と束縛と


- 第15話(3) -


 神事に使うというだけあって、テーブルに並べられた漆器は、どれも華美な細工は施されてはいないが、だからこそ漆の塗りの 美しさが際立っている。
 和彦は、手にした紙に書かれている漆器の種類と、テーブルに並んでいる現物を一つ一つ確認する と、さっそく梱包に取り掛かってもらう。そして次に、正月用の屠蘇(とそ)飾りを選び、特注だという祝箸の箸袋の数を確認す る。
 大勢の人間が集まるというだけでなく、ヤクザの組長の本宅での年末年始ともなると儀式めいた行事もあるらしく、事 前の準備だけでも大変だ。
 長嶺組に長年仕えている組員たちが動いてはいるのだが、そこになぜか、和彦も加えられている。 ヤクザのしきたりなど知らないと訴えてはみても、誰も聞く耳を持たない。そのため雑事のいくつかは、和彦の裁量で進めている。
 賢吾から、『クリスマスが終わったら、うちの組の忙しさにつき合ってもらう』と言われてはいたが、まさに、その通りに なっている。遠慮なく、和彦は使われていた。
 年末らしく、大掃除ぐらいいくらでも手伝うつもりだったが、賢吾が和彦に 求めているのは、そういう役割ではなかったようだ。
 今いる和食器店を訪れる前に、デパートや問屋にも立ち寄って、年末 年始に必要なものをあれこれと買い込んできた。ヤクザといえども、物騒な日々ばかりを送っているわけではなく、それぞれに家 族がいて、家庭がある。そういった組員たちの事情が、渡された買い物リストを見ていると、よくわかる。
 組員が運転する 車で忙しく移動しながら和彦は、奇妙な充実感を味わっていた。人並みの――というのも語弊がある表現かもしれないが、とにか く、正月を迎えるための準備に自分が関わっているというのは、新鮮だ。
 賢吾としては、和彦が長嶺組の一員であることを 実感させるため、という思惑もあるのだろうが、一人蚊帳の外に置かれるより、よほどいい。
 明日、商品を受け取りに来る ことを告げて、店を出る。ごく自然な動作として、腕時計に視線を落とした和彦は、意識しないまま笑みを浮かべていた。左手首 にあるのは、三田村から贈られた腕時計だ。
 三田村と別れたのは一昨日の夜だというのに、すでにもう、恋しくなっている。 近くにいながら、次はいつ会えるかはっきりしないからこそ、この気持ちは強い。
 外の寒さに肩をすくめた和彦は、駐車場 へと急ぐ。組員が速やかにワゴン車のドアを開け、後部座席に乗り込んだ。
 車が走り出してすぐに、和彦の携帯電話が鳴る。 液晶に表示された名を見たとき、和彦は自分でも、複雑な表情になるのがわかった。
 いままでなら、迷わず嫌な顔をすると ころだが、電話の相手との関係は、そうわかりやすい反応を示すものではなくなったのだ。
「――……あんた本当に、働いて いるのか」
 開口一番の和彦の皮肉は、低い笑い声によって弾き返された。
『なんだ、俺の公務員としての将来を心配し てくれてるのか』
「刑事をクビになっても、あんたなら立派なヒモとしてやっていけそうだ」
『おう。ヤクザの組長のオ ンナに養ってもらうっていうのも、いいかもな』
 冗談じゃない、と口中で呟いた和彦は、乱暴にシートにもたれかかる。
「用件はなんだ」
『これから会いたい』
 鷹揚に応じるつもりだった和彦は、鷹津の言葉に呆気なく動揺する。この瞬間、 脳裏を過ったのは、吹きつけてくる雪の中で交わした、鷹津との口づけだった。
 あのとき和彦は、鷹津に対して嫌悪感を覚 えながら、それが肉の疼きにも似ていると気づかされたのだ。気のせいだと言ってしまうのは簡単だが、鷹津への認識が変わりそ うな危惧を持つには、十分な出来事だ。
『聞いてるのか』
