と束縛と


- 第16話(3) -


 雪を見に行かないかと賢吾から言われたとき、和彦がまっさきに思ったのは、これは機嫌取りなのだろうか、ということだった。
 朝食のパンを食べ終えたところだった和彦は、指先を軽く払ってから、カップを両手で包み込む。ホットミルクを一口飲ん で、向かいのイスに座る賢吾をジロリと見ると、口元を緩めていた。
「――……雪?」
「これから新年の挨拶も兼 ねて、人に会いに行くんだ。ちょっと距離があるんだが、今はたっぷり雪が積もって、静かでいいところだ。一泊旅行の行き先と して、最適だと思うんだが……」
「それで、ぼくに同行しろと?」
「旅行という表現が気に食わないなら、デートでもい いぞ」
 和彦はぐっと唇を引き結び、テーブルの上に置かれた新聞に視線を落とす。日付は、一月六日となっていた。
  世間では、すでに仕事始めを迎えた人間が大半だろう。ただ、長嶺の本宅にいると、時間の流れは微妙に違う。組関係者が頻繁に 訪ねてはくるが、仕事始めというほど、本格的に動いてはいない。つまりここにいると、もう少しだけ正月気分が味わえるのだ。
 外に出かけるのは嫌いではないが、また騙されて、今度こそ総和会会長宅に連れ込まれるのではないかと、和彦は露骨に警 戒して見せる。すると賢吾の唇には、はっきりと笑みが刻まれた。
「安心しろ。騙まし討ちみたいなことはしない。今度、オ ヤジに会わせるときは、きちんと先生に説明する。そして今日は、総和会の人間と会う予定はない。先生は純粋に寛げばいい。俺 は少し仕事の話があるが、その間、先生の相手は――」
 このとき和彦の肩に、ズシリと重みが加わる。思わず声を洩らして 振り向くと、いつダイニングにやってきたのか、千尋がべったりと抱きついていた。
「千尋がしてくれる」
 そう言い切 った賢吾と千尋を交互に見て、和彦は軽く眉をひそめる。一つ屋根の下で何日か一緒に暮らしただけで、千尋の甘ったれぶりに拍 車がかかり、そのことに対して賢吾は何も言わない。それどころか、楽しげにこう言うのだ。
「いや、反対か。しっかり俺の 息子の子守をしてくれよ、先生」
「……勘弁してくれ」
 とにかく、話は決まった。正確には、父子によって決められ、 和彦は承諾の返事をもぎ取られてしまった。
 すぐに出かける準備をするよう言われ、仕方なく客間へと戻る。
 山の中 にある保養地ということで、とにかく暖かい服装をしろと言われたが、バッグに詰め込んで持ってきた着替えでは限りがある。コ ーデュロイパンツと、カシミアのニットの下にシャツを着込んだ和彦は、賢吾から贈られた毛皮のコートにおそるおそる手を伸ば す。さすがに、羽織って出かけるいい機会ではないかと思ったのだ。
 このとき、座卓の上に置いた携帯電話が鳴る。表示さ れた名を確認した瞬間、和彦の心臓の鼓動は速くなった。
 大きく深呼吸をしてから電話に出る。
「――……どうかした のか、こんな時間に」
 努めて平素の調子で問いかけると、電話の向こうから返ってきたのは、少し緊張したような中嶋の声 だった。
『すみません、せっかくのお休み中』
「いいんだ。もう起きていたし。それで――」
『先生、今日、会えま せんか?』
「……唐突だな」
 そう洩らした和彦は、静かにため息をつく。電話を通して伝わってくる中嶋の気配は、切 実であると同時に、凄みも感じさせる。そこに、元日にこの本宅で見かけた、中嶋本人の姿が重ねる。
 どう考えても、新年 の挨拶も兼ねて食事でも、という雰囲気ではない。
「ぼくに何か用が?」
『電話では言いにくいんです……』
