Sweet x Sweet

[20]

 今日のシステム開発部の空気は少し浮き足立っていた。もうダメだという思いを何度も味わってきたので、それを乗り越えてシステムが実用化されるのだから無理もない。
 ただ、本当に喜べるのは、無事にシステムが起動できれば、の話なのだが。
 モニターを眺めながら啓太郎は、到底浮かれた気分にはなれなかった。普段の自分なら、確かに上機嫌になっているかもしれないが、今は仕事よりもむしろ、プライベートのほうに危険を孕んでいる気がする。
 啓太郎にとってのプライベートとはもちろん、裕貴のことだった。啓太郎にはどうしても、年が明けてからの裕貴は、心が揺れ続けているようにしか思えない。
 心が揺れる原因は、兄や父親から、実家に戻るよう説得されたからではないかと推測していた。問題なのは、そのことに関して裕貴が、啓太郎に気持ちを明かしてくれないことにある。
 心の揺れを悟られたくなくて、裕貴は自分に話してくれないのだろうか――。
 こう考えるたびに、啓太郎の心は大きな不安に襲われるのだ。裏を返せば、それだけ啓太郎にとって裕貴は、生活に欠かせない、大事な存在になったということだ。
 デスクに頬杖をつき、ため息をつく。
 実家に帰るな、と裕貴に言いたかった。だが、そう言う権利が啓太郎にはない。少なくとも今の関係では。
 ここでモニターを見て、今日中に済ませる予定だったテストが、なんの問題もなく完了していることを知る。さすがに、ここまできて問題が起こると困るが、順調すぎるのも、逆に怖い。
 啓太郎は眉をひそめてモニターを凝視していたが、腕時計で時間を確認してから、たまらずパソコンの電源を落とす。
 さすがにもう、今日はこれで帰ることにした。また何か起こったとき、いつ地獄のような日々に追い込まれるかわかったものではないので、実行に移すなら今しかない。
 慌ただしく帰り支度をした啓太郎は、誰かに呼び止められる前に会社を飛び出す。さすがに今日はもう、会社から電話がかかってきたとしても、出る気はなかった。
 SE失格だと、念仏のように口中で唱えながらの啓太郎の願いは叶えられたのか、マンションに戻るまで携帯電話が鳴ることはなく、無事に、裕貴の部屋の前に立つ。
 呼吸を整えてインターホンを鳴らしたが、応答はなかった。啓太郎は、漠然とこの事態を予測していた。
 裕貴は出かけていないかもしれない、と。
 どうやら実家のリフォームの計画は順調に進み、裕貴も無視できない状況らしい。それ以外で、今の裕貴が部屋を出る理由は見当たらない。
 やむをえないとわかってはいても、取り残されたような寂しい気持ちになりながら、啓太郎は自分の部屋へと帰る。
 誰もいない部屋に一人で入るのは嫌だと言った裕貴の言葉が、今になって身に染みる。
 もう何年も一人暮らしをしているというのに、啓太郎は、誰もいない自分の部屋の空気が重苦しく寒々しいものに感じられ、足を踏み入れるのに多少の覚悟を必要とする。
 こんな些細なことで、自分の中で大きさを増した裕貴の存在感を痛感していた。


 何も食べる気も起こらず、風呂に入ってからぼんやりしていると、インターホンが鳴る。
啓太郎は過剰に反応して、勢いよくコタツから出ていた。ここで我に返り、自分の行動が気恥ずかしくなる。
 これではまるで、飼い主の帰りを待つ従順な犬そのものだと感じたのだ。実際そのとおりなのかもしれないが、素直には受け入れがたい現実だ。
 もう一度インターホンが鳴り、一呼吸ついた啓太郎は、もったいぶるようにゆっくりとインターホンに出た。
『――開けて』
 腹が立つほど短い裕貴の一言に、危うく怒鳴り返しそうになったが、ぐっと堪える。これは単なる八つ当たりだと思ったのだ。
 啓太郎が黙ってドアを開けると、案の定、ダッフルコートを羽織り、マフラーに手袋までした裕貴が寒そうに首をすくめて立っていた。いかにも、外から戻ってきたという格好だ。
「寒い……」
 そう洩らして裕貴がドアの隙間から身を滑り込ませてくる。啓太郎はドアを閉めながら、率直に疑問を口にした。
「お前、先に自分の部屋に戻らなかったのか」
