長嶺の本宅の中庭は、相変わらず手入れが行き届いていた。落ち葉の一枚も許さないかのように清められ、人が寛ぐために足を踏み込むことは、本来許されていないのではないかと思うほどだ。
しかし、一度でもこの中庭で時間を過ごすと、本宅のどこよりも寛げる場所だと思えてくる。
テーブルについた和彦はコーヒーを一口飲むと、木陰を作る木を見上げる。季節が夏から秋へと移りつつあるのに、相変わらず木陰に避難しなくてはならないほど陽射しは強い。ただ、ときおり吹く風だけは秋を感じさせる。
涼しい風がさらりと髪を揺らしていく。和彦は強張った息を吐き出すと、緊張のため味もわからなくなっているコーヒーをもう一口飲む。なんとか落ち着きを保っているが、正直なところ、中庭を歩き回って気を紛らわせたいところだ。
審判が下されるのを待つ罪人としては、薄暗い部屋に押し込まれるほうが気持ちは楽だった。そうすれば、自分がどんな立場に置かれているのか理解しやすい。それが、こんな居心地いい中庭でもてなされると、かえって怖い。
なんといっても、審判を下すのは、ヤクザの組長なのだ。どんな手酷い目に遭わされても不思議ではない。面子を重んじる男だからこそ、なおさらそう思う。
「――先生」
いつもと変わらない、忌々しいほど魅力的なバリトンが和彦を呼ぶ。ビクリと肩を震わせて顔を上げると、いつからそこにいたのか、縁側に賢吾が立っていた。スラックスのポケットに片手を突っ込み、笑みすら浮かべている姿を見て、和彦の胸の奥が妖しくざわつく。
賢吾が何を考えているか、身近にいてもいまだに読み取ることは不可能だが、ある種の気配だけは感じ取れるようになった。賢吾が強烈に発する、セクシャルな雄の気配だ。
「呼び出したのに、待たせて悪かったな」
「……気にしてない」
賢吾に手招きされ、和彦も縁側に上がる。促されて向かったのは応接間だった。
いつもは、和彦と並んで座ることを好む賢吾に、今日は向き合う形でソファに座るよう指示される。
大蛇を潜ませた目を正面から見つめると、息が詰まりそうになるのだが、状況が状況だけに、半ば義務のように賢吾を見据える。そんな和彦に対して、賢吾はニヤリと笑いかけてきた。
「そう、悲壮な顔をするな。何もこれから、先生の浮気を咎めて折檻するってわけじゃないんだ」
賢吾の口から出た『浮気』という言葉に、意識しないまま和彦の顔は熱くなってくる。そうではないと抗弁したくもあったが、どう説明すればいいのか、よくわからない。
和彦は、抱えた秘密をすべて三田村に打ち明けた。忠実な犬である三田村は、命令通り賢吾に、和彦の言葉を一言一句正確に伝えただろう。もちろんそのことで、三田村を責める気持ちは微塵もなかった。和彦のために、厄介で面倒な仕事を請け負ってくれたのだ。感謝すると同時に、申し訳なさを覚える。
唇を噛む和彦に、賢吾はゾッとするほど優しい声で言った。
「冗談だ。秘密を抱えたぐらいで、俺の前でビクビクする先生が、乗り気で浮気をしたなんて思っちゃいない。三田村が理路整然と説明してくれたからな。先生の状況はきちんと把握したつもりだ」
「でも……」
「酒を飲んでひっくり返った先生を、ここに運び込ませたときに、酒以外のものも飲まされていると薄々気づいていた。だとしたら、あの男に何かあると考えるのも当然だろ。さて、だとしたら秦の目的は――と思っているところに、今回のことだ。先生を通じて、俺と関わりを持つことだとわかったが、行儀はよくねーな。俺の大事なオンナに怪しい薬を飲ませて、乱暴しようとするなんざ」
意味ありげな視線を寄越された和彦は、自分がどんな状況にあるか一瞬忘れて、思わず睨みつけてしまう。
