と束縛と


- 第17話(1) -


 軽く肩を揺すられ、和彦はゆっくりと目を開く。なぜか、三田村に顔を覗き込まれていた。
「――こんなところで寝ていた ら、湯冷めする」
 三田村に言われてようやく、自分が湯に浸かり、バスタブの縁に頭を預けた状態であることに気づいた和彦は、 慌てて体を起こそうとする。つい居眠りをしてしまったようだ。
 派手な水音を立てて身じろぐと、すかさず三田村が片手を 差し出してくれる。和彦はその手を掴んで立ち上がった。
 浴室を出てバスマットの上に立った和彦の体を、当然のように三 田村がバスタオルで拭いてくれる。されるに任せながら和彦は、風呂に入る前までの自分の行動を思い返す。
 中嶋とベッド の上で絡み合い、その中嶋を見送ったあと、ゆっくりと湯に浸かりたくなったのだ。
 優しい手つきで髪を拭いてもらいなが ら、和彦はじっと三田村の顔を見つめる。三田村は、無表情だった。
「……何があったのか、知っている顔だな」
「中嶋 が先生にひどいことをしていたなら、只じゃ済ませない」
 ここで三田村が、軽く眉をひそめて和彦の左頬に触れてくる。
「少し赤くなっている」
「引っぱたかれただけだ。大丈夫。中嶋くんは力加減をしてくれた。……ヤクザのくせに平手で殴る なんて、ずいぶん良心的だ」
「平手だろうが、先生に手を上げた」
「一度きりだ。彼に、ぼくを殴らせるのは、今日が最 初で最後。――前に、ぼくに同じことを言った男がいたな」
 その場に居合わせた三田村は、和彦が誰のことを言っている のか、わからないはずがない。ようやく口元に微かな笑みを刻んだ。
「相手が中嶋だったから、平手で済んだ。もし、本気で 先生を傷つけようとしている相手だったなら、どうなっていたか……」
「本物のヤクザは、容易に手を出さない。しかも、ぼ く相手に傷をつけるような、下手なやり方はしないだろ」
「傷をつけずに相手を痛めつけるやり方なんて、いくらでもある」
「……あまり、怖い相手と向き合っているという意識はなかった。〈女〉なんだ。秦が絡むときの中嶋くんは。だから……、どこ かで愛しいという気持ちもある。ぼくと似たものを感じるからだろうな」
「だがあいつは、自分でヤクザになることを選んだ 男だ。先生とは根本的に違う」
 まだ言い足りないような顔をして、三田村がバスローブを肩にかけてくれる。和彦は袖を通 しながら、三田村の様子をうかがう。
 互いに落ち着いた様子で話しているが、妙な感じだった。和彦と中嶋の間にあった出 来事を、当然のように三田村は把握している。それを隠す素振りも見せない。和彦も感づいていると思っているのだろう。
  ドアを開けた三田村が振り返り、促がされるように和彦は廊下に出た。
 まっすぐキッチンに向かい、冷蔵庫からミネラルウ ォーターのボトルを取り出す。水を一気に飲んで喉の渇きを癒してから、ほっと一息をついた和彦はぼそりと洩らした。
「や っぱり、盗聴器をつけたままなんだな」
「あくまで、防犯のためだ」
 ヤクザの口から『防犯』とは、どんな冗談だと、 怒る気にもなれず和彦は苦笑を洩らす。賢吾のことなので、部屋に盗聴器は仕掛けたままだと思ってはいたのだ。
「組長がこ のマンションを選んだのは、近くに長嶺組が別名義で借りている部屋があるからだ。そこに盗聴器の受信用アンテナを置いてある。 ただ、常に先生の部屋の物音を聞いているわけじゃない。異変があったときだけ組長に連絡して許可を取ったあと、録音してい る――らしい」
「らしい?」
「俺は、その方面の仕事には関わっていないから、詳しいことは知らされない。ただ今晩は、 先生の状況を電話で知らされて、様子を見に行くよう言われた。……俺に求められているのは、必要なときに、こうして先生の元 に駆けつけることだ」
 賢吾や千尋が頻繁にこの部屋を訪れることを思えば、組が室内での様子に気を配るのも理解できる。 決して気分はよくないが、こういう生活を送っているうえで和彦は、許容や諦観という感情と折り合いをつけることが上手くなっ ていた。
