と束縛と


- 第20話(1) -


 目の前に里見がいるということが、いまだに信じられなかった。
 和彦の記憶の中にある里見は、活力に溢れた二十代の青年で、当時から人好きのする魅力的な外見の持ち主だった。今は、年齢を重ねた分、包容力と知性がさらに増したように見える。まさに、紳士という表現がしっくりくる。
 優しげな眼差しで和彦を見つめる癖がまったく変わっていないことに、安堵する反面、気恥ずかしいものを感じ、和彦はカップを覗き込むように顔を伏せる。
「――なんだか不思議だ」
 里見の言葉に、ハッとした和彦はすぐに顔を上げる。目が合うと、里見特有の優しい雰囲気に搦め捕られたようになっていた。
「何、が……?」
「君が、先生と呼ばれる職業に就いているなんて。わたしが知っている君は、高校の制服を着ている姿までだからな。そしてわたしは、そんな君に勉強を教えている〈先生〉だった」
「里見さんのおかげだよ。ぼくが優等生でいられたのは」
 昔のことを思い出したのか、里見は短く声を洩らして笑う。その拍子に前髪が額にかかり、自然な仕草で掻き上げた里見の左手を、さりげなく和彦はチェックしていた。あって当然だと思っていた結婚指輪は、薬指にはない。
 妙なことに気づいた自分に居心地の悪さを覚え、和彦は思わず視線をさまよわせる。
「まじめな家庭教師だったのは、君が中学生のときまでだ。あとはもう息抜きと称して、君を連れ回していた」
「……やっぱり、里見さんのおかげだよ。ぼくが人並みの子供らしく、外の世界に触れられたのは。そうじゃなかったら、ぼくは陰気な子供のままだった」
 和彦が佐伯家のことを口にした途端、里見は表情を曇らせる。こんな表情まで、渋くて魅力的だと思うと、里見がいい形で年齢を重ねてくれたことに、和彦は内心で感謝せずにはいられない。
 危機感を持つべき状況だと頭ではわかっているのだが、このときの和彦は、里見に会ったことで舞い上がっていた。里見が少しでも、家庭的なものを匂わせたり、仕事疲れによる陰鬱なものをまとっていればまた違ったのかもしれないが、幸か不幸か、和彦を失望させるものを里見は何も持っていない。
「――相変わらず、佐伯家のことを話すときは苦い顔をするんだな」
 里見の指摘に、思わず苦笑を洩らす。
「里見さんも知ってるだろ。ぼくは大学に入ると同時に一人暮らしを始めて、それから滅多に、実家には顔を出さないんだ」
「佐伯さん……、佐伯審議官から事情は聞いている。それと、英俊くんからも」
「里見さんこそ相変わらず、父さんにとっては目をかけている部下で、兄さんにとっては信頼できる上司なんだね」
「あいにく、四十歳前に省庁を辞めて、わたしは今は、企業シンクタンクの人間だ」
 驚きで目を見開く和彦を、里見は楽しげに見つめている。大人なのに、ときおり子供っぽい表情を見せるところも変わらないと、静かに息を吐き出した和彦はコーヒーを一口飲む。
 頭が軽く混乱しているため、整理する必要があった。
 里見真也(しんや)は、和彦のかつての家庭教師だ。本来の立場は父親の部下で、〈勉強会〉に参加するためよく佐伯家を訪れていたのだが、愛想のない和彦を何かと気にかけて、勉強も見てくれていた。それを知った父親は、上司としての権限を行使し、里見に和彦の家庭教師という名の世話役を押し付けたのだ。
 里見は、和彦にとっては実の兄よりも兄らしい存在だった。省庁勤めで多忙をきわめているはずなのに、休みの日には自宅に招いてくれたり、外に遊びに連れ出してくれた。佐伯家と学校という世界しか知らない和彦に、さまざまな刺激を与えてくれたおかげで、今の和彦がいると言ってもいい。
 ただ、里見とのつき合いは、和彦の大学入学を機に途絶えた。一気に人間関係が広がった和彦から、里見が身を引いたという表現が正しいかもしれない。それから連絡も取ることなく、今日がおよそ十三年ぶりの再会となる。
 その間、和彦の身にはさまざまなことが起こったが、それは里見も同じだったようだ。
「――仕事を抜け出しているから、あまり時間が取れないんだ。……どうして今日、ぼくの前にあなたが?」
 里見との間で語れる思い出はいくらでもあるが、今日はそのために、互いに会ったわけではない。懐かしさを振り切るように和彦は本題に入った。
 里見の答えは、ある程度予測できたものだった。
「わたしの今の勤め先を用意してくれたのは、佐伯審議官だ。IT研究機関としては最大手で、わたしの能力を存分に発揮できるといってね。つまりわたしは、勤め先は変わったが、今でも君のお父さんの部下のようなものだ。だから、頼まれごとをされると断れない」
