と束縛と


- 第9話(4) -


 後部座席のシートに体を預けた和彦は、大判の封筒から書類を取り出す。
 保険医療機関として指定をもらうため、クリニックの申請をしなければならないのだが、表向き和彦は、クリニックに勤務する医者であり、名義上の経営者は別の医者となっている。
 公的機関を欺くような申請はリスクがあるし、美容外科の分野では、健康保険の適用がない自由診療の施術がほとんどだ。だからといって、申請しないわけにはいかない。昼間は一般の患者を受け入れて、儲けについても考え、結果としてそれが、長嶺組との関係のカムフラージュになる。誰かに、普通のクリニックとは違うと感じさせてはいけないのだ。一部の例外を除いて。
 長嶺組に名義を貸した医者には、相応の報酬が支払われ、その代わり、必要に応じてこうした書類の作成に協力してもらっている。大半のやり取りは電話や宅配業者を通してのものだが、重要な書類に関しては、長嶺組の人間を取りに行かせたりしている。
「――わざわざ先生まで出向かなくてもよかったのに。大事な書類とはいっても、俺が取りに行けば事足りたと思うが」
 ハンドルを握る三田村に話しかけられ、書類から顔を上げた和彦は笑みをこぼす。
 それこそ、若頭補佐の肩書きを持つほどの男がやるべき仕事ではないと思うが、和彦が絡むと、三田村の感覚は少々は狂うらしい。
「若頭補佐に使い走りなんてさせたら申し訳ないから、こうしてぼくがついてきたんだ。そうすれば、ぼくの護衛という仕事もこなせるからな」
「なるほど」
 生まじめな口調で応じた三田村だが、バックミラーを覗き込むと、口元には笑みが浮かんでいた。
 受け取ったときに一通り目を通した書類を、もう一度確認してから封筒に仕舞う。それを傍らに置いた和彦は、ウインドーの向こうに目を向ける。
 ちょうど海岸線を走っているため、海沿いの景色を堪能できる。秋らしくなったとはいえ、まだ強い陽射しが海面に反射し、キラキラと輝いていた。
「……天気がよかったからなんだ」
 ぽつりと洩らした和彦は、いつ見てもハッとさせられる鮮やかな青空へと目を向ける。
「朝、カーテンを開けたときから、外に出て、たっぷり陽射しを浴びたかった。だから、書類を受け取りに行くというのは、いい口実になった」
「できることなら一人で運転して、ドライブを楽しみたかった――、という口ぶりだ」
「そろそろ運転の仕方を忘れそうなんだ」
 運転はダメだと言いたげに、三田村に小さく首を横に振られてしまった。和彦は軽くため息を洩らす。
「まあ、いい。もう一つの希望は叶えられたし」
「なんだ?」
「――忙しい若頭補佐と、平日の昼間からドライブを楽しむ」
 三田村から返事はなかった。和彦は、ぐっと好奇心を抑え、三田村がどんな顔をしたのか、バックミラーを覗き込むような、はしたない行為はやめておく。
 途中、自販機で缶コーヒーを買っていると、傍らに立った三田村に言われた。
「もう少し走ったところに、砂浜に下りられる場所があったはずだ。周りに店もないようなところだが、そこでいいなら、休憩していこう」
 和彦は目を丸くして、無表情の三田村の顔を凝視する。
「……急いで帰らなくていいのか?」
「コーヒー一本飲む余裕ぐらいある」
 当然、和彦の返事は決まっていた。
 三田村が言っていたのは、きれいな人工砂浜のことだった。行きしなに見かけたときは数台の車が停まっていたが、今は一台だけだ。季節外れの海は、こんなものだろう。
 缶コーヒーを持ったまま砂浜に下りてみると、離れた場所に、波打ち際ギリギリのところに並んで腰掛けている男女の姿があるが、他に人気はない。
 靴に砂が入るため歩き回ることもできず、すぐに階段に引き返す。積み上げられたテトラポッドの陰に入り、強い陽射しを避けながら、思う存分海を眺めることができる。
「風が気持ちいい……」
 階段に腰掛けた和彦が、柔らかく吹きつけてくる風に目を細めながら洩らすと、隣に腰掛けた三田村に缶コーヒーを取り上げられる。再び手に戻ってきたときには、しっかりプルトップが開けられていた。和彦はちらりと笑うと、缶に口をつける。
「夏場なら、いくらでも店が出ていて、にぎやかなんだがな。そういう光景を見ると、若い頃、勉強だと言われて、屋台でこき使われたときのことを思い出す」
 思いがけない三田村の話に、和彦はつい身を乗り出して尋ねる。
「何か作ったりしたのか?」
「……反応がいいな、先生。ヤキソバは、年中通して作らされていた。さすがに杯を交わしてからは、そういう仕事は任されなくなったが、賄いとして、ときどき作っていた」
 食事に関しては、和彦などよりよほどマメな三田村だ。時間さえあれば、きちんとした料理を作れるのかもしれない。
「今度、食べてみたい」
