内奥深くに含まされた逞しい欲望が、ヌチュッと湿った音を立ててゆっくりと引き抜かれていく。苦しさと、剥き出しの性感帯を擦り上げられる快感が入り混じり、狂おしい肉の愉悦を生み出す。
「うあっ……、あっ、ああっ――」
「いい締まりだな、先生。そんなに、抜いてほしくないか?」
クッションに片頬を押し当てて声を上げる和彦に、背後から賢吾が話しかけてくる。いつもと変わらない、忌々しいほど魅力的なバリトンは、今は残酷で加虐的な響きを帯び、官能的でありながら、ひどく怖い。
そう、和彦は、今の賢吾がたまらなく怖かった。
一度は引き抜かれた賢吾のものが、蕩けて喘ぐ内奥をすぐにまたじっくりと犯し始める。太いものを呑み込まされて拒むこともできず、従順に締め付けて、擦り上げられ、捏ね回されていた。
快感による責め苦の成果を確かめるように、賢吾の片手が機械的に両足の間に差し込まれ、革紐できつく根元を縛り上げられた和彦のものを撫でてきた。一度も達することを許されず、熱くなったまま震えており、おそろしく敏感になっている。
「はっ……、賢吾、さん……、もう、取って……」
「ダメだ。遊びは、しっかり楽しまないとな。――それでなくても感じやすい先生だが、こうしているおかげで、いつも以上に感じやすくなっている。体を真っ赤にして、女みたいに細くて頼りない声を上げて、純粋に、尻だけの刺激で快感を味わっている」
腰を掴まれて突き上げられ、賢吾の欲望が深々と捩じ込まれる。和彦は悲鳴を上げてシーツを握り締めていた。
ぐうっと繋がりを深くして、背後から賢吾が覆い被さってくる。肩に唇が押し当てられた。
「――先生、刺青を入れないか」
そっと囁かれた言葉に、和彦は体を強張らせる。背に冷たい感覚が駆け抜けていた。
「嫌、だ……。ぼくは、ヤクザじゃない。千尋みたいに、ノリでタトゥーを入れる気もない」
「別に、俺みたいに大きなものを入れなくていい。目立たないところに、小さなものを入れるだけだ」
肩先、胸元、内腿、腰を撫でてきた賢吾の手が、和彦の尻を強く掴んでくる。
「尻はどうだ? 入れるとき、かなり痛いが、目立たない。先生を抱く人間しか見ることはないからな」
いたぶるように柔らかな膨らみを揉みしだかれ、腰をくねらせながらも和彦は、懸命に首を横に振る。
「ああっ、あっ、あっ、絶対、嫌だ――……」
「……悲鳴を上げて嫌がる先生を押さえつけて、絡み合う蛇の刺青を彫らせる、というのは、想像するだけで興奮する光景だがな」
腰を使っているため、わずかに息が上がっている賢吾だが、おもしろがるような口調の中に本気も感じ取れる。
縛り上げられたものを再び扱かれてから、濡れた先端をヌルヌルと擦られる。息を詰まらせながら感じていると、穏やかな声で賢吾に問われた。
「イきたいか、先生?」
どんな怖いことを要求されるかと思いながらも、和彦はその言葉にすがりつく。
「イき、たい……」
次の瞬間、体を抱き起こされ、ベッドの上にあぐらをかいた賢吾の腰の上に座らされた。和彦は繋がったまま、両足を大きく開いた格好で下から突き上げられた。
「うあっ……」
「――どうだ、三田村。先生のイイところが、全部丸見えだろ?」
和彦の首筋を舐め上げて、賢吾が正面に立つ三田村に話しかける。ここまで、まるで三田村の存在などないように振る舞っていた賢吾だが、もちろん存在を忘れていたなど、あるはずがなかった。
賢吾は、和彦には快感で、三田村には見せ付けることで、罰を与えていたのだ。
背筋を伸ばした姿勢を崩さない三田村は、一切の感情を排した顔で、ベッドの上で繋がっている二人を見つめ続けている。罰を受けるのに相応しい姿勢と表情を、三田村は体に叩き込まれているのだ。
