と束縛と


- 第12話(4) -


 取り寄せた医学書をラックに並べた和彦は、一歩引いてから、デスクとのバランスを確認する。医者として、使い慣れた医学書 を手元に置いておきたいというのもあるが、堅苦しくない程度に知的な空間を演出するための、ちょっとした小道具だ。
 無 機質な診察道具は、なるべく患者の目に入るところに置かないよう気をつけ、緊張感を与えないために、壁もロールカーテンも柔 らかな色彩で統一している。
 診察室は、カウンセリング室でもあるのだ。かつて和彦が勤めていたクリニックは、設備は整 っていたが、その点の配慮が少し欠けていた。だからこそ、このクリニックでは、できる限りの配慮をしたかった。
  設置のために特別な許可を必要とするレントゲン以外の医療機器は、無事に運び込まれており、もうここは、どこから見ても立派 なクリニックとなった。
 念のため、早くから保健所に相談をしていたこともあり、開業届をいつ提出するかも見通しが立っ ている。それを受けて、看板のほうもすでに発注済だ。派手な広告は必要ないクリニックなので、あとは必要に応じて名刺とパン フレットを印刷すればいいが、これは慌てなくていい。
 ここまで準備ができてしまうと、あとはインテリアの細かな部分に 目を配るだけなので、難しい書類と首っ引きにならなくていい分、和彦は気楽だ。
 こうして、クリニックで一人で過ごす時 間は、楽しくもある。たとえ、自分の名を堂々と表に出せないとしても、他人から与えられたものだとしても、ここは和彦のクリ ニックなのだ。
 イスに腰掛けた和彦は、改めて診察室を見回す。
 自分の力で手に入れたわけではなく、それどころか ヤクザの組長の打算の賜物である場所だが、和彦はこの場所が好きだった。こうして一人で過ごしながら、悦に入るのは簡単だ。
 コーヒーでも入れてこようかと思っていると、クリニックのインターホンが鳴った。設備が整ったのを機に、防犯対策とし て警備会社と契約をしたのだが、それに伴いインターホンのシステムも一新した。
 本当は監視カメラを勧められたが、夜間 に組の人間が出入りするとき、かえって映像が残っては困る。そこで、テレビモニター付きのインターホンを選んだのだ。
  診察室を出た和彦は足早に玄関に向かい、インターホンに出る。
「はい――」
 モニターに映った人物の姿を見て、和彦 はどんな顔をすればいいのかわからなかった。
「……どちらさまですか」
 思いきり皮肉を込めた声で問いかけると、モ ニターに映った人物はニヤリと笑った。
『お届けものです』
「へえ。警察から、運送業に転職したのか」
 和彦の言 葉に、運送業者――ではなく、〈まだ〉現役刑事であるはずの鷹津は肩をすくめた。
『いいから、早く開けろ。ここは寒いん だ』
 仕方なく和彦は玄関の鍵を開けてやる。すかさず外からドアが開けられ、まるで獣のような荒々しい空気を振り撒きな がら鷹津が入り込んできた。鷹津とともに入り込んできた冷たい風に首をすくめ、小さく身震いする。ここ数日、急に寒さが増し てきた。
 和彦は軽く眉をひそめながら、鷹津を頭の先から爪先まで眺める。
 今日はくたびれたスーツを着た男は、相 変わらずオールバックの髪型をしてはいるものの、不精ひげは剃っている。見た限り、どこか怪我をしている様子はない。鷹津に 一切手を出していないという賢吾の言葉は、どうやら本当だったようだ。
 和彦が向ける眼差しをどう解釈したのか、ニヤニ ヤと笑いながら鷹津は言った。
「元気そうな俺を見て、感動して抱きついてもいいんだぞ?」
「……バカか、あんた」
 素っ気なく言い捨てて、和彦は待合室へと移動する。何も言わなくても、鷹津もあとに続いた。