「そう……」
「ただ、わたし自身、君に会いたかったというのもある。大人になった君に、わたしはもう必要とされていないという意識もあったから、どんな理由であれ、会える口実ができたことを素直に喜んでいた」
 ここで和彦はメッセージカードを取り出し、里見の前に置く。里見は照れたように笑った。
「佐伯審議官から、君と接触を持ってほしいと頼まれたんだ。君の友人は、佐伯家のほうに不信感を持ち始めて、そろそろ協力的ではなくなったからと。その点、わたしはうってつけだ。佐伯家とのつき合いは長いし、かつての君の家庭教師であり、佐伯審議官からの命令に逆らえない立場だからね。――君の誕生日プレゼントにこのカードをつけたのは、わたしの独断だ。自分で選んだプレゼントだから、ちょっとした細工をするのは簡単だった。……君がこの場に来なければ、わたしでは連絡役は務まらないと報告するつもりだった」
「つまりぼくは、里見さんの目論見にまんまと釣られたわけだ」
「君の気持ちを試した。大人は、ズルイんだよ」
「ぼくはもうとっくに、そのズルイ大人だよ、里見さん」
 和彦の言葉に何かを刺激されたのか、里見が強い眼差しを向けてくる。穏やかで優しいだけではない里見の性質が、わずかに透けて見えたようだ。
 綺麗事だけで官僚の世界を生きてきたわけではなく、アクの強い父親の忠実な部下でいるには、それなりのしたたかさや狡猾さが必要なのだ。里見は、子供であった和彦にもそういったことを隠さず教えてくれ、だからこそ和彦は、里見を信頼していた。
「佐伯審議官からは、君に実家に顔を出すよう促してくれと頼まれた。いろいろと相談したいことがあるそうだ。それと、君が今どこで暮らし、働いているかを聞き出してくること。どんなトラブルに巻き込まれているかも知りたいそうだ」
 かつての家庭教師ぶりを思い出す、歯切れよい里見の話に、和彦は苦笑を浮かべる。まさか、ここまではっきり言うとは思っていなかったのだ。
「里見さんとしては、ぼくが実家に顔を出すことをどう考えている?」
「早く顔を見せて、家族を安心させたほうがいい――と言うつもりはない。佐伯家は今、英俊くんの国政出馬のことでピリピリしている。その状況で、これまで放任していた君を捜しているとなれば、目的があるんだろう。肉親の情以外の何か、が」
 和彦と佐伯家の関わりについてここまで精通していると、父親としても、さぞかし里見に指示を出しやすかっただろう。そもそも、佐伯家が澤村と接触を持ったのは、澤村から引き出した情報を里見に与え、こうして和彦に会わせることが目的だったのかもしれない。
「……兄さんが選挙に出るという話、本当だったのか……」
「その情報は誰から?」
 柔らかな口調で里見に問われ、和彦も同様の口調で応じる。
「内緒」
 気を悪くした様子もなく、里見は軽く肩をすくめた。
「その口ぶりだったら、こちらの知りたいことは何も教えてくれないだろうな」
「ごめん。いろいろと複雑な立場なんだ。それに、ぼくの事情に巻き込みたくない」
「事情というのは、トラブルとも言い換えられるのか?」
 この瞬間、和彦の脳裏を過ったのは、長嶺組の人間に拉致され、賢吾が見ている前で道具を使って辱められた光景だ。そのときの様子を撮影された挙げ句に、プリントアウトしたものをクリニックにばら撒かれたのだが、そのことを里見も知らされているのだろうかとふと考える。
 和彦の感情の揺れは表情に出たらしく、里見は軽く目を見開いたあと、急に怒りを感じたように険しく眉をひそめた。
「まさか脅迫されて、意に沿わないことをされているのか? だから、自分の居場所について話せないんじゃ――」
「違う、里見さんっ……。そんな単純なことじゃないんだ」
「単純か複雑かは関係ない。君がひどい目に遭うことが、わたしは耐えられないんだ」
 らしくない里見の激しい口調に、和彦は胸の内でそっとため息をつく。尋ねるまでもない。里見は、長嶺組がばら撒いた写真を見ている。
 辱められた自分より、そんな写真を見た里見に対して痛ましさを覚えていた。その理由を、里見自身が口にする。
「……わたしは、人見知りが激しくて、滅多に笑わない子供だった君を、高校を卒業するまでずっと側で見てきたんだ。驕った言い方をするなら、君を大事にしてきた。だからこそ大人になって、自分で幸福になる道を選べるようになったのなら、わたしがしゃしゃり出ることもないと思っていた」
「何年経とうが、ぼくに対して過保護だな、あなたは」
