Sweet x Sweet

[14]

 まるで、甘えてくる猫のように肩に頬をすり寄せていた裕貴が顔を上げ、じっと見つめてくる。
 息苦しい沈黙の中、啓太郎は覚悟を決めて裕貴の首に巻かれたマフラーを丁寧に外し、髪を切ったせいですっきりした首筋にてのひらを這わせる。いつもより裕貴の脈が速くなっていると感じた。
 裕貴がはにかんだような笑みを浮かべる。我ながら言葉足らずだったと思うが、啓太郎が本当に言いたいことを理解してくれたのかもしれない。
「啓太郎が真剣な顔して、怖い声出すから、ドキドキしてきた」
「……俺はいつも、そんなにヘラヘラしているか?」
 思わず問いかけてから、啓太郎は顔をしかめる。話が逸れていることに気づいたからだ。
「いや、そんなことはどうでもよくて――」
「啓太郎が欲しいものって何?」
 啓太郎の言葉に被せるように裕貴が言い、きつい眼差しを向けてくる。
 寸前まで猫みたいに甘えてきて、はにかんだ笑みも見せていたというのに、もう表情を一変させているのだ。そんな裕貴に、情けないほど啓太郎は翻弄され、魅了されている。
「わかっているのに聞くのか」
「おれの勘違いかもしれないから、聞きたい」
 裕貴の首から外したマフラーを傍らのデスクの上に置き、啓太郎は熱くなった滑らかな頬を両手で包み込む。
「――お前に触れたい」
 囁きながら裕貴の額に軽くキスして、唇にも触れようとする。すると裕貴が声を洩らして笑った。
「いっつもおれに触りたい放題じゃん」
「違う。触らせてもらってるんだ。……お前に金を払って、俺はお前を買ってた」
「合意なんだから、そんな卑下た言い方しなくていいよ」
「お前に金を払っている限り、この感覚は抜けない。だからお前に、もう金を払いたくないんだ」
 裕貴に片手を取られ、てのひらにそっと唇が押し当てられる。たったそれだけの行為に、啓太郎の体中に熱い疼きが駆け抜けた。
「今から俺たちの関係は変えられるか?」
「啓太郎が望むなら」
「……だから、その言い方はずるいだろ」
 このとき裕貴が痛みを感じたように唇を歪める。今にも泣き出すのかと、一瞬啓太郎は焦ったぐらいだ。
 裕貴はもう片方のてのひらにも唇を押し当ててから、自分の頬をすり寄せてくる。
「おれが引きこもっているのは、臆病だからだよ。これ以上何からも拒絶されたくないからだ。……おれからは望まない。求められて応えるほうが、ずっと幸せだし、つらくない」
 裕貴が引きこもっている事情は、やはりそう単純なものではないのだ。何かしらの絶望を味わって、傷を癒すためにこの部屋に閉じこもる必要があったのだ。
 それはもしかすると、裕貴に巧みなキスを教えた人物と関係あるのかもしれない。
 邪推の域を出ない考えに囚われた途端、啓太郎の中に嫉妬の炎が燃え上がる。
「だったらお前は、求めてくる人間だったら、誰でもいいのか?」
 よほど必死な顔をしていたのか、裕貴は目を丸くしてから柔らかな苦笑を浮かべ、宥めるように啓太郎の頬を撫でてきた。
「言っておくけど、おれほど、釣り上げる魚を徹底的に選ぶ人間はなかなかいないよ。どれだけ餌が欲しいって顔をされても、気に入らないと餌なんてあげない。だけど、これは、という魚を釣り上げたら、その魚には嫌というほどたっぷりの餌をあげるんだ」
「……俺はお前に釣り上げられたのか……」
「釣られた感想は?」
 今度は啓太郎が苦笑を洩らす番だった。強く裕貴の頬を撫で、額と額を合わせる。
「――お前は、複雑な奴だな」
「嫌い?」
 好きだ、の一言を言わされた時点で、啓太郎と裕貴の力関係は決定していた。いままでも似たような力関係だったが、不安定な存在だった裕貴が、確固たる存在感を持って啓太郎の腕の中にいるのだ。この差は大きい。