「そう冷たくするな。これ でも忙しい中、お前が心配していると思って、わざわざ顔を出してやったんだぞ」
「電話一本で済んだんじゃないか」
「俺とお前の仲で、それはないんじゃねーか」
 振り返った和彦は、鷹津を睨みつける。
「ぼくに、馴れ馴れしくするな」
「だが、嫌でも俺とつき合わざるをえない。そういうことで、長嶺と話はついてるんだろ。お前は、俺を飼うしかない、って な」
 蛇蝎同士、一体どんなことを話し合ったのだろうかと思いながら、ふいっと顔を背けた和彦は、待合室のソファに腰掛 ける。当然のように鷹津も隣に腰掛けた。それどころか、和彦の肩に腕を回してくる。
 やはりこの男は嫌いだと、改めて和 彦は痛感していた。触れられただけで、鳥肌が立ちそうだ。
 鷹津の指に髪先を弄ばれたところで、ぴしゃりと手を払い除け て本題に入る。
「――あんた、全部承知していたんだろ」
「何がだ」
「ぼくと寝たら、遅かれ早かれ、長嶺組の人間 が踏み込んでくると」
 ふんぞり返るように足を組んだ鷹津に、さらに肩を抱き寄せられる。油断ならない男の手は、和彦が 着ている大きめのセーターの下に入り込んできた。
「俺は昔、ある組から当てがわれた女と寝ている最中に、組員に踏み込ま れたことがある」
 和彦は思わず、鷹津の横顔をまじまじと見つめてしまう。悪徳刑事だとわかってはいるのだが、こうして 本人の口から聞かされると、やはり得体の知れなさを感じる。
「……ヤクザに踏み込まれるのは経験済みということか」
「美人局というやつだな。組員の女に手を出したということで、俺に因縁をつける気だったらしい。が、盛り上がっている最中を 邪魔されて、俺は機嫌が悪かった。それで――どうしたと思う?」
 ニヤリと笑いかけてきた鷹津の手に、素肌の脇腹を撫で られる。嫌な予感を感じた和彦は、答える気がないと顔を背けたが、かまわず鷹津は耳元に唇を寄せてきて、嬉々とした口調で言 った。
「ヤクザが見ている中、女の口に銃口を突っ込んで、最後までヤッたんだ。あのときの女の締まりはなかなかだった」
「――下衆」
「他の奴に言われたら、顔の形がわからなくなるほどぶん殴ってやるところだが、お前にそう言われるのは、 ゾクゾクする」
 鷹津の手が無遠慮にセーターの下で蠢き、胸元を這い回る。指先に胸の突起を捉えられ、和彦はビクリと体 を震わせた。
「俺の弱みを握って、俺を潰そうとする奴はいくらでもいた。そのたびに俺は、容赦しなかった。それ以上の弱 みを握って、屈辱を与えて、クズどもを黙らせてきた。それが通じなかったのは――」
「長嶺組長だけ、か」
「えげつな い男だからな、あれは。お前だって骨身に染みてそれがわかってるから、今みたいな暮らしをしてるんだろ」
 賢吾は、鷹津 に一体何をして、一時的とはいえ暴力団対策の前線から追い払ったのか、いまだにわからない。予測もつかない。知りたい気持ち は確かにあるが、知ってしまえば、これまで以上に賢吾を恐れるようになるだろう。あの男は、和彦にそんな反応は望んでいない。
「長嶺が俺に何をしたか、知りたいか?」
 和彦の耳朶を舌先で弄りながら、鷹津が囁いてくる。その間も、胸の突起は 刺激され、否応なく硬く凝る。その敏感な尖りを楽しむように、鷹津の指先に転がされていた。和彦は微かに声を洩らす。
「……別に。あんたの過去に興味はない」
「賢い奴だな。危険な蛇の尾を踏まないよう、余計なことは耳に入れたくないって ことか」
「サソリの尾だって踏みたくない。あんたも、長嶺組長も、物騒すぎるんだ」
「俺は物騒じゃないだろ。あんな に丁寧にお前を抱いてやったんだ。けっこう、紳士なつもりだぜ」
 言葉とは裏腹に、和彦の体はソファに押し倒され、傲慢 に鷹津がのしかかってくる。きつい眼差しを向けると、それ以上の眼差しの鋭さで言われた。
