実家に住んでいる頃、和彦にとっての年末年始は、とにかく息苦しいものだった。大勢の大人が出入りして、そのたびに和彦と
兄は引っ張り出され、堅苦しい挨拶を繰り返していた。
子供心に楽しい思い出はなく、高校生の頃には、予備校の合宿のた
め、大晦日も正月も実家にはいなかった。
もっとも、その合宿を申し込んだのは、母親だったが――。
和彦が年末年
始を楽しむ術を知ったのは、医者になってからだ。一人でふらふらと出歩いたり、そのときつき合っている〈男〉がいれば、とも
に旅行に出かけたり。
ただ、誰かの家で過ごすということだけは、なかった。そうやって過ごすのは退屈だと、意識に刷り
込まれていたのかもしれない。
ダイニングのテーブルに肘をつき、子供の頃の無味乾燥な思い出に浸りながらも、和彦の視
線は忙しくあちこちに動いていた。
そんな和彦の様子が、組員にとってはおもしろいらしい。組員に、笑いながら話しかけ
られる。
「――先生、さっきからずっと眺めてますけど、楽しいですか?」
目の前にお茶が出され、礼を言った和彦は、
湯飲みの縁に指先を這わせる。
「楽しい。大きな図体の男たちが、甲斐甲斐しくキッチンを行き来して、おせち料理を作って
いるんだ。なんだか、見ているだけでワクワクしてくる」
「うちの組では、おせちは二種類あるんです。料亭に頼む分と、こ
うして賄い係が総出で作る分が。料亭のおせちは、客人に振る舞うんですが、ここで作ったおせちは、組員たちで食べます。長嶺
組のしきたり、というやつです」
「いいんじゃないか。そういうのは……、好きだ」
「今晩の年越しそばも期待してくだ
さい。今、ダシを取っているところなんです。下手なそば屋より美味いですよ」
楽しみだ、と答えて、和彦は声を洩らして
笑ってしまう。
大晦日の朝早くから長嶺の本宅はにぎやかで、客間にいても人の足音や話し声が聞こえてきた。年末の浮き
足立つような空気に、和彦のほうもなんとなくソワソワしており、こうして朝からダイニングに居座って作業を眺めていたという
わけだ。
ここで朝食も済ませたが、ダシのいい匂いが漂っているおかげで、普段以上に食が進んだ。
ヤクザの組長の
本宅で、いつになく充実した年末を過ごすというのも、妙な感じだった。いろいろと仕事を任されて慌しくしているのだが、その
忙しさすら、充実感に繋がっている。賢吾の思惑通りに進んでいるようでなんとなく悔しい一方で、この組の一員なのだと、強く
実感させられているところだった。
あちこちにドロリとした闇が潜み、いつ深い穴に転がり落ちても不思議ではない物騒な
世界だが、人間同士の結束が固く、利害が絡んでいるにしても、和彦を大事に守ってくれるこの場所は、居心地がいい。
い
つまでここで過ごせるのだろうか――。ふっとそんなことを考えてしまい、和彦は小さく身震いする。そう考えることが、ひどく
不吉であると思ったのだ。
今はただ無邪気に、年越しを控えた熱っぽい高揚感に浸っていたい。
つい難しい顔になっ
てしまいそうになるが、そんな和彦に組員が、作りたての伊達巻を味見させてくれる。
次は栗きんとんを食べてみますかと
話しかけられていると、一人の組員がダイニングにやってきた。賢吾が呼んでいると言われ、和彦は席を立つ。
案内された
のは、大広間だった。普段は使われない座敷があるのは知っていたが、足を運ぶのは初めてだ。いくら寛ぐことを許されている和
彦とはいえ、長嶺組組長の本宅だ。ヤクザの領域ともいえる場所を歩き回るのは、さすがに気後れするし、やはり組員たちに遠慮
もしてしまう。そのため、この本宅での和彦の行動範囲は、案外狭く、限られていた。
障子を開け放っている大広間に足を
踏み入れると、新しい畳特有の匂いが鼻先を掠める。広々とした座敷で、壁は白い布で覆われていた。ゆっくりと座敷を見回した
和彦が最後に視線を向けたのは、上座だ。
こちらに背を向けて、黒のスラックスにワイシャツ姿の賢吾が立っていた。スッ
と背筋を伸ばしている後ろ姿は、それだけで圧倒的な存在感を放ち、凄みがある。ワイシャツの下には、禍々しくも艶やかな大蛇
が息づいているのだと思うと、和彦は静かに息を呑むしかない。
ふいに賢吾が振り返り、手招きしてくる。和彦は吸い寄せ
られるように歩み寄った。
「……何か、用か」
「先生に、祭壇作りを手伝ってもらおうと思ってな」
「祭壇?」