 和彦がこう言うと、三田村は微妙な顔となる。
「いや……。先生が期待しているほど、美味いものじゃないと思うが――」
「わからないだろ。実際食べてみないと」
 子供のようにムキになった和彦を、到底ヤクザとは思えない優しい眼差しで三田村が見つめてくる。
「なら、近いうちに、先生の部屋のキッチンを借りて作ってみよう」
「楽しみにしている。――ものすごく」
 また三田村が微妙な顔をしたので、和彦は声を洩らして笑ってしまう。つられたように三田村も笑みを見せたが、すぐに真剣な顔となる。風で乱れた髪を慣れない動作で掻き上げてくれ、小声で礼を言った和彦は、そのまま三田村に身を寄せる。
 一応、周囲の様子をうかがい、人が来る気配がないのを確かめてから、どちらともなく唇を触れ合わせる。二度、三度と互いの唇を啄ばみ合っているうちに、三田村の片手が首の後ろにかかり、引き寄せられてしっかりと唇を重ねた。
 こんなつもりはなかったのだが――というのは、言い訳にはならないだろう。三田村と出かけ、見ているだけで気持ちが晴れるような景色の中、身を寄せ合えば、こうなることは必然に近い。
「んっ……」
 舌先が触れ合い、緩やかに絡めていた。口づけに夢中になるあまり、持っている缶コーヒーから意識が逸れ、危うく落としそうになったが、すかさず三田村に受け止められ、階段に置かれる。
 性急に唇と舌を貪り合いながら、一気に燃え上がった情欲をもどかしく鎮めようとする。触れ合えばこうなるとわかっているのに、触れ合わずにはいられない。和彦だけでなく三田村も、まだ始まったばかりともいえる関係にのぼせているのかもしれない。
 自由な外の生活とは違い、何かと制限を受ける中での生活だからこそ、なおいっそう、些細なことで刺激され、熱くなる。
 三田村の舌に丹念に口腔をまさぐられると、和彦は三田村の情熱に応えるように、あごの傷跡に唇を押し当て、柔らかく吸い上げる。舌先を這わせたところで、再び三田村に唇を塞がれた。
 外ということもあり、なんとか自制心を働かせて体を離したが、与えられれば、いくらでも三田村の感触が欲しくなりそうだ。
 熱を帯びた吐息を洩らした和彦は、コーヒーを飲む。
 妖しい空気を変えるためなのか、すでに濃厚な口づけの余韻を消した厳しい声で、三田村が切り出した。
「――……組長から教えてもらったが、一昨日の夜は大変だったらしいな」
 和彦は思わず顔をしかめるが、返事としてはそれで十分だろう。
 三田村が言っているのは、秦に誘われたパーティーに出席したあと、二次会の場に賢吾がいただけでなく、鷹津まで現れたことだ。それだけならまだしも、賢吾は鷹津が見ている前で、和彦を抱いた。
 短いつき合いとはいえ、賢吾とは濃厚な関係を持っているが、いまだに、大蛇の化身のような男が何を考えているのかわからない。
 何かしら意図があるのかもしれないが、妙なところで強烈で残酷な好奇心を持っている賢吾のことなので、それ故の行動だとしても、和彦は驚かない。
「大変なのは大変だが、お宅の組長が、火に油どころか、灯油をぶち込んだかもしれない」
 和彦の例えに、三田村は苦笑に近い表情を浮かべる。片手を伸ばして三田村の頬を撫でると、その手を取った三田村にてのひらにキスされた。
 のんびりと海を眺め、心地いい風に吹かれながら、自分の〈オトコ〉に大事にされる。それがひどく幸せだと感じる自分に、和彦は戸惑う。ヤクザの世界に頭の先までどっぷり浸かり、周囲はヤクザばかり。何より、こうして和彦を慈しんでくれる男もまた、ヤクザなのだ。
 それなのに幸せだと感じるのは、罪なのだろうか――。
 つい考え込む和彦を、いつの間にか三田村がじっと見つめていた。我に返り、誤魔化すように問いかけた。
「……鷹津のことで、組長は何か言っていたか?」
「付け入る隙を与えないよう気をつけろと。正直、今日こうして先生を連れ出す許可をもらえたのは、意外だった。組長なりに、先生を閉じ込めて息苦しい思いをさせないよう、配慮しているのかもしれない」
「するべき配慮は、他にあると思うんだが……」
 他人が見ている前で和彦を抱くという行為は、賢吾の中では配慮に値しない事柄らしい。
 あの男の常識に合わせていると疲れるだけだと思い、ひとまず和彦は、今のこの景色と、三田村とのんびり過ごせるわずかな時間を楽しむことにする。
 しかし、缶コーヒーが空になる前に、穏やかな時間はあっさりと終わりを迎えた。三田村の携帯電話が鳴ったのだ。
 一瞬にして完璧な無表情となった三田村が、低い声で電話に応対する。和彦は気にしていないふりをして立ち上がり、もう一度砂浜に下りてみる。さきほど見かけたカップルは、今はぴったりと身を寄せ合い、互いの腰に腕を回していた。微笑ましさに顔を綻ばせていると、背後から三田村に呼ばれる。