 和彦 も、中嶋の態度がずっと気になっていたこともあり、なんとかしたいところだが、さすがに今日はタイミングが悪すぎた。
「すまない、今から出かけるんだ。帰りは明日になりそうだから、会うのは無理だと思う」
 別の日でよければ、と続けよう としたが、その前に中嶋は慌しく電話を切ってしまい、和彦は空しく唇を動かす。
 できることなら電話をかけ直し、もう少 し話をしたかったが、臆してしまう。今の電話で和彦は、しっかりと感じてしまったのだ。中嶋の感情の揺れを。そして、〈女〉を。
 中嶋が〈女〉を感じさせるとき、それは秦が絡むときだけだ。
 和彦には自分から、秦のことを切り出す勇気はない。 それに、こちらはこちらで、複雑だ。
 大晦日の夜に、布団の中で賢吾が語った内容を思い出し、和彦は小さく身震いする。 賢吾は、和彦を中心とした男たちの複雑な関係をすべて把握している。それどころか、秦と中嶋の微妙な関係すら。秦本人が打ち 明けたと言っていたが、あの男が賢吾に〈恋愛相談〉をするとも思えない。打ち明ける男も、それを聞く男も、何かしらの打算が あるはずだ。
 自分に関わることなら諦めもつくが、中嶋と秦の関係は、和彦には関わりのないことだ。したたかな秦はとも かく、中嶋の感情を、賢吾に道具として利用させたくなかった。
 もしかすると中嶋本人は、出世のためなら本望ですよと、 笑うかもしれないが――。
「先生」
 前触れもなく背後から声をかけられ、和彦は驚いて振り返る。いつの間にか障子が 開き、千尋が顔を覗かせていた。和彦の反応に、千尋のほうが驚いた様子だ。
「あっ、ごめん。一応、外から声かけたんだけ ど……」
「いや、いいんだ。ちょっとぼんやりしてた。――どうした?」
 和彦が座卓に携帯電話を戻すところをしっか りと見ていた千尋だが、何事もなかった顔でダウンコートを差し出してきた。
「先生、これ着ない? 雪積もってるならさ、 こっちのほうがいいと思うんだ。汚しても大丈夫だし」
「暖かそうだから、ぼくはありがたいけど……、いいのか?」
「もちろん」
 和彦はダウンコートを受け取ると、マフラーと手袋も一緒に持って部屋を出ようとする。このとき、携帯電話 にちらりと視線を向ける。中嶋のことは気になるが、今日はどうしようもできない。
 ひとまず気がかりは、携帯電話ととも に、この部屋に置いていくしかなかった。


『一泊旅行』という言葉の、無難でのんびりとした響きにすっかり惑わされかけていたが、和彦が行動をともにしているのは、ヤ クザの男たちだ。しかも、和彦を〈オンナ〉にしているのは、ヤクザの組長と、その跡継ぎだ。
 そんな二人が揃って出かけ るとなれば、気楽にドライブ気分で、となるはずもない。
 和彦が長嶺父子と同乗したのは、スモークフィルムが貼られてい るとはいえ、ごく普通のワゴン車だった。だが、その前後を、しっかりと黒の高級車に挟まれていた。走行中、ずっと。
 途 中、サービスエリアで休憩したときには、和彦の隣にはぴったりと千尋がくっつき、そんな二人の背後を、組員が張り付いていた。 長嶺父子が揃って移動することの大変さを、和彦は多少の気詰まりとともに、改めて痛感させられる。
 だがそんな気持ちも、 目的地が近づくにつれ、きれいに忘れてしまった。
「すごい、こんなに積もってる……」
 車から降りた和彦は、足元に 積もる雪の感触に素直に感動しながら、辺りを歩き回り、雪の上に自分の足跡を残していく。
 和彦の生活圏でも雪は降るが、 こんなに積もることはほとんどない。ごくまれに、ほんの数センチ積もったところで、すぐに泥と区別がつかなくなり、こんなふ うに踏みしめようという気にはならないのだ。