「だって、おれの部屋寒いもん。電気がついてるの見えたから、啓太郎が帰ってきてるってわかったし、だったら、まっすぐこっちに寄ったほうがいいだろ? 部屋が暖かいんだから」
「……もう少し、可愛げのある言葉はないのか、お前……」
 現金な裕貴に呆れながら、部屋へと上げる。ダッフルコートを脱ぎ、マフラーと手袋を外した裕貴は、すぐにコタツへと潜り込み、幸せそうな表情を浮かべる。その様子に、思わず啓太郎の口元は綻びそうになるが、寸前で堪えた。
 裕貴を待ちながら、ずっと啓太郎を苛んでいた感情は、こんなことでは消えない。
「実家のリフォームのことで出かけてたのか?」
 キッチンに立って湯を沸かしながら問いかけると、隣の部屋から気の抜けたような声が返ってきた。
「そうだよ……」
「お前一人で――そんなわけないか」
 啓太郎の呟きが聞こえたわけではないだろうが、裕貴が言葉を続ける。
「リフォーム会社の人に実家を見てもらって、それでいろいろ相談しながら見積りしてもらってたんだ。といっても、話してたのは兄さんばかりだけど。おれなんて、立ち合う必要ないんじゃないかな」
 裕貴はわかって言っているのだろうかと、啓太郎は苛立ちを覚える。博人は、ただ裕貴と一緒の時間を過ごしたいがために、実家に呼んだのだ。
 実家のリフォームというのは、いい理由だ。工事の進捗状態を確認するため、と言っては、何度も裕貴を呼び出せる。裕貴にしても、博人がいるのならさほど身構えることなく出かけられるはずだ。何より、実家に顔を出し続けることで、里心がつくかもしれない。
 そうなることを啓太郎は恐れているが、行くなとも言えない。
 コーヒーを入れたカップを手に隣の部屋に行くと、裕貴は仰向けで寝転がっていた。どうやら疲れたらしい。
「メシは食ったのか?」
 カップを置いてから、啓太郎もコタツに入る。
「うん……。兄さんと食べてきた。――……懐かしかった。子供の頃、よく兄さんと行ってたレストランなんだ」
 ぼんやりとした表情で話す裕貴だが、視線はまっすぐ天井に向けられている。何かを考え込んでいるようだ。
「楽しかったか?」
 啓太郎の問いかけに、やっと裕貴はこちらを見て、露骨に顔をしかめる。
「本気で言ってる? 楽しいわけないだろ。リフォームの見積りなんか立ち合ったって、楽しくもないし、工事に入るまでに、片付けはしないといけないし。面倒だよ。それに――」
 疲れた、とぽつりと洩らしてから裕貴は体を起こし、砂糖とミルクをたっぷり入れたコーヒーに口をつける。幼い仕種で熱いカップを持つ裕貴を眺めながら、つい啓太郎はこんなことを口にしていた。
「――……引きこもりが治る、いいきっかけができたじゃねーか。もう一人で外に出るのも平気みたいだな」
 途端に裕貴から冷めた視線を投げつけられる。内心で啓太郎はドキリとした。今の言葉は、聞きようによっては皮肉だ。裕貴の気を悪くしただろうかと思ったが、そうではなかった。
 息を吹きかけてコーヒーをもう一口飲んだ裕貴は、深いため息をつく。
「言っただろ。おれの引きこもりの原因は、兄さんだって。その原因とたびたび顔を合わせて、精神衛生上、いいと思う?」
「……よく、ないのか……」
 啓太郎が呟くと、何かを思いついたように裕貴は目を輝かせ、コタツに足を入れたまま体の位置を動かし、啓太郎の腕を取って引っ張る。あっという間に裕貴がピタッと体を寄せてきた。
「おれは外を平気で出歩けるようになるより、啓太郎とこうできるほうが今は嬉しい」
 体にかかる心地いい重みを感じながら、啓太郎は裕貴のつむじを見下ろす。ここで、胸にわだかまり続けていた不快な感情は淡く消えてなくなっていた。
「お前はあまり――」
 可愛いことを言うな。啓太郎は口中で洩らすと、片腕を裕貴の肩に回し、しっかりと抱き寄せる。すると顔を上げた裕貴が無邪気な顔で笑いかけてきた。中身の生意気さと、その笑顔とのギャップに、啓太郎はあっさりやられてしまう。
 薄い肩をぎゅっと掴みながら、思わずこんなことを口にしていた。
「俺は、お前が引きこもりをやめたら、反対に今度は、俺がお前を部屋に閉じ込めるようになるかもしれないな」
 啓太郎の率直な言葉に裕貴は目を丸くしてから、次の瞬間には、からかうように頬を突いてきた。咄嗟に自分の発言を後悔したが、もう遅い。