これまでさんざん、動物のように即物的に賢吾と交わる場面を三田村に見られ、屈辱と羞恥を味わわされてきた和彦だが、今日は特別だ。特別、つらいし、苦しい。
苦痛を与えられているわけではないが、こんな状況で、三田村に見られて感じてしまう自分が、おぞましく感じられる。
「はあっ……、あっ、あっ、はあうっ」
三田村に見せ付けるように、賢吾の手に執拗に柔らかな膨らみを弄られ、きつく縛めを受けている和彦のものは反り返ったまま空しく震える。
「感極まった先生の尻は、搾り上げるように俺のものを締め付けてくるんだが、今日はずっとその状態だ。ずっと、尻だけで感じまくっている。……もう、こっちでイかなくてもいいんじゃねーか」
賢吾の指に反り返ったものの形をなぞられて、和彦は息を詰める。このとき自分でも、賢吾の熱い欲望をきつく締め付けたのがわかった。
たまらず、啜り泣きのような声を洩らすと、賢吾の手があごにかかり、限界まで振り向かされる。喘いだ次の瞬間には、賢吾に唇を吸われていた。
「――そろそろイかせてやろう。あまりイジメて、嫌われたくないしな」
口づけの合間に、残酷なほど優しい声で言われる。だが、間近で見つめる賢吾の目には、巨体をしならせる大蛇の姿がちらついているようだった。表面上、どれだけ紳士的な物腰を取り繕っていても、この男の本性は隠しきれないのだ。
実際、次に賢吾が放った言葉は、容赦なかった。
「ただし、イかせるのは、俺じゃない、三田村だ」
和彦はゆっくりと目を開き、賢吾を見つめる。薄い笑みを浮かべた賢吾は、ペロリと和彦の唇を舐めてきた。
「痛いのが何より嫌いな先生に、俺なりに気をつかってるんだぜ。自分のオンナを痛めつけるのは趣味じゃないしな。ただ、どうしようもなく先生を泣かせて、よがり狂わせたくなるのは仕方ない。そういう性質だからな。……三田村は、その道具としては最適だ」
賢吾が根っからのヤクザだと、頭では理解しているつもりだった。だが、粗暴さを表に出さないため、どれだけひどいことができる男なのか、つい忘れそうになる。
和彦を拉致して、何人もの前で辱め、それを平然と眺めていたのは、賢吾だ。和彦から職場だけでなく、穏やかな日常生活すら奪い、そして、ヤクザに飼われるオンナという立場を押し付けてきたのも、賢吾だ。
賢吾は、三田村の主として、傲慢に命じた。
「――三田村、先生のものを舐めてやれ。犬のようにな」
反射的に和彦は逃れようとしたが、内奥に深々と賢吾のものを含まされているうえに、両足を抱え上げられると、どうすることもできない。
和彦はやめるよう哀願したが、賢吾どころか、三田村すら意に介した様子も見せない。まるで機械のように淡々と三田村はベッドに上がり、和彦の開かされた両足の間に顔を埋めた。
ぴちゃっ、と先端を舐められた途端、和彦は電流を流されたように体を戦慄かせる。
「ふっ……」
顔を背けた和彦は、懸命に声を殺す。激しい拒絶の気持ちとは裏腹に、恥知らずな嬌声を上げてしまいそうだった。
丹念に先端から括れを舐められてから、熱く濡れた口腔に和彦のものはしっとりと包み込まれて吸引される。そこが、和彦の限界だった。
「あっ、あっ、ああっ――」
追い討ちをかけるように賢吾に緩く腰を動かされ、内奥深くを逞しいもので掻き回される。
痛みが何より苦手な和彦の扱いを、賢吾はよく心得ていた。快感だけでなく、三田村の存在によって、和彦の心は掻き乱され、切り裂かれていく。
抱え上げられていた両足を下ろされ、賢吾の片手があごにかかり、振り向かされる。和彦は考えるより先に、賢吾の唇に自分から唇を重ね、口腔に舌を差し込んだ。
賢吾と舌を絡ませる一方で、三田村の舌はある種の情熱を感じさせる動きで、和彦のものに絡みついてくる。
「んっ、んんっ……」