「昼から、うちの組の若頭補佐以上の者や、親睦組織の幹部連中が集まって、同志会を行う。まあ簡単に言うなら、今年の総括を
やって、来年もよろしく頼むと、俺が挨拶するんだ。そういう儀式のとき、祭壇は必須だ。組長の上にいるのは神だけ――という
形式を取るために」
不遜だ、というのは簡単だが、ヤクザの世界にハッタリは必要だ。それがわかったうえで、男たちはし
きたりを守っているのだ。
上座の壁には、三軸の掛け軸が掛けられている。そこに描かれているのが、賢吾の言う神なのだ
ろう。物の良し悪しの判断は和彦にはできないが、掛け軸をかけてあるだけだというのに、大広間の空気がピリッと引き締まって
感じる。
「手伝うのはかまわないが……、組員でもないぼくが手を出していいのか?」
「ヤクザの手に比べたら、先生の
手なんざ、まっさらの絹布みたいにきれいだろ。うちの組の守り神さんも、先生に手伝ってもらうほうが喜びそうだ。大した
仕事じゃない。ただ、運ばれてくる品物を、上座に並べていくだけだ」
そういうことならと、和彦は頷き、賢吾とともに祭
壇作りを始める。
神酒に徳利・盃、盛り塩を配していると、見事な大皿が運び込まれてきたが、この皿にはあとで鯛を置く
そうだ。
年末の同志会の場合、大広間の飾りつけは仰々しくはあっても派手ではいけない。だが、年が明けると様相は一変
する。今度は組員たちとの新年会のために、壁に屏風が並び、新年用の華やかな飾りや献納品が上座を彩る。そんな説明を賢吾か
ら受けている間に、組員たちが大広間に座布団を並べていく。
「昼前には、強面の男たちがぞろぞろやってくるから、そいつ
らに物珍しさで詮索されたくなかったら、先生は二階に避難しておいていいぞ。俺も打ち合わせや着替えがあるから、相手をして
やれないしな」
「……ぼくは一人遊びもできない子供かっ」
和彦が声を潜めて抗議すると、賢吾は意味ありげにニヤニ
ヤと笑う。これが、寸前までヤクザのしきたりについて語っていた男の顔かと思うほど、見事な変わり様だ。
「夕方まで、ゆ
っくり過ごせばいい。ただし、外には出るなよ。同志会を警戒して、警官がうじゃうじゃ張り込んでいるからな。本宅の空気もピ
リピリする。だがそれも、夕方までだ。あとは内輪で大宴会だ。先生ももちろん、参加しろよ。――三田村も顔を出すからな」
反応を見られていると知り、和彦はつい険しい視線を賢吾に向ける。
「ぼくを試すような物言いは、好きじゃない」
「大目に見てくれ。先生と三田村の仲のよさを、妬いてるだけなんだから」
「――……大晦日に、槍でも降らせる気か、あん
たは」
似合わないことを言うなと、遠回しに窘める。だが本当は、賢吾の言葉に内心で動揺したことを、誤魔化したにすぎ
ない。
和彦の虚勢など見抜いているのか、賢吾はわずかに目を細めると、もう行っていいと軽く手を振った。助かったとば
かりに和彦は、急いで大広間をあとにした。
賢吾の言葉通り、夕方までは二階に上がって過ごす。
これまでの忙しさ
とは打って変わって、非常に静かな――退屈な時間だ。そもそも、これが本来の過ごし方であり、いままでが異常だったのかもし
れない。本宅に泊まり込んで数日経つが、客間で休むとき以外は常に側に人がいた。
ただ、普段であれば和彦にまとわりつ
いてくる千尋は、総和会の行事のために、和彦が本宅にやってきたのと入れ違いで、祖父宅に泊まり込んでいる。さすがに今日は
帰ってくるらしいが、何時になるかは不明だ。
一階からときおり聞こえてくる、男たちの野太い声や、拍手の音に、同志会
とはどんなものなのか気になりつつも、和彦はあることを考えていた。
兄である英俊の、国政選挙出馬の噂についてだ。事
実かどうかは、家族なのだから電話をかけて確認すればいいのだが、ヤクザとはまた違う、一癖も二癖もある佐伯家の人間が素直
に話してくれるとも思えない。
自分のことさえ放っておいてくれるなら、英俊が政治家になろうが、官僚として出世しよう
が、和彦にはどうでもいい。むしろ、こうしてヤクザの組長の〈オンナ〉になった今、放っておいてくれるほうがありがたい。
ひとまず、なんらかの防衛策を取るなら、年が明け、賢吾が佐伯家の情報を集めてくれてからだ。
実家のことを考え
るだけで気分が滅入りそうになるが、絶妙のタイミングで組員が和彦を呼びにくる。
みんな揃ったので、晩メシにしましょ
うと。
なんだか救われた気持ちになり、和彦はいそいそと立ち上がった。
