と束縛と


- 第32話(1) -


 守光の体調は安定している。和彦は、病院の検査結果に目を通し、賢吾からの又聞きではあるが医者の診断も聞いたが、問題はないようだ。つまり、医者である和彦が側についている必要はないということになる。しかし守光は、何も言わない。
 守光に請われて生活を共にしている身としては、もう体調の心配もないようなのでお暇したいと、堂々と切り出すことはできず、和彦は相変わらず、総和会本部とクリニックを往復する生活を送っていた。
 正直、長嶺の本宅とは違い、気が休まらない環境だ。こういう状況になって初めて、自分はこれまで、賢吾にずいぶん自由に過ごさせてもらっていたのだと痛感する。
 もっとも、物騒な男たちに目をつけられる以前は、さらなる自由を享受していたのだが――。
 慣れていくものだなと、ウィンドーの外を流れる景色を眺めながら、和彦はふっと苦笑を洩らす。
「――どうかしましたか、先生」
 微かな気配を感じ取ったのか、ハンドルを握る人物が声をかけてくる。
 クリニックへの送迎は、長嶺組では担当する組員が決まっていたため気心も知れており、帰宅途中に買い物につき合ってもらったり、夕食を一緒にとるなどしていたのだが、総和会では日によって顔ぶれが変わる。長嶺組の組員たちとは雰囲気も違い、話しかけるのもためらわれ、和彦は必要最低限のことしか口にしない。
 総和会は、そんな和彦の様子に思うところがあったのか、それともたまたまなのか、今日の迎えの車の運転手は、和彦の親しい人物だった。
「君に運転手を務めてもらうのは久しぶりだと思って。緊張しなくていいから、ありがたい」
「緊張なんて……。気をつかわずに、自由に振る舞えばいいのに」
「そうは言うけど、長嶺組の組員たちと違って、総和会の人間は気軽に話しかけてくれない。君ぐらいのものだ」
 ああ、と声を洩らした中嶋が一人で納得したように頷く。
「それは、仕方ないですよ、先生」
「何が仕方ないんだ?」
「先生はもう、総和会内での大物です。一介の構成員は恐れ多くて、気軽に話しかけるなんて……」
「……大げさだな。そこまで言われると、バカにされているみたいだ」
「とんでもない。先生に対する扱いについては、総和会の中では事細かに注意がなされているんです。特に厳しく言われたのは、先生を軽んじる言動を禁じる、ですね。南郷さんが例の騒動で、先生に謝罪したことが決定的でした。あれで、先生はとにかく〈特別〉だという意識が、すり込まれたと思います」
 本当に大げさだと思いながら中嶋の言葉を聞いていたが、南郷の話題が出たところで、和彦は姿勢を正す。
 南郷を土下座させてしまった件については、自分でも戸惑うほど事が大きくなったと感じていたが、こうして他人の口から語られると、実は守光と南郷で仕組んだうえでの、あの顛末ではないかと思えてくる。なんといっても守光と南郷は――。
 守光から与えられた、南郷と道具を駆使しての罰が蘇り、胸の奥がざわつく。
 行為のあと、いつの間にか南郷の姿は消えており、守光の態度も、何事もなかったかのように普通だった。だから和彦も、あえて触れない。力を持たないオンナとしては呑み込むしかないし、守光にしても、和彦はそうするであろうと確信しているはずだ。
 何もかも慣れていくしかないのだろうなと、今度は苦笑すら洩らさずに思った和彦は、中嶋の後ろ姿を眺める。
「この位置で君と総和会のことを話していると、なんだか懐かしい感じがする……」
「俺が初めて会ったときの先生は、何もかもおっかなびっくりという印象でしたね。あれはあれで、どことなく仕種が小動物めいて、可愛かった」
「……今はふてぶてしくなったと言いたいんだろう」
 長嶺組での身の置き方にもまだ戸惑っている中、総和会という得体の知れない巨大な組織から仕事を回されることになったとき、中嶋が和彦の送迎を務めていた。普通の青年のようなハンサムな顔立ちと、ヤクザというより限りなく堅気に近い雰囲気が印象的で、どうして彼のような人間がこんな危険な世界にいるのかと、和彦は不思議だったのだ。
 元ホストいうこともあってか、中嶋は会話を引き出す術にも長けていた。あのときの車中でのやり取りがあったからこそ、今のような和彦と中嶋の関係があると言ってもいいだろう。
「あの頃に比べたら、ずいぶん状況が変わった。――君も」
「先生ほどではないですよ」
「……謙遜しなくていいだろう」
「本気で言ってます」
 軽やかな笑い声とともに言われると、和彦はもう何も言えない。
 シートに座り直し、再び外の景色に目を向ける。外はまだ明るく、日没までの時間を考えると、このまま帰宅するのは惜しい気がした。ここのところ一切寄り道をせず、おとなしく総和会本部に戻っていたのだが、今日は運転手が中嶋ということもあり、思いきって切り出してみた。
「帰りに寄りたいところがあるんだけど、いいかな?」
「どこでもおつき合いします」
「だったら、書店に……」
「ついでに、外で夕飯も済ませませんか」
