と束縛と


- 第26話(4) -


 男三人が、静かな別荘地で何をして過ごすか――。
 密かに和彦は、この問題をどうするべきなのかと心配していたのだが、意外なほどあっさりと解決した。主に、中嶋の働きによって。
 垂らしていた糸がピンと張り詰め、両手でしっかりと持った釣り竿がしなる。和彦は半ば反射的に、隣で同じく釣り糸を垂らしている中嶋を見る。
「先生、魚がかかるたびに、そう動揺しないでください。適当にリールを巻いて、魚の引きが弱ったら、釣り上げるだけです」
「適当ってなんだっ……。その適当の加減がわからないんだ」
 和彦が反論する間にも、掛かった魚が激しく暴れる。慣れない手つきで慌ててリールを巻き、竿を立てようと奮闘していると、背後で苦しげな息遣いが聞こえてきた。振り返ると、顔を伏せた三田村が肩を震わせている。
「三田村、笑っているんなら、交代してくれ」
「ダメですよ、先生。掛かった魚は、責任を持って本人が釣り上げないと」
 和彦はじろりと、横目で中嶋を見る。言っていることはもっともだが、明らかに中嶋も笑っている。
「……ぼくがオロオロしているのを見て、二人とも楽しんでいるだろ」
「普段マイペースの先生が、おっかなびっくりで釣りをしている姿が、なんだか可愛くて。つい、からかってしまうんです。三田村さんも同じ気持ちですよね?」
 中嶋に問われ、三田村は曖昧な返事をする。さらに言い合うのも大人げないので、まずは掛かった魚を釣り上げることに専念する。初心者ながら、さきほどから意外に釣果は悪くないのだ。
 やや物騒な理由から、総和会が所有する別荘で連休を過ごすことになったが、別に和彦個人が狙われているわけではなく、身を隠しておく必要はない。賢吾からも、護衛をつけておく限り、自由にしていいと言われている。
 では、自由に何をするか、という話題になったとき、朝食の後片付けを終えた中嶋が、別荘近くの湖で釣りをしないかと提案してきたのだ。道具一式は揃っており、冷蔵庫には餌になりそうなものものが入っていると言われれば、断る理由はなかった。
「先生は、いままで釣りをしたことはないんですか?」
 和彦は苦労してクーラーボックスに魚を入れると、針に新たな餌をつける。
「釣り堀での釣りなら、昔一度だけしたことがある。ぼくは釣り糸を垂らすだけで、あとは全部人任せだったけど」
「先生らしい」
「……絶対、そう言われると思ったんだ」
 ここまでずっと見ているだけだった三田村に、休憩すると言って釣り竿を押し付ける。一瞬、困ったような表情を見せたが、受け取ってくれた。
 和彦は二人から離れると、桟橋の先まで行ってみる。湖の向こう側にはキャンプ場などがあるらしく、遠目にも、カラフルなテントが並んでいるのが見える。それに、いくつものボートが湖に浮かんでいた。冬にここを訪れたときは静かなものだったが、連休中は観光地としてにぎわっているようだ。
 ただ、別荘から近いこちら側は、車が通り抜けられる道ではないため、和彦たちが独占しているようなものだ。
 楽しくキャンプをしたり、ボートに乗っている人たちも、まさかここでヤクザ二人と、ヤクザの組長のオンナが、のんびりと釣りをしているとは思わないだろう。和彦自身、変な感じがするぐらいだ。
 もちろん、楽しんでいるのだが――。
 和彦は、釣り糸を垂らしている三田村に視線を向ける。さすがに、釣りをするのにスーツはないと考えたのだろう。今日は薄手のニットという軽装だ。おかげで、引き締まった体躯のラインがよく見て取れた。
 ラフな服装で釣りをしている三田村の姿が見られただけでも、ここを訪れた価値はあったといえる。和彦は知らず知らずのうちに唇を緩めていた。
 三田村の釣り竿がしなっているのを見て、慌てて二人の元に戻る。和彦が心配するまでもなく、三田村はさっさと魚を釣り上げて針から外した。
「……初心者じゃないのか、三田村……」
 思わず和彦が声をかけると、なぜか三田村は申し訳なさそうな顔をする。
「何年も前だが、うちの若頭が釣りに熱中している時期があって、よく俺も連れて行ってもらってたんだ。隣でぼうっと見ているなと言われて、それでまあ、俺も竿を振るように……」
「本当に、意外な特技を持ってるな」
 和彦が感心している間にも、中嶋が新たに魚を釣り上げて、クーラーボックスに入れる。
「心配してたんですが、今の調子なら、夕飯にはみんなで腹いっぱい、魚を堪能できますよ。あっさりと塩焼きもいいし、ムニエルも美味しそうですね。あっ、ホイル焼きもできますよ」
 今回の別荘の滞在で、中嶋は世話係として本当にうってつけの人材だと、改めて感心する。一応、一人暮らし歴は長かったため、料理以外のことはソツなくこなせる和彦だが、三田村も中嶋も、器用さとマメさのレベルが違う。
「君と三田村が側にいると、ぼくは一人暮らしでなんの経験を積んできたのか、という気になる……」
 和彦の言葉に、中嶋は楽しげに声を上げて笑いながら、針に餌をつける。釣り竿を差し出されたので仕方なく受け取ると、無様な姿勢で湖に向けて仕掛けを投げた。
「――先生は、それでいいんですよ。てきぱきと患者を治療して、クリニックの切り盛りまでして、そのうえ家事まで完璧にこなされると、世話を焼く人間がつまらない。少しぐらい隙があるほうが、かえって周囲から愛されるものです」
