と束縛と


- 第26話(3) -


 連休初日から慌ただしいと、後部座席のシートに体を預けた和彦は、ほっと息を吐き出す。
 賢吾に言われるまま、数日分の着替えなどを急いでバッグに詰め込み、急き立てられるように車に押し込まれたのだ。
 じっくりと服を選ぶ余裕もなく、和彦の今の格好は、ジーンズとTシャツ、かろうじて掴んできたジャケットという軽装だった。車で移動するだけなので、ある意味、正しい選択だったかもしれない。
 業者の到着を部屋で待つという賢吾とは、玄関前で別れた。長嶺組組長という多忙な身でありながら、〈オンナ〉の部屋にまで気を配らないといけない立場というのは、少しは同情してもいいのかもしれないが、和彦の連休の予定をすべて無視してくれたことで、差し引きゼロといったところだ。
 もっとも、台無しにされたといって怒るほど、立派な計画を立てていたわけではないのだが――。
 和彦はわずかにウィンドーを下ろす。外は雲一つない晴天で、初夏らしく気温は高いが、車内に吹き込んでくる風は爽やかだ。ドライブ日和ともいえ、こういう日に自分で運転をして、好きなところに出かければどれだけ気持ちがいいだろうかと、つい想像してしまう。
 ただ最近は、運転は組員任せが当たり前になってしまい、かつてほど自分で運転してみたいという衝動が薄れた気がする。
 朝食を抜いたこともあり、途中、目についた店に立ち寄って早めの昼食をとった以外では、車はひたすら走り続ける。観光地巡りが目的ではないので、これは仕方ないだろう。連休ということで、めぼしい場所はどこも混雑しているため、そもそも車を停めてもらう気にもならない。
 賢吾や千尋が同乗していないということもあり、組員に許可をもらった和彦は、ウィンドーを全開にする。
 スモークフィルム越しではない景色をしっかりと目にすることができて、それだけで非常に満足だ。
「普段の送り迎えのルートだと、先生には息苦しい思いをさせていますからね」
 そう声をかけてきたのは、助手席に座っている組員だ。和彦の護衛として、クリニックの送迎もほぼ彼が務めているため、そのことを言っているのだ。
 和彦は風で乱れる髪を掻き上げ、笑いながら応じる。
「決まったルートを通るから、待ち伏せされる危険がある、なんて言われたら、怖くて窓なんて開けられないからな」
「組には、護衛のためのマニュアルがあるんです。俺らはそれを叩き込まれて、組にとって大事な方たちを守る仕事に就く。長嶺組の皆さんは、護衛する側にとってはありがたい方ばかりですよ」
「どういう意味だ?」
「護衛を信頼して動いてくれる。聞いた話では、よその組だと、護衛がつくのを嫌がって、一人で気ままに出歩く方もいるそうです」
 へえ、と声を洩らした和彦は、長嶺の男たちの行動を思い返してみる。自由気ままに見えて、賢吾も千尋も、護衛の存在をごく当然のものとして受け入れ、同行させている。生まれた瞬間から、長嶺組を背負う運命が決まっていた男たちだ。〈守られる〉ことの重さを、日々実感しているのかもしれない。
「――……だったらぼくも、行儀よくしておかないとな」
 和彦がそう洩らしてウィンドーを閉めると、組員たちは小さく声を洩らして笑った。
 さすがに道中、渋滞に巻き込まれはしたが、他愛ない会話を交わしながら、退屈することなくドライブを楽しみ、ようやく目的地が近づいてくる。
 ほんの数か月前に通った道だ。なんとなく記憶には残っているが、季節が変われば、当然景色も変わる。冬に和彦が目にしたのは素晴らしい雪景色だったが、今は、目にも鮮やかな緑に彩られていた。
 連休中であることや、過ごしやすい気候も関係あるのか、冬の頃にはほとんど見かけなかった車とすれ違う。別荘やペンションの利用者かもしれないし、ドライブの途中なのかもしれない。ただ、観光地ではないため、その車の数も限られる。静かな別荘地、という表現は変わらないだろう。
 車が一旦停まり、助手席から降りた組員が、道の真ん中に置かれたガードフェンスを移動させる。和彦がぼんやりしている間に、総和会が所有する土地に入ったようだ。別荘は、ここからさらに奥まった場所に建っている。
 見覚えのある建物が視界に入ってくるようになると、意識しないまま和彦の心臓の鼓動は速くなっていた。
 車が近づいてくる音が聞こえていたのか、別荘の前にはすでに人の姿があった。それが誰かわかり、和彦はそっと目を細めた。


 組員二人が乗った車が走り去る光景を、和彦は玄関前に立って眺める。
