なんとも物騒――というより、怪しさしか感じない組み合わせだった。何より、意外すぎる。
まだ夕方ともいえない時間
帯のせいか、ホテルのバーは空いていた。その中で、黒のハイネックセーターとジーンズ姿の男と、いかにも高そうなスーツを見
事に着こなしている男の組み合わせは、見た目からして浮いている。
そして、男たちの正体を知っている和彦からすれば、
首を傾げざるをえない組み合わせだ。
鷹津と秦。この二人が向かい合っている光景を目にするとは、想像すらしていなかっ
た。対峙するならともかく、それぞれグラスを手に、表面上は穏やかに飲んでいるのだ。
テーブルの傍らに立った和彦は、
苦々しい口調で洩らす。
「……胡散臭さ満載の二人組みだな」
それを聞いて、鷹津はニヤリと嫌な笑みを浮かべ、一方
の秦は、艶やかな微笑を浮かべる。
立ち尽くしたままなのも目立つので、空いている一人掛けのソファに腰を下ろす。気が
利く秦は、即座に和彦に尋ねてきた。
「先生、何か飲みますか?」
「あー……」
どうせすぐに出るからと言いかけ
て、反射的に鷹津を見る。目が合った瞬間、内心でうろたえていた。
「……オレンジジュースを」
秦はさっそくボーイ
を呼び、頼んでくれる。
そわそわと落ち着かない気持ちを持て余しながらも和彦は、ひとまず足を組む。動揺を押し隠しつ
つ、鷹津と秦に交互に視線を向けていた。すると、和彦の様子に気づいた鷹津が、皮肉っぽく唇を歪めた。
「わけがわからな
い、という顔だな。佐伯」
「当然だ。あんたとここで会うことになっていたのに、秦までいるんだ。何事かと思うだろ」
賢吾に言われるまま和彦は、鷹津と連絡を取り、今日、この場所で会う約束を取り付けた。てっきり、長嶺組の誰かを鷹津と引
き合わせるのかと思っていたが、和彦は一人でバーに行かされ、そしてここに、秦がいた。
和彦は、わずかに目を細めて秦
を見る。
「――組長と、すでに打ち合わせ済みということか?」
「わたしは厄介なトラブルを抱えている身なので、その
処理に、こちらの刑事さんの力が必要だと言われました。で、こちらの刑事さんは、長嶺組とは関わりがなく、あくまで先生から
の仲介という形を取らないと、動かないそうですね」
「俺はこの男の、番犬だからな」
鷹津はそう言って、不躾に和彦
を指さしてくる。和彦は眉間のシワを深くして、身を投げ出すようにしてソファに体を預ける。
ようやく状況が呑み込めて
きたが、非常におもしろくなかった。
賢吾と鷹津と秦は、ある情報を共有したうえで、連携しようとしている。その連携に
は、形だけとはいえ和彦という仲介者が必要で、だから、ここにいる。なのに和彦だけが、三人が知っているはずの情報を知らさ
れていない。
和彦を除け者にしているというより、安全のために、あえて和彦に知らせないようにしているのだろう。それ
ぐらいは理解している。知ったところで、和彦が何かできるわけでもないのだ。
「先生、そんな顔しないでください」
運ばれてきたオレンジジュースを和彦の前に置きながら、秦が微笑みかけてくる。
「詳しい説明はできませんが、先生のおか
げで、わたしはここにいるんです。もちろん、トラブル解決のために。それは結果として、長嶺組の利益になります。……こちら
の刑事さんの目的は、よくわかりませんが」
秦はにこやかに、しかし値踏みするように鷹津を一瞥する。この様子からして、
和彦がやってくるまで、二人は必要なことは話しながらも、決して友好的ではなかったようだ。当然といえば当然か。
すで
に三人を取り巻く状況は変わってしまったが、かつて秦は、和彦と一緒にいるとき、〈物騒な刑事〉として現れた鷹津を殴ったの
だ。執念深い鷹津に限って、秦に対して親しみを覚えるとも思えない。
皮肉屋でガサツな鷹津と、物腰は柔らかだが掴み所
がなく、取り澄ました秦では、まるで水と油だ。和彦がやってくるまで、一体どんな会話を交わしていたか、気にならなくもない。
