と束縛と


- 第15話(2) -


 目をキラキラと輝かせ、熱心にアクセサリーに見入っている青年の姿は、クリスマスイブの今日は特に絵になる。これは決して 和彦の贔屓目ではなく、多分、事実だ。
 細身のジーンズにセーター、その上からブルゾンを羽織るという、ラフな格好をし た千尋は、アクセサリーショップにいるどの同性よりも人目を引いた。カップルの姿が多いというのに、千尋を値踏みするように 眺めていく女性は一人や二人ではない。
 店内で繰り広げられる静かな駆け引きを、和彦は保護者のような気持ちで観察して いた。
 服装のラフさに関係なく、野性味と育ちのよさをあわせ持つ千尋が、大きな組の後継者であるとは、誰も想像すらし ないだろう。
 側にいると気づかな いものだが、こうして眺めていると、明らかに千尋は成長している。外見的なものはもちろん、内面から溢れ出す力が増したよう だ。
 ここで和彦は大事なことを思い出し、腕時計に視線を落とす。約束の時間が迫っていた。
 わかってはいたが、こ んな場所で千尋を放し飼いにしておくと、時間がいくらあっても足りない。
 さりげなく千尋の傍らに歩み寄り、和彦もショ ーケースの中を覗き込む。華奢なデザインの指輪が、照明を受けて輝いていた。
「千尋、そろそろ行かないと、間に合わない ぞ」
「んー……、もうちょっと」
 まだ何か買う気かと、和彦は呆れる。和彦も人のことは言えないが、今日は特に買い 物好きの血が騒ぐらしい。千尋の片手は、立ち寄ったいくつものショップの袋で塞がっていた。ちなみに和彦は両手が塞がってい るが、半分は千尋の荷物だ。
「何か気になるものがあるのか?」
 和彦の問いかけに、千尋がこちらをうかがうように顔 を向けてくる。切れ上がった目は魅力的な光を放っているが、和彦はどうしても、犬っころのような眼差しだと思ってしまう。よ くも悪くも、喜怒哀楽がはっきりと表れすぎだ。
「……何か言いたそうだな」
「先生、ペアリングに興味は――」
「ない」
 あてつけのように千尋は大きく肩を落とす。
「なんか、わかるなー。先生って、そういうのに淡白そう」
「こっちが悪いような言い方するな。だいたいペアリングって、誰と誰が身につけるんだ」
 意味ありげに千尋がニヤニヤと 笑い、指を一本ずつ折ってみせる。和彦は遠慮なく、千尋の足を踏んづけてやった。そのまま歩き出したが、千尋は慌ててあとを 追いかけてきて、あっという間に和彦の手から荷物を取り上げた。
 そんな千尋を横目でちらりと見てから、和彦は口元に笑 みを刻む。
 今日は、アクセサリーショップだけでなく、行く先々の空気が浮ついているようだった。その空気に感化された ように、千尋だけでなく、実は和彦も浮かれている。本当に、今日という日を楽しみにしていたのだ。
「先生、朝から機嫌い いよね」
 エスカレーターで下の階に向かっていると、先に立った千尋が振り返り、そんなことを言う。
「……お前、わ かって言ってるだろ」
「何を?」
 とぼける千尋の頭を軽く小突いた和彦だが、すでに乱暴な手つきで撫でてやる。
「お前は大変だな。せっかくのクリスマスイブだっていうのに、仕事なんて」
「じいちゃんのお供で、ホテルに泊まりだよ。 夜は夜で、どうせ宴会だろうしさ。……オヤジの奴、これも勉強だとか言って、面倒なことは全部俺に押し付けてる気がするんだ よなー」
 そんな会話を交わしながら二人はビルから通りに出る。
 歩きながら千尋は、やけに周囲をきょろきょろと見 回していたが、突然、和彦に体を寄せてきて、こそこそと囁いてきた。
「クリスマスイブにカップルを見るとさ、妙に生々し い気分にならない?」
「……お前、欲求不満なんじゃないか」
「そうかも。だって誰かさんが、俺の相手をあんまりして くれないし――」
「仕方ないだろっ。こっちだって忙しいんだっ」
 和彦がムキになって反応すると、千尋は前屈みとな って爆笑する。そんな千尋を多少憎たらしく思いながら、和彦はぼそりと呟いた。
「お前、ぼくがやったクリスマスプレゼン トを返せ」
「ダメ。もう、俺のもの」
 千尋が犬のようにブルッと頭を振ると、胸元でネックレスが跳ねる。さきほどの ショップで買ったもので、和彦が選んでその場で千尋に渡したのだ。
 和彦はしみじみと千尋の姿を眺め、似合っていること に満足する。
「スーツを着る機会が多くなると、そういうアクセサリーをあまり身につけられなくなるな」
「平気、平気。 休みの日につけりゃいいんだから」
「そう言っているうちに、興味がなくなっていくのかもな。……どんどん、大人の男にな っていくんだ」
「そしたら俺に惚れ直してくれる?」