 意外な申し出に和彦は目を丸くする。決まり事というわけではないが、総和会本部に滞在するようになってから、夕食は守光の住居で規則正しく済ませるようになっていた。多忙な守光は同席しないことのほうが多いが、その代わり、吾川が食事の相手を務めてくれるのだ。
「……連絡を入れておかないと――」
「大丈夫です。本部から言われたんですよ。今晩は、先生と外でゆっくり過ごしてこいと。そろそろ先生の息抜きが必要だと判断したのかもしれませんね」
「ああ、だから君なのか」
「そういうことです」
 許可が出ているなら、気が楽だ。和彦は久しぶりに晴れやかな笑顔を浮かべ、どこで食事をするか、さっそく中嶋と相談を始めた。


 総和会本部の建物が見えてきても、和彦は上機嫌だった。書店で欲しい本を購入できたし、中嶋の勧めで入ったイタリアンレストランの料理も美味しかった。一杯だけグラスワインを飲んだが、指先までアルコールが行き渡ったようだ。
 何日ぶりかに味わった夜の街の空気が、気分を高揚させてくれる。熱帯夜であったとしても、まとわりつくようなむし暑さすら、気持ちよく感じたぐらいだ。
 感じる解放感が強ければ強いほど、自覚する。守光の庇護下で遠慮がちに過ごすことに、自分は窒息しかけていたのだと。
 無意識のうちにため息をこぼしていたらしく、中嶋が声をかけてきた。
「疲れましたか、先生」
「あっ、いや……。せっかくの夜遊びだったのに、もっと気楽に楽しみたかったなと思ったんだ」
「夜遊びといっても、まだ宵の口ですよ。先生が本部に滞在中の身でなければ、もっと連れ回したんですけど。さすがに今夜は、事情がありますから」
 一体なんのことかと首を傾げた和彦は、何げなく前方を見て、目を丸くする。総和会本部の建物の前に大勢のスーツ姿の男たちが立っており、門から次々に出てくる車を誘導して見送っている。
 朝、和彦が出勤するときは、相変わらず息を潜めたような静けさだったが、夜になって様子が変わっていた。
「あれ……」
 思わず声を洩らすと、こちらが言おうとしたことを察したように中嶋が説明する。
「今日は午後から、本部で緊急会合が開かれたんです。普段以上に物々しい雰囲気になるので、本部のほうが先生に気をつかったんだと思います。会合が終了する時間まで、先生に外にいてもらうというのは」
「ああ……。だから食事に誘ってくれたのか」
 最初に教えてくれればいいのに、という心の声が洩れていたのか、前を向いたまま中嶋は肩を竦める。
「先生がリラックスした様子だったので、総和会の事情を話すのが、なんだか忍びなくて」
「怒ってるわけじゃないんだ。息抜きできて楽しかったし。……別に、本部での生活が嫌だというわけじゃないからな。君らはなんでもすぐに南郷さんに報告するから、迂闊なことが言えない。あっ、これも――」
「言いませんよ。南郷さんには、先生は楽しんでましたとだけ報告しておきます」
「……やっぱり報告するんじゃないか」
 恨みがましい口調でぼそりと呟いてみたが、中嶋の耳には届かなかったようだ。車は門を潜り、駐車場で停まる。総和会の流儀にのっとり、中嶋に後部座席のドアを開けてもらい、和彦はアタッシェケースと紙袋を持って車を降りた。
「君も本部に寄るのか?」
 和彦の問いかけに、中嶋は芝居がかった仕種で首を横に振る。
「俺の仕事は、先生を無事にここまで送り届けることです。――それでなくても、下っ端がうろつける場所じゃないですから」
 苦笑いしつつ中嶋が視線を向けた先には、建物から出てきた吾川の姿があった。ここで和彦のお守は、中嶋から吾川に引き継がれる。
 中嶋に見送られながら、吾川に伴われて裏口から建物に入る。
「中嶋くんから聞きましたが、今日は会合があったそうですね」
 エレベーターに乗り込んでから和彦が切り出すと、吾川は頷く。
「会長からの指示です。先生が気にされることがないようにと、あえてお知らせしませんでした」
「気をつかっていただいて、ありがとうございます。おかげで……という言い方も変ですが、外でのん気にアルコールまで飲んでしまって」
「先生には、この建物の中でも寛いで過ごしていただくことが、我々の望みです。言っていただければ、部屋にお好みのアルコールをご用意いたします」
 十分よくしてもらっていますと、モゴモゴと口ごもりながら応じた和彦は、エレベーターが四階に着いてほっとする。
 ラウンジには、会合から流れてきたのか、数人の男たちの姿があった。コーヒーを飲みながら談笑しているという様子ではなく、真剣な顔で何か話し合っていたようだ。和彦と吾川がエレベーターから降りると、ソファに腰掛けたまま、こちらに会釈を寄越した。和彦も頭を下げて返し、なんとなく吾川に視線を向ける。
「幹部会の方々です。これから別室で、集まりがあるそうです」
 だとしたら、守光も顔を出すのだろうかと考えていると、吾川が玄関のドアを開ける。大きな靴が一足並んでいるのを見て、反射的に和彦は顔を強張らせる。南郷だけが中にいるのではないかと思ったのだ。
 足が竦みそうになったが、吾川に促されて玄関に入ると、背後でドアが閉まる。吾川は、一緒に玄関には入らなかった。立ち尽くしているわけにもいかず、おそるおそる部屋に上がった和彦は、ダイニングを覗く。一気に体の力が抜けた。
