と束縛と


- 第7話(2) -


 コンサルタントのオフィスを出てロビーに降りると、オフィスビルらしく、スーツや制服姿の人間が行き交っている。和彦は辺りを見渡し、ある男の姿を苦もなく見つけ出した。
 本人は、自分の存在感を限りなく消しているつもりなのだろう。地味な色のスーツを端然と着こなし、イスに腰掛けてやや前屈みの姿勢で新聞を開いている。強面ではあるのだが、世のビジネスマンには、そんな人間は数え切れないほどいる。
 本来であれば目立つはずもないのだが、やはり三田村は、周囲から浮いていた。
「――こんな場所で、そんなに警戒しなくても大丈夫だろ」
 静かに歩み寄った和彦が声をかけると、驚いた素振りも見せず三田村は新聞を畳む。
「先生が鷹津に絡まれたのは、どこだった?」
「……プロに、余計なことを言って悪かった」
 和彦が素直に謝ると、三田村は顔に貼りついたような無表情の下から、微かな笑みを覗かせてくれた。もっとも、ほんの一瞬だ。すぐに鋭い視線を、油断なく周囲に向けた。
 ここのところ、和彦の護衛は別の組員が務めることが多く、だからといって不満はなかったのだが、やはり三田村のこんな姿を見ると安心する。
「打ち合わせは?」
「ああ、済んだ。スタッフ募集の広告を頼むことにしたから、来週、またちょっと顔を出すことになると思う」
 歩きながら和彦が説明すると、三田村は微妙な顔となる。
「三田村?」
「普通の人間を雇うと、おおっぴらに先生について歩けなくなるな。若い美容外科医が護衛をつけるなんて、何も知らない人間に対して、只事じゃないと知らせるようなものだ」
 三田村の口調はあくまで淡々としているが、つい和彦は、言葉の裏にある三田村の気持ちを深読みしてしまう。正確には、期待していた。
 状況が許せば、三田村は自分の護衛を続けたいと思ってくれているのか、と。
「……クリニックを開業しても、どうせぼくは、あのビルからほとんど外に出ることはない。今ほど護衛は必要じゃなくなる」
「だったら俺は、用なしだな」
「送り迎えは必要だ。それとも若頭補佐は、単なる運転手なんて仕事はしないか?」
 三田村は表情を変えないままじっと和彦を見つめてから、わずかに肩をすくめた。この男には珍しい、どこかおどけたような仕種だ。
「先生は意地が悪い」
「お宅の組長には負ける」
「……返事に困るようなことを言わないでくれ」
 気持ちが解れるような会話を交わしながらビルを出て、来客用の駐車場へと向かう。
 この後、和彦は自宅マンションに戻り、三田村はそこで護衛を外れるため、単なる移動の時間であったとしても、二人きりでいられる時間を惜しんでいた。明日も三田村が確実に護衛をしてくれるとは限らず、いつ顔を合わせられるかすら、わからないのだ。
「――体調は、もうなんともないのか?」
 ふいに三田村に問われ、和彦は目を見開く。
「えっ……」
「先生がひっくり返って、まだ三日しか経ってないんだ。俺だけじゃなく、組長や千尋さんも心配している。気になることがあるなら、一度じっくり病院で診てもらったほうがいい」
 気遣う言葉をかけてきながらも、三田村の眼差しがいくぶん険しくなったように見えるのは、和彦が抱えた後ろめたさのせいかもしれない。
 和彦は、秦との間に何があったのかと、誰かに詰問されることを恐れていた。問い詰められたら、隠しきれる自信はない。
 賢吾は怖いし、三田村に気苦労をかけたくもない。それに、鷹津の登場で組全体がピリピリしている中、秦に体を触れられた程度で、余計な騒動を引き起こしたくもなかった。もちろんこれは、隠し事をしているという罪悪感を薄めるための、言い訳だ。
「ひっくり返ったなんて、大げさだ。酒が回りすぎて、酔っ払っただけなのに」
 まだ何か言いたそうな顔をしながら、三田村が車のキーを取り出す。
 これで、この話は終わりだ――と思ったが、三田村が先に車に乗り込もうとしたとき、その三田村の携帯電話が鳴った。
 素早く携帯電話を取り出した三田村は、液晶を見るなり眼差しを一際鋭くする。組からの呼び出しなのだろうかと思いながら見守る和彦の前で、三田村は電話に出て、ぼそぼそと会話を交わす。そして、和彦に向けて携帯電話を差し出してきた。
