と束縛と


- 欲 -


 詰め所に立ち寄った加藤は、第二遊撃隊隊長である南郷が来ていると教えられ、黙って帰るわけにはいかなくなった。
 一週間ほど前、南郷から電話があり、そろそろ身の振り方を考えろと言われた。希望があるなら力になってやるとまず言われたが、結局のところ、第二遊撃隊への誘いだった。
 南郷を信奉しているチームの人間の何人かが聞いたら、あからさまに羨望の眼差しを向けてくるだろう。南郷から直接誘われるということは、隊の中での居場所が確保できたようなものだからだ。あくまで半端者の集まりでしかないチームの人間にとっては、それは重要なことだ。隊の中で、一人前として扱ってもらえるということは。
 実際、二か月ほど前に、同じく南郷に声をかけられた小野寺は、自分が受け持っていたチームの半数の人間たちを、あっさりと加藤に押し付けて、喜んで第二遊撃隊に入った。街中で女を騙して弄んでいたようなチンピラですらなかったクズが、あっという間に総和会の正式な一員になったのだ。
 第二遊撃隊に興味がないわけではない。ずっとこのまま、ガキの遊びの延長のような不安定な集まりの中にいられるはずもなく、遠からず、何かを選択しなければならない。たとえば、極道の世界に片足を突っ込んだ生活から足を洗い、せめてまともなアルバイトを始めるとか。
 しかし、実際に動き始める自分の姿は想像できず、もう少しこのままでもいいのではないかと考える先に、やはり南郷の誘いが立ちはだかる。
 多分自分は、理由を欲しがっているのだと、加藤は思う。出世したいとか、金・女が欲しいとか。なんでもいいから、選択する理由が欲しい――。
 そういう意味では、欲望がはっきりしている小野寺を、加藤は少しだけ羨ましいとも感じるのだ。
 南郷がいる応接室のドアの前まで来ると、中からガタッと物音がした。それと、話し声。
 誰かと話し込んでいる気配に、ノックするのをためらったが、挨拶だけでもしておけば後々何か言われることもないだろうと、思いきってノックをする。数秒の間を置いて、南郷の声が短く応じた。
「失礼します――」
 ドアを開けた加藤の目に飛び込んできたのは、予想もしなかった光景だった。
 南郷が、中嶋に迫っていた。
 大きな体で威圧するように、中嶋を壁に追い詰め、あごを掴み上げて顔を寄せている。今まさにキスをしようとしているように見え、加藤は驚きのあまり表情を変えることすらできず、その場に立ち尽くす。
 南郷が残酷な笑みを口元に湛えているのに比べ、中嶋は青ざめた顔を強張らせていた。その表情の対比に、捕食、という言葉が頭に浮かぶ。
 一体何をしているのかと考える前に、まずはこの場を立ち去らなければと、本能が判断していた。
「……すみません。出直してきます」
 加藤は速やかにドアを閉めようとしたが、南郷に止められた。
「かまわないから、用件を言え。どうした?」
「いえ……、南郷さんが見えられていると聞いたので、挨拶をしておこうと思いまして」
「そうか」
 このやり取りの間、南郷と中嶋は互いから一切視線を逸らさなかった。南郷のほうは悠然としているが、中嶋のほうは命の危険が迫っているかのような切迫感がある。
 息も詰まるような沈黙のあと、南郷がようやく中嶋のあごから手を退け、体を離した。そして加藤を見た。凄まれたわけでもないのに、身が竦む。
 南郷は、粗野で暴力的な雰囲気をあざといほどに振り撒いているが、決して横暴ではないし、気に食わないからといって、下の者に暴力を振るったりもしない。身内以外には容赦ないと言われているが、言い換えるなら、身内は大事にしているということだ。その身内の中に、チームの人間も含まれている。