 白い息を吐き出して、顔を上げた和彦はゆっくりと周囲を見回す。
 保 養地と聞いてはいたが、ようは、別荘地だ。ここに来るまでの間にも、ぽつぽつと別荘が点在しており、いくつかのペンションも 目にした。山の中の隠れ家のような雰囲気で、自然が多く、人目を避けてゆっくりと過ごすには最適だろう。とにかく雪景色が素 晴らしい。
 ヤクザとしても、物騒な人物と密会をするには最適なのかもしれない。
 目的はともかく、いい場所に連れ てきてもらったと、素直に和彦は感謝していた。
「――先生」
 千尋に呼ばれて振り返ると、父子が並んでこちらを見て いた。じっくりと雪を踏みしめている和彦がおもしろいのか、二人揃って口元を緩めている。
 恥ずかしいところを見られて しまったと、密かに顔を熱くしながら和彦は、促されるまま建物へと入る。
 先に人が訪れて準備を整えていたのか、室内は 暖められていた。吹き抜けとなっている二階を見上げていると、傍らに立った賢吾が話しかけてくる。
「元はペンションだっ たものを、総和会が別荘にするために買い取ったんだ。この辺りの立地を考えると、人と会うのに都合がいいからな。愛人を連れ 込むのにも、最適だ」
 和彦がちらりと一瞥すると、賢吾は意味ありげな流し目を寄越してきた。
「俺は、そんなことで 使ったことはないぞ。保養も兼ねて、悪だくみをするときに借りているだけだ。今日は、家族水入らずでゆっくりするために、だ が」
「……別にぼくは、何も言ってないだろ。そういう言い訳みたいなことを、わざわざ言わなくても――」
「気にする な。俺が言いたかっただけだ」
 和彦が返事に詰まると、満足したのか、賢吾は会心の笑みを浮かべた。
 組員に呼ばれ て廊下を歩いていこうとした賢吾が、ふと和彦を振り返る。
「先生、これからちょっと客が来て、奥の部屋で仕事の話をする。 その間一階のリビングには、うちの組の人間だけじゃなく、他の組の人間もいることになるが……居心地が悪いなら、二階の部屋 を使っていいぞ。この辺りを歩いてきてもいいし」
「だったら先生、俺と行こうよ」
 勢いよく千尋が手を上げ、和彦は 思わず苦笑を洩らす。賢吾は大きく頷いて、こう言った。
「ということで、千尋の子守を頼むぞ、先生」


 ここに来るのは初めてではないという千尋の道案内で、息を弾ませながら和彦は、雪道を歩く。
 一応除雪はされているが、 あくまでそれは車のためで、道の端には雪がたっぷり積もったままだ。歩きながら和彦は、ときおり雪に足を取られて転びそうに なり、そのたびに、前を歩く千尋の肩に掴まる。
「先生、腕組んで歩く?」
 とうとう千尋が苦笑して、腕を差し出して くる。和彦は断固として拒否した。
「そんなみっともない歩き方、できるか」
「転ぶよりいいじゃん」
 和彦は周囲 を見回す。人の姿は見えないが、ときおり車は通りかかるのだ。その車の様子からして、どうやら賢吾たちがいる別荘に向かって いるらしい。
 いまさら和彦が見栄を張ってどうにかなるわけではないが、千尋は、見栄もハッタリも必要とする立場だ。そ の千尋が、男と腕を組んで歩いていたと、他人から悪し様に言われるのは嫌だった。
 千尋は何かを察したのか、妙に大人び た微笑を浮かべる。
「大丈夫だよ。先生の価値を知っている人間なら、誰も先生を悪く言ったりしない。もちろん、俺やオヤ ジのことも。もし、言う奴がいるとしたら、そいつは――命知らずのバカだ」
 若いからこそ、すぐに熱くなって暴走しそう な危うさがあった千尋だが、今は違う。長嶺組の跡継ぎという、見えない〈力〉を武器にするしたたかさと狡猾さを、急速に身に つけつつあった。そこに、総和会という後ろ盾も加わったら、千尋自身が、一つの巨大な武器だ。