 ただそれでも、三田村の律儀さと落ち着きぶりが、今は少しだけ腹立たしい。
 意地悪をしてみたくなっ た――というわけではないが、和彦はわざと素っ気ない口調で三田村に問いかけた。
「それで、ぼくのところにやってきて、 何をしてくれるんだ?」
「先生が望むなら、なんでも。……俺としては、風呂で居眠りしている先生を見つけられて、それだ けで満足している。気の抜けた、滅多に見られない顔をしていた」
 思わず和彦の顔が熱くなる。
「……風呂でぼくを見 つけて、すぐに起こしたんじゃないのか?」
「さあ」
 意地悪をするどころか、されているのかもしれない。三田村の口 元がわずかに緩んだのを見て、和彦はあっさりと降参した。
「三田村、頼みがある」
「なんでも言ってくれ」
「――あ んたの虎を撫でたい。……クリスマスのとき以来、触れてないんだ」
 一瞬のうちに三田村の顔つきが変わり、手荒く腕を掴 まれて引き寄せられる。和彦を抱き締めてくる腕の力は、骨が軋みそうなほど強く、言葉よりも雄弁に三田村の気持ちを物語って いた。


 内奥に三田村の指が挿入され、和彦は甘い呻き声を洩らして腰を揺らす。何かを探るように指を蠢かされると、必死に締め付け ずにはいられない。和彦の内奥は、強い刺激を欲していた。
 指を出し入れしながら三田村は、和彦の胸元や腹部に何度とな く唇を押し当ててくる。このとき上目遣いに強い眼差しを向けられて、和彦は、三田村が何を言おうとしているのか察した。
「……もう、わかってるだろ。中嶋くんとは――寝てない。このベッドの上に転がって、じゃれ合っていただけだ」
 三田村 の指が内奥に付け根まで収まり、丹念に襞と粘膜を擦り始める。中嶋に触れられはしたものの、決定的な刺激を与えられなかった ため、和彦の内奥ははしたないほど発情している。今頃、和彦から同じような愛撫を施された中嶋も、どこかで煩悶しているかも しれない。
 淫らな衝動と肉欲のまま、ベッドの上で一つになろうとしたのだが、寸前のところで和彦は中嶋の肩を押し上げ、 一方の中嶋も、我に返ったように動きを止めた。互いに顔を見合わせ、苦笑を交わしつつ体を離したあと、中嶋はスーツを着込ん で帰った。
 多分、行為を止めたのは間違いではなかったと思う。少なくとも和彦は後悔していなかった。だからこうして、 三田村の愛撫に身を委ねられる。
「どうしてだ、先生?」
 三田村から返ってきたのは、率直な問いかけの言葉だった。 和彦は震えを帯びた吐息を洩らしてから、片手を伸ばして三田村の頬に触れる。
「秦の目論見どおりに、中嶋くんの〈教育係〉に なるのが気に食わなかった」
「本当に、そう思ったのか?」
 ハスキーな声は、うっとりするほど優しい。そんな声を聞 かされて、和彦は本音を隠せなかった。
「――……領分、というやつだな。ホスト時代から積み重ねてきたものがある二人に、 知り合って間もないぼくが立ち入れる領分は限られている。今日、ぼくが中嶋くんと寝るのは多分、それを侵すことになると思っ たんだ。……柄にもなく、甘いことを考えた。せっかく、総和会の中で利用できる手駒を手に入れられたのに」
 あえて悪ぶ って言ってみたが、本物のヤクザを楽しませただけらしい。三田村は低く声を洩らして笑った。
「先生の甘さは、性質が悪い。 男を蕩けさせて、骨抜きにする」
「一応、相手は選んでいるつもりだ」
 顔を伏せて、三田村が逞しい肩を微かに震わせ る。笑われたことへのささやかな仕返しとして、和彦は三田村の髪を荒っぽく撫でてやったが、どうやら三田村は、それを愛撫の 催促として受け取ったらしい。
「あっ……」
 両足を左右に大きく開かれ、三田村が中心に顔を埋める。熱くなって反り 返ったものを舐められて、身震いしたくなるような心地よさが腰を這い上がってきた。
 まるで獣のような舌使いで、和彦の ものはしゃぶられる。先端から透明なしずくが滴り落ちそうになると、ねっとりと這わされる舌に舐め取られ、そのまま口腔深く に呑み込まれて吸引される。
