と束縛と


- Extra44 -


 車で待機していろとは言われたものの、やはり気になって仕方ない。
 たまらず運転席から出ようとした二神は、助手席から物言いたげな表情を向けてきた〈同僚〉に、言い訳のようにこう言っていた。
「中には入らない。外からちょっと様子をうかがってくるだけだ」
 そう、店の中には入らない。隊長――秋慈の言いつけはしっかり守るつもりだ。
 二神は駐車場を出ると、隣接する喫茶店へと向かう。荒事には動じない二神だが、喫茶店の外観を改めて眺めると、いささか足が竦む。怖いからではない。いかに自分が――自分たち隊員にとって不似合いな場所か、嫌というほど痛感するからだ。
 童話の絵本から抜け出してきたような建物は、見るからに可愛らしい。外に並ぶテーブルやイスの形までなんとなく可愛らしく思え、そこに座っているのは女性客ばかりだ。
 二神はさりげなくテラス席の前を通り抜け、店内の様子がわかる窓にさりげなく歩み寄る。あまり露骨に張り付くと、それこそ不審者として通報されてしまう。
 外観から予測はついたが、店内はまた、女性が好みそうな小物たちが並び、壁に描かれたイラストもあいまって、男にとってはなんとも居心地の悪そうな空間となっていた。そしてやはり、女性客が多い。
 そんな中に、目的の姿を見出す。向き合ってテーブルについた、第一遊撃隊隊長である秋慈と、現在、総和会本部に滞在中の美容外科医・佐伯和彦だ。
 さすがというべきか、二人は店内の様子に馴染んでいるわけではないが、堂々と寛いでいる様子だった。いや、佐伯和彦のほうはまだ少し緊張しているようだ。それでも、ときおり笑みを浮かべては頷いているので、会話は弾んでいるらしい。
 秋慈が相手をしているのだから当然かと、二神は一人納得する。秋慈は、ヤクザらしくない物腰と外見の持ち主で、だからこそナメられもするのだが、ほぼ堅気に近い相手としては、話もしやすいだろう。
 二人の姿に安心してその場を離れようとした二神だが、ふと気が変わって、もう一度店内の二人をじっと見つめる。
 胸にざわつくものが湧き起こるのを、抑えきれなかった。
 二神は、御堂秋慈の過去と、佐伯和彦の現在を知っている。共通しているのは、〈オンナ〉という生き物という点だ。
 蔑まれる立場にいながら、幸か不幸か、二人ともそれぞれ強力な後ろ盾を持ち、自身も評価されるべき能力を持っている。物騒な世界で生き残るには、見た目ではうかがい知れないほどのふてぶてしさが必要だということだ。
 あとは――。
「色気、か……」
 佐伯和彦が視線を伏せるようにして微笑み、そんな彼を、秋慈がとても優しい眼差しで見つめている。なんでもない光景でありながら、事情を知っている者からすると、落ち着かない気分となる艶かしさが二人から漂う。
 そして、理屈ではなく、妙に納得させられるのだ。あれが、物騒な男たちを骨抜きにする、〈オンナ〉という生き物かと。