 千尋がまた腕を差し出し てきたが、和彦はあえて無視して歩く。
「お前の言いたいことはわかる。だが、難しい理屈は必要ない。……大人の男が、腕 組んで歩けるかっ。恥ずかしい……」
「先生の照れ屋」
「人並みの羞恥心を持ち合わせてるだけだっ」
「えー」
 小走りで追いついた千尋が、ニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる。
「……なんだ、その顔は。ぼくの羞恥心に文句がある のか」
「何も」
 和彦は、千尋の頬を抓り上げてやろうとしたが、寸前で逃げられる。それを早足で追いかけては、また 逃げられ、そうしているうちに二人は小走りとなった。
 次第に道は細くなり、車も通れないほどになる。道に積もった雪は、 人が踏んだ様子もなく、この先には建物もないのだろう。とにかく静かで、木の枝から落ちる雪の音すら大きく聞こえる。
  歩きながら和彦は、頭上を見上げる。今にも雪が降り出しそうな空模様だ。
 散歩にしては、なかなかハードだと思っている と、ふいに千尋に腕を取られる。うかがうように見つめられ、仕方なく腕を組むことを許可した。
「先生、こういう状況にな る前にさ、二人きりで旅行とか行きたかったよね。できれば、海外旅行」
「お前と一緒に海外旅行か……。何も知らなかった 頃なら、楽しかったかもな」
「かっこいい美容外科医と、気楽なフリーターの組み合わせだったもんね。つき合い始めたばか りの頃は、本当に、何するのも自由だったよ。どこにでも行けたし」
 千尋の口調にほろ苦いものを感じる。和彦は、千尋と 知り合ったばかりのことを思い出し、すでにもう、ほろ苦さや切なさより、懐かしさを覚えるようになっていた。
「まあ、今 だって、こんなところに連れてきてもらえるんだから、悪くはない。いざとなれば、海外旅行はぼく一人で行けばいいんだし」
 わざと意地の悪いことを言ってみると、案の定、千尋は捨てられた子犬のような目をする。
「……ヤクザの跡継ぎが、そう いう目をするなっ。お前は、自分がどんなふうに見えるかわかってやっているから、性質が悪いんだ」
「昔はさ、こんな目を したら、みんなからちやほやされたんだけど、今は先生にしか効かないんだよなあ」
「あー、どうせぼくは、お前に甘いから な」
「だから俺たち、相性がいいんだ」
「――……そう思っているのは、お前だけだったりして」
 ぼそりと呟くと、 千尋がキャンキャンと抗議の声を上げる。我慢できずに和彦は声を上げて笑っていたが、突然、視界が開けて何事かと思う。
「ここ……」
 目の前に、湖面の凍った湖が広がっていた。ひっそりと静まり返って人の姿はなく、鳥の羽ばたく音が聞こえ るだけだ。
「凍ってなかったら、ボート浮かべたり、釣りをしたりできるんだけど。でも、なかなかいい眺めだろ?」
「ああ。……きれいだ。こういう景色は、初めて見た」
 よかった、と洩らした千尋が、絡めていた腕を解く。何事かと和彦 が隣を見ると、千尋にしっかりと手を握られた。目が合うと、憎めない笑顔を向けられる。
 和彦は、もう片方の手で千尋の 頬を撫でてやる。すぐに調子に乗る犬っころのような青年は、嬉々とした様子で顔を寄せ、額と額を合わせてくる。
「今、す っげー、先生にキスしたくてたまんない」
 最初から和彦の返事を聞く気はないらしく、千尋は性急に唇を塞いできた。寒い からこそ、千尋の唇と舌の熱さがじんわりと染み込んでくるようで、心地いい。
 しなやかで力強い両腕にしっかりと抱き締 められながら、和彦は甘く熱い口づけを堪能する。