 だったら自分は隙だらけだなと言いかけた和彦だが、それがとんでもなく自惚れた発言になることに気づく。寸前のところで別の言葉に言い換えた。
「周囲にいるのがデキる男ばかりで、たっぷり甘やかされてるよ」
 和彦の背後で中嶋が、クスッと笑い声を洩らした。もしかすると三田村も、唇を緩めるぐらいはしたかもしれないが、浮きの動きに集中する和彦には、そこまで確かめる余裕はなかった。


 開けた窓から入ってくる風があまりに心地よくて、スリッパを脱いだ和彦はベッドに転がる。そこで視界に飛び込んできたのは、ゆっくりと雲が流れていく青空と、緑豊かな山々だ。
 ぼんやりと眺めていると、日ごろの多忙さや、自分の厄介な立場すらも遠いことのように思えてくる。今こうしてのんびりできるのは、その多忙さや、厄介な立場があってこそのものなのだが。
 マンションの部屋の工事は進んでいるだろうかと、ふと気になった和彦は、寝返りを打った勢いで起き上がり、ナイトテーブルに置いた携帯電話に手を伸ばそうとする。このとき、部屋の前に立っている中嶋に気づいた。一方の中嶋も、驚いたように目を丸くしている。
「……すみません。ドアが開いていたので」
「風通しがよくなるから、開けておいたんだ。さすがに知らない人間がウロウロしているなら気をつかうが、そうじゃないしな」
 和彦がベッドに座り直すと、中嶋が部屋に入ってくる。
「上着を置いてくると言って二階に上がったのに、なかなか戻ってこないので、何かあったのかと様子を見にきただけなんです」
「ああ、いや――」
 和彦は窓のほうに目をやり、照れ臭さを笑って誤魔化す。
「あんまり気持ちいいから、横になってみたんだ。で、マンションの部屋はどうなっているか気になって、聞いてみようかと……」
 ここで二人の視線が、ナイトテーブルの上に注がれる。すかさず中嶋が疑問を口にした。
「携帯電話、二台持ち歩いているんですね。前からそうでした?」
「……持ち始めたのは、最近だ。別に、珍しくないだろ。ぼくが知る限り、組の人間は一人で何台も持っている」
「まあ、俺たちは、組織用にシノギ用、プライベート用とかいって、なんだかんだで携帯を使い分ける必要がありますから。でも先生の場合、どう使い分けているのか、興味がありますね」
 中嶋がさりげなく隣に腰掛け、興味津々といった様子で二台の携帯電話を見つめる。頭の中では、総和会の人間らしい計算も働かせているのだろう。長嶺組に出入りして、着々と独自のポジションを確立している中嶋にとって、和彦の情報は使える手札のはずだ。
 が、ここで中嶋を警戒するぐらいなら、そもそも和彦はこの、元ホストで野心家の青年と親しくなったりはしなかった。
 和彦は一台の携帯電話を取り上げる。
「この携帯電話は、たった一人の人間との連絡用に、組長が用意してくれたんだ」
「誰ですか?」
「――昔の男。お互い、切るに切れないしがらみがあって、最近になって連絡を取り合う必要ができたんだ」
 少し前に、長嶺組の本宅に彫り師が呼ばれた情報を掴んでいたという中嶋だが、そのきっかけとなったのが、和彦が今話している男の存在だとは、さすがに想像が及ばないだろう。もちろん和彦としても、余計な情報を与えるつもりはなかった。
 いろいろと尋ねたいところをぐっと呑み込んだ表情で、中嶋がこう洩らす。
「本当に、いろいろありますね、先生は」
「元ホストの君にそう言われると、なんだか複雑だ……」
「俺は結局、仕事でしたからね。色恋だなんだといっても。でも先生の場合、生き方、ってやつでしょう。厄介で物騒な男たちの事情に雁字搦めになって、大事にされて、逃げられなくて」
 ほろ苦い笑みを洩らしつつ、携帯電話を操作した和彦は、連休に入る前に届いた里見からのメールを読み返す。
 連休中はどこかに出かけるのかと尋ねられ、まさか今のような状況になるとは思ってもいなかった和彦は、自宅でのんびりと過ごすと返信したのだ。一方の里見は、仕事が忙しくて休みどころではないらしい。
 のんびり過ごすと返信した手前、いつ里見から連絡がきても応対できるようにと、こうして携帯電話を持ってきたのだが、三田村もともに過ごしているこの場所で、果たしてこれは正しい行動だったのだろうかと思わなくもない。
「本当にぼくの生き方は、そういうことで成り立っているな。厄介で物騒な男たちの事情に雁字搦めになって、受け入れて、身を委ねて……」
「そんなふうに言われると、俺の目の前にいる人は、自分の意思がなくて、弱いのかと思えますが、違いますよね。先生は、したたかでタフだ」
「昔から、鍛えられているからな」
 自分でもわかるほど素っ気なく応じて、携帯電話をナイトテーブルの上に戻すと、仰向けで再びベッドに横になり、窓の外に目を向ける。
「……今は、甘やかされていると思っている。それに、いろいろと不便で窮屈なところもあるが、少なくとも、佐伯和彦という存在は認識されているし、必要ともされている」
「その言い方だと、認識すらされていないときがあったみたいだ。――総和会も長嶺組も、徹底して先生のことは調べ上げているはずなのに、先生には秘密があるんじゃないか、なんてことを考えてしまいますよ」
「そうだ。ぼくには、大きな秘密がある」
