ラウンジのイスに腰掛けた和彦は、つい物珍しさから、辺りをきょろきょろと見回す。これから行われる結婚披露宴に出席する
ため、続々と招待客が集まり始めていた。
和彦の年齢ともなると、友人・知人の結婚披露宴に出席するのは一度や二度では
ないため、特別珍しいイベントというわけではない。ただ、ヤクザの組長の〈オンナ〉となり、しかも、その組長の名代として出
席するのは、もちろん初めてだ。
だからこそ、一体どんな場所で、どんな人たちを集めて行われるのかと身構えていたのだ
が――。
和彦が今いるのは、有名な高級ホテルの大宴会場のラウンジだ。受付が始まるまで、ここで待っているのだが、和
彦と同じように寛ぎ、談笑をしている招待客たちは皆一様に、きちんとした服装で身を包み、どこから見ても、一般の人たちだ。
物騒な世界に身を置くようになって、和彦も独特の嗅覚が働くようになったが、少なくともこの場には、剣呑とした空気を
漂わせた人間は一人もいない。賢吾がどうして和彦を名代に指名したのか、この顔ぶれを見ると納得するしかなかった。
一
流企業の社長を父親に持つ新郎の結婚披露宴だ。招待客は厳選されているはずだ。そのうえで、長嶺組の組長の元にも招待状が届
いたということは、両者の間柄を多少は推測できる。
和彦はその間柄を保つために、礼儀正しく祝儀を渡し、記帳をするの
だ。ただし、芳名帳に残すのは、賢吾の名ではなく、もちろん、和彦の名でもない。偽名というわけではないが、長嶺組が一般人
と関わりを持つときに使う名があるのだという。
賢吾のその配慮のおかげで、和彦はホテル内を一人で行動できる。華やか
な場であることを考えて、護衛の組員たちは同じホテル内にいないのだ。今頃、隣接している別のホテルのティーラウンジに、堅
苦しい顔で座っていることだろう。
ご褒美というわけではないが、役目を果たしたあとは、ホテルの中で買い物や食事をゆ
っくりと一人で楽しんでくればいいと、賢吾に言われていた。
長嶺組の事情にどんどん組み込まれていると思わなくもない
が、そうだとしても、逃れられるわけでもない。だったら、このホテルに入っているブランドショップで気に入ったものを買い、
美味しいものを食べて帰るほうが、遥かに気分はいいだろう。
和彦は、自分の柔軟さに密かに自嘲の笑みを洩らす。
そのとき、一際華やかな歓声が耳に届き、反射的に振り返る。どうやら、他の広間でも結婚披露宴が行われるらしく、こちら同様、
招待客が集まっているのだ。
男性客の服装は、和彦も含めてどうしても限られているが、それに比べて女性客の服装は、ド
レスや着物にスーツと、目で楽しませてくれる。感じる華やかさの大部分は、彼女たちのおかげだなと、和彦はつい表情を和らげ
る。しばらくこんな場とは無縁だったため、いい気分転換にもなっていた。
ここで、受付の開始を告げるアナウンスがあり、
招待客が静かに移動を始める。和彦も立ち上がると、ジャケットの裾を軽く引っ張りながら、服装が乱れていないか確認する。
オーダーメードで仕立てる時間はないからと、賢吾とともにショップに出かけて買い与えられたブラックスーツだが、物自体は
非常によく、高価なものだ。これを着て、長嶺組組長の名代として出かける機会が多くなるぞと、賢吾に囁かれたりもしたが、ど
こまで本気なのか、あの男に関しては本当にわからない。
ジャケットの胸ポケットから、袱紗(ふくさ)に包んだ祝儀袋を
取り出し、受付に渡して記帳を済ませる。これで、和彦の仕事は終わりだ。これだけ、とも言えるが、賢吾の名代を務めたという
点では、大きな仕事だ。
袱紗をきちんと畳み直してポケットに仕舞った和彦は、大宴会場に向かう招待客とは逆の方向に歩
き出す。
まだ受付が始まっていない、別の大宴会場の側を通り過ぎようとしたときだった。
「――あれっ、和彦く
んっ?」
前触れもなく名を呼ばれ、和彦は飛び上がりそうなほど驚く。咄嗟に、同名の他の誰かが呼ばれたのだろうと考え、