「先生、このまま、雪の上に押し倒していい?」
 口づけの合間に、 冗談とも本気ともつかないことを千尋が囁いてくる。千尋なら本当にやりかねないと思った和彦は、即答した。
「嫌だ。お前 と違って、ぼくは雪で興奮したりしない」
「何それ。どういう意味?」
 和彦はニヤリと笑うと、千尋の腕の中から抜け 出す。
「――犬は喜び庭駆け回る……って、歌があるだろ」
 数秒の間を置いて、千尋は犬の鳴き声をマネしたかと思う と、和彦にまとわりついてくる。和彦は声を上げて逃げ回りながら、雪を軽く丸めて千尋に投げつける。すかさず千尋も投げ返し てきて、そのまま子供のように雪合戦になだれ込んだが、血気盛んな千尋はすぐに物足りなくなったようだ。
 飛びかかられ、 和彦は千尋と一緒に雪の上に倒れ込む。
「加減しろっ、バカ千尋っ」
 そう抗議をした和彦だが、顔を覗き込んでくる千 尋があまりに嬉しそうな顔をしているため、怒る気も失せる。髪をぐしゃぐしゃに掻き乱すだけで、勘弁してやった。
 そし て、雪の上を転がりながら、思う様きつく抱き合った。


 和彦は深い吐息を洩らすと、石造りの立派な浴槽の縁に腕をかける。元は団体客も受け入れていたペンションだけあって、ちょ っとした旅館並みに風呂場は広く、浴槽も大きい。おかげで、ゆっくりと湯に浸かることができる。
 たとえ、和彦以外にも う一人、湯に浸かっていたとしても。
 和彦の背後から抱きついてきた千尋が、濡れた肩に唇を押し当ててくる。さらに、片 手が胸元をまさぐってきた。もう片方の手は――。
「んっ……」
 内奥に挿入された指が出し入れされるたびに、温めの 湯が感じやすい襞と粘膜を撫でていく。さすがにゆっくりと寛ぐ余裕もなくなり、和彦が腰を揺らしたとき、なんの前触れもなく 風呂場の戸が開いた。
 湯気の向こうに姿を現したのは、禍々しくも艶かしい、大蛇の刺青を背負った男だ。
「な、ん で――」
 思わず和彦が声を洩らすと、賢吾はニヤリと笑った。
「仕事が終わって、寛ぐために一風呂浴びに来たんだ」
 和彦は慌てて湯から上がろうとしたが、千尋にしっかりと抱きつかれ、肩まで湯に浸かってしまう。湯の中でもがいている 間にも、賢吾は桶で汲み上げた湯を、悠々と体にかけている。
「二人揃って、たっぷり雪遊びをしてきたようだな。雪だるま みたいになって戻ってきたと聞いたぞ」
「……人を、子供みたいな言い方しないでくれ」
「でも、先生があんなに声を上 げて笑ってるところ、俺、初めて見たよ」
 余計なことを言うなと、思わず千尋を睨みつけた和彦だが、すぐに淡く微笑む。
「けっこう、楽しかったな。この歳で雪合戦をしていることも、その相手が、ヤクザの組長の息子というのも。ぼくが、そい つのオンナだというのも。全部含めて」
 千尋の濡れた髪を掻き上げてやると、何かが刺激されたのか、したたかな獣のよう な目をして顔を寄せてくる。和彦は後ずさろうとしたが、浴槽に入ってきた賢吾にあっさり捕まり、湯の中できつく抱き締められ た。
「――先生」
 賢吾に低い声で呼ばれ、有無を言わせず唇を塞がれる。口腔に差し込まれた熱い舌に粘膜を舐め回さ れ、唾液を流し込まれる。一方で、両足の間には千尋の片手が入り込み、柔らかな膨らみをきつく揉みしだかれていた。
「んっ、 ふっ……、んんっ」
 鼻にかかった甘い呻き声を洩らした和彦は、賢吾の腕の中で身悶え、強い刺激から逃れようとしたが、 残酷で淫らな気質を持った父子を煽っただけのようだ。
 唇が離されてすぐに、賢吾に背後から両足を抱え上げられ、左右に 大きく開かれた。そこに、千尋が腰を割り込ませてくる。