 往来で何を言っているんだと、ため息をついて和彦は顔を反らす。 この瞬間、見覚えのある姿を視界の隅に捉えた気がして、心臓が締め付けられる。血の気が引く思いで周囲を見回したが、気のせ いだとわかり、一気に緊張が解けた。
 精神的に落ち着いたのだが、こうして人ごみの中にいると、どこかに英俊がいて、自 分を見ているのではないかという強迫観念に襲われるときがある。誰かの手引きがない限り、街中で出会うはずもないのだが、や はり、先日の出来事は強烈すぎた。
 大丈夫だと自分に言い聞かせ、和彦はなんとか気持ちを切り替える。
 二人が向か ったのは、ビルの近くにあるデパートの駐車場だった。
 満車となっているスペースを見回していたが、相手からは二人の姿 は見えていたらしく、軽くクラクションが鳴らされる。見ると、長嶺組の組員の姿があった。
 後部座席のドアが開けられ、 千尋が乗り込む。今日はここで、お別れだ。
 和彦は腰を屈め、千尋に声をかけた。
「宴会もいいけど、飲みすぎて、ハ メを外すなよ。それと――クリスマスプレゼントをありがとう」
 和彦は、スウェードの靴を見下ろす。クリスマスプレゼン トに何が欲しいかと千尋に聞かれ、『実用的なもの』と答えていたのだが、今日、この靴をプレゼントされた。通勤用に使ってく れということだ。
 せがまれるままその場で履いて見せて、なんとなく脱ぐタイミングを失い続けているが、履き心地はいい。 足に馴染むのは早そうだ。
「先生こそ、ありがとう。それと、クリスマスを楽しんで」
 千尋からこう言われると、なん と返せばいいか困る。和彦が微妙な表情を浮かべると、千尋はにんまりと笑った。
「三田村がどんなプレゼント用意してたか、 あとで教えてよ」
「なっ――……」
 言い逃げとばかりに千尋はドアを閉めてしまい。和彦は空しく唇を動かす。ウィン ドー越しに千尋が手を振ったので、振り返す代わりに、軽く睨みつけてやった。
 楽しげに手を振る千尋を乗せて、長嶺組の 車が走り去る。それを待っていたように、和彦の背後で車のドアが開く音がした。
 振り返ると、スーツ姿の三田村が車から 降りるところだった。笑みをこぼした和彦は、三田村の元に駆け寄った。


 玄関に入ると、マフラーを外す間もなく三田村に引き寄せられ、唇を塞がれた。一瞬驚いた和彦だが、次の瞬間には、三田村と 同じ激しさで口づけに応える。
 忙しかったせいで、こうして三田村と二人きりになれたのは、半月以上ぶりだ。
 英俊 を見かけて憔悴していた和彦が、秦に安定剤を飲まされて眠っているとき、賢吾と交代で三田村は側にいてくれたのだが、和彦は 意識が朦朧としており、かろうじて三田村の存在を認識できる状態だった。ようやくはっきりと目が覚めたとき、すでに三田村の 姿は枕元になかった。
 そして今日、やっと三田村に会えた。
 貪るように互いの唇を吸い合い、舌を絡める。明日の夜 まで三田村と一緒に過ごせるのだと思うと、クリスマスなど関係なく、気分が高揚する。何より、嬉しいのだ。
 深い口づけ を堪能して、ようやく唇を離したものの、すぐには体を離しがたい。三田村に抱き寄せられ、吐息を洩らした和彦は、甘えるよう に肩に頬ずりした。
「……いい匂いがする……」
 軽く鼻を鳴らして和彦が言うと、三田村が後ろ髪を撫でながら、柔ら かな声で教えてくれた。
「先生を迎えに行く前に、準備しておいたんだ。――今夜は、ダラダラと過ごすために」
 三田 村らしくない表現に、和彦は小さく声を洩らして笑う。顔を上げ、三田村の唇をそっと吸ってから、ようやく体を離した。
  部屋に行くと、三田村の言葉通り、テーブルの上には夕食の準備が整っていた。ローストチキンを見たときは、柄にもなく和彦は 歓声を上げてしまう。自覚していた以上に、はしゃいでいるようだ。
 照れ隠しに口元を手で覆ってから、うかがうように三 田村を見る。なぜかこちらも、照れたような表情を浮かべていた。
「三田村?」
「いや……、レストランで予約しておい たものを受け取って、テーブルの上に並べただけなのに、こんなに先生が喜んでくれるとは思ってなかったから――」
 ぼそ ぼそと三田村は言葉を続けたが、聞き取れなかった。
 二人揃って、まるでママゴトをしているようだと感じているのだ。ヤ クザと、ヤクザのオンナというそれぞれの立場を自覚すればするほど、その感覚は増す。しかし、この部屋で過ごすときは、その ママゴトを楽しむことにしている。ルールといってもいいかもしれない。
 大事な相手と過ごすからこそ、現実を見てはいけ ないのだろう。
 これ以上なく自分の顔が熱くなっていることを知り、和彦は慌てて三田村に背を向け、マフラーを外す。