「――俺は、長嶺の利益なんざ、どうでもいい。それに、素性の怪しいホスト崩れのこともな」
鷹津は、芝居がかった
ような下卑た笑みを見せながら、グラスを揺らす。鷹津のその表情を目にした和彦は、嫌悪感から小さく身震いする。やはり、こ
の男は嫌いだ。
込み上げてきたものをオレンジジュースで無理やり飲み下し、和彦は席を立とうとする。
「話が弾んで
いるようだから、ぼくはティーラウンジにいる。気が済むまでゆっくりと――」
すかさず鷹津に手首を掴まれ、動けなくな
る。和彦が睨みつけても、まったく動じた様子がない鷹津は、ヌケヌケとこう言い放った。
「俺が興味あるのは、佐伯だ。と
りあえずこいつと繋がっていれば、長嶺や、お前みたいな連中の動向が掴めるからな。……何より、こいつの存在自体が、楽しめ
る。長嶺どころか、その息子や子分まで垂らし込むぐらいだ。男とはいっても、最高に具合がいい。何より、こんな色男のくせし
て、女より淫乱だ」
屈辱と羞恥で、めまいがしてくる。そこに怒りも加わり、本気で鷹津を殴りたくなる。一方、鷹津の生
々しい発言を受けても、秦は柔らかな表情を変えなかった。そのくせ唇から出た言葉は、鷹津に負けず劣らず生々しい。
「先
生の感じやすさといやらしさを知っているのは、ご自分だけだと思わないほうがいいですよ。わたしも、よく知っていますから。
先生の感じやすい場所が、与えたものをいやらしく咥え込む様子も、もちろん、感触も……」
ほお、と声を洩らした鷹津が
こちらを見たので、和彦は必死に睨みつける。虚勢としては、これが限界だった。そしてテーブルの下では、靴先で秦の足を蹴り
つける。このときだけは秦は、悪戯っぽい表情で目を眇めた。
「長嶺が何を企んで、自分の大事なオンナに、お前みたいな男
が手を出すのを許したか気になるな」
「わたしは、先生の〈遊び相手〉です。あなたが先生の〈番犬〉であるように、役割を
与えられているんです」
「――……長嶺といい、お前といい、食えない奴らだ……」
そう呟いた鷹津が、突然立ち上が
る。手首を掴まれたままの和彦も、やむをえず倣う。
「秦との用は済んだ。これからは、俺とお前の用を済ませる時間だ」
鷹津の言葉の意味をよく理解している和彦は、一度だけ肩を震わせる。
約束を取り付けて鷹津と会えば、その後に起
こりうることは一つしかないのだ。
なんとか鷹津の手を振り払い、並んで歩きながら振り返る。秦が、嫌味なほど艶やかな
笑みで見送っていた。
「長嶺組に、部屋を取らせた」
ロビーを歩きながら、そう言って鷹津がカードキーを見せてくる。
何をされるよりも生々しさを感じ、思わず和彦は顔を背ける。そんな和彦を見て、鷹津は鼻を鳴らす。
「――この間、自分に
触れたいなら、しっかり働けと言ったんだ。発言に責任を持たないとな、佐伯」
「悪徳刑事が、人並みのことを言うな……」
和彦としては精一杯の毒を吐いたつもりだが、鷹津の耳を素通りしたのか、やけに熱心にカードキーを手の中で弄んでいる。
そのくせ、エレベーターの到着を告げる音楽には、素早く反応した。
急に引き返したい気分になったが、それはできない。
嫌になるほどヤクザの思考に染まっていると思うが、和彦は、賢吾だけでなく、鷹津の面子のことも考えていた。面子を潰された
男は――怖い獣になる。
長嶺組が取ったという部屋は、男二人が寝ても持て余しそうな広いベッドがある、ダブルルームだ
った。大きな窓から見渡せる風景は感嘆するほどで、この眺望込みで、部屋の料金は安くないだろう。すでにワインまで準備され
ていた。
この部屋は、鷹津のためというより、和彦のために用意されたようだった。部屋を見回して感じるのは、和彦を安
く扱う気はないという意思だ。
「俺は、ホテルの部屋を取ってくれとしか言ってないんだぜ」