「あまり、俺と長嶺を同類で語 るなよ。同じ悪党ではあっても、俺とあいつは敵対関係であることに変わりはない。手を組む気はないし、あいつのために何かし てやろうなんて気は、毛頭ない」
 鷹津にセーターをたくし上げられる。ごつごつとした両てのひらに荒々しく胸をまさぐら れ、和彦はソファの上で軽く仰け反っていた。
「だが、長嶺のオンナ相手なら、話は別だ。俺にも身を任せてくれた可愛いオ ンナの頼みなら、聞いてやる。上手く俺を使えよ。――あの長嶺のオンナってだけで、お前は一部の人間にとっては美味しい存在 なんだ。それどころかお前本人も……いろいろあるだろ?」
 間近に顔を寄せ、鷹津が意味ありげに囁いてくる。和彦は睨み つけてから顔を背けた。
「……別に」
「ヤクザと刑事、使い分けることだな。知りたいこと、困ったことがあれば、手を 貸してやる。たとえ長嶺経由の頼まれごとだとしても、お前の口から頼まれればな。長嶺と馴れ合う気はないが、あの男あっての お前だ。多少の不愉快さは仕方ない」
「それはこっちの台詞だ」
 耳元で、鷹津が低く笑い声を洩らす。次の瞬間、首筋 を熱い舌で舐め上げられた。嫌悪感とも疼きとも取れる感覚が背筋を駆け抜け、和彦は鷹津の下から抜け出そうとする。
「そ んな気分じゃない。ぼくに触るなっ……」
「そう言うな。俺はご褒美を期待して、仕事中だというのにこうして会いに来てや ったんだ」
 胸の突起を両てのひらで捏ねるように転がされ、手荒くまさぐられる。かと思えば、ふいに指で挟まれてから、 軽く引っ張られていた。
 和彦の胸の突起を執拗に弄りながら、鷹津が真上から見下ろしてくる。わずかに息を弾ませて和彦 が睨みつけると、サソリの例えがよく似合う男は、薄ら寒くなるような笑みを浮かべた。
「――ゾクゾクするな。お前みたい な色男が、俺のものかと思うと」
 すっかり色づいた胸の突起を指の腹で擦り上げながら、鷹津はもう片方の手で頬に触れて くる。指で唇を割り開かれたので、和彦はその指に噛み付いてやった。
「ぼくは、あんたのものじゃない。あんたが、ぼくの 番犬になったんだ」
「ああ、そうだったな……」
 鷹津の肩を押し上げると、あっさりと体の上から退く。手を掴んで引 っ張り起こしてもらった和彦は、格好を整えた。そんな和彦を眺めながら鷹津は、今日は不精ひげを剃っているあごを撫でる。
「佐伯、一つ忘れるなよ」
「……なんだ」
 乱れた髪を手櫛で適当に整えながら、和彦はさりげなく立ち上がる。こんな 男の隣にいると、いつまた押し倒されるか気が気でない。
「俺は、損得だけでお前の番犬になったわけじゃない。お前を口説 くために都合がいいから、この役目を引き受ける気になったんだ」
 この男は突然何を言い出すのかと、和彦は露骨に警戒し ながら鷹津を見つめる。サソリの毒のように、物騒な性質を持つ男の言葉だ。何が潜んでいるか、わかったものではない。
  和彦の反応に、煙草を取り出しながら鷹津は唇を歪めた。
「なんだ、俺がこんなことを言うと、おかしいか?」
「当たり 前だ。たった今、女の口に銃口を突っ込んだなんて、とんでもないことを言った男が、似合わないことを言うな」
「――お前 の口には、別のものを含ませてやる。ヤクザを腰砕けにするほど、上手いんだろうな」
 芝居がかった下卑た笑みを向けられ、 カッと体を熱くした和彦は鷹津に歩み寄ると、唇に挟まれた煙草を奪い取った。
「ここは禁煙だっ」
 次の瞬間、素早く 鷹津に手首を掴まれた。乱暴に引き寄せられて唇を塞がれそうになったが、和彦は反射的に鷹津の顔を押し退けると、手の届かな い距離まで逃れる。鷹津は怒るどころか、妙に楽しげな様子でのっそりと立ち上がった。
「そうも嫌そうに逃げられると、か えって煽られるな」