 てっきり一泊して帰るものだと思っていただけに、リビングで三田村とわずかな時間話しただけで、車に引き返す姿を見て驚いたのだ。この別荘には離れがあるため、組員二人が宿泊したところで、手狭になることも、存在が気になることもない。それでも慌ただしく帰っていったということは、賢吾に厳命されているのかもしれない。
 もしくは、組員たちが気をつかってくれたのか――。
「……余計な手間をかけさせたみたいだな……」
 和彦がぽつりと洩らすと、車を見送って戻ってきた三田村にこう言われた。
「そんなことを言われたら、夜中だろうが遠慮なく先生を叩き起こして、仕事をしてもらっている俺たちの立つ瀬がない。先生にゆっくりしてもらうためだ。あいつらも、手間どころか、先生を休ませてやれると、ほっとしているさ」
「ぼくにつき合わされるあんたも同じ気持ちか、気になるところだ」
 いつもの三田村であったなら、誠実で優しい言葉で応じてくれるはずだ。だが今日は、違った。
 ふっと表情を曇らせた三田村が、らしくなく視線を逸らす。
「先生のバッグを、二階に持っていこう。部屋はもう整えてある」
 目の前を通り過ぎた三田村の背を、訝しみながら和彦は見つめる。三田村の様子が、明らかにおかしかった。いつもであれば、こちらが気恥ずかしくなるぐらい、真摯で優しい眼差しを向けてくれる男が、和彦を直視しようとしないのだ。
「三田村――」
 階段に足をかけようとした三田村に声をかけようとしたところで、外で車のエンジン音がした。和彦は足を止めて振り返る。
「まさか、総和会からつけられた護衛の人間……」
「俺よりも早く来て、いろいろと準備をしてくれていたようだ。先生と親しくしているということで、つけられたんだろ」
 総和会から派遣された護衛は、もしかして南郷ではないだろうかと身構え――怯えていた和彦だが、三田村のその言葉を聞き、それは杞憂だったと知る。
 ほっとすると同時に、玄関の扉の向こうから聞き覚えのある声がした。
「すみません、三田村さん、両手が塞がってるんで、開けてもらっていいですか」
 パッと三田村を見ると、頷いて返される。和彦は、三田村に代わって玄関に引き返し、扉を開ける。目の前には、段ボールを抱えた中嶋が立っていた。和彦を見るなり、中嶋が顔を輝かせる。
「あれっ、先生、もう到着していたんですか」
「たった今……。そうか、君が、総和会からぼくにつけられた〈お守り〉か」
「よく知らない人間と、同じ屋根の下で過ごしても息が詰まるだろうからと、長嶺組長からご指名をいただきました。先生の遊び相手になる自信はありますが、腕っ節のほうは、三田村さんに期待しておきます」
 中嶋のその言葉を受け、三田村のほうを見遣る。こういうときに浮かべる表情を持たないのか、三田村は控えめに視線を伏せていた。
 大人の男三人分の食料を買い込んできたという中嶋は、手伝おうかという和彦の申し出を、笑いながらもきっぱりと断った。
「先生はここではお客さんです。俺は、その先生の世話をする係。お互いの役目を果たしましょう」
「……まあ、ぼくがいたところで、手際のいい君の足手まといになるだけだろうしな」
「それでいいんですよ、先生みたいな人は」
 なんだか含みのある中嶋の物言いに対して、どういう意味かと尋ねるのは、さすがに大人げないだろう。
 和彦はありがたく寛ぐことにして、三田村に伴われて二階に上がる。
 前回と同じ部屋を利用することになったが、空気の入れ替えのため開け放たれた窓から見える景色は、まったく違う。冬は雪で覆われていた場所には、さまざまな花が咲き誇っていた。きちんと手入れされた庭園だ。
「元の持ち主はハーブ園にしていたが、総和会が所有することになってからは、手入れが追いつかないということで、花に植え替えられたらしい。庭を潰してしまえという話もあったみたいだが、それじゃあ、ここがいかにも悪党の巣窟みたいだということで、こうなった――と、前に組長が話していた」
「……あの男らしい言い方だ」
 ぽつりと洩らした和彦は、三田村を振り返る。バッグをテーブルに置いた三田村は、和彦の指示を待つように、壁際に立っていた。いつもとは微妙に違う距離感に和彦は戸惑う。
「三田村、どうかしたのか?」
 思わずそう問いかけると、三田村は緩く首を横に振る。
「何も。――ここでは、先生が過ごしたいようにさせろと言われている。移動で疲れて休みたいなら、俺は一階にいるが……」
「移動といっても、ぼくは後部座席に座っているだけだったからな」
 和彦は少し考えてから、再び窓の外に視線を向ける。建物の中でじっとしているのがもったいなくなるような天気のよさと、風景の美しさだ。何より風が心地いい。
「外の空気を吸いたい。つき合ってくれないか?」
「……ああ」
