と束縛と


- 第13話(4) -


 なんとも物騒――というより、怪しさしか感じない組み合わせだった。何より、意外すぎる。
 まだ夕方ともいえない時間 帯のせいか、ホテルのバーは空いていた。その中で、黒のハイネックセーターとジーンズ姿の男と、いかにも高そうなスーツを見 事に着こなしている男の組み合わせは、見た目からして浮いている。
 そして、男たちの正体を知っている和彦からすれば、 首を傾げざるをえない組み合わせだ。
 鷹津と秦。この二人が向かい合っている光景を目にするとは、想像すらしていなかっ た。対峙するならともかく、それぞれグラスを手に、表面上は穏やかに飲んでいるのだ。
 テーブルの傍らに立った和彦は、 苦々しい口調で洩らす。
「……胡散臭さ満載の二人組みだな」
 それを聞いて、鷹津はニヤリと嫌な笑みを浮かべ、一方 の秦は、艶やかな微笑を浮かべる。
 立ち尽くしたままなのも目立つので、空いている一人掛けのソファに腰を下ろす。気が 利く秦は、即座に和彦に尋ねてきた。
「先生、何か飲みますか?」
「あー……」
 どうせすぐに出るからと言いかけ て、反射的に鷹津を見る。目が合った瞬間、内心でうろたえていた。
「……オレンジジュースを」
 秦はさっそくボーイ を呼び、頼んでくれる。
 そわそわと落ち着かない気持ちを持て余しながらも和彦は、ひとまず足を組む。動揺を押し隠しつ つ、鷹津と秦に交互に視線を向けていた。すると、和彦の様子に気づいた鷹津が、皮肉っぽく唇を歪めた。
「わけがわからな い、という顔だな。佐伯」
「当然だ。あんたとここで会うことになっていたのに、秦までいるんだ。何事かと思うだろ」
 賢吾に言われるまま和彦は、鷹津と連絡を取り、今日、この場所で会う約束を取り付けた。てっきり、長嶺組の誰かを鷹津と引 き合わせるのかと思っていたが、和彦は一人でバーに行かされ、そしてここに、秦がいた。
 和彦は、わずかに目を細めて秦 を見る。
「――組長と、すでに打ち合わせ済みということか?」
「わたしは厄介なトラブルを抱えている身なので、その 処理に、こちらの刑事さんの力が必要だと言われました。で、こちらの刑事さんは、長嶺組とは関わりがなく、あくまで先生から の仲介という形を取らないと、動かないそうですね」
「俺はこの男の、番犬だからな」
 鷹津はそう言って、不躾に和彦 を指さしてくる。和彦は眉間のシワを深くして、身を投げ出すようにしてソファに体を預ける。
 ようやく状況が呑み込めて きたが、非常におもしろくなかった。
 賢吾と鷹津と秦は、ある情報を共有したうえで、連携しようとしている。その連携に は、形だけとはいえ和彦という仲介者が必要で、だから、ここにいる。なのに和彦だけが、三人が知っているはずの情報を知らさ れていない。
 和彦を除け者にしているというより、安全のために、あえて和彦に知らせないようにしているのだろう。それ ぐらいは理解している。知ったところで、和彦が何かできるわけでもないのだ。
「先生、そんな顔しないでください」
  運ばれてきたオレンジジュースを和彦の前に置きながら、秦が微笑みかけてくる。
「詳しい説明はできませんが、先生のおか げで、わたしはここにいるんです。もちろん、トラブル解決のために。それは結果として、長嶺組の利益になります。……こちら の刑事さんの目的は、よくわかりませんが」
 秦はにこやかに、しかし値踏みするように鷹津を一瞥する。この様子からして、 和彦がやってくるまで、二人は必要なことは話しながらも、決して友好的ではなかったようだ。当然といえば当然か。
 すで に三人を取り巻く状況は変わってしまったが、かつて秦は、和彦と一緒にいるとき、〈物騒な刑事〉として現れた鷹津を殴ったの だ。執念深い鷹津に限って、秦に対して親しみを覚えるとも思えない。