 わずかに苛立ったような鷹津の口調に、我に返る。和彦は前 髪に指を差し込みながら、ウィンドーの外に目を向ける。冬の分厚い雲が空を覆っているため、薄暗く感じられるが、まだ昼間だ。 だが、昼食を一緒に、と鷹津が切り出すはずもない。
「……ぼくは今日は忙しい」
『奇遇だな。俺も忙しい』
「だっ たら――」
『その忙しい俺が、お前が一刻も早く知りたいだろうと思って、こうして連絡をしてやったんだぜ』
 思わせ ぶりな言葉に、すぐに和彦は反応した。
「実家のことか?」
 こう口にした途端、和彦の体内を不快な感覚が蠢く。
『会えるな?』
 念を押すように鷹津に問われると、返事は一つしかない。
 電話を切ったあと、まず和彦がしたのは、 三田村から贈られた腕時計を外すことだった。


 車道脇に車が寄ってすぐに乱暴にドアが開き、ふてぶてしい態度で鷹津が後部座席に乗り込んでくる。その様子を横目で一瞥し た和彦は、ふいっと顔を背けた。
 必要があってのことだとわかってはいるのだが、鷹津主導で物事が進み、それに自分が応 じるしかないというのは、複雑な気持ちだ。
「機嫌が悪そうだな」
 車が走り出すと、鷹津が揶揄するように声をかけて くる。
「あんたに会うために、わざわざ車を乗り換えた。刑事と密会するのは手間がかかる」
「手間をかけてまで、俺に 会いたかったんだろ」
 顔を背けたばかりだというのに、和彦はつい鷹津を睨みつける。勝ったとばかりに鷹津はニヤリと笑 った。
「……話なら、電話で済むだろ。こうして会わなくても――」
「ふざけるなよ、佐伯。俺は、タダ働きはしない。 刑事の立場で、ヤクザのオンナの犬になったのは、相応の餌をもらうためだ。今日はしっかりと、美味い餌を食わせてもらうから な」
 下卑た口調に嫌悪感を覚えながらも、胸の奥が妖しくざわつく。このざわつきがなんであるか、和彦にはわかっている。 わかってはいるが、今は認めたくなかった。そうではないと、まともに鷹津の顔を見られない。
 鷹津に会うことは賢吾に報 告済みだが、さすがに電話で直接告げることはためらわれ、メールを送っただけだ。いまだに返信はないが、チェックしていない ということはないだろう。
 ここで鷹津が馴れ馴れしく肩を抱いてくる。和彦は反射的に運転席に視線を向けるが、組員は前 を見据えたままだ。ただし、賢吾が一緒のときは、自分の存在感を消そうとする組員が、鷹津に対しては警戒心を隠そうともして いない。
 和彦が賢吾に何も言わなくても、組員が詳細に報告してくれそうだ。
「――それで、何かわかったのか」
 あえて素っ気ない口調で問いかけると、あごを掴まれ、強引に鷹津のほうを向かされた。
 ドロドロとした感情の澱が透け て見える鷹津の目には、興奮による熱っぽさが宿っていた。あからさまな欲望を示されるよりも生々しさを感じてしまい、密かに 和彦はうろたえる。
「なんだ……」
「人と話すときは、しっかり顔を見ろよ」
「……見てもらいたいなら、ひげぐら い剃って、身ぎれいにしてこい」
「俺のひげを気にかける奴なんて、お前ぐらいだろ」
 無精ひげが生えたあごを撫でて、 ぼそりと鷹津が呟く。妙な言い方をするなと思いつつ、和彦は厳しい表情で促した。
「わかったことを早く言え。言う気がな いなら、次の信号でさっさと車から降りろ」
「年末時期は、組長のオンナも忙しそうだな」
「あんたは暇そうだ」
「俺は、忙しいぜ? 刑事の仕事の合間に、餌をもらうためにせっせと探偵ごっこをしてるんだから」
 次の瞬間、鷹津の唇 が耳元に寄せられた。
「――お前の兄貴が、国政選挙に出馬する、という噂があるようだ」
 鷹津の言葉を頭の中でじっ くり反芻してから、和彦は目を見開く。その反応に満足したように、鷹津は唇を歪めるようにして笑った。