 軽い口調で応じた和彦は、ニヤリと中嶋に笑いかける。虚をつかれたように目を丸くした中嶋だが、同じような笑みを返してきた。
「聞いたところで、教えてくれないんでしょう。その様子だと」
「冗談だ。本気にしないでくれ。ぼくは、長嶺の男に目をつけられるまでは、普通の暮らしをしていた、遊び好きの美容外科医だった。それだけだ……」
 ふうん、と意味ありげに声を洩らして、中嶋が和彦の隣に横になる。ごろりと転がってうつ伏せになると、やはり窓のほうを見て目を細めた。
「昼寝するには最高の陽気ですね。午前中は体を動かしたし、昼メシも食ったあとだし。俺も、釣ってきた魚の下処理を済ませたら、少しごろごろしようかな」
「こういうとき、器用な人間は損だな。なんでもやらなきゃいけなくなる」
「日ごろのハードな仕事に比べれば、申し訳ないぐらい楽させてもらってますよ。なんといっても先生は、あまり手がかからない。三田村さんがまた、黙々とあれこれ手伝ってくれますし」
 その三田村は、夕食の材料で足りないものがあるという中嶋の言葉を受け、自ら申し出て買い物に出かけている。
 中嶋という第三者がいる中、三田村もいつもとは勝手が違い、落ち着かないのではないかと和彦は推測している。すでに和彦との関係は中嶋に知られているとはいえ、だからこそ節度と、自分の立場というものを示そうとしているように感じられるのだ。
 中嶋と友人として親しくしている和彦とは違い、長嶺組の組員である三田村にとって、中嶋は総和会の人間でしかない。
「――三田村さんが側にいなくて、心細いですか?」
 外を眺めていたはずの中嶋が、いつの間にかこちらを見ていた。冗談めかしてかけられた言葉に、和彦は苦笑いで返す。
「普段は、三田村が側にいないことのほうが多いのに、そんなわけないだろう。だいたい、心細いってなんだ。ぼくは子供か」
「でも今、三田村さんのことを考えていたでしょう」
 返事に詰まった和彦は、寝返りを打って中嶋に背を向ける。背後からは、押し殺した笑い声がしばらく聞こえていた。




 賢吾から電話がかかってきたとき、和彦はテラスに出したデッキチェアに身を預け、夕闇に覆われつつある庭を眺めていた。
 特に花を愛でる趣味があるわけではないが、手入れされた庭でさまざまな花が咲いている光景を眺めていると、なんとなく自分が優しい人間になったような気がする。そういう気分に浸っている自分が、心地いいのかもしれない。
 賢吾からの電話は、切り離していた日常が一気に戻ってきたようで、傍迷惑なような、それでいて安堵できるような、奇妙な感じだ。
『連休は楽しんでいるようだな。定時連絡は三田村に任せっきりで、先生からは電話の一本もかからないぐらいだ。千尋が寂しがってるぞ。――俺も』
 鼓膜に響く魅力的なバリトンが、ずいぶん懐かしいもののように感じられる。そのせいか、違和感なく耳に馴染み、溶けていく。
 庭に視線を向けたまま和彦は顔をしかめた。
「長嶺組組長ともあろう男が、つまらない冗談を言うんだな」
『なんだ。本気だと受け取ってくれないのか?』
「……電話しなかったのは、別にあんたに報告するようなことはないからだ。毎日電話しろと、言われもしなかったし」
『先生は薄情だ。離れてしまうと、もう目の前にいる男以外、どうでもよくなるんだろ』
 ドキリとするようなことを言う賢吾だが、口調はあくまで楽しげだ。電話越しの和彦の反応をおもしろがっているのだろう。
『四日間、のんびりできたようだな。その辺りは、自然だけはたっぷりあるが、言い換えるなら、それぐらいしかないような場所だ。退屈はしなかったか?』
「いや……。三田村や中嶋くんに、ずいぶん気をつかってもらったから、楽しかった。連休中だから、車で少し出かければ、あちこちで何かしらイベントもやっていたし」
『なんだったら、連休が終わるギリギリまでそこに滞在してもいいぞ』
「その口ぶりだと、もしかして部屋の工事は終わったのか?」
『とっくに。千尋だけじゃなく、俺もそろそろ先生の顔が見たくなった』
 こういう場合、なんと答えればいいのだろうかと考えている間に、タイミングを失ってしまう。結局黙り込んでしまうと、電話の向こうで賢吾が低く笑い声を洩らした。
『先生はそうでもないだろうが、やっぱり、側にいないと落ち着かないもんだ。――明日、戻ってこい』
「……ああ」
 電話を切った和彦は、いつの間にか自分にとって、長嶺の男の側が〈戻る場所〉になったのだと、唐突に実感していた。
 連休が終わるまで別荘に滞在していいと言ったすぐあとに、当然のように、明日戻って来いと命令する賢吾の傲慢さに、ちらりと苦い表情を浮かべる。
「ぼくの反応を、試したな……」
 ギリギリまで滞在したいと和彦が言ったとしたら、賢吾はどう返事をしたのか、興味がある。もちろん、大蛇の化身のような男の反応を試す度胸は、和彦にはないが。
 携帯電話をパンツのポケットに突っ込んだところで、気配を感じる。デッキチェアから身を乗り出して窓のほうを見ると、三田村が立っていた。窓は開けていたため、和彦が電話で話している声は聞こえていただろう。
「――明日帰ってこいと言われた」
 和彦が話しかけると、三田村もテラスに出て、側にやってくる。
「先生のおかげで、のんびりと過ごせた」
「そんなこと言って、ぼくのお守りは疲れただろ」