周囲を見回したい衝動をぐっと堪える。
和彦にとってこの呼ばれ方は、不吉で不快以外、何ものでもなかった。
嫌
な記憶に足元を掬われそうで、足早にこの場を立ち去ろうとすると、再び名を呼ばれる。
「ちょっと待ってっ。君、和彦くん
だろっ」
同時に、肩に手がかかり、もう無視はできなかった。足を止めた和彦が振り返ると、目の前に立っていたのは、四
十代後半の見知らぬ男だった。和彦と同じ理由でこの場にいるのか、ブラックスーツ姿だ。
「あの……」
和彦が戸惑っ
た表情を見せると、ああ、と声を洩らした男は、納得したように頷く。
「すまない、びっくりさせてしまったようだね。わた
しは、君のお父さんの後輩なんだ。君が高校生ぐらいの頃まで、仕事の関係でよく、佐伯家にお邪魔していたよ」
「そう、で
したか……」
「まあ、記憶になくても仕方ないかな。わたし一人じゃなく、何人もの人間が佐伯家に出入りさせてもらってい
たから。しかも、『勉強会』なんて堅苦しい名前の集まりだったし。確か君は、お医者さんになられたんだよね。医大を受験した
と、君のお父さんから聞かされたときは、びっくりしたよ。佐伯家といえば、代々――」
この場から立ち去るタイミングを探
っていた和彦は、男の話を遮るように問いかけた。
「これから披露宴にご出席ですか?」
男は面食らったように目を丸
くしたあと、気を悪くした様子もなく笑って頷いた。和彦の顔が強張っていることに、気づいてはいないようだ。
「ああ、わ
たしの部下の。とはいっても、今は、うちの〈省〉から民間企業に出向しているんだ。その出向先で、見事にきれいなお嬢さんを
射止めたんだから、若い連中が羨ましがって大変だ」
男の話を聞いていると、昔の記憶が少し蘇ってくる。そういえば、実
家をよく訪ねてくる父親の同僚の中に、一際大きな声で闊達と話す男がいた。ちょうど、今の男のように。
「――実家にはよ
く戻っているのかい?」
にこやかな表情で男に問われ、今度は和彦が面食らう。無理やり話題を変えたつもりだが、男はし
っかり和彦の意図を見抜いていたようだ。
「いえ、あまり……。忙しいですから」
「大学に入ってから、まったくと言っ
ていいほど実家に帰ってこないと、お父さんが洩らしていたよ。連絡もあまり取らないらしいね」
「そんなことは……」
「意外な場所で君に会ったことを知らせたら、喜ぶだろうね。一番喜ぶのは、君自身が連絡を取って、実家に顔を見せに行くこと
だろうけど」
要領がいい人間なら、ここで頷いて、調子のいい返事をするのだろうが、和彦には無理だった。そうすること
で無難にこの場を離れられるとわかってはいても、気持ちが、理屈を裏切る。
ようやく和彦の頑なさに気づいたのか、男は
わずかに目を細めた。父親の同僚で、〈勉強会〉にも顔を見せていたとなれば、切れ者のはずだ。父親から何を聞かされているか
知らないが、実家に寄り付かない、連絡すら取らない和彦が目の前にいて、このまま見逃すことはしないだろう。
不穏な空
気を感じ取り、和彦は無意識に一歩だけ後退ったが、二歩目はなかった。男の手が肩にかかって動けなかったからだ。寸前までに
こやかな表情を浮かべていた男は、今は無表情で和彦を見つめていた。
「ちょうどいい。今日の披露宴には、君のお父さんに
世話になっている人間が、何人か来ているんだ。せっかくだから紹介しよう」
「いえ、ぼくはこれで失礼します」
「時間
は取らせないから。びっくりするだろうな。兄弟そっくりだと言って。君のお兄さんも、省内じゃ、かなりの有名人だから――」
そう言いながら男に腕を掴まれそうになり、鳥肌が立つような危機感を覚えた和彦は、反射的に男の手を払い除ける。思わ
ず声を荒らげて言い放っていた。
「父とは……佐伯の家とは関わりたくないんですっ」
「そんなことを聞いたら、なおさ
ら君を行かせるわけにはいかない。――君と連絡が取れなくなっていると、佐伯さんが心配されていたよ。いままで住んでいたと