「佐伯家と昵懇の 間柄と言われる大物政治家が引退を考えていて、その地盤を継がせたがっているらしい。お前の兄貴なら血統的に問題はないし、 官僚としての実績も十分。写真を見たが、お前によく似たとびきりの色男だった。そのうえ父親は、審議官ポストにいる高級官僚 だ。〈勉強会〉なんてものを開いて、子飼いの官僚も多いらしいな。影響力を持った大物二人は、さぞかし話も合うだろう」
「……噂としてなら、おもしろい話だな」
「事実だとしたら、もっとおもしろいか? このネタは、昔馴染みの新聞記者から 聞き出した。噂だとしても、なかなかの精度だと思うぜ」
「そうだとしても、ぼくには関係ない」
 半ば強がりのように 言った和彦だが、鷹津には見抜かれていた。
「やっぱり気になるか? 自分の実家の動きが」
 和彦は鋭く睨みつけたが、 かまわず鷹津は言葉を続ける。
「国政に打って出るなら、エリート一家としては、一人だけ疎遠になっている次男のことが気 になるはずだ。その次男は所在不明となり、なおかつ自分から身を隠している節がある。そして、トラブルに巻き込まれている匂 いがプンプンする――」
「あんた、他人事だと思って、おもしろがってるだろ」
「完全に他人事とは言えない。一応俺は、 お前の番犬だからな」
 鷹津が顔を寄せてきたので、和彦は押し退けようとする。思いがけないことを告げられて、少し気持 ちが混乱していた。すぐにでも落ち着いた場所で考えを整理したいところだが、サソリに例えられるほど嫌な男は、そういった気 遣いを一切してこない。
 まずは、自分の欲望を果たすのが先だと言わんばかりに、和彦のあごを掴み上げ、威圧的に迫って きた。
「お前のために情報を取ってきてやったんだ。賢い番犬だろ? なんなら、少し遅れたクリスマスプレゼントと思って くれてもかまわねーぜ」
「……自分で言うな。しかも、しっかり見返りを求めるくせに、何がプレゼントだ」
「当たり前 だろ。さっきも言ったが、俺はタダ働きはしない」
 こんな会話を交わしながら和彦は、これから数時間は身動きが取れなく なることを覚悟していた。
 働いた番犬には、褒めて、餌を与えなければいけない。そう自分に言い聞かせて、鷹津に抱き寄 せられ、唇を塞がれた。
 痛いほど激しく唇を吸われ、口腔に舌が押し込まれる。小さく呻き声を洩らした和彦は、さすがに この場では自重するよう諌めたかったが、頭を抱え込まれるように深い口づけを与えられると、何も言えない。肩を押し退けよう としても、無駄だった。鷹津は、飢えた獣そのものだ。
「ふっ……」
 口腔深くまで犯そうとするかのように鷹津の舌が 蠢き、感じやすい粘膜を舐め回される。吐き気がするような強烈な肉の疼きが、和彦の体の中で暴れ始めていた。


 鷹津の気遣いは、よくわからないところで発揮されると、自販機のボタンを押しながら和彦は、心の中で呟く。
 ミネラル ウォーターのペットボトルを取り出して、ついでにフロントに視線を向ける。チェックインの手続きを終えた鷹津が、部屋のキー を受け取るところだった。
 車中では欲望を抑えきれないようだったが、さすがに多くの人目があるところでは、そんな気配 を微塵もうかがわせない。そのため、少しばかり柄の悪い、身を持ち崩した男にしか見えない。顔立ちそのものは悪くないだけに、シ ニカルな雰囲気も含めて、鷹津に惹かれる女も少なからずいるだろう。世の中には、一定数の物好きはいるものだ。
 努めて 客観的に鷹津を分析しながら和彦は、二本のペットボトルを抱える。部屋のキーを振りながら鷹津がエレベーターホールのほうに 向かい、和彦も他人のふりをしながらあとに続く。