「気は張っていた。……俺が側にいて、先生に何かあったら大変だ」
 和彦は思わず三田村を見上げる。無表情ではあった三田村だが、ごっそりと感情を置き忘れた――と表現できるものではなく、感情を押し殺した男の顔をしていた。
 三田村、と呼びかけて、和彦は片手を伸ばす。腰を屈めた三田村は、両腕でしっかりと和彦を抱き締めてくれた。


 なんの前触れもなく、ふっと目が覚めた。
 和彦は、薄ぼんやりとした明かりに照らされる壁を少しの間眺めながら、一つずつ状況を認識していく。
 ここは、三田村が使っている部屋で、和彦が今横になっているのは、その三田村のベッドだ。枕にしているのは三田村の腕で、背で感じるのは、三田村の体温と胸の感触。そして、一定のリズムで耳元をくすぐるのは、三田村の寝息だ。
 別荘に泊まる最後の夜、互いに言葉に出さなくても、当然のように同じベッドに入った。次はいつこうした時間を持てるかわからないことを思えば、たとえ体を重ねなくても、体温を感じるだけで満たされるものがある。
 和彦は慎重に寝返りを打ち、間近から三田村の顔を見つめる。とっくに和彦が目を覚ました気配に気づいていたのだろう。三田村が薄く目を開けた。
「……明るくて気になるなら、テレビを消そうか?」
「そうしたら、あんたの顔が見えなくなる」
 和彦がこう応じると、吐息を洩らすように三田村は笑った。
「寝ぼけている頭には、強烈すぎる殺し文句だ、先生……」
 三田村の手が背にかかり、促されるように和彦は身を寄せる。ベッドに入って眠りにつくまで火がつくことのなかった情欲が、一度目が覚めてしまうと、それがきっかけになったように疼き始めていた。
 和彦は、三田村のあごにうっすらと残る傷跡に指先を這わせてから、しがみつく。今のうちに、この男の感触もぬくもりも、もっと味わっておこうと思った。明日になれば、好きなときに触れるわけにはいかないのだ。
「先生……」
 苦しげに洩らした三田村が動き、和彦の体はベッドに押さえつけられた。パジャマの上着の下に片手が入り込み、脇腹を撫で上げられるとそれだけで、ゾクゾクするような感覚が生まれる。和彦が小さく吐息を洩らすと、さらに三田村の手が移動し、胸元をまさぐられる。
 しっかり抱き合っても、布越しの感触がもどかしくて仕方ない。焦れた和彦は、三田村が着ているトレーナーをたくし上げ、背の刺青を余裕なく撫で回す。すると三田村が荒く息を吐き出し、興奮したように大きく身震いをした。
「ダメだ、先生。これ以上は――」
 思いがけない三田村の言葉に、きつい眼差しを向ける。
「どうしてだ?」
「……明日、長時間車に乗るんだ。体に負担がかかる」
「いまさらだな。ぼくがそんなに柔じゃないのは、知ってるだろ」
 和彦の眼差しを避けるように、三田村がわずかに顔を伏せる。その反応で薄々とながら、実は三田村が何を気にかけているか推測できた。夕方かかってきた賢吾からの電話だ。
「もしかして、あんたにも、組長から電話がかかってきたのか?」
「いや……」
「でも、組長のことを気にしているだろ」
 三田村は少し困ったような笑みを浮かべ、和彦の額に唇を押し当てた。
「先生は鋭い」
「鋭くなくてもわかる」
 和彦を抱き締めたままじっとしていた三田村だが、深く息を吐き出したのをきっかけに、ぽつりと洩らした。
「――……俺の〈痕跡〉をつけた先生を、組長の元に返すことが、いまさらながら怖くなった」
 和彦は、三田村の頭を撫でながら応じる。
「ここに来てから、あんたの本音をいくつも聞けた気がする。嫉妬したり、怖がったり……。ずっと、三田村将成という男は、寛容で優しくて、強いと思っていた」
「がっかりしたか?」
 まさか、と答えて和彦は笑う。
「俺は、先生に嫌われたくない。そう思えば思うほど、自分のみっともないところを先生に見せていないことを痛感するんだ。先生を騙しているみたいで……」
「ぼくなんて、あんたに初めて会ったときからずっと、みっともない姿を晒し続けている。そのうえ今じゃ、厄介で複雑な立場だ。それでもあんたは、こうして側にいるし、ぼくに触れてくれる」
「……俺にとって、先生は特別だ。どんな姿だろうが、しっかりと目に焼き付けておきたいぐらい、貴重なんだ」
「『どんな姿』でも?」
 和彦の声に滲む猜疑心を感じ取ったのか、三田村は怖いほど真剣な顔となって応じた。
「ああ」
「だったら、信じる。その代わりあんたも、ぼくを信じてくれ。――ぼくが絶対に、あんたを嫌いになることはないと」
 深い吐息を洩らした三田村が、和彦の髪に頬ずりをして呟いた。
「俺みたいな人間には、もったいない言葉だ……」
 三田村の愛撫が欲しいと思う反面、このままずっと抱き合っていたくもある。このことをどう言葉で伝えようかと悩んでいる間に、先に三田村が動いた。再びベッドに横になり、当然のように腕を伸ばしたのだ。
「先生がタフなのは知っているが、睡眠不足にはしたくないからな」
「……ぼくを睡眠不足にするぐらい、加減ができそうにないか?」
 伸ばされた腕の付け根辺りに頭をのせ、冗談めかして和彦が言うと、微妙な表情で三田村が口を閉じる。笑みをこぼした和彦は、三田村の胸元に手を置き、優しく撫でる。
 三田村の鼓動をてのひらで感じているうちに、髪に触れる微かな息遣いがいつの間にか変化していた。和彦がそっと頭を上げて見てみると、三田村は目を閉じている。