「先生」
 振り返り、険しさを増した三田村の顔を見た和彦は、すぐに階段へと戻る。
「何かあったのか?」
「あった、というほど大げさなことじゃない。ただ、俺がついている若頭のシマで、ちょっとした面倒が起こりそうだと、報告があったんだ」
 長嶺組の若頭たちは、それぞれ自分の組を持っている。実際のところは、長嶺組が治める縄張りを管理するための名目上のものだが、長嶺組直轄の配下という存在は、ヤクザの世界では特別視されるらしい。長嶺組から与えられた組の名は、その名刺のようなものだ。
 長嶺組では『若頭』である男たちは、任されている縄張りの中では、『組長』であり、組を切り盛りしなくてはならない。
 それらの組は、長嶺組に一定の上納金を納め、縄張り内での裁量の自由を得る。不義理をしない限り、長嶺組は口出ししないのだという。
 三田村が言った『シマ』とは、その長嶺組から任されている縄張りのことだ。
「今夜、シマにある店のいくつかに手入れがあるらしい」
「……警察絡み、だよな? それがどうして、今わかるんだ」
 階段を上がりながら和彦が問いかけると、三田村にちらりと視線を向けられる。それで、なんとなく理解した。
「清廉潔白な警官だけじゃない。鷹津のように、ヤクザをいたぶって、骨までしゃぶろうとした腐った奴もいれば、ヤクザに飼われて小金を得る奴もいる」
 三田村の話を聞いて、鷹津は一体、ヤクザ相手に何をしていたのかと、空恐ろしくなる。あの存在を思い返すだけで不快感に襲われるため、賢吾からあえて詳しい話を聞いていないのだが、ロクでもない男だということは確かだ。
「いつもなら、警察は何日も前から下調べをしているから、早いうちに手入れの情報は入手できるんだが、今回に限っては、突然だ。組のほうも少し混乱しているらしい。組と、その警官が繋がっていると知られたうえで、偽の情報を掴まされた可能性もあるからな」
「それで、どうするんだ?」
「今、対応を話し合っているそうだ。俺も戻ってから、若頭の元に顔を出さなきゃいけない」
 和彦は返事をしないまま、残っていたコーヒーを飲み干す。すると、すかさず伸びてきた三田村の手に缶を取り上げられた。二人はゴミ箱の前で立ち止まり、示し合わせたように互いの顔を見つめる。
「……今、警察がイレギュラーな動きをしていると聞くと、ある男の顔がまっさきに頭に浮かぶんだが、ぼくの考えすぎか?」
 和彦の言葉に、三田村は首を横に振る。
「警察の詳しい内情まではわからないが、鷹津が長嶺の周辺をうろついている限り、考えすぎということはないだろう。慎重すぎるほど慎重になって間違いはない。特に、先生は」
 三田村に促され、並んで歩きながら車へと戻る。
「いざとなれば組は、誰も立ち入れない鉄の壁そのものになる。必要とあれば、誰かが犠牲になるが、それすら、組を守るためだ。その中で先生は、組長だけじゃなく、組そのものにとっての弱点になる。かけがえのない存在だからだ。だからこそ俺たちは守るし、反対に、警察は目をつけるかもしれない」
「なんだか、大事(おおごと)だな……」
「怯えて暮らしてくれと言っているわけじゃない。ただ、俺たちに守られてほしいんだ」
 三田村が〈助手席〉のドアを開けてくれ、乗り込みながら和彦は、ため息交じりに洩らした。
「そんなにぼくは、危なっかしいか」
「ようやく自覚してくれたな、先生」
 生まじめな顔で三田村に言われ、和彦としては苦笑を洩らすしかなかった。




 冷蔵庫を開けた和彦は、あっ、と小さく声を洩らす。シャワーを浴びて出て飲むつもりだった牛乳がなかったからだ。必要なものがあれば、連絡さえしておけば組員が買ってきてくれるのだが、頼むのをうっかり忘れていた。
 ペットボトルのお茶はあるので、それで我慢しておこうかとも思ったのだが、欲しいものが冷蔵庫にないと、気になって仕方ない。
 少し考えてから和彦は、着込んだばかりのパジャマから、カーゴパンツとシャツに着替え、その上から上着を羽織る。髪は濡れたままだが、近所のコンビニに出かけるだけなので、わざわざ乾かす必要はない。
 ポケットに財布と鍵を突っ込み、部屋を出た。
 どこかに出かけるとき、和彦には必ずといっていいほど護衛がつき、外で一人になることはほとんどない。この生活に入ったばかりの頃は、比較的自由だったのだが、今となっては、その頃の解放感が懐かしい。
 長嶺組での和彦の重要性が増したうえに、ある男の登場によって、自由は侵食されつつあった。
 そんな状況下で、夜のコンビニにふらりと出かけることは、和彦のささやかな楽しみとなっていた。もちろん、組員たちはいい顔をしないが、賢吾が何か言ったのか、黙認される形となっている。