「あっ……」
 湯の中で露になっている内奥の入り口を、千尋 の欲望の先端がまさぐってくる。身じろぎ、腰を揺らしたときには、千尋が侵入を開始していた。
「うっ、あっ、こんな、と ころでっ――」
「湯に浸かっているほうが、体の負担も軽いだろ。それに、たまらねーだろ? 先生の感じやすい場所に、湯 が入り込んでくる感触は」
 そんなことを言いながら、賢吾の唇が首筋に這わされる。和彦は喘ぎながら、内奥を押し広げる ように挿入されてくる千尋のものを受け入れるしかない。一度引き抜かれ、すぐにまた挿入されたときは、湯の感触にも呻かされ ていた。
 浮力で軽くなっているせいか、深く繋がって突き上げられたとき、いつも以上に腰が弾む。その様子がたまらなく 淫らで、和彦は顔を背けたが、千尋にあごを掴まれて強引に唇を塞がれる。
 貪るような口づけを交わしていると、千尋に抱 き寄せられる。和彦も、素直に千尋の背に両腕を回した。賢吾の腕から解放され、向き合った千尋の腰を跨ぐ形となっていた。
 二人は息を弾ませながら、負担の少ない形で繋がった腰を揺らし、肉の悦びを味わう。内奥深くを、千尋の若く逞しい欲望に掻 き回されるたびに、ゾクゾクするような快感が和彦の背筋を駆け上がっていくのだ。
 ビクビクと背をしならせると、賢吾の 大きな手が慰撫するように体を撫で回してくれる。身を起こし、熱く硬くなっているものを握り締められたとき、風呂場に響き渡 るような甲高い声を上げて、和彦は二人の男に快感を知らせていた。
「……すげー、先生、感じまくってる。中、熱くて、ト ロトロで、溶けそう」
 興奮したように掠れた声で囁いてきた千尋に唇の端を吸われ、そんなささやかな刺激にすら、感じて しまう。すると賢吾が耳に唇を押し当て、負けじと囁いてきた。
「先生、俺も感じさせてくれ」
 ふいに、千尋と繋がっ ていた腰を抱え上げられる。
「うあっ……」
 寸前まで締め付けていた千尋の欲望の代わりに与えられたのは、凶悪な大 蛇の分身だった。激しくひくつく内奥は、力強く擦り上げられることで、信じられないような快感を生み出す。和彦は間欠的に声 を上げながら、必死に千尋の肩にすがりつく。
「あぁっ、あっ、あっ、んああっ――」
 背後から腰を抱え込まれて、賢 吾のものがぐうっと内奥深くまで押し入ってくる。
「先生」
 千尋に呼ばれて顔を上げると、唇に軽いキスが与えられる。 唆され、震える舌を差し出して緩やかに絡め合っていたが、再び賢吾の両腕の中に捕らえられ、口腔も、賢吾の舌に犯される。
 賢吾に背後から抱き締められながら、腰を揺らされる。すると、目の前にやってきた千尋に両足を左右に押し広げられ、揺らめ く湯の中、賢吾としっかり繋がっている部分を見つめられる。
「……千尋っ」
 羞恥に身を捩ろうとしたが、内奥に打 ち込まれた賢吾のものをきつく締め付けただけで、快感を貪る部分を隠すことは叶わない。それどころか千尋に、熱くなって震え るものを掴まれ、ゆっくりと扱かれる。
 全身が震えるほど、和彦は感じてしまう。賢吾と千尋に同時に攻められると、どう しようもなく羞恥心を煽られるが、それすら、快感になりつつある。
 父子に交互に口づけを与えられ、体を撫で回される。 肌にまとわりつく湯の感触も心地よく、和彦が奔放に乱れ始めた頃、内奥から賢吾のものが引き抜かれ、すかさずまた、千尋のも のを内奥深くまで呑み込まされる。
「あっ……ん」
「先生のここ、すぐに狭くなるよね。もう、きつくなってる」
  興奮のため、千尋の目がいつも以上に強い光を放っている。犬っころという可愛いものではなく、獲物を狩って肉を食らう、若く 獰猛な獣の目だ。