人の熱気にあてられたのか、のぼせているようだった。それに、軽く酔っている。
和彦は火照った頬を軽く擦り、ほっと
息を吐く。夜の外気は凍えるほど冷たく、吐き出した息が白く染まる。ただ、澄み切った空気を感じるのは、心地よかった。
中庭に置かれたテーブルに一人ついた和彦は、ゆっくりと周囲を見回す。少し前まで、一階のあちこちから、にぎやかな話し声
が聞こえてきて、頻繁に人が出入りしていたのだが、今はもう、落ち着きを取り戻しつつある。
どれだけ宴会が盛り上がろ
うが、組長宅に遅くまで留まるのははばかられるし、何より、年が明ける瞬間は、自宅で、もしくは家族と一緒に迎えたいのかも
しれない。
「――この家なら、部屋にいても除夜の鐘は聞こえるはずだ、先生」
引き戸を開ける音に続いて、低く抑え
たハスキーボイスが語りかけてくる。ハッとして和彦が視線を向けた先では、コートを腕にかけたダークスーツ姿の三田村が立っ
ていた。
「いつまでもこんな寒いところにいたら、風邪を引く」
三田村に片手を差し出され、自然に笑みがこぼれる。
すぐに立ち上がった和彦は、三田村の元に歩み寄った。
「夕飯のあと、姿が見えなくなったから、もう帰ったのかと思った」
「別室で、他の補佐たちと連絡会をやっていた。年末だけは、組長の本宅で酒を飲みながらやるんだ」
「しきたり、か?」
「みたいなものだな」
サンダルを脱いだ和彦は、三田村に手を引かれるまま廊下に上がる。このとき、何かに気づいた
のか、三田村にきつく指先を握られた。
「三田村?」
「指が冷たくなってる」
「ああ、これから風呂に入って温まる。
それからお酒でも飲みながら、のんびりと除夜の鐘が鳴るのを待つんだ」
優しい目となった三田村が、周囲の様子をうかが
ってから、そっと和彦の髪に触れてくる。このときジャケットの袖口から、和彦がプレゼントしたカフスボタンがちらりと覗いた。
実は、大広間でみんなで夕食をとったときに気づいていたのだが、三田村との席が離れていたため、確信が持てなかったの
だ。こうして改めて見て、やはりプレゼントしてよかったと思う。
すぐに二人は微妙な距離を取り、廊下を歩きながら話す。
「先生、大勢のヤクザに囲まれての晩餐はどうだった? 俺が見た限りでは、堂々としていたから、やっぱり先生は肝が据わ
っていると感心してたんだが……」
三田村の口ぶりに和彦は、小さく声を洩らして笑う。
「みんな、気をつかってくれ
た。どうして組長の〈オンナ〉がここに、と思っただろうな。それでも、話しかけてくれたし、酌もしてくれた。疎外感はなかっ
た。……楽しかった。大晦日を大勢の人間で過ごすなんて、初めてだったんだ」
「先生が卑屈になる必要はない。みんなわか
っている。この人は、組にとって大事な存在だと」
玄関に行くと、若い組員が直立不動で立っていた。三田村を見るなり、
深々と頭を下げる。
「お疲れ様ですっ。タクシーを待たせてあります」
「ああ、ありがとう」
そう応じた三田村の
顔は、すでに若頭補佐のものだ。ごっそりと感情をどこかに置き忘れたような無表情になっている。
若い組員の前で、三田
村の威厳を損なわせても悪いと思い、和彦は黙ってその場を立ち去ると、その足で着替えを取りに行き、風呂場に向かう。
三田村に話した通り、ゆっくりと湯に浸かって体を温めるつもりだったが、なんとなく気が急いてしまう。大晦日の夜に、こんな
ふうに時間を使うのがもったいなく思えてきたのだ。
浴衣の上から丹前を着込んで脱衣所を出ると、ちょうど和彦を捜して
いた組員と出くわす。賢吾からの伝言を聞かされて、自分の気が急いていた理由がわかった気がした。
和彦は、髪を乾かす
間もなく、賢吾の部屋に顔を出す。
意外なことに賢吾は、一人で飲んでいた。
「――……大晦日の夜に、組長が手酌で
飲んでいる姿を見るなんて、思わなかった」
和彦がそう話しかけると、顔を上げた賢吾がニヤリと笑う。
「そんな俺を
放っておけなくて、先生が濡れ髪で駆けつけてくれた」
「部屋に来いと言ったのは、あんただろ」
障子を閉めた和彦は、
賢吾の向かいに座ろうとしたが、それは許されなかった。手招きされて、賢吾の隣に座らされる。
このときにはもう、ある
ことを予感した和彦の鼓動は、速くなっていた。風呂上がりのせいばかりでなく、体温も上がりつつある。
「先生も飲むだ
ろ?」
「だったら、もう一つお猪口をもらって――」
「いらねーだろ」