「来てたのか……」
 安堵を声に滲ませて呟くと、イスに腰掛けていた賢吾がゆったりとした動作で立ち上がる。昨年の夏場もよく着ていた長袖の濃いグレーのワイシャツ姿だが、一人で寛いでいたらしく、ネクタイを緩め、ワイシャツのボタンも上から二つほど外している。
 目の前にやってきた賢吾が両腕を軽く広げたので、意図を察した和彦は、アタッシェケースと紙袋を足元に置いてから、体を寄せた。両腕できつく抱き締められ、心地よさに吐息が洩れる。
「こっちは、先生の帰りを今か今かと待っていたのに、夜遊びか?」
 冗談っぽく耳元で囁かれ、和彦は慌てて弁明する。
「帰ってくるまで、ここで会合があったなんて、知らなかったんだ。中嶋くんが迎えにきてくれたから、息抜きにつき合ってもらった。……だいたい、ぼくの帰りを待つぐらいなら、早く帰ってこいと携帯に連絡を入れたらよかっただろ」
「男心がわかってないな、先生」
「……ぼくも男だが……」
「よく知ってる」
 そう言って賢吾の大きな手に尻を揉まれる。和彦は慌てて体を離そうとしたが、後ろ髪を掴まれて顔を仰向かされ、大蛇の潜む両目に覗き込まれると、甘い毒を注ぎ込まれたように動けなくなっていた。
 ゆっくりと唇が重なってきて、喉の奥から声を洩らす。味わうようにじっくりと上唇と下唇を交互に吸われてから、歯列に舌先が擦りつけられる。ゾクゾクするような疼きが生まれ、和彦はその場に座り込みそうになったが、腰に回された賢吾の力強い腕がそれを許してくれない。
 舌先を触れ合わせたところで、和彦は強い情欲に呑み込まれる。貪り合うように互いの唇と舌を吸い、唾液すらも啜る。馴染んだ男の味に、心底安堵していた。夢中で絡め合っていた舌を一旦解いたところで和彦は、賢吾の頬をてのひらで撫でる。
「まだ、ここにいて大丈夫なのか……?」
「息子が、父親の家に遊びに来たんだぜ。何を気にする必要がある」
「……そう単純でもないくせに」
「だったら言い直そうか? 父親に取り上げられたままのオンナの様子を見に来たと」
 賢吾の声がわずかに怖い響きを帯びる。怯えた和彦が控えめに見つめると、賢吾は機嫌を取るようにこめかみに唇を押し当ててきた。
「すまねーな。先生に面倒を押しつけて。電話でも話したが、俺は自分のオンナを――」
「聞きたくない。……別にあんたを責めるつもりもないし、怒ってもいない。長嶺の男と関わるということは、こういうことだと思ってる」
 和彦は自分から賢吾に頬ずりすると、唇をそっと吸ってやる。そんな和彦の目を間近から覗き込んできた賢吾は、苦々しげに呟いた。
「さらに、男の扱いが上手くなったか?」
「長嶺の男限定で、そうかもな」
 思いがけず賢吾と会えたことで気分が高揚し、つい和彦は冗談めいたことを口にしていた。なんともいえない顔をした賢吾の反応がおもしろくて、クスクスと声を洩らして笑ってしまう。そんな和彦の髪を撫でていた賢吾だが、ふっと両目に険しさが宿ったかと思うと、乱暴に腕を掴んできた。
「先生の顔を見ておとなしく帰ろうかと思っていたが、気が変わった」
「えっ」
 賢吾に引きずられるようにして連れ込まれたのは、和彦が使っている客間だった。電気をつけた賢吾に足元を払われて畳の上に倒れ込む。和彦は目を丸くしたまま、覆い被さってきた賢吾を見上げる。
「今から、ここで……?」
「嫌とは言わせない。俺のオンナなら、俺が求めたら、どこでだろうが受け入れろ」
「でも、会長が戻ってくるんじゃ――」
「外にいた幹部連中と、何か悪だくみがあるそうだから、まだ当分戻ってこない。戻ってきたところで、せいぜい見せつけてやればいい」
 そんなことを言いながら賢吾にジャケットを脱がされる。その手つきから賢吾の高ぶりを感じ取り、ふと和彦は、千尋のことを思い出していた。
 千尋も、賢吾の部屋で和彦を抱くことにひどく興奮していたのだ。父親の部屋で、父親のオンナを抱くことに、異常で特殊な興奮を覚えたのだろうが、おそらく賢吾も今、同じ状態なのだ。
 そして和彦は、長嶺の男たちの高ぶりに容易に感化されてしまう。
「うっ……」
 Tシャツを押し上げられ、触れられる前から痛いほど凝った胸の突起をきつく吸い上げられる。もう片方の突起は指で摘み上げられ、押し潰すように刺激されると、呻き声を洩らしてビクビクと胸を震わせる。
「オヤジに毎晩吸われてるか? ここも、こっちも――」
 賢吾の手が両足の間に這わされ、布の上から敏感なものをぐっと押さえつけられる。和彦が否定しないでいると、賢吾は忌々しげに眉をひそめる。
「……我がオヤジながら、呆れるほど元気なジジイだ」
 一旦体を起こした賢吾に下肢を剥かれ、乱暴に両足を抱えられて左右に広げられる。射抜くほど鋭い眼差しで賢吾が探しているのは、和彦の体に残る守光の痕跡だ。もしかすると、もう一人の男の痕跡も――。
 触れられることなく、ただ見つめられているだけなのに、和彦の体はすぐさま反応を示す。
「賢吾っ……」