「プレゼントを用意してあるんだ。好みじゃなくても、文句は言うなよ」
 すかさず手からマフラーが取り上げられ、コート も脱がされる。三田村がハンガーにかけている間に和彦は、持ってきた袋の中から、ラッピングされた小さな箱を取り出した。
 慣れない様子でその箱を受け取った三田村は、曖昧な表情を浮かべる。
「……こういうとき、どんな顔をすればいいんだろ うな。嫌なもんだな、ヤクザってのは。体面を取り繕ってばかりだから、素直に喜ぶのが下手なんだ。……いや、俺が下手なだけ か」
 こちらからは何も言っていないのに、一人で言い訳めいたことを呟く三田村が――おもしろい。
 和彦は必死に笑 いを噛み殺し、こう提案した。
「開けてみてくれ」
 頷いた三田村が、見ているこちらが気恥ずかしくなるような丁寧な 手つきで、包装紙を外し、箱を開ける。現れたのは、ビロードのケースだ。
「これは……」
 ケースを開けた三田村が、 目を瞠る。
「何が欲しいか聞いたところで、あんたは言ってくれないだろうから、ぼくの趣味で選んだ。あまり派手じゃない ものにしたつもりだけど――」
 和彦がうかがうように眼差しを向けると、じっとカフスボタンを見つめていた三田村が、ふ と我に返ったように顔を上げる。そして、武骨で優しい男らしく、照れたような微笑を見せてくれた。
「ありがとう、先 生。……俺みたいな粗雑な男が身につけていると、落としそうで怖いな。部屋に保管しておきたくなる」
「ぼくは、そのカフ スをつけている姿を見たい」
 わかった、という意味なのか、三田村の返事は唇へのキスだった。もちろん、与えてくれたの はそれだけではない。三田村からも、小ぶりのケースを手渡された。
 和彦がケースを開けようとすると、照れ臭くて見てい られないのか、三田村は背を向けてしまう。その姿を見ていると笑いたくて仕方ないのだが、必死に堪える。しかし、ケースに収 まっているものを目にして、我慢できず和彦は笑みをこぼした。
 もちろん、おかしかったからではなく、嬉しかったからだ。
「――三田村」
 和彦が呼びかけると、やっと三田村はこちらに向き直る。和彦が腕時計を手にしているのを見て、堰を 切ったように話し始めた。
「先生が、手の大きさに合わないような、ごつい腕時計をしているのが、気になっていたんだ。そ ういう腕時計が好きなんだろうなと思っていたが、これは俺の個人的な希望で――……見てみたかったんだ。先生の、男にしては ほっそりした手に合う、腕時計をしているところを」
 気がつかないところで、意外な部分を観察されていたらしい。和彦は、 左手首にした腕時計を見つめる。
 別に、腕時計にこだわりがあるわけではないのだ。海外旅行に行くとき、乱雑に扱っても 惜しくない腕時計が欲しいと思って購入し、そのままなんとなく使い続けている。それに、優美なデザインのものは、自分には似 合わないとも思っていた。
「さっきのあんたの言葉じゃないけど、ぼくみたいな粗雑な男が身につけていたら、傷つけそうで 怖いな。それこそ、部屋に保管しておきたくなる」
 顔を上げた和彦が笑いかけると、三田村も同じ表情で返してくれる。
「俺は、先生がこの腕時計をしているところが見たい」
 いままでしていた腕時計を外すと、さっそく三田村がプレゼントの 腕時計をつけてくれる。シルバーのシンプルなデザインで、いままでのものより柔らかい印象を受ける。少しブレスが緩いが、気 になるほどではない。それより和彦が気になるのは、三田村の表情だった。
 本当に嬉しそうに、腕時計をした和彦の手首を 見つめているのだ。そんな表情を目にして、和彦まで嬉しくなる。
「自分のセンスのよさに、惚れ惚れしたか?」
 から かうように話しかけると、三田村は笑うだけで、返事はくれなかった。
 二人はもう一度唇を触れ合わせ、そのまま抱き合お うとしたが、寸前で我に返った和彦は慌てて体を離す。
「もらったばかりで、腕時計に傷をつけたくない。仕舞っておく」
 腕時計を外し、慎重にケースに仕舞う。それを待っていたように、性急に三田村に抱き締められ、和彦はほっと吐息を洩ら した。


 三田村と過ごすクリスマスイブの夜は、穏やかで、静かだった。時間が緩やかに過ぎていく感覚が心地いい。
 小さなテー ブルに向き合って座り、オードブルを食べながらシャンパンを飲み、他愛ない会話を楽しむ。普段と大差ない過ごし方かもしれな いが、やはり今夜は特別なのだ。
 用意のいい三田村は、男二人が食べるのに困らない大きさのケーキまで、しっかり買って おいてくれた。