 皮肉屋でガサツな鷹津と、物腰は柔らかだが掴み所 がなく、取り澄ました秦では、まるで水と油だ。和彦がやってくるまで、一体どんな会話を交わしていたか、気にならなくもない。
「――俺は、長嶺の利益なんざ、どうでもいい。それに、素性の怪しいホスト崩れのこともな」
 鷹津は、芝居がかった ような下卑た笑みを見せながら、グラスを揺らす。鷹津のその表情を目にした和彦は、嫌悪感から小さく身震いする。やはり、こ の男は嫌いだ。
 込み上げてきたものをオレンジジュースで無理やり飲み下し、和彦は席を立とうとする。
「話が弾んで いるようだから、ぼくはティーラウンジにいる。気が済むまでゆっくりと――」
 すかさず鷹津に手首を掴まれ、動けなくな る。和彦が睨みつけても、まったく動じた様子がない鷹津は、ヌケヌケとこう言い放った。
「俺が興味あるのは、佐伯だ。と りあえずこいつと繋がっていれば、長嶺や、お前みたいな連中の動向が掴めるからな。……何より、こいつの存在自体が、楽しめ る。長嶺どころか、その息子や子分まで垂らし込むぐらいだ。男とはいっても、最高に具合がいい。何より、こんな色男のくせし て、女より淫乱だ」
 屈辱と羞恥で、めまいがしてくる。そこに怒りも加わり、本気で鷹津を殴りたくなる。一方、鷹津の生 々しい発言を受けても、秦は柔らかな表情を変えなかった。そのくせ唇から出た言葉は、鷹津に負けず劣らず生々しい。
「先 生の感じやすさといやらしさを知っているのは、ご自分だけだと思わないほうがいいですよ。わたしも、よく知っていますから。 先生の感じやすい場所が、与えたものをいやらしく咥え込む様子も、もちろん、感触も……」
 ほお、と声を洩らした鷹津が こちらを見たので、和彦は必死に睨みつける。虚勢としては、これが限界だった。そしてテーブルの下では、靴先で秦の足を蹴り つける。このときだけは秦は、悪戯っぽい表情で目を眇めた。
「長嶺が何を企んで、自分の大事なオンナに、お前みたいな男 が手を出すのを許したか気になるな」
「わたしは、先生の〈遊び相手〉です。あなたが先生の〈番犬〉であるように、役割を 与えられているんです」
「――……長嶺といい、お前といい、食えない奴らだ……」
 そう呟いた鷹津が、突然立ち上が る。手首を掴まれたままの和彦も、やむをえず倣う。
「秦との用は済んだ。これからは、俺とお前の用を済ませる時間だ」
 鷹津の言葉の意味をよく理解している和彦は、一度だけ肩を震わせる。
 約束を取り付けて鷹津と会えば、その後に起 こりうることは一つしかないのだ。
 なんとか鷹津の手を振り払い、並んで歩きながら振り返る。秦が、嫌味なほど艶やかな 笑みで見送っていた。
「長嶺組に、部屋を取らせた」
 ロビーを歩きながら、そう言って鷹津がカードキーを見せてくる。 何をされるよりも生々しさを感じ、思わず和彦は顔を背ける。そんな和彦を見て、鷹津は鼻を鳴らす。
「――この間、自分に 触れたいなら、しっかり働けと言ったんだ。発言に責任を持たないとな、佐伯」
「悪徳刑事が、人並みのことを言うな……」
 和彦としては精一杯の毒を吐いたつもりだが、鷹津の耳を素通りしたのか、やけに熱心にカードキーを手の中で弄んでいる。 そのくせ、エレベーターの到着を告げる音楽には、素早く反応した。
 急に引き返したい気分になったが、それはできない。 嫌になるほどヤクザの思考に染まっていると思うが、和彦は、賢吾だけでなく、鷹津の面子のことも考えていた。面子を潰された 男は――怖い獣になる。
 長嶺組が取ったという部屋は、男二人が寝ても持て余しそうな広いベッドがある、ダブルルームだ った。大きな窓から見渡せる風景は感嘆するほどで、この眺望込みで、部屋の料金は安くないだろう。すでにワインまで準備され ていた。
 この部屋は、鷹津のためというより、和彦のために用意されたようだった。部屋を見回して感じるのは、和彦を安 く扱う気はないという意思だ。
「俺は、ホテルの部屋を取ってくれとしか言ってないんだぜ」