ころも引っ越して、行き先がわからないとも」
何年も会わず、連絡を取り合わなくても平然としている父親に、そんな感覚
があるはずがない。和彦は唇を歪める。だがすぐに、顔を強張らせる。
再び腕を掴まれると同時に、男が誰かを呼んだのだ。
何事かと言った様子で、招待客の間から三人の男たちが姿を見せた。
「誰か、わたしと一緒に、彼を捕まえおいてくれ。それ
と、佐伯〈審議官〉にすぐ連絡を取るんだ」
男の鋭い指示に、他の男たちは驚いた表情を見せながらも従おうとする。さす
がに、複数の男たちに囲まれては、逃げられない。和彦は考えるより先に体が動き、男を突き飛ばした次の瞬間には駆け出す。
人の間をすり抜けて、エスカレーターを駆け下りる。
「和彦くん、待ちなさいっ」
背後から声をかけられたが、もち
ろん立ち止まったりはしない。
このままホテルを出ようとしたが、今日の和彦は、最悪な出会いという意味で、恵まれすぎ
ていた。
エスカレーターを降りた先に、高級ホテルの宴会場フロアには不似合いな格好の男が立っていた。自分のトレード
マークのつもりなのか、毎日の服選びが面倒なのか、黒のソリッドシャツにジーンズ、その上からブルゾンを羽織った鷹津だ。オ
ールバックにした髪形や無精ひげもそのままで、どこから見ても不審者だった。
そして和彦にとっては、疫病神だ。
和彦は無視して、さらに階下に下りるエスカレーターに乗ろうとしたが、手首を掴まれて止められる。
「おい――」
「最
低な男だなっ。こんな場所にまで、ぼくをつけてきたのかっ」
開口一番に和彦が鋭い声を発すると、さすがの鷹津も目を丸
くしたが、すぐに気を取り直したようにニヤッと笑った。
「どうした。せっかくの華やかな場だっていうのに、機嫌が悪そう
だな」
「あんたの相手をしている暇はない。離せっ」
鷹津を怒鳴りつけた和彦は、慌ただしくエスカレーターを降りて
くる足音を聞き、振り返る。さきほどの男たちだ。
鷹津の手を振り払って行こうとすると、反対に手を引き寄せられ、ぐい
っと引っ張られる。勢いに圧されるようによろめいた和彦は、そのまま鷹津に引きずられる。
「何するんだっ。離せと言って
いる」
「追われているのか」
凄みのある声で問われ、和彦は唇を引き結ぶ。鷹津が肩越しにちらりと振り返った。
「どうなんだ」
「……追われる謂れはないが、あの人たちに捕まりたくはない」
「なら、俺と来い。何かあれば、俺が警
察手帳で追い払ってやる」
迷う時間はなかった。ここで鷹津と揉み合えば、父親と繋がりのある男たちに捕まってしまう。
鷹津は嫌いだが、それ以上に、家族と引き合わされるのは嫌だった。
鷹津に腕を引かれるまま走り、目立つ宴会場フロアか
ら離れる。たまたまこのフロアの宴会場では、結婚披露宴が終わったところらしく、ラウンジは大勢の招待客で混雑している。ぶ
つかりそうになりながらも、鷹津とともに人を掻き分けて進んでいく。
エレベーターホールに向かうのかと思ったが、鷹津
は逆方向に進み、階段を使って下のフロアに移動する。
「どこに――」
「このまま外に出て、護衛と合流したら、お前を
追いかけていた奴らは、余計な勘繰りをするぞ。三十歳の美容外科医が、どうしていかつい男に守られているのか、ってな。それ
とも、お前が長嶺に飼われているオンナだと、すでに知られているのか?」
階段を駆け下りながら鷹津に言われ、一瞬返事
に詰まった和彦は、唇を引き結ぶ。
彼らに出会ったのは、偶然だ。和彦が結婚披露宴に祝儀を持っていくよう言われたのは
ほんの数日前だし、そもそも、かつて和彦とつき合いがあった人間は、今の生活を知らない。誰にも告げていないからだ。
ヤクザとの繋がりを知られて迷惑をかけたくなかったということもあるし、何より、自分の家族に知られたくなかったのだ。
もし自分が、ヤクザに飼われていると知られたら――。
「……ぼくの今の生活を、知られるわけにはいかない」
そう
呟いて和彦が強い眼差しを向けると、鷹津は軽く鼻を鳴らした。