 マンションからコンビニまで、片道ほんの数分ほどの道のりをのんびりと歩きながら、濡れた髪を掻き上げる。秋めいてきたとはいえ、日中は陽射しの強さによっては暑いぐらいのときもあるのだが、さすがに夜風はひんやりと冷たくなってきた。ただ、シャワーを浴びて火照った頬には、その風が心地いい。
 このまま夜の散歩といきたいところだが、さすがにそれは自重しておく。
 和彦は、昨夜、三田村から聞かされたことを思い出し、そっと眉をひそめていた。
 結局、警察による手入れはなかったが、風営法違反の際どいサービスを行っている店もいくつかあったため、警察に踏み込まれるのを恐れて臨時休業したらしい。手入れがあるという情報がもたらされた以上、しばらくは警察の動きを警戒して、まともな営業は望めないそうだ。
 情報に振り回されたと、三田村は淡々とした口調で電話で話していた。警察内で何が起こっているのか和彦には知りようがないが、〈誰か〉は、長嶺組がこの状態に陥ることを狙っていたはずだ。この程度で組が危機に陥ることはないが、煩わされるのは確かだ。
 落ち着くまで長嶺の本宅で過ごしたらどうかとも三田村に言われたのだが、さすがにそれは断った。一日、二日をあの家で過ごすのはかまわないが、何日ともなると、和彦の精神が参りそうだ。
 そもそも和彦は、人と一緒に暮らすことに慣れていない。これまで何人かの恋人とつき合ってきたが、同棲にまで至らなかったのは、そのためだ。
 コンビニで牛乳とガムを買い、まっすぐマンションに戻っていた和彦だが、ふと足を止めて振り返る。三田村と交わした会話のせいではないが、さすがに和彦も、自分の危なっかしさを自覚し、最低限の自衛手段は取ることにしたのだ。
 もっともそれは、夜道を歩いていて、背後を気にする程度のものだが――。
 背後から誰もついてきていないことを確認して、和彦は足早にマンションのアーチをくぐる。エントランスのロックを解除しようと、操作盤に触れたそのときだった。こちらに近づいてくる足音に気づく。
 マンションの住人だろうかと、顔を上げた和彦は、そっと息を呑む。悠然とした足取りでやってくるのは、鷹津だった。
 アーチから正面玄関にかけて、照明によって明るく照らされているのだが、黒のソリッドシャツにジーンズという見覚えのある格好をした鷹津の姿は、やけに不気味に見える。
 無精ひげを生やした口元が、ニヤリと笑みを刻む。ハッと我に返った和彦は、慌てて部屋番号を入力してエントランスに入ったが、突然駆け出した鷹津も、素早く身を滑り込ませてきた。
 和彦は本能的に駆け出し、エレベーターに乗り込もうとしたが、扉が開く前に鷹津に腕を掴まれる。
「離せっ」
 鋭い声を上げ、手を振り払おうとしたが、次の瞬間、掴まれた腕を捩じ上げられた。肩まで痺れるような傷みに和彦は呻き声を洩らし、動けなくなる。手からコンビニの袋が落ちそうになり、鷹津に奪い取られた。
「黙って、部屋まで行け。なんならこの場で、肩を外してやってもいいぞ。――大の男が絶叫するような痛みを味わってみるか?」
 鷹津は、和彦が極端に痛みに弱いことは知らないはずだ。普通の男であっても、鷹津のような粗暴な刑事からこんなことを言われれば、従うしかない。鷹津の本性の一端を知っている和彦であれば、なおさらだ。
 睨みつける気力もなく、促されるままエレベーターに乗り込んだ。
 当然のように部屋に上がり込んだ鷹津は、胡乱な目つきですべての部屋を見て回り、リビングで立ち尽くす和彦は痛む腕の付け根を押さえながら、そんな鷹津を目で追う。
 自分の迂闊さを悔やんだが、もう遅い。自分は危なっかしいと自覚したところで、まだ事態を――鷹津を甘く見ていたのだ。危機感すら欠けていた。
 和彦は、鷹津の姿が寝室のほうに消えたのを見て、電話に駆け寄ろうとする。長嶺組に助けを求めようとしたのだ。しかし、受話器を取り上げたところで、待ちかねていたように鷹津の声がした。
「――いい暮らしをさせてもらってるな」
 ビクリと肩を震わせて、和彦は振り返る。鷹津が軽くあごをしゃくり、仕方なく受話器を置く。部屋に上がるまで、ずっと腕を捻り上げられて痛みを与えられ続けていたせいで、激しい反抗心まで捻じ伏せられたようだ。
 鷹津は、逆らえば容赦なく、和彦に痛みを与えてくる。その点はヤクザと同じだ。
「このリビングだけで、俺が寝起きしている部屋の何倍だろうな」
「……ぼくに、なんの用だ」
「この間、いいものを見させてもらったから、礼を言いに来た」
 ようやく和彦は、鷹津を睨みつける。秦の店での、賢吾との行為を指しているのだと、すぐにわかった。あんなものを見せつけられて、屈辱に感じない男ではないはずだ。礼どころか、報復に来たのだ。
「礼なら、長嶺組長に言えばいい。あんなことをしでかしたのは、あの男だ」
「お前のご主人さまだろ。その言い方はよくねーな」