ソファにブルゾンを投げ
置いた鷹津が口を開く。和彦が見つめると、鷹津は皮肉っぽく唇を歪めた。
「あの組のことだから、それなりの部屋を取ると
思ったんだ。それで今日、このホテルに部屋を取ったと連絡が入ったんだが……そのとき、組員がなんと言ったと思う?」
「……さあ」
「さすがに昨日の今日では、スイートルームの予約は無理でした、だと。――大事にされているな。組長のオン
ナは」
和彦が何も言えないでいると、鷹津はバスルームのほうを指さした。
「シャワーを浴びてこい」
ここまで
きて鷹津に逆らう気も起きなかった。コートとジャケットをハンガーにかけてから、バスルームに向かう。
バスタオルとバ
スローブを洗面台のカウンターに並べてから、和彦は鏡を覗き込む。そこには、いつも通りの自分が映っていた。
落ち着い
ている自分が不思議だった。感情的にはいろいろと複雑で、割り切れないものもあるのだが、逃げ出すことも、抗うこともせず、
和彦はここにいる。
意外に自分は、男たちの利害や企みに巻き込まれる今の状況が、性に合っているのかもしれない。そん
なことを考えながらも和彦は、ワイシャツのボタンを外していた。
バスタブに入ってシャワーカーテンを引くと、頭から湯
を浴びる。
顔を仰向かせ、目を閉じながら、肌を流れ落ちていく湯の感触に意識を傾けていたが、ふと異変に気づく。ハッ
として和彦が視線を向けた先に、いつの間にかシャワーカーテンが開いており、鷹津が立っていた。もちろん、何も身につけてい
ない。
あっという間に鷹津もバスタブに入ってきて、和彦は腕を掴まれ引き寄せられる。鷹津も頭から湯を被り、オールバ
ックの髪型は見る間に崩れた。
思わず手を伸ばした和彦は、鷹津の濡れた髪を掻き上げてやる。次の瞬間、鷹津の両腕が体
に巻き付いてきて、顔が間近に寄せられた。鷹津の目は、相変わらずドロドロとした感情で澱んでいる。そこに狂おしい欲情が加
わり、この嫌な男をひどく人間らしく見せていた。
つい鷹津の目に見入っていると、唇が重なってきた。
「あっ……」
唇が擦れ合った瞬間、和彦の背筋にゾクゾクと強烈な疼きが駆け抜ける。体は、この男が与えてくれた快感をしっかりと覚
えていた。
噛み付くように唇を吸われながら、荒々しく尻を掴まれ、揉まれる。反射的に和彦は鷹津の肩にしがみつき、そ
のまま離れられなくなっていた。
湯を浴びながら鷹津の激しい口づけを受け、息苦しさに喘ぐ。そのときには口腔に熱い舌
が入り込み、感じやすい粘膜を舐め回され、湯とともに鷹津の唾液が流し込まれる。尻をまさぐられ、内奥の入り口を指の腹で擦
られる頃には、和彦は鷹津と舌を絡め合っていた。
腰が密着し合い、すでに高ぶった鷹津の欲望の形を感じる。鷹津はわざ
と、その欲望を擦りつけてきた。あからさまに発情した姿を見せつけられ、さすがに和彦もうろたえてしまうが、鷹津を押し退け
られない。
「うっ、あぁっ」
内奥の入り口を指でこじ開けられ、わずかに押し込まれる。強張る舌を引き出されて貪ら
れているうちに、鷹津の指は内奥で蠢き、ますます深く侵入してくる。足元がふらついた和彦は、鷹津の首に両腕を回して体を支
えていた。
獣じみた激しい口づけのせいで、唇の端からだらしなく唾液が滴り落ちるが、絶えず降り注ぐ湯があっという間
に流してしまう。湯のせいか、深すぎる口づけのせいか、ふいに溺れているような息苦しさを覚えた和彦は、目を見開いて大きく
息を吸い込む。鷹津は慌てた様子もなくコックを捻り、シャワーを止めた。
それでも鷹津は、欲情の高ぶりのまま貪るよう
な口づけを続け、濡れた体を擦りつけるように和彦を掻き抱いてくる。たまらなく鷹津は嫌いだが、だからこそ、この男に屈辱的
に抑えつけられての行為は――感じる。
濡れた体のままようやくバスタブから連れ出されると、和彦はバスタオルを取り上