 羞恥のあまり、堪らず声を上げたが、賢吾は許してくれない。指先が内腿をなぞり、熱くなりかけた欲望をそっと撫で、柔らかな膨らみを軽く弄んだあと、尻の間に指先を這わせてくる。まさぐられたのは、内奥の入り口だった。
「傷つけられてはないみたいだな。さすがに、丁寧に扱われているか」
 敏感な粘膜を指の腹で擦られ、顔を背けた和彦はビクンと腰を跳ねさせる。賢吾が自分を痛めつけるはずがないと確信しているからこそ、体は素直に反応してしまう。見られたくないと強く思いながらも、賢吾から向けられる眼差しすら愛撫のように感じられ、肌が熱を帯びていく。
「ほんの何日か触れなかっただけなのに、俺を欲しがっているのか?」
 残酷なほど優しい声音で問われて、胸の奥が疼く。和彦は、低い声で囁き返した。
「あんたはどうなんだ……」
 賢吾は軽く目を見開いたあと、ニヤリと笑った。
「悪いオンナだな。――和彦」
 これみよがしに自分の指をベロリと舐めた賢吾が、再び内奥の入り口をまさぐり、湿らせてくる。半ば強引に指を含まされ、肉を捏ねるように蠢かされると、和彦は堪え切れずに呻き声を洩らす。自分ではどうしようもできない反応として、必死に指を締め付けていたが、その感触を楽しむように賢吾の指の動きは大胆になる。
「うあっ、あっ、あぁっ」
 痛みは確かにあるが、まるで小さな火が灯るように疼きが生まれていた。賢吾の指は官能を掘り起こすように、内奥を解していく。
「和彦、ネクタイを取ってくれ」
 真上から和彦の顔を覗き込み、賢吾が言う。和彦は息を喘がせながらのろのろと両手を伸ばし、緩められていたネクタイを解き、首から引き抜く。満足げに賢吾が笑い、一旦内奥から指を抜き取った。
「しっかり掴まってろよ」
 賢吾がスラックスの前を寛げ、欲望を引き出す。和彦は両腕を賢吾の首に回してしがみついた。
 指でわずかに解されただけの内奥の入り口に、凶暴な高ぶりが押し当てられ、慎重に肉をこじ開けられる。苦しさに声を洩らしながら和彦は、ワイシャツ越しに賢吾の肩に歯を立てる。こちらが味わっている苦痛の何分の一かを分け与えたかったのだが、力を入れて噛みつくことはできない。大蛇の反撃は怖い。
「……可愛いな、和彦」
 揶揄するように賢吾が洩らし、和彦は羞恥で全身が熱くなってくる。
「いいから、早く終わらせてくれっ……」
「いいのか、そんなこと言って」
 賢吾の欲望の一際逞しく張り出した部分を、内奥に含まされる。犯されていると強く実感する瞬間だった。和彦は大きく息を吐き出して顔を背ける。すかさず耳に賢吾の唇が押し当てられ、魅力的なバリトンで鼓膜を愛撫される。
「物欲しげによく締まってる。それとも、俺が入ってくるのを嫌がっているのか?」
「うる、さい……。いつになく、意地が悪いな、あんた」
「お前が、あのオヤジにどれだけちやほやされていたのかと思ったら、嫉妬で意地悪の一つもしたくなるだろ」
 本音なのか冗談なのか、声音から推し量ることはできない。それでなくても和彦の意識は、興奮のため舞い上がっている。
 こんな場面を守光に見られたくないと思いながらも、それすら意識の外に追い払って、ただ賢吾が与えてくれる感触に追いすがってしまいたくなる。和彦の心の揺れを、賢吾は見逃さなかった。
「――和彦」
 名を呼ばれて賢吾を見上げた和彦は、切迫した声で訴えた。
「早く、してくれ……」
「何をだ?」
「……早く、奥まで欲しい」
 賢吾が上体を起こし、和彦の腰を抱え上げるようにして掴んだかと思うと、侵入を深くする。狭い内奥を、熱い肉塊で押し広げられる苦しさに声を上げながら、和彦は畳に爪を立てる。傲慢でふてぶてしい男の分身は、和彦の中で力強く脈打ち、歓喜していた。
 強く肉を擦り上げることで得る悦びだけではなく、苦しみながらも受け入れる和彦の従順さに満足しているようだ。欲望を根本までねじ込んだところで賢吾が、息を喘がせる和彦の髪を手荒く撫で、目を細めた。
「俺の〈形〉を忘れてないようだな」
 和彦は、内奥に収まっている欲望を、自らの意思できつく締め付ける。こんなに熱くて凶暴なものを、忘れられるはずがなかった。
 賢吾の片手に欲望を握り締められ、息を詰める。透明なしずくを垂らしている先端を指の腹で丹念に撫でられ、括れを擦り上げられる。腰をもじつかせると、緩やかに内奥を突き上げられ、体がじわじわと官能に侵食されていく。
「賢吾、賢吾っ……」
 もっと愛撫を欲して和彦が片手を伸ばすと、意図を察した賢吾が顔を伏せ、硬く尖ったまま胸の突起を、まるで見せつけるように舌先で転がしてくれる。
「あうっ、うっ、い、ぃ――」
 痛いほど強く吸い上げられ、悦びの声を上げながら和彦は、賢吾の背に両腕を回す。笑いを含んだ声で賢吾が言った。
「こんなにしがみつかれたら、いいところを可愛がってやれないぞ、和彦」
 和彦は必死に首を横に振る。
「いい、から……。これで、いい」
「尻を突かれるだけでいいのか?」
 焦らされていると感じて、癇癪を起した子供のように賢吾の背を殴りつけてやる。もっともこんなやり取りすら、賢吾は楽しんでいるようだ。和彦の耳元でこう囁いた。
「――……本当に、可愛くて、いやらしいオンナだ」