 もつれるような足取りでベッドに移動して、裕貴を押し倒す。啓太郎は、これまでとは違う気持ちで、自分の体に敷き込んだ裕貴を見下ろした。
「これまでとは、違うんだよな……?」
「違うよ、きっと。だっておれ、緊張してる」
「……お前にも、緊張する可愛げがあったんだな」
 すかさず裕貴に背を殴りつけられたが、すぐに両腕が回されてしがみつかれた。啓太郎の中で目も眩むような欲望が突き上げてくる。さらに裕貴が、啓太郎の理性を奪い尽くすようなことを言った。
「おれに応えてほしかったら、先に啓太郎が与えて。そうしたらおれは、啓太郎のためになんでもしてあげる」
 啓太郎は裕貴の唇を塞ぎ、温かな口腔に強引に舌を差し込む。何度も味わった裕貴とのキスだが、この瞬間から何かが変わると思った。
 舌を絡め合い、唾液を交わしながら、啓太郎はセーターをたくし上げて、いつもの手順で裕貴の脇腹を撫で上げ、胸元へとてのひらを這わせる。荒い息を吐き、今度は薄い腹部へと唇を押し当てた。
 少しずつ顔を上げていきながら、もどかしい思いでセーター脱がせ、コットンパンツの前に手を這わせる。このとき裕貴の息遣いがわずかに弾んだ。
 ボタンを外してファスナーを下ろすと、下着ごとコットンパンツを脱がせ、裕貴を何も身につけていない姿にする。いつもはこれで、啓太郎が一方的に裕貴の体に触れて、快感を与えるだけだった。しかし、今日からは違う。
 裕貴がゆっくりと視線を上げ、啓太郎の腕に手をかけなが言った。
「――啓太郎も脱いでよ。これまでと、違うんだろ?」
 挑発されていると感じ、ムキになった啓太郎はトレーナーを脱ぎ捨て、上半身裸になる。裕貴はそっと目を細め、啓太郎の腕や肩、胸元から腹部へとゆっくりとてのひらを這わせてきた。感触を確かめるように。
 啓太郎は、自分が誰かと比べられているのだろうかと、いいようのない不安を覚える。一方で、肌に触れる感触がくすぐったくて心地いい。
 これ以上裕貴に翻弄されてはいけないと我に返った啓太郎は、裕貴の両手首を掴んでベッドに押さえつけ、わざと威圧するようにのしかかる。驚いたように裕貴は今度は目を丸くして、じっと見上げてきた。
「啓太郎……」
「黙ってろ」
 傲慢に言い放って裕貴の首筋に顔を埋める。強い気持ちを刻みつけるように白い首筋をいきなり吸い上げてから、軽く歯を立てる。裕貴がビクリと体を震わせ身じろいだが、啓太郎は手首を掴んだ手に力を込め、動くなと態度で示した。
「啓太郎、いつになく強引?」
 クスクスと笑い声を洩らしながら裕貴に言われ、啓太郎はもう一度白い首筋に軽く噛み付く。まだ、裕貴は余裕だ。
 こいつの手から主導権を奪い取ってやると思いながら、熱心な愛撫を啓太郎は続ける。
 丹念に耳の形を舌先でなぞり、耳の裏にまで唇を這わせる。合間に裕貴の体にてのひらを這わせ、滑らかな肌が次第に熱を帯び始めているのを感じていた。
 腰から腿へとてのひらを移動させ、膝に手をかけて足を開かせようとする。すると裕貴の足に力が入り、物言いたげに見つめられた。その表情の意味を、啓太郎は勝手に解釈する。
 安心させるように裕貴に笑いかけた。
「心配するな。いきなり乱暴なことなんてしないから」
「……そういうことは、全然心配してないんだけどね」
 裕貴の両腕が首に回されてしがみつかれる。啓太郎は片手で裕貴の頭を抱き寄せながら、もう片方の手を開かせた両足の間に差し込んだ。
 内腿をくすぐるように指先を這わせると、肩に顔を埋めながら裕貴が小さく声を洩らす。どうやら、くすぐったくて笑ったらしい。
 こうして裕貴と素肌で思いきり抱き合うのは初めてだった。自分の理性を保つために啓太郎は、上半身に身につけているものすら脱ぎ捨てたことはないのだ。だからこそ、なんのためらいもなく、本能のままに裕貴と抱き合えることに感動する。