 静かな口調で激高している里見を落ち着かせるよう、和彦は冗談っぽく言ってみるが、無駄だった。里見は眉をひそめたままテーブルの上で両手を組む。
「佐伯審議官に相談を持ちかけられたときも、半信半疑だった。だが、写真を見せられて気が変わった。――今の君を放っておくべきじゃないと」
 困る、という一言が出てこなかった。思いがけない里見の登場に、明らかに和彦の心は揺れている。ただの元家庭教師というだけでなく、佐伯家で居場所のなかった和彦にとって、里見の存在は特別だった。
 里見のおかげで、和彦は〈大人〉になれた。家族と馴染めないからこそ、足りないものを他人とのつき合いで補う術を教えてくれたのだ。
 佐伯家の人間とは会いたくない。しかし、里見とは――。
 気持ちが掻き乱され、何も考えられない和彦は、危うくすべてを話してしまいそうになったが、寸前で脳裏を過ったのは、今関係を持っている特別な男たちの顔だった。
 唇を引き結んだ和彦は、里見の顔をまっすぐ見据える。
「……ごめん、里見さん……。もう時間がないんだ。そろそろ戻らないと、患者さんを待たせることになる」
 里見は穏やかに微笑んだ。
「医者として仕事をしているらしいと、君の友人から話は聞いていたんだが、本当みたいだな」
「もちろん」
「ならまあ、君の口から情報を一つ引き出せたことに、満足しておこう」
 そんなことを言った里見が、名刺入れから一枚の名刺を取り出し、手早く何か書き込む。渡された名刺を受け取った和彦は、それが携帯電話の番号だと知った。
「これ……」
「連絡先を教えてほしいとは言わない。その代わり、わたしの連絡先を知っておいてくれ」
 困惑する和彦に、里見はこう付け加えた。
「卑怯な言い方をするなら、佐伯審議官の心象を悪くしないためにもわたしは、君と連絡を取れる立場を確保しておきたい。――君から連絡が欲しい。もっと言うなら、また会いたい」
 ズルイ大人のようなことを言う里見から、嫌な印象はまったく受けなかった。口調があまりに切実だったからだ。
「……実家のことでいろいろと聞きたいことはあるけど、今は本当に時間がないんだ。それに、いつ電話できるか、約束もできない」
「かまわない。都合のいいときに、わたしのオフィスでも携帯でも、どちらでもいいからかけてくれ」
 生活のすべてを長嶺組に――賢吾に把握されている和彦にとって、里見の名刺を持っていることはリスクが高い。十秒ほど考え込んでから、結局和彦は名刺を受け取り、ジャケットのポケットに入れて立ち上がる。もちろん、メッセージカードも忘れない。
 別れの挨拶の代わりに、和彦は里見にこう尋ねた。
「――里見さん、ぼくは今、どんなふうに見える?」
「ハンサムで知的な、育ちのいい青年に見える」
 あまりにあっさりと答えられ、聞いているほうが恥ずかしくなってくる。
「……臆面もなく、そういうことを言えるところも、相変わらずだ」
「本当に嬉しいんだ。大人になった『和彦くん』に会えて」
 里見の言葉に、胸に甘く切ない感覚が広がる。自分も里見に会えて嬉しいのだと言いたかったが、気持ちが舞い上がりすぎて声が出なかった。
 和彦は深々と頭を下げると、逃げるようにその場を立ち去った。


 スタッフが帰り、一人クリニックに残った和彦は、やっと肩から力を抜く。昼間からずっと引きずってきた興奮はどうにか鎮まりつつあるが、それは同時に、まともな思考能力が戻ってきたことを表している。
 自分に向けられる男たちの執着や、今の生活に感じる愛着としっかり向き合うために、和彦は里見に会いに行った。里見の中にいるであろう、高校生までの自分と決別もしたかったし、どこにでもいる中年男になった里見の姿も見たかった。
 だが、和彦の目的は一つも果たせなかったといえる。
 イスに腰掛けた和彦は、里見がくれた名刺を手の中で弄ぶ。
 悔しいほど、里見は昔のままだった。いや、年齢を重ねた分、落ち着きと深みが増して、さらに魅力的な大人の男になっていた。その大人の余裕で、成長した和彦に対しても穏やかな眼差しを向けてくれた。里見にとって、和彦が何歳になろうが関係ないのだ。
 心地いい思い出に浸りそうになり、我に返った和彦は名刺ホルダーに里見の名刺を加える。マンションの部屋に持ち帰るより、クリニックで保管したほうがかえって人目につかず安全だ。
 里見が書いたメッセージカードは、すでに燃やした。一緒に名刺も処分してしまおう――とは考えなかった。
 里見が直接手渡してくれた、最後のものになるかもしれない。