そう言って賢吾が、自分が使っている猪口
を差し出してきた。一瞬戸惑いはしたものの、素直に猪口を受け取り、酒を注いでもらう。一息に飲み干すと、すかさずまた注が
れた。
「うちの組の年越しそばは美味かったか」
賢吾の言葉に、ちらりと笑みを浮かべて和彦は頷く。
「ああ。お
せちも楽しみにしている。朝、伊達巻を味見させてもらったが、あれも美味しかった」
「……うちの連中は、先生に甘いな」
「組長に倣っているんだろ」
和彦は猪口を空にして返す。賢吾は機嫌よさそうに低く笑い声を洩らし、猪口を取り上げ
て軽く傾けて見せたので、今度は和彦が酒を注いでやる。
呷るように飲み干した賢吾が、自然な動作で肩を抱いてきた。ビ
クリと体を強張らせた和彦だが、ぎこちなく賢吾にもたれかかる。
「ヤクザに囲まれて過ごす年末は、どうだ? 先生はどん
なときでも、この家の中をふわふわと歩いているから、居心地がいいのか悪いのか、見ているだけじゃよくわからねーんだ」
「ぼくは……そんなふうに見られてるのか。なんだかショックだ」
「だったら、姐さんらしく、キリッとしていると言っても
らいたいか?」
「……その例えは笑えない」
和彦が応じると、代わりに賢吾が笑ってくれる。本当に、機嫌がいい。
じっと賢吾を見つめていると、視線に気づいたのか、流し目を寄越された。人によっては剣呑としたものを感じるかもしれない
が、和彦が感じたのは、身震いしたくなるような体の疼きだ。
「どうした、先生」
「どうも、しない……。ただ、あんた
が少し浮かれているように見えたから――」
「俺は、身内でワイワイやるのが好きなんだ。毎年こんなふうに大晦日を過ごし
て、そのたびに、今年も命があったことに安堵する。浮かれる気持ちもわかるだろ? 何より今年は、大事で可愛い〈オンナ〉が、
こうして側にいてくれる」
本気で言っているのか怪しいものだと、和彦は自分にそう言い聞かせるが、知らず知らずのうち
に頬が熱くなってくる。
賢吾の眼差しに心の中まで暴かれそうな危惧を覚え、思わず視線を伏せる。すると賢吾は、手酌で
猪口を酒で満たし、一気に口に含む。和彦はあごを持ち上げられ、ゆっくりと口移しで与えられた。
賢吾の唇を吸うように
して酒を飲む。唇の端から少しこぼれ落ちたが、賢吾の舌にベロリと舐め取られ、そのまま濃厚に舌を絡め合っていた。
賢
吾に帯を解かれ、丹前を肩から滑り落とされる。そして、浴衣の衿の間に手が入り込んできて、胸元を荒々しくまさぐられる。
「うっ……」
和彦が微かに声を洩らすと、唇を離した賢吾が薄い笑みを浮かべた。
「――明日は、朝、雑煮を食ってか
ら、初詣に行くぞ。その足で、総和会の会長の家に年始の挨拶だ」
「その口ぶりだと、ぼくも、一緒に?」
「当たり前だ」
「当たり前じゃないっ。初詣はともかく、どうして総和会の会長の家にまで行かないといけない」
「俺のオヤジの家だか
ら」
あまりに簡潔な賢吾の返事に、和彦は唇を動かしながらも、声が出なかった。言い返すべき言葉が見つからない。
「……どういう、理屈だ……」
「俺は自分の〈女〉を、オヤジに一人しか紹介したことがない。千尋の母親だ。オヤジはそれ
こそ、蛇蝎のごとく嫌っていたがな。そのオヤジが、俺の〈オンナ〉を紹介しろと、何度も言ってくる。もちろんいままで、俺は
自分のオンナをオヤジに会わせたことはない。後腐れなく一度しか寝ない相手を、わざわざ紹介するまでもないからな」
ど
こか楽しげな口調で話しながら賢吾は、厚みのある固くて大きな手で、ずっと和彦の胸元を撫でていた。思わず震える吐息を洩ら
すと、待っていたように胸の突起を指先に捉えられる。
「だが、先生は別だ。俺の、大事で可愛いオンナで、長嶺組のビジネ
スパートナーでもある。それに、総和会の仕事も何度もこなしている。先生に会いたいと言い出したところで不思議じゃないだろ」
「――……困、る」
「どうして困る?」
「どんな顔をして会えばいいんだ。それに、何を話せば……」
「一人の
偏屈なジジイを相手にしていると思えばいい」
思えるか、という反論は、賢吾の唇に吸い取られた。賢吾の中では決定事項
で、和彦の意思は関係ないのだろう。
腹は立つが、戸惑いの気持ちのほうが強い。しかも賢吾に、浴衣の衿の合わせ目をさ
らに大きく広げられ、和彦の意識はそのことに向いてしまう。
露になった胸元に賢吾が顔を埋めてくる。濡れた音を立てなが