「あっ、あっ、いっ……、気持ち、いぃ――」
 三田村の激しく濃厚な愛撫に、あっという 間に和彦は奔放に乱れてしまう。
 寝室に響く淫靡な濡れた音すら、盗聴器に拾われているのかと思うと、興奮を促す小道具 になっていた。
 柔らかな膨らみをきつく揉みしだかれ、仰け反りながら和彦は呻き声を洩らす。
「……ふっ……、うっ、 うっ、うっ……ん」
 三田村の舌がさらに追い討ちをかけてきて、和彦の下肢は完全に蕩けてしまう。
 内奥の入り口を 唾液で濡らし、喘ぐようにひくつかせる頃、ようやく三田村は逞しい欲望を与えてくれた。
 和彦は、声も出せずに快美さに 体を震わせる。三田村に熱っぽく見つめられながら、反り返ったものの先端から、透明な歓喜のしずくを滴らせていた。
「悦 んでくれているんだな、先生。こんなに泣いて……」
 三田村の掠れた声には、隠し切れない喜びが滲み出ていた。和彦は羞 恥と快感に体を紅潮させながら、内奥を丹念に突かれるたびに身悶える。
「んっ……くぅ、あっ、あっ――……、んううっ」
 これ以上なくしっかりと繋がると、三田村の両てのひらが肌をまさぐってくる。硬く凝った胸の突起を指の腹で擦られ、摘 み上げられて、たまらず和彦は両手を伸ばして三田村の頭を引き寄せ、口腔に含んでもらう。このとき、熱い欲望に内奥深くを抉 られて、全身を駆け抜ける快感に和彦は恍惚としていた。
 夢中で三田村の背を掻き抱き、虎の刺青を撫で回す。三田村は深 い吐息を洩らし、心地よさそうに目を細める。その表情にたまらなく愛しさを覚えた和彦は、三田村のあごの傷跡を舐める。
「……ぼくの、〈オトコ〉の味だ」
 そっと和彦が囁くと、三田村は欲望を抑えられなくなったのか、乱暴に腰を突き上げて きた。淫らに蠕動を繰り返す和彦の内奥は、〈オトコ〉の荒々しさに狂喜し、きつく締まる。
 甘えるような声を上げてしま い、そんな自分を恥じた和彦は、照れ隠しのように三田村の背に爪を立てていた。
 三田村が、緩やかに、しかし大きく律動 する。内奥の襞と粘膜を強く擦り上げながら、和彦が欲望の逞しさと熱さを堪能するように、三田村もまた、多淫な内奥の感触を しっかりと味わっているのだろう。
 二人は、敏感な部分を擦り付け合うだけの行為に、ひたすら耽る。それだけの行為が、 たまらなく気持ちよくて、和彦の体だけでなく心も満たしてくれるのだ。
「三田村っ……、お、く……、奥、してほしい……」
 和彦が必死に訴えると、上体を起こした三田村に片足を高々と抱え上げられ、抉るように内奥深くを突き上げられる。和彦 は悲鳴を上げ、身を捩るようにしてシーツを握り締める。そこをさらに突き上げられ、絶頂を迎えていた。
 迸り出た精が下 腹部を濡らすと、三田村の指に掬い取られる。すると、内奥から欲望が一度引き抜かれ、代わって指を挿入された。自分の放った 精に塗れた指を、和彦の内奥は見境なく締め付ける。
「あうっ――」
 再び欲望を根元まで呑み込んだとき、和彦は三田 村の意図がわかった気がした。繋がった部分に指先を這わせ、脈打つ三田村のものの根元にも触れる。
「……ここに、あんた も出してくれたら、結ばれたことになるのかな。ヤクザらしく言うなら、血の盃だ」
 喘ぐ息の下、ぽつりと和彦が洩らすと、 三田村はふっと目元を和らげる。
「先生に血を流させるのは、忍びない。俺の血だったら、いくらでも盃に注いでやれるんだ が」
「このほうが、いい。痛いのは嫌だし、ぼくには、合っている」
 三田村の熱い体にしっかりとしがみつきながら、 和彦はうっとりとして洩らす。
「ぼくのオトコは、三田村、あんただけだ」
「先生にそう言ってもらえるなら、俺はなん でもする。忠誠は、組長と組に。それ以外のものを全部、先生に捧げてもいい」
 いつになく情熱的な言葉を紡ぐ三田村の唇 をそっと吸い上げて、和彦は肩に額をすり寄せる。そして両手では、汗に濡れた虎を何度も撫でる。