 ソファにブルゾンを投げ 置いた鷹津が口を開く。和彦が見つめると、鷹津は皮肉っぽく唇を歪めた。
「あの組のことだから、それなりの部屋を取ると 思ったんだ。それで今日、このホテルに部屋を取ったと連絡が入ったんだが……そのとき、組員がなんと言ったと思う?」
「……さあ」
「さすがに昨日の今日では、スイートルームの予約は無理でした、だと。――大事にされているな。組長のオン ナは」
 和彦が何も言えないでいると、鷹津はバスルームのほうを指さした。
「シャワーを浴びてこい」
 ここまで きて鷹津に逆らう気も起きなかった。コートとジャケットをハンガーにかけてから、バスルームに向かう。
 バスタオルとバ スローブを洗面台のカウンターに並べてから、和彦は鏡を覗き込む。そこには、いつも通りの自分が映っていた。
 落ち着い ている自分が不思議だった。感情的にはいろいろと複雑で、割り切れないものもあるのだが、逃げ出すことも、抗うこともせず、 和彦はここにいる。
 意外に自分は、男たちの利害や企みに巻き込まれる今の状況が、性に合っているのかもしれない。そん なことを考えながらも和彦は、ワイシャツのボタンを外していた。
 バスタブに入ってシャワーカーテンを引くと、頭から湯 を浴びる。
 顔を仰向かせ、目を閉じながら、肌を流れ落ちていく湯の感触に意識を傾けていたが、ふと異変に気づく。ハッ として和彦が視線を向けた先に、いつの間にかシャワーカーテンが開いており、鷹津が立っていた。もちろん、何も身につけてい ない。
 あっという間に鷹津もバスタブに入ってきて、和彦は腕を掴まれ引き寄せられる。鷹津も頭から湯を被り、オールバ ックの髪型は見る間に崩れた。
 思わず手を伸ばした和彦は、鷹津の濡れた髪を掻き上げてやる。次の瞬間、鷹津の両腕が体 に巻き付いてきて、顔が間近に寄せられた。鷹津の目は、相変わらずドロドロとした感情で澱んでいる。そこに狂おしい欲情が加 わり、この嫌な男をひどく人間らしく見せていた。
 つい鷹津の目に見入っていると、唇が重なってきた。
「あっ……」
 唇が擦れ合った瞬間、和彦の背筋にゾクゾクと強烈な疼きが駆け抜ける。体は、この男が与えてくれた快感をしっかりと覚 えていた。
 噛み付くように唇を吸われながら、荒々しく尻を掴まれ、揉まれる。反射的に和彦は鷹津の肩にしがみつき、そ のまま離れられなくなっていた。
 湯を浴びながら鷹津の激しい口づけを受け、息苦しさに喘ぐ。そのときには口腔に熱い舌 が入り込み、感じやすい粘膜を舐め回され、湯とともに鷹津の唾液が流し込まれる。尻をまさぐられ、内奥の入り口を指の腹で擦 られる頃には、和彦は鷹津と舌を絡め合っていた。
 腰が密着し合い、すでに高ぶった鷹津の欲望の形を感じる。鷹津はわざ と、その欲望を擦りつけてきた。あからさまに発情した姿を見せつけられ、さすがに和彦もうろたえてしまうが、鷹津を押し退け られない。
「うっ、あぁっ」
 内奥の入り口を指でこじ開けられ、わずかに押し込まれる。強張る舌を引き出されて貪ら れているうちに、鷹津の指は内奥で蠢き、ますます深く侵入してくる。足元がふらついた和彦は、鷹津の首に両腕を回して体を支 えていた。
 獣じみた激しい口づけのせいで、唇の端からだらしなく唾液が滴り落ちるが、絶えず降り注ぐ湯があっという間 に流してしまう。湯のせいか、深すぎる口づけのせいか、ふいに溺れているような息苦しさを覚えた和彦は、目を見開いて大きく 息を吸い込む。鷹津は慌てた様子もなくコックを捻り、シャワーを止めた。
 それでも鷹津は、欲情の高ぶりのまま貪るよう な口づけを続け、濡れた体を擦りつけるように和彦を掻き抱いてくる。たまらなく鷹津は嫌いだが、だからこそ、この男に屈辱的 に抑えつけられての行為は――感じる。
 濡れた体のままようやくバスタブから連れ出されると、和彦はバスタオルを取り上 げる。しかし、体を拭く前に部屋へと引きずられ、ベッドに突き飛ばされた。
