Sweet x Sweet

[16]

 初詣を済ませて来た道を引き返していると、さすがに人の姿がほとんど見えないこともあってか、目に見えて裕貴は元気になっていた。
 先を歩いていた裕貴がマンション前でぴたりと足を止めて振り返る。あとからのんびり歩いていた啓太郎が追いつくと、すかさず腕を掴まれた。
「おい――」
「誰も見てないよ」
 確かに人気はないし、通り過ぎる車もまばらだ。マンションを見上げてみれば、電気がついているのは数部屋ぐらいだ。さすがに新年とはいえ、みんなそろそろ寝静まる時間だろう。
 まとわりついてくる裕貴の感触を心地よく思いながら、啓太郎はそれ以上何も言わず、マンションのエントランスに入った。
 エレベーターに乗り込むと、裕貴はしっかりと啓太郎の腕を抱え込んでしまう。いつになく甘えてきているなと思いながら、よく考えてみれば、特別な日となったクリスマス・イブから裕貴を放ったままにしていたのだ。
 約一週間、あの部屋で一人で過ごしていて寂しかったのだろうか――。
 啓太郎がじっと裕貴のつむじを見下ろしていると、視線を感じたように裕貴がパッと顔を上げる。
「どうかした? 深刻な顔して」
「いや……。機嫌がいいなと思って」
「啓太郎と一緒だからだよ」
 さらりとそんなことを言われ、一拍置いてから啓太郎は激しくうろたえる。思いがけない言葉に照れてしまったのだ。すると、可愛げがあるのかないのかわからない悪魔はニヤリと笑った。
「冗談」
「……男の純情をからかって楽しいか、お前」
「なら、おれの純情はどうしてくれるわけ? クリスマス・イブにやっとラブラブになれたと思ったら、それっきりほったらかしでさ。おれ、捨てられたのかと思ってた」
「そんなわけあるかっ」
 啓太郎はムキになって詰め寄ったが、裕貴は自分の発言など忘れたように到着したエレベーターから降りた。振り返ると、首を傾げながら啓太郎を見る。
「降りないの?」
 こいつに思いきり翻弄されていると痛感しながら、足を引きずるようにして啓太郎はエレベーターから降り、ごく自然に裕貴は再び腕を取ってきた。
 言葉でどれだけ可愛げのないことを言おうが、腕に絡みつく感触が、すべて物語っているかもしれない。
 裕貴の部屋の前まで来て、当然のように裕貴が鍵を取り出したが、咄嗟に啓太郎は動いていた。鍵を持つ裕貴の手を握り締めたのだ。不思議そうな顔をした裕貴に、啓太郎はできるだけさりげなく言った。
「……俺の部屋に来いよ」
 自分で誘っておきながら、嫌、と言われることを覚悟したのだが、予想に反して裕貴はあっさりと手を引き、鍵をダウンジャケットのポケットに入れる。
 驚いて目を丸くする啓太郎は、裕貴に腕を引っ張られた。
「ほら、いつまでも外にいたら寒いよ」
 自分の部屋の前まで連れて行かれ、やっと事態を把握した啓太郎は、ぎこちなく鍵を取り出す。
「本当にいいのか?」
 鍵を開けながら問いかけると、いかにも裕貴らしい言葉が返ってきた。
「外に出たついでだからね」
 情緒がないのはどっちだ、と口中でぼやきながらドアを開けた啓太郎は、裕貴を先に玄関に押し込む。万が一ということもあるが、急に気が変わった裕貴を部屋に戻さないためだ。
しかし余計な心配だったらしく、さっさと靴を脱いだ裕貴は電気をつけ、ダイニングへと向かう。
「あー、やっぱりうちの部屋と同じ造りなんだ」
「当たり前だろ」
