と束縛と


- 第4話(4) -


 ヤクザの組長の本宅で寛ぐというのも、変な状況だった。
 風呂イスに腰掛けた和彦は無意識に顔をしかめつつ、石けんを泡立てる。
 昼間、長嶺の本宅に着いてから、特に何かさせられるわけでもなく、本当にのんびりと過ごしている。広い家のあちこちに残っている、過去の抗争の痕跡を説明してもらったときは、さすがに苦笑してしまったが、それ以外では非常に快適だ。
 顔を合わせる組員たちも、和彦に対して露骨に感情を表すこともなく、自然に接してくれる。それが賢吾や千尋を立てるための気遣いだとしても、少なくとも反発されたり嫌悪されるより、よほどいい。
 賢吾は仕事が忙しいらしく、和彦の相手をしてくれたのは、ほとんど千尋だ。というより、ひたすら和彦にまとわりつき、じゃれついていた。おもちゃでも投げたら、喜んで走って取りに行ったかもしれない。
 夕飯を、広いダイニングで賢吾と千尋の三人でとってから、中庭に出てデザートまで堪能したあと、和彦だけが追いやられるようにして風呂場に案内された。
 このまま何事もなく寝かせてもらえると思うほど、和彦は能天気ではない。小さく身震いしてから、たっぷり泡立てたタオルで腕から洗い始める。
 振り払おうとしても、賢吾に囁かれた言葉が頭から離れなくなっていた。
『――お前を、俺たちにとって本当に特別なオンナにする』
 男の身で、こんなことを言われたところで嬉しくない。嬉しくないはずなのに――どうしても胸の鼓動が速くなり、体が熱くなってくる。
 この本宅に連れてこられたことが、賢吾の言葉の意味なのだろう。なのに、まだ何かを期待しているようで、自分で自分の反応が忌々しい。
 乱暴に息を吐き出した和彦が、タオルを握る手に力を込めたそのとき、脱衣場で物音がした。ハッとしてガラス戸を見ると、人影が動いている。身構える間もなかった。
 ガラス戸が開いて姿を見せたのは、賢吾だ。当然のことながら、何も身につけていない。年齢による衰えをまったく感じさせない体を晒し、まるで威圧するように風呂場に入ってきた。
 湯気でわずかに視界が霞む中でも、賢吾の肩にのしかかっている大蛇の巨体の一部は、うねっているかのように生々しく見える。
「な、んで……」
 ようやく和彦が声を発すると、賢吾が澄ました顔で答える。
「うちの風呂は広いんだ。二人で入っても、全然困らないだろう」
 確かに広いが、そういう問題ではない。相手が賢吾であれば、特に。
 和彦は慌てて泡を洗い流そうとしたが、賢吾にその手を止められて引き寄せられる。檜の板張りとなっている床の上に、賢吾とともに座り込んでいた。
 和彦の手からタオルを取り上げ、賢吾が楽しげに囁く。
「体を洗ってやる。じっくりとな」
 その言葉にウソはなかった。和彦の体は石けんの泡が丁寧に施され、賢吾のてのひらによって洗われていく。
 それだけなら問題がないのだが――。
「あっ……」
 泡塗れになった賢吾の手によって、和彦の敏感なものは包み込まれ、緩やかに扱かれる。腰が引けそうになるが、背後からしっかりと賢吾に捕らわれているため、逃れることもできない。
「――先生」
 呼ばれて、おずおずと振り返ると、そこに真剣な賢吾の顔がある。何か言われたわけでもないのに、和彦は小さく喘いでから賢吾の唇にそっと自分の唇を重ねた。すると、賢吾のもう片方の手に、和彦の柔らかな膨らみは包み込まれる。
「ひっ、あぁっ」
 泡で滑る手に柔らかく揉みしだかれ、たまらず和彦は、ビクッ、ビクッと腰を震わせ、背をしならせる。下肢が、甘く溶けてしまいそうだった。
「あとでたっぷり、ここを揉んで悦ばせてやる。最近、弄られるのがよくなってきたみたいだからな。今は、洗うだけだ」
 賢吾の的確に動く指は貪欲に、和彦の官能を刺激する場所を暴いていく。
 膝裏を掴まれて片足を持ち上げられると、賢吾の指が秘裂を滑る。まさぐってきたのは、凶暴な欲望すらも従順に呑み込んでしまう窄まりだった。