ビクッ、ビクッと腰を震わせ、和彦は深い陶酔感を味わう。張り詰めたものの根元に食い込む革紐が苦しいのに、三田村の舌と唇によって、被虐的な愉悦へと変えられていた。
賢吾の膝を掴んで、快感の責め苦を耐えていた和彦だが、おずおずと片手を伸ばして三田村の頭に触れる。それに気づいたのか、賢吾の片手が差し出され、和彦はその手を握り返してから、しっかりと指を絡め合う。すると賢吾が薄く笑った。
「そろそろ紐を解いて、たっぷり溜まった先生の蜜を飲んでやれ。……俺も、先生の尻に、たっぷり出したくなった」
緩やかに腰が動かされ、内奥で賢吾のものが蠢く。一方で三田村も、和彦のものの根元を縛めている革紐を解き、口腔深くに呑み込んでしまう。
前後から押し寄せてくる狂おしい快感に、ずっと耐えていた和彦はあっという間に陥落した。
「あうっ、うっ、あっ……ん、んうっ――……」
片手で三田村の頭を引き寄せ、絶頂の証を迸らせる。まるで甘い蜜を貪り飲むように三田村は受け止めてくれ、嚥下する。絡みつく熱い舌の感触が、嗚咽を洩らすほど心地いい。そこに、さらに新たな快感が加わる。
賢吾にぐっと腰を引き寄せられ、強く突き上げられていた。内奥深くでふてぶてしく息づいていた賢吾の欲望が爆ぜ、熱い精を噴き上げる。脈打つ欲望をきつく締め付けながら、和彦は自ら腰を揺らして肉の愉悦を貪っていた。
賢吾にきつく抱き締められ、熱い腕の中で身悶えた和彦だが、淫らな罰はまだ終わってはいなかった。
和彦は、背後から賢吾に両足を抱え上げられ、逞しいものを引き抜かれたばかりで喘ぎ綻ぶ部分を、三田村の目の前に晒すことを強要される。
嫌という生易しい感覚ではなかったが、さんざん快感を与えられ続けた体は、蜜を含んだように重く、思考もまた、同じような状態だった。
「――俺の〈オンナ〉の中を、指できれいにしてやってくれ。お前も、まったく知らない場所じゃないだろ。うちの組で、俺と千尋以外に先生の尻を開いてやったのは、お前だけだ」
ビクリと腰を震わせて、一瞬だけ和彦は抵抗しようとしたが、三田村の指が内奥に挿入されたとき、賢吾の腕の中で悶え、溶けていた。
長嶺の本宅で、布団に横になっていた和彦は、三田村の手を取って胸元に押し当てさせ、手を握り合った。その様子を、賢吾に見られた。どんな報復を受けるのかと和彦は恐怖に震えたが、一方の三田村は、すべてを受け入れる殉教者のような静かな表情を崩さなかった。
しかし賢吾は、薄い笑みを残し、何事もなかったように立ち去ってしまった。
賢吾は、何も言わない。和彦と三田村の間に何があったのか、関係を疑っているのか、尋ねてさえこない。その代わり、和彦のプライドを嬲り、三田村の忠誠心を試すような行動を取った。
自分と和彦のセックスに、三田村を屈辱的な形で参加させたのだ。
何があった――と問いかけることが、賢吾の組長としての、男としての自尊心を著しく傷つけると考えているのか、それとも単に、和彦と三田村の反応を楽しんでいるのか。想像はしてみるが、何も浮かばない。それだけ賢吾は、掴みどころがなかった。
また、あんなことをするつもりだろうか――。
かつてないほど刺激的で淫らで、同時に、プライドの軋む音を楽しむような残酷な交わりを思い出し、和彦は小さく身震いする。着ているトレーニングウェアが汗でぐっしょりと濡れるほど体は熱くなっているというのに、急に肌寒さを感じた。
『欲しいものがあったら、なんでも言え』
賢吾は何度も和彦にそう囁いてくる。この言葉の裏を返すなら、それ相応のものを和彦に求めるということだ。肝に銘じているはずだったが、あんな形で賢吾の怖さを思い知らされ、和彦の心は萎縮していた。