 啓太郎もあとを追いかけダイニングに行く。すでに裕貴は手袋とマフラーを外し、ダウンジャケットを脱いでいるところだった。もっと緊張したところを見せるかと思っていただけに、裕貴のリラックスぶりに拍子抜けする。
 エアコンをつけて部屋を暖め始めた横で、裕貴はコタツの電源を入れて座る。
「いいなあ、コタツ」
「そういやお前の部屋、エアコンだけだな」
「普段は欲しいと思わないけど、コタツやホットカーペットの温かさに触れると、恋しくなるんだよ」
「通販ですぐ頼めるだろ」
 わかってないなあ、と言いたげに、裕貴が軽く首を横に振る。
「こういうものは、欲しいと思ったらすぐ欲しい」
「――わがまま王子」
「おれが王子なら、啓太郎は下僕?」
 ブルゾンを脱いだ啓太郎は、片手で裕貴の頭をグリグリと撫で回した。裕貴が声を上げて笑う。
「せめて、騎士ぐらい言え」
「……はいはい、騎士さま」
「なんだその、投げ遣りな言い方は」
 裕貴が笑いながらコタツの中に逃げ込もうとしたので、啓太郎はすかさず捕らえて引き出し、その勢いで二人揃ってコタツの敷布団の上に転がっていた。
「夜中に暴れちゃダメだろ、啓太郎」
 啓太郎の胸の上に乗りかかり、裕貴がクスクスと笑い声を洩らす。仰向けとなった啓太郎は心地よい重みを感じながら、裕貴の髪を優しく両手で撫でていた。およそ一週間ぶりの、愛しい感触だ。
 裕貴の髪から頬、首筋へとてのひらを這わせると、わずかに目を細めた裕貴が身じろぎ、啓太郎の上に覆い被さってきた。この瞬間から、無邪気にじゃれ合い、ふざけ合っていた二人の空気が一変する。
 啓太郎は裕貴の唇を指の腹で擦り、そっと割り開く。裕貴は自ら啓太郎の指を口腔に含むと、じっと見下ろしてきながら柔らかく温かな舌を絡め始めた。
 ゾクゾクとするような肉の疼きが啓太郎の背筋を駆け抜ける。もう一本の指を口腔に含ませながら、片手で裕貴が着ているセーターと、その下のTシャツを一緒にたくし上げ、素肌にてのひらを這わせる。
 細い腰のラインを撫で上げると、鼻にかかった声を洩らして裕貴が強く指を吸う。啓太郎は指にまとわりつく濡れた粘膜と舌の感触を心地よく感じながら、裕貴の口腔からゆっくりと指を出し入れした。
 指で口腔を刺激する一方で、もう片方の手で胸元を撫でてから、すでに物欲しげに凝った胸の突起を指で挟んで軽く引っ張る。啓太郎の上で裕貴が背をしならせた。
 口腔から指を引き抜いた啓太郎は、情熱が冷めるのを恐れるように余裕なく裕貴の服を脱がせて上半身を裸にしてしまう。
 裕貴の背を引き寄せると、啓太郎は敷布団の上に仰向けになったまま、目の前にある小さな突起に舌を伸ばした。
「ふっ……」
 胸の突起を軽く舌先で突いただけで、裕貴はビクリと体を震わせ、倒れ込まないよう敷布団に肘を突いた。啓太郎は舌先で舐めた突起を、次に強く吸い上げる。
 もう片方の突起は執拗に甘噛みしながら、裕貴が穿いているジーンズの前を寛げると、啓太郎は体の位置を入れ替える。裕貴の体を敷布団に押し付けると、今度は啓太郎がのしかかる番だった。
 裕貴と目が合い、笑いかけられる。その表情を目にしてカッと体の奥が熱くなった啓太郎は、夢中で裕貴の唇を塞いでいた。
 引き出した裕貴の舌を甘やかすように吸いながら、前を寛げたジーンズと下着をまとめて下ろしていく。すると裕貴も腰を浮かせて協力してくれた。
「おれだけ脱いで恥ずかしいよ」
 そう言って裕貴が唇に軽く噛みついてきて、啓太郎が着ているトレーナーを掴んでくる。媚態とも羞恥からとも取れる裕貴の行動に、欲望の高まりを覚える。体中の感覚がざわついていた。