「い、やだ……」
 上辺だけの和彦の言葉は簡単に無視される。石けんの滑りを借り、いつも以上にスムーズに賢吾の指が内奥に挿入された。
「うあっ――」
 感じやすい粘膜にジン……と石けんが沁みる。それを痛みと認識するより先に、体が疼いた。
「よく、解しておいてやるからな。なんといっても……」
 賢吾の言葉を最後まで聞き取ることはできなかった。ここまでの丁寧さがウソのように性急に指の数が増やされ、内奥を押し開かれたからだ。
「うっ、うっ、やめろ……。沁みるんだ……」
「沁みるから、ひくついてるのか?」
 おもしろがるように賢吾に指摘され、羞恥と屈辱で体を熱くしながら和彦は、賢吾の手に、自分の手をかける。淫らな行為をやめさせようとしたのだが、賢吾の指に浅い部分をぐっと押され、咄嗟に手を握り締めていた。
「あっ、ああっ」
「もっと、ひくついたな。先生は、どこもかしこもイイところだらけだ」
 背後から賢吾の唇が耳に押し当てられ、そんな言葉を注ぎ込まれる。同時に内奥には、指によって快感を送り込まれる。
 石けんで滑る指は、いつもはないリズミカルな動きで、新鮮な感覚を生み出す。指をしっかり付け根まで埋め込まれて蠢かされると、和彦は呻き声を洩らして腰を揺らしていた。
 ここで、あっさりと指は引き抜かれ、いきなり頭から湯をかけられる。和彦は床に倒れ込みそうになりながら、石けんの泡を洗い流されていた。賢吾も簡単に湯を浴びてから、半ば抱きかかえるようにして和彦を脱衣場から連れ出し、手荒く体を拭いて、まるで巻きつけるように適当に浴衣を着せられた。
 中庭に面した廊下を歩きながら和彦は、頭がふらつき、賢吾にすがりつくしかなかった。気を抜くと、その場に座り込んでしまいそうだが、そんなことを賢吾が許すはずがない。和彦の腰を支える腕は力強く、廊下を歩く足取りは荒っぽい。所作のすべてに力が漲っていた。
 自分はこの男に所有されているのだと、嫌というほど神経にすり込まれる。
「――ここが、お前がこの家で寝泊まりするときに使う部屋だ」
 ある部屋の前で立ち止まり賢吾が言う。障子を開けると、ごく普通の和室の客間には二組の布団が並べて敷かれていた。その布団の上に、千尋があぐらをかいて座っている。
 突然、部屋にやってきた和彦と賢吾を見ても、驚いた素振りも見せないどころか、千尋は笑みをこぼした。
「待ってたよ、先生」
 障子を閉めた賢吾の手が肩にかかる。
 これから何が起こるのか察した和彦が感じたのは、不安でも恐怖でもなく、身震いしたくなるような興奮だった。


 背骨のラインに沿うように千尋の舌が這わされながら、興奮のため硬く凝った胸の突起を強く引っ張られる。
「んうっ……」
 小さく呻き声を洩らした和彦が体を揺らすと、内奥深くにまでしっかりと埋め込まれた、逞しく熱い欲望の存在を強く意識する。
 布団に仰向けで横になったまま、賢吾は笑っていた。そんな賢吾の顔を見下ろして、圧迫感に耐え切れず、和彦は賢吾の逞しい胸に両手を突いて前のめりとなる。すると賢吾に軽く尻を叩かれた。
「ほら、先生。しっかり動け。尻に、美味いものを頬張っただけじゃ、楽しめないだろ。掻き回して、擦り上げて、奥をたっぷり突かないと。ここも、苦しそうだ」
 そう言って賢吾が指先で弾いたのは、二人の男――父子から与えられる淫らな攻めによって反り返った和彦の欲望だった。さきほどから、尽きることなく透明なしずくを先端から滴らせ、ときおり千尋に嬉々として舌先で舐め取られている。そこまでされながら、まだ絶頂を迎えてはいない。
 自分で動くのは苦手だ。だが、体の奥から突き上げてくる強い欲情に逆らえず、和彦はぎこちなく腰を前後に動かし、賢吾の逞しい欲望を、よりはっきりと内奥で感じようとする。