 今日の三田村はやはりどこかおかしい。和彦は、三田村と一緒に一階に下りながら、さきほどから感じていた違和感が、自分の気のせいではないと確信していた。
 いつもの三田村であれば、和彦の望みに応じるとき、こう答えてくれるはずなのだ。
『先生の望み通りに』と。
 だが、今は――。
 一階に降りると、まずキッチンを覗く。買ってきたものを冷蔵庫に入れている中嶋に、遠慮しつつ声をかけた。
「庭にいるから、何かあったら呼んでくれ」
 ごゆっくり、という言葉に送られて外に出ると、まず和彦は思い切り背伸びをする。あまりに勢いをつけすぎたせいで足元がふらついたが、背後に立っていた三田村にすかさず支えられた。振り返った和彦が礼を言うと、何事もなかったように三田村が離れた。
 一体どうしたのかと問いかけようとした和彦だが、さすがに建物の前で話すことではないと思い、庭へと移動する。
 庭には、和彦の名の知らない花たちが植えられており、穏やかな風に揺れている。まさか、こんなにきれいな――少女趣味すら感じる手入れされた庭を、巨大な暴力団組織が管理しているとは、誰も考えもしないだろう。ある意味、カムフラージュとしては完璧すぎる働きをしているともいえる。
「――三田村、ここに咲いている花の種類、わかるか?」
 腰を屈めて花を覗き込んでいた和彦は、傍らに立つ三田村を見上げて問いかける。三田村は、ごっそりと感情をどこかに置き忘れたような無表情だった。初夏の陽射しが降り注いでいるというのに、三田村が立っている場所だけ、温度が違っているようだ。もちろん、低いほうに。
「先生がわからないのに、俺みたいな奴にわかるはずがない」
 ここで会話が途切れ、二人の間に沈黙が流れる。姿勢を戻した和彦は、花ではなく、三田村の顔を覗き込んだ。
「なんだか、あんたらしくない話し方だ。……何か、あったのか? ぼくが、気に障るようなことをしたとか……。もしかして、本当はここに来たくなかったんじゃ――」
「先生は悪くないっ」
 思いがけず強い口調で返されて、目を丸くする。ここでやっと、三田村の無表情が崩れた。苦しげに眉を寄せ、唇を引き結んだのだ。
「三田村……」
 和彦はそっと手を伸ばし、三田村の頬に触れる。そして、あごにうっすらと残る傷跡にも指先を這わせた。
「俺は本当は、こんなふうに先生に触れてもらう価値などないのかもしれない」
「えっ……」
 三田村は、大きな両手で包み込むようにして和彦の頬に触れてくる。久しぶり、ともいえる三田村の感触に、胸の奥がじわりと熱くなった。
「……先生に怪我はないと聞いていたが、本当に無事でよかった」
 三田村の言葉で、自分の身に降りかかった災難が蘇る。いや、一番の災難に見舞われたのは、現場に居合わせたことで、利き手を怪我した鷹津だろう。
 鷹津が守ってくれたと言いかけて、寸前のところで呑み込む。和彦が見せたためらいの表情を読んだのか、三田村は苦々しい口調で続けた。
「先生に何かあったとき、身を挺して守るのは俺の役目だと思っていた。だが、今の先生を守る人間はいくらでもいて、俺は俺で、若頭補佐としての仕事に追われて、先生の側にいることもままならなくなっている」
 三田村に強く頬を撫でられる。
「――こうして先生が無事なのは、鷹津のおかげなんだな」
「でも、側にいたのがあんたなら、同じように助けてくれただろ?」
「どうだろう……。俺はこんなに完璧に、仕事を果たせなかったかもしれない」
 そういう言い方をしてほしくないと、和彦はきつい眼差しを向ける。だが一方で、三田村の気持ちもよくわかるのだ。
 鷹津はただの刑事でも、知人でもない。和彦の番犬として働き、〈餌〉として体の関係を持っている。和彦の〈オトコ〉である三田村にとって、すべてを理屈で割り切ってしまうことは難しいはずだ。
 こんな苦しげな表情を浮かべ、苦しげに話す三田村の感覚は正しい。ここまで、三田村の苦しさを少しも慮れなかった和彦のほうが異常なのだ。
「――……先生と俺の置かれた立場を思えば、何もかも仕方のないことだと頭ではわかっている。だが、鷹津のことを聞かされて、どうしようもなく悔しかった。だから先生に、電話すらできなかった。荒っぽいことが苦手な先生が、不安がっているかもしれないと思いながら……」
 短く息を吐き出した三田村が和彦の頬から手を退け、それどころか背を向けてしまう。
 拒絶された、と思ったが、そうではなかった。
「先生に、こんなみっともない言い分をぶつけるつもりはなかったんだ。……こういうとき、どう自分を取り繕えばいいか、この歳になるまで学習してこなかった。そうする必要を感じてこなかったからな」