 妙に加虐的なものを刺激され、啓太郎は欲望に忠実になることを選択する。
 半ば強引に裕貴の両足を抱え上げて胸に押し付けると、左右に大きく開かせる。驚いたように裕貴が体を起こそうとしたが、その前に両足の間に頭を潜り込ませた啓太郎は、裕貴のものをためらいもなく口腔に含んだ。
「んあっ」
 敷布団の上で裕貴が大きく仰け反り、腰が逃げようとする。それを許さず、啓太郎は感じやすい先端に歯列を擦りつけた。ビクビクと痙攣するように腰を震わせて、裕貴の抵抗はあっという間に潰える。
「あっ、うぅ……。啓太郎、強いの、やだ……」
 裕貴の言葉を聞き流し、啓太郎は自分がしたいようにする。
 指の輪で裕貴のものを根元から扱き上げながら、今度は先端を固くした舌先で突き、嫌がるように裕貴が腰を捩ろうとすると、きつく吸い上げてから、舐めてやる。
「ふあっ……ん、んっ、んっ、はああ……」
 次第に裕貴の息遣いが変わり、尾を引くような甘さを帯び始めていた。それに伴い、深く呑み込んだ裕貴のものが形を変え、熱くなって育っていく。
 素直な反応にたまらなくなり、啓太郎は自分の指を舐めて濡らすと、すぐに裕貴の後ろをまさぐった。
「んうっ」
 内奥に指を挿入した途端、堪えきれないような声を裕貴が上げる。初めて結ばれたときよりも強引に二本目の指も押し込み、啓太郎は指で届く範囲で内奥をまさぐった。
 絞り上げるように内奥がきつく収縮し始めるが、かまわず指で粘膜と襞を撫でるように愛撫する。敷布団の上で裕貴は身をくねらせながら、啓太郎の頭に両手をかけてきた。
「はっ、あ――。け、たろ……、啓太郎ぉ」
 急激に押し寄せる刺激の波に裕貴が呑まれていく様が、声を聞いているだけでもわかる。甘えるような戸惑っているような、掠れた声に舌足らずな口調だ。
 口腔から出した裕貴のものが反り返り、根元からゆっくりと舐め上げてから括れを舌先でくすぐり、透明なしずくが盛り上がる先端を吸ってやる。それを繰り返しながら、内奥深くまで埋め込んだ二本の指を揃えて抜き差しする。
「あっ……ん、い、い。それ、すごく、気持ちいぃ」
 敷布団に後頭部を擦りつけるようにして裕貴が首を横に振る。
 啓太郎は括れまでを口腔に含んで締め付けるようにしながら、先端にたっぷり舌を這わせて舐めてやる。一方で内奥では、すでに把握した裕貴がもっとも反応する浅い部分を強く擦り上げた。
「はうっ、うっ、啓太郎、強いの、やだって、言ったのに……」
「でも、気持ちいいんだろ?」
 一度引き抜いた指で綻んだ内奥の入り口を擦ってから、ヌプッと再び指を挿入する。反り返ったものを震わせてから、裕貴の内奥は物欲しげに指を締め付けた。
「最初はお前に痛い思いをさせるんじゃないかとか、ケガさせるんじゃないかとか、そんなことばかり心配していたけど、今は違う。多少無茶したって、お前は平気だとわかった」
「ひどいな」
 口ではそう言いながら、息を弾ませて裕貴は笑っていた。その顔は、啓太郎が内奥を掻き回すように指を動かし始めると、すぐに愉悦の表情となる。
 ずっと眺めていたくなるようなイイ表情だったが、啓太郎の理性が音を上げてしまった。
 顔を上げ、内奥から指を引き抜くと、まだ快感から覚めていない裕貴をうつ伏せにして腰を持ち上げる。急いでパンツの前を寛げた啓太郎は、とっくに高ぶっていた自分の欲望を裕貴の内奥の入り口へと押し当てた。
「……啓太郎」
「最初はゆっくり、だろ」