この世の中で、秦の行動をもっとも責められないのは、賢吾だ。和彦を動けなくして拉致した挙げ句、三田村を使って暴行紛いのことをしたのだ。あのときの恐怖はまだ忘れられず、いまだに夢に見て目が覚めることがある。
「ただ、先生も無防備すぎる。そういうことをした男のところに、一人でのこのこと出かけるなんてな。また手を出してくださいと、言ってるようなものだ。それとも、出してもらいたかったのか?」
違う、と口中で呟いた和彦は、秦と一緒にいたときの自分の心理を懸命に頭の中で整理する。生まれながらのヤクザともいえる男に、つい数か月前まで堅気だった人間の〈恐れ〉を伝えられる自信は、あまりなかった。
「……ぼくは、あんたのオンナで、あんたに守られている。それに、長嶺組や総和会という名前にも」
「そうだな」
「ぼくに何かあるとき、あんたは自分が持っている力を行使するだろ?」
「それが仕事でもあるからな」
口元に笑みを浮かべながらも、賢吾の表情から静かな凶暴さがちらりと覗く。大蛇が巨体をしならせたような迫力を感じ、和彦は身を強張らせる。それでも口だけは必死に動かした。
「それを自分の力だと錯覚しそうで、怖いんだ。あんたに頼むだけで、自分に都合がいいように物事が進んで、片付いて……。そうすることに慣れていったら、ぼくはあんたと同じ、ヤクザだ」
「正確には、ヤクザのオンナだ。ヤクザに媚びて、尻を振って、自分の望みを叶える。オンナの特権だぜ」
賢吾は、わざと和彦を挑発する言い方をしている。ここで反論しても話が進まないと思い、大きく息を吐き出してなんとか気持ちを落ち着ける。
「そう、なりたくないんだ……。ヤクザに近い存在になりたくない。なのに、鷹津という刑事から、ヤクザから引き離してやると言われたとき、即答できなかった」
「秦と危うく寝そうになり、鷹津からは、ヤクザから救い出してやると唆されて――。モテモテだな、先生」
「原因は、あんただ」
和彦が断言すると、賢吾の目に冷たい光が宿る。
「秦も鷹津も、ぼくを利用して、長嶺組組長に近づこうとしていた」
「そうしようと思ったのは、相手が先生だからだろうな。なんといっても先生は、美味そうだ。いろんな意味で」
言い訳したかったわけではないが、自分は何かまだ言い忘れていないだろうかと、和彦は考える。三田村が報告をして、こうして和彦自らも説明しているが、それでも不安になるのは、少しでも自分の状況を有利にしようとする無意識の計算が働いているのかもしれない。
自分のそんなズルさに嫌気が差し、和彦は肩を落とす。
「……最初に正直に話さなかったぼくが、事態を複雑にした。自業自得だ」
「正直に話せなかったのは、罪悪感と保身のせいだけじゃないだろ。――秦にされたことが、恥ずかしかったのか?」
賢吾に指摘された途端、和彦は激しくうろたえる。そんな和彦を見て、賢吾は楽しげに声を洩らして笑った。
「俺は、先生のズルさと、下手なヤクザより肝が据わったところが、愛しくてたまらないんだ。もちろん、色男の顔をして、どんな女よりも淫奔なところもな。そのくせ、今みたいな初心な反応もする。その気もなく、男を骨抜きにするなんざ、どれだけ性質が悪い〈オンナ〉なんだ」
そう言いながら賢吾がゆっくりと立ち上がり、和彦の傍らへとやってくる。肩に手がのせられたとき、体中の血が凍りつきそうなほど、怖かった。それでいて、耳元で囁かれた言葉に、胸の奥が熱く疼く。
「説教は終わりだ。次は――俺のオンナに相応しい〈お仕置き〉の時間だ、先生」
うなじを軽く撫でられて、和彦は身震いしていた。
和彦は両手首を後ろ手に縛られたうえ、目隠しまでされた裸の姿で、もう数十分以上、敷布団の上に転がされていた。