「だったら、しばらくは見つからないよう、ホテルの中でお
となしくしているしかないな」
「そうする。でも――あんたはもういらない。ぼく一人でいい」
「お前、俺がどうして、
あとをつけてきたのか、わかってないようだな。俺はお前の護衛じゃないぜ」
肩越しに嫌な笑みを投げかけられ、和彦は顔
を強張らせる。立ち止まろうとしたが、乱暴に腕を引っ張られて歩かされる。
鷹津は、ホテル内の構造を把握しているのか、
足取りに迷いはない。どんどん歩かされて、宴会場のフロアを通り抜けると、あまり人気のないエリアに出る。歩きながら、やっ
と見つけた案内板を素早く見たが、どうやらコンベンションホールのようだ。
「ここなら、人もあまり来ないだろう。どうや
ら、どこの部屋も使ってないようだしな」
急に鷹津が方向を変え、腕を掴まれたまま和彦はレストルームに引き込まれた。
運悪く人がおらず、きれいに磨かれた空間に二人分の荒い足音が響く。
和彦は、一番奥の個室に押し込まれ、当然のように
鷹津も入ってきて、ドアが閉められた。
そんな鷹津を警戒しながら、狭い個室の隅に身を寄せようとしたが、反対に力強い
腕に引き寄せられ、ドアに乱暴に押し付けられた。威圧するように鷹津が顔を近づけてきたので、和彦は思いきり顔を背ける。
「――あいつら、何者だ。組絡みの人間じゃねーだろ。あれはどう見ても、真っ当な勤め人だ。それがどうして、ヤクザのオンナ
を追いかける?」
「あんたに関係ない」
「俺は、助けてやったんだから、少しは感謝して見せたらどうだ」
「あんた
が余計なことをしなかったら、すぐにホテルの外に逃げ出せた。あんたのせいだ」
「助け甲斐のない奴だ……」
言葉と
は裏腹に、鷹津の声は笑いを含んでいた。そこには、和彦を狭い場所に閉じ込めたという余裕が表われている。
ドアに押し
付けられながら和彦は、片手を伸ばして鍵を開けようとしたが、すかさずその手を掴まれ、しかも、鷹津の膝が両足の間に割り込
まされた。下肢が密着し、和彦はカッと全身を熱くしながら、懸命に目の前の男を睨む。
「まあ、いい。お前の動向を追って
いれば、長嶺の人脈を少しは知ることができるかと思っていたんだが、思いがけない場面に出くわして、俺は機嫌がいい。何より、
お前自身が護衛なしで、俺の胸に飛び込んできた」
「……誤解を生むような言い方をするなっ。あんたが側にいると、吐き気
がするんだ。自分が何をしたか、忘れてないだろうな」
鷹津に食ってかかりながらも、隙さえあれば鍵を開けようとしてい
たが、鷹津の手はがっちりと手首に食い込んで動かない。内心で焦る和彦を、鷹津は薄笑いを浮かべて見つめてくる。
「色男
は、何を着ても似合うもんだ。ブラックスーツがこんなに様になっている姿を見ていると、これでヤクザのオンナだとは信じられ
んな。しかも、単なるオンナじゃない。組長とその息子、若頭補佐なんて大層な肩書きを持ってる番犬と寝ている、性悪オンナだ」
鷹津の手が、ジャケットの上から胸元を撫でてくる。和彦はほとんど爪先立ちになりながら、逃げ場のない状況の中でも、
なんとか鷹津と距離を取ろうとする。もちろんそれは無駄な足掻きでしかなく、鷹津の膝が一層深く両足の間に割り込んできたう
えに、ジャケットのボタンを一つ外された。
ゾクゾクするような不快感が全身を駆け抜ける。虚勢でなんとか向き合ってい
るが、鷹津から与えられた辱めを和彦は忘れていないし、体からも消えていない。何より気持ちが、この男を拒絶している。
「これ以上触ったら、大声を上げるぞ」
和彦の必死の虚勢を、鷹津は鼻先で笑った。
「やってみろ。さっきの連中のと
ころまで、お前を引きずっていくぞ。どういう関係なのか聞いてみるのもおもしろいかもな。それとも――」
鷹津の両手に
ジャケットの襟元を掴み上げられ、眼前に顔が迫ってきた。
「このスーツをひん剥いて、トイレから叩き出してやろうか?」