 賢吾と千尋に同時に求められ、確かに抵抗があったのだ。しかしそんなものは、横になった賢吾の腰を半ば強引に跨がされ、繋がることを強要された時点で、脆くも崩れ去ってしまった。羞恥も戸惑いも、二人の男から求められる行為の前では、媚薬でしかない。
 焦れたのか、賢吾の両手が今度は尻にかかり、乱暴に揺さぶられる。
「あうっ、うっ、ううっ」
 湿った音を立て、賢吾のものが内奥から出し入れされる。和彦の背後に回っている千尋からは、その様子がすべて見えているだろう。賢吾に下から数度突き上げられ、和彦が甲高い声を上げたところで、千尋が唸るように言った。
「オヤジばかりズルイだろっ」
 和彦の腰が抱え上げられ、内奥から強引に賢吾のものが引き抜かれる。その衝撃に声を洩らした和彦は、上体を賢吾の胸に倒れ込ませていた。和彦の体を抱きとめて、賢吾が微苦笑を浮かべる。
「血気盛んだな。うちの子犬は」
「子犬って言うな」
 そんな言葉とともに、硬く張り詰めたものが、綻び喘ぐ和彦の内奥を犯し始める。賢吾のものを引き抜かれたばかりのその場所は、容易に若々しい欲望を呑み込み、締め付ける。
「ああっ――……」
 賢吾の体の上で悶えながら、和彦の体は、その息子である千尋の体の一部と繋がっていた。あまりに倒錯した状況に、和彦の理性は蜜を滴らせるように溶けていく。体のほうは、父子の愛撫によってとっくに溶かされていた。
「……先生の中、締まりまくり……。でも、わかるよ。すごく柔らかくなってること。あれだけオヤジに掻き回されてたら――」
 しっかりと腰を抱え直され、背後から千尋にゆっくりと、しかし力強く内奥を突かれる。和彦は、刺青の施された賢吾の肩にすがりつき、堪えきれない声を上げる。
 汗で濡れた背を賢吾の大きな手で撫でられ、髪を掻き上げられる。促されるように顔を上げた和彦は、そうすることが当然のように賢吾と唇を触れ合わせ、舌を吸い合っていた。
「――こんなことをするのは初めてなんだぜ、先生」
 キスの合間に賢吾に囁かれる。一方で千尋の律動が速くなり、脆くなっている和彦の内奥の粘膜と襞は、擦り上げられるたびに狂おしい快感を発する。
「あっ、あっ、千、尋っ……」
「先生、イイ声。ねえ、もう、イきそう?」
 腰を抱え込まれ、猛った欲望がぐうっと奥深くまで押し込まれる。思わず腰を揺らすと、しっかりと賢吾に抱き締められていた。その感触が、不思議なほど嬉しい。
 どんどんヤクザの手口に引き込まれていると思うが、ただ思うだけだ。拒絶する気持ちは一欠片も湧き起こらない。
「俺と千尋は、オンナを共有したことはない。もちろん、こんなふうに、一人のオンナを二人がかりで愛してやったこともな」
 ここでまた和彦は、賢吾と唇を触れ合わせる。すると、千尋のものに小刻みに内奥を突かれ、痺れるような快感が腰から背筋へと這い上がってくる。浅ましいとわかっていながら和彦は、賢吾の腰を跨いだ格好で、抱え上げられた腰を振って快感を貪る。
「ううっ……、あっ、くうっ……ん、千尋、千尋っ――」
 触れられないまま和彦は絶頂を迎え、賢吾の引き締まった腹部に精を迸らせていた。この瞬間、千尋がひどく頼りない声を上げ、和彦の絶頂から少し遅れて、内奥深くに熱い精を叩きつけてきた。
 二人の一連の行為を、賢吾は横になって和彦を抱き締めたまま、目を細めて見ていた。その表情はひどく楽しそうに見え、和彦は強烈な快感の余韻に息も絶え絶えになりながらも、賢吾の顔から目が離せなかった。
「――千尋のオンナにされた顔だな。ゾクゾクするほどイイ顔だ、先生」
 ただでさえ魅力的なバリトンに、さらに官能的な響きを加えて賢吾が囁いてくる。和彦は息を喘がせながら、引き寄せられるまま賢吾の肩に顔を寄せていた。
「次は、俺のオンナになるか?」
 耳元でさらにこんなことを囁かれ、嫌とは言えなかった。体が壊れても、この男を受け入れたいとすら願ってしまう。
「は、い……、賢吾、さん……」
「いい子だ、先生」