 和彦はのろのろと片手を伸ばし、千尋の頬を撫でてやる。千尋は、奮い立ったように大きく身震いした。
 賢吾に抱き締められ、下肢はしっかりと千尋に抱え込まれ、和彦は突き上げられるたびに身をくねらせる。
 ようやく 繋がりが解かれても、それはわずかな間だ。和彦は浴槽の縁にすがりつき、腰を抱えられる。すっかり柔らかく綻んだ内奥の入り 口をこじ開けられ、ふてぶてしい欲望を挿入されるが、それが賢吾と千尋、どちらのものなのか、わからなかった。律動の激しさ に、振り返って確認する余裕すらない。
 浴槽から湯が溢れ出し、和彦の体は律動に合わせて前後に揺さぶられる。そしてま た、内奥から欲望が引き抜かれ、賢吾と千尋、どちらかが入れ替わった気配がする。
 腰に腕が回され、強引に引き立たされ る。わけがわからないまま和彦は、浴槽の縁に両手をつき、腰を突き出した姿勢を取らされた。
「あううっ」
 背後から 性急に内奥を貫かれ、奥深くを抉られる。和彦は何度となく嬌声を上げ、浴槽の縁を掴む手がブルブルと震えていた。
 この まま崩れ込み、湯の中に沈んでしまいそうだと思った瞬間、熱い精が内奥に注ぎ込まれ、和彦の体から一気に力が抜けた。


 夕食のあとに知らされたが、長嶺父子と和彦のみが別荘の本館に宿泊し、護衛の組員たちは、渡り廊下で繋がった離れを使うら しい。
 家族水入らずの旅行だから、というのが賢吾の言い分だ。
 和彦としては、同じ建物内を組員が歩いていても、 さほど気にしない。本宅で過ごしているときは常に組員がいるのだ。その生活に、年末年始の間で和彦はすっかり慣らされた。
 むしろ、三人だけで過ごすことに戸惑ってしまう。
 ガスストーブの近くに置いたクッションに、あぐらをかいて座った和 彦は、大きなカップに口をつける。中身はワインで、ここに来る途中に寄ったスーパーで買ったものだ。値段が安く、味も値段相 応だと思うのだが、雰囲気のある別荘のリビングで飲んでいるというだけで、不思議と美味しい。
 和彦の右隣に座っている 賢吾は、さきほどから缶ビールを呷っている。ストーブで暖かくした部屋で飲むビールは、普段以上に美味いと言っていたので、 和彦だけが特別な感性をしているわけではないようだ。
 一方の千尋は、さきほどから窓に張り付いて外を見ている。
「――千尋」
 和彦が呼びかけると、振り返った千尋がにんまりと笑いかけてきた。
「先生、また雪降ってきたよ」
「だったら寝る前に、少し散歩してみるか……」
 別に誘ったつもりはないのだが、当然のように千尋が頷き、つい和彦は苦 笑を洩らす。
 賢吾が持ってきた缶ビールの一本を取り上げて、千尋は左隣に座る。
「今年はさ――」
 ビールを一 口飲んだ千尋が、突然口火を切る。
「うん?」
「いい正月だったと思う。楽しかったんだ。毎年、ほとんど変わらない面 子で年末年始を過ごして、それが退屈で、大学入ってからは、正月だろうが家には戻らなかった」
 千尋の言葉に、すかさず 賢吾が茶々を入れる。
「親不孝息子だったからな」
「うるせーな。あれやこれやと用事を押し付けられて、鬱陶しかった んだよ。少しもゆっくりできないし、家はうるさいし。だけど今年は……先生がずっといてくれた」
 不貞腐れたように話す 千尋だが、実は照れているのは明白だ。なんだか和彦まで照れ臭くなってくる。
「……ぼくも、いい正月だったと思う。いろ いろと振り回されたけど、忙しいなりに、人並みの年末年始を送れた。いつもの正月より、楽しかった……」
「ヤクザの世界 は刺激があるだろ?」
 賢吾がニヤリと笑いかけてくる。ことの善悪はともかく、事実ではあるので、和彦は頷く。