 加藤も、いままでのところ、南郷にだけは手を上げられたことはなかった。それどころか、何かと目をかけられている。それでも加藤は、南郷が怖い。
 総和会の人間は、第二遊撃隊の隊員しか知らないが、それでも、南郷以上に怖い人間は、おそらく総和会会長しかいないのではないかと思っている。
「これから中嶋と出るのか?」
「……はい」
 そうか、と鷹揚に頷いた南郷が、ゆったりとした足取りで歩いてきて、飛び退く勢いで道を空けた加藤の前を通り過ぎる。このとき、小声で言われた。
「この間言ったこと、早く答えを聞かせてくれよ」
 加藤は黙って頭を下げ、南郷の荒々しい気配が遠ざかっていくのをじっと待つ。やっと頭を上げると、中嶋は壁にもたれかかり、青ざめた顔のまま髪を掻き上げていた。
 なんと声をかけようかと逡巡していると、短く息を吐き出した中嶋のほうから話しかけてきた。
「お前が来てくれて助かった。そうじゃなかったら……」
「そうじゃなかったら?」
「――犯されていたかもな」
 加藤が目を見開くと、中嶋は自虐的に唇を歪めた。
「冗談だ」


 第二遊撃隊が管理を任されている物件の巡回のため、詰め所を出た加藤と中嶋だが、移動の車中は、微妙な気まずさが漂っていた。
 ハンドルを握った加藤は正面を見てはいるものの、全神経を使って助手席の中嶋の様子をうかがう。
 中嶋は、じっと何かを考え込んでいる様子だが、ときおり、苛立ったように小さな舌打ちをする。
 八つ当たりをするタイプではないので、こちらに被害が及ぶことを心配したりはしないが、加藤としては、基本的に人当たりのいい中嶋の今の態度の理由と、さきほど南郷との間に何があったのか気になって仕方ない。ただ、自分から切り出すのはためらわれた。
 中嶋が何度目かの舌打ちをしたとき、ちょうど信号待ちで車が停まっていたこともあり、加藤は反射的に隣を見てしまう。いきなり中嶋と目が合った。
「……イラついてるのは、さっきのことが原因ですか?」
 まずいと思いながらも、話しかけてしまう。中嶋はウィンドーの外に顔を向けつつ頷く。
「南郷さんが、あそこまで〈あの人〉に執着しているとは思っていなかった……」
「あの人、って?」
 今日はよく質問してくるなと言いたげに、中嶋からちらりと一瞥される。なまじ整った顔をしているだけに、ゾクリとするような冷たさが漂っているが、おそらく本人は無自覚だろう。
「長嶺会長が大事にしている美容外科医。お前も会ったことがあるだろう」
「ああ、〈あの人〉ですか」
 加藤は、優しげで品がよさそうな美貌の美容外科医の顔を思い描く。隊の人間ではない加藤の耳にも最近は、彼がどういう人間なのかは情報が入ってくるが、特殊な立場に嫌悪感を抱くには、あの美容外科医はあまりに外見も雰囲気も極上すぎて、現実味が湧かない。
 そんな美容外科医と中嶋は友人同士で、彼に同行する仕事がここ最近続いているようだ。
「南郷さんにバレた――というか、先生がバラしたんだ。俺との秘密を」
「秘密、ですか……」
「――俺と先生は寝ている」
 さりげなく投下された言葉の爆弾は、加藤の心中で大きな爆発を起こす。中嶋に指摘されるまで、信号が青に変わったことも気づかなかったぐらいだ。しかし、中嶋はさらに爆弾を投下してくる。
「いや、寝ていること自体は、把握されていたんだ。俺は、長嶺組や総和会公認の、先生の遊び相手で、その中に、セックスも含まれている。ただし総和会のほうは、俺が先生に〈抱かれている〉ことまでは知らなかった」