 そう考えるのは誰かに対する裏切りになるのだろうかと、自問しながら和彦は、名刺ホルダーをキャビネットに仕舞い、鍵をかけた。
 後ろ髪を引かれるような想いを断ち切り、手早く帰り支度を整えると、クリニックを出る。
 夕方になって突然〈決められた〉のだが、実はこれから、長嶺の本宅に向かわなければならない。賢吾から電話がかかってきて、いつものように夕食に誘われたのだ。クリニックを開業してから何かと多忙な和彦の食生活を、長嶺組として気遣っているらしい。夕食の誘いは頻繁だ。
 ただ、今日に限っては間が悪いとしか言いようがない。
 エレベーターの中で和彦は、手荒く自分の頬を撫でる。顔の筋肉が強張ってしまい、不自然な表情になりそうなのだ。興奮が鎮まった代わりに、今度は緊張感が肩にのしかかる。
 昼間、里見に会ったあと、夕方からは賢吾と顔を合わせるのだ。大蛇を潜ませたあの目に見つめられれば、問われもしないうちに、何もかも話してしまいそうで、怖い。だからといって誘いを断る選択肢は、和彦にはなかった。
 ビルを出ると、いつもの手順で迎えの車に乗り込み、長嶺の本宅に向かう。
 組員に出迎えられて玄関に入ると、コートとアタッシェケースを預けて、まっすぐ賢吾の部屋へと行く。
 緊張のあまり、不自然な態度を取ってしまうのではないかと危惧していたが、寛いだ様子で座卓についた賢吾の姿を見ると、胸の奥がじわりと熱くなった。
 自分にとっての日常が、目の前にある。理屈ではなく、本能的にそう思った和彦は、すぐには声が出せず、ただ立ち尽くして賢吾を見つめる。
 ニュース番組を観ていた賢吾が、そんな和彦を見てニヤリと笑い、テレビを消した。
「――どうかしたのか、先生。いまさら俺の顔なんざ、珍しくもないだろ」
 賢吾の言葉に我に返り、和彦は慌てて部屋に入って障子を閉める。
「別に……、あんたの顔を見ていたわけじゃない。人を呼びつけておいて、悠然としているなと思ったんだ」
「なんだ。俺に玄関まで出迎えてほしかったのか?」
 からかってくる賢吾に抗議しようとすると、組員がお茶とおしぼりを運んできたため、和彦も座卓についた。
 賢吾が正面からじっと見つめてくる。いつになくその視線を意識しながら、熱いおしぼりで手を拭いた和彦は、さりげなく障子のほうを見る。
「千尋は?」
「すぐにやってくる。先生に渡したいものがあるそうだ」
 こう言われてピンとこないほど、和彦は鈍くない。そっと眉をひそめると、賢吾は短く声を洩らして笑った。
「そんな顔をするな。高いものは買ってないそうだから、気楽に受け取ればいい。あいつなりに大事な先生を喜ばせようと、あれこれ考えているんだ」
 賢吾の口調が心なしか柔らかくなる。賢吾と千尋の父子関係は独特で、特殊ですらあると言えるが、こういうときに和彦はやはり実感するのだ。ヤクザの組長である男は、一方で、一人息子をしっかりと育て上げてきた男でもあるのだと。
 面映くなった和彦は、お茶を一口飲んでぼそぼそと応じる。
「……長嶺の男は、けっこうマメなんだな」
「それは、じいさんも込みで褒めているのか?」
 さりげない賢吾の指摘に、和彦は慌てて湯のみを置いていた。里見と会ったこと以外に、賢吾にもう一つ隠し事をしていたことを思い出したのだ。独断で守光の側近に連絡を取り、誕生日プレゼントの礼を伝えてもらった件だ。
 もっとも、隠し事というより、未報告といったほうが正確だろう。和彦は自分の口から話すつもりだったし、すでにもう守光が賢吾に話したかもしれない。
「言うのが遅くなったが――」
 和彦が説明しようとしたとき、廊下から慌しい足音が聞こえてきたかと思うと、勢いよく障子が開いた。姿を見せたのはもちろん千尋で、なぜかスーツを着ている。
「先生っ」
 パッと表情を輝かせた千尋が、人懐こい犬っころのように和彦の側にやってくる。きれいにセットされた髪や、鼻先を掠めたコロンの香りから、千尋がこれから出かけるのだと見当がついた。
「どこか行くのか?」
「オヤジの代理で、ちょっとね」
 そう答えてから、千尋がジャケットのポケットから小さな紙袋を取り出す。
「先生、手出して」
「えっ、ああ……」
 和彦が手を出すと、てのひらにその紙袋がのせられた。誕生日プレゼントだと言われ、思わず眉をひそめた和彦に、千尋は屈託なく笑いかけてくる。
「大丈夫。ものすごく安いものだから。でも絶対、先生は喜んでくれる」
 千尋に促され、和彦は紙袋を開ける。中に入っていたのは皮製の携帯ストラップだった。
 まじまじと眺めてから顔を上げると、千尋がじっと和彦の反応をうかがっている。和彦は顔を綻ばせた。