 ひとしきり笑った和彦は、切り分けられたケーキのクリームをフォークの先で掬うと、舌先で舐める。甘い ものが好物というわけではない三田村も、黙ってケーキを口に運ぶ。こうすることで、いままで味わえなかったクリスマスという イベントを実感しているのだと思うと、微笑ましいような、切ない気分になる。
 和彦の視線に気づいたのか、顔を上げた三 田村が苦笑に近い表情となる。
「どうかしたのか、先生。ヤクザがケーキを食う姿が、そんなに珍しいか?」
「確かに、 滅多に見られる姿じゃないな」
「……さすがに買うときは、事務所の若い奴に行かせたんだ。小遣いを握らせて」
 顔を 背けた和彦は、必死に声を押し殺して笑う。
「若頭補佐に、余計な手間と苦労をかけさせたみたいだな」
「初めてのこと だから、俺もはしゃいでみたくなったんだ。まさか、三十半ばで、こんなふうにクリスマスイブを楽しむことになるとは、思って いなかった。……生きていると、いろいろある」
 そういうことは、もっと長く生きている人間が言うものではないかと思っ た和彦だが、ヤクザの死生観は独特なのかもしれない。
 フォークを置き、片手を伸ばして三田村の頬に触れる。こういうと き、小さなテーブルは便利だ。触れたいとき、手を伸ばせば簡単に相手に触れられる。
「――三田村、今、楽しいか?」
 頬に触れる和彦の片手をきつく握り締め、三田村は低く応じた。
「ああ。とても」
 夜は長いと思いながらも、この瞬 間から、二人の行動は落ち着きがなくなる。
 和彦はやや急いでケーキを食べ、一足先に食べ終えた三田村は、残ったオード ブルを片付けると、キッチンで洗い物を始める。そしてこちらに背を向けたまま、和彦に先にバスルームを使うよう言った。
 これから先、何が起こるかわかっているだけに、一度意識してしまうと、もうダメだった。初めてというわけでもないのに、気 持ちが舞い上がり、すべての動きがぎこちなくなってしまう。
 ほとんど逃げるようにバスルームに向かった和彦は、あとか ら三田村が入ってくるのではないかと身構えながら、シャワーを浴びる。しかし、予想――というより期待に反して、三田村はや ってこなかった。
 パジャマを着込んだ和彦が部屋に戻ると、三田村は放心したようにベッドに仰向けとなっていた。和彦に 気づき、小さく笑いかけてくる。
「朝からずっと、同じことばかり考えていた。何か失敗して、先生の機嫌を損ねるんじゃな いか、と。……どんな物騒な仕事だって、完璧にやる自信はあるんだ。だけど先生が相手だと、些細な反応が気になって仕方ない。 俺は何かやらかしたんじゃないかと、気が気じゃなくなる」
「強面のヤクザが、しおらしいことを言うんだな」
 そう言 いながらベッドに歩み寄った和彦は、三田村の上に覆い被さる。すかさず唇に軽いキスをして、あごの傷跡に舌先を這わせた。
「ぼくはただ、あんたとこうして過ごせることが、楽しみで仕方なかった。――今のところ、完璧なクリスマスイブだ」
 ほ っとしたように笑みをこぼす三田村の唇に、和彦はもう一度自分の唇を押し当てた。
 三田村の体の上に馬乗りになり、ワイ シャツのボタンを外していく。さすがに驚いたような顔で見上げられたが、和彦は静かに見つめ返す。
「……ぼくが、あんた に触れたいと思ったら、おかしいか?」
 大きく息を吐き出した三田村は、緩く首を横に振った。
「いや」
 和彦は ちらりと微笑むと、黙々とワイシャツのボタンを外し、一瞬逡巡してから、ベルトにも手をかける。スラックスの前を寛げたとこ ろで、ようやく顔を上げた和彦は、三田村と唇を啄み合う。
 口づけが深くなる前に、三田村の首筋に唇を這わせる。明らか に三田村は落ち着かない様子だが、和彦は気づかないふりをして愛撫を続ける。いつも自分がされているように。
 逞しい胸 元にてのひらを押し当て、撫でながら、合間に唇を何度となく押し当てる。舌を這わせ始めると、三田村は微かに声を洩らし、そ の声を聞いた途端、和彦は痺れるような興奮を覚えた。
 胸の突起を舌先でくすぐり、吸い上げる。胸元に押し当てたてのひ らを通して、三田村の体が熱くなっていくのがわかった。和彦だけでなく、三田村も興奮しているのだ。何より、高ぶっている。
 ときおり肌を強く吸い上げながら、鬱血の痕を残していく。痕が一つ増えるたびに三田村の息遣いが変化していた。荒く、 速くなっている。
 三田村の変化はそれだけではない。外に引き出した欲望は、熱く硬くなっていた。当然のように和彦は、 それを口腔深くまで呑み込み、情熱的に愛撫する。
 唇で締め付けながら扱き、濡れた舌をたっぷり絡める。先端を丹念に舌 先でくすぐってから、柔らかく吸い上げる。そして再び、口腔深くまで三田村のものを呑み込もうとしたとき、三田村の手に髪を 掻き上げられた。行為を止められたのだ。