「先生に話したいことがあるそうだ」
 和彦は、まだ新しい携帯電話を買っていない。そのため、用のある誰かが三田村経由で連絡してきたのだ。
 賢吾か千尋だろうかと思いながら携帯電話を受け取ろうとしたとき、さりげなく言われた。
「――秦からだ」
 一瞬、意識が遠のきかける。我に返ったとき、和彦の手にはしっかり携帯電話が握られていた。
 三田村が運転席に乗り込むのを待ってから、仕方なく電話に出る。
「もしもし……」
『わたしの柔な神経だと、三日目が限度でした』
 開口一番の秦の言葉に、和彦は眉をひそめる。このとき、サイドミラーを通して三田村に表情を見られるのが嫌で、思わず背を向けていた。
「なんのことだ」
 あんなことをされて、秦に敬語を使う気にもなれなかった。秦のほうも、些細なことだと感じているのか、会話を続ける。
『いつ、わたしの元に、長嶺組の怖い方々が押しかけてくるかと、ずっと怯えていたんですよ』
 言葉とは裏腹に、秦の声はどこか楽しげだ。本当はそうなると思っていなかったかのように。
 どうして、と言いかけて和彦は、口元に手をやる。
「……ぼくが、〈あんた〉との間にあったことを、組の誰かに話すと思ったのか」
『すっかり先生に嫌われましたね』
「当たり前だっ」
 声を荒らげた次の瞬間には、車内の三田村の耳を気にして、声を潜める。
「あんなこと……言えるはずがない。ぼくの中では、なかったことにした。もう二度と、あんたとは関わらない。そっちからも連絡をしてくるな」
 一息に告げたところで和彦は、あることに気づいた。
「なんで、三田村の携帯番号を知っている」
『先生が意識を失ったとき、迎えにきた三田村さんに、あとで詳しい事情を聞きたいからと言われて、番号を交換しておいたんです。あの場は、一刻も早く先生を連れ帰るのが先で、ゆっくり話せる状況じゃありませんでしたからね』
 賢吾に詳しい報告をするために、確かに三田村ならそうするだろう。あのとき、眠り込む和彦を無理やり起こして事情を聞くこともできたはずだろうが、そうしなかったのは、三田村の優しさだ。もしかすると、賢吾が命令したのかもしれないが。
『三日目の今日、確信しました。先生は、わたしとのことを秘密として認めてくれたと』
「そんなことを確信して、なんの意味があるんだ」
『――秘密を楽しむためです。何より、刺激的だ。わたしと先生との間にあったことなら、官能的とも言えますね』
「ふざけているのか……」
 秦の穏やかで囁くような甘い言葉を聞いていると、どんどん鼓動が速くなってくる。和彦自身、秦に秘密を――弱みを握られてしまったと認めてしまっている証拠だ。
『今、先生はドキドキしているでしょう? 側に三田村さんがいるんですよね。わたしにとっては運がよかったですよ。三田村さんに、先生と連絡が取れるよう頼むつもりだったんですが、その三田村さんと一緒だったんですから』
「……ぼくにとっては、最悪のタイミングだ」
『なら、今すぐ三田村さんに、わたしとの間に何があったか報告しますか? それなら少なくとも、わたしからの連絡に身構えなくて済みますよ』
 自分は被害者なのだと、頭ではわかっているのだ。秦の外面のよさにすっかり騙された挙げ句、鷹津という刑事に絡まれて動揺しているところに、気づかないまま、アルコールとともに安定剤を飲まされた。
 意識が朦朧としていなければ、あんなことは許さなかった――。
「面倒を引き起こす気はない。あんたと二度と関わらなければ、それで済む話だ。……ぼくを脅迫するようなマネをしたら、洗いざらい、組長にぶちまけるからな」
『怖いですね』
「これはハッタリじゃない。ぼくは本気でヤクザが怖いし、長嶺組と、その組長が何より怖い。だから、誤解を生むようなことはしたくない」
 ここで和彦は、感じた疑問を率直に秦にぶつけた。
「ヤクザの怖さを知っているのは、そっちも同じはずだ。なのにどうして、ぼくに――長嶺組長のオンナに、あんなリスキーなことをした。ぼくが組長に泣きつく可能性のほうが高かっただろ。そうなったら絶対、無事では済まない」