「おい、じっとしてろ」
「くすぐったくてさ。……啓太郎と裸で抱き合うのって初めてじゃない?」
 裕貴の言葉に啓太郎は目を見開く。寸前に自分が感じたことを、裕貴も口にしたのだ。
「啓太郎ってさ、おればかり裸にひん剥くくせに、自分は絶対に裸にならなかっただろ。あれ、けっこう恥ずかしかったんだから」
「……ひん剥くって言うな。俺が野獣みたいだろ」
「違うの?」
 悪戯っぽい目に覗き込まれ、言葉に詰まる。反論できなかったというより、すでに話すことに意識が集中できなくなっていた。
「本当に、もう黙っていろ……」
 優しく裕貴のものをてのひらに包み込むと、注意するまでもなく裕貴は唇を噛んで顔を背ける。何度触れようが、裕貴のこの反応は変わらない。
 この反応が曲者なのだ。こんな行為に慣れているように見える一方で、ひどく初々しく見えたりもして、そのギャップに啓太郎は参ってしまう。
 柔らかく互いの唇を吸い合いながら、てのひらに包み込んだものを丁寧に擦り上げているうちに、裕貴の息遣いが忙しくなり、啓太郎の下で切なげに身をしならせ始める。
 赤く染まりつつある裕貴の目元に唇を押し当ててから、もう片方の手で胸元を撫でる。さきほどから硬く凝っていた胸の小さな突起に触れた途端、裕貴が喉の奥から声にならない声を上げた。
「んあ……」
 啓太郎はわずかに口元を綻ばせてから、もう一つの突起を舌先でくすぐる。ビクンと胸を震わせて、裕貴の両手が必死に啓太郎の肩を掴んでくる。
「啓太郎っ、これ、いつもと変わらない。おればかりっ……」
 かまわず啓太郎は、片方の突起は指で摘まみ上げ、もう片方の突起はきつく吸い上げた。てのひらの中で裕貴のものは、本人よりもずっと素直に反応し、ゆっくりと熱くなってしなり始めていた。
 もっと濃厚な愛撫を求めるように裕貴の腰が揺れだす頃、顔を上げた啓太郎は、裕貴の欲望の高まりを裕貴自身に教えるため、反り返ったものの形を指でなぞる。このとき裕貴は、自分の欲望に羞恥したような表情を見せながら、啓太郎を睨んでくるのだ。
 生意気だ、と口中で呟き、啓太郎は今度は柔らかな膨らみを慎重にまさぐる。
「くうっ……ん」
 指を蠢かすたびに裕貴の腰が震え、ここを攻めている間だけは裕貴は従順になる。膝に手をかけただけで啓太郎の意図がわかったように、自ら足を抱えるようにしておずおずと左右に開くのだ。
「……ここ、気持ちいいか?」
「バカ」
 尋ねてすぐに返ってきた答えに、思わず笑ってしまう。
 白い両膝にキスしてから内腿にも唇を這わせると、裕貴は背を仰け反らせるようにして笑い声を上げた。
「くすぐったいよ。そんなふうにされると」
「我慢しろ」
「啓太郎を蹴り飛ばすかもしれないよ?」
「なおさら我慢しろ」
「なんだよ、それ――」
 最初は笑い声を上げていた裕貴だが、啓太郎が内腿に丹念に舌を這わせるようになると、首をすくめるようにして声を堪え、ぎゅっとシーツを握り締めた。指を這わせて、反り返った裕貴のものの先端から、透明なしずくが滲み出ているのを確認する。
 深くは考えなかった。ただ、もっと裕貴を感じさせ、悦ばせたかった。
「……啓太郎っ?」
 両足の間に深く頭を潜り込ませ、裕貴のものを舌で舐め上げてから口腔に含む。抵抗がないどころか、いままで感じたことのないような興奮を覚え、啓太郎は夢中で、口腔で震える存在を愛撫する。
「い、やだっ……。それ、嫌……。啓太郎、そんなこと、しなくていいよ」
「今日から、関係は変わったんだろ」
「だからって、こんなこと……」
 先端を舌先でくすぐると裕貴は声を詰まらせる。代わりに透明なしずくが次々に滲み出し、最初は舌で舐め取っていた啓太郎だが、唇を寄せて吸ってやる。