「みっともないなんて、言うな。ぼくの〈オトコ〉は……みっともなくなんてない。みっともないというなら、この世界で、誰かに守ってもらわないと生きていけないぼくのほうだ」
 優しい男は、和彦の言葉を無視できなかったのだろう。数秒の間を置いて三田村は振り返った。
「先生は――」
「三田村、疲れたか? いろんな男に守られて……寝ている、ぼくとの関係に」
 驚いたように三田村は目を見開き、再び和彦と向き合ったかと思うと、強い力で肩を掴んできた。
「そんなことはないっ。組長や千尋さんのオンナになった先生に、手を出したときから、俺は覚悟していた。この世界で生きている限り、先生は絶対に俺だけのものにはならないことを。それに、この世界から抜け出した先生は、俺には見向きもしないことも。……先生に一瞥すらされないぐらいなら、俺はこの世界に先生を繋ぎとめ続ける。長嶺の人たちのオンナでい続けてくれと、願い続ける」
 三田村の覚悟は、健気である反面、非情ともいえた。もし、三田村以外の男が言ったなら、勝手なことをと怒ったかもしれない。もっとも、三田村以外の男が、こんなことを言うはずがないのだが。
「……鷹津は別なんだ。あの男は、ヤクザのようではあるが、こちら側の世界の人間じゃない。なのに、先生の番犬として側にいる。それが俺を嫌な気持ちにさせる……」
 ハスキーな声を際立たせるように、低く抑えた口調で三田村が言う。表情には出ていないが、その声にはさまざまな感情が入り混じっており、三田村自身の内面を物語っているようだ。
 肩を掴む三田村の左手の上に、自分の手を重ねた和彦は、手の甲の抉れたような傷跡を撫でる。
「ぼくは、あんたに甘えているんだ。なんでも受け入れてくれて、優しくしてくれるから、ぼくが何をしようが、あんたは平気なのかと思っていた。……いや、違うな。そう思い込もうとしていた。そうすれば、ぼくは抱える罪悪感を一つ減らしておける」
「罪悪感なんて持つ必要はない。俺みたいな男は、本来は都合よく利用して、雑に扱うべきなんだ。そうしない先生は、優しいんだ」
「優しくない。ズルいんだ、ぼくは」
「そのズルさを、先生の周りにいる男たちは大事にして、愛している。――俺も。多分、鷹津も。先生のズルさは、甘さも優しさも含んでいて、性質が悪い。一度味わうと、手放せなくなるんだ」
 三田村の片手にぎこちなく背を引き寄せられ、和彦は身を預ける。ようやく三田村の体温を感じ、心地よさに思わず吐息が洩れる。大事で愛しい〈オトコ〉のぬくもりだ。
 三田村がようやく、両腕でしっかりと抱き締めてくれる。耳に注ぎ込まれるのは、物静かだが情熱的な男らしい囁きだった。
「――……先生が、俺のことを〈オトコ〉と呼んでくれる限り、先生が誰と寝ようが、情を交わそうが、俺は平気だ。この世界に先生を繋ぎとめておくための鎖だと、胸を張っていられる。この役目だけは、俺にしかできないはずだ」
 和彦は、三田村の肩に額をすり寄せる。
「ああ、そうだ。あんたがいたおかげで、ぼくはこの世界から逃げるタイミングを失った」
 一年ほどの間にさまざまな出来事が起こり、慌ただしい日々を過ごしてきたが、その中で、まるで軸のように変わらず、和彦を支えているものがある。三田村と過ごす、穏やかで緩やかな時間だ。三田村自身、組の中で立場も状況も変化しているはずだが、それを感じさせることなく、和彦のために自分の身と時間を与えてくれている。これを、安らぎというのだろう。
 連休中、三田村と一緒に過ごせるのだと、ようやく実感が伴ってくる。和彦は顔を上げ、三田村に笑いかける。すると、少し慌てた様子で体を引き離された。
「先生、別荘の周囲を見回ってくるから、先に中に入っていてくれ」
「あっ、ああ……。わざわざぼくを追って狙ってくる人間がいるとも思えないが、そういうわけにはいかないんだろうな」
「先生が来るまでに、俺と中嶋が交代で見回ってはいるんだが、念のためだ。そうしないと、俺が落ち着かない」
 三田村の大事な仕事を奪うつもりはなく、和彦は頷く。玄関まで戻って三田村と別れると、ダイニングを覗く。中嶋が、食器棚から皿を取り出していた。立派な食器棚には、さまざまな種類や柄の食器が大量に収まっている。
 かつてペンションだったという建物は、そこかしこにその名残りがある。食器の数だけではなく、そもそも部屋数が多いし、風呂も大きい。立地的には、ほどよく隠れ家と呼べる場所にあり、総和会が人を集めるのに利用しているのも、こういったところが使い勝手がいいためだろう。
「……悪党の巣窟、か……」
 さきほど三田村から聞いた言葉を、無意識に和彦も呟く。賢吾のことなので、三田村に話しながら、自虐とも皮肉ともとれる表情を浮かべていたかもしれない。