げる。しかし、体を拭く前に部屋へと引きずられ、ベッドに突き飛ばされた。
のしかかってきた鷹津に、いきなり膝を掴ま
れて足を大きく左右に開かれる。片手にバスタオルを握り締めたまま、和彦は声を上げた。
「何をするっ……」
「お前相
手なら、試せるかと思ってな。……暴れるなよ。噛み千切られたくなかったらな」
物騒なことを呟いた鷹津が、開いた両足
の間に顔を埋める。身を起こしかけた和彦のものが、濡れた感触にベロリと舐め上げられた。このとき、わざとそうしたのか、内
腿に不精ひげが触れた。
「あうっ」
思いがけない鷹津の行動だった。和彦は慌てて腰を引こうとしたが、膝を掴む鷹津
の手に力が込められ、同時に和彦のものは、燃えそうに熱い鷹津の口腔に含まれた。
「うっ、あっ、あっ――」
いきな
りきつく吸引され、感じやすい先端に歯が当たる。鋭い感覚と恐怖に腰を震わせながら、和彦は懸命に鷹津の頭を押し退けようと
する。
「嫌、だ……。そんなこと、するな。……嫌っ……」
明らかに慣れていない、勢いだけの武骨な愛撫だ。和彦の
ものを無茶苦茶に舐め回し、加減もせずに吸い上げ、歯列を擦りつけてくる。和彦はなんとかやめさせようともがいたが、口腔深
くまで呑み込まれたものに、濡れた粘膜がしっとりとまとわりついたとき、初めて身悶えて喘ぎ声をこぼした。
鷹津は急速
に愛撫の力加減を覚え、それに技巧が追いつく。先端を硬くした舌先でくすぐられてから、はしたなく濡れた音を立てて吸われる。
歓喜のしずくが滲み出ているのだ。
「はっ……あぁ、あっ、うぅっ」
和彦は上体をしならせて感じる。気がついたとき
には、他の男たちに対するように、鷹津の頭に手をかけていた。濡れた長めの髪を掻き乱すと、鷹津の愛撫が熱を帯びる。すっか
り反り返った和彦のものを獣のような舌使いで何度も舐め上げ、溢れたしずくを啜り、ときおり軽く噛み付いてくる。
悔し
いが、鷹津の愛撫で和彦の下肢は甘く溶けた。それがわかったのか、鷹津は指で、容赦なく内奥も暴いてくる。
ねじ込まれ
た指が蠢き、感じやすい襞と粘膜をねっとりと撫で回されながら、狭い場所を解される。
「あっ、はあっ……」
引き抜
かれた指で、綻んだ内奥の入り口を擦り上げられる。そして今度は、指の数を増やして挿入された。和彦は吐息をこぼして、切な
く指を締め付ける。
執拗に内奥を擦られて、熱くなって震えるものの先端から、透明なしずくを滴らせる。その様子を、鷹
津はまばたきもせず凝視していた。
「……なるほど。最初にお前を抱いたときにわかったつもりだったが、今日また、実感し
た。お前は――いい〈オンナ〉だ。とことん男を悦ばせて、狂わせてくれる」
片足だけを抱え上げられて、指で綻ばされた
内奥の入り口に、鷹津の欲望が擦りつけられる。
「うあっ……」
性急に押し入ってきた鷹津のものを、意識しないまま
和彦の内奥は締め付ける。すぐに鷹津は腰を使い始め、苦しさに喘ぎながらも和彦は、深々と貫かれていた。
「――佐伯」
鷹津に呼ばれて見上げると、半ば強引に唇を塞がれる。熱い舌に口腔をまさぐられ、唾液を流し込まれているうちに、和彦は口
づけに応えていた。舌を絡め合う頃には、鷹津が内奥深くをゆっくりと抉り始め、官能を刺激されて腰が揺れる。
「あうっ、
うっ、ううっ」
円を描くように内奥を掻き回されると、抵抗を覚えながらも和彦は、鷹津の背に両腕を回してしがみついて
いた。ほとんど癖のようになっているが、刺青のせいで独特の質感を持つ肌をまさぐろうとして、戸惑う。刑事である鷹津の背に、
当然のことながら刺青などない。
和彦の行為の意図を察したのか、鷹津は薄く笑んだ。
「お前はいつもそうやって、ヤ
クザの男たちを可愛がっているのか? お前のこの手つきにかかったら、強面のヤクザもペットみたいなものだな」
「うる、
さい……」
鷹津の返事は、貪るような口づけだった。その合間に内奥を突き上げられ、抉られて、和彦は肉の悦びに酔う。