本当は部屋でおとなしく閉じこもっているのが無難なのだろうが、そうなると、和彦の神経はあっという間に滅入ってしまい、ベッドからすら出られなくなる。寝込んでもいいが、立ち直るときの大変さを、もう味わいたくはなかった。
結局、賢吾のリアクションを待つしかない自分の状況に、歯がゆさを覚える正常な感覚すら失ってしまいそうだ。
大きく息を吐き出したとき、和彦が使っているランニングマシーンの傍らに誰かが立つ。反射的にそちらを見て、目を見開いた和彦は慌ててマシーンを止めた。
「どうして……」
和彦が声を洩らすと、タオルを首からかけた中嶋はちらりと笑った。
「今日から通うと聞いていたんで、俺も、ちょっと早めに寄ってみたんです。先生にここを紹介したのは俺ですから、反応が気になるんですよ」
Tシャツ姿の中嶋は、場所のせいもあってか、常に漂わせていた静かな迫力も影を潜め、どこにでもいそうな青年に見えた。平均を上回るハンサムであるが、それでも強烈に人目を惹くというほどではない。千尋の個性に比べれば、ずいぶん控えめに見えるほどだ。
「見かけによらず、世話焼きなんだな」
「先生は特別な人ですから。長嶺組だけでなく、総和会にとっても」
苦い表情で返した和彦は、ランニングマシーンから降りる。こんな場所に来てまで組に関する話はしたくないが、そもそも走りながら考えていたのが、その組に関することなので、なんとも複雑な心境だ。
エアロバイクに移動すると、しっかり中嶋も隣のマシンを使い始める。平日の昼間といえど閑散としているわけではないが、近くに人がいないこともあり、二人は声を抑えながら、やや物騒な会話を交わす。
「先生にこのスポーツジムを勧めたのは、客層がいいっていうのもあるけど、けっこう組関係の人間が使っているというのもあるんですよ」
「……今の話に、とてつもない矛盾があった気がしたが……。組関係の人間が出入りしていて、客層がいいって表現はどうなんだ」
まじめな顔で和彦が指摘すると、中嶋は普通の青年の顔で説明してくれた。
「客層がいいっていうのは、金を持っている、という意味です。組関係とはいっても、いろいろありますしね。いかにも強面の人間もいれば、物腰が柔らかな人間もいる。ヤバげな仕事をしている人間もいれば、金集め専門の、下手なエリートビジネスマンより頭が切れる人間もいる。見た目だけじゃ、組関係だとわからないもんですよ、意外に」
「刺青も、見つからないようにすれば問題なし、か」
「ですね。……と、俺はまだ入れてませんよ。そのうちに、とは考えてますけど」
「医者としては、やめておけと言いたいな。体によくない」
パネルを操作して、負荷を重くした和彦は大きく息を吐き出す。こんな会話を交わしながら、自分の置かれた状況も変わったものだと実感する。
他の組関係者なら、こんなところで顔を合わせたところで、互いに知らないふりをするだろうが、中嶋は別だ。
和彦がかろうじて、仕事以外で外に出ようという気になったのも、中嶋が飲みに誘ってくれたおかげだ。お互い、利用し合うという気持ちを確認しているため、気をつかわなくていい分、会話を交わしていても楽なのだ。中嶋は、飲んでいる最中に交わした雑談を覚えておいてくれ、翌日、わざわざパンフレットを持ってきてくれた。そのおかげで、このスポーツジムを知ることになり、結果として、こうして和彦は通うことになった。
賢吾や三田村のことを考えて、絶えず気持ちを揺らし続けるのは、苦しくて仕方ない。逃げることができないなら、なんらかの気分転換は必要なのだ。それが、中嶋のような男と飲むことだったり、スポーツジム通いだったりする。
「その手の人間が出入りするということは、必然的にみんな慎重になる。だからこそ、かえって揉め事が起きにくいんですよ。顔馴染みができれば、自分の組や、総和会以外の組の情報も集められるし、何より、顔を広げられる。……眺めているだけでも、いろいろ見えてきますし」