こうしていると、初めて長嶺組と関わりを持つこととなった出来事を思い出す。辱めを受けたときのことだ。
あのときはただ怖く、死の恐怖すらも味わった。だが今は、怖くはあるのだが、命の危険は感じていない。むしろ強烈なのは、羞恥と高揚感だ。賢吾は、手酷く痛めつけてくることはしないだろうが、容赦ない快楽を与えてくることは十分考えられるためだ。
血流を止められるほどではないが、布が手首に食い込み、少し痛い。和彦は身じろぎ、不自由な格好ながらもなんとか体の向きを変えようとする。
このとき前触れもなく、廊下に面した障子が開いた音がした。それだけでなく、人が入ってくる気配も。一人ではなかった。耳を澄まそうとしたが、音を聞き取る前に、誰かの手に肩を掴まれて仰向けにされる。体の下に敷き込んだ両手首が痛み、和彦は小さく呻き声を洩らした。
「んうっ」
いきなり唇を塞がれ、口腔に熱い舌が侵入してくる。慣れ親しんだ傲慢な口づけは、賢吾から与えられているものだ。
意図がわからないながらも、和彦がおずおずと口づけに応えていると、今度は両足を左右に開かれ、敏感なものを掴まれて手荒く扱かれ始める。強い刺激に声を上げようとしたが、しっかり唇を塞がれているため、それができない。
下肢への愛撫は性急だ。扱かれていたかと思うと、感じやすい先端をきつく擦り上げられたあと、柔らかく湿った感触にくすぐられる。それが舌だとわかったとき、和彦はビクビクと腰を震わせ、両足を敷布団の上で突っ張らせた。
「んっ、んっ……」
先端を吸われてから、燃えそうなほど熱い部分に包み込まれて締め付けられる。和彦のものは、誰かの口腔に含まれていた。さらには、胸の突起にチクリと痛みが走り、やはり熱く濡れた感触が押し当てられる。
何も見えなくても、三人の人間の唇が、同時に自分を貪っていることは認識できた。和彦は動揺しながらも、羞恥する。普通ならありえない状況に、自分の頭がどうにかなってしまったのかと思ったぐらいだ。だがその間も、三人の人間は和彦の体を味わっている。
大きく左右に開かされた両足の間で、誰かが湿った音を立てながら、和彦のものを口腔で愛撫している。そして、内腿を這い回るごつごつとした手の感触があり、胸の突起の片方を執拗に弄る指先を認識すると、髪を撫でる感触にも意識が向く。
賢吾と千尋と三田村が自分に触れているのだと、和彦は思った。入り乱れる愛撫に、それが誰の手であり唇なのか、確定することは無理だが、それでも、和彦に触れられるのはこの三人しかいない。
「――安心しろ。大事な先生を痛めつけるようなことはしない」
ようやく唇が離され、驚くほど側でバリトンが囁いてくる。やはり、口づけの相手は賢吾だったのだ。
「なんの、つもりだ……」
和彦は震える声で問いかける。怖いのではない。絶えず与えられる快感のため、どうしても普通の声音で話せないのだ。こうしている間にも、誰かに胸の突起を甘噛みされ、すでに反応してしまった欲望を舐め上げられている。そのうえ、戯れのように柔らかな膨らみも撫でられていた。
「お仕置きだ。男は怖いんだと、先生にきっちりと教え込んでおかないと、危なっかしくていけねー」
賢吾を睨みつけたいところだが、肝心の両目は目隠しで覆われたままで、姿を捉えることすらできない。
「……ぼくだって、男だ……」
乱れる息の下、なんとか言葉を紡ぐと、賢吾が短く声を洩らして笑う。
「お前は、俺の――俺たちのオンナだろ」
ここでまた賢吾に濃厚な口づけを与えられ、同時に、和彦のものは誰かの口腔深くに呑み込まれ、締め付けられる。
体中に手が這い回り、撫でられていた。周囲で人が動く気配がして、それが和彦の感覚を混乱させ、まるで複数の人間が自分を取り巻いているような錯覚すらしてくる。もしかすると、錯覚のほうが、正しい感覚なのではないかとすら思えてくる。