ら、凝った突起を激しく吸われ、小さく呻き声を洩らした和彦は、本能的に後ろに逃れようとする。だが、背筋を這い上がってく
る疼きに負けて、座卓の縁に片手を突き、もう片方の手を賢吾の頭にかけていた。
突起を強く吸い上げる一方で、賢吾の片
手に膝を押し開かれ、和彦は仕方なく正座していた足を崩す。両足の間をまさぐった賢吾が、上目遣いに見上げてきた。
「下
着を穿かないぐらいの気遣いは欲しかったな、先生」
「ふざけたことを言うなっ。大晦日の夜に、そんな恥知らずなことがで
きるかっ」
「俺に脱がされるほうがよかったのか?」
からかわれているとわかっていながら、ムキにならずにはいられ
ない。和彦は賢吾の手を押し退けて立ち上がろうとしたが、浴衣を引っ張られてバランスを崩し、そこを突き飛ばされて畳の上に
倒れ込む。
獲物に挑みかかる獣のように、賢吾がのしかかってきた。
仰向けにされ、乱暴に下着を脱がされたあと、
両足を抱えて思いきり左右に開かれる。内腿に熱い息遣いを感じたとき、和彦はすでに賢吾に支配されていた。
「ああっ――」
敏感なものをいきなり舐め上げられ、和彦はビクビクと腰を震わせながら、声を上げる。快美さが全身を駆け抜け、一瞬に
して賢吾の愛撫に搦め捕られた。
「酒の肴としては極上だな、この肉は」
羞恥を煽るようなことを呟いて、賢吾が和彦
のものを口腔に含む。和彦は大きく息を吸い込んで、畳の上に足を突っ張らせる。
賢吾は容赦なかった。和彦のものをきつ
く吸引しながら、柔らかな膨らみを揉みしだいてくる。鋭い快感に悲鳴を上げた和彦は、身悶え、賢吾の愛撫から逃れようとする
が、腰を揺するたびに先端に歯列が擦りつけられ、上擦った声を上げさせられる。
「んあっ、あっ、嫌、だ……。それは、怖
い……」
切迫感と甘さを含んだ声で和彦が訴えると、楽しげに賢吾が応じる。
「俺が、先生に痛い思いをさせるはずない
だろ。大事に大事に、こうして可愛がってやってるのに」
手荒い愛撫にも、和彦の欲望は熱くなり、身を起こしていた。そ
んな欲望をねっとりと根元から舐め上げて、先端を舌先で弄られる。たまらず和彦は啜り泣きのような声を洩らしていた。
「ほら見ろ。痛くねーだろ?」
再び先端に歯列が擦りつけられ、和彦は畳の上で思いきり仰け反る。このとき、異変に気づ
いた。視線の先で、閉めたはずの障子が開いていた。しかも、ダークスーツ姿の男が立っている。
快感で霞む目を凝らして
確認しようとしたとき、官能的なバリトンで賢吾が言った。
「それに先生は、うちの息子の大事なオンナでもあるから
な。――その息子が見ている前で、下手なことはできねーな」
和彦が目を凝らすまでもなく、視線の先に立つ男のほうがこ
ちらに歩み寄ってきて、畳に膝をつく。
和彦の顔を覗き込み、貪るような口づけをしてきたのは、千尋だった。
「ひあっ」
尻の肉を荒々しく揉みしだきながら、千尋が腰を突き上げてくる。若くふてぶてしい欲望に内奥深くを抉られて、
和彦はビクン、ビクンと背をしならせていた。その背を、和彦の背後に回っている賢吾にじっくりと舐め上げられる。
絞り
上げるように千尋のものを内奥全体で締め付ける。すると千尋が、汗を滴らせた野生的な顔をわずかにしかめる。
「……すげ
ー、先生の中。ずっと、締まりっぱなし。――俺とオヤジに攻められるの、最初はすごく嫌がるけど、実は先生、好きだよね?」
緩く腰を動かしながら、千尋がそんなことを囁いてくる。睨みつける気力もない和彦は顔を伏せようとするが、胡坐をかい
た千尋の腰の上に、向き合う形で座らされ、しっかりと繋がっているため、できる抵抗などたかが知れている。
千尋に下か
ら顔を覗き込まれたので、今度は背けてみたが、すかさず賢吾にあごを掴まれて振り向かされると、口腔に舌が押し込まれた。
「うっ、んっ……」
ドクッ、ドクッと内奥深くで脈打つ千尋の欲望を感じながら、口腔を賢吾の舌に犯され、胸の突起を千
尋に貪られる。反り返って震える和彦のものを嬲るのはどちらの手か、もうわからなかった。
さきほどから和彦は、絶えず
父子の淫らな攻めに晒され、狂おしい快感を味わわされていた。
総和会会長である祖父宅から戻ってきた千尋は、この部屋
にやってくるなり、畳の上でしどけない格好となっている和彦に口づけし、ダークスーツを脱ぎ捨てて、挑みかかってきた。
気がつけば和彦は、布団の上で賢吾と千尋に求められ、こうして繋がり、絡み合っている。