すぐにジャケットの襟元から手は除けられたが、その代わり、さらにボタンを外されていく。次に、その下に着ているベス
トのボタンも。
「おとなしくていたら、俺が手を上げる人間じゃないと、この間のことでわかったはずだ」
「……手を上
げなかったら、何をしてもいいのか。あんな、汚らわしいことをしておいてっ……」
「いつも尻に、男の精液を入れられてい
る奴が、何を言ってる。体にかけられるぐらい、大したことじゃないだろ」
怒りと屈辱から、一気に頭に血が上る。気がつ
けば、押さえられていないほうの手で鷹津の頬を打っていた。大きく手を振り上げられないため、さほど痛くなかったのだろう。
パチンと間の抜けた音がしただけで、鷹津は顔をしかめもしなかった。だが、報復は容赦なかった。
「あうっ」
両足の
間に大きな手が差し込まれ、パンツの上から乱暴に和彦のものは揉みしだかれる。痛みに息を詰まらせ、動けなくなる。目の前で
鷹津は、今にも舌なめずりしそうな残酷な表情を浮かべていた。
「もう一度殴ったら、潰すぞ。それは困るだろ。お前だって、
ここを弄られて気持ちよくしてもらうのは、好きなはずだ」
何も言えず、抵抗もできず、和彦は鷹津にベロリと唇を舐めら
れた。
内奥に挿入された指が動かされ、ドアにすがりついた和彦は喉の奥から呻き声を洩らす。すると背後から、鷹津の片腕にきつく
抱き締められ、シャツの前を開かれて露わになった胸元を撫でられた。その手が下がり、和彦の両足の間で熱くなっているものを
握り締めてくる。
「うぅっ……」
思わず足元が乱れ、足首の辺りでたわんだパンツを踏んだ気がするが、それどころで
はない。濡れた先端を執拗に擦り上げられ、立っているのもやっとなのだ。しかし鷹津は、容赦なく内奥を指で掻き回し、そうか
と思うと、ねっとりと襞と粘膜を撫でてくる。
和彦は、そうされるたびに自分の内奥が、引き絞るように鷹津の指を締め付
けているのがわかっていた。だが、どんなに気持ちは嫌がっても、逆らえない状況で、体を自由に扱われては、忌々しい反応をど
うすることもできない。
「相変わらず、いい締まりだな。さっきから尻が、痙攣しまくってる。――ここに俺のものを突っ込
んだら、さぞかし気持ちいいだろうな」
鷹津の聞こえよがしの呟きに、和彦は必死になって肩越しに振り返る。すると鷹津
がニヤリと笑い、顔を寄せてきた。
「……舌を出せ。吸ってやる」
内奥から指が引き抜かれ、恫喝するように鷹津の熱
い高ぶりが擦りつけられる。内奥の入り口をわずかに押し開かれたところで、和彦は悔しさを噛み締めながら震える舌を差し出し、
鷹津にむしゃぶりつかれた。
痛いほど舌を吸われながら、握り締められたものを手荒く扱かれると、先端から透明なしずく
をはしたなく滴らせる。吐き気と、否応なく引き出される快感が、交互に和彦を責め苛んでいた。
そんな和彦が見せる表情
と反応に、明らかに鷹津は興奮している。
「この状況でも、やっぱり感じるんだな。――淫乱」
獣じみた口づけの合間
に下卑た口調で囁かれ、また少し内奥の入り口をこじ開けられそうになる。
「嫌、だ……。あんた、なんかに……」
「口
ではどれだけ嫌がろうが、俺次第だ。今なら、すぐにお前の尻を犯せるぞ」
この瞬間、和彦は鷹津を強く見つめる。自分で
はどんな目をしたのか自覚はなかったが、サソリのように嫌な男を刺激したのは確かなようだ。
乱暴に体の向きを変えられ
てドアに押し付けられ、間近で見つめ合ったまま、和彦のものは鷹津の手に扱かれる。顔を背けて呻き声を洩らすと、首筋を鷹津
の舌に舐め上げられていた。
腰を寄せてきた鷹津の熱いものが、和彦のものと擦れ合う。鷹津に片手を取られ、脈打つ欲望
を無理やり握らされようとしたが、和彦は必死に拒もうとする。すると、首筋にゆっくりと歯が立てられ、嫌悪感に限りなく近い
疼きが背筋を一気に駆け抜けた。腰が砕けそうになり、思わず片手で鷹津の腕にすがりつく。
首に引っ掛けただけとなって