 こうして一緒に過ごしていると、和彦が先に眠ってしまうことがほとんどなので、珍しいこともあるものだと思ったが、それだけ三田村は、この状況に気を緩めているのだろう。一方の和彦のほうはすっかり目が冴えてしまい、しばらく三田村の寝顔を眺めていたが、喉が渇いたため、静かにベッドを抜け出す。
 ぼんやりと明るい廊下を歩いていて、ふと窓の外に目を向ける。ここでの滞在中、一度も天気が崩れることはなかったが、最後の夜はそうもいかなかったようだ。雲が空を覆っているらしく、月明かりが辺りを照らすどころか、星すらまったく見えない。
 明日の帰りは雨に降られるかもしれないと思いながら、和彦は一階へと下りる。ダイニングに向かおうとして、人の話し声が聞こえてドキリとする。思わず足を止め、ゆっくりと首を回らせてから、リビングだと見当をつける。
 誰の話し声かと考えるまでもなく、思い当たるのは中嶋しかいない。
 夜更かしをしているのなら、少しつき合わせてもらおうと、和彦はリビングの前まで行く。扉はわずかに開いており、中を覗くと、フロアランプの控えめな明かりが、リビングの中央を照らしていた。
 冬の間活躍した大きなガスストーブは片付けられ、代わってラグが敷かれているのだが、そこに中嶋が寛いだ姿勢で座っていた。
「――先生は、楽しんでいたと思いますよ」
 突然中嶋が発した言葉に、和彦はドキリとする。一瞬、扉の前に立つ自分に向けられたものかと思ったが、そうではない。中嶋は、携帯電話で誰かと話している最中なのだ。
「別荘を訪れた当初は、総和会から他に人は来ないのかと、やけに気にしている様子でしたが、すぐに警戒を解いたようです。三田村さんは……どうでしょう。あの人のポーカーフェイスから何かを読み取るのは、俺には無理です。もしかすると、先生とは違って、俺の存在を警戒していたかもしれません」
 中嶋が話す内容を聞く限り、電話の相手に和彦たちの動向を報告しているようだった。そのことが自分でも意外なほど、ショックだった。
 和彦の〈お守り〉という仕事のため、中嶋はこの別荘に滞在している。それは理解しているつもりだったが、夜中に人目を避けるように報告している現場に出くわすと、やはり思うことはある。ここでの言動は、すべて総和会に筒抜けだったかもしれないということで、和彦の中で湧き起こるのは、恥じらいや怒りという感情だった。
 そんな和彦に追い討ちをかけるように、さらに中嶋が続ける。
「しかし、こんな夜更けにまさか、南郷さんが電話に出るとは思いませんでした」
『南郷』と聞いた途端、和彦はビクリと体を震わせる。このとき、心臓の鼓動も大きく跳ね上がった。わずかな空気の震えを感じ取ったのか、なんの前触れもなく中嶋が扉のほうを見て、軽く目を見開いた。が、動揺した素振りも見せずに電話を続ける。
「とにかく、事件も事故も起こらなかったと報告できて、ほっとしています。もちろん、明日先生たちを見送るまで、気を抜くつもりはありませんが」
 それから二、三言話してから、中嶋は電話を切った。意識しないまま息を詰めて立ち尽くしていた和彦は、この瞬間、ふっと糸が切れたように体から力を抜く。中嶋が悪びれた様子もなく笑いかけてきたので、今さら立ち去るわけにもいかず、リビングに足を踏み入れた。
「いつもこの時間、隊に連絡を入れていたんです。せっかく先生がのんびりと過ごしているのに、目の前で無粋な話なんてできませんから」
 こういうとき、中嶋の気質というのは得なのかもしれない。悪びれたふうもなく説明をされると、和彦としてはそうなのかと頷くしかない。立ち去るタイミングを失い、中嶋に手で示されたこともあり、スリッパを脱いでラグの上に座る。
「――南郷さん、先生のことを気にしていましたよ」
 軽い口調で中嶋に言われ、和彦は顔を強張らせる。反応としてはそれで十分だったようだ。
「先生に何かあると、俺が所属する第二遊撃隊の面子に関わる。本当は総和会としては、別荘にもう少し人を置きたかったようですが、それを止めたのは南郷さんです。繊細なあの先生に、息苦しい思いをさせちゃいけない、と」
「……どうしてだろう。ものすごい皮肉を言われている気分だ」
 苦々しく和彦が洩らすと、中嶋はニヤリと笑う。
「何か心当たりが?」
 ない、と即答して和彦は顔を背ける。一瞬、脳裏を過りそうになったのは、顔に布をかけられての淫靡な行為だった。和彦を本当に繊細だと思っているのなら、あんな状況で、あんなことをするはずがないのだ。
「しかし、今日で、こののんびりとした休日は終わりですか。どれだけ退屈するかと身構えていたんですが、先生のおかげで楽しかったです」
 話題が変わったことに内心ほっとしつつ、和彦は再び中嶋に視線を向ける。両足を投げ出した姿勢で中嶋は、リビングの高い天井を見上げていた。フロアランプの明かりを受けた横顔は端整で、そして穏やかだ。ふと、あることが気になって尋ねてみた。
「なあ、ここにいる間、秦に連絡はしていたのか?」
「いえ。万が一にも、先生がここに滞在していると、秦さんから外部の者に知られては困りますから。それに、数日ぐらい連絡を取らないのは、俺たちの間じゃ普通ですよ。俺以上に、あの人は忙しいですし」