 和彦に気づいた中嶋が、皿をテーブルに置いて声をかけてきた。
「先生、コーヒーを飲みませんか? コーヒー豆を買ってきたんですよ」
「だったら、ぼくが淹れる。君はその間に、自分の仕事をしてくれ」
 脱いだジャケットをイスにかけると、さっそく和彦はキッチンに入り、コーヒーメーカーを使ってコーヒーを淹れる。
 三田村の分はサーバーに残し、コーヒーを注いだ二つのカップを持ってダイニングに戻ると、中嶋は皿にお菓子を出しているところだった。
「準備がいいな」
「先生のお世話係ですからね、俺は。なんでも言ってください」
 和彦は苦笑を洩らしてテーブルにつく。
「適当でいいよ。手を抜かれたなんて、誰かに告げ口するつもりはないから」
「さらりと怖いこと言わないでくださいよ、先生」
 中嶋が隣に座り、同じタイミングでコーヒーを啜る。ほっと吐息を洩らした和彦は、高い天井を見上げた。
「なんだか、寂しいな。こんなに広い別荘を、三人で使うなんて」
「だからといって、総和会と長嶺組からぞろぞろと護衛を引き連れて、泊まる気にもなれないでしょう?」
「まあ……。贅沢を言ってるな。みんな気をつかってくれたことなのに」
「同じぐらい、思惑はあると思いますよ」
 中嶋から意味ありげな流し目を寄越され、和彦は顔をしかめる。
「……何か、聞いているのか?」
「長嶺組長からは何も。さっき言ったとおり、別荘に滞在する間のお世話係を頼まれただけです。それと南郷さんからは、先生を楽しませてやれと言われて、送り出されました」
 嫌な言い方だと、心の中で呟く。南郷の余計な報告で、こんな事態になったのかもしれないと、八つ当たりにも近い気持ちもあるのだ。
「先生としては、三田村さんと二人きりで過ごしたかったでしょうが、我慢してください。お邪魔しないよう、気を配りますから」
 和彦は頬の辺りが熱くなるのを感じながら、つい弁解していた。
「さっき外に出たのは、別に君の存在を疎んじたからじゃないぞ。純粋に、外の空気が吸いたかったからだ」
「でも、なんだか深刻な様子で話していたようですけど――」
 思いきり目を丸くした和彦をからかうでもなく、中嶋はキッチンのほうを指さす。
「気づきませんでしたか? ここのキッチンって、庭に面しているんですよ。少し窓を開けていたせいで、なんとなく会話が聞こえていました。もちろん、聞き耳を立てるような悪趣味なことはしていません」
「……聞く気はないけど、聞こえたんだな」
 中嶋が悪びれたふうもなく頷く。つい苦い表情となった和彦だが、次の瞬間には重々しいため息をつき、テーブルに頬杖をついた。
「ヤクザに対して使う言葉としてどうかと思うが、三田村は誠実で優しいんだ」
「あくまで、先生に対してだけ、ですけどね」
 茶々を入れる中嶋を軽く睨みつけて、もう一口コーヒーを飲む。
「さっき話していて、そういう三田村につけ込んで、振り回している自分が嫌になった。優しいあの男なら、自分が欲しい言葉を言ってくれるとわかったうえで、試すような質問もした」
「ホスト時代、客としょっちゅう、そんなやり取りをしていましたよ。お互い、わかったうえで。それは商売だからだろ、と言わないでくださいね。ホストと客と、お互いを引きとめておくために必要なやり取りです」
「普通の恋人同士だって、そういうことはあるだろう……」
「先生と三田村さんは、恋人同士じゃない。だからといって金銭が絡んでもいない。複雑な事情に雁字搦めになった中で結びついている関係だ。先生は奔放で性質が悪い〈オンナ〉で、一方の三田村さんは、組織にも先生にも忠実な〈犬〉。どうしたって、三田村さんのほうが分が悪い」
「だからなおさら……、自分が嫌になるんだ」
 三田村と関係を持つということは、本来は重いことなのだ。しかし、関係を深めていくうちに、その切実さが和彦の中でどんどん薄れていたのかもしれない。ただ、三田村は違う。
 和彦の身を鷹津が守ったということに対して、三田村は『嫌な気持ち』と表現したが、自惚れでもなんでもなく、それは嫉妬という感情だと和彦は考える。そうであってほしいという願望も込めて。
 不器用で優しい男を、そんな気持ちで苦しめていいのか――。
 ふっと魔が差したように、そんなことが頭を過る。すると、中嶋に言われた。
「先生がそんなことを考えていると知ったら、多分三田村さんは、喜ぶと思いますよ。もっとも、あの無表情は変えないと思いますけど」
「……根拠は?」
「元ホストの勘」
 真剣に聞くのではなかったと、和彦は背もたれにぐったりと体を体を預ける。