 エレベーターに乗り込んで二人きりになると、和彦はぼそりと洩らした。
「……わざわざ、きちんとしたホテルに部屋を取らなくてもよかっただろ」
「ラブホテルでよかったか?」
「あんた なら、そうすると思った」
「ヤクザの組長のオンナを、組員が見ている前で、ラブホテルに連れ込むのも悪いかと思って な。――お前を、安く扱いたくない」
 冗談なのか本気なのかわからない口調で、鷹津は言い切る。そんな鷹津を横目で見つ めながら、和彦はもう一度心の中で呟く。
 鷹津の気遣いは、よくわからないところで発揮される、と。
 だが、鷹津の 気遣いなど、所詮はささやかなものだ。そのことを、部屋に連れ込まれ、ベッドに押し倒されて和彦は思い知らされた。
 ま るで辱めるように手荒く下肢を剥かれ、続いてワイシャツの前を開かれたところで、鷹津がわずかに目を細める。その反応の意味 がすぐには理解できなかった和彦だが、胸元にてのひらを押し当てられたところで、カッと体が熱くなった。
 慌てて身を捩 ろうとしたがすでに遅く、乱暴に肩を押さえつけられる。
「たっぷり男に愛されました、って体だな。まだこんなに派手なキ スマークが残ってるってことは……クリスマスか?」
 和彦は、ワイシャツを脱がされながら顔を背ける。
「……あんた には、関係ない」
「相手は長嶺か? それとも、その息子――、いや、お前の〈オトコ〉か」
「うるさい……」
 低 く笑い声を洩らした鷹津にベロリと胸元を舐め上げられ、不快さに鳥肌が立つ。肌を這う濡れた感触が気持ち悪く、すぐにでもシ ーツで拭いたい衝動に駆られる。身を強張らせる和彦にかまわず、鷹津は肌を舐め回していたが、ふいに、きつく吸い上げてきた。
 一度ではなく、何度も同じ行為を繰り返されているうちに、和彦は鷹津の行為の意味を知る。三田村が残した愛撫の痕跡を 辿り、その上から自分の痕跡を刻みつけているのだ。
 思わず鷹津を睨みつけたが、反応が気に入らないとばかりに腕の付け 根に噛みつかれたあと、傲慢に唇を塞がれた。
 口腔に鷹津の唾液を流し込まれ、コクリと喉を鳴らして飲んでしまう。その まま口腔を舌で犯されているうちに、和彦は狂おしい情欲の高まりを覚えた。
 鷹津と交わす口づけも、肌に触れられる感触 も、最初はひどく抵抗感があるのだ。だが厄介なことに、その抵抗感が妖しい媚薬として、溢れるような官能を生み出す。
  唇を離したあと、和彦が息を乱しながらもおとなしくしていることに満足したのか、体を起こした鷹津がブルゾンを脱ぎ捨てる。 引き締まった上半身が露になるところまでは見ていられた和彦だが、さすがに、すでに高ぶった欲望を見せられたときは、慌てて 顔を反らす。
「いまさら初めて見たものじゃないだろ。初心な小娘みたいな反応をするな」
 和彦の反応をそうせせら笑 った鷹津は、その高ぶりを腿に擦りつけてきた。和彦は睨みつけ、吐き捨てる。
「嫌な男だなっ」
「なんとでも言え。お 前は、その嫌な男のものを、もうすぐ尻に突っ込まれるんだ」
 鷹津に片足を抱えられ、内奥の入り口をいきなり指でまさぐら れる。呻き声を洩らした和彦は上体を捩りながらシーツを握り締めた。
 唾液で濡らされた指が内奥に挿入され、蠢く。和彦 の内奥は、まだ感じやすいままだった。一昨日、三田村のものを受け入れて丹念に愛されたばかりだ。頑なさを取り戻してはいて も、体は、与えられた肉の悦びをしっかりと覚えている。
 すぐに指の数が増やされ、内奥を擦り上げられて、解される。粘 膜と襞をじっくりと撫で回されて、たまらず和彦は妖しく腰を揺らしていた。
「はっ……、あっ、あぁ――」
 ゆっくり と指が引き抜かれそうになり、無意識のうちに締め付ける。忌々しげに鷹津が呟いた。