 啓太郎はゆっくり慎重に腰を進め、逞しい部分で内奥を押し開く。覚えのあるきつい収縮感と、吸い付くような感触が同時に啓太郎を呑み込んだ。
 悩ましく腰をくねらせて裕貴が敷布団を握り締める。普段は白い背が鮮やかに紅潮しており、思わず啓太郎はてのひらを背に這わせる。片腕を腰に回して引き寄せ、さらに深く内奥へと侵入した。
「あっ、すご、い……」
「何が?」
「啓太郎が、おれの中に入ってくる感触が、すごく、よくわかる。熱くて、硬い」
 薄く笑った啓太郎は、背を撫でていたてのひらを裕貴の前方へと回す。中からの直接的な刺激に、裕貴のものは反り返ったまま、はしたなく快感のしずくを滴らせていた。宥めるように先端を撫でると、快感に反応したように内奥がひくつく。
「お前もだ」
 両手で裕貴の腰を掴んで、欲望のすべてを内奥に埋め込んだ。啓太郎は大きく息を吐き出し、トレーナーを脱ぎ捨てると、両手をそれぞれ動かして裕貴に触れる。
 再び裕貴の高ぶりをてのひらに包み込んで擦り、もう片方の手で胸元を撫でる。胸の突起は指先でくすぐるだけですぐに硬く凝り、啓太郎は思うさま捏ねたあと、摘んで軽く引っ張る。感じているのか、裕貴が小さく声を上げた。
 啓太郎は腰を揺するようにして内奥を小刻みに突き上げ、逞しい部分で粘膜と襞を擦る。その合間に、ふいに内奥深くを抉るように強く突く。
「あうっ、うくぅっ、んうっ――……」
 裕貴の体から力が抜け、高ぶりを包み込んでいた啓太郎の手が濡れた。たった一度の強い衝撃で、呆気なく裕貴は絶頂へと達したのだ。
 もちろん啓太郎は、これで裕貴の欲望が尽きたとは思わない。まだ硬さを保っているものを優しく扱きながら尋ねた。
「痛がらせるだけかと思っていたが、お前――奥も感じるのか?」
 見る間に裕貴の全身が赤く染まり、ようやく見せてくれた横顔も真っ赤だ。怒ったような口調で言われた。
「……恥ずかしいこと聞かないでよ」
「恥ずかしいことをされるのはいいのか?」
 啓太郎がからかうように言うと、必死に顔を動かして睨みつけられた。声を押し殺して笑ってしまった啓太郎だが、すぐにその余裕はなくなる。
 狙いを定めて、緩慢に、しかし何度も裕貴の内奥深くを突き上げた。そのたびに裕貴の腰が弾み、啓太郎を呼ぶ。
「啓太郎……、啓太郎っ」
 ぐっと奥歯を噛み締めた啓太郎は裕貴の腰を引き寄せ、これ以上なく深く繋がる。頭の奥でハレーションが起きたような強烈な快感が背筋を駆け抜け、欲望の熱い飛沫をたっぷり内奥に注ぎ込んだ。
 荒い呼吸を繰り返しながら、啓太郎は裕貴の腰を抱えたまますぐには体を離す気にはなれなかった。自分のものを締め付けてくる裕貴の感触が愛しい。
 片手を伸ばして裕貴の頬を撫でると、横顔を見せたまま裕貴は微笑んだ。
「ねえ、これって姫初めって言うんでしょ?」
 こいつは突然、何を言い出すのかと、啓太郎は慌てる。
「バカっ、姫初めは一月二日だ。いや、それより、年明けにするセック――秘め事のことじゃなく、一日は餅を食べるから、二日から普通のご飯を食べるという意味だ」
「……啓太郎、詳しいね」
「たまたま、だ」
 啓太郎の動揺を読み取ったのか、裕貴は意味深な声を洩らした。
「あっ、前につき合ってた彼女と、似たような会話交わしたんだろ」
 分が悪いのを感じた啓太郎は、裕貴の内奥からゆっくりと自分のものを抜いていく。すかさず唇を噛んだ裕貴が腰を震わせた。