唆されて震える舌を差し出す
と、賢吾に激しく吸われる。そのまま絡め合っていると、顔を上げた千尋に子供のようにせがまれ、今度は千尋と舌を絡める。
「わがままなガキだ」
賢吾がこう洩らすと、口づけの合間に千尋が憎まれ口を叩く。
「オヤジの躾がいいからな」
「ああ、感謝しろよ」
千尋に腰を掴まれて、揺り動かされる。熱く硬いものに内奥を掻き回されているうちに、和彦も自ら
腰を動かすようになっていた。そんな和彦を煽るように、背後から賢吾の手に胸を撫で回され、もう片方の手で、濡れそぼったも
のを上下に扱かれる。
「あうっ、うっ、うくっ……ん。いっ、ぃ……。いいっ――」
「いい声だよ、先生。すごく、興奮
する。先生って感じすぎると、泣いてるような声出すよね。いやらしいけど、可愛い声、俺、好きだよ」
和彦は放埓に声を
上げながら、千尋の腕に手をかける。ちょうどタトゥーに触れたので、震える指先でなぞってやる。千尋は犬のように大きく身震
いしたあと、和彦の唇を貪ってくる。すると、和彦のものを扱く賢吾の手の動きが速くなり、堪えきれなかった。
絶頂に達
し、噴き上げた精で千尋の下腹部を濡らす。千尋にしがみつくと、しなやかだが力強い腕にしっかりと抱き締められた。
し
かし、情欲が冷めることを許さないように、内奥をゆっくりと突き上げられる。
「千尋っ……、少し待ってくれっ……」
さすがに和彦が声を上げると、気圧されるほど強い輝きを放つ目で、千尋はこう言った。
「ダメ、待てない。――それに先
生、与えれば与えるほど、欲しがってくれるだろ?」
激しい羞恥に、それでなくても汗を滴らせている体がさらに熱くなる。
こんな状況であっても、羞恥は湧いてくるものなのだ。
さらにそこに、賢吾が追い討ちをかけてくる。
「先生」
背後から賢吾に呼ばれて振り返ると、喘ぐ唇を軽く吸われてから、耳元で露骨な言葉を囁かれる。目を見開いた和彦は、緩く首を
横に振る。
「……無理だ、できない。そんな、恥知らずなこと……」
「俺と千尋は、誰よりも淫弄な先生が、必死に恥じ
らいを保とうとする姿勢が、たまらなく好きなんだ。だが結局は、攻められて、陥落する。そういう姿を、俺たちに見せてくれ。
ほんの少しだけ早い、お年玉だ」
和彦の返事は最初から求められていなかった。いや、和彦なら拒まないと思われているの
だ。事実――。
傍らに立った賢吾に頭を引き寄せられ、和彦は、凶暴な欲望の塊を眼前に突きつけられる。屈辱と羞恥と、
それを吹き飛ばしかねない嵐のような欲情に苛まれながら、和彦はゆっくりと唇を開く。賢吾の欲望を口腔に含むと、千尋が再び
腰を動かし始めた。
内奥を千尋に、口腔を賢吾の欲望に犯され、どうしようもなく――感じる。
自分はこの父子に所
有される〈オンナ〉なのだという事実が、いまさらながら体に刻みつけられていく。賢吾と千尋は、和彦を辱めようとしているわ
けではなく、事実のみで感じさせようとして、実際和彦は感じている。
「――いい顔だ、先生。まだ俺を、骨抜きにする気か」
愉悦を含んだ声で言いながら賢吾にあごの下をくすぐられ、千尋には、痛いほど強く尻を揉まれる。
二人の男の欲望
の限界を感じ取り、和彦は目を閉じる。十秒も経たないうちに、二人の熱い精が和彦の中に流し込まれた。
さきほどまで和彦を貪ってきた千尋は、今は身を休める時間だといわんばかりに和彦の胸にしがみつき、満足そうだ。和彦はそ
んな千尋の頭を撫でる。こうなると千尋は、人懐こい犬っころそのものだ。
「先生とこんなふうに年越しできるなんて、すっ
げー嬉しい」
無邪気な口調で可愛いことを言う千尋だが、和彦は騙されない。なんとなく腹が立つものがあり、軽く髪を引
っ張ってやったが、ふざけていると思ったのか、千尋は小さく笑い声を洩らすだけだ。
三人での淫らで濃密すぎる行為のあ
と、和彦は千尋と一緒に再び風呂に入ってから、一人で部屋で休もうと思ったのだが、それは許されなかった。
賢吾の部屋
に連れ戻されて見たのは、二組の布団をぴったりとくっつけて敷いてある光景だった。
和彦は今、並んだ布団の中央に寝て
いる。千尋が胸にしがみつき、そんな千尋の相手をする和彦に、賢吾は腕枕を提供してくれている。さきほどからずっと、背では
賢吾の体温を感じていた。
奇妙な光景であることは、誰よりも和彦自身が痛感しているが、言ってもどうにもならないこと
もまた、痛感していた。
「――先生」