 淡々と話す中嶋の声に、恥じらいはない。美容外科医と寝ていること自体、中嶋にとって後ろ暗い行為ではないのだろう。一方、生々しい話を聞かされる加藤のほうは、次第に体温が上昇し、Tシャツの背の辺りが汗でじっとりと濡れてきているのを感じていた。
 不思議なほど嫌悪感はないし、初心な少女でもあるまいし、照れているわけでもない。なのに、妙な具合に体が反応している。
「事前に先生から、連絡はもらっていたんだ。話してしまって申し訳ないと。ただ、南郷さん相手に、自分から進んで明け透けな話題を口にするはずがない。よほど、嫌な思いをしたんだろうな。南郷さんは、やけに先生に突っかかっているから……」
 可哀想に、と心底痛ましげな声で中嶋が洩らす。初めて聞く中嶋の声に、加藤の胸の奥で蠢くものがあった。
「南郷さん……、そのことで中嶋さんを怒っていたんですか?」
 この瞬間、中嶋の顔に浮かんだのは冷たい怒りだった。
「腹の内はどうだったか知らない。ただ、お前が部屋に入ってきたとき、俺は侮辱されていたんだ。下卑た言葉で、嬲られていた。もし、あのタイミングでお前が来なくて、俺がキレていたら、どうなっていただろうな。隊を追放されていたか、ただ、ぶちのめされていたか……」
 どんなことを言われていたか、さすがに詳細を聞くほどデリカシーは欠落していない。ただ加藤は、こう言わずにはいられなかった。
「……中嶋さんが隊からいなくなるのは、勘弁してください」
「今の俺程度が隊を出るってことは、総和会から出ることだ。だから、隊を辞める気はない。あそこは、総和会に潜り込むための最短ルートだったからな。大半の嫌なことは、出世のために我慢する。先生ともせっかく、親密になれたことだしな」
 口を動かしかけた加藤だが、自分がさっきから質問ばかり繰り返していることに気づき、寸前で言葉を呑み込む。目敏い中嶋が見逃すはずもなく、軽くあごをしゃくった。
「何言いかけたんだ。言ってみろ。どうせ質問だろうけど」
「――……打算のために、あの人と寝ているんですか?」
 中嶋は小さく笑い声を洩らす。
「先生との関係は、最初から打算含みだ。先生も知っている。だけど、それだけじゃない。個人的に恩がいくつもあるし、何より俺は、先生が好きなんだ」
「寝てもいいほど……」
「俺と先生は、似ている部分がある。だから、一緒にいると楽なときがある。組でも隊でも、経歴のせいか、俺は少しばかり浮いた存在だからな。先生にとっても、そんな俺だからこそ、一緒にいて息抜きができるんだろ」
 少し砕けた雰囲気となった中嶋だが、さきほどの南郷とのやり取りを思い出したのか、また舌打ちをする。さすがにこれ以上質問をぶつけたら、運転を交代させられたあと、車から蹴り出されても不思議ではない。
 タイミングよく、というべきか、最初に回るアパートが見えてくる。加藤は唇を引き結ぶと、ハンドルを切った。


 中嶋とともに最後に立ち寄ったアパートの一室は、けっこうな荒れ具合だった。
「この部屋を使っていたのは、小野寺がまとめていた連中だろ?」
 呆れたように中嶋に問われ、加藤は頷く。
「小野寺が隊に入ったあと、別の奴がここに移り、外からいろいろと人間を入れていたみたいです」
 今は加藤がチーム全体の動きに目を光らせているため、勝手をする人間はいなくなったが、後始末はなかなか大変なようだ。
 加藤もいくぶん呆れて、ダイニングを見回す。今月中にこの部屋を引き払うことになり、ここで暮らしていたチームの人間はすでに新しい物件に移動したのだが、誰も片付けなどしなかったらしく、ゴミも荷物も何もかもそのままだ。タバコのヤニで黄ばんだ壁には穴が開いている箇所もある。
「……業者を入れる前に、チームの連中に片付けさせるか。そうなると、監視役が必要になるな……」