「あうっ、うっ、うくぅ」
 裕貴と出会ってから、信じられないことばかり起こる。青年とキスして体に触れることすらとんでもないことだったが、今は、自分も持っている器官を口腔で愛撫しているのだ。
 括れを唇で締め付けると、裕貴は上擦った声を上げながら両足を突っ張らせ、腰が逃げようとする。強引に腰を抱えて捕らえ、できるだけ深くまで裕貴のものを呑み込む。
 きつく吸い上げたあとに、甘やかすように舌を絡めると、裕貴は全身を震わせて悦んだ。そうしながら根元から指の輪で締めるように擦り上げる。堪えきれないように裕貴の両手が頭にかかり、嫌がるように求めるように、髪を掻き乱された。
「け、太郎……。啓太郎っ――」
 切なげな声に誘われ顔を上げた啓太郎は、薄い腹部に唇を押し当てる。次の瞬間、ぐいっと裕貴の片足を抱え上げて胸に押し付けると、唾液で濡らした指で裕貴の秘められた場所をまさぐった。
「あっ」
 声を上げた裕貴が顔を背ける。啓太郎はこめかみに唇を寄せながら、いつものように慎重に内奥をまさぐる。裕貴が必死に頭を抱き締めてきた。
「くうん……」
 内奥に指を付け根まで収めると、裕貴が小さく鳴く。啓太郎はできるだけ優しい声で問いかけた。
「痛いか?」
「いつも同じこと聞く」
 そう言って裕貴は笑ったが、内奥に挿入した指を蠢かした途端、唇を引き結んだ。
 繊細で傷つきやすい場所を、啓太郎は丁寧に綻ばせていく。いつも以上に感じさせてやろうという気になるのは、きっとこのあとで、裕貴に苦痛を味わわせるとわかっているからだ。
「あっ、あっ、あっ……」
 襞や粘膜を撫でるように擦り上げ、ときおり指を出し入れする。内奥がひくつくようにして指を締め付けてくるが、ただやみくもに反応しているわけではない。啓太郎の指の動きに合わせているのだ。
 啓太郎は裕貴の頬にキスしてから体を起こす。反り返ってトロトロと透明なしずくを滴らせ続けている裕貴のものを再びてのひらで包み込むと、上下に扱きながら、内奥で円を描くように指を動かしてやる。
 裕貴の中は柔軟に啓太郎の指の動きを受け止めながら、それでも必死に締め付けてくる。
「うぅ、くうん」
 切なげな声を上げて裕貴が腰を揺らす。それを合図に、啓太郎はもう一本の指を内奥に含ませ、抉るように刺激した。
「ふっ、ああっ……、ダメ、だよ、啓太郎、もうダメっ――」
「まだだ。いつもは、もう少しもつだろ?」
「……バカ。いつもと、全然違うじゃん」
 裕貴の素直な反応に、啓太郎の中で加虐的なものが誘発される。ひどいことをしたいわけではなく、裕貴を快感で狂わせてしまいたいという気持ちだ。
 指で触れる限り、裕貴が一番敏感に反応する内奥の浅い部分を探り当て、軽く擦り上げる。
「んっ」
 微かに声を洩らして裕貴が首をすくめたのを確認してから、啓太郎は今度は強く指の腹で押し上げた。裕貴は腰を跳ねさせるように反応して、次の瞬間には身をよじって逃れようとしたが、すかさず啓太郎は指を付け根まで内奥に埋め込む。
 大きく背を反らして、裕貴は声も出さずに達する。絶頂の証を噴き上げて下腹部や啓太郎の手を濡らしたのだ。
 啓太郎は裕貴の呼吸が落ち着くのを待ってから、内奥から慎重に指を引き抜く。
 裕貴は額に前髪を貼りつかせ、涙で濡れた目を向けてきた。啓太郎は優しく頬を撫でてから、短くなった髪を梳く。
「……お前、もう髪は伸ばさないのか?」
 思わず出た問いかけに、裕貴はしどけない笑みを見せた。
「安心してよ。二、三か月もしたら、元の鬱陶しい頭に戻るから」
「自分で鬱陶しいと感じてはいるんだな」
「伸ばしてるほうが、啓太郎は好きなんだろ?」