「元ホストの勘で、もう一つ言いたいことがあるんですが」
「この際だ。なんでも言ってくれ」
「――三田村さんは、手に入れるためじゃなく、失わないために鬼になるタイプですよ。命がけで先生に手を出したんなら、死んでも先生から離れないでしょう。そんな人が、先生に振り回されたぐらいで参るとは、到底思えません」
 のろのろと姿勢を戻した和彦は、どういう表情を浮かべればいいかわからず、結局、聞こえなかったふりをしてコーヒーを啜る。
 空気の読める中嶋はそれ以上は何も言わず、澄ました顔でチョコレートを摘まみ上げた。


 さすがに夜は少し冷えると、開けた窓から外を眺めていた和彦は軽く身震いする。パジャマ姿で夜風に当たるのは、少々無謀だったようだ。
 ただ、窓を閉めていては感じない夜風の冷たさや、街中とは明らかに違う空気の匂いは、堪能する価値がある。何より、静かだ。風が木々を揺らす音がせいぜいで、車のエンジン音すら響くことはない。本当に、周辺に人気がないのだ。
 こんな環境に身を置くと、ふらりと夜の散歩に出かけたくなる和彦だが、それは明日の楽しみにしておこうと、静かに窓を閉めた。
 ベッドの傍らを通り過ぎ、部屋を出る。廊下はぼんやりとした明かりで照らされているが、人影はない。立派すぎる別荘も、宿泊者が少ないときはただ寂しいだけだなと思いながら、和彦は隣の部屋の前へと行く。
 露骨な気遣いを示した中嶋は一階の部屋を利用しているため、二階で休んでいるのは、和彦ともう一人しかいない。
 ノックもせずに静かにドアを開けると、室内の様子がわかる程度には明るかった。光源は、音量を抑えたテレビだ。和彦は足音を殺してベッドに近づく。思ったとおり、三田村は目を閉じていた。
 三田村と夜を共に過ごすことがあるからこそ、なんとなく把握してしまったが、三田村は部屋を真っ暗にして眠ることを好まない。元からの性質なのか、物騒な世界で気の抜けない生活を送っているがゆえに身についた習性なのか、いまだに和彦は理由を知らない。なんにしても、些細なことだ。
 和彦はスリッパを脱ぐと、もう自分の気配を殺すことなく、堂々と三田村の隣に潜り込む。とっくに起きていたのか、すぐに目を開けた三田村は、驚いた様子もなく柔らかな表情を浮かべた。
「どうかしたのか、先生」
「――夜這いに来た」
 吐息を洩らすように三田村が笑う。どうやら本気にしていないようだが、かまわず和彦は行動に出た。
 布団を剥ぎ取ると、すかさず三田村の上に馬乗りになり、有無を言わせずトレーナーをたくし上げる。さすがに三田村も慌てたように体を起こそうとしたが、両肩をしっかりと押さえつけて阻む。
「先生……」
「昼間のやり取りを、ぼくなりにいろいろと考えたんだ」
 この瞬間、ふっと三田村の体から力が向ける。
「……すまない。先生に負担をかけるつもりはなかったのに、気持ちに歯止めがきかなかった」
「もう、謝るのはなしだ。そうじゃないと、ぼくはずっとあんたに謝り続けないといけない」
「俺は、先生に謝ってもらうことなんてないが」
 トレーナーを脱がせ、三田村を上半身裸にしてしまった和彦は、鍛え上げられた体を両てのひらで撫で回す。
「そう言うと思った」
 昼間、中嶋から言われた言葉が頭を過る。
 三田村は、手に入れるためではなく、失わないために鬼になれる男だと。つまり、こうして和彦が側にいる限り、三田村は変わらず在り続けてくれるのかもしれない。確信が持てる将来などありえないだろうが、少なくとも三田村という誠実で優しい男は、和彦のために身を削り、神経をすり減らすような苦労を厭わないはずだ。
 苦しむ三田村の姿にすら、そのうち自分は悦びを感じるようになるのだろうか――。
 性質が悪い〈オンナ〉と呼ばれることが多くなった和彦は、ふっとそんなことを考えてしまう。そんな自分に対して、三田村は変わらず気持ちを傾けてくれるだろうか、とも。
 ふいに三田村が片手を伸ばし、和彦の髪に触れてくる。
「今、怖いことを考えていただろう?」
 三田村の指摘に、和彦は苦笑を洩らす。
「……ああ。あんたを都合よく利用して、どうやって雑に扱ってやろうか、ってな」
「先生が望む通りに。そのために、俺はいる」
「そんなこと言って、どうなっても知らないからな」
 三田村の胸元に顔を伏せ、舌先で肌を舐め上げる。すると三田村が大きく息を吸い込んだ。
「先生――……」
 わずかに動揺を滲ませた声を発した三田村だが、あえて無視した和彦は、微かに濡れた音を立てながら肌を吸い上げ、舌を這わせる。
 三田村が深くゆっくりとした呼吸を繰り返すたびに、胸が大きく上下する。落ち着いているようだが、触れている三田村の肌が熱を帯びていくのを、和彦は感じていた。それだけではなく――。