 ゆっくりとした足取りで鷹津がこちらに向かってくるので、和彦は後退るようにして距離を取ろうとする。緊迫した空気の中、一瞬たりとも気が抜けない追いかけっこをしているようだ。
 沈黙が訪れるのが怖くて、必死に頭を働かせる。話題はなんでもよかったが、この状況で和彦は、長嶺組のために情報を引き出そうとしていた。
「――……あんた昨日、長嶺組のシマのことで、何かしたか?」
 和彦の問いかけに、鷹津は無精ひげが生えたあごを撫でる。
「シマ、か。ヤクザの言葉が身についてきたみたいだな。……お前が言うそのシマを担当区域にしている警察署の生活安全課に、長嶺に飼われているネズミがいると、俺が教えてやっただけだ。ウソの手入れ情報を流してネズミを泳がせ、ヤクザを踊らせる――なんて悪辣なことまでは、俺は関知していない」
「長嶺組に対する嫌がらせか」
「嫌がらせ? 俺は刑事だぜ。あいつらを駆除するのがお仕事だ。長嶺には、総和会なんて厄介なものまで引っ付いてるんだ。一気に潰すのは不可能だが、じわじわと弱体化させるのは可能だ。俺は、ヤクザが嫌がる手口をよく知ってるからな」
「……手口をよく知るぐらい、ヤクザとべったり癒着していたということか」
 和彦の言葉に、ただでさえ嫌な険を宿した鷹津の目が、さらに険しくなる。相変わらずこの男の目は、ドロドロとした感情の澱が透けて見え、和彦の嫌悪感や警戒心を煽り立てる。
「当たり、みたいだな。……組の人間は、あんたがヤクザ相手に何をしでかしたのか詳しく話してくれないし、ぼくも聞こうとは思わなかった。あんたを悪党だという組長の言葉と、あんた自身を見ていたら、十分だ」
 鷹津が大股で側にやってこようとしたので、和彦はすかさず逃げ、ソファセットを挟んで対峙する。隙を見て寝室か書斎に駆け込めば、中から鍵がかけられるうえに、そこから電話ができる。
「刑事だからと調子に乗りすぎて、ヤクザにハメられたんだろ。あんたがクズだと見下していた連中は、さぞかし気分がよかっただろうな」
「……ああ。ご丁寧に、わざわざ俺の目の前で、嘲笑ったクズがいた。ぶちのめしてやったら、血塗れの顔でのた打ち回ってたな」
 鷹津が下卑た笑みを口元に浮かべ、和彦は怖気立つ。鷹津の凶暴性が怖いと同時に、血の濃厚なイメージが重なり、吐き気がした。さきほど肩を捻り上げられたせいで、痛みを想像するのも容易だ。
 よほど顔色が変わったらしく、鷹津はニヤリと笑った。
「長嶺のオンナのくせに、ずいぶんお上品で繊細だな。俺の話を聞いただけで、顔が青くなったぞ。さっきまでの強気はどうした」
 和彦は反射的に、寝室に通じるドアにちらりと視線を向ける。これ以上、鷹津と対峙するのは無理だと思ったのだ。
 次の瞬間、鷹津がソファを乗り越えて、テーブルの上に立つ。驚いた和彦は思わず立ち尽くしてしまうが、すぐに我に返って逃げようとする。だが、鷹津が獣のように飛びかかってくるほうが早かった。
「あっ」
 乱暴に絨毯の上に押し倒され、衝撃に数瞬息ができなくなる。その間に、鷹津は悠然と和彦の上に馬乗りになっていた。
 あごを掴み上げられた和彦は、なんとか身を捩ろうと足掻きながら、鷹津を睨みつける。一方の鷹津は、余裕たっぷりに笑っていた。その顔がまた、和彦の嫌悪感を増幅させる。触れられているところから、まるで毒が染み込んでくるようだ。
「何が、目的だ……。ぼくを痛めつけたところで、単なる弱い者イジメだろ。それとも、そんな人間をいたぶって、ヤクザに報復したつもりになるのか?」
「――震えてるぞ、佐伯」
 薄笑いで鷹津に指摘され、和彦は唇を噛む。実際、恐怖と嫌悪と動揺から、和彦の体は小刻みに震えていた。
「それでも減らず口を叩く度胸は褒めてやる。だが、頭はよくない。この状況でそういうことを言えば、半殺しにされても文句は言えんぞ」
 鷹津の片手が振り上げられるのを見て、咄嗟に顔を背けてきつく目を閉じる。殴られると思ったのだ。だが、鷹津は予想外の行動に出た。
 和彦が着ているシャツの襟元を掴み、一気に引き破ったのだ。声も出せず見上げた先で、鷹津は下手なヤクザよりよほど獰猛な笑みを浮かべていた。
「自覚がないようだから、教えてやる。お前は弱くはない。むしろ、したたかだ。したたかで妖しい、〈オンナ〉だ」
 鷹津の彫りの深い顔が近づいてきて、有無を言わせず唇を塞がれた。和彦は喉の奥から引き攣った呻き声を洩らし、足をばたつかせ、顔を押し退けようとしたが、鷹津は容赦なかった。
 あごを掴む指に力が加わり、骨が砕かれそうになる。同時に、もう片方の手が下肢に伸び、カーゴパンツの上から和彦のものは強く握り締められた。
 痛みに、身じろぎもできなくなる。何より、筋肉質で厚みのある鷹津の体は、圧倒的に和彦より重い。この体勢では押し退けられない。