 腰を揺すられて内奥を攻め立てられる。和彦は悦びの声を溢れさせながら、とうとう賢吾の逞しい腰に両足をしっかりと絡める。
 淫らな肉と粘膜をひたすら擦り合うだけの行為に没頭し、快感を共有し合う。
「あっ、あっ……ん、んあっ、ああっ……」
 賢吾の律動に合わせて、淫らに腰を揺らす。内奥で絶え間なく蠢かされる欲望も熱いが、両手で感じる賢吾の体も燃えるように熱い。ワイシャツはじっとりと汗で湿っており、賢吾の興奮を何よりも雄弁に物語っているようで、胸を疼かされる。
「ああ、この感じだな。尻の奥が、ヒクヒクと痙攣し始めている。もうイきたくて、たまらないんだろ」
「い、や……。まだ、もっと、こうして――」
「具合がよすぎて、俺がもたねーよ」
 和彦が首を振ると、宥めるように後ろ髪を撫でた賢吾が耳元で囁いてきた。
「わかれよ、和彦。俺だってじっくりと楽しみたいが、待っている奴がいるからな」
 一瞬、賢吾が言っていることが理解できなかった。和彦が伏せていた肩から顔を上げると、賢吾は口元に薄い笑みを浮かべ、ある方向を見ていた。向けられた視線の先をたどった和彦は、ハッと息を呑む。いつからそこにいたのか、開いたままの襖の傍らに、黒のスーツ姿の南郷が立っていた。
「……嫌だ、賢吾……」
 反射的に賢吾の肩を押し退けようとしたが、和彦のささやかな抵抗など意に介した様子もなく、内奥を強く突き上げられる。
「ひっ……」
「お前は、俺だけ見ていろ。お前をたっぷり感じさせているのは、今は俺だろ?」
 反射的に賢吾を睨みつけた和彦だが、すぐに眼差しは揺れる。賢吾の欲望が一際大きく膨らんでいることに気づいたからだ。この瞬間、南郷の存在が意識から消え、和彦は目の前の男しか見えなくなり、この男が与えてくれる快感がすべてになる。
「んうっ、うっ、うああっ」
 内奥深くを抉るように突かれ、目の前で鮮やかな閃光が散る。和彦は必死に息を吸い込みながら、賢吾にしがみつき、自ら欲望を擦りつけるように腰を動かす。追い立てられるように快感を貪り始めると、あっという間だった。喉の奥から声を絞り出し、欲望を破裂させる。
 賢吾のワイシャツを精で汚してしまったと知り、意識が惑乱した状態ながら和彦は動揺する。
「すまない、汚して……」
「気にするな。なんなら、漏らしても――」
 とんでもないことを言おうとした賢吾の口を、和彦はてのひらで覆う。
「あんたは、何を言おうとしてるんだっ」
「いいじゃねーか。この際、何もかも晒しても」
 そう洩らした賢吾が、挑発的な眼差しを南郷に向ける。当の南郷がどんな反応を示したか、和彦は確かめる気にはならなかった。南郷を見て、和彦が反応を示せば、さらに賢吾は挑発的な言動を取ると予測できたからだ。
 和彦は賢吾の頭に手をかけて引き寄せると、唇を塞ぐ。さすがの賢吾も驚いた素振りを見せたが、即座に唇と舌を貪り始める。同時に、内奥で欲望を蠢かす。
 きつく欲望を締め付けると、唇に触れた賢吾の息遣いが笑った。乱暴に内奥を突き上げられたかと思うと、動きが止まる。そして、たっぷりの精を注ぎ込まれた。和彦は全身を戦慄かせて、全身を駆け抜ける快美さに酔う。
 満足げに息を吐き出した賢吾にあごを掴まれ、有無を言わせず南郷のほうに顔を向かせられた。締まりのない表情を取り繕うこともできず、和彦はぼんやりと南郷を見つめる。南郷は、無表情だった。完璧に感情を押し隠してしまっている。普段のふてぶてしさすら、陰を潜めていた。
 賢吾が、そんな南郷に語りかけた。
「イイ顔してイクだろう、和彦は。淫奔で、どんな男でも咥え込んで骨抜きにするが、その男一人一人に違う顔を見せてるんだろう。性質が悪くて仕方ない。だが、俺が一番、こいつにイイ顔をさせていると自負している。――大事で可愛い、俺のオンナだ」
 南郷から視線を引き剥がすように、再び賢吾のほうを向かされた。甘く優しい声で名を呼ばれ、恍惚として和彦は笑みをこぼす。重なってきた賢吾の唇を甘えるように吸い、口腔に自ら舌を差し込んで、男を求める。
 内奥に収まったままの欲望を柔らかく締め付けているうちに、逞しさを取り戻していく。小さく歓喜の声を洩らした和彦は、本能のまま賢吾にすがりついた。


 まだ身が燃えているようだった。
 エアコンのおかげで程よく涼しい部屋だが、体の内側がじわじわと熱を発し続けていて、なんだか寝苦しい。和彦は寝返りを打って吐息を洩らしたが、その吐息すら熱を帯びている。
 ほんの数時間前に味わった賢吾の体温は、厄介だ。いつまでも和彦の体に残っており、まだ抱き締められているような感覚に酔うことすら容易い。おかげで、眠りたくても目が冴えたままだ。
 横になっているだけ無駄だと、ようやく諦めがついた和彦は布団を抜け出し、乱れた浴衣を直してからそっと客間を出る。深夜といえる時間のため、当然のように守光も自室に入っており、もう眠りについているだろう。
 キッチンに入って水を飲もうと思ったが、気が変わった。足音を押し殺して廊下を通って玄関に向かうと、スリッパを履いて外に出た。