 そんなことを呟いた中嶋が、意味ありげに加藤を見る。察した加藤は頷いた。
「俺が見ています」
「厄介事が増えて嫌なら、さっさと小野寺の後釜を見つけることだな。今度は、もう少し可愛げがある奴がいい」
「あれはあれで、まとめ役としては優秀だったと思います。だから、南郷さんに目をかけられた」
「――お前もだろ」
 こう告げたときの中嶋の目には、明らかに敵意が含まれていた。
「南郷さんはむしろ、小野寺より、お前のほうを買っている。なのにどうして、小野寺のほうが先に隊に呼ばれたかわかるか?」
「い、え……」
「小野寺のほうが、お前より一歳年上だからだ。だから小野寺を立てた。後々、どっちが先だったと、小野寺がお前に突っかからないよう、気をつかったんだ。つまりそれだけ、お前は南郷さんに期待されているんだ」
 さきほどの南郷との出来事が尾を引いているのか、いままで見たこともない目で自分を見る中嶋に、加藤は愕然とする。これまでに中嶋との間に築いていた信頼関係が、一気に瓦解したような気すらしていた。
 立ち尽くす加藤を置いて、中嶋が別の部屋へと行く。少しの間その場から動けなかった加藤だが、ハッと我に返ってあとを追いかける。
 そこは簡易ベッドが一つと、敷布団が二組敷かれただけの部屋で、片隅には汚れたシーツらしきものが丸めて置いてある。煙草や体臭など、あらゆる匂いが混じったまま換気もしていなかったらしく、臭い。
 我慢ならないのか、中嶋はベッドを乗り越えて窓を開けている。
「中嶋さん、俺――」
「そっちの敷布団、畳んで重ねておいてくれ。あとで捨てさせる」
「中嶋さんっ」
 中嶋は背を向けたまま、加藤を見ようとはしない。たったそれだけのことに、ひどく気持ちが焦る。
 ワイシャツに包まれた、少し細身に見える中嶋の後ろ姿を睨むように見つめていたが、なぜか今になって、南郷が中嶋のあごを掴んでいた姿が脳裏をちらつく。それと、美容外科医の顔も。
 急速に体の奥から競り上がってきたものがなんであるか、確かめる前に加藤は動いていた。ベッドに乗り上がり、中嶋の腕を掴んで引っ張る。
 安物のベッドが悲鳴のような嫌な音を上げたが、それでも、倒れ込んだ男二人の体はしっかりと受けとめた。
 加藤は、勢いで押し倒してしまった中嶋を見下ろす。とんでもないことをしたとは思わなかった。頭の芯が火がついたように熱くなり、まともな思考力をじわじわと溶かしていく。
 普通であれば即座に殴りつけられるか、蹴り飛ばされるところだが、中嶋は動かなかった。やけに静かな表情で加藤を見上げてくる。
「――なんのつもりだ」
 冷たい声で問われ、加藤は小さく身を震わせる。早く中嶋の上から退かなければと思いながらも、自分のものではないように体が動かなかった。
「俺――……」
 ようやく声を発するが、あとが続かない。自分で自分の行動の意味がわからなかった。ただ、中嶋に見捨てられると思った瞬間に、箍が外れたような状態になったのだ。
 息も詰まるような沈黙が続き、二人は見つめ合ったまま動かない。加藤は、この状況をなんとかしなければと思いながらも何もできず、全身から汗が噴き出してくる。埒が明かないと察したのか、中嶋が口を開いた。
「お前、俺が男と寝ていると知って、気持ち悪くないか?」
 思いがけない質問に、加藤は目を見開く。このときになって、密着している中嶋の体を意識した。格闘技をしていた自分とは違うが、それでも十分に鍛えられた中嶋の体は、しなやかな筋肉に覆われているとわかる。自分と同じ男の体だ。
 この体で、あの美容外科医を抱き、抱かれているのだ。