「あんたと遊んでいる暇はないんだ。さっさと帰れ」
「飼い主なら、番犬の躾はお前の仕事だろ」
「……あんたは、必要なときに役に立てばいい。それ以外では、顔も見たくない」
 待合室の中を逃げ回っていた和彦だが、 追いかけっこを楽しむ鷹津にいいように追い立てられ、結局、部屋の隅で逃げ場を失う。
「冷たいことを言いながら、部屋の 外に逃げ出さないのは、どうしてだ? 男にケツを追い回されるのが好きだからか」
「ここは、ぼくの職場だ。なんでぼくが 外に逃げないといけない。それに、人相の悪い男に追われていたなんて噂が立ったら、ここに居づらい」
「言い訳だな」
 そう言って、鷹津がぐいっと顔を寄せてくる。ドロドロとした感情で澱み、粘つくような目は、今は冷たい光を湛えている。そ れでも、燻り続ける厄介な熱を感じ取ることはできる。触れたくない熱だが、こうして向き合っていると、嫌でも和彦にまとわり ついてくる。
 ふいに鷹津との、長い時間をかけての濃厚な交わりを思い出し、和彦はうろたえる。慌てて顔を背けようとし たが、すかさず鷹津にあごを掴まれた。
「――きちんと俺を躾けろよ、飼い主さん」
 鷹津が顔を寄せてこようとしたと き、和彦の視界にある光景が飛び込んでくる。
 肉食獣が獲物に忍び寄るように、男が待合室に入ってきたのだ。この瞬間か ら和彦の意識は、目の前の鷹津ではなく、その男へと向けられる。
 和彦が思わず笑みをこぼすと、鷹津は驚いたように動き を止めた。そして、和彦の視線がどこに向けられているのか気づいたらしく、ゆっくりと振り返った。
 二人の視線の先に立 っているのは、三田村だった。
 地味な色のスーツをしっくりと着こなし、まるで影のように自分の存在感を消そうとしてい る男は、ごっそりと感情をどこかに置き忘れたかのような無表情だ。だが両目には、いつもはない強い意思が存在していた。自分 の感情を押し殺そうとする意思だ。
 ふいに、鷹津の持つ空気が変わった。殺伐として剣呑。関わりたくない人種だと、一瞬 にして思わせる〈何か〉をまとったのだ。
 キレた人間特有の鋭利さ――という表現が近いかもしれない。
 和彦は、自 分と鷹津の間に、冷たく太い鎖の存在を感じていた。見えない鎖だが、手首にしっかりと食い込んでいるようだ。その鎖の先にい るのは、いつでも抜け出せる形だけの首輪をした狂犬だ。
 その狂犬が口を開いた。
「――三田村将成(まさなり)だな。 長嶺組の若頭補佐の一人で、長嶺組傘下・城東会の幹部。実質は、長嶺の側近だ。そして、ここにいる佐伯和彦のオトコ」
「俺もあんたを知っている。ヤクザとズブズブの仲になって、警察をクビになりかけた男だ。今は、刑事の肩書きを持った、長嶺 組長の飼い犬だ」
 淡々とした口調で三田村が応じると、いきなり鷹津がこちらを見て、和彦の手首を掴んできた。
「違 うな。俺は、こいつの番犬だ。あんな蛇みたいな男は関係ない」
「……そのあたりの事情は、俺には関係ない」
 ほお、 と声を洩らした鷹津が、掴んだ和彦の手を引き寄せ、指に唇を押し当てた。驚いた和彦は、咄嗟に手を抜き取る。
「何するん だっ」
「そんなに顔色を変えなくてもいいだろ。いまさら、これぐらいのことで」
 これは、自分ではなく、三田村に対 する鷹津の嫌がらせだと理解したとき、思いがけず和彦の口から冷ややかな声で出ていた。
「誰が、ぼくに勝手に触っていい と言った」
 鷹津がスッと目を細め、剣呑とした空気を和彦にまで向けてくる。しかし和彦は怯まなかった。
 鷹津を番 犬として躾けるために必要なのは、鞭だ。力では敵わないからこそ、言葉という鞭を効果的にふるう必要がある。
「ぼくに触 れたいなら、しっかり働け。――ぼくはあんたが嫌いなんだ。だから、安売りはしない」