背後から賢吾に呼ばれ、上体を軽く捩るようにして振り返る。賢吾に見つめられ
ながら、柔らかく唇を吸われた。そのまま互いの唇を吸い合い、舌先を触れ合わせていると、二人の姿に刺激されたのか、千尋ま
で顔を寄せてくる。
好奇心の強い子犬のような眼差しに間近から見つめられ、負けてしまう。賢吾と唇を離すと、息を吸い
込む間もなく、今度は千尋と口づけを堪能する。
そんなことをしながらも、緩やかに静かに時間は過ぎていく。
枕元
の時計を見て、もうすぐ日付が変わると賢吾が告げたとき、すでに千尋は健康的な寝息を立てていた。
「羨ましいぐらいの寝
つきのよさだな……」
千尋の髪を梳いてやりながら和彦が呟くと、笑いながら賢吾が応じる。
「さすがに疲れたんだろ
う。何日も総和会の幹部連中とツラをつき合わせて、会長には振り回され、やっとこの家に戻ってきたら――先生相手に興奮しま
くって」
「……最後は余計だ」
ふいに賢吾に腕を掴まれて引っ張られる。何事かと思って見つめると、頷いて返される。
それだけで意図を察した和彦は、数瞬ためらってから慎重に体を動かし、賢吾の布団に入る。
背でも感じていたが、こうし
て同じ布団に入ると、賢吾の体温の高さがよくわかる。
賢吾と一緒に寝るのは初めてではないが、今夜は隣で千尋が眠って
いることもあり、落ち着かないし、何より気恥ずかしい。
身じろいだ和彦が布団に顔を埋めようとしたが、賢吾の手が頬に
かかり、引き寄せられるまま、唇を重ねる。
「――ここからは、大人の時間だ」
賢吾の言葉に、思わず笑ってしまう。
胸に抱き寄せられて、口づけを交わしながら帯を解かれ、浴衣をたくし上げられて腰を撫でられる。一瞬賢吾の手が止まっ
たのは、和彦が下着を
身につけていないことを知ったからだろう。耳元で低く笑い声を洩らされ、それだけで感じていた。
言われたわけではない
が、和彦も賢吾の帯を解き、浴衣の下にてのひらを這わせる。何より先にまさぐったのは、背の大蛇だった。
「そんなにこい
つが気に入っているなら、同じものを先生の体に彫ってやろうか?」
やろうと思えば、和彦に対してなんでもできる男が、
物騒なことを囁いてくる。
「絶対、嫌だ」
「見たがる男は多いと思うぜ。先生が体をくねらせるたびに、大蛇もいやらし
く蠢く様を」
「……そういう特殊な性癖を持ってるのは、あんたと千尋ぐらいじゃないか……」
「そうか? 三田村も鷹
津も、喜んでしゃぶりつきそうだが。秦なんざ、あからさまに性癖が歪んでいるだろ。それに――」
意味ありげに賢吾が言
葉を切る。和彦は体を強張らせ、きつい眼差しを向けた。無防備に触れていた賢吾の大蛇が途端に怖くなり、できることなら手を
退けたいが、体が動かない。
そんな和彦の唇を啄みながら、賢吾はおそろしく優しい声で語りかけてきた。
「年が明け
る前に、俺に打ち明けておくことはねーか、先生?」
賢吾がこんな言い方をするときは、すでに何か知っているということ
だ。
うかがうように見つめると、大蛇を潜ませた目が、間近から覗き込んでくる。この目を前にして、隠し事など不可能だ
った。
和彦の怯えを感じ取ったのか、賢吾は頭を撫でてくる。
「怒っちゃいない。先生は、この世界じゃ何かと注目を
浴びるし、旨みのある存在だ。いろんな連中が先生の周囲をうろつく。その中に、先生のお気に入りになる人間がいても不思議じ
ゃない」
誰だ、と問われ、和彦は賢吾の背に爪を立てる。
「……総和会の、中嶋くんだ……。知っていて、聞いている
んだろ」
「先生が、中嶋と仲がいいという報告は受けている。ジムが同じで、たまに一緒にメシを食ったり、飲みに出かけた
り。内覧会にも、総和会は中嶋を寄越していただろ。すでに公認の友人みたいだな」
「ぼくを利用する気満々みたいだけどな」
「だが先生も、総和会の中に一人ぐらい、親しい人間は欲しいだろ。そのつもりで、つき合ってるんじゃないか?」
「そ
れはあるが――」
「先生と中嶋の仲を微笑ましく見つめている男を、俺は一人知っている。俺のオンナに、自分が抱きたい男
の〈教育係〉を任せるなんざ、図々しい野郎だ」
賢吾が誰を指して言っているかは、明白だ。和彦は大きく目を見開き、
軽く混乱した頭を懸命に整理する。
つまり賢吾は、何もかも知っているのだ。
「あっ……、呆れた、男だ……」
ようやく和彦が洩らした言葉に、賢吾はニヤリと笑う。
「俺の慧眼と知略を、褒めてくれてるのか?」