「ありがとう。嬉しいよ、千尋」
「よかった。値が張るもの贈ったら、先生が目を吊り上げて怒ると思ったから、いろいろ考えたんだ。あっ、もちろん、俺とお揃いだから」
「……だと思った」
「本当は誕生日当日に渡したかったんだけど、俺はじいちゃんに同行してるから時間が取れそうにないからさ、今のうちにと思ったんだ。――と、じいちゃんで思い出した」
 千尋が反対側のポケットをさぐり、てのひらサイズの桐箱を取り出す。なんとなく嫌な予感を感じて和彦は身構えたが、それに気づいた様子もなく千尋は嬉しそうに言った。
「これは、じいちゃんから先生への誕生日プレゼント」
「えっ、ぼくに、って……。会長がそう言ったのか?」
「うん。先生に、けっこう前から準備してたみたい。思いついてすぐに準備できるものじゃないから。この〈特別な〉プレゼント」
 開けてみるよう促され、長嶺の男二人の強い視線を受けながら和彦は、そっと蓋を開ける。
 桐箱に納まっていたのは、バッジだった。精巧な象眼(ぞうがん)細工によって描かれているのは総和会の代紋で、和彦は息を呑んで指先を這わせる。バッジの表面に打ち込まれているのは、おそらく純金だろう。
「ダイヤモンドを埋め込むような悪趣味さはなかったようだな、総和会会長には」
 皮肉っぽい口調で言ったのは賢吾だ。その言葉に反応もできず、和彦は困惑しながらバッジを見つめる。
 一枚の大きな葉と、十枚の同じ大きさの葉が『総』の字を囲む総和会の代紋は、すでに和彦にとって馴染みの存在となったが、こんなに間近でバッジを見るのは初めてだった。総和会に限ったことではないが、揉め事や警察の監視の目を極力避けるため、組バッジを堂々とつけて出歩く人間は多くないのだ。
「これを、ぼくに……?」
「先生みたいに、総和会の協力者という立場の人には、普通は渡さないんだけどね。先生は長嶺組の庇護下にあるから、事情が違う」
 少し意地の悪い見方をするなら、総和会のバッジを悪用する可能性が低いと判断されたのかもしれない。
「俺、先生の誕生日のこと誰にも話してなかったのに、なぜかみんな知ってるんだよなー」
 千尋がぼやきながら、賢吾に視線を向ける。つられて和彦も見ると、意味ありげな笑みとともに賢吾が言った。
「俺からも、先生にプレゼントがあるから、楽しみに待っていろ」
「ぼくは別に――」
「長嶺の男三人から貢がれて、大したもんだ」
「貢がれるって……、人聞きの悪いことを言わないでくれ」
 小声で反論した和彦は、やや緊張しながらバッジを取り上げる。見た目よりも重みがあり、その重みが総和会という組織をリアルに実感させる。
 こんな大事なものを和彦に贈った守光の意図を考えようとして、すぐに和彦はあることに気づいた。慌てて顔を上げると、驚いたように千尋が目を丸くした。
「どうかした、先生」
「いや……、これは会長からぼくへの、誕生日プレゼント、なのか?」
「そうだよ。もっと華やかなものを贈りたかったけど、先生の好みがわからないから、今はこれで、と言ってた。じいちゃん、気に入った相手には気前いいから、先生は今から覚悟しておいたほうがいいよ」
 からかってくる千尋の額を軽く小突いた和彦だが、頭の中は、先日南郷がブレスレットを届けにきたときの情景が駆け巡っていた。
 交わした会話を丹念に一つ一つ辿っていくと、大事なことに気づく。あのとき和彦は、てっきり守光がブレスレットの贈り主だと思い込んで話していたが、実は南郷は、一言も守光の話題を口にしていなかった。
 最初から計画していたのか、和彦の勘違いをたまたま利用したのかわからないが、ブレスレットを受け取った事実は変わらない。
 やられた、と大きなため息をつく。だが次の瞬間には、このことをどう処理すべきなのかと考え、条件反射のように賢吾の反応をうかがう。
 賢吾は、唇をわずかに緩めていた。
 胸の内に隠し事を抱えた〈オンナ〉の反応を愛でているようにも見え、優しいのか残酷なのかわからない賢吾の表情に、和彦は本能的な恐れを感じていた。


「――暖かくなるまでに、先生にいろいろと揃えてやらないといけねーな」
 突然、賢吾からかけられた言葉に、和彦は手を止める。
「えっ?」
 思わず出た声は、自分でも驚くほど刺々しい。別に怒っているわけではなく、作業に集中していたせいだ。
 和彦は強張った肩から力を抜くと、広げた新聞紙の上に爪切りを置く。さきほどから賢吾の足の爪を切っているのだが、いままでこんなことを頼んできた人間はいなかったため、四苦八苦していた。一方の賢吾は、座椅子に腰掛けて両足を投げ出し、寛いでいる。