 子供みたいな目で問われると、冗談でも嫌いとは言えない。裕貴はこういうところに屈託がないと思いながら、啓太郎は視線を逸らしつつぼそぼそと応じた。
「好き嫌いというより、鬱陶しいほうに見慣れてるからな」
「素直じゃないなあ」
 そう言って裕貴はクスクスと笑い、啓太郎にしがみついてくる。息もできないほどの強烈な欲情に襲われた瞬間だった。
 いつもは、ここで自分をコントロールすることができたのだ。どんなにつらくても、金で裕貴を自由にしているという意識が歯止めになり、暴走を止めていた。だが今、裕貴との間にあるのは『金』のやり取りではなく、『想い』のやり取りだ。そのうえで、自分たちの今の行為がある。
 啓太郎は、裕貴の髪に唇を押し当て、耳から首筋へと愛撫しながら、スウェットパンツと下着を引き下ろし、同時に、余裕という言葉をかなぐり捨てていた。
 裕貴の腰を引き寄せて、指で綻ばせた内奥の入り口へと高ぶった欲望を押し当てた。すると裕貴の唇から熱い吐息が洩れ、その響きに啓太郎はゾクリと疼きを感じる。
「……最初はゆっくりしてね」
 背に回した腕に力を込めながら裕貴が言い、柔らかな髪を手荒く撫でて啓太郎は頷く。
「痛かったら言え」
「そんなこと言ってたら、啓太郎、何もできないよ」
 啓太郎がちらりと苦笑を洩らすと、上目遣いに見上げてきた裕貴もにやりと笑う。だがすぐに厳かな気持ちで――大げさではなく、啓太郎はこれ以上なく真剣なのだ――動き始めた。
 慎重に腰を進めて裕貴の内奥へと押し入る。きつい収縮感に怯みそうになりながらも、それでも裕貴の奥を暴きたいという誘惑には勝てない。
「んあっ……」
 逞しい部分を含ませた途端、裕貴が声を上げる。苦しみを和らげようと、啓太郎は顔中に唇を押し当て、何度も髪を撫でていたが、ふいに裕貴が言った。
「なんで唇にはキスしてくれないの?」
 予想外の質問に目を丸くした啓太郎は、指先で裕貴の唇を撫でる。
「さっき口で、お前に、その――……。俺はいいけど、お前が唇にキスされるのは抵抗あるんじゃないかと思ってな」
 言い終わると同時に頭を引き寄せられ、唇を塞がれた。口腔に裕貴の熱い舌が差し込まれ、舐め回される。キスの勢いに背を押されるように、啓太郎はさらに深く裕貴の中に押し入って、襞と粘膜を強く擦り上げた。
 唇を離した裕貴が啓太郎の肩にすがりついてくる。そんな裕貴の両足を抱え上げ、緩慢に腰を揺らしながら少しずつ内奥深くへと侵入していく。頑ななようでいて柔軟な裕貴の中は、それでも狭く、きつく収縮を繰り返しているので乱暴に動けば傷つけてしまいそうな怖さがある。
「啓太郎……、啓太郎」
 裕貴に名を呼ばれ、啓太郎はキスで応える。すると裕貴が肩に頬ずりしてきたかと思うと、耳元に唇が寄せられた。
「……大丈夫だから、いっぱい動いていいよ」
 このとき自分が感じたのは、目も眩むような欲情だったのか、裕貴の体を従順に造り替えた誰かに対する嫉妬なのか、啓太郎にもよくわからなかった。
 深々と裕貴を貫くと、さらに奥を目指すように突き上げる。腰を弾ませた裕貴が顔を背け、露わになった赤く染まった首筋に、啓太郎は激しい愛撫を加える。
「んっ、あっ、あっ、くうっ……」
 何をどうすればいいのかわからず、とにかく夢中で動いた。裕貴の中で、いままで経験したことのないような快感を味わっているのも確かなのだ。
 裕貴に苦痛を与えているのではないかと危惧したとき、下腹部にあるものが触れる。それは、再び欲望の高ぶりを示した裕貴自身のものだった。啓太郎の動きに促され、いつの間にか反応していたのだ。
 体を起こした啓太郎が膝裏を掴んで足を抱え直すと、裕貴はうろたえ、顔を背ける。その理由はすぐにわかった。反応したものはおろか、一つになっている部分すら、啓太郎にはよく見える。