 総和会本部の四階で暮らし始めて何日も経ち、和彦もわずかながら活動範囲を広げた。それは本当にささやかなもので、四階のエレベーター前のラウンジで過ごすようになったのだ。昼間は人の行き来があるため素通りするのだが、深夜ともなると、まず誰もいない。
 一度、吾川に見つかったが、和彦が一人の時間を堪能していると感じ取ったのか、ただ目礼をして通り過ぎてしまい、それ以降、深夜のラウンジでは吾川はおろか、誰とも遭遇したことはなかった。
 ぼんやりとした照明がついているラウンジには、今夜も人気はなかった。この一角だけを見ると、元は研修施設だったというが、雰囲気はホテルのラウンジそのものだ。調度品はすべて質のいい輸入物で、カウンターには自分で飲み物が準備できるよう、さまざまな種類のアルコール類が揃っている。ただし、ここが利用できるのは、限られた者だけのようだ。守光の住居スペースのすぐ側で寛ぐには、相応の資格が必要ということだ。
 自分にもその資格があるとは言わないが、誰にも何も指摘されないということは、許容はされているのだろう。なんといっても、総和会会長のオンナなのだから。
 自虐的な気分になるには、今夜はあまりに、賢吾の残した余韻が強烈すぎる。和彦は熱を帯びた吐息を洩らすと、ウォーターサーバーから紙コップに水を注ぎ、窓際に置かれたソファに腰掛ける。
 窓に顔を向けても、外の景色は見えない。窓の向こうは鉄板のようなもので覆われており、外の様子を一切うかがうことはできず、外からも、中の明かりを一筋すら見ることはできないだろう。
 それでも和彦は窓を見たまま、一人でいる気楽さもあり、しどけなくソファに身を預ける。窓ガラスに反射して映る表情は、自分でも認めるほど穏やかだった。賢吾から惜しみなく与えられた言葉や口づけが蘇り、どうしてもこんな表情になってしまう。
 しかしそれも、わずかな間だった。ゆっくりと水を飲んだあと、無意識のうちに口元に手をやる。まるで心に影が差したように、ある男のことを思い出していた。
 目を伏せた瞬間、背後から声をかけられる。
「――そういう顔もできるんだな、先生」
 たった今思い出していた男の声だった。飛び上がるほど驚いて和彦が顔を上げると、窓ガラスには南郷も映っていた。エレベーターが到着すれば気がつくはずだが、どうやら南郷は階段で上がってきたらしい。
 驚きのあまり声も出せない和彦の隣に、当然のように南郷が腰掛ける。今日の仕事は終わりなのか、スーツではなく、ラフなポロシャツ姿に変わっていた。
「愛されて満たされている人間の顔をしていた。あんたのそういう顔を、初めて見た」
「いえ、そんな……」
 南郷が隣に座っただけだというのに、神経がピリピリとざわつく。和彦は、気の立った獣を刺激しないよう、息を潜めながら窓ガラスに映る南郷を観察する。
 南郷は、笑みを浮かべているように見えた。裏の世界に生きる男特有ともいうべき、凄みを帯びた怖い笑みだ。数時間前、和彦の体を組み敷きながら、同じような笑みを賢吾は南郷に向けていた。敵意とも悪意とも違う、しかし攻撃的な感情を、笑みに込めていたのだ。
 賢吾の攻めに和彦が我をなくして乱れていると、南郷はいつの間にか立ち去っており、賢吾も、南郷について最後まで何も言わなかった。
 南郷と二人きりでいる空気にすぐに耐えきれなくなり、和彦は空の紙コップを手に立ち上がろうとしたが、肩に大きな手がかかり阻まれた。
「まだいいだろう、先生」
 鋭い光を宿した目で見つめられると、逆らえない。和彦がソファに座り直すと、南郷は満足そうに頷く。
「……どうせ部屋に戻っても、眠れないんだろう。俺もそうだ。会合が終わったらすぐに帰るつもりだったが、気持ち的に、本部から離れたくなくなった。それに、気が高ぶって眠れない」
 横目でうかがった南郷は、言葉とは裏腹に、冷たい眼差しで窓ガラスを見据えていた。漠然とだが感じるものがあった和彦は、思わずこう口にしていた。
「南郷さん、機嫌が悪いみたいですね」
 驚いたように軽く目を見開いた南郷が、こちらを見る。余計なことを言ってしまったと、顔をしかめた和彦は今度こそ立ち上がったが、ソファを回り込んだところで南郷に腕を掴まれた。
「もう少しつき合ってくれてもいいだろう、先生。――あんたが今言った通りだ。俺は機嫌が悪い。久しぶりに、嫌いな奴と顔を合わせたんだ。……いや、嫌いという表現じゃ足りないな。憎くて、妬ましい。そいつの澄ました面を見ると、暴力的衝動を抑えられなくなる。昔から。魔が差したように、ぶちのめしたくなるんだ」
 淡々とした口調とは裏腹に、南郷の言葉は激しい。今本人が言った物騒な衝動が滲み出ているようだ。和彦が顔を強張らせると、南郷はさらに威嚇するように顔を覗き込んでくる。
「あんたがいけない。俺は今夜、抱え込んだ胸糞の悪さを、あんたと長嶺組長の濃厚な絡みを思い返しつつ、自分を慰めて処理するつもりだった。それなのに、満たされた顔をしたあんたが一人で目の前に現れた。間が悪い。……俺にとっては、幸運だが」
 掴まれた腕を引っ張られると、逆らえなかった。極端に痛みに弱いと自覚している和彦だからこそ、今の南郷なら、気に食わなければ容赦なく手を上げてくると確信できたからだ。