「ぼくは、これが欲し い。……ぼくにだけは優しくて、愛情深い虎だ……」
 和彦の言葉に促されたように、三田村が律動を再開する。悦びの声を 上げた和彦は、三田村の腰にしっかりと両足を絡める。
 中嶋と絡み合ったあとだからこそ余計に、理屈も何も関係なく、た だ狂おしい欲望と衝動のままに激しく貪り合えることが、新鮮な悦びをもたらせてくれる。三田村の前でなら、和彦は何も取り繕 わなくて済む。浅ましく、淫らな姿すら、この男は当然のように愛してくれる。
「早、く……。あんたと、結ばれたい。もっ と、強く……」
「ああ。すぐに」
 三田村のものに内奥を掻き回され、擦り上げられ、抉られる。もっとも感じる部分を 探り当てられて突かれたとき、和彦は喉を反らして放埓に声を上げていた。指先まで行き渡るような快感に酔いしれようとしたが、 三田村はさらに深い悦びを与えてくれた。
「あっ……、うっ、くうっ……ん」
 内奥深くに熱い精をたっぷり注ぎ込まれ、 その感触を和彦は、淫らに腰を揺らして堪能する。
 三田村にきつく抱き締められながら、虎の刺青が彫られた背に爪を食い 込ませる。指先を通して、三田村の持つ力強さが伝わってきて、とても安心できる。一方で、内奥で感じる脈動には、狂おしいほ どの欲情を覚える。
 達したばかりだというのに、もう〈オトコ〉が欲しくなっていた。
「三田村……」
 掠れた声 で和彦が呼びかけると、荒い呼吸を繰り返しながらも三田村は、貪るような口づけを与えてくれる。
 和彦は、今度は甘やか すように背の虎を撫でた。


 何度となく、惜しみなく口づけを与え続けてくれた三田村が、物音を立てないよう慎重にベッドから抜け出す。半分瞼を閉じた 状態で、和彦はその姿をぼんやりと見つめる。どうやら和彦が眠ったと思い、帰り支度を始めるようだ。
 連絡を受けてから、 仕事を投げ出して駆けつけてくれたのだろうなと思うと、別れ際まで三田村に気をつかわせるのが申し訳なくて、和彦は眠ったふ りをしておく。
 三田村は、和彦の髪をさらりと撫でてから、静かに寝室を出ていった。
 このまま本当に眠ってしまお うと、広いベッドの上で思いきり手足を伸ばす。だが目を閉じたところで、微かな物音を聞いた。三田村が行き来している音だと 思い、さほど気にもかけなかった和彦だが、寝室のドアが開いたことで、ようやく異変を知る。
 三田村が戻ってきた――わ けではなかった。
 ベッドが小さく軋む音を立て、思わず和彦は目を開く。視線を動かすと、大きな人影がベッドに腰掛けて いた。カーテンを開けたままの窓から月明かりが差し込んでおり、かろうじて相手の顔が見える。
「……何、してるんだ……」
 和彦が問いかけると、賢吾はひっそりと笑った。
「ひどい言い草だな。ここは、俺のオンナを住まわせている部屋だぜ。 当然、勝手に入る権利はあるだろ」
「誰も、あんたがここに来たことを責めてない。純粋に……何をしに来たのかと思ったん だ」
「先生の様子を見に来た。まさか、三田村が先生を抱き殺すとは思えないが、一応俺なりに、アフターケアをしてやりた くて」
 もったいぶったような賢吾の物言いが、緩慢な思考の動きをさらに鈍くする。和彦は一声唸ると、前髪に指を差し込 んだ。
「そういえば、盗聴器を仕掛けたままなんだな。全部聞いたってことか……」
「誤解するなよ、先生。長嶺組長の 身の安全のために、仕掛けてあるんだ。何かあったら、組員が踏み込めるようにな。その盗聴器を通して、組長のオンナの艶かし い声が聞こえたところで、それはアクシデントというんだ」
「……あんたを咎める気はないんだが、そういう建前を言われる と、腹が立つ」
「だったら言い直そう。――俺の淫奔なオンナが、どんな男を咥え込むか気が気じゃないから、盗聴器を仕掛 けてあるんだ」
 和彦は片手を伸ばすと、賢吾の手の甲を抓り上げてやる。賢吾にとっては子猫にじゃれつかれた程度のこと だろう。楽しげに笑い声を洩らした。