『先生はできませんよ』
「なぜ言い切れる」
『――あなたは、長嶺組長のオンナではあっても、ヤクザじゃないから。そんな人が、暴力に訴えられるとも思えない。自分の手を汚さず、ヤクザに頼むとなったら、なおさらだ。先生にとっては大事な一線でしょう、それは。知り合ったばかりの男のために、越える勇気がありますか?』
 その勇気があるなら、そもそもヤクザのオンナになどなっていないだろう。
 穏やかな口調で、秦にそう嘲られたような錯覚を覚える。だがこれは、和彦自身の心の声なのかもしれない。
 和彦は、自分が抱えた矛盾や迷いを、あえて直視することを避けてきた。そうしないと、自我を保って日々を過ごせなかったからだ。秦はそこを鋭く抉ってきた。
 ぐっと言葉に詰まり、もう何も言い返せない。結局、逃げるように電話を切っていた。
 急いで助手席に回り込んで車に乗った和彦は、三田村に携帯電話を返す。三田村は、携帯電話ではなく、和彦の手を握り締めてきた。
「先生、どうかしたのか?」
 気遣う言葉をかけてきながら、三田村の眼差しは鋭い。和彦と秦の間に何かあると確信している目だ。
 こうなった三田村ですら怖いのに、本当のことを賢吾に告げたらどうなるか――。
 想像して、背筋が冷たくなる。
「……なんでもない……」
 和彦はそう答えると、携帯電話を三田村の手に押し付け、顔を背けた。


 秦の目的を知るにはどうすればいいのか、部屋に戻ってから和彦はずっと考えていた。目的がわからなければ、動きようがなく、最終的に長嶺組に――賢吾の力に頼ることになるかどうか、判断もできない。
 電話で秦に言われた言葉は、確実に和彦の判断力と決断力を鈍らせた。迂闊に誰にも相談できなくなったのだ。もちろん、和彦を大事にしてくれる〈オトコ〉にも。
 帰りの車の中で、和彦と三田村はほとんど会話を交わさなかった。和彦の口を重くしたのは、罪悪感と、秦とのことを知られてはいけないという恐怖心からだが、三田村の場合は、よくわからない。もともと多弁な男ではないし、話しかけないでほしいという和彦の気配を敏感に読み取ったともいえる。
 秦からの電話を受けて和彦の様子がおかしくなったと、賢吾に報告したのかどうか、今はそれが心配だった。
 こんな心配をする自分の賢しさも、罪悪感に拍車をかける。
 膝を抱えてソファに座った和彦は、口寂しさを紛らわせるようにワインを飲む。寝酒でもしないと、今夜は眠れそうにない。
 深いため息をついたとき、インターホンが鳴った。こんな時間に誰だと思いながら立ち上がり、テレビモニターを覗く。映っていたのは三田村だった。
『――こんな時間にすまない。本当は電話でもよかったんだが、昼間、先生の調子が悪そうだったのが気になったんだ』
 三田村と関係を持つ前なら、ごっそりと感情をどこかに置き忘れたような無表情から、なんの感情も読み取れなかっただろうが、今は違う。モニターを通しても、三田村が本気で心配してくれているとわかる。
『直接顔を見たら、すぐに帰る。だから……少し寄ってもかまわないか?』
 短く返事をしてロックを解除する。すぐに三田村は上がってきた。
 玄関のドアを開けた和彦は、三田村の手にあるものを見て目を丸くする。すると、強面のヤクザは決まり悪そうに顔をしかめた。
「こういうとき、見舞いに何を持ってきたらいいかわからないんだ」
「だから、ワインなのか?」
「気に入らないなら、違うものを買い直して――」
 三田村が立ち去ろうとしたので、慌てて和彦は玄関に引き込む。すかさず三田村に片腕でしっかり抱き締められた。
「これでよかったか?」
「ちょうど今、一人でワインを飲んでたんだ。だけど――こうして会いにきてくれただけで、嬉しい」
 和彦がそう言うと、背にかかっていた三田村の手が後頭部に移動し、優しい男には似つかわしくない動作で後ろ髪を掴まれる。それが三田村の激しさを物語っているようで、妙な表現だが、和彦は嬉しい。
 まずは互いの想いを確かめるように、濃厚な口づけを交わす。荒々しく唇を吸われ、熱い舌で犯すように口腔をまさぐられてから、和彦は両腕をしっかりと三田村の背に回し、しがみついた。