「恥ずかしいか?」
 そんなことを尋ねると、涙目で睨みつけられた。
「当たり前だろっ。おれだけ――啓太郎に恥ずかしいことされてる……」
 悪いと思いつつも笑い出しそうになり、啓太郎は必死に唇を引き結ぶ。裕貴はムキになったように何か言いかけたが、その前に啓太郎が内奥で動いたため、口から出たのは艶かしい喘ぎだった。
 律動を繰り返しながら、裕貴のものを片手で擦る。
「はっ……、あうっ、うっ、いっ、ああっ」
 啓太郎の見ている前で、裕貴は乱れていく。背をしならせ、首を左右に振りながら、両手を頭上に伸ばしてシーツを握り締める。全身で啓太郎を誘い、狂わせていた。
 執拗に先端を攻めて、裕貴を二度目の絶頂に追い上げた啓太郎は、自分の欲望も限界が近いことを悟り、やや性急に内奥深くを突き上げる。
 泣きそうな顔で裕貴が見上げてきており、その表情を見たことで、啓太郎は最後の瞬間を迎えていた。ダメだと思いつつも、思考すら甘く溶けてしまいそうな快感に逆らえず、熱い飛沫をすべて、裕貴の内奥に注ぎ込んでしまう。
「んくうっ」
 甲高い声を上げて裕貴がしがみついてきて、体を震わせた。啓太郎は荒い呼吸を繰り返しながら、裕貴の唇を塞ぐ。すぐに唇を離して、二人とも夢中で空気を貪っていた。
 汗に濡れた体で抱き合いながら、とにかく呼吸を落ち着ける。体力がない裕貴のほうは本当に苦しそうで、啓太郎の罪悪感は疼いた。
「……悪い。夢中になって、加減がわからなくなった」
 一気に押し寄せた脱力感をやり過ごしてから、やっと裕貴の顔を覗き込む。ぐったりとしながらも裕貴は微笑んだ。
「夢中になるぐらい、気持ちよかった?」
「なんでお前、そういうことが聞けるんだ……。心に秘める、ということを知らんのか」
「聞きたいんだ。啓太郎がどんなふうに感じたか。……本当は、こう聞きたいんだ。気持ち、悪くない? って」
 ふっと裕貴の表情が曇る。その表情に、裕貴への愛しさがさらに増す。
 啓太郎はできるだけ優しく笑いかけ、汗が伝っている裕貴の首筋やこめかみをてのひらで撫でる。それから裕貴の手を握り、しっかりと指を絡め合った。
「――びっくりしてる」
 啓太郎の言葉に、裕貴は大げさに目を丸くする。
「びっくり?」
「自分がまったく抵抗を感じてないことに、びっくりしてる。少し前までの俺なら、こんなことをしようなんて考えもしなかった。なのに、現実の俺はお前とこうしていて、しかも、やたら幸せな気分になってる」
「幸せなんだ」
 からかうように鼻先を突かれ、まじめに聞けとその手を払いのける。ついでに裕貴の唇にもう一度キスした。そのまま舌を絡め合う。
 唇を離すと、はにかんだように裕貴が笑った。
「……おれも、幸せ。こんな気分、久しぶりだよ」
「本当か?」
「やっと啓太郎を気持ちよくしてあげられた。……頑固なんだよ、あんた」
 今感じている愛しさを、どう裕貴本人に伝えればいいのか、啓太郎にはわからなかった。
「俺は、お前に餌付けされたのかな」
 ぽつりと啓太郎が洩らすと、裕貴があっさりと頷いた。
「それ以外に何かある?」
「お前、それでいいのかよ。食い物につられたってことだぞ」
「だったら、とっても可愛くて素直な好青年のおれに一目惚れした、と言っていいわけ?」
「それは……認めるには抵抗あるな」
 すかさず背を拳で殴られた。啓太郎は声を押し殺して笑いながら、きつく裕貴を抱き締める。改めて、裕貴と結ばれたのだと実感していた。実際、体のほうはまだ結ばれたままなのだが――。
「あっ」
 ふいに裕貴が声を上げ、何事かと啓太郎は顔を覗き込む。
「どうした。……どこか痛いか?」
 小さく首を横に振った裕貴が、照れたように視線を伏せながら囁いた。
「啓太郎、また――……」