「先生は大したものだ。骨抜きにされた男がみんな、金では買えないものを先生に差し 出してくる」
「ぼくはズルイ人間だと自覚はあるが、誰かに、何かを差し出せと命令したことはない」
「男が自分の意思 で差し出すから、性質が悪いんだ」
 ベッドに座り直し、体の向きを変えた賢吾が、和彦の体を覆っていた毛布を剥ぐ。三田 村に愛されたばかりの体を晒してしまい、さすがに羞恥で身じろいだが、そんな和彦の体を愛でるように、賢吾は目を細めて見下 ろす。
「千尋は、若い情熱とひたむきさを。結果として、長嶺組と先生を繋ぐ役割を果たした。三田村は、安らぎを。先生が 俺のオンナである限り、あの男は命をかけて組と俺に忠誠を尽くす。鷹津は、刑事という肩書きを。先生のために働きながら、そ の先生のバックにいる長嶺組に、使える情報を運んでくる。本人は不本意だろうがな」
 話しながら賢吾の手が、まだ汗ばん でいる和彦の体を這い回る。三田村に愛されたばかりの体を、そうやって検分しているのだ。促されるまま両足を立てて開くと、 内腿に残る愛撫の痕跡にまで指先が這わされ、和彦は体を強張らせる。
「……秦は、中嶋を。正確には〈弱み〉だな。あの男 は、厄介なトラブルを抱え込んでいるが、けっこうな金脈も背負っている。身の安全と引き換えに、長嶺組が利用させてもらうこ とで話はついている。先生と知り合ってなかったら、とっくに殺されていても不思議じゃない男だ。なんだかんだで先生に頭が上 がらない」
 いきなり、賢吾の手が両足深くに差し込まれ、柔らかな膨らみをまさぐられる。巧みに揉みしだかれ、一気に下 肢から力が抜けた和彦は、意識しないまま腰を揺らしていた。三田村にもさんざん弄られ、愛された場所だ。そこをさらに賢吾に 弄ばれると、背徳感と、抗いがたい快感が生まれる。
「うっ……」
「そして、中嶋だ。あの男は、総和会の中での、先生 の手駒としての自分を差し出した。今はまだ必要を感じないだろうが、使い方を覚えろ。いい手駒――というより、先生の兵隊に なってくれるぞ、中嶋は。さぞかし立派な、総和会内での長嶺組の勢力にもなってくれるだろう。あいつも、先生と長嶺組の力を 利用したがっているしな」
 楽しげに、しかし落ち着いた口調で話す賢吾だが、愛撫を施す手つきは荒々しい。和彦は何度も 声を上げて身悶える。
「先生がこの先、どんな旨みを持った男を骨抜きにしてくれるか、楽しみだな」
「はっ……、うっ、 あっ……。人を、性悪女みたいに、言うなっ……」
「ほお、違うのか?」
 和彦が本気で睨みつけると、月明かりを受け た賢吾の目が妖しい光を放つ。
「性悪でもなんでもいい。お前は、俺のオンナだからな」
 大蛇が巨体をしならせる。そ んな光景が脳裏に浮かび上がるような動きで、賢吾がベッドの上に乗り上がってくる。和彦の片足を無造作に抱え上げて、蕩けた 内奥に二本の指を挿入してきた。
「ううっ」
 三田村の欲望で擦り上げられた和彦の内奥は、ひどく感じやすくなってい る。それがわかったうえで賢吾は、襞と粘膜をまさぐってくる。
「――たっぷり三田村に愛してもらったようだな。あいつは いつも、俺の命令以上の働きをしてくれる」
 和彦がきつい眼差しを向けると、悪びれた様子もなく賢吾は口元に笑みを湛え る。
「三田村は、俺の命令でもない限り、このベッドの上で先生を抱いたりしないだろ」
 ああ、と思った。この部屋は 賢吾のテリトリーだ。その賢吾に仕え、忠誠を誓っている三田村は自らの意思で、そのテリトリーの中で和彦を抱くことはない。 そこには、三田村なりの複雑な気持ちがあるのだと思う。賢吾に対する遠慮や、男としてのプライドといったものだ。
 それ を曲げて、このベッドで和彦を抱いたということは、賢吾の言う通りなのだろう。
 賢吾が、和彦との交わりにおいて、屈辱 的な形で三田村を加わらせたことはこれまでもあったが、こんなことを告げられるとやはりショックは受ける。複数の男と関係を 持っている和彦なりに、繊細な部分は持っているつもりだ。