 内奥から千尋のものがゆっくりと引き抜かれると、和彦の体は布団の上に横たえられ、賢吾に片足を抱え上げられる。賢吾に、秘部のすべてを見られていた。精を迸らせたというのに、まだ力を失っていない和彦のものも、注ぎ込まれたばかりの千尋の精をはしたなく溢れさせている場所も。
 見られることにすら感じてしまい、悩ましい吐息をこぼした和彦は顔を背ける。そこに、しなやかな獣のように千尋が傍らに這い寄ってくる。和彦は両腕を伸ばして千尋の頭を抱き締めると、言葉を交わすより先に濃厚な口づけを交わしていた。
「んうっ」
 賢吾の逞しい欲望が内奥に挿入されてくる。緩やかに腰を動かす賢吾の手に和彦のものは握り締められ、律動に合わせて上下に擦られていた。
「んんっ、んっ、んあっ」
 和彦が喘ぎ始めると、千尋の唇が首筋に這わされ、肩先に軽く歯を立てられてから、胸の突起を舌先で弄られる。そっと頭を撫でてやると、顔を上げた千尋が嬉しそうに笑いかけてくる。
「――先生は本当に、うちのバカ息子に甘いな」
 賢吾の言葉に、千尋が得意げに言い返す。
「羨ましいか、クソオヤジ」
「あいにく、俺も今、先生の尻でたっぷり甘やかせてもらってるからな」
 そう言って賢吾に内奥を突き上げられながら、さきほど風呂場で宣告されたように、柔らかな膨らみをやや力を入れて揉みしだかれる。
「ああっ、あっ、い、やぁっ……」
 和彦は声を上げ、強い刺激から逃れようとしたが、二人の男に押さえつけられているため、抱え上げられた片足を空しく突っ張らせるだけだ。
 欲望で張り詰めたものを、しっかりと根元まで内奥に埋め込んで、賢吾が満足そうに笑みを浮かべる。肉を貪り食らい、口から血を滴らせているのがよく似合いそうな、凶悪で魅力的な笑みだ。
「いい、の間違いだろ、先生。尻が興奮しまくって、俺のものを食い千切りそうなほど、よく締まってる」
 賢吾に柔らかな膨らみを容赦なく攻められ、内奥を突き上げられる一方で、千尋の手に胸をまさぐられ、突起を弄られる。
 間断なく与えられる快感に、和彦は恥知らずな嬌声を上げて乱れていた。
 唇にキスを落として千尋が身を引く。それを待って賢吾に両足を抱えられ、律動が大きく激しくなる。和彦は両腕を伸ばして賢吾にしがみついた。
「あっ……ん、んっ、んうっ……、け、ごさ……、賢吾さん――」
「気持ちいいか、先生?」
 甘やかすような声で問われ、和彦は頷く。褒美だといわんばかりに、円を描くように内奥を掻き回された。そして、不意打ちのように賢吾の逞しい欲望を奥深くに打ち込まれ、これ以上なく二人はしっかりと繋がり、溶ける。
「さあ、先生が好きなことをしてやる」
 そう囁いてきた賢吾に抱き締められながら、内奥に熱い精を注ぎ込まれた。
 和彦は、千尋に対してそうであったように、従順に――嬉々として受け止める。そうすることが自分の義務なのだと、ごく自然に考え、体が反応していた。
 和彦の二度目の絶頂を促してくれたのは、どちらの手であり、舌であったか、もうわからなかった。賢吾とも千尋とも、一つに溶け合ってしまいそうなほど濃厚に交わり、区別する必要を感じなくなっていたのだ。
「――お前は、俺たちのオンナだ」
 和彦の唇を何度も啄ばみながら賢吾に囁かれる。背後から緩やかに内奥を突き上げてくるのは、衰えを知らないほど滾った千尋の欲望だ。何度となく押し開けられ、擦り上げられているため内奥は痺れたようになっているが、それでも愛されると、応えようとして懸命に欲望を締め付けてしまう。
 布団に両膝をついた姿勢で小さく喘いだ和彦は、座っている賢吾の肩にすがりつく。賢吾の片手は、さきほどから和彦のものを巧みに扱き続けていた。
「そう言われるたびに、先生は傲然と顔を上げろ。性質の悪いヤクザ二人に、これ以上なく愛されて、大事にされている色男の顔を、みんなに見せてやれ。先生が卑屈になると、俺たちの価値が下がる」