「本当に、いい締まりだな。絞り上げ るように、指に食いついてくる」
 両足を開かれて、鷹津の逞しい腰が割り込まされてくる。乱暴に髪を掴まれて唇を塞がれ たが、和彦は軽く抵抗しただけで、すぐに口腔に鷹津の舌を受け入れ、求められるまま絡め合っていた。
 熱く硬い鷹津のも のが、内奥の入り口に擦りつけられる。和彦が喉の奥から声を洩らすと、鷹津は薄く笑った。
「早く突っ込まれたくて、たま らないみたいだな」
「……都合よく、解釈するな……」
「少なくとも俺は、早く突っ込みたくてたまらない」
 明け 透けな鷹津の言葉に、和彦は瞬きも忘れて見つめてしまう。すると鷹津が再び唇を塞いできたので、今度は和彦から唇を吸ってや り、口腔に舌を差し込む。濃厚な口づけを交わしながら、鷹津のものを内奥に受け入れていた。
 何度となく突き上げられ、 襞と粘膜が強く擦り上げられる。蹂躙されているといってもいい。和彦は苦しさから声を上げるが、すべて鷹津の唇に吸い取られ た。
 これ以上なくしっかりと繋がったとき、ようやく鷹津が唇を離し、和彦は思いきり息を吸い込む。このとき、内奥深く で息づいているふてぶてしい熱の存在を、強く意識させられた。
 和彦はためらいながらも、間近に寄せられた鷹津と唇を触 れ合わせ、吐息を交わす。鷹津は、内奥の感触を味わうように緩やかに腰を動かし、奥深くを突いてくる。苦痛はあっという間に 溶けてしまい、深い肉の悦びが生まれた瞬間だった。
「あぁっ――……」
 声を上げた和彦が胸を反らすと、鷹津は大き く腰を突き上げ、内奥深くを抉ってくる。
「お前のオトコは――三田村と言ったか、そいつも、こんなふうに攻めてくれる か? 奥を突いてやると、尻をビクビクと痙攣させて、感じまくる。あとは……、中に出されるのも好きだよな。男のくせに、男 の精液を尻に出されて悦ぶなんて、お前は本当に、淫乱だ」
 話しながら鷹津は、力強い律動を内奥で刻む。和彦を言葉で辱 めながら、鷹津自身が興奮しているようだった。
 和彦は悲鳴に近い声を上げながら、容赦ない鷹津の攻めにのたうち、悶え る。悔しいが、やはり感じてしまうのだ。
 両足を恥ずかしげもなく左右に大きく開いた格好では、中からの刺激によって反り 返り、先端から透明なしずくを滴らせるものも隠しようがない。すべて、鷹津に観察されていた。
 勝ち誇ったように鷹津が 笑みを浮かべ、顔に息もかかる距離で囁いてくる。
「ずいぶん苦しそうだな、佐伯」
「……う、るさ……い」
「触っ てやるぜ? お前が感じてくれたほうが、お前の尻も、ますます締まりがよくなるからな」
 和彦が唇を噛んで睨みつけると、 鷹津は気を悪くした様子もなく、それどころか、胸の突起を激しく吸い始めた。
「あっ……」
 凝った突起に歯が立てら れ、扱くように引っ張られる。痛みとも疼きとも取れる感覚に、和彦は身悶える。すかさず内奥深くを突き上げられたとき、快感 に一瞬息が止まる。
 もう一度唆されるまでもなく、和彦は喘ぎながら鷹津の片手を取り、自分の下肢へと導く。鷹津は焦ら すことなく和彦のものを握り締め、手荒く扱いてくれた。
「んあっ、あっ、あっ、い、いいっ――」
 前後から押し寄せ る強烈な快感に、呆気なく和彦は絶頂を迎える。精を迸らせ、自分の下腹部を濡らしていた。
「派手にイッたな。よかった か?」
 激しく息を喘がせる和彦に、鷹津がそう声をかけてくる。ここで睨みつけるのは、鷹津の言葉を裏付けるだけだと思 い、ささやかな仕返しをしてやった。鷹津の少し乱れたオールバックの髪を、指でくしゃくしゃと掻き乱してやったのだ。
  驚いたように目を見開いた鷹津だが、すぐにニヤリと笑い、淫らな収縮を繰り返す内奥を乱暴に突き上げてきた。