 内奥から指を引き抜いた賢吾が、和彦の顔を覗き込んでくる。 表情を見られたくなくて横を向こうとしたが、容赦なくあごを掴まれて止められた。
「……そんな顔をするな、先生。あんま り先生と三田村の仲がいいから、ちょっと意地悪を言ってみただけだ」
「意地悪?」
「俺は三田村に、先生の様子を見て、 側についていてやるよう言っただけだ。――このベッドで先生を抱いたのは、あいつなりに思うことがあったからだろうな」
 戸惑った和彦は何も言えず、視線をさまよわせる。そんな和彦の頬を、賢吾が優しい手つきで撫でてきた。
「あいつも、厄 介なものに惚れちまったもんだ。色男のくせして、男に対して滅多にないほど淫奔で、そのくせ、どれだけの男に注いでも尽きな いぐらいの愛情を抱え持っている、本当に厄介な生き物だ……」
 和彦は賢吾の手を押し退けると、慎重に体を起こす。大蛇 を潜ませた賢吾の目をまっすぐ見据えて言った。
「言っておくが、あんたに目をつけられるまで、ぼくはそれなりに慎み深く 生きてきたんだ。しかも、平穏に」
「いーや、先生ならそのうち絶対、男絡みで刃傷沙汰を起こされていたな。よかったな。 そうなる前に、ヤクザに保護されて」
 ニヤニヤと笑う賢吾の顔が本当に憎たらしい。バスローブを羽織った和彦はベッドか ら下りようとしたが、腰に賢吾の腕が回されて引きとめられた。
「……まだ何かあるのか」
「ゾクゾクするほど興奮した ぞ。先生と中嶋が絡み合う声は」
 ドキリとした和彦は、ぎこちなく賢吾を見る。すでにもう賢吾は笑っておらず、表情らし い表情は浮かべていない。しかし両目にちらつくのは、欲望の種火だ。明らかに賢吾は興奮していた。その目で見つめられると、 息が止まりそうになる。
「男でも雄でもない、〈オンナ〉同士の絡む声だ。あれは、録音する価値があった。映像に残せなか ったのは残念だが――」
 息もかかるほど間近に賢吾の顔が寄せられた。
「機会があれば、目の前で見てみたいものだな」
 一瞬にして、賢吾が本気で言っていると察した和彦は、顔を熱くする。こんなときに限って、上手い切り返しが思いつかな い。
「嫌……だ」
「嫌か?」
 賢吾の声が柔らかな笑いを含む。和彦は逃げるように寝室を出ようとしたが、ふとあ ることが気になって振り返る。どうした、と言いたげに賢吾が首を傾げ、なんでもないと和彦は首を横に振る。
 大したこと ではないのだ。ただ、さきほどの賢吾の話で、和彦と関係を持つ男たちが金では買えないものを差し出していると言っていたが、 肝心の賢吾は何を――と思ったのだ。
 少しだけ期待を込めて。




 和彦が睨みつけると、華やかな美貌の男は大仰に目を丸くしたあと、柔らかな苦笑を浮かべた。和彦が何に対して怒っているか、 すぐに察したようだ。
 いや、察したというより、和彦の反応をあらかじめ予測していたのだろう。
「機嫌が悪いようで すね、先生」
 頼んでいたカフェオレがテーブルに運ばれてくるのを待ってから、秦が口を開く。和彦はカップに手をかけつ つ、秦に向ける眼差しをますます険しくする。本気で怒っている、ということを示すためだが、ヤクザ相手にさんざん恫喝された 経験を積んでいるであろう男には、まったく通じていない。
 すぐにバカらしくなった和彦は、短く息を吐いてから切り出し た。
「――中嶋くんを煽っただろ」
「おや、なんのことですか」
 白々しくとぼける秦の向こう脛を、和彦は遠慮な くテーブルの下で蹴りつけてやる。口元に笑みを湛えたまま眉をひそめるという、器用な表情を造った秦は、視線をちらりと他の テーブルへと向けた。二人からやや離れたテーブルについているのは、和彦の護衛の組員だ。
 物言いたげな顔で再び秦がこ ちらを見たので、和彦はわざと意地の悪い笑みを浮かべた。
「自分と会うのに護衛がいるのか、と言いたげだな」
「先生 と、せっかくシャレたカフェでお茶をしているのに、緊張すると思っただけです」