いた解けたアスコットタイを、鷹津が口に咥えて抜き取り、足元に落とした。喉元を舌先でなぞり上げられた和彦は、大きく息を
吸い込む。その瞬間を逃さず、鷹津の傲慢な舌が口腔に入り込み、感じやすい粘膜を舐め回され、唾液を流し込まれた。
窒
息しそうなほど深い口づけに和彦の意識は舞い上がり、鷹津がぶつけてくる欲望に、吐き気すらもねじ伏せられる。
鷹津の
ものを握らされ、手を動かされる。脈打つ逞しい欲望を、和彦はおずおずと扱き始めた。鷹津もまた、和彦の欲望を素早く扱き、
狭い個室に湿った音が重なって響く。
意図したわけではないが、快感を生み出すリズムが合い始めていた。鷹津の指に先端
を撫で回され、擦られると、それに倣うよう促された気がして、和彦も同じ行為を返す。
湿った音が一際高くなったそのと
き、レストルームに人が入ってきた足音がした。さきほどの男たちの誰かだろうかと思い、和彦はビクリと身を強張らせる。和彦
の怯えを感じ取ったのか、手の動きを止めた鷹津が、ドアの向こうの気配を探る表情を見せながら、和彦の頭を引き寄せた。
まるで自分を庇おうとしているように思え、和彦はドキリとする。だがすぐに、羞恥と屈辱で体を熱くすることになる。鷹津の
手が尻にかかり、強く揉まれたからだ。それどころか――。
すでに綻んでいる内奥の入り口が強引にこじ開けられ、指を押
し込まれる。和彦は、体を小刻みに震わせながら、内奥に指を呑み込む。睨みつける和彦を、鷹津は薄い笑みを浮かべて見つめて
くる。そんな男にしがみつくしかできなかった。
レストルームに入ってきたのは、純粋な利用者だったらしく。水音のあ
と、ドアが開閉する音が続いて聞こえ、すぐに静寂が訪れた。それを確認したあと、鷹津が忙しい手つきで和彦のものを扱き始め、
押し寄せる快感に、和彦は声を洩らして鷹津にしがみつく。
あっという間に絶頂を迎え、鷹津の手の中に精を迸らせていた。
鷹津は何も言わず、トイレットペーパーを巻き取って手を拭う。和彦は息を喘がせながらドアにもたれかかり、鷹津と唇を触れ合
わせる。胸元を撫でられ、興奮で硬く尖った突起を指先で弄られているうちに、片手を取られて鷹津のものに触れさせられていた。
やはり鷹津は何も言わず、和彦の目を覗き込んでくる。ドロドロとした感情の澱は、今は狂おしい欲望に覆われている。鷹
津は嫌いで不愉快な存在だが、この目を見ていると、その感覚が少しだけ薄らぐ気がした。
ふてぶてしく育ち、ドク、ドク
と脈打つ鷹津の欲望を柔らかく握り締めた和彦は、緩やかに上下に扱く。途端に鷹津の唇から吐息が洩れた。
鷹津の反応を、
まばたきも忘れて見入っているうちに、欲望を扱く手を掴まれる。数秒の間を置いて、てのひらが濡れる。鷹津が精を放ったのだ。
驚いて目を丸くする和彦に対して、鷹津が嫌な笑みを向けてくる。
「残念だな。こんな場所じゃないなら、またお前の体にか
けてやったのに」
悔しさのあまり声が出なかった。それよりも今は、一刻も早く汚らわしいものを拭いたくて、急いでトイ
レットペーパーを巻き取る。下着とパンツを引き上げただけの姿で、何度も手を拭う和彦を、鷹津がじっと見つめてくる。さきほ
どまでジーンズの前を寛げていたが、すでにもう身支度を整えている。
自分の惨めな姿を自覚して和彦が睨み返すと、肩を
すくめられた。
「俺の手でイッたくせに、そんな目をするな」
「それはっ――」
和彦が反論しようとしたとき、ジ
ャケットのポケットで携帯電話が震えた。すると鷹津の手がポケットに突っ込まれる。あっという間に電源を切られてしまった。
おそらく電話は、隣のホテルで待機している護衛の組員からのものだ。祝儀を渡して記帳するだけにしては、あまりに時間がかか
りすぎているため、様子を知るためかけてきたのだろう。
「心配するな。お前の身柄は、きちんと護衛の奴らに渡してやる。
なんといっても俺は、正体不明の男たちに追われるお前を助けただけだからな」
もう一度鷹津の頬を打とうとしたが、手首