「あうっ」
「次は、俺の番だな」
 和彦の体の上で、再び鷹津が動き始める。すでに、鷹津に対して従順になっている襞と粘膜は、 行き来する逞しいものに絡みつき、吸いつく。体はとっくに、鷹津を受け入れているのだ。それどころか、和彦の気持ちも――。
 奥深くを間断なく突き上げられ、波のように肉の悦びが押し寄せてくる。狂おしい快感に乱れながら和彦は、ただ本能的に 鷹津の背に両腕を回し、しがみついていた。
「うっ……ぁ、んうっ、うっ、はうっ……、うっ」
 刺青のない背を撫で回 し、爪を立てる。内奥で、鷹津のものが震えたような気がした。閉じた瞼の裏で鮮やかな閃光が走り、その光に酔ってしまいそう で目を開けると、思いがけず間近に鷹津の顔があった。
 吸い寄せられるように見つめ合っていたが、自然な流れで唇が重な り、そのまま夢中で吸い合う。
 余裕のない口づけの最中、鷹津は内奥深くにたっぷりの精を放った。
 和彦は鷹津の下 で身を震わせ、男を受け入れ、精を受け止めた悦びに浸る。相手が誰であろうが、このときに得る悦びの深さは変わらない。
「――お前のオトコも、こうして感じさせてくれたか?」
 唐突に鷹津に問いかけられ、和彦はぼんやりとしながらも応じる。
「ああ」
「俺相手にも、感じたな?」
「……ああ」
「性質が悪いオンナだな。ヤクザと刑事を手玉に取って、こ うも平然としていられるなんて」
 和彦は鷹津を見据えると、低い声で告げた。
「ぼくは、あんたのオンナじゃない。そ れに三田村は、ぼくの〈オトコ〉だ。あんたは、〈番犬〉。立場の違いははっきりさせておいてくれ」
「そういうことを、こ の状況で言えるってのが、やっぱり性質が悪いんだ。――なあ、俺のご主人」
 嫌な男だと思いながらも、鷹津に緩く腰を動 かされると、感じてしまう。
 小さく悦びの声を上げた和彦は、求められるまま鷹津と舌を絡める。まだひくついている内奥 は、新たな快感の訪れに歓喜するように、逞しい欲望をきつく締め上げ、鷹津を呻かせた。


 鷹津は、貪り尽くそうとするかのように、和彦を抱いてくる。欲望に歯止めがかからなくなり、ただひたすら、求めてくるのだ。
 時間の制限というものがなければ、賢吾より先に、鷹津に抱き殺されるかもしれない。
 自分の上で動く鷹津を見上げ ながら、和彦はそんなことを考える。すると、和彦の視線に気づいたのか、鷹津に手荒く頬を撫でられ、唇を吸われた。同時に、 内奥深くをゆっくりと突かれ、快感が背筋を這い上がってくる。
「あっ……、はあぁっ」
「もっと感じたいなら、また裸 にひん剥いてやろうか? それこそ、全身を舐め回してやるぜ。好きだろ、舐められるの」
 そんなことを言いながら、鷹津 の片手がワイシャツの下に入り込もうとする。和彦は懸命にその手を押し返した。
「時間が、ないんだっ……。もう、ロビー に下りないと――」
「組員なんて、待たせておけばいいだろ」
「あんたと違って、こっちは予定がある」
「……組長 のオンナは、忙しいことだな」
 和彦が睨みつけると、鷹津は鼻先で笑う。上体を起こして和彦の両足を抱え直すと、衰える ことのない力強い律動を内奥で刻み始めた。和彦は甲高い声を上げ、仰け反りながら頭上のクッションを握り締める。
 鷹津 と体がドロドロになるほど求め合ったあと、和彦はシャワーを浴びる時間も惜しくて、手早く後始末だけを済ませてスーツを着込 んだのだが、その姿が鷹津の何かを刺激したらしい。再びベッドに引っ張り込まれて下肢だけを剥かれ、貫かれた。
 内奥で、 興奮した鷹津のものが脈打っている。その逞しいもので突き上げられるたびに、和彦の体は悦びに震える。
「あっ、あっ、い っ、い、ぃ……」