 できる限り傲慢に言い放ったつも りだった。それでも、和彦と濃密な関係を持つ男たちなら、これが必死の虚勢だと容易にわかるだろう。
 そして、まったく の他人とも言えなくなった鷹津は、多分、見抜いたはずだ。
 和彦の髪先を引っ張ってから、揶揄するような口調でこう言っ たのだ。
「……お前は可愛い〈オンナ〉だな、佐伯。蛇みたいな長嶺が、骨抜きになるのもわかる。そっちの若頭補佐も、お 前にぞっこんだ。今にも俺に飛びかかりそうな顔をしてる」
 和彦が視線を向けた先で、三田村は相変わらずの無表情だった。 ただ眼差しだけは、殺気を帯びて険しい。
 三田村と鷹津は互いを射竦めるように、鋭い眼差しを交わし合ったあと、それぞ れ歩き出す。
 三田村は、和彦に向かって。鷹津は廊下のほうに。
 ほっとした和彦が三田村に身を寄せようとしたとき、 玄関に向かいながら鷹津が言った。
「佐伯、俺を挑発したことを、しっかり覚えておけよ。俺は、長嶺に負けず劣らず執念深 いからな。次にお前を抱くときは、容赦しない。俺が働いた分、しっかり体で払ってもらうからな」
 いろいろと言いたいこ とはあったが、今は一刻でも早く、鷹津をこの場から立ち去らせるほうが先だ。
 鷹津の姿がドアの向こうに消えるのを待っ て、すぐに和彦は施錠する。
「――先生」
 三田村に呼ばれて振り返ると、あっという間に腕を掴まれ引き寄せられてい た。
 抱き締めてもらったことに安堵して、和彦はほっと息を吐き出し、三田村の肩に額を押し当てた。
「すまなかっ た……。せっかく来てもらったのに、あの男と鉢合わせするようなことになって……」
 実は今日、クリニックを訪れてすぐ に、三田村に連絡を入れていたのだ。しばらくここで過ごすため、時間があれば顔だけでも見せてくれないか、と。
 鷹津と 体を重ねてから、初めて三田村と話したが、電話越しに聞くハスキーな声は少し冷たく聞こえた。そのため、来てくれないのでは ないかと心配していたのだ。その心配は杞憂に終わったが、よりによって鷹津まで顔を出すという事態は、予想外だった。
「嫌な思いをさせた――」
「かまわない。俺も一度、あいつとは先生のことで会わないといけないと思っていた。ちょうどい い機会だ」
 ここで、三田村の手がうなじにかかり、撫でられる。顔を上げた和彦は、やや強引に唇を塞がれた。
 眩暈 がするほど、三田村との口づけは心地いい。違和感なく和彦の心と体に溶け込むようだ。
「……本当は、もっと早く会いたか った。だけど、怖かったんだ。鷹津と寝たぼくに対して、あんたがいままでとは違う反応を示すんじゃないかって。組長や千尋と も寝ていて、何を気にしているんだって思うかもしれないが――……怖かった。声を聞いて、顔を見て、こうして抱き締めてほし かったけど、怖かったんだ、三田村」
 何度となく唇を重ね、舌先を触れ合わせながら、和彦はたどたどしく自分の気持ちを 言葉にする。三田村は黙って最後まで聞いてくれたあと、優しい声で言った。
「俺は、先生をこんなふうに追い詰めるのが、 怖かった。俺なんかとは違って、繊細な先生のことだから、武骨な男の無神経な言葉や仕草で、傷つくんじゃないかと」
 三 田村の言葉に、和彦は目を見開いたあと、また笑みをこぼす。そんな和彦を、三田村は慈しむような眼差しで見つめてくる。
 和彦は三田村の頬に両手をかけると、あごの傷跡にそっと舌先を這わせた。
「そんな心配しないでくれ。ぼくのオトコは、 誰よりも優しいんだから」
 三田村は返事の代わりに、貪るように激しい口づけを与えてくれる。
 和彦のオトコは、優 しい反面、狂おしいほどの独占欲を持っていると、その口づけは雄弁に物語っていた。