「いい、距離感だな。君と秦は……」
 ぽつりと洩らした和彦の言葉に興味をそそられたのか、中嶋がこちらに身を乗り出してくる。和彦は慌てて弁解めいたことを口にしていた。
「ぼくは前まで、密度の濃い関係というのは苦手だった。気が向いたら連絡を取って、会って、セックスして……。それで部屋で別れて、また気が向くまで、顔も合わせないような関係だ。正直今みたいに、特定の相手と頻繁に会って、それどころかすべてを管理されて、それを疎ましいと感じない自分がいまだに不思議だ」
「先生の場合、その特定の相手が複数いて、それでも応えているんだからすごい」
「……慣らされた、んだろうな、やっぱり」
「でも、情が伴っているでしょう」
 和彦が視線を泳がせると、じゃれつくように中嶋が肩を抱いてくる。
「可愛いですね、先生」
「今のやり取りで、どうして『可愛い』という言葉が出てくるんだっ」
 中嶋の手から逃れようとしたが、次の瞬間、もたれかかってきた体に押されてバランスを崩す。あっという間に和彦はその場でひっくり返り、獣のように素早い動きで覆い被さってきた中嶋が、〈女〉の顔をして言った。
「――ここで過ごす最後の夜なのに、三田村さんと寝てないんですね」
「あっ……、か、関係ないだろ、そんなこと……」
「でも先生、物欲しそうな顔していますよ」
「してないっ」
 ムキになって言い返すと、不意打ちで中嶋に唇を塞がれた。妖しく蠢く舌先に唇をなぞられ、うろたえながら和彦は中嶋の肩を押し上げようとするが、どこかで危機感は乏しい。それは中嶋が、和彦に少しだけ近いものを持っている男だからだ。
 他の男たちのように力強く圧倒してくることなく、触れ合うことを楽しむようにまとわりつき、いつの間にか互いに欲望を煽り、しっとりと絡み合う。それが和彦には新鮮で、興奮もしてしまう。おそらく、それは中嶋も同じなのだ。
「この四日間、先生と三田村さんの仲がいいところを、たっぷりと見せつけられましたからね。多少の意趣返しはさせてもらわないと――」
 口づけの合間に、冗談とも本気ともつかないことを中嶋が呟く。油断ならない指は、パジャマの上着のボタンを外し始めていた。
 これ以上続けると、さすがにマズイと思いながら和彦は、何げなく扉のほうを見る。そこに、人影が立っていた。
「三田村っ……」
 声を上げ、反射的に体を起こそうとしたが、中嶋がしっかり覆い被さっているため、動けない。その中嶋は、驚いた素振りも見せずに三田村に話しかけた。
「三田村さん、そんなところに立ってないで、中に入ったらどうですか」
 血相を変えて、中嶋を引き剥がしにかかるかと思った三田村だが、意外なことに、その中嶋の言葉に素直に従い、リビングに入って扉を閉めた。
「さすが三田村さんですね。こんなところを見ても、顔色一つ変えない。先生の幅広い人間関係に耐性がついているってことですか」
「それについては、俺の考えを先生は知っている」
 そう言って三田村が、まっすぐ和彦を見つめてくる。耳元で蘇ったのは、さきほどベッドの中で三田村に囁かれた言葉だった。
『……俺にとって、先生は特別だ。どんな姿だろうが、しっかりと目に焼き付けておきたいぐらい、貴重なんだ』
 誠実で優しい一方で、非常に情熱的でもある男は、上辺だけの言葉は口にしない。必要とあれば、態度で示してくれるだろう。たとえば、今――。
 和彦と三田村の眼差しだけのやり取りに気づいたのか、中嶋が口元を緩め、こんな提案をした。
「三田村さんは、先生のいろんな姿を見ているからこその、その余裕なんでしょうね。だったら……、先生が〈男〉になっている姿を見たことありますか?」
 中嶋が言わんとしていることを、即座に三田村は理解したようだ。わずかに目を見開いたものの、すぐに元の無表情に戻ると、三田村はハスキーな声をさらに掠れさせてこう言った。
「――……見たい。見せてくれ、先生」
 予想外の三田村の反応に、咄嗟に言葉が出ない和彦は、意味なく唇を動かす。一方の中嶋は妖しい笑みを浮かべて、パジャマの上着のボタンをすべて外してしまった。次に自分のTシャツを脱ぎ捨てると、胸と胸を合わせてきた。ただ三田村の反応をうかがっていた和彦は、ここでようやく、中嶋を見上げる。
 この状況で自分は、恥じらえばいいのか、怒ればいいのか、ただ戸惑って初心なふりをすればいいのかと思案するが、結論を出す前に中嶋の唇が重なってきた。
 三田村の熱っぽい眼差しを意識しながら、中嶋と唇を啄ばみ合い、舌先を触れ合わせる。静かなリビングには二人の息遣いすらよく響き、そこに、大胆になっていく口づけの濡れた音が加わると、一気に淫靡さが増していた。
 中嶋が、両足の間に腰を割り込ませてくる。さすがに和彦は慌てるが、余裕たっぷり表情で中嶋に言われてしまった。
「そういう顔をされると、俺が先生を抱きたくなるなー。別にそれでもかまいませんよ?」
「……初めてのとき、ぼくが手を握ってやったことも忘れて、ずいぶんでかい態度だな」
「三田村さんが側にいると、あんまり先生が可愛いので、ついからかいたくなるんです」
 和彦はちらりと三田村を一瞥したあと、中嶋にしがみついて勢いよく体の位置を入れ替える。自分が上になることで、三田村が視界に入らなくなった。