 顔を上げた和彦に、静かな表情で三田村が言った。
「――次は俺が、先生に 触れる番だ」
 口調は落ち着いている三田村だが、和彦を見つめてくる瞳は狂おしい欲情を湛え、怖いほどだった。


 羞恥のあまり、和彦の全身が燃えそうなほど熱くなる。だが、蕩けそうな心地よさに、どうしても突き出した腰が揺れ、浅まし く愛撫をねだってしまう。
 内奥に挿入された指がゆっくりと出し入れされていたかと思うと、不意打ちのように引き抜かれる。 すかさず、柔らかく濡れた感触が内奥の入り口に這わされ、ヌルリと中に入り込んでこようとする。
「あうっ――」
 や めてくれるよう哀願しようとするのだが、肉の愉悦が勝ってしまい、唇からこぼれ出るのは悦びの声だけだ。
「はっ、あぁっ。 うっ、うっ、うくっ」
 再び内奥に指が挿入されると、和彦は貪るように締め付ける。三田村の唇が腰や尻に押し当てられ、 そんな行為にすら愛情を感じてしまい、和彦の感度はさらに高まっていた。
「……先生のここも舐めたい」
 三田村がそ う言って、前方に触れてくる。反り返った和彦のものは熱くなり、震えていた。濡れた先端を指先で撫でられた和彦は、ビクビク と腰を震わせて反応する。
「い、い。今は、いい……」
「今は?」
「今は、もっと欲しいものが、あるんだ」
  三田村の意地悪は、さほど長続きしない。和彦がねだると、すぐに欲しいものを与えてくれる。
「くうっ……ん」
 情熱 的な愛撫で蕩けた内奥の入り口を、三田村の逞しいもので慎重に押し開かれていく。背をしならせながら和彦は、クッションの端 を握り締めた。
 いつもと同じ、すでに体に馴染んだ行為のはずなのに、それでも、こうして三田村と一つになる瞬間、和彦 は切なくなるような苦痛と、身を捩りたくなるような愉悦を覚える。
 大きく息を吐き出し、下肢から力を抜いた瞬間、見計 らったように三田村は腰を進め、狭い内奥がさらに深くこじ開けられる。ゆっくりと突き上げられるたびに、和彦の襞と粘膜は擦 り上げられ、強い刺激が生まれる。
「はっ……、あっ、んあっ」
 尻を掴まれて割り開かれたとき、焼け付くような三田 村の視線を感じた。ひくつきながら欲望を呑み込んでいく様子を、見つめられているのだ。
 芽生えた羞恥に和彦は腰を動か そうとしたが、それがかえって三田村を煽ったらしい。さらに深く押し入られ、内奥を開かれた。
「うっ、うっ――」
  これ以上なくしっかりと繋がったところで、クッションを握り締める和彦の手に、三田村の手が重なってくる。充溢した欲望の熱 さと硬さに体が順応したところで、和彦は掠れた声でせがんだ。
「……三田村、奥、してほしい」
 三田村の唇が掠める ように肩に触れたあと、腰を突き上げられる。抉るように内奥深くを突かれてすぐに、一気に熱い欲望が引き抜かれた。和彦は尾 を引く甲高い声を上げ、自分から腰を三田村に擦りつける。
 求めに応じるように、再び三田村のものに内奥の入り口をこじ 開けられたが、焦らすように浅い部分を擦り上げてくるだけで、奥深くまで押し入ってこようとはしない。
 和彦ははしたな く呻き声を洩らし、腰を揺らす。自分から、三田村のものを奥まで呑み込もうとしたのだ。
 背をしならせ、腰を蠢かす和彦 の反応を愛でるように、三田村の両手が体に這わされる。
「はあっ、あっ、三田村っ……」
「俺が先生を、中から食おう としているのに、俺が食われそうだ。――よく締まってる。俺のものをきつく締め付けて、奥に誘い込もうとしている」
 そ う言う三田村の欲望は硬く張り詰め、狭い内奥を容赦なく犯してくる。脆く感じやすい部分は、わずかに動かれるたびに、狂おし い感覚を生み出していた。
 腰を抱えられ、三田村が内奥深くをぐうっと突き上げてくる。痺れるような快感が腰から背筋へ と駆け上がり、頭の芯まで溶かし始める。和彦は小さく声を上げたあと、必死に三田村のものを締め付けながら、こう言った。
「虎を……食うなんて、どんな物騒な獣だろうな」
 微かに三田村の笑い声が聞こえたが、答えは返ってこなかった。
  会話を交わす余裕すらなくなり、二人は快感を貪ることに集中する。
 三田村の動きは丁寧で緩やかだが、確実に和彦の弱い 部分を探り当ててくる。強く擦られ、突き上げられ、捏ね回されながら、和彦は間欠的に声を上げる。
「あっ、あっ、あっ――、 ああっ」
 反り返った和彦のものは、触れられないまま、内奥からの刺激だけで悦びのしずくを滴らせていた。自分で慰めよ うとするのだが、背後から押し寄せる三田村の動きを受け止めるのが精一杯で、結局、クッションを握り締めるしかできない。