 体の内から、三田村に溶かされそうだった。
 クリニックから移動する時間も惜しくて、二人が交わるために選んだ場所は、 仮眠室だった。窮屈な部屋は、あっという間に熱気と汗の匂いが立ち込め、濃密な空気を作り上げる。
 狭いベッドの上で和 彦は、身を捩り、悶え、悦びの声を上げる。三田村は、そんな和彦の快感のために、尽くしてくれる。
「んうっ……」
  内奥深くを抉るように突き上げてきた逞しい欲望が、次の瞬間にはゆっくりと引き抜かれようとする。和彦の襞と粘膜は、健気と も淫らともいえる必死さで三田村のものに絡みつき、愛されることを望む。
「い、や……だ。三田村、まだ、奥に欲しい……」
 恥知らずな言葉で和彦が求めると、三田村は荒い呼吸を繰り返しながらも、ふっと一瞬だけ目元を和らげた。和彦は両腕を 伸ばして三田村の頭を引き寄せ、唇を重ねる。三田村の舌を口腔に差し込まれながら、逞しい欲望もしっかりと、内奥深くまで埋 め込んでもらう。
 快美さに、和彦は体を小刻みに震わせる。三田村が律動を刻むたびに、全身に快感が響き渡るようだ。三 田村にも、和彦が貪っている快感の深さが伝わっているのか、熱い吐息を洩らしてから、囁かれた。
「ここが、先生の感じる ところだな」
 間断なく突き上げられ、そのたびに微妙な角度をつけて襞と粘膜が擦られる。歓喜を知らせるように、和彦の 内奥は収縮を繰り返し、三田村の快感にも奉仕する。
「うっ、あぁっ……。んあっ、あっ、あっ、いっ……、そこ、気持ち、 いぃ……」
 三田村に両足を抱え直され、和彦は上体を捩りながら乱れる。反り返ったものは、中からの刺激によって透明な しずくを滴らせ、突き上げられるたびに揺れる。押し広げられた内奥の入り口は充血し、三田村のものが出し入れされるたびにヒ クヒクと震える。
 本来であれば隠したいほどの和彦の痴態を、三田村はずっと見下ろしていた。まるで、目に焼き付けよう とするかのように。
 和彦は快感に押し流されそうになりながらも、ここまで抱えていた不安をそっと口にした。
「――……三田村、ぼくは……変わってないか?」
 和彦の問いかけの真意をあっという間に汲み取ったのか、大事なオトコ は、やや手荒な手つきで髪を撫でてくれる。
「先生は、先生だ。こうして体を重ねるたびに、新しい反応を見せてくれる。だ から俺は夢中になるんだ。もっと先生を悦ばせたいと思いながら、いつの間にか、俺のほうが悦びを与えてもらっている」
「……感じているあんたを見るのは好きだ。汗を滴らせて、体中の筋肉を漲らせて、少し苦しげに眉をひそめて――。ここも、燃 えそうに熱くして……」
 和彦は、大きく左右に開いた自らの両足の間に手を伸ばし、繋がっている部分に指先を這わせる。 和彦の内奥の入り口は、ひくついていた。三田村の欲望の根元にも指先を這わせると、逞しく脈打ち、張り詰めていた。
 三 田村の顔つきが、獣の雄のように険しくなる。次の瞬間、和彦は悲鳴を上げて身を捩った。
「うあっ、あっ」
 三田村の 大きな手に、柔らかな膨らみをきつく揉みしだかれる。ビクビクと腰を震わせ、和彦は身悶えていた。繊細な部分への愛撫は、痛 みと快感が交互に押し寄せてくるような、強烈な感覚に満ちている。
 弱みを指で強く刺激され、腰が砕けそうになる。いや、 もう砕けているのかもしれない。
「んっ、んっ、あっ……ん」
 いつの間にか和彦は、絶頂の証を噴き上げ、下腹部を濡 らしていた。それでも三田村は、柔らかな膨らみへの愛撫と、内奥で刻む律動をやめない。
 独占欲と嫉妬からきている強い 衝動なのだと、和彦にはわかっていた。三田村のそんな激しさを、心底愛しいと思う。
「ここを、鷹津に?」
 掠れた声 で三田村に問われ、和彦は喘ぎながら頷く。鷹津に対してそうしたように、三田村の手の上に、自分の手を重ねた。