 腹筋のラインを舌先でくすぐりながら、スウェットパンツの上から三田村の両足の間に触れる。何よりも明らかな反応がそこにはあった。上目遣いで三田村の表情をうかがう。優しいだけではない、狂おしい欲情を湛えた眼差しが、じっと和彦を見つめていた。
 次の瞬間、三田村に腕を掴まれて引っ張られる。体を引き上げられてベッドに押さえつけられ、間近で三田村と目が合ったかと思うと、強引に唇を塞がれた。
 これが今日、三田村と初めて交わす口づけだった。一瞬にして和彦の全身が、燃え上がりそうに熱くなり、身悶えしたくなるような強い欲情が胸の奥で生まれる。
 唇と舌を貪り合いながら、三田村の指がパジャマの上着のボタンにかかる。ボタンを一つ外されるごとに期待が高まり、和彦は小さく声を洩らす。そんな和彦を宥めたいのか、煽りたいのか、三田村の舌が口腔に入り込み、感じやすい粘膜をじっくりと舐め回される。
 ようやくパジャマの上着を脱がされると、和彦は両腕を三田村の背に回し、虎の刺青を夢中でてのひらで撫でる。三田村の筋肉がぐっと引き締まり、一際体が熱くなった。普段は誠実で優しい男だが、背の虎に触れると簡単に猛々しい獣に変わり、その変わり様に、和彦は惚れ惚れとしてしまう。
 自分が、この男を変えられる特別な存在なのだと、強く認識できるからだ。
 背の虎に夢中になっている間に、三田村に下肢を剥かれる。さらに、すでに高ぶっている三田村の欲望を両足の間に擦りつけられ、互いのものがもどかしく擦れ合い、焦れるような感覚を生み出す。
「――先生、俺に舐めさせてくれ」
 三田村が耳元で、掠れた声で囁く。耳朶に触れる感触だけで、ゾクゾクするような疼きを感じた和彦は、首をすくめた。その反応に感じるものがあったのか、三田村が唇で耳の形をなぞり、耳朶を舌先でくすぐってくる。心地よさに喘ぐと、三田村の唇が首筋から肩先まで、丹念な口づけを繰り返しながら移動する。
 次に胸元に唇が押し当てられ、すでに期待で硬く凝った二つの突起を、左右交互に吸い上げられる。和彦が喉を反らして伸びやかな声を上げると、三田村の愛撫は熱を帯び、胸の突起を舌先で転がし、軽く歯を立てて引っ張る。
「んっ……」
 再び突起を舌先で転がされる。和彦は、愛撫を施す三田村の顔に、いつの間にか見入っていた。物騒な肩書きを持つ男が、こんなにも必死に自分を貪っている姿が、いまさらながら新鮮だった。同時に、たまらなく愛しい。
「……三田村」
 呼びかけると、顔を上げた三田村が心得たように口づけを与えてくれる。たっぷりと唇と舌を吸い合ってから和彦は、三田村のあごに残る傷跡に舌先を這わせた。
「ダメだ、先生。俺が、舐めるんだ」
 荒い息を吐き出して三田村が言う。和彦が返事をする前に、三田村は両足の間に頭を潜り込ませていた。身を起こしかけた欲望を、熱い舌にベロリと舐め上げられる。和彦はビクリと身を震わせ、上げそうになった声を寸前のところで堪える。しかし、二度目は耐えられなかった。
「あうっ」
 下肢の力がふっと抜ける。その瞬間を見逃さず、三田村に大きく左右に足を広げられ、秘部をすべて、晒すことになる。慣れない羞恥に身を熱くした和彦だが、その一方で、三田村の視線を受けている欲望は、羞恥すら刺激に変えたのか、あからさまな反応を示す。
 三田村は愛しげに、そんな和彦の欲望に舌を這わせる。ますます反り返り、先端から透明なしずくを垂らすようになると、待ちかねていたように唇で吸い取られた。硬くした舌先で先端を突かれ、くすぐられてから、ゆっくりと口腔に呑み込まれる。熱く濡れた粘膜に包み込まれたとき、全身を駆け抜ける快美さに和彦は恍惚とする。
「うっ、うあっ……、あっ、い、い――。三田村、気持ちいい……」
 片手で枕を握り締めながら、もう片方の手で三田村の髪を掻き乱して、和彦は煩悶していた。
 強弱をつけて欲望を唇で締め付けられ、扱かれる。ときおり先端に歯列が擦りつけられて、刺激の強さに腰を震わせると、まるで機嫌を取るように今度は舌を這わされる。
 さらに和彦の興奮を煽るように、三田村の指が内奥の入り口を軽く擦り始める。刺激に弱いその部分はすぐに物欲しげにひくつき、押し込まれる指を少しずつ呑み込み始める。和彦自身の汗と、三田村の唾液が垂れて湿っているせいもあり、引き裂かれるような痛みはなかった。何より、三田村が慎重だということもある。
 挿入された指が円を描くように内奥で蠢き、自分でもどうしようもない反応として和彦は、引き絞るように内奥を収縮させた。その感触を楽しむように指を出し入れされ、そうしているうちに、三田村を受け入れる態勢ができてくる。