「――なかなかの剣幕だったな」
 後部座席でぽつりと、秋慈が洩らす。ハンドルを握る二神は、バックミラーを一瞥したものの、秋慈の表情まで見ることはできなかった。ただ、声には微かな笑いが含まれている。
「さっきの、あれ、ですか」
 二神が応じると、今度ははっきりと笑い声が聞こえてきた。どうやら秋慈の機嫌は悪くはないようだ。
「そう、あれ、だ」
 二神は、さきほど本部の駐車場で繰り広げられた、小さな諍いを思い返す。ただし当事者は、第一・第二遊撃隊の隊長で、原因は、総和会会長のオンナ。
 秋慈とお茶を飲んだ佐伯和彦を、本部まで送り届けたところに、南郷が待ち構えていた。二神は正直、そのときの南郷の言動に驚きを禁じえなかった。他人に動じるところを見せない――特に秋慈に対しては、そんな姿を見せないと思われた男が、怒気を露わにしたのだ。
 口論ともいえないやり取りだったが、人によっては、表向きは磐石の組織である総和会に、不和の種が生まれたと思うかもしれない。それほど、今の総和会内において、第一と第二の遊撃隊の動きは注目を浴びている。
 それを知っていながら秋慈は、やはり注目を浴びている佐伯和彦を連れ出したのだ。
「薄々、予測はしていたでしょう?」
「南郷があとで抗議してくるかと思ってはいたが、まさか、あの場で待っているとはな。だからまあ、確信は持てた」
「確信、ですか」
「南郷は、彼にひどく執着している。主のオンナだから過保護になっているというだけでもなさそうだ。見たか? さっきの南郷の様子を。まるで、〈自分の〉大事なものに手を出されたような反応だった」
 二神は軽く眉をひそめる。南郷の剣幕に、あと少しで二人の間に割って入ろうかと思ったのだ。さすがに隊長ともなれば、手を出す相手を選ぶ分別はあるとわかってはいるが、それでも咄嗟に危惧を抱く程度には、南郷は本気で、秋慈に敵意を向けていた。
「……彼は、長嶺会長だけではなく、長嶺組長にとっても、大事な――」
「だからかもしれない」
 それでなくても複雑な長嶺父子と佐伯和彦の関係に、南郷まで加わるのかと、二神は言葉をなくす。優しげで育ちのよさそうな美容外科医が、どこまで物騒な世界の深みにハマっていくのかと、同情にも似た気持ちを抱いてしまう。
 しかし、秋慈は違うようだった。
「――楽しみだな」
 意外な発言に、二神は短く声を洩らす。秋慈が、佐伯和彦の不幸を望んでいるのかと一瞬考えたが、そうではなかった。
「彼は、総和会でとんでもなく価値を持つ存在になるかもしれない。それこそ、将来、総和会の行く末を決めかねないほどの……」
「まさか」
「何事も、ありえなくはないだろう。わたしだってかつては、おっとりとした世間知らずの高校生だった。それが今では、総和会内のちょっとした不発弾扱いだ」
「不発、ですか……?」
「爆発するかもしれない、しないかもしれない。そんな厄介なものを抱え込んで、しばらくはハラハラするしかないんだよ、総和会は」
 秋慈の声は柔らかではあるが、根底にはゾクリとするような冷ややかさを含んでいる。その、おっとりとして世間知らずだった自分を変えてしまったものに対して、含むものがあるかのように。
「――……彼ともっと親しくなりたいな」
 秋慈の言葉に二神は頷く。
「よろしいですね。あなたと彼は、気が合いそうだ。勢力拡大のために部下は必要でしょうが、たまには友人を作られてもいいでしょう」
「南郷への嫌がらせもできるしな」
 嫌がらせのレベルで済むのだろうかと思ったが、口には出さない。二神には推察することしかできないが、秋慈と南郷の間にある因縁は根深い。
 できることなら秋慈には心穏やかに過ごしてほしいと願いつつも、第一遊撃隊隊長に復帰した今、それはもう叶わないだろう。すでに、さまざまな思惑が動き出している気配を二神は感じ取っている。
 秋慈は、ゆっくりと吟味するのだ。使える者、使えない者。敵対する者、友好的な者。佐伯和彦のことは、どう判断するのだろうかと思う。彼自身が、秋慈に好意を抱いたとしても、周囲の男たちがそれを許さないかもしれない。
 秋慈は、長嶺組組長とは親しいが、その父、総和会会長からは正直、疎まれている。その側近である南郷からも。そういう意味では、秋慈と佐伯和彦との関係についても、思惑が入り乱れるかもしれない。二人を親しくさせること、反目させることで生じる、あらゆる波紋の広がりを期待して――。
 先走りすぎかと、二神はそっと苦笑を洩らす。秋慈を心配している一方で、総和会内での騒乱を期待している自分がいる。
 これは一体何かと思えば、〈オンナ〉に心を掻き乱されているのかもしれない。
 妙に落ち着かない気分となり、二神はハンドルを強く握る。そんな二神の心中を知ってか知らずか、秋慈が携帯電話で誰かに連絡を取り始める。条件反射として耳を澄ますと、秋慈がゾクリとするような低い声で呼びかける。
「――もしもし、綾瀬さん?」
 二神の心はますます掻き乱された。









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