 のしかかってきた鷹津に、いきなり膝を掴ま れて足を大きく左右に開かれる。片手にバスタオルを握り締めたまま、和彦は声を上げた。
「何をするっ……」
「お前相 手なら、試せるかと思ってな。……暴れるなよ。噛み千切られたくなかったらな」
 物騒なことを呟いた鷹津が、開いた両足 の間に顔を埋める。身を起こしかけた和彦のものが、濡れた感触にベロリと舐め上げられた。このとき、わざとそうしたのか、内 腿に不精ひげが触れた。
「あうっ」
 思いがけない鷹津の行動だった。和彦は慌てて腰を引こうとしたが、膝を掴む鷹津 の手に力が込められ、同時に和彦のものは、燃えそうに熱い鷹津の口腔に含まれた。
「うっ、あっ、あっ――」
 いきな りきつく吸引され、感じやすい先端に歯が当たる。鋭い感覚と恐怖に腰を震わせながら、和彦は懸命に鷹津の頭を押し退けようと する。
「嫌、だ……。そんなこと、するな。……嫌っ……」
 明らかに慣れていない、勢いだけの武骨な愛撫だ。和彦の ものを無茶苦茶に舐め回し、加減もせずに吸い上げ、歯列を擦りつけてくる。和彦はなんとかやめさせようともがいたが、口腔深 くまで呑み込まれたものに、濡れた粘膜がしっとりとまとわりついたとき、初めて身悶えて喘ぎ声をこぼした。
 鷹津は急速 に愛撫の力加減を覚え、それに技巧が追いつく。先端を硬くした舌先でくすぐられてから、はしたなく濡れた音を立てて吸われる。 歓喜のしずくが滲み出ているのだ。
「はっ……あぁ、あっ、うぅっ」
 和彦は上体をしならせて感じる。気がついたとき には、他の男たちに対するように、鷹津の頭に手をかけていた。濡れた長めの髪を掻き乱すと、鷹津の愛撫が熱を帯びる。すっか り反り返った和彦のものを獣のような舌使いで何度も舐め上げ、溢れたしずくを啜り、ときおり軽く噛み付いてくる。
 悔し いが、鷹津の愛撫で和彦の下肢は甘く溶けた。それがわかったのか、鷹津は指で、容赦なく内奥も暴いてくる。
 ねじ込まれ た指が蠢き、感じやすい襞と粘膜をねっとりと撫で回されながら、狭い場所を解される。
「あっ、はあっ……」
 引き抜 かれた指で、綻んだ内奥の入り口を擦り上げられる。そして今度は、指の数を増やして挿入された。和彦は吐息をこぼして、切な く指を締め付ける。
 執拗に内奥を擦られて、熱くなって震えるものの先端から、透明なしずくを滴らせる。その様子を、鷹 津はまばたきもせず凝視していた。
「……なるほど。最初にお前を抱いたときにわかったつもりだったが、今日また、実感し た。お前は――いい〈オンナ〉だ。とことん男を悦ばせて、狂わせてくれる」
 片足だけを抱え上げられて、指で綻ばされた 内奥の入り口に、鷹津の欲望が擦りつけられる。
「うあっ……」
 性急に押し入ってきた鷹津のものを、意識しないまま 和彦の内奥は締め付ける。すぐに鷹津は腰を使い始め、苦しさに喘ぎながらも和彦は、深々と貫かれていた。
「――佐伯」
 鷹津に呼ばれて見上げると、半ば強引に唇を塞がれる。熱い舌に口腔をまさぐられ、唾液を流し込まれているうちに、和彦は口 づけに応えていた。舌を絡め合う頃には、鷹津が内奥深くをゆっくりと抉り始め、官能を刺激されて腰が揺れる。
「あうっ、 うっ、ううっ」
 円を描くように内奥を掻き回されると、抵抗を覚えながらも和彦は、鷹津の背に両腕を回してしがみついて いた。ほとんど癖のようになっているが、刺青のせいで独特の質感を持つ肌をまさぐろうとして、戸惑う。刑事である鷹津の背に、 当然のことながら刺青などない。
 和彦の行為の意図を察したのか、鷹津は薄く笑んだ。
「お前はいつもそうやって、ヤ クザの男たちを可愛がっているのか? お前のこの手つきにかかったら、強面のヤクザもペットみたいなものだな」
「うる、 さい……」