一体、何人の人間がこの部屋にいるのか。自分の体に触れているのか。そんな和彦の不安を読み取ったように、甘い毒をたっぷり含んだ囁きを、賢吾が耳元に注ぎ込んできた。
「男に対して無防備すぎる先生に、その男の怖さを体に叩き込んでやる。もちろん、痛みが苦手な先生に配慮して。……〈初めて〉相手をする男にも愛想よくしろよ。そうすれば、たっぷり可愛がってくれる」
和彦は小さな悲鳴を上げて身を捩ろうとする。しかし、容赦なく男たちの手に押さえつけられ、両足を抱え上げられて膝裏を掴まれていた。秘められた部分を晒す格好を取らされたことに、苦痛に近い羞恥を味わうが、賢吾はさらに和彦を追い詰めてくる。
「いつものように、いい声で鳴いて、悶えろよ、先生。みんな、期待して見ているんだから。長嶺組長のオンナは、どれだけいやらしいかと」
そんな言葉のあと、秘裂に冷たい液体が伝う感触があった。辱められたときと同じような状況だと考えると、おそらくローションだろう。
滑った指に内奥を犯され、和彦は声を洩らす。萎えることのない欲望を手荒く扱かれながら、胸の突起を痛いほど強く吸い上げられたかと思うと、もう片方の突起は焦らすように舌先でくすぐられる。たまらず息を喘がせた途端、待っていたように唇を塞がれた。
顔を背けようとしたが、しっかりとあごを押さえられて動けない。口腔を熱い舌でまさぐられ、唾液を流し込まれる。
この瞬間、和彦の体に変化が起こる。否応なく快感を与えられ、生理現象として反応しているだけだったのに、ここまで堪えていた官能が溢れ出し、和彦自身の貪欲さが、自ら快感を貪ろうとしていた。
内奥から指が出し入れされると、無意識に腰が揺れる。反り返って震えるものを舐められると、ビクッ、ビクッと間欠的に体が震える。痛いほど硬く凝った胸の突起を、左右同時に弄られると、不自由な格好のまま背をしならせる。巧みに蠢く舌に丹念に口腔をまさぐられると、その舌に自分の舌を絡みつかせる。
快感で何も考えられなくなった頃を見計らったように、和彦の唇を啄ばみながら賢吾が言った。
「火がついたみたいだな。今なら、知らない男のものでも、美味そうに尻に咥え込めるだろ」
目隠しの下、目を見開いた和彦は懸命に訴える。
「嫌、だ……。知らない男なんて、そんな――」
「よく知りもしない秦のものは、咥え込もうとしたんだろ」
「あれはっ……」
「俺公認で、浮気させてやろうっていうんだ。じっくり味わえばいい」
たっぷりのローションを塗り込められた内奥に、指ではない、熱く逞しい感触が押し込まれてくる。
「あうぅっ」
和彦が喉を反らして呻き声を洩らすと、唇を割り開くようにして指を含まされ、舌を刺激される。
ヌチュッと湿った音を立てて、内奥深くに逞しいものを呑み込まされていた。重々しく突き上げられて和彦の体を駆け抜けたのは、嫌悪感ではなく、爪先から頭の先まで駆け抜けるような肉の悦びだった。口腔から指が引き抜かれ、声が抑えられない。
「あっ、あっ、やめ、ろ――……。こんなの、嫌だ……」
「体は嫌がってない。尻に入れられた途端、涎の量が増えたぜ、先生。知らない男のものだとは言っても、具合のいい道具だと思えば、抵抗は少ないだろ。それにこの道具は、先生の好きな熱い液体を、尻の奥にたっぷり出してくれるぜ」
賢吾の指摘を受けたように、反り返ったものの先端を撫でられる。悦びのしずくを滴らせているのかヌルヌルとした感触を認識し、和彦は体を波打たせる。
「いやらしい体だ」
笑いを含んだ声で賢吾が言い、唇を軽く吸われる。その間も、内奥を果敢に突き上げられ、繊細な襞と粘膜は蹂躙されながらも、快感を知らせてくる。誰とも知れない男の欲望を、狂おしいほど締め付けていた。