 真上から中嶋を見下ろしながら、引き締まった体にてのひらを丁寧に這わせる。最初はくすぐったそうに声を洩らして笑っていた中嶋だが、和彦の指がジーンズの前を寛げ始めると、途端に唇を引き結んだ。
 ジーンズの中に手を忍び込ませ、中嶋のものを柔らかく握り締める。強弱をつけて指で締め付けてやりながら和彦は、中嶋の胸元に顔を伏せ、唇と舌を這わせる。中嶋の肌が、じんわりと熱を帯び始めていた。それに、すでに息遣いにも余裕が失われつつある。
 秦はしっかりと、中嶋の体に快感を教え込んでいるようだ。そんなことを感じ取ってしまうのは、和彦自身が、複数の男たちから快感を与えられている身だからだ。
 そして今は自分が、中嶋の体に快感を与えようとしている――。
 この瞬間和彦の中に、強烈な感覚が駆け抜けていた。普段は味わえない快感を味わえるという、期待と興奮が入り混じったものだ。そこに、三田村に見られているという羞恥も加わり、異常なほど和彦は高ぶっていた。もちろん、その三田村に、今の姿を拒絶されるかもしれないという、恐れもある。
 凝っている胸の突起を唇で柔らかく挟むと、中嶋の息遣いが弾む。舌先で転がし、軽く歯を当てているうちに、和彦の手の中にある欲望が次第に形を変え始めていた。
 そこでジーンズに手をかけると、腰を浮かせて中嶋が協力してくれる。和彦は遠慮なく下着ごと引き下ろし、中嶋を何も身につけていない姿にしてしまった。すると、当の中嶋が声を洩らして笑う。
「……なんだ?」
「いや、先生の手つきが男らしいなと思って。三田村さんが見ているから、張り切ってます?」
「話して気を散らそうとしてるだろ。意外に、余裕がなくなっているか?」
 澄まし顔で和彦が問い返すと、中嶋は苦笑を浮かべる。何か言い返される前に唇を塞ぐと、すぐに中嶋が応えてくる。緩やかに舌を絡め合いながら、再び中嶋の欲望をてのひらに包み込み、優しく上下に扱く。濡れてきた先端を指の腹で軽く擦ると、中嶋が喉の奥から声を洩らして身を震わせた。
 和彦は、欲望を扱きながら中嶋を見下ろし、興味のおもむくままにもう片方の手で体に触れていく。首筋から肩、腿から腰をてのひらで撫でてから、胸元は焦らすように指先を這わせる。たったそれだけで、中嶋の息遣いは切迫したものへと変わり、すがるように和彦を見上げてくる。
「――……医者の指の威力を、いまさらながら思い知っています。きれいな指なのに、ものすごく、性質が悪い」
「まだ、肝心な部分に触れてないだろ」
 和彦の囁きに、中嶋が目を丸くした。舐めて濡らした指を内奥の入り口に這わせ、くすぐるように刺激してやる。最初は体を強張らせていた中嶋だが、丁寧すぎる指の動きに焦れたように腰を動かすようになり、その反応に促されるように和彦は内奥に指を挿入する。きつい締め付けに、ゾクゾクするような感覚が和彦の背筋を駆け抜けていた。
「先生、すごく、楽しそうに見えますよ。……もったいないな。先生を〈オンナ〉にしている人たちは、こんな魅力的な先生を見ることも、知ることもできないんですね。俺は、このことを誰かに報告する気はないですから」
 微かに震えを帯びた声でそんなことを言いながら、中嶋が視線を動かす。その視線の先に三田村がいるのだろうが、あえて和彦は確認しない。
 三田村に、今の自分の姿を見せつけるように、中嶋の胸元に唇と舌先を滑らせながら、内奥から指を出し入れする。熱くなった襞と粘膜が指にまとわりつき、それを丹念に擦り上げてやると、反り返った中嶋のものの先端から、透明なしずくが滴り落ちる。
 片手で軽く扱いてやるだけで、中嶋は上擦った声を上げ、物欲しげに内奥を収縮させる。
「ずっと、君のこういう姿を眺めていたい気もするな……」
 ぽつりと和彦が洩らすと、息を喘がせながら中嶋が苦笑する。
「そんなことをしたら、俺が先生にのしかかりますよ」
「ぼくには三田村がいるから、君に襲われても大丈夫」
「……それは、どうでしょう。今だけは、三田村さんは俺の味方になってくれるかもしれない」
 意味深な中嶋の言葉に、和彦は眉をひそめる。どういう意味かと、数秒ほど考えたところで、ふいに背後に人の気配を感じる。ハッとしたときには、後ろからしっかりと強い力で抱きすくめられた。耳元に熱い吐息がかかり、反射的に首をすくめる。
「三田村っ……」
「――早く見せてくれ。先生が〈男〉になっているところを」
 そんな囁きを耳元に注ぎ込まれながら、パジャマのズボンの前をやや乱暴にまさぐられる。触れられた和彦のものは、興奮のため熱くなっていた。それを三田村に知られ、羞恥から身を捩ろうとしたが、そのときにはパジャマのズボンと下着を一緒に引き下ろされ、欲望を直接掴まれた。
 和彦の行動を促すように、三田村が欲望を扱き始める。思いがけない三田村の行動にうろたえながらも、与えられる愛撫に和彦は即座に反応する。中嶋への愛撫どころではなくなり、ふらついた体を支えるため、咄嗟にラグに片手をついた。
「三田村、待ってくれ――」
 和彦が制止の声を上げると、三田村だけではなく、中嶋すら刺激したらしい。さきほどまで喘いでいたくせに、さっそく和彦の胸元にてのひらを這わせてくる。
「先生、三田村さんに気を取られちゃダメですよ。まだ、俺と楽しんでない」