 鷹津の返事は、貪るような口づけだった。その合間に内奥を突き上げられ、抉られて、和彦は肉の悦びに酔う。 鷹津にしがみついたまま身を震わせ、噴き上げた絶頂の証で下腹部を濡らしていた。
 上体を起こした鷹津は、内奥の淫らな 蠕動を堪能するように激しく腰を使い、和彦は仰け反って放埓に声を上げる。
「ああっ、あうっ、うっ、んあっ」
 鷹津 が乱暴に腰を突き上げてから、動きを止める。和彦は、自分の中で力強い脈動を感じ、身震いするほどの興奮を覚えた。どんな男 であろうが隠しようのない、素直な反応だ。例え、心底嫌な男である鷹津であっても――。
「いい、締まりだ……。自分でも わかるか? 怯える小娘みたいに中をビクビクと震わせていたくせに、今は、いやらしく波打つみたいに俺のものを締め上げてく る。本当に、男のものを突っ込まれるのが好きでたまらないんだな」
 侮辱されたと思い、和彦は唇を引き結んで鷹津を睨み つける。しかし鷹津は痛痒を感じた様子もなく、和彦の濡れた肌を両手でまさぐってくる。
 触れられないまま凝った胸の突 起を抓られ、感じた疼きに身を捩った途端、内奥深くに収まった鷹津のものが蠢き、官能を刺激される。和彦は上擦った声を上げ、 その声に唆されたように、鷹津が胸の突起にしゃぶりついてきた。
「はあっ、あっ、あっ――ん」
 内奥を犯されながら 胸を愛撫され、和彦はベッドの上でしどけなく乱れる。そんな和彦の姿を、鷹津は目でも楽しんでいるようだった。目を細め、口 元に嫌な笑みを浮かべている。
 そんな男から与えられる口づけにすら、和彦は感じてしまう。獣のような粗野さで口腔を舌 で犯されながら、内奥もふてぶてしい欲望で犯されるのだ。無意識のうちに、腰を揺らして求めていた。
「感極まる、という やつだな。さっきから、お前の尻が締まりっぱなしだ」
 口づけの合間に下卑た言葉を囁かれたが、もう和彦は睨みつけるこ ともできなかった。羞恥して目を伏せると、誘われたように鷹津の唇が目元に押し当てられる。
 求められるまま和彦は、差 し出した舌を鷹津と絡め合っていた。どんなに嫌な男でも、今、強烈で深い快感を与えてくれているのは、この男なのだ。
  鷹津の欲望が内奥で爆ぜる。注ぎ込まれる熱い精を和彦は、小さく悦びの声を上げながらすべて受け止めた。


 いつの間にか体の下に敷き込んだバスタオルに、うつ伏せの姿勢のまま和彦は頬をすり寄せる。行為の間中、このふかふかとし た感触をずっと握り締めていたような気がする。
「――お前は、刺青は入れないのか」
 突然、頭上から声が降ってくる。 わずかに視線を動かして見上げると、何も身につけないままベッドにあぐらをかいて座った鷹津が、グラスに注いだワインを飲ん でいた。
「ぼくは、ヤクザじゃない。なんでそんなものを入れないといけないんだ」
「入れろと言われないか」
「……たまに」
「この体に何か彫ったら、凄まじく、いやらしくなるだろうな」
 性的趣向が賢吾と似ているのではない かと思わせることを言って、鷹津の片手が、汗で濡れている背に這わされる。
「もっとも、刺青なんて入れたら、ヤクザの所 有物だと看板を背負っているようなものだがな。特に、蛇の刺青なんて入れたら――」
「だから、その気はないと言ってるだ ろ」
「オンナの言い分を聞いてくれるうちは、まだいいが、長嶺は蛇みたいな男だぞ。……そのうち、お前の言うことなんて 無視して、押さえつけてでも入れるかもしれない」
 のっそりと和彦の背に覆い被さってきた鷹津が、肌を舐め上げてくる。 まだ情欲が冷めていない和彦は、心地よさに身を震わせた。
「あんたなら、刺青を入れた〈女〉を抱いたことがあるだろ」
「ああ。ヤクザとは無縁の、興味本位で入れたっていう若い女だ。……あんな体じゃ、普通の男は腰が引けて逃げ出すな。今頃は 本当に、ヤクザかチンピラの女になっているかもしれない」
「……悪徳刑事と寝るぐらいなら、ヤクザも怖くないかもな」