普通の青年の顔をして、中嶋は野心家である自分を隠そうとしない。そうすることが、和彦との関係では警戒されないとわかっているのだろう。
「――先生がスポーツジムを探していると聞いて、ちょっと意外な気がしたんですよ」
中嶋の言葉に、和彦は思わず自分の体を見下ろす。
「そんなにひ弱に見えるか? 最近は、ちょっと体重が落ちてはいるけど……」
「そういう意味じゃなくて――籠の鳥」
中嶋の短い言葉を聞いて、和彦は鋭い視線を向ける。中嶋は唇の端を動かすだけの笑みを浮かべた。
「総和会で、ちょっとした話題の人ですよ、先生は。あの長嶺組長が、誰かに入れ揚げたことなんて、これまでなかったそうなんですよ。それが、よりによって男の先生を大事にして、挙げ句、クリニックの開業まで面倒を見てやるという執着ぶりだ。そんな先生を、長嶺組長が自由に出歩かせているというのが、意外なんです」
「籠の鳥みたいに囲っていると思ったんだな」
「まあ……、言葉は悪いですけど」
総和会や、そこに加入している組の人間から自分がどう見られているか、中嶋の話を聞いているとよくわかる。それを承知で、和彦も振る舞っているのだが、あからさまに好奇や蔑みの目で見られると、やはり傷つくのだ。
「……案外、自由に動き回れる。そうでなかったら、君に誘われて、のこのこと飲みに出かけたりしないだろ」
「店の外で、しっかり護衛が待機していたじゃないですか。それは、自由とは言いませんよ」
話しながらマシーンを漕いでいた和彦だが、いつの間にか足を止めていた。それに気づいた中嶋に声をかけられる。
「先生?」
「――なら、ここに通うのも、自由とは言えないな。……護衛をつけないと、ここに通う許可を組長からもらえなかった」
中嶋は、やけに神妙な顔をして頷いた。
「大事にされてますね、先生」
「どうだろうな。すでにぼくには、かなりの金が注ぎ込まれているから、何かあってそれを失うのが惜しいんだろ」
「それこそ、その程度の理由なら、本当の籠の鳥にしてしまったほうが楽ですよ。少なくとも、護衛をつける手間を省ける」
中嶋との会話は明快だ。和彦の言葉に対して、はっきりとした返事が返ってくる。世間話程度で終わらせるには惜しい話し相手だ。
このスポーツジムには、体を動かすだけでなく、こうして中嶋と会話を交わすために通う価値は十分ありそうだった。
和彦は時間を確認してから、帰ることを中嶋に告げる。初日ということもあり、今日はインストラクターにメニューを作ってもらってから、簡単に体を動かして引き上げるつもりだったのだ。
中嶋と別れてから、シャワーを浴びてロビーに降りると、辺りを見回す必要もなく、まっさきに目が合った人物がいる。三田村だ。
あんな場面を見たあとでも、賢吾は三田村を、護衛として和彦につけていた。
和彦や三田村を信用しているというより、何かことを起こす度胸があるならやってみろと言われているようだ――と考えるのは、単なる被害妄想なのだろうか。
賢吾の思惑はともかく、意識しすぎるせいか、慣れていたはずの三田村と二人きりで過ごす時間が、今は苦痛ですらある。
和彦の手からさりげなくバッグを受け取った三田村が口を開いた。
「――行こうか、先生」
もともと表情豊かな男ではなかったが、今の三田村は完璧な無表情を保ち、そこに凄みも加わっている。大事なこと以外話しかけてくるなと、和彦を威嚇しているようだ。
「ああ……」
たったそれだけの会話を交わして、二人は歩き出した。
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