 生々しい想像は、加藤の体に驚くような変化をもたらした。股間に一気に熱が溜まり、張り詰めていく。加藤の変化に、中嶋も気づいた。軽く目を瞠ったあと、嘲るように唇を歪めた。
「なんだ、お前。俺と――したいのか?」
 違う、という一言が出なかった。自分でもよくわからないというのが、正直なところだ。
 中嶋に対して甘い感情を抱いたことはないし、劣情を催したことは、もちろんこれまで一度もない。しかし、この状況なのだ。思い当たるのは、南郷が中嶋を壁際に追い詰めている姿を見たことと、中嶋と美容外科医の関係を聞いたことだ。その二つが、加藤をおかしくした。
 わずかに身じろいだ拍子に、高ぶった欲望が中嶋の腿に当たる。もっと強く擦りつけたいという衝動に駆られたとき、素直に心情を吐露していた。
「したい、です……」
 加藤は、じっと中嶋を見下ろしたまま、片手でジーンズの前を寛げる。体の内で吹き荒れる欲情を抑えきれず、まともな判断ができなくなっているからこその行動だが、このまま自慰に及び、とにかく体の熱を冷まそうと本気で思ったのだ。加藤の行動をちらりと確認して、中嶋はため息をついた。
「――……お前と寝るつもりはないが、俺に入れたいなら、入れてもいい」
 加藤は最初、何を言われたのかさっぱりわからなかった。中嶋を見下ろしたまま動きを止めていると、舌打ちをした中嶋に、熱くなっている股間のものをぐっと握り締められる。たまらず呻き声を洩らしていた。
「入れたくないのか? それともお前、入れてほしいのか? あいにく俺は男相手に入れるなら、先生にしか勃たないぞ」
 どうする、と問われて呆然とした加藤だが、すぐに我に返り、返事の代わりに、中嶋が穿いているパンツに手をかけた。もどかしくベルトを緩め、下着ごと引き下ろすと、中嶋が腰を浮かせて協力する。
 下肢だけを剥き出しにした姿はひどく卑猥に見え、ワイシャツの下から覗く中嶋の欲望の形に、加藤は冷静になるどころか、ますます頭に血がのぼる。両足の間に性急に腰を割り込ませようとすると、容赦なく腹を蹴りつけられた。
「ゴムをしろ。それと、いきなり突っ込むな。俺が大惨事になる」
「……すみません」
 周囲を見回した加藤は、あることを思い出し、一度中嶋から体を離す。ベッドの下をまさぐり、指先に触れたものを引っ張り出す。思ったとおり小物入れで、中には、目的のものがあった。もどかしい思いで袋を破り、ゴムを装着する。欲望はもうすでに、はちきれそうになっていた。
 中嶋のもとに戻り、自分の指を舐めてたっぷりの唾液を絡める。
「すみません。さすがにローションはなくて……」
「いい。誰が使ったかわからないものよりは、お前の唾液のほうがマシだ」
 同性相手の経験はないが、浅い知識だけはある。加藤は、中嶋の尻の間に慎重に指先を這わせる。指先で探り当てた頑なな窄まりに、本当に欲望を呑み込ませることはできるのだろうかと思いながら、唾液をすり込む。中嶋は不機嫌そうに眉をひそめ、顔を背けていた。
「い、ですか……?」
「ゆっくりしろよ。痛いから」
 加藤は大きく息を吐き出すと、欲望を尻の間に潜り込ませようとしたが一度動きを止め、枕代わりのクッションを中嶋の腰の下に差し込む。
 中嶋の両足を抱え上げ、再び唾液を施してから、内奥の入り口に欲望の先端を押し当てる。
「うっ……」
 二人の口から同時に呻き声が洩れた。狭い場所をこじ開ける感触に、鳥肌が立ちそうだった。きつすぎて、まるで拒むように押し戻されそうになるが、それに逆らいながら、欲望の太い部分を内奥に含ませると、今度は強く締め付けられ、奥へと誘い込むように妖しい収縮を始める。
 これがこの人の中かと、加藤は組み敷いている中嶋を見下ろす。すると、横目で睨みつけられた。