を掴まれ、体ごとドアに押し付けられる。凄みを帯びた口調で言われた。
「――格好を整えてやる。この姿のまま外に出すの
は、さすがに可哀想だからな」
拾い上げたアスコットタイをパンツのポケットに突っ込まれ、鷹津の手がシャツにかかる。
和彦は身構えたまま動けず、その間に、乱れた格好を整えられた。
予想外に紳士的な振る舞いを見せた鷹津に、和彦は戸惑
い、どう反応すればいいのかわからない。見つめ合うのも違う気がして、急いで個室から出ようとしたが、身じろいだ次の瞬間に
は肩を掴まれていた。
「最後にもう一つある」
「何がだ……」
「別れのキスを頼む。――濃厚なのを」
怒鳴り
つけようとした瞬間、またレストルームに入ってきた物音がする。しかも今度は一人ではない。ドアの向こうの気配をうかがいな
がら鷹津を見ると、どうする、と言いたげに笑っていた。
外にいる人間に助けを求めるという選択肢は、和彦にはなかった。
一般人と関わりたくないし、万が一にも、さきほどの男たちである可能性もある。
和彦は静かに息を吐き出すと、無精ひげ
の生えた鷹津の頬に両手をかけた。どちらともなく身を寄せ合い、唇を重ねる。
熱い舌に傲慢に唇を割り開かれ、口腔に押
し入られる。おとなしく受け入れた和彦は、吐き気を堪えて鷹津の舌を吸い、微かに響いた濡れた音にヒヤリとしながら、そっと
歯を立てた。
体に回された腕に力が込められて、鷹津が興奮しているのがわかった。鷹津のその反応に、なぜか和彦の体は
熱くなる。
外から男二人のにぎやかな話し声が聞こえてくる状況で、求められるまま、やむをえず舌を絡め合い、唾液を交
わす。引き出された舌を痛いほど吸われると、たまらず和彦は鷹津の肩にすがりついていた。
ますます鷹津の腕の力が強く
なり、和彦の中で奇妙な変化が起こっていた。鷹津のことがどうしようもなく嫌いで、嫌悪しているのに、そんな男にねじ伏せら
れるように口づけを交わしていると、高揚感に襲われ、体の奥深くから強引に官能を引き出される。
官能に形を借りた、サ
ソリの毒かもしれないと、ふとそんな考えが脳裏を過る。鷹津の毒を注入され、体も心も侵されていくのだ。
思わず身じろ
ごうとしたが、後頭部を押さえられ、熱い舌に口腔をまさぐられる。軽く揉み合ったが、外にいる人間に悟られるのを恐れ、結局
和彦は、鷹津との口づけを続けるしかなかった。
外にいる二人組は、何事もなくレストルームを出ていったが、それでも鷹津
は、和彦を離そうとはしなかった。ここぞとばかりに、屈辱的な口づけを堪能しているのだ。
ようやく唇を離したとき、す
っかり和彦の息は上がっていたが、一方の鷹津は、余裕たっぷりの表情で耳元に顔を寄せてきた。
「キスだけでイかされそう
だったぜ」
「……うるさい」
「そう、ツンケンするな。なんといっても、ホテルの外までエスコートしてやるんだ。最後
までしっかり俺の機嫌を取っておいたほうがいいぞ」
睨みつけるのも疲れ、和彦は黙って唇を手の甲で拭う。
鷹津が
先に個室を出て、和彦はあとに続く。さすがに、というべきか、鷹津は素早くレストルームを一度出て、すぐにまた戻ってきた。
「妙な奴はうろついてない」
和彦はほっと安堵の吐息を洩らし、いくらか緊張を解く。二人揃ってレストルームを出よ
うとしたが、ドアに手をかけた鷹津が不自然に動きを止めた。
「どうした――」
和彦が問いかけようとしたとき、急に
鷹津が振り返り、腕を掴まれて引き寄せられる。怖いほど真剣な顔が眼前に迫ってきて、有無を言わさず唇を塞がれていた。
和彦にも、自分の身に何が起こったのかわからなかった。わからなかったが――気がついたときには、差し出した舌を鷹津と大
胆に絡め合っていた。
本当に和彦には、自分の身に何が起こったのかわからない。だが、粗野なくせに、鷹津は口づけが上
手いということだけは、わかるのだ。
忌々しいことに。
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