「何度も、 弄られた。ぼくの好きな攻められ方を、教えてやった……」
 三田村の指が蠢き、ゾクゾクするような感覚が腰に広がる。和 彦は首を左右に振りながら、訴えた。
「……あんたのやり方で、愛してくれ……。自分のオトコには、好きなように、扱われ たい。あんたの愛し方が、ぼくは好きなんだ」
「なら、あとで舐めたい。先生の感じるところは全部、壊さないよう、丁寧に 愛してやりたいんだ」
 優しい三田村だが、内奥で息づくものは荒々しく、激しい。和彦は小さく悲鳴を上げ、三田村の背に 両腕を回してすがりつく。汗に濡れた虎にぐっと爪を立てると、三田村は低く呻き声を洩らし、内奥深くで果てた。
 熱い体 が、ドクッ、ドクッと脈打っている。和彦は恍惚としながら、三田村の体を抱き締め、その力強さをいとおしむ。
「――こう して先生と会える時間が持てるなら、それでいい。そのうえ先生は俺を、自分のオトコだと言ってくれる。恵まれすぎてるぐらい だ、俺は……」
 まだ、中から官能を刺激されている和彦は、震えを帯びた吐息を洩らすと、果てたばかりの虎を駆り立てる ように、背に指をさまよわせる。
 今のような言葉を囁かれてしまっては、いくらでもこの男に快楽を与えたくなる。
「ぼくみたいな人間に、そんなことを言ってくれるんだ。……恵まれすぎているのは、ぼくのほうだ」
 吸い寄せられるよう に三田村と唇を重ね、舌を絡め合いながら、悩ましく腰を揺らす。三田村の腰の動きも同調し、緩やかな律動が始まっていた。
「あっ、あっ――」
 両足を抱えて胸に強く押し付けられ、内奥深くを抉るように突かれる。それどころか、円を描くように 掻き回されていた。
 痺れるような肉の愉悦に、和彦は声を上げて首を左右に振る。
「くぅっ……ん、んうっ、んっ、ん あぁっ」
 突き上げられるたびに、三田村のものを必死に締め付けてしまう。その収縮を味わうように、三田村はゆっくりと 腰を進め、和彦の内奥を押し開いてきた。
 喘ぎながら和彦は、三田村の頭を抱き締める。深く繋がったところで一度動きを 止めた三田村は、優しい口づけを何度も与えてくれた。
 和彦が小さな声で求めると、三田村は痛いほどの愛撫を胸元に施し てくれる。鮮やかな鬱血の跡を散らす合間に、これ以上なく感じやすくなっている突起を吸われ、舌先で転がされた。
 三田 村にしがみついた和彦は、奔放に乱れる。三田村には、どんな痴態であろうが見てもらいたかった。
 こんな生活を送るうえ で、三田村に対して罪悪感を覚えたくなかった。この男は、和彦の汚い部分もズルイ部分も、すべて受け止めてくれると確信した からこそ――。
「……ぼくは、あんたに甘えているな」
 和彦がぽつりと洩らすと、三田村は口元に淡い笑みを浮かべた。
「くすぐったいものだな。甘えてもらうというのは」
 思わず和彦も声を洩らして笑ってしまい、このとき、内奥深くに 収まっている三田村の欲望を強く意識する。
「あっ……」
 和彦はすがりつくように三田村の背に両腕を回し直し、腰を もじつかせる。そんな和彦をしっかりと抱き締めながら、耳に刻み込むように三田村が囁いた。
「――組長のオンナに手を出 したとき、俺は最悪の状況になることも覚悟した。それなのに、今もこうして先生に身を任せてもらって、なんでも打ち明けても らっている。俺は間違いなく、今、幸せだ」
 三田村の眼差しの鋭さは、言葉の真摯さを裏付けている。和彦は、三田村のあ ごの傷跡におずおずと指先を這わせてから、自分の胸にある狂おしい感情すべてを込めて、唇を押し当てた。









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