 指の数を増やされて、内奥の浅い部分をある意図を持って押さえられる。三田村の口腔で和彦のものが完全に熟し、あとは破裂する瞬間を待つだけとなる。すると三田村が口腔での愛撫をやめて顔を上げ、内奥からは指を引き抜いた。
「三田村……?」
 声を発した瞬間、和彦は羞恥で燃え上がりそうになる。甘ったるくてすがりつくような自分の声が信じられなかったのだ。三田村も気づいたはずだが、何も言わず、口元に微かに笑みめいたものを浮かべてすぐに、表情を引き締めた。
 片足をしっかりと抱え上げられて、綻んだ内奥の入り口に猛った欲望が押し当てられる。指とは比較にならない大きさと熱を持ったものが、内奥を押し広げていく。
 息苦しくなるような異物感に、眩暈がするほどの高揚感を覚え、たまらず和彦はきつく目を閉じる。瞼の裏では鮮やかな色彩が点滅し、飛び交っていたが、それもわずかな間だ。一気に真っ赤に染まった。
 混乱するほど強烈な感覚――快感が和彦に襲いかかっていた。
「んあっ……」
 ビクビクと体中を震わせながら目を開けると、三田村は食い入るように和彦の下肢を見つめていた。三田村の欲望を内奥に受け入れながら、和彦は絶頂に達していたのだ。迸らせた精で、下腹部が濡れている。
「――〈これ〉を、見たかったのか?」
 和彦が抑えた声で問いかけると、ふっと眼差しを和らげて三田村が頷く。
「ああ」
 三田村が腰を進め、内奥深くまで逞しい欲望を埋め込まれる。息を詰めて重々しい衝撃に耐えていると、三田村が覆い被さってきた。和彦は背に両腕を回し、当然の権利として背の虎をまさぐる。ようやく、三田村と繋がったと実感できた。
 体全体で三田村を感じる。内奥の奥深くにまで届く欲望の熱さと逞しさを。重なり合った汗ばんだ素肌の感触を。力強く打つ鼓動を。
「ぼくのオトコの感触だ……」
 意識しないまま和彦が呟くと、三田村は口づけで応えてくれる。緩やかに舌を絡め合い、もっと互いを味わいたいとばかりに唾液を交わし、啜り合う。そんな口づけを交わす間にも、和彦の内奥は猛った欲望の感触に馴染み、強い刺激を欲し始める。
 腰をわずかに揺らすと、それだけですべてを察した三田村が律動を刻み始める。内奥の襞と粘膜を擦り上げられ、鳥肌が立つほど和彦は感じてしまう。
「うっ、ううっ、うあっ――」
「……俺は、こういう先生も見たかった。首筋まで真っ赤に染めて、感じている先生を……」
 三田村の唇が首筋に這わされ、ささやかな愛撫の感触にすら狂わされる。三田村に触れられる悦びで、体が蕩けてしまいそうだ。
 うわ言のように三田村を呼び続けながら、必死に背にすがりつく。そんな和彦を惜しみなく三田村は愛してくれる。淫らな蠕動を繰り返す内奥の深い場所にまで欲望を突き込まれ、呻き声を洩らして和彦は感じる。
「あっ、あっ、三田村っ……。奥、すご、い……」
「ああ。よく締まってる。先生が、俺を欲しがっている」
 狙い澄ましたように最奥を突き上げられ、そのたびに痺れるような法悦が溢れ出し、全身に行き渡っていく。内奥と欲望を擦りつけ合うだけの行為だというのに、気がつけば和彦は、二度目の絶頂を迎え、今度は自分だけではなく、三田村の下腹部も濡らしていた。
 このとき恥知らずな嬌声を上げていたかもしれないが、惑乱した和彦には気にかける余裕もなく、ただすがるように三田村を見つめるのが精一杯だった。誘われたように三田村が目元に唇を押し当て、滲んでいた涙を吸い取ってくれる。
 熱い吐息がこめかみに触れ、反射的に和彦は目を閉じる。内奥深くで三田村の欲望が爆ぜ、たっぷりの精を注ぎ込まれる。満たされる悦びに、浸っていた。
 三田村の筋肉の強張りが一気に解ける。全身の血がめまぐるしく駆け回っているのか、熱い体から汗が噴き出し、流れ落ちていく。まるで、何かから解放されたようだなと思いながら、和彦は優しく三田村の体を撫でていた。
「――……今度は、ぼくに舐めさせてくれ」
 まだ荒い呼吸を繰り返している三田村の耳元で囁く。何事かと言いたげな顔をした三田村に、和彦は艶然と笑いかける。
「あんたの虎を、舐めてやりたい」
 このとき、精を放ったとはいえ力を失っていない三田村の欲望が、内奥でドクンと脈打ったのを確かに和彦は感じていた。
 和彦の唇を軽く吸って、三田村が答えた。
「まだしばらく、先生の頼みを聞いてやれそうにない」
 言外に三田村の望みを読み取り、わかったと和彦は頷いた。内心で悦びを押し殺しつつ。









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