「本当に、ムカつくぐらい、快感に脆い体だな。ここなんて、涎を垂らしっぱなしだ」
 身を起こして 震える和彦のものに鷹津の手がかかり、先端をヌルヌルと撫でられる。鋭い快感に息を詰めると、鷹津が乱暴に腰を突き上げた。
「あうっ」
 先端に爪を立てて弄られ、和彦は身をしならせながら嬌声を上げ、再び内奥を突き上げられて、精を噴き上 げた。
 鷹津が楽しげに目を細めてから、ゆっくりと腰を動かし始める。その動きはすぐに余裕のないものとなり、察するも のがあった和彦は、なんとか声を上げる。
「中は、嫌だっ……」
「いまさら何言ってる。さっき出しただろ」
「すぐ に部屋を出ないと行けないんだ」
 聞く気があるのかないのか、鷹津は返事をしない。和彦は熱い体の下から抜け出そうとし たが、もちろんそれは不可能だ。もう抗議の声も上げられず、ただ鷹津を睨みつける。そんな和彦をおもしろがるように見下ろし ていた鷹津だが、ふいに顔を寄せてきた。
 不思議な感じだった。一昨日、三田村と求め合って体を重ねたばかりの自分 が、〈嫌な男〉そのものの鷹津と、今はこうして繋がっている。反発心や嫌悪感もねじ伏せて、感じているのだ。
「――……嫌 な、男だ……」
 ぽつりと和彦が呟くと、鷹津はニヤリと笑う。
「俺にとっては褒め言葉だな」
「ぼくは本気で言っ てるんだ」
「ああ、そうだな」
 鷹津に唇を啄まれ、促されるまま差し出した舌をきつく吸ってもらう。律動の激しさに、 たまらず和彦は鷹津にしがみついていた。
 鷹津が一際大きく腰を突き上げた次の瞬間、内奥から一気に熱いものが引き抜か れる。下腹部に生温かな液体が飛び散る感触があり、何が起こったのか和彦は理解した。
 大きく息を吐き出しながら、突然 快感が去った余韻でビクビクと震える体を、鷹津に抱き締めてもらう。
「……一応、ぼくの意見を聞く耳はあるんだな」
 奇妙な羞恥が湧き起こり、それを誤魔化すように和彦が言うと、耳元で鷹津が笑った。
「俺だって、お前に嫌われたくない からな」
 この言葉は、鷹津なりの冗談として受け止めておくことにする。
 緩慢な動きで体を離した鷹津が、ティッシ ュペーパーで下肢の汚れを拭ってくれる。和彦はその間、仰向けになったまま動けなかった。体中の力を、奪い取られたようだ。
 それでも、組員からかかってきた電話に出たあとは、機械的に体を起こして身支度を整える。鷹津は、煙草に火をつけてい た。
「俺はもう少しここでサボらせてもらう」
「部屋代を支払ったのはあんただから、ご自由に」
「あとで請求書は、 長嶺に回してやる」
 ジャケットを羽織った和彦は、なんとも鷹津らしい言葉に思わず声を洩らして笑ってしまう。すると、 意外そうな顔で鷹津がこちらを見ていた。和彦は急に気恥ずかしさに襲われ、マフラーとコートを取り上げると、半ば逃げるよう に部屋を出た。


 自宅に戻ったらすぐにシャワーを浴びるつもりだったが、疲れ果てた和彦は、一度ソファに腰掛けると、なかなか立つきっかけ が掴めなくなっていた。
 スーツから着替える気力もなく、背もたれに頭をのせて天井を見上げる。
 体の奥でまだ、鷹 津の熱い欲望が蠢いているようだった。ほんの一時間ほど前まで、ホテルの一室で絡み合っていたというのに、まるで現実感が乏 しい。なのに体には、しっかりと痕跡が残っているのだ。
 前髪に指を差し込んだ和彦は、どうして今日、突然鷹津に会うこ とになったのか、その理由を考える。起こった出来事を一つずつ遡ってから、大事なことを思い出した。
 慌てて姿勢を戻し た瞬間、飛び上がりそうなほど驚いた。
 いつからそこにいたのか、賢吾がリビングのドアのところに立っていたのだ。楽し げに口元を緩め、和彦を見つめていた。