 南郷は、守光の住居スペースとは逆の方向に歩き出す。来客用の宿泊室があるという一角だが、和彦はまだ足を踏み入れたことはなかった。
 広々とした廊下は静かだった。どの客室のドアも固く閉ざされており、中から物音も漏れてこない。さらに廊下は奥へと続いているが、照明すらついておらず、真っ暗だ。この先にまだ部屋がありそうだが、様子をうかがうことすらできなかった。南郷が、唯一札のかかったドアを開け、和彦を引きずりこんだからだ。
 ビジネスホテルの一般的なツインルームぐらいの広さだった。置いてある家具類も、そう変わらない。テーブルの上には、飲みかけのペットボトルや新聞紙などが置いてあり、扉が開いたままのクローゼットの中には、見覚えのあるスーツがかかっていた。
「使い勝手がいいから、ここで暮らしたいぐらいなんだが、隊を率いている身なんだから、相応の部屋を借りろと、前にオヤジさんに言われたんだ。ここで過ごすのは、月に数日に留めている」
 唐突に、南郷に手荒く髪を撫でられて、和彦は怯える。思わず後退ろうとしたが、うなじに手がかかり、反対に引き寄せられた。
「んうっ」
 有無を言わせず唇を塞がれる。貪るように激しく唇を吸われたあと、強引に口腔に舌を押し込まれて、舐め回されながら唾液を流し込まれた。獣じみた、浅ましくて下品な口づけだが、拒絶することもできない。和彦は微かに喉を鳴らして受け入れる。
 抱き締めてくる南郷の腕の力が強くなり、汗の匂いも意識する。数時間前に嗅いだ賢吾の汗の匂いとは、まったく違う雄の匂いだった。
 南郷の手がうなじから背へと移動し、腰を撫でてくる。浴衣の帯に触れられ、必死にその手を押し退けようとしたが、口づけを交わしながらベッドに押し倒され、その流れで帯を解かれていた。
「やめて、ください……」
 スリッパを放り投げた南郷に浴衣の裾をたくし上げられ、剥き出しになった腿を荒々しく撫で回される。和彦は弱々しく声を上げたが、南郷は手を止めることすらしなかった。和彦の首筋に顔を寄せ、犬のように鼻を鳴らす。
「あんたの汗の匂いが誘ってくる」
 低い囁きとともに首筋を舐められ、呻き声を洩らす。南郷の厚みのある体の下でもがいていたが、易々と唇を塞がれながら、下着を引き下ろされる。和彦は南郷の肩を叩き、押し上げようとするが、ささやかな抵抗を嘲笑うように体重をかけられて息が詰まった。
 悠然と体を起こした南郷に見下ろされ、和彦は抵抗の意思を両目に宿しただけで、両手はベッドに投げ出す。その行動の意味を、南郷は正確に読み取った。
「……好きにさせてやるから、さっさと終わらせろ、か。長嶺組長にたっぷり愛された後だから、気が大きくなっているか? それとも、俺がいつまでも紳士でいると、甘くみているのか――」
「プライドが傷ついたと言うなら、ぼくの上から退いてください」
「あんたには、俺のプライドは絶対傷つけられない。むしろ、俺のプライドを高めて、守ってくれる存在だ。大事で可愛いオンナのあんたは」
 話しながら南郷の両手が、浴衣が乱れて露わになった胸元を這い回り、賢吾の愛撫の痕跡を残す、赤みの強い胸の突起を刺激してくる。あっという間に凝った突起を、顔を伏せた南郷が舌先でくすぐってくる。熱い舌の感触に鳥肌が立った和彦だが、引き下ろされた下着を足から抜き取られそうになり、それどころではなくなる。
「南郷さんっ……」
 咄嗟に声を上げたが、まったく動じた様子もなく南郷は熱心に突起を吸い、歯を立ててくる。もう片方の突起も執拗に愛撫されながら、剥き出しになった下肢に南郷の手が伸びる。
「ううっ、あっ、うあっ」
 欲望をてのひらに包み込まれ、和彦は上擦った声を上げる。さらには柔らかな膨らみも揉みしだかれ、堪らず身を捩って悶えると、ようやく胸元から顔を上げた南郷に顔を覗き込まれた。
「長嶺組長にここを弄られて、気持ちよさそうに鳴いてたな。自分から足を広げて、無防備に何もかも晒して、自分を犯している男に甘えていた。あんたを徹底的に仕込むと、ああいうことまでしてもらえるんだな」
「……あっ、あっ、やめ――」
 手にわずかに力を込められて恐怖に身が竦んだが、南郷が与えてきたのは痛みではなく、狂おしくうねるような快感だった。巧みに蠢く指に弱みすらも愛撫され、一瞬和彦の頭は混乱する。少し前に味わった賢吾の愛撫とはまた違う男の愛撫に、体が戸惑いながらも快楽を追い求め始めていた。
「顔が蕩けてきてるぜ、先生。……体は、ずっと蕩けたままだが」
 そう言って南郷に唇を吸われ、柔らかな膨らみを荒々しく揉みしだかれて、半ば恫喝されるように差し出した舌同士を浅ましく絡め合い、唾液を交わす。南郷は、ひどく興奮していた。その証拠に、口づけを交わしながら南郷がベルトを緩め、外に引き出した欲望を和彦に握らせてきたが、すでにもう力強く脈打っていた。
 唇が離された代わりに、南郷が腰を密着させてくる。南郷だけではなく、和彦の欲望も怯えながらも身を起こしかけていた。欲望同士を擦りつけられ、腰が震える。
「嫌、だ……」