 内奥深くに自分の欲望を埋め込んだ千尋の手に、柔らかな膨らみを乱暴に揉みしだかれる。悦びの声を上げた和彦は腰を揺らしてから、片膝を立てて布団に座り込んでいる賢吾の首に強くしがみついた。
「……結局、自分の事情が、優先かっ……」
 和彦の言葉に、耳元で賢吾が低く笑った。
「ヤクザは、ナメられたら終わりだ。それに、俺たちの価値が下がると、先生の価値も下がる。先生は、偶然知り合って、執念で手に入れた、俺と千尋の宝なんだから、いつまでも妖しく輝いていてもらわないとな。先生の面子は、そうやって保たれる。ヤクザの面子じゃなく、そのヤクザのオンナとしての面子がな」
「――オヤジは屁理屈を捏ね回してるけどさ、その点、俺はわかりやすいよ」
 背後でそう言った千尋の唇が、肩に押し当てられる。
「俺は先生が好きだ。だから、離れたくない」
「ガキは単純でいい」
 笑いを含んだ声で呟いた賢吾に髪を撫でられる。顔を上げた和彦は、千尋とよく似た強い光を放つ目に間近から見つめられ、従わされる。
 内奥で千尋としっかり繋がったまま、賢吾とは舌を絡ませて繋がる。所有されているという充足感に、目も眩みそうな愉悦を覚えながら――。


 和彦は見慣れない天井の木目を見つめながら、ほっと息を吐き出して前髪を掻き上げる。昨夜、賢吾にこの部屋に連れ込まれたときは気づかなかったが、こうして一人で休んでいると、新しい畳の匂いがすることや、障子を通して差し込む朝の陽射しが柔らかいことに気づかされる。
 朝だというのに、すでにもう人の慌ただしい気配がして、会話が聞こえてくることも含めて、いい部屋だと思った。あえて、ここがヤクザの組長の本宅だということは除外して考えるなら。
 夜遅くまで賢吾と千尋に交互に、もしくは、同時に体を貪られ、快感を与えられ続けたが、朝の目覚めは悪くなかった。
 父子は、和彦の体を簡単に清めてくれたあと、取り替えた清潔な布団に和彦を休ませてから、それぞれの部屋に戻っていった。和彦をさんざん振り回しはしたが、それなりの配慮はしてくれたのだ。
 寝返りを打ち、障子のほうを向く。にぎやかな家ではあるが、和彦が休んでいる部屋のほうまでは、誰も近づいてこない。賢吾にでも、注意されているのかもしれない。
「――ぼくの、面子か……」
 昨夜、賢吾に言われた言葉を思い返して、ぽつりと呟く。
 結局は、和彦自身の受け止め方なのだ。ヤクザなんかのオンナにされてしまったことは、屈辱でしかない。誰かに指摘されれば、顔も伏せたくなる。蔑まれて当然の立場だ。なのに和彦をそんな立場に追い込んだ本人は、傲然と顔を上げていろと言う。
 勝手なことを言うなと思いはするが、逃げ出せないのなら、受け止め、自分の武器にするしかないのも確かだ。そうすることでしか、和彦の面子は保てない。どうでもいいと、放り出してしまうことも簡単だが――。
「本当に、ヤクザは自分勝手だ。面子なんて理屈、この世界でしか通用しないじゃないか。そんな理屈を、ぼくにまで押し付けるな」
 だが、面子すら捨ててしまったら、きっと和彦には何も残らない。だからこそ、賢吾に守らせてやる。あの男のオンナとして、これは和彦が持つ当然の権利だ。
 半ば開き直りに近いことを覚悟したとき、障子の向こうに人影が立つ。
「先生、起きているか」
 ハスキーな声をかけられ、ああ、と応じる。スッと障子が開けられて、すでにもうきちんとスーツを着込んだ三田村が姿を見せた。部屋に入った三田村が障子を閉めようとしたので、和彦は制止する。
「開けたままでいい。……中庭がよく見える」
 障子を開けたまま、三田村が布団の傍らに膝をついたので、和彦は体の向きを変えて見上げる。
「組長と千尋は?」
「組長はとっくに出かけた。千尋さんも、総和会の用事で、少し前に」
「……元気だな。さんざん人の生気を吸い取ったんだから、当然か」