 何様のつもりかと気分を害してもいいのかもしれないが、和彦が手元を誤っても、痛い思いをするのは賢吾だけだ。そう思うと、ささやかな奉仕も悪くはなかった。
 強張った指を解してから、和彦は再び爪切りを手にする。
「揃えるって、何を?」
「春から、ゴルフを始めるんだろ」
「……まあ、千尋は張りきってるみたいだが……」
 その千尋は、守光からの誕生日プレゼントを和彦に渡してすぐに、慌しく出かけていった。
 わかってはいたが、当然のように和彦は本宅に泊まることになり、入浴後はこうして賢吾の部屋で時間を過ごしていた。いつものように――と言ってしまうには、今夜は少しだけ空気が違っている。
「覚悟しろよ。先生とコースを回りたがる人間は多いぞ。なんならレッスンプロを雇うか?」
 賢吾の気の早さに苦笑しつつ、最後の爪を切り終える。
「ゴルフ道具だけじゃない。先生に買い与えてやりたいものは、まだある」
「なんだ?」
「来週にでも一緒に出かけるぞ。そのとき教えてやる。――先生は、金のかかった誕生日プレゼントが苦手なようだからな。だからあえて、誕生日を過ぎてから買ってやる」
 それは屁理屈だと、口中で呟きながらも和彦は、親指の爪に丁寧にヤスリをかけてやる。初めてにしてはなかなかだと、出来上がりに満足していると、唐突に賢吾が切り出した。
「――秘密を抱えている顔だな、先生。艶っぽい表情からして……、色事絡みか?」
 この瞬間、心臓を掴み上げられたような気がした。強張った顔を賢吾に見られた時点で、誤魔化すことなど不可能だった。それに和彦は、心のどこかで待っていたのだ。賢吾からこう問われることを。聞き出された、という前提があるだけで、ずいぶん気は楽だ。
 ただし和彦が話すのは、二つの隠し事のうち、一つだけだ。
 切った爪ごと新聞をゴミ箱に捨てると、賢吾に手を取られて引き寄せられる。髪を弄ばれながら和彦は硬い表情で口を開いた。
「あんたに相談しないまま、独断で総和会に連絡を入れたんだ」
「どんな用で?」
「……先週、クリニックの近くのファミレスで食事をしていたら、総和会の南郷さんが現れて、誕生日プレゼントをくれた。ブレスレットだ。ぼくが勝手に勘違いをして、会長から贈られたものだと思い込んだ。でも、そうじゃなかったみたいだ」
「それで今日、千尋が持ってきた会長からのプレゼントを見て、妙な顔をしたのか」
 あごを掬い上げられて和彦は顔を上げる。賢吾は、表情らしい表情を浮かべないまま、じっと目を覗き込んでくる。眼差しの力強さに圧倒され、引きずり込まれた途端に大蛇に呑まれそうで、和彦は小さく身震いする。すると、優しい手つきで頬を撫でられた。
「さすがに、会長と直接電話で話せる立場にはないと思ったから、総和会に連絡して、会長の側近という人に取り次いでもらって、お礼を伝えてもらうよう頼んだ。……会長は意味がわからなかっただろうな」
「どうだろうな。あのじいさんなら、何もかも把握していても不思議じゃない。特に南郷は、じいさんが昔から可愛がっている男だ。もしかして――」
 賢吾が意味ありげに言葉を切ったあと、何事か呟いたが、和彦は聞き取ることができない。思わず身を乗り出すと、頭の後ろに手がかかり、息もかかるほど側に顔を寄せられた。
「南郷もたらし込んだのか?」
 低く恫喝するような声で賢吾に問われる。数秒のうちに意味を解した和彦は、慌てて否定する。
「そんなわけないだろっ。人をなんだと思ってるんだっ」
「男を甘やかして骨抜きにする、性質の悪い〈オンナ〉だろ」
「違うっ。前も言ったが、南郷さんはぼくの存在が……、長嶺組長のオンナが物珍しいだけだ。それと、はっきり言っておくが、ぼくは彼が苦手なんだ。なんだか怖い」
「俺は怖くないか?」
 一瞬返事に詰まった和彦は、澄まし顔の賢吾を睨みつける。
「……怖いに決まっている。だけどあんたは、痛みが苦手なぼくを、傷つけたことも、痛めつけたこともない。怖いけど、信用しているんだ」
「上手い返しだな、先生」
 褒美のように、賢吾に軽く唇を吸われる。羽織の紐を解かれ、浴衣の衿元に手がかかったところで、和彦はわずかに頭を引いた。
「南郷さんからのプレゼントを返したいんだ。どうすれば、波風が立たないと思う?」
「波風立てたくないってなら、黙ってもらっておくことだな。ヤクザはけっこう些細なことで、顔に泥を塗られたと感じる。そして、それを盾に強請ってくる。相手が悪いか悪くないかは関係ない。ヤクザがそうしたいと思えば、なんだって利用してくる」