 和彦の反応に満足したのか、鷹津は一度唇を離し、じっくりと見下ろしてくる。
「恨むなら、長嶺を恨めよ。あの男が俺を挑発した。自分のオンナを、俺に見せびらかした。あいつがイイ〈女〉を抱く分には、俺はなんとも思わない。たった一度しか抱かない、遊びですらない女をいくら見せびらかされたって、地面に落ちてる石ころと一緒だ。意識なんざしない。だが、お前は違う――」
 鷹津の手に、手荒く敏感なものを揉まれる。痛みに声を洩らすと、すかさず唇を熱い舌で舐められ、あまりの気持ち悪さに和彦は身震いしていた。剥き出しの神経に、不快なものを擦りつけられているような、そんな耐え難さだ。
「こんなものを付けた色男で、医者なんてしているエリートだ。それこそ、イイ女にも金にも不自由しないだろう。そんなお前を、あの蛇みたいな男が抱いて、よがらせている。……妙に興奮するものがある。あいつが一度だけ抱いた女を俺が抱いたところで、なんの感慨もないが、お前は違う。何度も何度も長嶺に抱かれている。奴にとって、特別なオンナだ」
 鷹津の手にカーゴパンツと下着を強引に引き下ろされ、外気に晒されて怯える和彦のものは、燃えそうに熱い手に直接握り締められた。
「うぅっ……」
 恐怖と痛みに、鷹津の肩に手をかけたまま和彦は動けない。再び鷹津に唇を舐められてから、強靭な舌にこじ開けられそうになり、さすがに顔を背けようとしたが、敏感なものを握る手に力が込められ、痛みに声を上げる。
 口腔に鷹津の舌がヌルリと入り込み、露骨に濡れた音を立てて舐め回されながら、唾液を流し込まれる。いっそ気を失ってしまいたくなるような嫌悪感が、全身を駆け抜ける。厚みのある体にのしかかられながら、本能的なものから抵抗するが、明らかに鷹津は、和彦の抵抗を楽しんでいた。
「ひっ」
 和彦のものの根元が、指の輪によって強く締め付けられる。痛みに息が詰まり、体が強張る。そんな和彦の耳元に顔を寄せ、鷹津が囁いてきた。
「抵抗するなら、握り潰してやろうか? これが使い物にならなくなったら、長嶺たちも、お前を本当の〈女〉にしてくれるかもな」
 屈辱から、カッと体が熱くなる。和彦は間近にある鷹津の顔を睨みつけるが、圧倒的に優位に立っている男は、蛇蝎の片割れであるサソリの例えに相応しく、怖い笑みを唇に刻んだ。
 抵抗心を確かめるように鷹津にじっくりと唇を吸われ、和彦は必死に歯を食い縛る。すると、握られたものを手荒く扱き上げられる。快感など湧き起こるはずもなく、ただ痛い。和彦の苦痛の表情に気づいたのか、鷹津の手が下肢から退く。
 ほっとできたのは、ほんの数瞬だった。
 喉元に大きな手がかかり、和彦は目を見開く。軽く喉を絞められて息苦しさに小さく喘ぐと、その状態で鷹津は、カーゴパンツと下着をさらに引き下ろし始めた。もちろん和彦は声を出せず、抵抗もできない。下肢を剥かれた挙げ句に、上着と、引き裂かれたシャツも脱がされていた。
 鷹津は、冷めた目で和彦の体を見下ろし、まるで検分するように片手で触れてくる。
「これが、三人のヤクザと寝ている〈オンナ〉の体か……」
 鷹津に触れられる部分から鳥肌が立つ。いつの間にか喉元にかかった手は退けられたが、それでも和彦は動けなかった。鷹津の凶暴性は、次の瞬間には暴発しそうな危うさがあり、だからこそ手加減を忘れて痛めつけられそうなのだ。
「――足を立てて開け。大きくな」
 命令されて片足を抱えられると、従わないわけにはいかない。和彦はぎこちなく両足を立て、左右に開いた。鷹津の手にさらに足を開かされ、腰が割り込まされる。
「うあっ……」
 鷹津の手が、いきなり柔らかな膨らみをまさぐってきた。反射的に上体を捩って逃れようとしたが、力を込めて揉まれると、瞬く間に下肢から力が抜け、動けなくなる。
「長嶺に、ここも開発してもらったのか? 一番弱い部分を無防備に晒して、あれだけ感じてたんだ。さぞかし、あの蛇みたいな男は、たっぷりとお前を可愛がってるんだろうな」
 何かを探るように柔らかな膨らみを指で揉みしだかれる。痛みと、ときおり背筋まで駆け上がってくる強い刺激に、和彦はビクビクと腰を震わせる。それでも、やめろとは言えなかった。鷹津がまさぐっているのは、肉体的な弱みだ。そこを押さえられると、何もできない。
 和彦の柔らかな膨らみを執拗に攻めながら、鷹津がのしかかってくる。
「俺に逆らうなよ、佐伯」
 低く囁くように恫喝され、唇を塞がれる。歯列をこじ開けられて舌を捩じ込まれていた。流し込まれる唾液と、下肢から容赦なく送り込まれる強い刺激に、今にも吐きそうになる。生理的な反応から和彦の目に涙が滲むと、鷹津はおもしろがるような表情となり、和彦の目元に唇を押し当て、チロッと舌先で涙を舐め取った。