 三田村の顔を見たいが、今のこの状態で一度繋がりを解くことなど、不可能だった。
「いっ、い……、気持ち、いい……」
「ああ、俺も――」
 腰を引き寄せられると同時に、乱暴に内奥を突き上げられる。三田村の熱い精を奥深くに注ぎ込ま れた瞬間、和彦はビクビクと体を震わせながら、放埓に声を上げる。
 呼吸が止まっても惜しくないほどの快感に、頭の中が 真っ白に染まる。このまま意識を失ってしまいそうだが、背で感じる三田村の体の熱さや、腰に絡みつく腕の力強さが、和彦の意 識を引き止めてくれた。
 内奥で、三田村のものがまだ脈打っている。吐息をこぼした和彦は、無意識にそれを締め付けてい たが、この状態は少し不満だ。
 和彦と同じ気持ちだったのか、ふいに三田村が身じろぎ、繋がりを解いてしまった。和彦の 体は簡単に仰向けにされ、覆い被さった三田村と、やっと抱き合うことができる。
「んんっ」
 繋がりを解いたわずかな 時間すら惜しむように、三田村と再び一つになる。
 堪えきれない悦びの声を上げた和彦は、いつものように、汗に濡れた三 田村の背に両腕を回し、愛しい〈オトコ〉を抱き締める。
 衝動に突き動かされるように、虎の刺青を忙しくてのひらで撫で る。この行為が三田村を駆り立て、欲望を煽ることを、和彦はよく把握していた。手を動かすたびに、無言で三田村にせがんでい るようなものだ。
 もっと強く、愛してくれと。
「――先生っ」
 ハスキーな声をさらに掠れさせて、三田村に呼ばれる。 身震いするような興奮を覚えた和彦は、意識しないまま三田村の背にぐっと爪を立てていた。
「あうっ……」
 精に塗れ た襞と粘膜を擦り上げながら、内奥深くを抉られる。和彦が大きく息を吸い込んで仰け反ると、これ以上なく凝った胸の突起を激 しく吸われた。
「あっ、あっ、三田村っ――」
 乱暴に内奥を突き上げられたとき、和彦もようやく絶頂に達し、精を迸 らせる。
 だが、一度では足りない。もっと三田村が欲しくて、感じたかった。それほど、和彦が抱えた欲望は狂おしく、だ からこそ歯止めが利かない。
 しかしそれは、和彦だけではないはずだ。その証拠に、顔を覗き込んでくる三田村の目には、 いつもの冷静さなど微塵も残っていなかった。




 張りきってはいたものの、クリスマスだからといって特別なことをする予定はなかった。
 いつものように二人でのんびり と、穏やかな時間を過ごせればいいと思っていたのは和彦だけだったらしく、クリスマスの朝、三田村が妙に切羽詰 った顔でこう切り出してきたのだ。
「……先生、どこか行きたいところがあるなら、遠慮せず言ってくれ」
 三田村が作 ってくれたホットサンドを食べていた和彦は、目を丸くする。昨日の三田村の言葉ではないが、今日は夜まで、ひたすらこの部屋 でダラダラと過ごすつもりだったので、この申し出は意外だった。
「特に、考えていなかった……。クリスマスだから、どこ も人が多いだろうし、買い物は昨日のうちに腹いっぱい堪能したから――。三田村、どこか行きたいところがあるのか?」
  三十代半ばにして若頭補佐という肩書きを持ち、常に無表情を保って、鋭い刃物のような雰囲気を湛えているはずの男が、今は和 彦の目の前で、うろたえたように視線をさまよわせている。
「そうじゃない。ただ、もしかして先生が、俺に気をつかってい るんじゃないかと思ったんだ。俺としては、こういうときぐらい、先生を外に連れ出したい。……俺みたいな物騒なツラした連れ とは、外で並んで歩きたくないか?」
 こういう言い方をされたら、和彦は外出せざるをえない。三田村なりに、そう計算し たのだろう。
 気をつかっているのはどっちだと思いながら、苦笑を洩らした和彦は頷く。
「なら、ドライブがしたい。 どこでもいい。あんたが運転する車に、ずっと乗っていたい」
「それなら、少し遠出しよう。夕方までに帰ってこられるよう な場所で、美味いものが食えて、どうせなら、景色がきれいなところがいいな」
 こう呟いた三田村が、途端に楽しげに顔を 綻ばせる。和彦はホットサンドを食べながら、そんな三田村の顔を眺める。
 この男を喜ばせるために何ができるのだろうか と考えていたが、結局、和彦自身が、今日という日を――自分の〈オトコ〉といる時間を楽しいと思うことが一番なのだろう。何 をするより、きっと三田村は喜んでくれる。
 ホットサンドを食べ終えた和彦が皿の上で手を払うと、待ちかねていたように 三田村が立ち上がり、食器を片付け始める。几帳面な三田村には、出かけて戻ってきてから片付けるという選択肢はないようだ。
 和彦はコーヒーを飲み干すと、カップをキッチンに持って行く。泡だらけの手で三田村がカップを取り上げた。
「あり がとう、先生」
