だと思った。しかも、やたらと好戦的な。
 小野寺は無意識のうちに、耳朶に触れていた。仕事中はピアスをしないようにしているが、指先で感じる金属の感触が恋しくなる。
 そうしているうちに、小野寺の携帯電話が鳴った。場所を移動するよう言われ、一緒に車を降りた仲間とともに、コンビニの駐車場から歩いて離れる。
 ふと気になって振り返ると、中嶋も移動しているところだった。その背後には、番犬が。




 今日の南郷は、機嫌がよさそうだった。ソファの背もたれに大きな体を預け、速いペースでビールを飲んでいる。そして思い出したようにマイクを握り、小野寺が知らない洋楽を、少々一本調子の英語で歌い上げるのだ。
 どんな高級クラブでも出入りできる立場のくせに、南郷は大衆的なカラオケボックスを好んで使う。連れて行くのは、いつもチームの人間だ。
 堅苦しいのは苦手だと南郷は言っているが、総和会会長の側近とも言われている男が、安い店ばかり使っているとも思えない。おそらく、第二遊撃隊の人間と、単なるガキの集まりでしかないチームの人間との間に、明確なラインを引いているのだろう。隊の人間同士では、小野寺の知らない顔を見せ、金のかかった遊びをしているのかもしれない。
 例えそうだとしても小野寺は、当然のこととして受け止められた。チームはチームであって、ヤクザではない。ヤクザに使われている、ガキの集まりだ。
 だが、自分は特別だと、小野寺は自負もしている。そうでなければ南郷と、同じテーブルを囲んでの飲み食いや会話が許されるはずがなかった。
「昨日は、ご苦労だったな。ずいぶん駆けずり回ったそうじゃねーか」
 思い出したように南郷に言われ、小野寺は慌ててグラスを置く。図太い神経をしていると言われる小野寺ですら、南郷から話しかけられると、軽い緊張感に襲われる。いくら目をかけてもらっているとはいっても、南郷にとってそれは、犬猫を可愛がるような感覚に近いと思うのだ。図に乗った途端、あっさりと捨てられてしまいそうだ。
「いえ、大したことじゃ……」
「最近は、人捜しというと、うちに回ってくるようになったのは、お前らのおかげだな。鼻が利くうえに、あの辺りで悪さをしていたから、土地勘がある。知り合いも多いだろうしな。総和会を名乗っていながら、どこの馬の骨とも知れないガキを飼うなんて、と嫌味を言う奴もいるが――まあ、俺が気に入って使ってるんだから、誰にも文句は言わせねーよ」
 南郷は、そのガキの使い方が上手い。適当に小遣いを与えて人を集め、その中から使える人材を拾い上げ、適度にきつい仕事への対価として、心をくすぐる褒め言葉と報酬だけではなく、これまでの生活では無縁だった、名誉を与えてくれるのだ。
 ヤクザに下っ端以下の存在として使われているだけだと、冷静に分析する人間もいるだろうが、理屈はどうでもいい。南郷の側にいると、とにかく毎日が刺激的で退屈しない。
 だが〈あれ〉は、刺激というには気に食わない――。
 小野寺は、南郷の機嫌のよさが続いていることを横目で確認すると、思いきって水を向けた。
「――……南郷さん、どうして隊に、中嶋さんのような人を入れたんですか」
 南郷にちらりと視線を向けられる。何げない仕種だが、向けられた眼差しの鋭さに一瞬息が詰まる。
 南郷は見た目からして、いかにもヤクザらしいヤクザだ。本人があえてそう演じているのだ。だが、南郷の本当の恐ろしさは、内面から滲み出る得体の知れない禍々しさだと小野寺は思う。迂闊に触れれば、悲鳴も上げられないうちに肉塊にされる、圧倒的な荒々しさに巻き込まれてしまいそうだ。
 ヤクザであるという体面を保つことで、南郷は本性を抑え込んでいるのではないかとすら、考えてしまう。
「中嶋のような、というのは、ああいうスカした二枚目は、第二遊撃隊に合わないということか?」
「……あの人、元ホストなんですよね」
「だが、ヤクザとして立派に修羅場もくぐってるぞ。あの見た目で」
「でも、それでも、どうして第二遊撃隊だったんですか? 南郷さんが認めないと、隊には入れなかったはずですよね」
 自分でも食い下がりすぎかと思ったが、南郷は怒らなかった。グラスに残っていたビールを一気に呷ると、何かを思い出すかのように遠い目をした。
 南郷が黙り込んでいる間に、チームの連中がマイクを握り、歌をがなりたてている。カラオケボックスにいて、うるさいと怒鳴りつけるわけにもいかず、小野寺はイライラしながらカシスソーダを一口飲む。ここでやっと、南郷が思い出したように話し始めた。
「――俺が、中嶋を必要だと思ったんだ。ああいう、適度に堅気っぽくて、気遣いができて、見目のいい男がな。それなりに頭が切れるっていうのも、いい。俺は、頭の悪い奴は嫌いだ」
「必要、ですか……」
「近いうちにうちの隊は、ある人物を預かって、護衛することになるかもしれない。自分で揃えておいてなんだが、第二遊撃隊にいるのは、見た目からしていかにもな連中ばかりだ。護衛についていながら、当の護衛されているほうが、隊の人間に怯えて、塞ぎ込まれても困るからな。そのときのために、中嶋のような男が必要だ」
 南郷の口ぶりからして、よほど大事な人物だということは推測できる。そして、南郷がそこまで気を回すとなれば、それは総和会会長のための仕事なのだろう。
 これ以上立ち入ってはいけないと思いつつも、小野寺は好奇心を止められない。第二遊撃隊の中で浮いた存在となるとわかっていながら、わざわざ中嶋を入れたぐらいだ。どういった人物なのか、知りたかった。
 小野寺は声を潜めて尋ねる。
「どういう、人なんですか?」
「質問ばかりだな、小野寺」
 南郷特有の、歯を剥き出すような荒々しい笑みを向けられ、小野寺は小さく息を呑む。いつ見ても、笑みに心を食らわれそうな怖さを感じるのだ。
「……すみません」
「かまわんさ。俺も正直、興奮しっぱなしで、誰かに話したくてウズウズしていたんだ」
 言葉とは裏腹に、南郷の表情がスッと冴える。暴力しか能のないヤクザ、と南郷の今の勢いを妬む者は、そう陰口を叩いているらしいが、一体南郷のどこを見ているのかと、小野寺は腹立たしさを覚える。南郷の言動には常に計算されており、小野寺が知る誰よりも頭が切れる。
 この表情は、そんな本性が垣間見れる貴重な瞬間だ。
 小野寺がわずかに身を乗り出すと、囁くような声で南郷が続けた。
「〈俺〉が預かるのは、特別な人間だ。俺のこの先の運命を握っている、大事な――」
 最後の単語は聞こえなかったが、南郷の唇の動きを読むことはできた。〈おんな〉と。
 なぜだかわからないが、小野寺の中にゾクゾクするような興奮が駆け抜ける。まるで、南郷のとてつもない悪だくみの共犯にされたかのように。
 誰にも言うなよと念を押され、小野寺は深く頷いた。









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