 耳を舐られてから、首筋に噛み付く勢いで激しい愛撫が与えられる。同時に、下肢に伸びた鷹津の手に和彦のものは握り込まれ、強く上下に扱かれる。
 変わった、と和彦は思った。ここまで和彦をいたぶってきた鷹津が、今度は和彦から快感を引き出そうとしていた。
「……い、やだ……。やめ、ろ……」
 和彦の弱々しい訴えに、鷹津は深い口づけで応える。感じやすい粘膜をたっぷり舐め回され、脅されるまま舌を差し出すと、激しく吸われて噛みつかれる。その間も、和彦のものを扱く手は止まらず、先端に爪を立てて弄られる。
 肌をきつく吸い上げられ、鬱血の跡をいくつも散らされていた。その頃には和彦の体は熱くなり、肌が汗ばむ。これまで何人もの男の愛撫を受けてきたものは、今は鷹津の手の中で形を変え、身を起こし、先端に透明なしずくを滲ませていた。
 生理的なものとはいえ、和彦は自分の体の反応が忌々しい。鷹津はそんな和彦の、快感を求める体と、苦しげな表情のギャップを楽しんでいるようだった。
「お前、俺を心底嫌っているだろ。なのに体は反応する。……ヤクザの組長を骨抜きにするには、それぐらい淫乱じゃねーとダメってことか」
 思わず鷹津を睨みつけると、髪を掴まれて唇を塞がれる。濡れた先端を擦り上げられてたまらず呻き声を洩らした途端、待ちかねていたように舌で口腔を犯されていた。
「長嶺にしていたようにしてみろ。いやらしいキスをしていたろ。うっとりした目であのクズを見つめながら――」
 引き出された舌を吸われて鷹津の求めているものがわかった和彦は、柔らかな膨らみを強く揉みしだかれる刺激に狂わされ、鷹津と舌先を触れ合わせたあと、絡める。
 馴染みのある感覚が、和彦の胸の奥でうねる。それは、他の男たちと共有してきた肉欲の疼きだ。
 和彦の変化に気づいたのか、獣じみた粗野な口づけを続けていた鷹津がふいに体を起こし、再び和彦の体をじっくりと見下ろしてくる。次に男の関心を引いたのは、興奮のため凝った胸の突起だった。
 胸元に顔を伏せた鷹津が、上目遣いに和彦の反応をうかがいながら、舌先で突起を弄る。和彦はビクリと体を震わせて、思わず鷹津の頭を押し退けようとしたが、身を起こしたものを強く握り締められ、簡単に抵抗を封じられる。
 突起をたっぷり舐められてから、痛いほどきつく吸い上げられていた。
「あうっ、うっ、うぅっ」
 絨毯の上で、ヒクンと背をしならせた和彦は、うろたえて顔を背ける。鷹津に触れられて嫌でたまらないはずなのに、体が急速に鷹津の愛撫に馴染み始めていた。
 和彦の動揺をよそに、鷹津は容赦なくことを進める。和彦の片足を抱え上げたかと思うと、唾液で濡らした指を内奥の入り口に這わせてきたのだ。
「やめろっ」
 本能的な恐怖から和彦が声を上げたときには、強引に指が挿入されていた。痛みで呻き声を洩らそうが、鷹津は頓着しない。狭い場所を押し開くようにして、太く長い指を付け根まで内奥に収めてしまった。
「あっ、あっ、うあっ、あっ――」
 きつく収縮を繰り返す内奥で、鷹津は無造作に指を出し入れし、繊細な襞と粘膜を蹂躙するように擦り上げてくる。ときおり指を曲げて内奥を押し広げられると、和彦は苦痛の声を抑えられない。
 苦しむ和彦を、鷹津は熱っぽい眼差しで見つめてくる。目が合うと、内奥深くで忙しく指を蠢かされた。
「慣れてないのは我慢しろよ。俺は、女相手に、ノーマルなセックスしかしたことがないんだ。男の尻に指を突っ込んだのは、これが初めてだ」
 そう言いながら鷹津が指を動かし、内奥を掻き回してきたかと思うと、襞と粘膜の感触を楽しむようにじっくりと撫で上げてくる。意識しないまま和彦の息遣いは妖しさを帯び、誘われたように鷹津が顔を寄せ、傲慢に命じてくる。
「舌を出せ。吸ってやる」
 この状態にあっても、鷹津の命令に従うのが嫌だった。和彦は唇を引き結んで顔を背けたが、鷹津は何も言わず内奥から指を抜き、体を起こした。ベルトの金属音とファスナーを下ろす音が聞こえて和彦は身を強張らせる。その間に両足を抱え上げられ、わずかに綻んだ内奥の入り口に〈何か〉が押し当てられた。
「まあ、いい。長嶺のオンナを抱いたという既成事実さえあれば、お前がどんな反応をしようが関係ない」
 鷹津の欲望は、すでに熱く高ぶっていた。賢吾のオンナである和彦を嬲っているということに興奮しているのかもしれない。鷹津そのものの凶暴さをうかがわせるものが、内奥の入り口に擦りつけられてから、押し入ってこようとする。
 この瞬間、絶対的な拒絶感が和彦を襲う。鷹津だから受け入れられないというより、ただ、賢吾の許しのない行為に及ぶことを、体が拒んでいたのだ。
 秦とのことがあったあと、自覚もないまま和彦は、こんな状態になるよう賢吾に調教されたのかもしれない。
 声も出せないまま、ただ怯えて鷹津を見上げる。和彦のすがりつくような眼差しに気づいた鷹津は、軽く目を見開いたあと、動きを止めた。そして、じっと和彦を見下ろしてくる。