「んあっ、はあっ、あっ、ああっ――」
自分ではどうすることもできず、突き上げられながら欲望を扱かれ、和彦は絶頂に達する。自ら放った精で下腹部を濡らしていた。そして内奥深くでは、力強く脈打った男のものが、賢吾が言ったとおり、熱い精を遠慮なく迸らせる。
「あうっ、うっ」
気を失いそうなほどの快美さに、和彦は今の状況も忘れて恍惚としてしまう。
すぐに男のものは引き抜かれ、今度はうつぶせの姿勢を取らされて腰を抱え上げられる。新たに、硬く張り詰めた欲望を含まされた。
「くうっ……ん」
拒絶の声を上げたかったのに、和彦の唇から発せられたのは、鼻にかかった甘い声だった。
すぐに男は腰を使い始め、力強い律動を内奥で刻む。乱暴に双丘を鷲掴まれ、限界まで押し開かれると、先に注がれた精をはしたなく滴らせながら、出し入れされる男のものを締め付ける。
「あっ、あっ、うあっ……」
腰を引き寄せられ、円を描くように内奥を掻き回される。逞しいものが狭い内奥で蠢く感触は、強烈だ。ビクッ、ビクッと腰を震わせると、まるで宥めようとするかのように両足の間に手が入り込み、再び反応している和彦のものに優しい愛撫を加えてくる。さらに別の手が、柔らかな膨らみを巧みに揉み込んでくる。
放埓に悦びの声を上げて感じる和彦に対して、男たちは容赦なく快感という責め苦を与えてきた。強弱をつけた愛撫と律動が間断なく和彦を襲い、精を搾り取られる。
そしてその代わりのように、熱い精を内奥に注ぎ込んでくれるのだ。
いつの間にか、賢吾は話しかけてこなくなっていた。そのため、周囲で男たちに動かれると、どこに賢吾がいるのかわからなくなる。知らない男たちの中に放り込まれているのだとしたら、和彦にとって頼るべき相手は賢吾しかいないのだ。
「賢吾、さん……」
不安になって思わず呼びかけると、返事がないまま、布団に横たえた体に誰かがのしかかり、片足だけを大きく押し上げられる。有無を言わさず、熱く逞しい欲望が内奥に挿入されてきた。
手首を縛める布と目隠しがようやく取られたとき、部屋には和彦と賢吾しかいなかった。
別に悲しくはないのだが、目から涙がこぼれ落ちると、和彦の傍らに座って髪を撫でていた賢吾が当然のように指先で拭ってくれる。
「どこか痛むところはないか?」
問いかけられ、反射的に頷いてしまう。実際、和彦は体のどこも痛めていない。ただ快感を与えられ、男の精を与えられ、よがり狂っただけだった。自分がそうなった理由は、わかっていた。そのせいで下肢が痺れたようになり、思うように力が入らないのは、仕方ないだろう。
ついさきほどまで和彦を抱いていたのは、千尋と三田村、それに賢吾だ。
誰よりも和彦の体の扱い方を心得た男たちは、和彦に対して、決して手荒なことはしない。
混乱している最中は、知らない男たちに体を自由にされていると思い込んでいたが、何度となく快感の波に翻弄されているうちに、体はそれぞれの男たちの愛し方を思い出した。
だからといって安堵できたわけではなく、一度に三人の男たちから快感を与えられ、求められる状況に、異常な興奮と羞恥、抵抗を覚えていた。
「怖かったか?」
再び賢吾に問いかけられ、和彦は少し考えてから頷く。
「……最初は、怖くてたまらなかった。体をバラバラにされるかと思った」
「俺がそんなことをするはずがないだろう」
「あんたにとって価値がなくなったら、そうされても不思議じゃないと思ったんだ」
意外そうに目を丸くした賢吾が、次の瞬間にはニヤリと笑う。
「俺に捨てられたくない、というふうに聞こえるな、その言葉は」
「耳がおかしいんじゃないか」