「生意気なでかさだな」
「……すみません。つらい、ですか?」
「当たり前だ。俺は別に、男と寝るのが好きなわけじゃないし、慣れてもいないんだ」
「だったら、どうして俺と――」
 話しながら、中嶋が着ているワイシャツの襟元が気になる。苦しいのではないかと思い、ついボタンに触れると、中嶋がようやくこちらを見てくれた。
 ボタンを一つ外しても何も言われなかったので、内奥への侵入を深くしていきながら、一つずつボタンを外していく。露わになっていく中嶋の胸元に、眩暈がするほど興奮していた。
 加藤は荒い息を吐き出し、腰を揺する。ゴムを通しても、強く擦れ合っている部分が熱を帯び、中嶋の内奥がいやらしく蠢いているのがしっかりと伝わってくる。これ以上はダメだと拒まれているような収縮感を味わいながら、それでも加藤は腰を進め、欲望を根元まで埋め込んでいた。
「中嶋さん……」
 加藤が呼びかけると、忌々しげに中嶋が呟く。
「くそっ、ガサツなんだよ、お前。痛くて仕方ない」
「俺は……、気持ちいいです。中、熱くて、きつい」
 引き寄せられるように中嶋に顔を近づけ、互いの息がかかる距離まで迫る。
「キス、していいですか?」
「……嫌だ」
「でも、したいです」
 何か言いかけた中嶋の唇を強引に塞ぎ、口腔に舌を押し込みながら、加藤は緩慢に腰を動かす。内奥が一層収縮し、欲望を締め付けてくる。神経が焼き切れそうなほど気持ちよかった。
 自分はこの人とのセックスにハマると、この瞬間、確信していた。
 獣のような浅ましさで加藤は、中嶋の口腔を舐め回し、唾液を流し込む。容赦なく肩や背を殴りつけられたが、意地でも唇は離さなかったし、果敢に内奥を突き上げる。ほとんど暴力ともいえる行為になっていたが、長くは続かなかった。
 突然、中嶋の反応が変わる。まるで火がついたような激しさで加藤の口づけに応え、両足が腰に絡みついてきた。強く抱き合いながら、内奥から欲望をひたすら出し入れする。単調な行為が、信じられないような快感を生むのだ。
 その最中に、加藤は中嶋が着ているワイシャツを脱がせ、中嶋が、加藤が着ているTシャツを脱がせる。重なった素肌は熱いだけではなく、すでに汗で濡れていた。
「ああっ、あっ、あっ、あうっ――」
 中嶋が驚くほど放埓に声を上げる。純粋に加藤は嬉しかった。自分がこの人を悦ばせているのだと、律動のたびに下腹部に触れる中嶋の欲望の形で実感する。
 中嶋の汗の匂いに誘われるように首筋に顔を埋め、衝動のままに軽く噛みつく。ビクリと中嶋の体が震え、同時に内奥が締まる。腰からゾクゾクするような感覚が這い上がり、加藤は微かに声を洩らす。もう一度味わいたくて首筋に噛みつくと、今度は中嶋が鼻にかかった声を洩らした。
「……跡、つけるなよ」
「すみ、ません……」
「明後日、俺の〈恋人〉が仕事先から戻ってくるんだ。俺が誰と寝ようが、気を悪くする人じゃないけど、お前とのことを説明するのが面倒だ。だから――」
 不思議なほど、嫉妬心は起こらなかった。踏むべき段階をすべて飛ばして、今中嶋とこうしているのだ。甘ったるい感情はなく、あるのはただ、獣じみた欲情だけだ。だからこそ、中嶋の口から出た〈恋人〉という言葉に、どうしようもなくその欲情を煽られる。
 中嶋が眉をひそめ、ぼそりと呟いた。
「どうして、大きくなるんだよ……」
「〈恋人〉って、男、ですよね」
「ああ。俺の初めての男だ」
 内奥深くを乱暴に突き上げると、中嶋が声を上げて喉元を反らす。そこに食らいつきたくて仕方なかったが、加藤は必死に衝動を押し殺し、代わりにベロリと舐め上げた。