 偶然、賢吾がこの場に現れたということはない。和彦の行動を逐次、組員から報告 させていれば、こうやってタイミングよく現れるのは容易だ。おそらく、今日一日、和彦が何をしていたか、すべて把握している だろう。
 その証拠に、賢吾は開口一番にこう尋ねてきた。
「――鷹津はなんと言っていた?」
 心臓がじわじわと 締め上げられるような息苦しさを覚え、和彦は短く息を吐き出す。賢吾は目の前に立っているが、見えない大蛇は、しっかりと和 彦の体に巻きついていた。
「実家の、ことで……。兄が、国政選挙に出馬するかもしれない、という話だ」
「落ちぶれて も、刑事だな。そういう情報を仕入れてくるってことは。俺の可愛いオンナを喜ばせようと思って、あいつもがんばったのかもな」
 おもしろがるような賢吾の口調にわずかな反感を覚え、和彦は軽く睨みつける。しかし、口調とは裏腹に、賢吾は何事か考 え込む表情をしていた。和彦と目が合うと、薄い笑みを向けてくる。
「どう思う、先生?」
「どうって……」
「もし 仮に、選挙云々という話が事実だとして、佐伯家が先生を捜す理由は何が思い当たる? 弟に、兄の出馬のことを伝えたいだけな のか、兄の輝かしい将来のために、連絡も寄越さない弟の身辺調査をしたいのか。単に、行方知れずの弟を心配しているだけか も――」
「わからないっ」
 思わず大きな声を出した和彦はすぐに我に返り、唇を噛む。
 本当に、わからないのだ。 佐伯家の人間の考えることは、和彦にはわからない。和彦は常に、父親が決めたことを押し付けられ、それに逆らうことは許され ない生活を送ってきた。実家を出て何年も経つというのに、いまさら、あの家の思惑に振り回される気はなかった。
「……兄 が国会議員になろうが、なんだろうが、勝手にすればいい。ぼくには関係ない」
「先生がそのつもりでも、佐伯家はどうだろ うな」
 和彦がすがるように見つめると、賢吾は大仰に肩をすくめる。
「年が明けたら、佐伯英俊の動向を集中的に探ら せる。出馬する気があるなら、嫌でも利害関係者は動くし、勤務先でも、何かしら動きがあるだろ」
「そんなことまでわかる のか?」
「やりようはある。意外なところに、ヤクザは食い込んでいるもんだぜ」
 少しふざけたような賢吾の口調に、 和彦はちらりと笑ってみせる。
 すぐ側まで歩み寄ってきた賢吾が頭を撫でてくれた。
「先生は、俺たちが守ってやる。 心配しなくていい」
「ぼくを、卑怯な手を使ってヤクザの世界に引きずり込んだぐらいだ。そうじゃなかったら、許さない」
「――本当に、可愛いオンナだ。お前は」
 魅力的なバリトンを響かせての賢吾の言葉に、体の奥が疼く。あごの下 をくすぐられて、和彦は喉を鳴らした。
 和彦の唇を指先で軽く擦り、世間話でもするように賢吾が問いかけてきた。
「鷹津とのセックスはいいか?」
 賢吾の指先をそっと吸って、和彦は正直に答える。
「ああ……。体が馴染んできた」
「先生の体と馴染まない男なんているのか? 俺は最初の一回で、骨抜きになった」
 こんな言葉を本気で受け止めるの もどうかと思ったが、和彦は、自分の顔が熱くなるのを感じた。
 賢吾に手を取られて立ち上がると、肩を引き寄せられ、そ のまま抱き締められた。和彦はおとなしくされるがままになる。
「今日から、正月のバカ騒ぎが落ち着くまで、本宅で過ご せ。〈家族〉でにぎやかに、正月を迎えるんだ。ヤクザばかりだが、案外、楽しいぞ」
 賢吾の背に両腕を回した和彦は、静 かな喜びを感じながら頷いた。









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