 その姿にすぐにまた欲望を刺激された啓太郎は、再び裕貴の腰を抱え上げ、一度は抜きかけた自分のものを、裕貴の内奥へと埋め直した。




 裕貴と過ごす新年は、非常に穏やかで心地がよかった。
 仰向けとなって胸の上に置いた文庫のページを、器用に片手で捲りながら、啓太郎は大きなあくびを一つ洩らす。一日はまだ耐えられる正月番組だが、二日ともなるとさすがにマンネリとなる。テレビをつける気にもならないのは、そのせいだ。
 こういうときにこそ、読みたくても読めなかった本を読むのに最適だ。
 ただ啓太郎は、さきほどからあることが気になって仕方ない。
「――裕貴、そろそろ俺の左腕を解放してくれ」
 啓太郎は左側に視線を向ける。そこには、啓太郎の左腕を我が物顔で枕にした裕貴が、仰向けとなって携帯ゲームをしていた。
「えー、やだー」
「やだー、じゃねーよ。俺の左腕が、そう言いたいだろうよ」
 携帯ゲーム機の電源を切った裕貴が、ころんと体の向きを変えてこちらを見る。悪戯っぽい表情でこんなことを言った。
「こいつに腕枕をしてやって幸せだなー、とか実感できていいだろ?」
「少しは俺を労われ。このホットカーペットだって、買いに連れて行って、荷物持ちまでしてやっただろ。しかもお前、車に乗って降りなかったじゃねーか。俺が店と車を何往復して、色とデザインを伝えてやったと思うんだ」
「こうやって二人でラブラブするためなんだから、不平を言わない」
 まったく悪びれていない裕貴に、もう言うべき文句が見つからない。啓太郎は、はいはいと適当な返事をするだけだ。
 一日は啓太郎の部屋で過ごした裕貴だが、二日となると自分の部屋に戻り、急に荷物置き場となっている隣の部屋の荷物を片付けたかと思うと、ここにホットカーペットを敷くと言い出した。そこで、さきほど啓太郎が言ったとおりの事態となったのだ。
 確かに、ホットカーペットの上に転がり、二人でくっいているのは、それだけで楽しい。だが――。
「俺はお前に甘いだけじゃないぞっ」
 文庫を放り出した啓太郎は、素早く裕貴の上に覆い被さって脇をくすぐる。裕貴は派手な声を上げて啓太郎の下から抜け出そうとするが、そもそも体重からして違うし、体勢は圧倒的に啓太郎に有利だ。
 手足をばたつかせながら裕貴は苦しげに笑い、首を左右に振る。
「離せーっ、啓太郎っ」
「おっ、生意気。まだまだ大丈夫みたいだな」
 脇腹もくすぐってやると、裕貴は身を捩って悶える。息も満足にできないようで、さすがに一度手を止めてやったが、すると今度は裕貴が手を伸ばし、啓太郎の脇腹をくすぐってこようとしたので、すかさず再びくすぐってやる。
 このとき、裕貴の着ているTシャツが暴れるせいでめくれ上がり、白い脇腹が露わになる。くすぐるというより、肌の上に指先をそっと這わせると、途端に裕貴がビクンと体を震わせた。これだけでもくすぐったいらしい。
 啓太郎はTシャツを胸元までたくし上げ、さらに指先を這わせる。裕貴が少しでも反撃の素振りを見せると、容赦なく脇をくすぐった。
「卑怯だよ、啓太郎」
「いつもお前には、いいように転がされてるからな。これぐらいのことは我慢しろ」
 腰のラインにてのひらを這わせると、背を反らして裕貴は反応する。
 これではささやかな愛撫にも敏感に反応するはずだと、啓太郎は内心で感心しながら、ニヤリと笑って脇腹を激しくくすぐる。
「あははっ、もう、やだっ。苦しいから、やめてよ」
「いや、お前はまだ反省してない」
「啓太郎のバカっ」
「……お前……」