 玄関で立ったまま、長い口づけを堪能する。絡めていた舌をようやく解き、息を喘がせながら和彦は、三田村の舌にそっと噛みつく。その行為に応えるように、ずっと和彦の抱き寄せ続けていた三田村の片腕に、ぐっと力が加わった。
「……部屋に上がらないか?」
 和彦がそう誘うと、三田村は小さく首を横に振る。
「そうすると、聞かれたくない話ができなくなる」
 思わず和彦が顔を強張らせると、三田村は今度は頷いた。
 どうやら、この部屋に盗聴器が仕掛けられていると、三田村も察したらしい。おそらく寝室だけだと思うが、和彦も詳しく調べたわけではない。
 一度体を離して三田村がくれたワインを靴箱の上に置くと、すぐに手を掴まれ、和彦はまた三田村の腕の中に戻った。
「――組長には、まだ何も報告していない。あくまで俺の中で、先生の体調が少し悪そうだということで処理している。ただ、もしまた、秦から連絡があったら、さすがに報告しないわけにはいかない」
 和彦は、三田村の肩に額を押し当てる。
「すまない……。ただでさえ、ぼくのことで気をつかわせているのに、組長にウソをつくようなことをさせて」
「ウソはついていない。俺も万能じゃないから、一つぐらい些細なことを見逃すこともあるというだけだ」
 組長である賢吾に対する忠誠心と、和彦を気遣う気持ちで、三田村を板ばさみにしていることが申し訳ない。
 和彦の背を何度も撫でながら、淡々とした声で三田村が問いかけてくる。
「秦との間に、何があったのか聞いていいか? もしかして、鷹津と手を組んでいるなんてことは――」
「多分、それはない。だけど、ぼくと秦が少し面倒なことになっているのは確かだ。……油断したぼくの責任だ」
「その先生を護衛するのが、俺たちの仕事だ」
 やっと顔を上げられた和彦は、生まじめに応じる三田村にそっと笑いかけてから、柔らかく唇を啄ばむ。三田村は鋭い眼差しのまま、優しい手つきで髪を撫でてくれた。
「困っているなら、正直に言ってくれ。そうなると、組長の耳にも入ることになると思うが、確実に厄介事は片付く。総和会の中嶋に話を通すだけで、済むかもしれないしな」
「……大事にはしたくない」
「先生は、うちの組の身内だ。たとえ髪の毛一本傷つけられても、それどころか、侮辱されただけでも、それはもう、先生だけじゃなく、組の面子に関わってくるんだ」
 和彦は、昭政組組長の難波のことを思い出す。難波に侮辱されたことを賢吾に報告すると、知らないうちに対処されていたのだ。賢吾が、面子を重んじているというのは、あの出来事だけでも十分にうかがえる。
 それが、自分のオンナが薬で弱らされた挙げ句、体に触れられたとなったら――。
 賢吾の報復がどんなものか想像して、和彦は身震いする。秦の身を案じてやる義理もないが、それでも、自分と関わった人間が賢吾によって手酷い目に遭うのは見たくない。
 決して、綺麗事からこう考えているわけではなく、自分の背負う罪が増えていくようで嫌なのだ。
 秦に言われた言葉を思い出し、また和彦は胸を抉られる。
 自分の手を汚したくないがために、自分のために手を汚してくれと他人に要求する人間を、傲慢と呼ぶべきだろう。
「先生?」
 よほど難しい顔をしていたのか、三田村の手が頬にかかる。壊れ物を扱うように撫でられて、我に返った和彦はそっと笑みを浮かべると、三田村のあごの傷跡を指先でなぞった。
「――あと一度だけだ。もう一度、秦がぼくに絡んできたら、あとの対処は長嶺組に任せる。もし、その前に円満に片付いたら、この件はこれで終わり。あんたも、すべて忘れる」
 考える素振りすら見せず、三田村は即答した。
「先生の望み通りに」
 そのまま二人はまた唇を重ね、足元が乱れた拍子に、和彦の体はドアに押しつけられた。このときには三田村の手がTシャツの下に入り込み、肌をまさぐられる。
 唇を吸い合いながらTシャツをたくし上げられ、三田村の手がさらに這い上がってくる。期待に凝っている胸の突起を、てのひらで捏ねるように刺激され、和彦は微かに声を洩らしていた。