「……そんな目をするのは、長嶺に対する操立てか? 長嶺以外に、その息子や飼い犬とも寝ているお前が」
 和彦の答えも待たず、覆い被さってきた鷹津が唇を塞いでくる。肩を押し退けようとしたが、すかさず凄まれた。
「尻に突っ込まれたくなかったら、拒むな。お前は従順に、長嶺相手のように感じて見せればいいんだ。――俺に対して」
 鷹津の意図がわからず眉をひそめたときには、再び唇を塞がれていた。内奥に挿入されたのは指で、妖しく激しく蠢き、和彦の官能を嫌でも引きずり出す。
「あっ、はあっ……、あっ、あぁっ」
 ねっとりと内奥を掻き回され、たまらず声を上げる。眼前で鷹津がニヤリと笑った。
「その調子だ」
 囁かれ、唇を吸われる。すでに和彦の弱い部分を把握したのか、鷹津の指が内奥の浅い部分を執拗に押し上げ、擦り上げてくる。その状態で耳元で唆されてから、唇を重ねられると、荒々しく口腔に差し込まれた鷹津の舌を拒めなかった。
 嫌悪感は確かにあるのに、鷹津と舌を絡め合い、流し込まれる唾液を受け入れる。唇を触れ合わせたまま鷹津が言った。
「――……いい締まりだな」
 内奥から指が引き抜かれ、完全に蕩けさせられた場所に、さらに逞しさを増した鷹津のものが擦りつけられる。和彦は喘ぎながらも、必死に鷹津を睨みつけた。
「そこは、あんたなんかを受け入れる場所じゃないっ……」
 鷹津は、薄い笑みを浮かべた。
「ヤクザのオンナのくせに、生意気だ」
 強引に事に及ばれたら、和彦は抵抗のしようがない。だが、鷹津はそうしようとはしなかった。和彦の唇と舌を貪りながら、柔らかな膨らみを手荒く揉みしだき始め、たまらず熱い吐息をこぼす。
 反り返り、濡れそぼった和彦のものはすでに限界を迎えかけており、だからこそ、例え鷹津の手であろうが、きつく扱かれると歓喜に震えた。
「うっ、あっ、あっ、触る、なっ……」
「なら、俺のものを尻に突っ込んでやろうか? 好きなほうを選べ」
 鷹津を睨みつけた和彦は、すぐに顔を背ける。そのまま、鷹津の手に高ぶりを扱かれ、和彦は快感に煩悶する。感じている和彦に触れることを、明らかに鷹津はおもしろがっていた。
 胸の突起を執拗に嬲られ、嫌がっているうちに官能が高まっていく。そんな自分の姿に気づいた和彦が身を捩ろうとすると、待ちかねていたように両足を抱え直され、内奥の入り口に鷹津の欲望が押し当てられる。
 無言で、抵抗するなと恫喝され、求められるまま和彦は、鷹津と濃厚な口づけを交わす。舌を絡め合いながら、和彦のものを扱く鷹津の手の動きが速くなっていた。
 体を起こした鷹津が見ている前で、和彦は絶頂に達してしまう。噴き上げた精で下腹部を濡らし、全身を震わせていると、そんな和彦を鷹津は、暗い愉悦を湛えた目で見下ろしていた。
「なるほど、いい〈オンナ〉だな。俺相手にも悦んで見せてくれるなんて、節操のない、いやらしい体だ。お前は、ヤクザなんてクズに相応しい人間ってわけだ」
 鷹津は囁くように罵りながら、喘ぐ和彦の唇を何度も啄ばむ。ここで和彦は、鷹津の行動に気づいた。鷹津は、和彦を罵り、唇に触れながら、自分の高ぶりを片手で扱いていた。そして――。
 低い呻き声を洩らした鷹津が、和彦の体の上に素早く馬乗りになる。迸り出た生暖かな精が勢いよく胸元に飛び散り、肌を汚す。突然のことに和彦が反応できないのをいいことに、鷹津はまだ熱い欲望を胸元に擦りつけてきた。
 自分が放った精で汚れた和彦を、欲望の冷めた眼差しで鷹津は見下ろし、鼻先で笑った。
「ヤクザのオンナにお似合いの姿だ。俺の精液で汚れて……壮絶に、そそる。取り澄ました顔より、ずっと色っぽい」
 そんな言葉を投げつけて、鷹津は和彦の上から退く。和彦は、呆然として動けなかった。自分の身に起こったことが信じられなかったし、与えられた屈辱をまだ受け止められなかった。
 いつの間にか鷹津は、部屋から立ち去っていた。
 和彦はようやく体を起こそうとして、胸元をドロリと垂れる鷹津の精に気づく。引き裂かれたシャツで慌てて胸元を拭ったあと、屈辱と嫌悪感に打ちのめされる。それに、激しい怒りも。怒りは、鷹津に対するものと、迂闊で弱すぎる自分に対してのものだ。
 裸で立ち上がった和彦は、抑えきれない感情のまま、受話器を取り上げていた。
 賢吾に連絡するために――。
 あの男なら、自分が与えられた屈辱を処理する方法を、知っているかもしれないと思ったのだ。









Copyright(C) 2009 Tomo Kitagawa All rights reserved.
無断転載・盗用・引用・配布を固くお断りします。



第9話[03]  titosokubakuto  第10話[01]