「つまり……、受け取った時点で、ぼくは弱みを握られたようなものってことか……」
「例え話だ。だいたい南郷は、そんなに小さな男じゃねーだろ。あいつにしてみれば、先生の機嫌取りをしただけなのかもしれない」
「……ぼくが機嫌よさそうに見えるか?」
「俺としては、先生の機嫌より、艶っぽい表情をしていた理由のほうが気になるな。南郷に口説かれていると思って、そういう顔になったのだとしたら、俺も嫉妬に狂う男にならないと」
 冗談めかしてはいるが、こちらを見据えてくる賢吾の目は蛇のように冷たい。牙を突き立ててくるように和彦の心を容赦なく抉ってこようとしているのだ。
 痛みを与えることだけが、相手を恐れさせる手段ではない。賢吾を目の前にすると、それがよくわかる。
 脳裏に蘇りそうになる昼間の出来事を、和彦は必死に抑え込む。賢吾と里見の存在を交わらせるわけにはいかないのだ。
 どちらも、和彦にとっては特別な男だからこそ。
「会長からの誕生日プレゼントのことで、あんたに叱られるんじゃないかとビクビクしていたんだ。……会長からのプレゼントだと思っていたら、どうやら南郷さんからのプレゼントみたいで、当の会長からは、意味ありげな総和会からのバッジを贈られた。そんなぼくが、あんたからどう見えているかなんて、わかるはずがない」
「オヤジ、か……」
 守光の話題が確実に、賢吾を刺激したようだった。突然、勢いよく立ち上がった賢吾に腕を掴まれて、和彦は強引に引き立たされる。引きずられるようにして連れて行かれた隣の部屋には、すでに布団が敷かれていた。
 突き飛ばされて布団の上に倒れ込んだ和彦の上に、大蛇が這い寄るように賢吾がゆっくりとのしかかってくる。
 耳に唇が押し当てられ、それだけで和彦は小さく呻き声を洩らしてしまう。浴衣の裾を割り広げて賢吾の手が入り込み、いきなり下着を引き下ろされたときには、全身を羞恥で熱くする。何度経験しようが、こういうときの反応に困るのだ。
 帯を解かれ、羽織ごと浴衣を剥ぎ取られると、賢吾の視線から体を隠すものは何もなくなる。和彦の体を観察するように賢吾は目を細めた。
「――この体目当てで、何人の怖い男たちが先生に貢ぐようになるんだろうな」
「ぼくは、貢いでほしいなんて頼んだことも、思ったこともないぞ。あんたはどれだけ、ぼくを性質の悪い〈オンナ〉にしたいんだ」
「したいんじゃない。先生はもう十分に、性質が悪いだろ。今、それを証明してやる」
 そんなことを言った賢吾に、突然片足を掴み上げられる。和彦は反射的に体を起こそうとしたが、意に介した様子もなく、賢吾は思いがけない行動に出た。
「何してるんだっ……」
 足の甲に賢吾の唇が押し当てられる。和彦は慌てて足を引こうとしたが、すかさず今度は足の指に噛みつかれた。
 痛くはないが思いがけない感触に、和彦は動けなくなる。やろうと思えば、賢吾は和彦の足の指を食いちぎれるのだ。もちろん、そんなことはしないだろうが。
 和彦は、控えめに抗議した。
「……汚いから、やめてほしい……。なんだか、すごく申し訳ない気分なんだ」
「風呂に入ったばかりだろ」
「でも、歩き回っているんだ……」
 賢吾は楽しげな笑みを唇に浮かべ、こちらに見せつけるように舌を足の指に這わせる。ゾクゾクするような感覚が足元から這い上がってきて、和彦は息を詰める。
 足の指を口腔に含まれて愛撫された経験は、和彦にはない。だからこそ、感覚的にも、視覚的にも強烈だ。しかも、こんなことをしているのが――。
「長嶺組の組長に足を舐めさせるなんざ、性質が悪いというより、怖いオンナだ」
「舐めてほしいなんて、言ってないっ……」
「たまには、違うところを舐められるのもいいだろ?」
 賢吾の視線が向けられたのは、和彦の両足の中心だった。与えられる刺激の強さに、素直すぎる欲望は身を起こしかけている。あまりの羞恥に眩暈がして、必死に身を捩ろうとしたが、容赦ない男の手に和彦の欲望は掴まれ、上下に扱かれた。
「あうっ」
 ビクンと大きく体を震わせて仰け反ると、賢吾は再び足の指を噛んでくる。爪先から熱い感覚が這い上がり、欲望を扱かれていることもあって、和彦は掴まれた足を突っ張らせて感じていた。
 賢吾の舌先が爪先からゆっくりと移動し、ふくらはぎから内腿へと這わされる。両足を大きく左右に開かれて、当然のように賢吾の頭が潜り込んできた。