減らず口、と呟いた賢吾が、少し手荒に和彦の髪を掻き乱す。
「――俺は、先生を捨てるつもりも、気に障ったからといって傷つけるつもりもない。ヤクザは手品師じゃないからな、簡単に死体をパッと消せるってわけじゃないんだ。死体の始末は、おそろしく手間と時間がかかる」
よく考えてみれば怖い発言なのだが、なぜだかこのとき、和彦は込み上げる笑いを堪えられなかった。
くくっ、と声を洩らして笑うと、賢吾も目元を和らげる。
「俺は先生を汚したくない。俺の知らない男が先生に触れるなんて、我慢できないんだ。先生に触れていいのは、俺か、俺が許可した男だけだ。今は、千尋と三田村だけだな」
身を屈めた賢吾に柔らかく唇を吸い上げられ、和彦もゆっくりと応じる。さきほどまで三人で和彦の体を貪ってきながら、和彦の唇に触れてきたのは賢吾だけだ。見ていたわけではないが、これも確信していた。
「先生は、厄介なぐらい、性質が悪い男を引き寄せる。そこが、刺激的で魅力的でもあるんだがな。だが、自分の立場をしっかりと頭と体に叩き込んでおけ。――お前は、長嶺賢吾のオンナだってことを」
柔らかく唇を吸われたあと、甘噛み程度に歯を立てられる。
「先生のみっともないところも、恥ずかしいところも、全部見てやった。だから遠慮はするな。俺は先生をオンナにした。その見返りに、先生は俺に〈力〉を要求できる。それだけのことだ。困ったことがあれば俺や組を頼ればいい。もちろんその中には、千尋や三田村も含まれている。みんな、大事な先生のために、張りきって働いてくれるぜ」
これはヤクザの手口だと、和彦の頭の片隅で声がする。甘い言葉で人を翻弄して、操ってしまうのだ。現にもう和彦は、そのヤクザの手口にまんまと乗せられている。
これ以上、この男たちに関わってしまったら――。
「……秦とのことは、浮気じゃないからな」
賢吾の頬を撫でながら、和彦は念を押すように囁く。目の前で賢吾はニヤリと笑い、同時に、賢吾の中にいる大蛇がチロリと舌を覗かせたようだった。
「あの男は、俺の身内じゃない。そんな男が、俺のオンナに手を出したらどうなるか、よく教えてやらないと」
「荒っぽいことは嫌いだ」
賢吾が間近から目を覗き込んでくる。息を詰めて和彦も、じっと賢吾の目を見つめ返す。燻る情欲の余韻に浸っていてもいいはずなのに、賢吾の目は相変わらず大蛇を潜ませ、ひんやりとしたものを感じさせる。
この目に見つめられて心地いいと思い始めたら、自分は危ういところまで来ているのかもしれない。そんなことを思いながら和彦は、賢吾の頭を引き寄せて唇に噛みついた。
「俺は臆病だから、滅多なことじゃ、荒っぽい手段は取らない。大蛇らしく、ゆっくりと獲物を締め上げていくほうが、楽しめるしな。その過程で、何かおもしろいことが起こらないとも限らない」
何度となく唇を触れ合わせながら、こんなことを賢吾が話す。何が言いたいのかと眉をひそめる和彦に対し、賢吾はこう言った。
「先生は、秦に興味津々のようだから、調べておいてやる」
「別に――」
「元ホストの実業家という肩書き以上に、おもしろいものが見つかるかもしれないぞ」
和彦とは違う視点で、賢吾が秦に興味を持っているのだと感じ取ると、頷く以外の返事などできるはずがなかった。
賢吾は満足そうに唇に笑みを刻み、和彦の髪にそっと口づけてきた。
「千尋を呼んでやる。一緒に風呂に入って、よく体を洗ってもらえ。……三人の男を愛してくれた場所は、特に念入りにな。治療が必要なら、自分でできるだろ、――先生」
賢吾の囁きに、ジン……と和彦の胸の奥が疼いた。
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