 当たり前のように礼を言った三田村が、こちらに背を向ける。この瞬間、昨夜の濃厚な行為の余韻が蘇り、 衝動に突き動かされるように和彦は、三田村の背に身を寄せていた。両腕を腰に回すと、柔らかな声で三田村が言った。
「背 中が気になって、皿を割りそうだ」
「……器用な若頭補佐は、そんな粗相はしないだろ」
 そう三田村をからかって、首筋に軽くキスする。
 お互い浮かれているなと思いながら、三田村が動けないことをいいこと にじゃれつく。次第に和彦の行動は大胆になり、三田村が着ているトレーナーの下に手を這わせ、素肌を撫でる。
 最初は本 当に、ふざけているつもりだったのだ。しかし、トレーナーの下に隠れている背の刺青を撫でているうちに、体が熱くなってくる。 それは三田村も同じなのか、てのひらを通して、高い体温が伝わってくる。
「三田村……」
 呼びかけると、両手に泡を つけたまま三田村が体の向きを変える。和彦は今度は胸元にしがみつき、自分から三田村の唇を塞いだ。
 朝から交わすには 淫らすぎる口づけを、二人は堪能する。激しく唇を吸い合い、口腔を舌でまさぐったあと、差し出した舌を絡めて唾液を交わす。 そんな口づけを交わしながら和彦は、三田村が両手を使えないのをいいことに、熱い体を好きなだけまさぐっていた。
「……先 生、手を洗っていいか? これじゃあ、先生を抱き締められない」
「今、あんたに抱き締められたら、出かけたくなくなるか ら、ダメだ」
 三田村が苦笑し、和彦もちらりと笑みをこぼす。ようやく唇と体を離すと、今になって自分の行動が恥ずかし くなり、和彦は逃げるようにキッチンを出ていた。


 ドライブをして、行った先で寒さに震えながら軽く散策して、人目がないところでキスを交わす。地元の名物を昼食に食べ、つ いでに土産物屋を覗く。帰りの車中では、エンジンの振動が心地よくて、ついうたた寝をした。起きたとき、体にかけられていた のは、三田村のジャケットだった。
 今日がなんの日であるか忘れてしまうような、まっとうなデートをしたと思う。気恥ずか しくなるぐらい、ありふれて、特別な出来事などないデートだ。
 だが、楽しかった。
 ベッドに腰掛けた和彦は、意識 しないまま口元に笑みを浮かべ、髪を掻き上げる。シャワーを浴びたあとドライヤーで乾かしたばかりの髪から、シャンプーの香 りがふわりと漂った。
 帰り支度を整えてしまったので、あとは、日付が変わる前に一階に下りるだけだ。無粋な着信音で、 追い立てられるようにクリスマスを終わらせるのは、本意ではない。
 和彦は座り直して体の向きを変え、三田村を見下ろす。 まるで獣が寝そべっているように、うつ伏せの姿勢で眠っていた。
 和彦がシャワーを浴びに行くときは起きていたのだが、 待っている間に眠ってしまったようだ。一緒にいる二日間で、和彦が振り回したせいで疲れたのか、それとも緊張を解いているの か。なんにしても、寛いだ三田村の姿を見るのは楽しい。
 三田村が静かな寝息を立てるたびに、露になっている背がわずか に上下する。刺青の虎の顔がいつもより穏やかに見えるが、もちろん、和彦の思い込みだ。
 和彦は三田村の背に顔を伏せる と、そっと唇を押し当てる。ピクリと三田村の体が動いたが、かまわず唇と舌を、虎に這わせる。次第に愛撫は大胆になり、背を 舐め上げ、吸い上げるようになると、三田村の筋肉がぐっと緊張した。次の瞬間、和彦は手首を掴まれて、ベッドの中に引きずり 込まれ、あっという間に三田村にのしかかられた。
 間近で見つめ合ってから、言葉よりも先に、口づけを交わす。合間に三 田村に言われた。
「すぐにシャワーを浴びて、着替える。今夜は先生を送っていけないんだから、せめて見送りぐらいしたい」
「そんなことしなくていい。それより、ギリギリまでこうしていたいんだ」
 三田村は目元を和らげ、和彦の耳に唇を押 し当ててくる。小さく喘いだ和彦は、三田村に身を任せることにした。
 シャツのボタンを外されると、すぐに胸元に唇が這 わされる。微かに濡れた音を立てながら肌を吸われ、しっかりと愛撫の痕跡を残されていた。いつもの三田村なら、自制心が働い ているのか、ここまであからさまなことはしない。和彦がどういう存在かよくわかっているからだ。
 三田村なりの独占欲の 表れなのだろうかと思うと、愛撫で得る以上の悦びが、和彦の体を駆け抜けた。
 凝った胸の突起を、執拗に舌先で弄られる。 焦れた和彦が三田村の頭を抱き締めると、ようやくきつく吸い上げられ、心地よい疼きに体が震えた。