「寒い中、車で待ってもらうのも悪いだ ろ――と、ぼくの護衛については、君に関係ない。それより、ぼくの質問に答えろ」
 秦はキザな仕草で軽く肩をすくめたあ と、一瞬にして真剣な顔となった。掴み所がなく得体の知れない秦だが、こういう表情になると、ヤクザ並みの修羅場をくぐって きた男に見えてくるから不思議だ。
「……煽ったつもりはないですよ。ただ、クリスマスツリーの飾りつけを先生に手伝って もらって、正月に先生と二人きりで散歩したことを、中嶋に知られただけです」
「知らせた、の間違いじゃないのか」
「間が悪い男なんですよ、わたしは」
「自分が今どこに住んでいるのか、教えないこともか? ぼくを連れ込むことはできて も、彼に住所すら教えられない理由は?」
 手厳しい、と声に出さずに秦が呟く。和彦は、口が達者な秦を言い負かしたこと に爽快感を覚えるでもなく、顔をしかめてカップに口をつける。
 年が明けてからの気忙しさの原因の一つは、まず間違いな く、中嶋と秦のことがある。中嶋と肌を合わせてから、和彦は落ち着かないのだ。収まるべきところに、大事なものが収まってい ないような、奇妙な居心地の悪さもある。
 だから、クリニックの開業を目前に控えた忙しい中、こうして秦を呼び出して話 していた。
「深入りするな、厄介なことに巻き込みたくない――と、中嶋くんに言ったらしいな。そんなことを言われたら、 かえって気になるし、冷静さを失う」
「本当に中嶋は、先生に懐いていますね。なんでも話す」
「そ れが君の望みじゃないのか。ぼくを利用して、中嶋くんを変えたいんだろ」
「少しは変わりましたか、中嶋は?」
 和彦 は即答を避け、中嶋とのやり取りをゆっくりと思い返す。セクシャルな行為については、考えるだけで顔が熱くなってくるが、そ れでも、肌を滑った指や唇、舌の感触だけでなく、交わした会話の一つ一つをよく覚えていた。
「――……君と、強く結びつ きたがっていた。〈オンナ〉の悦びを知りたいとも言っていたな。胡散臭い男のために」
 こう告げたとき、秦は喜びと同時 に、ほろ苦さを感じたような笑みを唇に刻んだ。胡散臭い男の内面は、和彦には想像もつかないほど複雑なようだ。
「先生に お願いしてよかった……。何年も先輩・後輩としてつき合っていようが、きっかけがなければ中嶋は、口が裂けても心の内を晒し たりはしませんよ。きっと、眼差しで訴えてくるだけだ」
「そして君は、気づかないふりをするわけだな」
「目の前に、佐伯和彦という〈オンナ〉が現れなければ、そうなっていたかもしれません。それとも、わたしが中嶋の前から 姿を消していたか――」
 秦が言うシャレたカフェだけあって、隣のテーブルに若い女性二人がつき、さっそく華やかな笑い 声を立てる。昼間から、物騒で淫靡な会話を交わしている自分たちとは大違いだと和彦は思った。
「それで先生は、わたしが 中嶋を煽ったから、怒っているんですか? それだけとも思えないのですが……」
 耳に届く女性たちの会話に気を取られて いたが、我に返って秦を見据える。和彦は、低く囁くような声で告げた。
「自分の欲望のために、長嶺組長の〈オンナ〉を利 用した代償は、高くつくかもしれないぞ。君だけが代償を払うんじゃなく、中嶋くんも、何かを払うことになる」
「……堂に 入ってますね、先生。下手なヤクザに恫喝されるより、怖い」
 和彦はもう一度、秦の向こう脛を蹴りつけて、乱暴にカップ に口をつける。秦はおかしそうに声を洩らして笑った。
「笑いごとじゃない。長嶺組の庇護を受ける君はそれでいいかもしれ ないが、中嶋くんは今は、総和会の人間だ。困った立場になったりしないかと思ったんだ。……こういう心配をしてイライラして いるのはぼくぐらいで、みんなやけに泰然と構えているから、腹が立つというか、なんというか……」
「ヤクザの手口のえげ つなさが、骨身に沁みているという口調ですね」
「実際、沁みるどころか、刻みつけられているんだ」
 ムキになって言 い返すと、秦は目を丸くしたあと、顔を伏せて肩を震わせる。噴き出したいところを、必死に堪えているらしい。