「三田村……」
 小さな声で呼びかけると、和彦の求めがわかったように三田村が体を屈め、露わになった胸元に顔を埋める。舌先で胸の突起を弄られ、和彦は三田村の頭を抱き締めた。
 体の情欲は一気に高まったが、このまま部屋に入って求め合うことにためらいは覚える。三田村との関係は認められてはいるし、この部屋で体を重ねるなと言われているわけでもないが、やはりここは、賢吾の縄張りなのだ。そして和彦と三田村は、その賢吾に飼われている境遇だ。
 身を擦りつけるように抱き合い、口づけを交わした和彦と三田村の手は、わずかなためらいと羞恥、抑え切れない興奮を感じながら、互いの両足の中心へと伸びていた。
「すまない、先生。こんな時間に、こんな場所で……」
 律儀な三田村の言葉に、和彦は熱い吐息で応じる。
「お互い様だ。ぼくも――」
 三田村のスラックスのファスナーを下ろし、指を忍び込ませる。すでに熱く高ぶっている欲望を撫でると、三田村は小さく呻き声を洩らしてから、和彦のスウェットパンツと下着を下ろし、やはり高ぶっている欲望をてのひらに包み込んできた。
 和彦は、外に引き出した三田村のものに指を絡め、ゆっくりと扱いてやる。大きく息を吐き出した三田村と唇を数回触れ合わせてから、舌先で相手をまさぐる。そうしながら、互いの欲望をいとおしむように擦り上げて高めていく。
「あっ……、はあっ、はっ――」
 三田村の手の動きが速くなり、たまらず和彦は両腕でしがみつく。括れを指の輪できつく締め付けられて声を上げると、次の瞬間には、甘やかすように濡れた先端を撫でられる。おかげで和彦は、ますます強く三田村にしがみつく。体を離すと、その場に座り込んでしまいそうだった。
「ダメ、だ……。三田村、ぼくだけっ……」
「先生は何もしなくていい。俺に触れさせてくれるだけで、十分だ」
 先端を爪の先で弄られ、鋭い刺激に甲高い声を上げそうになる。ここにはいない賢吾の耳を気にして、咄嗟に三田村のワイシャツ越しの肩に噛み付いて声を押し殺した。それが、三田村の興奮を煽ったらしく、後ろ髪を掴まれて顔を上げせられ、噛み付く勢いで口づけを与えられる。
 優しいのに激しい男の愛撫に、和彦は夢中になっていた。今は何も考えたくないと、自らを追い込んでいるせいもある。
「んうっ」
 三田村の熱く濡れた舌に喉元を舐め上げられ、小さく悦びの声を洩らす。
 唇を吸い合いながら、三田村の性急な愛撫に導かれるまま、和彦は絶頂を迎える。三田村の手を、迸らせた精で濡らしていた。
「……手、汚した……」
「かまわない。汚れたとも思っていない」
 三田村の優しさに報いるため、片手で頭を引き寄せた和彦は、あごの傷跡を舌先でなぞるように舐め上げてから、体の位置を入れ替える。今度は三田村の体をドアに押し付けた。
「先生?」
「したいんだ……」
 柔らかく三田村のものを握り直し、愛撫を再開する。てのひらから伝わってくる三田村の欲望の、力強い脈動が愛しい。
 三田村は唇を引き結び、厳しい表情を浮かべる。一見すると、近寄りがたく怖い顔ではあるのだが、和彦の受け止め方は違う。三田村の余裕のなさを表しているのだと思うと、胸を疼かされる。
 この男の欲望を、自分が支配している――。
 濡れた先端を指の腹で丹念に撫で、三田村が熱い吐息をこぼした瞬間、和彦はそっと唇を吸い上げ、軽く噛み付く。そこで手の動きを速め、三田村が味わっているであろう快感をコントロールする。
 堪えきれなくなったように、三田村に激しく唇を貪られ、舌を絡め合う。その最中に和彦のてのひらは、三田村の熱い精で濡れていた。
「先生、手が――」
 唇を離してから、抑えた声で三田村が話しかけてこようとしたが、和彦は先を言わせなかった。
「汚れた、なんて言うなよ」
 間近から強い眼差しを向けると、そんな和彦の目を覗き込んでいた三田村が、ふっと微笑を浮かべる。
「……ああ」
 和彦もちらりと笑みを見せると、三田村の肩に額をすり寄せた。









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