 顔を上げた三田村と 唇を啄み合い、舌先を触れ合わせる。戯れのようなキスを繰り返しながら和彦は、三田村の背にてのひらを這わせる。可愛がるよ うに虎の刺青を撫でていると、和彦の手つきに感じるものがあったのか、三田村が笑った。
「先生の手にかかると、俺の背中 の虎も、猫と一緒だな」
「ああ。ぼくに身を任せてくれるなら、虎も可愛い」
 和彦はそう囁くと、三田村の唇をそっと 吸う。三田村はちらりと笑ったが、次の瞬間には真剣な顔となり、和彦の唇を吸い返してきた。
 もっと甘い会話とキスを交 わしたかったが、この時間はあっという間に終わりを迎える。
 ふいに顔を上げた三田村が、枕元に置いた携帯電話を取り上 げ、時間を確認した。
「……先生」
 そう声をかけられて、体を引っ張り起こされる。和彦は熱っぽい吐息を洩らすと、 三田村にシャツのボタンを留めてもらう。
 濃厚な時間を過ごしたからこそ、別れは淡々としていた。寂しいという気持ちを 匂わせると、離れがたくなることを、二人はよく知っているのだ。
 ベッドに三田村を残し、和彦はマフラーを直しながら玄 関のドアを開ける。目の前に護衛の組員が立っており、さすがに動揺して声を洩らしてしまったが、一方の組員のほうは、何事も ないように澄ました顔で、和彦の手から荷物を受け取った。
 帰りの車の中で和彦は、クリスマスは終わったのだと、ぼんや りと実感する。
 ヤクザのオンナになってから、例年以上にクリスマスという日を楽しめたのは、皮肉なものだと思う。 同時に、和彦を気にかけてくれた男たちに対して、言葉にできないほど感謝もしていた。
 とにかく、楽しかったのだ。
 無意識のうちに唇に笑みを刻んだ和彦だが、実は、クリスマスはまだ終わってはいなかった。
 マンションに帰り、玄関に 足を踏み入れた和彦はすぐに異変に気づく。
 一瞬気のせいかとも思い、廊下を歩きながら鼻を鳴らすが、間違いない。自分 以外の誰かの、コロンの微かな残り香だ。
 もっとも、〈誰か〉とはいっても、和彦の記憶では、このコロンをつけている男 は一人しかいないのだが――。
 リビングのテーブルには、真っ赤なリボンが結ばれた箱が置いてあった。どうやら、クリス マスプレゼントらしい。
 一度はテーブルの前を素通りして、コートとマフラーを置いてこようかとも思った和彦だが、コロ ンの残り香に搦め捕られたように足が止まり、結局、テーブルに引き返す。
「……開けるのが怖いな」
 じっと箱を見下 ろしながら、ぼそりと呟く。
 プレゼントの贈り主は、箱の上にしっかりとカードを残していた。『先生へ』という短い一言 と、贈り主である男の名が記されている。
 長嶺組組長という物騒すぎる肩書きを持ったサンタクロースは、先日、『何かい いものを買ってやる』と言っていたが、口だけではなかったようだ。
 ソファに腰掛けた和彦は、おそるおそるリボンを解い て抜き取る。このとき気づいたが、箱の大きさに反して、重さはそれほどでもない。
 身構えていたのは最初だけで、すぐに 好奇心に駆られて箱を開けた和彦は、目を丸くする。
 箱に収まっていたのは、漆黒のコートだった。一目見て独特の妖しい 光沢に気づき、そっとてのひらで撫でてみたが、吸い付くように滑らかで柔らかい毛皮の手触りだ。和彦は慌ててコートを取り出 し、タグを確認する。
 驚くよりも、呆れてため息が出た。それでも、抱えたコートの感触は心地いい。
 毛足を短くカ ットしてあり、特別な加工が施されているのか、すぐにはわからなかったが、これはミンクのコートだ。デザインはいかにも男性 物だが、だからこそ、毛皮の柔らかさとのギャップに戸惑う。
 コートを撫でながら少しの間戸惑っていた和彦だが、気持ち に踏ん切りをつけると、立ち上がる。いままで着ていたコートを脱いで、プレゼントのコートに袖を通してみた。
 予想はつ いたが、軽く柔らかなコートは、違和感なく和彦の体を包んでくれる。
「ヤクザのオンナに、毛皮のコートなんて……、皮肉 のつもりか、あの男」
 小さく毒づいてはみるが、嬉しくないわけではない。ただ、一言で気持ちを言い表せるほど、単純で もない。
 和彦はコートを羽織ったまま、ソファに座り直す。
 和彦にとって特別な男たちは、その和彦に何を贈ったか 互いに知っているのだろうかと、ふと思った。
 三人の男たちのプレゼントは、和彦の足と手と体全体を飾るのだ。
 そ れとも、拘束具としての役割を果たすのか――。
 考えすぎかと、和彦は苦笑を洩らす。今夜はもうパジャマに着替え、中嶋 から贈られたワインを味わうことにする。
 三人の男たちからもらったクリスマスプレゼントを、愛でながら。









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