 脇と脇腹をくすぐりながら、裕貴の顔を覗き込む。さすがの裕貴も苦しさと笑い続けたせいで、目に涙を滲ませていた。
 誘われるように顔を近づけると、裕貴の涙を唇で吸い取る。すると裕貴が顔を動かし、ごく自然な流れで二人は唇を触れ合わせ、啄ばむようなキスを数回繰り返した。油断ならない裕貴は、その間に啓太郎の脇をくすぐってくる。
「残念だな。俺はくすぐられるのには強いんだ」
「人間じゃない」
 こいつ、と呟いてから、裕貴の脇をくすぐろうとしたが、気が変わって体を起こす。裕貴の胸元に両手を這わせ、赤みが強くなっている胸の突起を中心に優しく撫でてやる。素直な裕貴の体はすぐに反応を示し、あっという間に胸の突起は硬く凝った。
 片方の突起は指で摘むようにして刺激し、もう片方には顔を寄せ、舌先でくすぐる。クスクスと笑ってから、吐息交じりの声で裕貴が言った。
「昨日、ほとんど一日中やってたのに」
「今日はまだだろ。……触るだけだ」
 裕貴の脇腹に唇を這わせ、スウェットパンツの下に片手を潜り込ませる。鋭く息を吐き出した裕貴が肩にすがりついてきた。
 少し前までふざけ合っていたはずなのに、今ではもうすっかり、甘やかで妖しい空気が二人を包んでいる。
 このまま行為に没頭しようとしたとき、不粋なインターホンの音が割って入った。
 平日ならともかく、正月気分に浸っているこんな日に誰だろうかと思い、啓太郎は顔を上げる。このとき、裕貴の顔色はすでに変わった。
「……兄さんだ」
「博人さん?」
「こんな日に、堂々とうちに来る人間なんて、兄さんしかいないよ」
 部屋にいるのが確実な裕貴が、応対しないわけにはいかない。啓太郎は仕方なく裕貴の上から退き、裕貴に手を貸して起こしてやる。
 Tシャツを直した裕貴はパーカーを羽織ると、複雑そうな表情をしたままインターホンに出た。啓太郎はただそんな裕貴の様子を見つめるしかできない。
「わかった……」
 裕貴はぽつりとそれだけ洩らすとインターホンを切り、玄関に向かう。自分はどうすればいいのかと、啓太郎はダイニングで立ち尽くすしかない。
 そうしているうちに、玄関で交わされる会話が聞こえてきた。
「――こんな日に、何しに来たの」
「誰か来てるのか?」
「わかってるだろ。啓太郎だよ」
 ここで無視するわけにもいかず、啓太郎も玄関に向かう。
 スーツの上からコートを羽織った博人とまっさきに目が合い、こちらに背を向けていた裕貴が振り返って、困惑気味の表情を浮かべる。
 啓太郎は裕貴の隣に立って博人に頭を下げる。『明けましておめでとうございます』も言ったほうがいいのだろうかと数瞬迷っているうちに、先に博人に言われてしまった。慌てて啓太郎も挨拶を返す。
 頭を上げると、博人は少し怖い顔で裕貴に向き直っていた。
「お前が無理に呼びつけたんじゃないか?」
「ホットカーペットが欲しかったから、買いに連れて行ってもらったんだよ。……結局、啓太郎に買ってきてもらって、おれは車で待ってたんだけど」
「羽岡さんだって、こんなときぐらいゆっくり休みたいだろう。俺――わたしを呼べばよかったんだ」
 ああそうなのか、と妙なところで啓太郎は納得した。博人が言い直した言葉を聞いて、裕貴の前では堅苦しい『わたし』ではなく、『俺』を使っているのだと知った。最初に博人と会話を交わしたときにも、裕貴には『俺』と言っていたはずだが、あのときは啓太郎も動揺していて、さほど気に留めなかった。