 愛撫の痕跡を残せないならと、汗が浮かぶ肌にひたすら舌を這わせる。中嶋の息遣いが弾み、上擦った声を上げながら腰を揺らし、加藤の欲望をしっかりと咥え込み、締め上げてくる。普段からは想像もつかないが、加藤の下で中嶋は、淫らな生き物となっていた。
 色づき凝った胸の突起を舌先で転がし、このときだけはきつく吸い上げると、中嶋がビクビクと全身を震わせたあと、弛緩した。密着した下腹部の間で、中嶋の欲望が精を噴き上げる。
 加藤は安堵感にそっと息をつく。中嶋に快感を与えられたことへの、何よりの証を得られたからだ。
 内奥の動きがより一層いやらしさを増し、加藤の欲望を舐め上げるように蠕動を始める。中嶋より少し遅れて、加藤も射精していた。
 耳元で中嶋が吐息を洩らし、感慨深げに言った。
「何度経験しても不思議な感じだ。俺と同じ男のものが、俺の中でイッて、ビクビクと震えている感触は」
 中嶋のてのひらが、加藤の左腕に這わされる。そこには、若気の至りというしかない、黒一色の骸骨のタトゥーが彫られている。
 激しく狂おしい行為の余韻の浸る間もなく、欲情が次々に湧き起こってくるようだった。加藤は、中嶋の唇を求める。一度は露骨に顔を背けて拒まれたが、加藤は、南郷がしていたように中嶋のあごを掴んで自分のほうを向かせる。睨みつけられながら、唇を塞いだ。


 二人は裸のまま、狭いベッドに並んで横たわっていた。これが恋人同士であれば、腕枕ぐらい差し出すのだろうが、中嶋の横顔は、腕枕どころか、話しかけることすら拒んでいるように見え、加藤は黙って見つめているしかない。
 喉の渇きが気になり、思いきって体を起こす。ベッドを下りようとして、足元に視線を向ける。欲情の残滓を受け止めたゴムが落ちており、加藤はさりげなく拾い上げてゴミ箱に捨てた。
 裸のまま部屋を出て、冷蔵庫を開ける。期待はしていなかったが、アルコール類以外に、未開封の水のペットボトルが一本だけ残っていた。
 ペットボトルを手に部屋に戻ると、中嶋が起き上がり、ベッドから身を乗り出すようにして窓を閉めようとしていた。さきほどまで、自分たちがどんな声を上げていたかを思い出し、加藤は口元に手をやる。平日の昼間であることや、この部屋をもうすぐ解約するのは、救いだった。
 加藤は立ち尽くしたまま、中嶋の裸の後ろ姿を凝視する。自分がきつく抱き締めていた体だと意識したときには、もうダメだった。
 静かにベッドに歩み寄ると、ペットボトルを放り出す。その音に気づいた中嶋が振り返ったときには、加藤はベッドに乗り上がり、中嶋を背後から抱き締める。さらに、何度目かの高ぶりを示した欲望を、柔らかく蕩けた内奥の入り口へと押し当て――。
「ああっ」
 中嶋の中に背後から押し入り、欲望を根元まで埋め込む。生々しい感触の襞と粘膜が蠢きながら、欲望に吸い付き、内奥全体がゆっくりと締まり始める。
「あっ、くそっ……。加藤、ゴム、しろっ……」
「さっき言いませんでしたが、もうなくなりました」
「だったら、抜けっ」
「嫌です」
 緩く腰を動かし、内奥を突き上げる。中嶋がベッドに両手を突き、背をしならせる。前に逃げられるはずだが、中嶋はそうはしなかった。それどころか、加藤の動きに合わせて、腰を押し付けてくる。
「……あんた、いやらしいな……」
 加藤は思わず素直な感想を洩らす。中嶋の腰を抱え込み、内奥深くを抉るように突いてやると、掠れた嬌声が上がる。
 中嶋がベッドから落ちそうになったので、慌てて引き寄せた拍子にバランスを崩し、二人ともベッドに倒れ込む。繋がりが解けると、中嶋は仰向けとなり、乱れた髪を乱雑に掻き上げながら、ジロリと加藤を睨む。