 和彦のささやかな皮肉に対して、返ってきたのは低い笑い声だった。そしてふいに、背にひんやりとした液体を垂らされる。反 射的に身を起こそうとしたが、鷹津に肩を押さえつけられた。空になったグラスが目の前に放り出されたため、背にワインを垂ら されたようだ。
「自分のことを言ってるのか、佐伯?」
「ぼくは……ヤクザは怖い」
「怖いのに逃げ出さないのか」
 うるさい、と囁くように応じた和彦は、微かに喘ぐ。鷹津が、背に垂らしたワインを舐め取り始めたのだ。背骨のラインに 沿って舌が這わされ、手慰みのように強く尻を揉まれる。
「俺が知っているヤクザの女は、独特の色気がある。不健康で、危 うくて、見るからに厄介そうで。だからこそ、放っておけない。――お前は、逆だ。男で、一見して健康的で健全で、恵まれた環 境にいる、真っ当な社会人に見える。だけど内に抱えたものは、下手なヤクザの女より、厄介で、複雑だ。そういうお前にとって ヤクザの男どもは、相性がいいのかもな。体の相性は、俺ともいいが」
「……勝手に決めるな」
 和彦はゆっくりと仰向 けになると、自分もワインが飲みたいと鷹津にせがむ。思った通り鷹津は、口移しでワインを飲ませてくれた。そのままベッドの 上で絡み合い、再び鷹津と一つになる。
「あっ、あぁっ――……」
 緩やかに内奥を突き上げられながら和彦は、浅まし いと十分わかっていながら、鷹津の腰に両足を絡める。この男相手に恥じらいはいらない。嫌悪感を打ち消すほどの快感を貪るだ けだ。
 鷹津の背に爪を立てた和彦は、何げなく視線を窓のほうに向ける。いつの間にか日は落ち、夜の闇に街並みの人工的 な明かりが浮かび上がっていた。ここで和彦は、自分が昼から何も食べていないことを思い出す。
「先日といい、あんたと寝 ると、空きっ腹を抱えたままになる」
「今から、ルームサービスを頼んでやろうか?」
 ニヤニヤと笑いながら鷹津が言 い、ぐうっと内奥深くを突き上げてきた。和彦は唇を噛んで顔を背ける。痺れるような快感が、腰から這い上がってくる。こうな ると、答えは一つしかなかった。
「――あとで、いい……」


 コーヒーを一口啜った和彦は、テーブルの上に置いた携帯電話を取り上げる。時間を確認すると、ごく普通のビジネスマンなら そろそろ出勤している頃だ。
 そういえば、と和彦は視線を正面に向ける。コーヒーを飲みながら、鷹津は優雅に新聞を開い ていた。
「……あんた一応、公務員だろ。仕事に行かなくていいのか」
 新聞から顔を上げた鷹津が、芝居がかった動作 で自分の腕時計を見る。
「もう一回楽しめるぐらいの時間はあるぜ?」
「冗談じゃないっ」
 ムキになって言い返し た和彦だが、すぐに、この反応ははしたないと思い、顔をしかめた。そんな和彦を、鷹津は口元に笑みを湛えて眺めていた。
「そんなツレない言い方をしなくてもいいだろ。仮にも俺は、一晩過ごした相手だぞ」
 鷹津の言葉に、知らず知らずのうち に和彦の顔は熱くなる。確かに、鷹津の言う通りだった。
 昨日から今朝まで、ずっとこの部屋で過ごしていた。しかも大半 の時間は、ベッドの上で絡み合っていた。情欲が鎮まっても、まるで嫌がらせのように鷹津は、和彦を離してくれなかったのだ。
「今朝は目覚めがすっきりだ。なんといっても、ヤクザに踏み込まれる心配もなく、お前とこうしてのんびりと、ルームサー ビスで頼んだコーヒーを味わえるんだからな」
「あんたはゆっくりすればいい。ぼくにはもうすぐ、迎えが来るんだ」
  これは、本当だ。ロビーで待ち合わせることになっており、その時間は近い。和彦はもう一度携帯電話で時間を確認してから、コ ーヒーを飲み干した。
 少し早めにロビーに下りておこうと思い、立ち上がる。クロゼットに掛けていたジャケットとコート を着込んでいて、ある大事なことを思い出した。
「なあ、一つ聞いていいか?」