鷹津にしがみついたまま身を震わせ、噴き上げた絶頂の証で下腹部を濡らしていた。
上体を起こした鷹津は、内奥の淫らな
蠕動を堪能するように激しく腰を使い、和彦は仰け反って放埓に声を上げる。
「ああっ、あうっ、うっ、んあっ」
鷹津
が乱暴に腰を突き上げてから、動きを止める。和彦は、自分の中で力強い脈動を感じ、身震いするほどの興奮を覚えた。どんな男
であろうが隠しようのない、素直な反応だ。例え、心底嫌な男である鷹津であっても――。
「いい、締まりだ……。自分でも
わかるか? 怯える小娘みたいに中をビクビクと震わせていたくせに、今は、いやらしく波打つみたいに俺のものを締め上げてく
る。本当に、男のものを突っ込まれるのが好きでたまらないんだな」
侮辱されたと思い、和彦は唇を引き結んで鷹津を睨み
つける。しかし鷹津は痛痒を感じた様子もなく、和彦の濡れた肌を両手でまさぐってくる。
触れられないまま凝った胸の突
起を抓られ、感じた疼きに身を捩った途端、内奥深くに収まった鷹津のものが蠢き、官能を刺激される。和彦は上擦った声を上げ、
その声に唆されたように、鷹津が胸の突起にしゃぶりついてきた。
「はあっ、あっ、あっ――ん」
内奥を犯されながら
胸を愛撫され、和彦はベッドの上でしどけなく乱れる。そんな和彦の姿を、鷹津は目でも楽しんでいるようだった。目を細め、口
元に嫌な笑みを浮かべている。
そんな男から与えられる口づけにすら、和彦は感じてしまう。獣のような粗野さで口腔を舌
で犯されながら、内奥もふてぶてしい欲望で犯されるのだ。無意識のうちに、腰を揺らして求めていた。
「感極まる、という
やつだな。さっきから、お前の尻が締まりっぱなしだ」
口づけの合間に下卑た言葉を囁かれたが、もう和彦は睨みつけるこ
ともできなかった。羞恥して目を伏せると、誘われたように鷹津の唇が目元に押し当てられる。
求められるまま和彦は、差
し出した舌を鷹津と絡め合っていた。どんなに嫌な男でも、今、強烈で深い快感を与えてくれているのは、この男なのだ。
鷹津の欲望が内奥で爆ぜる。注ぎ込まれる熱い精を和彦は、小さく悦びの声を上げながらすべて受け止めた。
いつの間にか体の下に敷き込んだバスタオルに、うつ伏せの姿勢のまま和彦は頬をすり寄せる。行為の間中、このふかふかとし
た感触をずっと握り締めていたような気がする。
「――お前は、刺青は入れないのか」
突然、頭上から声が降ってくる。
わずかに視線を動かして見上げると、何も身につけないままベッドにあぐらをかいて座った鷹津が、グラスに注いだワインを飲ん
でいた。
「ぼくは、ヤクザじゃない。なんでそんなものを入れないといけないんだ」
「入れろと言われないか」
「……たまに」
「この体に何か彫ったら、凄まじく、いやらしくなるだろうな」
性的趣向が賢吾と似ているのではない
かと思わせることを言って、鷹津の片手が、汗で濡れている背に這わされる。
「もっとも、刺青なんて入れたら、ヤクザの所
有物だと看板を背負っているようなものだがな。特に、蛇の刺青なんて入れたら――」
「だから、その気はないと言ってるだ
ろ」
「オンナの言い分を聞いてくれるうちは、まだいいが、長嶺は蛇みたいな男だぞ。……そのうち、お前の言うことなんて
無視して、押さえつけてでも入れるかもしれない」
のっそりと和彦の背に覆い被さってきた鷹津が、肌を舐め上げてくる。
まだ情欲が冷めていない和彦は、心地よさに身を震わせた。
「あんたなら、刺青を入れた〈女〉を抱いたことがあるだろ」
「ああ。ヤクザとは無縁の、興味本位で入れたっていう若い女だ。……あんな体じゃ、普通の男は腰が引けて逃げ出すな。今頃は
本当に、ヤクザかチンピラの女になっているかもしれない」
「……悪徳刑事と寝るぐらいなら、ヤクザも怖くないかもな」