 しかしこうしてあからさまに言い直されると、裕貴に対するのと、他人も同席している状況では、博人の対応は違うのだと知る。
 裕貴は皮肉っぽく唇を歪め、首を横に振った。
「兄さんこそ、忙しいだろ。あの人の実家に顔出したりして」
「年末顔を出して、千沙子だけ置いてわたしは帰ってきた。こっちはこっちで用があったからな」
「……その用って、聞きたくないな……」
 露骨に顔をしかめる裕貴とは対照的に、博人は淡々とした表情を変えないまま告げた。
「――父さんが、温泉旅行に行くと言い出した」
「あの人まだ、日本にいたのっ?」
「来週には取材に発つそうだ。だからその前に、温泉でのんびりしたいそうだ。子供と一緒に。宿は予約を入れてあるから心配しなくていい。それと、裕貴も連れて来い、と言われた」
 見る間に裕貴の顔が真っ赤になり、博人を睨みつける。
「嫌だよっ」
「たかが二泊三日だ」
「そういう問題じゃないよ。なんで父さんも兄さんも、人の予定も聞かないで勝手に決めるんだよ。それに行くなら、二人で行けばいいだろ」
「わたしだけ行っても、父さんはつまらないだろう。あれでも、お前のことを可愛がっているんだ」
 裕貴がふいにこちらを見る。ドキリとした啓太郎に対して、裕貴の目は必死に『助けて』と言っているようだ。
 啓太郎も突然の事態に、内心は動揺している。できることなら、行くな、と言ってやりたいが、そう言えるだけの理由が準備できないし、言う権利もない気がした。なんといっても博人は、裕貴の兄だ。それに父親が、裕貴を旅行に連れて行きたいと言っているのだ。
 威圧的なものを感じて視線を博人に向けると、冷ややかな眼差しがじっと啓太郎を見据えている。その眼差しは、裕貴のすがりつくような眼差しよりも強烈だ。
 はっきりしているのは、啓太郎には裕貴を庇ってやれる理由がないということだ。博人に、裕貴との本当の関係を告げ、『裕貴とのんびり過ごしたい』ぐらい言い放たなければ、納得してくれないだろう。
 啓太郎は裕貴の肩を軽く叩く。
「こんなときぐらい、家族と一緒に過ごしてこいよ。家族と一緒なら、引きこもりのお前でもそんなに気を張らないだろ」
 裕貴は目を大きく見開いてから、唇を噛む。
 結局、裕貴は旅行に行くことになり、すぐに荷物をまとめてくると言って奥の部屋に引っ込む。玄関には啓太郎と博人が残された。
「――助かりました」
 突然の博人の言葉に、啓太郎は首を傾げる。
「えっ?」
「わたしが言ったぐらいでは、裕貴は旅行になんてついてきてくれませんでしたよ」
「あー、いえ……。休みの間、俺も裕貴の世話になりっぱなしも心苦しいので、つい余計なことを言ってしまいました。それに、こんなときぐらい家族と過ごすのがいいと思いますし」
 裕貴が出かけるのなら、いつまでもここにいるわけにはいかない。啓太郎は靴を履こうとしたが、奥から裕貴の声がする。
「啓太郎っ、まだそこにいてよっ」
 思わず博人と顔を見合わせると、珍しく博人が苦笑めいた表情を浮かべた。
「弟がすみません」
「いえ……。俺もかなり慣れてきたんで、気にしてません」
 十分とかからず裕貴は出かける準備を整え、バッグを持って玄関に再び姿を現した。
 いつものように目深にニットキャップを被って、大きめのダウンコートを羽織り、首元にはしっかり、啓太郎が贈ったマフラーが巻かれている。よく見てみれば、ダウンコートのポケットからは、手袋が少し出ていた。意識しないまま啓太郎の口元は綻びそうになり、寸前のところで表情を引き締める。