 すでに和彦のものは先端が濡れており、賢吾の舌にくすぐるように舐められる。括れまでを口腔に含まれて、甘やかすように柔らかく吸引されると、あまりの心地よさに和彦は喉を鳴らす。しかし賢吾は、和彦にこの程度の快感を与えただけでは満足せず、柔らかな膨らみを揉みしだいてくる。
「うっ、うっ……、うくぅっ――」
「せっかくだから、ここも舐めてやる」
 どこか楽しげな口調で呟いた賢吾に両膝の裏を掴まれ、足を抱え上げられる。何をされるのかと身構える間もなく、柔らかな膨らみに舌が這わされた。唇を噛んで声を堪えた和彦だが、淫らな愛撫にすぐに理性は陥落する。
 熱い口腔に含まれて舐られると、はしたなく腰を揺すり、放埓に声を上げて感じてしまう。刺激が強すぎてつらくなってくるが、和彦がいくら賢吾の頭を押し退けようとしても、愛撫がとまることはない。
「はっ……、やめ……、つらい、んだ」
 和彦は必死に訴えながら、押し寄せてくる快感に爪先を突っ張らせる。顔を上げた賢吾に再び足の指を舐められ、柔らかな膨らみを指で刺激される。弱みを弄られると、意識しないまま上擦った声が出る。賢吾がそんなことをしないと知ってはいるが、容赦なく潰されるかもしれないという恐れは、一方で強烈に甘美だ。
「うあっ、あっ、あっ、あぁっ」
「涎を垂らしっぱなしだな、先生。そんなに、ここを弄られるのはいいか?」
「……うる、さっ……」
 震えを帯びた声で言ったところで、賢吾を悦ばせるだけだ。涙が滲んだ目で和彦が睨みつけると、今にも舌なめずりしそうな表情を浮かべた賢吾が、広げた両足の間に再び顔を埋める。ただし、次に濃厚な愛撫を施されたのは――。
「んんっ」
 全身を駆け抜ける快美さに、和彦は必死に布団を握り締めた。
 賢吾の舌が内奥の入り口に這わされ、蠢く。繊細な部分を、繊細な動きでくすぐられると、身悶えたくなるような感覚が湧き起こる。はしたないからと、必死に声を押し殺していた和彦だが、舌が内奥に入り込んでくると、身悶えながら喘ぎ声をこぼす。
 すっかり反り返ったものを賢吾に舐め上げられ、内奥には今度は指が挿入される。しっかりと、付け根まで。
「これだけ可愛がってやったんだ。しっかり俺を甘やかして、感じさせてくれよ、先生」
 和彦の内奥を指で解した賢吾が、耳元にそんな囁きを注ぎ込んでくる。すぐに囁きの意味を理解した和彦は、手の甲で涙を拭ってから応じた。
「……ぼくはいつでも、あんたに甘いだろ」
「本当に、減らず口だ。少なくとも、この状況で言うことじゃねーな」
 笑いを含んだ声で言った賢吾が、熱い欲望を内奥の入り口に押し当て、一気に挿入してきた。苦痛とも愉悦ともいえる感覚が下肢から押し寄せ、きつく目を閉じた和彦は喉を反らす。
 もう少し優しく動けと言いたかったが、賢吾の欲望を襞と粘膜に擦りつけられ、その逞しさを体の内で感じていると、容赦ない激しさが愛しくなってくる。傲慢なこの男に求められているという事実が、和彦の官能をより深いものにする。
「あっ、ああっ――。賢吾、さんっ……」
「いい具合だ、先生。いやらしい襞で俺のものをしゃぶりながら、尻全体でグイグイ締め上げてくる」
 賢吾は露骨なことを言いながら、和彦が何を求めてくるかわかっているように、思わせぶりな手つきで帯を解き、浴衣を脱いだ。背を見ることは叶わないが、肩にのしかかる大蛇の刺青の一部を見て、それだけで和彦は喉を鳴らす。
 両手を伸ばして、肩から腕にかけて刺青を撫でる。すると賢吾は、和彦の欲望を握り、ゆっくりと上下に扱き始めた。
「うあっ、あっ、あっ……、いっ、いぃ」
 内奥深くを抉られながら欲望を扱かれ、大蛇の刺青に触れる。和彦にとってはどれも、強い快感を引き出される行為で、奔放に乱れることを自分でも抑えられない。賢吾は、そんな和彦を見下ろし、唇に薄い笑みを刻んでいた。
「出したいか?」
 短く問われ、和彦は夢中で頷く。欲望を扱く賢吾の手の動きが速くなり、手荒い愛撫に呆気なく翻弄される。強い眼差しで見つめられながら、精を噴き上げて下腹部を濡らしていた。さらに精を搾り取ろうとするかのように柔らかな膨らみを揉みしだかれ、悲鳴を上げて和彦は身を捩る。しかし内奥は、確かに歓喜していた。
 淫らな蠕動を味わうように、賢吾がやっと覆い被さってくる。和彦は必死に広い背に両腕を回し、大蛇を抱き締めた。
「――いやらしい、オンナだ」
 賢吾の声と言葉に鼓膜を愛撫される。追い討ちをかけるように内奥に熱い精を注ぎ込まれ、和彦は全身を駆け抜ける絶頂感に、恍惚としていた。









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