 つらいというほどではないが、和彦の体はまだ、精力的に動くことを拒んでいた。
 しどけなく両手を投げ出した和彦を、三田村が無表情に見下ろしてくる。そんな三田村の顔を見上げたまま和彦が考えたのは、昨夜、長時間にわたって自分が上げていた恥知らずな嬌声を、この男は聞いていたのだろうかということだった。
 この想像はひどく淫靡で、和彦の胸の奥で妖しい衝動が蠢く。まだ、三人での行為の興奮が残っているのかもしれない。
「――先生、寝るな」
 三田村の言葉に、和彦はハッと目を開ける。自覚もないまま目を閉じかけていたらしい。それより和彦がドキリとしたのは、つい最近、同じ言葉を、同じような状況で三田村からかけられた記憶が蘇ったからだ。
 あのとき、自分は――。和彦が目を見開いて見上げると、意識したように感情を押し殺した三田村が言った。
「風呂と朝メシの準備ができている。先生の好きなほうを先に済ませてくれ」
「……ダイニングには、誰かいるのか?」
「人目が煩わしいなら、朝メシはここに運ばせる。先生が過ごしやすいようにしてやれと、組長に言われているからな」
 三田村が立ち上がろうとしたので、和彦は咄嗟にジャケットを掴んで引き止めた。驚いた様子もなく三田村は、和彦の顔と、ジャケットを掴む手を見てから、畳の上に座り込んだ。
「どうかしたか、先生」
「確かめたいことがある」
 和彦は体にかけていた布団をめくると、寝ている間にはだけた浴衣を直しもせず、三田村の手を取って自分の胸元に押し当てさせた。三田村は表情を変えなかったが、胸元に触れる手はピクリと震えた。
「……なんの、つもりだ……」
「触ってくれ。――この間、してくれたように」
 三田村の手は、今度は微動だにしなかった。だが、だからこそ和彦は確信した。いや、本当は最初からわかっていたのだ。
 先日、ベッドの上で夢うつつになっている和彦の体に触れ、絶頂に導いた挙げ句、放った精すら口腔で受け止めてくれた〈誰か〉は、三田村だった。
 夢のまま、何も気づかないふりをしていればいいのに、どうして今になって切り出したのか、和彦にも自分の気持ちはよくわからなかった。ただ、立ち去ろうとする三田村に、もう少しここにいてほしいと思っただけで――。
 和彦は、無表情を保つ三田村にちらりと笑いかける。
「律儀な男だな、あんた。あのとき、ぼくが言ったことを実行してくれただけなんだろ」
「〈後始末〉を手伝ってくれ……。寝る前に先生は、俺にこう言った」
「そう、言った……。つまり、もう二回も、あんたにあんな後始末をしてもらってるというわけか」
 一回目は、和彦のクリニックとなるビルの一室で、賢吾に淫らな交わりを強いられたあとだった。
 今も、後始末を手伝ってくれと言えば、三田村はあんな真摯な愛撫を与えてくれるのだろうかと、ふと和彦は考える。
 胸元に当てさせた三田村の手を握り締めると、黙って和彦を見つめたまま、三田村も握り返してくれた。
 このとき和彦の視界の隅で、人影が動く。
 心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けながら、ぎこちなく顔を廊下のほうに向けると、いつからそこにいたのか、ワイシャツ姿の賢吾が、薄い笑みを浮かべて立っていた。
 障子を開けたままにしてもらったことを今になって後悔したが、もう遅い。三田村と手を握り合っているところを、賢吾に見られてしまった。
 三田村も和彦の異変に気づいたらしく、素早く振り返ってから、わずかに体を震わせた。
「――忘れ物を取りに戻ったついでに、俺のオンナの機嫌をうかがっておこうと思ったんだが……、悪くはなさそうだな」
 柔らかくすら聞こえる賢吾の声だったが、まるで冷たい鞭のように、和彦の柔な神経を打ち据えてきた。









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