和彦のささやかな皮肉に対して、返ってきたのは低い笑い声だった。そしてふいに、背にひんやりとした液体を垂らされる。反
射的に身を起こそうとしたが、鷹津に肩を押さえつけられた。空になったグラスが目の前に放り出されたため、背にワインを垂ら
されたようだ。
「自分のことを言ってるのか、佐伯?」
「ぼくは……ヤクザは怖い」
「怖いのに逃げ出さないのか」
うるさい、と囁くように応じた和彦は、微かに喘ぐ。鷹津が、背に垂らしたワインを舐め取り始めたのだ。背骨のラインに
沿って舌が這わされ、手慰みのように強く尻を揉まれる。
「俺が知っているヤクザの女は、独特の色気がある。不健康で、危
うくて、見るからに厄介そうで。だからこそ、放っておけない。――お前は、逆だ。男で、一見して健康的で健全で、恵まれた環
境にいる、真っ当な社会人に見える。だけど内に抱えたものは、下手なヤクザの女より、厄介で、複雑だ。そういうお前にとって
ヤクザの男どもは、相性がいいのかもな。体の相性は、俺ともいいが」
「……勝手に決めるな」
和彦はゆっくりと仰向
けになると、自分もワインが飲みたいと鷹津にせがむ。思った通り鷹津は、口移しでワインを飲ませてくれた。そのままベッドの
上で絡み合い、再び鷹津と一つになる。
「あっ、あぁっ――……」
緩やかに内奥を突き上げられながら和彦は、浅まし
いと十分わかっていながら、鷹津の腰に両足を絡める。この男相手に恥じらいはいらない。嫌悪感を打ち消すほどの快感を貪るだ
けだ。
鷹津の背に爪を立てた和彦は、何げなく視線を窓のほうに向ける。いつの間にか日は落ち、夜の闇に街並みの人工的
な明かりが浮かび上がっていた。ここで和彦は、自分が昼から何も食べていないことを思い出す。
「先日といい、あんたと寝
ると、空きっ腹を抱えたままになる」
「今から、ルームサービスを頼んでやろうか?」
ニヤニヤと笑いながら鷹津が言
い、ぐうっと内奥深くを突き上げてきた。和彦は唇を噛んで顔を背ける。痺れるような快感が、腰から這い上がってくる。こうな
ると、答えは一つしかなかった。
「――あとで、いい……」
コーヒーを一口啜った和彦は、テーブルの上に置いた携帯電話を取り上げる。時間を確認すると、ごく普通のビジネスマンなら
そろそろ出勤している頃だ。
そういえば、と和彦は視線を正面に向ける。コーヒーを飲みながら、鷹津は優雅に新聞を開い
ていた。
「……あんた一応、公務員だろ。仕事に行かなくていいのか」
新聞から顔を上げた鷹津が、芝居がかった動作
で自分の腕時計を見る。
「もう一回楽しめるぐらいの時間はあるぜ?」
「冗談じゃないっ」
ムキになって言い返し
た和彦だが、すぐに、この反応ははしたないと思い、顔をしかめた。そんな和彦を、鷹津は口元に笑みを湛えて眺めていた。
「そんなツレない言い方をしなくてもいいだろ。仮にも俺は、一晩過ごした相手だぞ」
鷹津の言葉に、知らず知らずのうち
に和彦の顔は熱くなる。確かに、鷹津の言う通りだった。
昨日から今朝まで、ずっとこの部屋で過ごしていた。しかも大半
の時間は、ベッドの上で絡み合っていた。情欲が鎮まっても、まるで嫌がらせのように鷹津は、和彦を離してくれなかったのだ。
「今朝は目覚めがすっきりだ。なんといっても、ヤクザに踏み込まれる心配もなく、お前とこうしてのんびりと、ルームサー
ビスで頼んだコーヒーを味わえるんだからな」
「あんたはゆっくりすればいい。ぼくにはもうすぐ、迎えが来るんだ」
これは、本当だ。ロビーで待ち合わせることになっており、その時間は近い。和彦はもう一度携帯電話で時間を確認してから、コ
ーヒーを飲み干した。
少し早めにロビーに下りておこうと思い、立ち上がる。クロゼットに掛けていたジャケットとコート
を着込んでいて、ある大事なことを思い出した。
「なあ、一つ聞いていいか?」
和彦が声をかけると、鷹津は新聞を畳