「刺 激が、ありすぎだ。前までの自分の生活がどんなものだったか、もうわからなくなりかけてる」
「まだまだ、こんなもんじゃ ねーぞ。長嶺組の大事な身内になるってことは、総和会にとっても、貴重な存在になるってことだ。総和会の会長が先生をどう扱 うかによって、先生は、うちの連中だけじゃなく、総和会の人間も引き連れて歩くようになるかもな。姐さんどころか、姫さまみ たいな生活を送れる」
 冗談じゃないと、和彦はぼそぼそと抗議する。
 賢吾と話していると、この先、どんなとんでも ないことが起こるのかと不安になってくる。和彦の価値が高まることを賢吾は楽しみ、望んでいるようだが、和彦自身はそうでは ない。あくまで、利用されることを許容しているだけだ。できることなら、総和会というよくわからない組織にまで深く関わりた くなかった。
 和彦のそんな胸の内を知ってか知らずか、千尋は楽しそうに目を輝かせてこう言った。
「今の総和会は、 じいちゃんが会長で、その総和会で一番力を持っているのが、長嶺組。オヤジが長嶺組の組長で、俺は跡継ぎ。先生は――何にな るのかな」
 和彦は、千尋の頬を軽く抓り上げてやる。
「ぼくは、ぼくだ。長嶺の男たちみたいに、大層な存在にはなら ない」
「そう思ってるの、先生だけだったりして」
 カップを床に置いた和彦は、今度は千尋の両頬を抓る。もちろん本 気ではないため、抓られているほうは声を上げて笑っている。
 ふいに、すぐ側で獣が動くような気配がしたかと思うと、背 後からしっかりと抱き締められた。
「――長嶺の性質の悪い男たちを手懐けて、骨抜きにするんだから、先生は十分、大層な 存在だぞ」
 首筋にかかる賢吾の息が熱い。ゾクリと疼きを感じ、和彦は首をすくめる。
「あんた、酔ってるだろ……」
「ああ、先生の色気に酔いっぱなしだ」
 賢吾の手がセーターの下に入り込み、脇腹を撫でられる。賢吾の腕の中から逃 れようとした和彦だが、目の前には千尋がいる。
 淫らに絡み合うのも、じゃれ合うのも大好きな男が、この状況で我慢でき るはずもなく、缶ビールを近くのテーブルの上に置くと、獣のように和彦に這い寄ってきた。
「……二頭のでかい動物の、餌 やり係になった気分だ……」
 身を擦りつけてきた千尋を胸に抱き締めてやりながら、思わず和彦はぼやく。すると耳元で賢 吾が笑った。
「こんなに懐いて可愛いだろ」
「図々しい。自分で言うな」
 千尋の頭を撫でてやり、背では賢吾の温 もりを感じながら、和彦は窓に視線を向ける。穏やかな時間に、このまま眠りたくなっていた。
「こんなにのんびりしている と、もう何日かすると自分がクリニックを開業するなんて、信じられないな」
「仕事に慣れるまで、本宅からクリニックに通 ったらどうだ。メシから何から、全部面倒見てやるぞ」
「それは……遠慮しておく」
 頭を上げた千尋が、露骨に残念そ うな顔をする。抗議の声を上げられる前に、もう一度頭を抱き締めてやると、賢吾が耳元で囁いてくる。
「その口ぶりだと、 もうマンションに戻るのか?」
「ああ。正月気分はたっぷり堪能したから、明日の夕方には本宅を出るつもりだ」
「俺と しては、このまま本宅で暮らしてもらってもいいんだが」
「怖い誰かに、抱き殺されたくない」
「――……長嶺の本宅に、 そんなに物騒な男がいるのか?」
 白々しくとぼける賢吾を、肩越しに振り返った和彦は軽く睨みつける。ここぞとばかりに、 噛み付くような口づけを与えられた。









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