「へっ?」
 一瞬、意味がわからなかった啓太郎だが、裕貴が腰をもじつかせたことで、すべてを理解する。
 裕貴を気遣う気持ちはもちろんあるが、今は欲望を抑えきれなかった。
「……悪い。もっと、いいか?」
「いいよ。啓太郎の好きにして」
 今のこの状況で、その言葉は反則だろう。ズキリと胸の奥が疼いて、欲望が止まらなくなりそうだ。いや、すでにそういう状態だ。
 啓太郎は裕貴の両手首を掴んでベッドに押さえつけると、再びゆっくりと腰を動かし始めた。


 暴走した啓太郎の欲望を受け止めた裕貴は、毛布に包まって深い眠りに陥っていた。
 裕貴が苦しげな寝顔でもしていれば、啓太郎の心は痛んだかもしれないが、当人はいたって幸せそうな――決して自惚れではなく――寝顔をしている。
 行為のあと、ぐったりしている裕貴を抱えてバスルームにつれていき、汚れた体を洗ってやった。おかげで、今は啓太郎のほうがぐったりしている。
 湯を張ったバスタブに二人で浸かってゆっくりと体を温める、という甘い光景からはほど遠かった。とにかく裕貴が自分で動かないので、啓太郎が頭から湯をかけてやり、髪から体まで、全部洗ってやったのだ。上半身裸にスラックスという格好で。
 裕貴一人をバスタブに放り込んだところで、啓太郎は力尽き、脱衣場に座り込んだ。そして憎たらしいことに、裕貴はバスタブの縁に腕をかけながら、笑ってこう言ったのだ。
『あれだけ体力使ったら、そりゃヘロヘロにもなるよね』
 生意気な奴だ、と思いながらも、裕貴の額にかかる髪を掻き上げる啓太郎の手つきは、これ以上なく優しい。
 啓太郎の無茶をすべて受け止めてくれたのは、裕貴なのだ。
 湯冷めして、また風邪を引かせてはまずいと思い、毛布に包まる体の上からそっと布団をかけてやる。
 できるなら、朝までずっと一緒にいたいが、そういうわけにもいかなくなった。
 ため息をついた啓太郎が立ち上がろうとしたとき、きゅっと指先を握られる。軽く驚きながら見ると、裕貴がわずかに目を開けていた。いかにも、眠くてたまらないといった感じだ。
「裕貴……」
「どこ、行くの?」
 囁くような声で問われ、啓太郎は腰を屈めて裕貴の耳元に顔を寄せる。
「自分の部屋に戻る」
「ここに泊まれば、いいだろ」
「ここにか?」
 思わず苦笑が洩れる。裕貴の部屋には横になれるようなソファはないし、そもそもどの部屋もフローリングなのだ。もちろん、引きこもり青年の部屋に予備の布団などない。
 啓太郎が何を考えたのかわかったらしく、裕貴はモゾリと身じろいだ。
「ちょっと狭いけど、一緒に寝ようよ」
 こんなことを裕貴が言ってくれたのは初めてだった。隣に潜り込みたいのはやまやまだが、実は切実な問題があった。
「やろうと思えばできるだろうが、そうもいかない」
 啓太郎が優しく髪を撫でると、裕貴はまた目を閉じる。まるで、まどろむ猫だ。
「なんで?」
「これから仕事にいかないといけない」
 裕貴の睫毛が震えたが、目は開かなかった。
「着替えるために自分の部屋に戻ったときに、留守電が入ってたんだ。急なトラブルだから、会社に戻ってこい、だと」
 仕方ないね、と言いたげに裕貴が深いため息をつく。啓太郎は離れがたい気持ちから、何度も裕貴の髪や頬を撫でた。
「多分、朝までには戻ってこられる。また会社に行かないといけないだろうが、それでも数時間は、お前のベッドで寝られるはずだ」
 目を閉じたまま裕貴は唇を綻ばせる。
「……暖めて待っててあげるよ」
「ああ」
 短く応じた啓太郎は、あと少しだけだと思いながら、裕貴の髪にそっと唇を押し当てた。









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