 凶暴な熱の塊に圧倒され、喘ぐように和彦は呟く。耳元で南郷は笑った。
「どんな男も咥え込むくせに、俺は嫌か、先生」
 耳の穴に舌を押し込まれ、総毛立つ。嫌悪感からだが、肉欲の疼きも否定できなかった。
「……嫌だ。あなたは、嫌いです」
「大物に溺愛されているが故の、傲慢な発言だな。二人きりの今なら、俺はあんたの狭い穴に、これをぶち込むことができるんだぜ」
 南郷に片足をしっかりと抱え上げられ、内奥の入り口に高ぶりを押し当てられる。和彦は目を見開いたまま南郷を見上げたが、身が竦み、声すら出せなかった。引き裂くような痛みに襲われることを、覚悟していた。しかし南郷は動かなかった。興味深そうに和彦の顔を眺め、和彦が感じているであろう恐怖や怯えを表情から堪能している様子だったが、すぐに興味は別のものへと移った。
「――……さすがに、長嶺組長の太いもので広げられて、擦り上げられたせいか、少し腫れてるな。それに、まだ充血している」
 和彦の内奥の入り口を見て、南郷が唇をゆがめるようにして笑みを浮かべる。和彦は羞恥に身じろいだが、次の瞬間、快美さに全身を貫かれていた。
 唾液で濡らした指で、南郷が内奥の入り口を優しく擦り上げてくる。触れられると、少し痛い。しかしその痛みは、肉の悦びを伴っていた。
「うっ、うっ、やめ、て――」
 熱を持って疼いている肉を割り開くようにして、南郷の太い二本の指が内奥に挿入される。すぐに、まだ脆くなっている襞と粘膜を擦り始める。和彦は間欠的に声を上げて腰を揺らし、南郷の見ている前で、欲望を反り返らせていた。
 和彦の反応に、南郷が舌舐めずりをしながら、容赦なく指を付け根まで押し込んでくる。妖しく蠢く指が内奥深くをまさぐってきた。
「ああ、奥がまだ潤んでるな。長嶺組長が残したものだ。なんといっても、俺が見ている前で、抜かずの二発を決めたぐらいだ。あんたも、少しでも残しておこうと、必死で締め付けてたんだろう。風呂に入ったぐらいじゃ、洗い流せなかったか」
 南郷の言葉と愛撫に反応して、内奥で動き続ける指をきつく締め付ける。もっとも過敏に反応してしまう部分を指の腹で強く押し上げられ、腰を浮かせて悲鳴を上げる。和彦のいつにない乱れ方に感じるものがあるのか、南郷は、指で和彦を感じさせながら、もう片方の手で己の欲望を扱いていた。
「……愛しい男との激しいセックスのあとは、こうも違うものなんだな、先生。それでなくても感じやすいあんたが、どこに触れても反応しまくっている。俺の指すら、食い千切りそうなほど締め付けてな」
 次の瞬間、南郷が獣のような唸り声を洩らし、和彦の下腹部から胸元にかけて、迸り出た精を振り撒いた。和彦は呆然として南郷を見上げる。
「あっ……、何、を……」
「――俺も、あんたの中に残したくなった」
 南郷は、内奥から引き抜いた指で、和彦の肌を汚す白濁とした精を掬い取った。そしてその指で、再び和彦の内奥を嬲り始める。
「ううっ、うっ、うあっ」
 自分の精を塗り込めるように、南郷は内奥で指を出し入れし、また精を掬い取り――という行動を二度、三度と繰り返した。
 倒錯した行為に和彦は、動揺し、嫌悪し、怯えたあと、驚くほど感じ、乱れた。嫌だと首を振りながら、一方で内奥を蠕動させ、体は歓喜していることを南郷に知らせてしまう。褒美だと言わんばかりに、南郷に手荒く欲望を扱かれて、和彦は自らも精を迸らせた。
 内奥深くにしっかりと指を埋め込んで、南郷が顔を覗き込んでくる。唇を吸われて喘ぐと、満足げに南郷は笑った。
「あんたの中で何が起こっているか、わかるか?」
 唐突に南郷に問いかけられたが、和彦は何も言えなかった。南郷は気を悪くしたふうもなく、それどころか楽しげに続けた。
「俺と長嶺組長の精液が、あんたの中で混じり合っている。それを、いやらしい襞にたっぷりすり込んでやった。感じないか? じわじわと、二人の男の精液が染み込んでいくのが……」
 指を蠢かされ、和彦は甘い呻き声を洩らしながら腰を揺らす。そんな和彦を、南郷はせせら笑った。
「感じてるのか、先生。多淫すぎるのも、困りものだな。どれだけ嫌いな男だろうが、こうして攻められると、すぐに甘えてくる。長嶺組長も、気が気じゃないだろう。自分のオンナが、こうも快感に弱いと」
 一欠片の虚勢だけで南郷を睨みつけるが、内奥の浅い部分を執拗に擦り上げられ、強く押し上げられると、理性どころか意識すら揺らぐ。控えめに悦びの声を上げて乱れる和彦の髪を掻き上げて、南郷は忌々しげに呟いた。
「……本当に、惚れ惚れするほどいいオンナだ、あんたは――」
 南郷は、和彦の下腹部に残るどちらのものとも知れない精を掬い取り、今度は内奥ではなく、和彦の唇に指を押し付けてくる。強引に唇を割り開かれ、舌に独特の苦みが触れる。このとき、内奥に挿入されたままの指が蠢き、その刺激に和彦は、恍惚とするような感覚に襲われる。
「イッたな、先生」
 そう言って南郷が唇を塞ぎ、口腔を犯すように舌を押し込んできた。









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