む。このとき、オールバックにしていない髪を鬱陶しそうに掻き上げた。
「あれだけベッドの中でいろいろ話したのに、まだ
俺に聞きたいことがあるのか」
「……あんたは、どうでもいいことしか言ってない。役に立ちそうなことは何も言ってないだ
ろ。――秦のことだ」
鷹津は大仰に驚いた表情を見せた。
「あの色男がどうした?」
「今のあんたなら、秦が何者
なのか、もうわかっているんだろ。あんたが、秦絡みの件で動くとしたら、多少は事情を聞いたはずだ」
「あいつのことを知
ってどうする」
口元に薄笑いを浮かべながらも、鷹津の眼差しは鋭かった。その眼差しに気圧されたわけではないが、和彦
は咄嗟に言葉が出なかった。
秦のことを知ってどうにかしたいわけではない。ただ、気になるだけだ。秦という個人に対し
てであれば抑えられた好奇心かもしれないが、和彦は、その秦に執着している中嶋と〈友人〉なのだ。秦と中嶋の事情に少しとは
いえ立ち入ってしまうと、知らない顔はできない。
「別に、どうもしない。気になるだけだ。どうして組長は、秦の後ろ盾に
なる気になったのか、とか」
「ヤクザは、自分の利益にならないことでは、指一本動かさんぞ。これは、基本だ。そして俺が、
お前に教えてやれる唯一のことだ」
つまり、教える気はないということだ。
和彦は鷹津を睨みつけてから、テーブル
の上の携帯電話を取り上げる。コートのポケットに突っ込んで、足早に部屋をあとにしようとしたが、鷹津があとを追いかけてき
た。いきなりドアに押さえつけられ、威圧的に鷹津が迫ってくる。
「おい――」
「まだ、時間はあるだろ」
次の瞬
間、唇を塞がれた。和彦は間近で鷹津を睨みつけはしたものの、痛いほど唇を吸われているうちに、応じずにはいられなくなる。
「んっ……」
強引に侵入してきた舌に口腔を犯されてから、唆されるように引き出された舌に軽く噛みつかれる。その
うち舌を絡め合っていた。
鷹津は、容赦なく和彦を貪ってくる。唇と舌を吸い、唾液すら啜ってくる。狂おしい口づけの合
間に、掠れた声で鷹津が囁いた。
「――早く、次の仕事を持ってこい。そうじゃないと、褒美としてお前を与えられないから
な。……早く俺に、お前を抱かせろ」
深い口づけに意識が舞い上がりながらも、和彦は漠然と感じた。
この男は、自
分にハマっている。
そう心の中で呟いた途端、ゾクゾクするような興奮が胸の中を駆け抜けた。
何度となく唇を重ね、
舌を絡め合っていると、和彦の携帯電話がポケットで鳴った。慌てて鷹津の顔を押し退けて電話に出る。組員から、ロビーに到着
したという連絡だった。
「……もう、行く」
和彦の言葉を受け、鷹津はあっさり体を離した。顔には、いつもの嫌な笑
みが浮かんでいる。
一度はドアを開けた和彦だが、すぐに閉めると、鷹津に身を寄せる。さすがの鷹津も驚いたように目を
見開いたが、かまわず和彦は鷹津の頭を引き寄せ、ぶつけるように唇を重ねた。
もう一度、濃厚な口づけを交わしてから、
和彦はできるだけぶっきらぼうな口調で告げる。
「キスぐらいなら、餌代わりにいつでも与えてやる。――ただし、ぼく
の〈オトコ〉がいないところで」
鷹津はまじまじと和彦を見つめてから、納得したように頷いた。
「さすがに、あの蛇
みたいな男のオンナだけあって、お前もやっぱり、不健康で危うくて、厄介だ。……見た目が健全である分、中の壊れ具合は半端
じゃないのかもな」
そう言う鷹津は、ひどく楽しそうだった。ドアを開けて恭しい動作で促され、和彦は部屋を出る。
「餌だというなら、美味いものを食わせてくれよ。楽しみにしてるぜ」
背に投げかけられた言葉に、振り返ってあれこれ言
いたい気持ちをぐっと堪え、和彦はその場を立ち去った。
Copyright(C) 2010 Tomo Kitagawa All rights reserved.
無断転載・盗用・引用・配布を固くお断りします。