 いつの間にか自分が翻弄されていることに気づいた和彦だが、もうどうしようもない。中嶋の片足を抱え上げ、三田村の手によって高められた欲望を、内奥の入り口に押し当てる。背後から三田村に抱き締められながら、和彦はゆっくりと腰を進めた。
「うぅっ」
 和彦と中嶋の口から、同時に呻き声が洩れる。収縮を繰り返す内奥に、自らの欲望を埋め込んでいるのか、それとも呑み込まれているのか、判断がつかないうち強烈な感覚に襲われる。欲望をきつく締め付けられながら、熱い粘膜に包み込まれるのだ。痺れるような快感が腰から這い上がってくる。一方の中嶋は、普段和彦が味わっているような感覚に襲われているのだろう。
 緩やかに腰を揺らしながら、中嶋のものを再びてのひらに包み込み、律動に合わせて上下に扱く。そんな和彦の体に、三田村が両てのひらを這わせ、まさぐってくる。しなる背を丹念に撫でられて思わず身震いすると、その手が一気に下がり、尻にかかった。
 予期するものがあって動きを止めると、三田村の指に内奥の入り口をくすぐられる。
「ふっ……」
 短く息を吐き出した瞬間、内奥に指が押し込まれる。反射的に身じろごうとしたが、さらに三田村の指が深く入り込み、動きを封じられる。指を出し入れされながら内奥をじっくりと撫で回される一方で、和彦の欲望は中嶋の内奥に締め付けられる。前後から押し寄せてくる快感に、次第に和彦の息遣いは乱れ、理性が危うくなってくる。
 中嶋は、妖しい表情でそんな和彦を見つめていた。
「先生、三田村さんに触れられた途端、反応がよくなりましたね。俺の中で、ビクビクと震えてますよ。可愛いなあ……」
 そんなことを言って、中嶋が片手を伸ばして頬を撫でてくる。意地だけで睨みつけはしたものの、すぐに和彦は視線を泳がせることになる。三田村の唇がうなじに押し当てられ、胸元にてのひらが這わされ始めたのだ。
 内奥で蠢く三田村の指に促されるように、再びゆっくりと腰を動かす。中嶋の内奥を突き上げるたびに、痺れるような快感が生まれ、背筋を這い上がっていく。そして、思考すらも甘く蕩けていく。自分が置かれた状況と、体で感じる刺激の強さに、普段以上に和彦は脆くなっていた。頭の芯が急速に熱くなり、思考が数瞬空白に染まったときには、中嶋の内奥深くで精を放ってしまう。そのことを認識したときには、中嶋の胸元に倒れ込み、両腕で抱きとめられていた。
 汗で額に張り付いた髪を中嶋に掻き上げられ、ようやく我に返る。和彦は息を喘がせながら、なんとか言葉を紡ぐ。
「……すまない。ぼくだけ――」
「まだ、これからですよ。先生。俺も、三田村さんも」
 どういうことかと、和彦が頭を持ち上げようとしたとき、背後で三田村の気配が動く。
「うっ」
 無意識にきつく締め付けていた和彦の内奥から、指が引き抜かれる。だがすぐに、今度は熱く硬いものが押し当てられ、余裕なく内奥の入り口をこじ開け――。
「んあぁっ」
 苦痛を覚えるほど逞しいものが内奥に押し入ってきて、和彦は思わず体を起こそうとしたが、中嶋にしっかりと抱き締められているため、動くことが叶わない。その間にも、容赦なく内奥は押し広げられ、熱いものを捻じ込まれていく。
 もちろん、それがなんであるか、すぐに和彦は察する。頭は混乱し、戸惑ってはいるが、〈オトコ〉の感触をよく覚えている体は、瞬く間に馴染み、受け入れてしまう。
「あっ、あっ、あっ……あぅっ」
 大きな手に尻を掴まれ、一度だけ乱暴に突き上げられる。その拍子に和彦は、中嶋とまだ繋がっていることを強く認識させられる。精を放ったばかりの和彦のものを、中嶋の内奥が淫らに蠢きながら締め上げてきたのだ。
 感じる疼きに、たまらず和彦は身震いする。そんな和彦を労わるように、中嶋は肩先を撫で、三田村は腰を撫でる。
「――先生」
 中嶋に呼ばれて顔を上げると、優しく唇を啄ばまれる。そのまま舌先を触れ合わせ、互いの唇と舌を吸い合う。タイミングを計っていたのか、三田村が内奥で律動を刻み始め、和彦の体は前後に揺さぶられ、同時に、中嶋の内奥を突き上げるようになる。
 そんな和彦の姿をどう見ているのか、三田村は何も言わない。ただ、愛しげに和彦の体を撫で回し、繋がっている部分に指を這わせてくる。振り返って確認することもできず、和彦は中嶋とともに喘ぎながら、口づけを交わすしかない。
「……気持ちいいんですね、先生。また、大きくなってきましたよ」
 中嶋に囁かれ、羞恥で身を焼かれそうになる。それでも、やっとの思いでこう問いかけた。
「今、三田村はどんな顔をしている……?」
 中嶋は驚いたように目を丸くしたあと、ちらりと三田村のほうに視線を向ける素振りを見せたが、すぐに和彦を見て答えた。
「俺には、三田村さんの表情を読み取ることはできませんよ」
 再び中嶋に唇を塞がれ、同時に三田村には背後から強く突き上げられる。
 三田村がどんな表情を浮かべているのか、和彦は見ることはできない。だが、内奥で激しく蠢くものは、確かに熱く猛っている。
 無表情がトレードマークの男でも、〈これ〉を偽ることはできない。
〈男〉である自分を見ても、こんなにも欲情してくれているということに、和彦は奇妙な安堵感を覚え、前後から押し寄せる異質な快感にやっと身を任せることにした。









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