「褒めてないっ」
「つれないな」
そう言って賢吾が、和彦を布団の上に押し付けて、のしかかってくる。和彦は抵抗することなく、素直
に賢吾にしがみついた。一緒の布団に招き入れられたときから、こうなることは覚悟――期待していた。
浴衣を脱がされて、
貪るような口づけを味わう。すでに賢吾の指は、熱をもって綻んでいる内奥の入り口をまさぐっていた。隣の千尋の様子をうかが
いながら和彦は、必死に嬌声を堪える。そんな和彦の姿に、賢吾は満足そうに目を細める。
「……隣で眠る子供を気にかけつ
つ、夫婦の営み、といったところだな。最高に燃える状況だ」
「あんたの性癖も、かなり歪んでいる」
「そんな俺すら、
先生は受け止めてくれる」
内奥の入り口に熱く逞しい感触が押し当てられ、ゆっくりと侵入を開始する。
「ふっ……、
あっ、うぅっ」
さきほど千尋のものを受け入れたばかりの場所は、従順に賢吾のものを受け入れながら、擦り上げられる刺
激の強さにひくつく。賢吾は容赦なく腰を使い、粘膜同士が擦れ合う湿った音が、布団の中から漏れ出てくる。
声が出せな
いからこそ、普段以上に呼吸が乱れる。喘ぐ和彦に誘われたように、賢吾は何度となく唇を啄んできて、それが心地いい。
甘えるように賢吾の肩にすがりつくと、大きな手に髪をくしゃくしゃと掻き乱された。
「――本当に、お前は可愛いオンナだ」
バリトンの魅力を最大限に発揮して、賢吾が耳元に囁いてくる。このまま賢吾の囁きと律動にすべてを委ねてしまいたいが、
ついさきほど交わした会話のせいで、あることがどうしても気になってしまう。
それが表情に出たらしく、賢吾に顔を覗き
込まれた。
「どうした、先生?」
「……あんたのさっきの言葉じゃないが、年が明ける前に、一つ打ち明けてほしいこと
がある」
「言ってみろ」
ここで和彦は唇を噛む。賢吾が内奥深くに押し入ってきたのだ。なんとか声は堪えたが、不意
打ちのように襲いかかってきた快感に、体が小刻みに震える。
必死に賢吾を睨みつけると、楽しげな笑みで返された。
「――秦を、あんたの手駒にした理由」
快感のため、声まで震えを帯びる。和彦の口元に耳を寄せた賢吾は、浅く頷いた。
「あの男は長嶺組にとって、何かと使い勝手がいいからだ。利用価値があるからこそ、先生との多少の遊びは許してやる。先
生と中嶋を親密な関係にすることにも、異論はない。先生のために、総和会の中に味方を作っておいてやりたいし、そうすること
が、長嶺組の利益にも繋がるからな」
「もっともらしいことを言ってるが、具体的なことは何一つ教えてくれないんだな」
「まだ、そのときじゃない。どうしても知りたいというなら、自分の体に刺青を彫っていいと言え。そうしたら、なんでも話して
やる」
「絶対……、嫌だ」
「まあ、いい。刺青の件は、じっくりと口説き落としてやる」
内奥を抉るように動かれ、
小さく呻き声を洩らした和彦は、浴衣の上から賢吾の背をまさぐるだけでは我慢できず、もどかしく浴衣を脱がしてしまう。そしてよ
うやく、思う存分、大蛇の刺青を撫でることができた。
賢吾のものが、ドクドクと脈打っている。見た目よりもずっと、賢
吾は興奮し、猛っているのだ。そのせいか、こんな物騒なことを洩らした。
「秦が、先生の遊び相手としての役目をしっかり
と心得ているならいいが、もし図に乗って、先生を抱いたら――殺す」
和彦が息を呑んで見上げると、賢吾は凄みのある笑
みを唇に浮かべた。
「と、秦には釘を刺してある」
「……怖い男だ」
「先生には甘くて優しいだろ」
そんな会
話を交わしているうちに、微かに除夜の鐘が聞こえてきた。和彦が障子のほうに視線を向けると、賢吾も倣う。
「年が明けた
な」
「ああ」
「今年もよろしく頼むぜ、先生」
和彦はつい顔をしかめてしまう。
「ぼくは、なんて答えたらい
いんだ……」
「なんと答えたい?」
意地の悪い男だと思いながら和彦は、ぼそぼそと小声で答えた。
「――……は
い、賢吾さん」
賢吾が律動を再開し、すぐに肉の悦びが押し寄せてくる。静かに仰け反る和彦に、賢吾は実にさりげなく問
いかけてきた。
「中嶋に、何をレッスンしてやったんだ」
「あっ……、キス、を……。キスをしただけだ」
悪いオ
ンナだと賢吾が洩らし、和彦が洩らしたのは、深い吐息だった。
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