「みんなして、おれが引きこもりだって忘れてるだろ。平気で外に引っ張り出して」
 ごく自然に博人は裕貴の手からバッグを受け取り、当の裕貴は何事もなかったようにシューズボックスからブーツを取り出した。
 こいつの日常にブーツなんて必要なのだろうかと思い、ついじっと見つめていると、啓太郎の視線に気づいたのか裕貴が顔を上げる。
「……大学行ってる頃に、兄さんが買ってくれたんだ。おれの場合、新しい靴なんて買う必要ないからね」
 博人がわずかに目を細めてから先に玄関を出る。啓太郎も靴を履いてあとに続こうとしたが、裕貴にそっとトレーナーの裾を掴まれ引っ張られた。
 何事かと思って振り返った瞬間、裕貴が声を上げた。
「あっ、忘れものした。取ってくるから、兄さん外で待ってて」
 啓太郎も、とは裕貴は言わなかった。博人は物言いたげな表情を一瞬浮かべてから、頷く。
 裕貴はブーツを脱ごうとしていたが、玄関のドアが閉まり、博人の姿が見えなくなった途端、ピタリと動きを止めた。
 憂鬱そうにため息をついた裕貴が肩に額を擦りつけてきたので、啓太郎は慌てながらドアの向こうの気配をうかがう。
「おいっ……」
「兄さんなら大丈夫だよ」
「……お前、博人さんは勘がいいとか言ってなかったか?」
「そんなこと言ったかな」
 とぼけられ、啓太郎は思わず笑ってしまう。裕貴がしがみついてきて、両腕でしっかり抱き締めてやる。
 思いがけない形で裕貴との甘い時間を終わらされ、自分がひどく残念がっているのだと、このとき啓太郎は強く実感していた。許されるなら、いつまでも裕貴をこうして抱き締めていたかった。
「ごめんね、啓太郎。ずっと一緒にいるつもりだったのに。おれの父さんが――」
「こんなときなんだから、家族で過ごすほうが大事だ。滅多にないことなんだろ? 俺とお前は……いつでも会えるんだし」
「いつも仕事で忙しいくせに」
 そんな憎まれ口を叩きながら、裕貴のほうから啓太郎の唇に軽くキスしてきた。啓太郎は裕貴の唇を貪り返そうとしたが、甘えるような声でたしなめられた。
「唇、赤くなるから吸っちゃダメだよ。……舌だけ」
 差し出された舌を微かに濡れた音を立てて吸ってやる。反対に啓太郎も舌を吸ってもらってから、二人は差し出し合った舌を擦りつけ、絡ませる。最後にもう一度裕貴に舌を吸われてから、きつく抱き合う。
 ぽつりと耳元で裕貴が洩らした。
「本当は、行きたくないんだ」
「寂しくなったら、いつでも電話してこい」
 うん、と返事をした裕貴は、いつになく素直だった。
 体を離し、お互い不自然なところはないか確認してから、啓太郎がドアを開ける。裕貴が鍵をかけている間、さすがに、まともに博人を見ることはできなかった。
「――じゃあね、啓太郎」
 博人に促されて歩き出しながら、振り返った裕貴がそう声をかけてくる。啓太郎は軽く手を上げて応じ、裕貴は透明感のある笑顔を浮かべた。
 その表情を目にした途端、啓太郎はふいに、裕貴を引き止めたい衝動に駆られた。なぜか前触れもなく、嫌な予感がしたのだ。裕貴を行かせてはいけない、と。
 確信のない予感――。自分で自分の感覚が信じられなくて逡巡している間に、裕貴と博人の後ろ姿は見えなくなり、啓太郎が感じた嫌な予感も、曖昧な余韻だけを残して消える。
 啓太郎は半ば呆然として、その場に立ち尽くしていた。









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