 余裕たっ ぷりの秦を睨みつけながら和彦は、やはり、と心の中で呟いていた。
 秦が、賢吾と何かしらの策略を共有しているのは間違 いない。そのうえで、和彦に自分の弱みを差し出すという形を取りながら、賢吾と強固に繋がろうと目論んでいる。もしくは、そ うするよう、賢吾が働きかけたのか。
 そして中嶋も、和彦と関わることで、賢吾と繋がりつつある。それを強く実感させら れたのは、賢吾が言っていた『先生の兵隊になってくれるぞ、中嶋は』という言葉だ。
 見た目は普通の青年ながら、中身は 切れ者のヤクザである中嶋は、出世のための計算ができる男だ。――恋に溺れながらも。
 和彦は、自分が利用される状況は 甘受できる。しかし、自分の知らないところで、何かとてつもない事態に巻き込まれるのではないかと思うと、やはり落ち着かな いし、苛立ちもするのだ。
「……腹の内を見せない人間に囲まれて、自分がどんどん疑り深い性格になっていくようだ……」
 思わず和彦がぼやくと、ようやく秦が顔を上げ、柔らかな微笑を向けてくる。
「そういうことを正直に口にするあたり、 先生は甘いですね」
「一人ぐらい甘い人間がいないと、息が詰まるだろ、物騒な男ばかりの世界じゃ」
「つまり先生が、 その物騒な男たちの癒しとなってくれるわけですね」
 皮肉を言っている様子はなく、むしろ楽しげな秦をまじまじと見つめ て、和彦は苦い口調で応じる。
「誰も、そこまで言ってないだろ。ぼくはそこまで、博愛精神に溢れてないぞ」
「そうで すか? わたしは、先生に救われてますよ」
「君を救ってほしいとぼくに泣きついてきたのは、中嶋くんだ」
「そうでし た……。わたしは、中嶋に救われたんでした……」
 そう洩らした秦の声は、いままで聞いたこともないような響きを帯びて いた。苦々しい自嘲を滲ませながらも、柔らかく穏やかだ。そんな声を聞かされて、和彦はつい、こんなことを言っていた。
「――本当は、『おれ』と言うらしいな」
 一瞬、意味がわかりかねたように秦が目を見開く。
「えっ?」
「中嶋く んがうっかり口を滑らせたんだ。秦静馬は普段、『わたし』なんて澄ました言い方をしているが、実は『おれ』と言うんだ ろ。……気を許した相手の前で」
「……中嶋は本当に、先生相手だとなんでもしゃべりますね」
 芝居がかった困惑の表 情を見せる秦に、和彦は素っ気なく応じた。
「ぼくは骨を削るだけじゃなく、カウンセリングも上手いんだ」
 途端に秦 がニヤリと笑う。
「だったら先生、わたしにアドバイスをください。どうすれば、わたしの〈恋〉は上手くいくと思います?」
 恥ずかしい単語をよく口にできるものだと思いながら、和彦は腕時計に視線を落とす。もちろん左手首に収まっているのは、 三田村から贈られた腕時計だ。
 このあと行く場所があるため、秦に小言をぶつけるのは、そろそろ切り上げなければいけな い。
「それは、カウンセリングじゃなく、恋愛相談の部類だろ……。とりあえず、君が今住んでいるところに招待したらどう だ。本当は、深入りもさせたいし、自分の事情にも巻き込みたくてたまらないんだろ? 心配ゆえの秘密主義だろうが、君が思っ ているより、彼はしたたかでタフだぞ」
「先生のように?」
 秦が、毒々しいほど甘い眼差しを向けてくる。中嶋とベッ ドの上でどんなふうに絡み合ったか、すべてを一瞬にして見透かされそうな危惧を覚え、和彦は慌てて伝票を手にして席を立つ。
「先生――」
「……今のはウソだっ。ぼくのカウンセリングは、女性相手じゃないと的確さに欠けるんだ」
 言い訳 がましく言い置いて和彦が歩き出すと、背後から、秦の軽やかな笑い声が聞こえてくる。他人の恋愛相談など、慣れないことはす るものではないと後悔しながら、和彦は足早にカフェをあとにした。









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