 今度こそベッドから蹴り落とされることを覚悟したが、中嶋は足を広げた。
「――来いよ」
 加藤は、従順な犬となった。
 中嶋の足の間に腰を割り込ませて、自分の形に広がった場所に、再び欲望を深々と挿入する。
中嶋はそっと眉をひそめたあと、加藤の頬を手荒く撫でてこう言った。
「こういうことになったからといって、俺に馴れ馴れしくするなよ」
「わかっています。いままでどおり……」
 加藤の答えに満足したのか、薄い笑みを浮かべた中嶋に頭を引き寄せられ、褒美の口づけを与えられた。口腔に温かな舌が入り込み、粘膜を舐め回されたうえに、歯列や上あごにまで舌先が擦りつけられる。さらに、引き出された舌を甘やかすように吸われながら、ときおり軽く歯が立てられて、心地よさに身が震える。
 加藤は、中嶋の〈恋人〉や、いかにも上等な人間である美容外科医と張り合おうとは、まったく考えていない。ただ、許されるなら、また中嶋と寝たかった。男と――中嶋と寝ることで得られる快感に、魅了されたのだ。
 熱く蠢く内奥で、加藤の欲望はどんどん逞しさを取り戻していく。わずかに欲望を引き抜くと、中嶋の指先が根元に這わされ、次の瞬間、いきなり指の輪で締め付けられる。
 目を見開いた加藤に、中嶋は囁きかけてきた。
「お前今、南郷さんから、隊に入るよう誘われているだろ」
「……はい」
「どうするか、もう決めたのか?」
 欲望の根元を指先で擦られて、腰が震える。なんとなくだが加藤は、中嶋の意図が読めた気がした。
 中嶋の唇を吸い上げて、掠れた声で問いかける。
「どうしたら、いいですか?」
「さあな。選択をするのは、お前だ」
 中嶋がわずかに腰を揺らし、加藤は誘い込まれるように、欲望を再び根元まで内奥に挿入する。きつく締め付けられて、欠片ほど残っていた理性がドロリと溶けた。
「俺――、隊に入ります。これまでよりもっと、ずっと、あんたの側にいたい」
 告げた途端、小野寺に対するささやかな劣等感のようなものは、なくなった気がした。もうあの男を羨ましいなどとは思わない。思う必要がなくなった。
 自分にもはっきりとした欲望があると知り、妙に誇らしい気分にさえなる。獣じみた浅ましさであろうが、単なる肉欲であろうが、これが、加藤の欲望だ。
「だったら、賢く立ち回れよ。南郷さんは勘が鋭い。お前なら、俺なんかよりも上手く隊に馴染めるはずだ。そして、きちんと力をつけろ。筋力でも、思考力でも、発言力でも」
「あんたの側にいるために、ですか?」
「いや、お前自身が出世するために。俺はいつかあの隊を抜けて、別のところに行きたい。だが、総和会から抜ける気はない。だから……、例えば、南郷さんと不和の噂がある隊長が復帰したばかりの、第一遊撃隊とか――」
 感じた不満がそのまま表情に出たらしく、中嶋は乱暴な手つきで加藤の頭を撫でてくる。
「今すぐの話じゃない。とにかく、お前が隊に入ってようやく、俺は堂々と、お前に目をかけてやれる。隊とチームの人間とじゃ、所詮扱いが違うからな。早く、俺と同じ場所に来い」
 可愛がってやる、と言われて、歓喜に身震いする。加藤の興奮が伝わったらしく、ゾクリとするような喘ぎをこぼした中嶋が、しなやかな両腕を加藤の背にしっかりと回してきた。
 加藤は、低い声で問いかける。
「――……中に、出していいですか?」
「お前今日は、本当に質問ばかりだな」
 そう言った中嶋だが、嫌とは言わなかった。これは、従順さを示した自分へと褒美だろうと思いながら、加藤は力強い律動を刻み始めた。









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