 和彦が声をかけると、鷹津は新聞を畳 む。このとき、オールバックにしていない髪を鬱陶しそうに掻き上げた。
「あれだけベッドの中でいろいろ話したのに、まだ 俺に聞きたいことがあるのか」
「……あんたは、どうでもいいことしか言ってない。役に立ちそうなことは何も言ってないだ ろ。――秦のことだ」
 鷹津は大仰に驚いた表情を見せた。
「あの色男がどうした?」
「今のあんたなら、秦が何者 なのか、もうわかっているんだろ。あんたが、秦絡みの件で動くとしたら、多少は事情を聞いたはずだ」
「あいつのことを知 ってどうする」
 口元に薄笑いを浮かべながらも、鷹津の眼差しは鋭かった。その眼差しに気圧されたわけではないが、和彦 は咄嗟に言葉が出なかった。
 秦のことを知ってどうにかしたいわけではない。ただ、気になるだけだ。秦という個人に対し てであれば抑えられた好奇心かもしれないが、和彦は、その秦に執着している中嶋と〈友人〉なのだ。秦と中嶋の事情に少しとは いえ立ち入ってしまうと、知らない顔はできない。
「別に、どうもしない。気になるだけだ。どうして組長は、秦の後ろ盾に なる気になったのか、とか」
「ヤクザは、自分の利益にならないことでは、指一本動かさんぞ。これは、基本だ。そして俺が、 お前に教えてやれる唯一のことだ」
 つまり、教える気はないということだ。
 和彦は鷹津を睨みつけてから、テーブル の上の携帯電話を取り上げる。コートのポケットに突っ込んで、足早に部屋をあとにしようとしたが、鷹津があとを追いかけてき た。いきなりドアに押さえつけられ、威圧的に鷹津が迫ってくる。
「おい――」
「まだ、時間はあるだろ」
 次の瞬 間、唇を塞がれた。和彦は間近で鷹津を睨みつけはしたものの、痛いほど唇を吸われているうちに、応じずにはいられなくなる。
「んっ……」
 強引に侵入してきた舌に口腔を犯されてから、唆されるように引き出された舌に軽く噛みつかれる。その うち舌を絡め合っていた。
 鷹津は、容赦なく和彦を貪ってくる。唇と舌を吸い、唾液すら啜ってくる。狂おしい口づけの合 間に、掠れた声で鷹津が囁いた。
「――早く、次の仕事を持ってこい。そうじゃないと、褒美としてお前を与えられないから な。……早く俺に、お前を抱かせろ」
 深い口づけに意識が舞い上がりながらも、和彦は漠然と感じた。
 この男は、自 分にハマっている。
 そう心の中で呟いた途端、ゾクゾクするような興奮が胸の中を駆け抜けた。
 何度となく唇を重ね、 舌を絡め合っていると、和彦の携帯電話がポケットで鳴った。慌てて鷹津の顔を押し退けて電話に出る。組員から、ロビーに到着 したという連絡だった。
「……もう、行く」
 和彦の言葉を受け、鷹津はあっさり体を離した。顔には、いつもの嫌な笑 みが浮かんでいる。
 一度はドアを開けた和彦だが、すぐに閉めると、鷹津に身を寄せる。さすがの鷹津も驚いたように目を 見開いたが、かまわず和彦は鷹津の頭を引き寄せ、ぶつけるように唇を重ねた。
 もう一度、濃厚な口づけを交わしてから、 和彦はできるだけぶっきらぼうな口調で告げる。
「キスぐらいなら、餌代わりにいつでも与えてやる。――ただし、ぼく の〈オトコ〉がいないところで」
 鷹津はまじまじと和彦を見つめてから、納得したように頷いた。
「さすがに、あの蛇 みたいな男のオンナだけあって、お前もやっぱり、不健康で危うくて、厄介だ。……見た目が健全である分、中の壊れ具合は半端 じゃないのかもな」
 そう言う鷹津は、ひどく楽しそうだった。ドアを開けて恭しい動作で促され、和彦は部屋を出る。
「餌だというなら、美味いものを食わせてくれよ。楽しみにしてるぜ」
 背に投げかけられた言葉に、振り返ってあれこれ言 いたい気持ちをぐっと堪え、和彦はその場を立ち去った。









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