 裕貴が目を輝かせながら、伏せた啓太郎の顔を下から覗き込んできた。
「――啓太郎ってもしかして、独占欲が強い?」
「お前、何聞いてくるんだ……」
「だって今の言葉、おれを外に出したくないってことだよね。お前を、俺だけのものにしたい、って告白じゃないの?」
「……どういう耳をしてるんだ。お前の耳は」
 裕貴の両耳を引っ張りながら、機嫌が悪くなったふりをして誤魔化そうとしたが、じっと見つめてくる裕貴の眼差しには勝てなかった。
「おれが可愛いから、外でふらふらされると、心配でたまらないんだろ」
 冗談のつもりで裕貴は言ったのかもしれないが、否定できない。啓太郎は大きくため息をつくと、裕貴の両頬をてのひらで包んでから、髪に唇を押し当てる。
「お前はなんだか、しっかりしてるようで、危なっかしい」
「少なくとも、啓太郎よりしっかりしてると思うけど」
「そういう意味じゃない。お前が本気になったら、お前を甘やかしたい奴はゴロゴロと出現するんだろうな。そしてお前は、甘え上手だから――」
「誰かれかまわず、ついていきそう?」
 ひどい言い方だと自覚しつつも、啓太郎は肯定する。一方の裕貴は、怒るどころか、機嫌よさそうに声を洩らして笑った。
「大丈夫だよ。おれの人見知りは筋金入りだから、引きこもりをやめたとしても、簡単に誰かと仲良くなったりしない。それに、浮気はしない性質なんだよ。こう見えてもおれ、けっこう一筋だよ」
 その発言は反則だ。啓太郎はあっさり裕貴に翻弄されてしまう。
 裕貴をしっかりと両手で抱き締めると、ぼやくようにこう洩らしていた。
「……俺は、恋愛にはのめり込めないタイプだと思っていたんだけどなあ……」
「好きすぎて困る?」
「うん、と答えたら、俺たちは立派なバカップルだぞ」
「えー、いままでだって、その片鱗あったじゃん」
 体を離した啓太郎は、裕貴の顔を真剣な表情で覗き込む。
「そうか?」
「自覚なかったの」
 顔をしかめた啓太郎に対して、裕貴は笑いながら頬をつついてくる。気にせず、じっと見つめ続けていると、ゆっくりと笑みを消した裕貴のほうから抱きついてきた。
「――もう、おれは関わらない」
 裕貴がぽつりと洩らした言葉の意味がわからず、顔を覗き込もうとしたが、肩に額を擦りつけて拒まれた。
「裕貴?」
「実家のリフォームは、兄さんに任せる。どうせ、おれがいなくても工事はできるし。完成したら、そのときは啓太郎と一緒に見にいけばいいんだよ」
 こんなことを言いながら裕貴がどんな表情をしているのか気になり、啓太郎はあごに手をかけて顔を上げさせる。泣きそうな顔をしていた裕貴だが、間近で目が合うと、にんまりと笑いかけてきた。
「ということで、おれは引きこもりに戻るよ」
「……戻るも何も、周囲の人間が、お前を強引に連れ回していたというか……」
「だったら、おれを連れ回していいのは啓太郎だけ、ということに決めた」
 単純だが、裕貴の言葉が嬉しかった。つまらない啓太郎の独占欲は、あっという間に満たされていく。
 裕貴の首の後ろに手をかけ、そっと引き寄せると、裕貴のほうから軽く唇を吸ってきた。
「それで、いい?」
 尋ねてきた裕貴の目には、不安の色がちらついていた。普段、挑発的なほど強い光を湛えているというのに、なんという目をしているんだと思いながら、啓太郎は強い口調で応じた。
「いいに決まってるだろ」
 裕貴が笑みをこぼしたのを確認してから、今度は啓太郎が裕貴の唇を吸い上げ、そのまま二人は吐息を洩らしながら唇を重ねる。
 裕貴の手が、啓太郎の着ているトレーナーの下に入り込んできて、熱くなっている肌に、さらに熱い指先が這わされる。たったそれだけの感触に、ゾクゾクするような愉悦を覚え、
啓太郎も裕貴が着ているTシャツをたくし上げるようにして肌に触れていく。
「お前、外に行くのに、こんな薄着にコートを引っかけただけだったのか」
「だって、タクシーに乗って家に行くだけだし」
「それでも、また風邪ひくぞ」
「――そうしたら、啓太郎につきっきりで看病してもらう」
 やっと裕貴が、いつもの挑発的な眼差しを向けてくる。その目に見入られたように、啓太郎は目許に唇を押し当て、次に白い耳にも触れる。
 感情の高ぶりのまま、素直な気持ちを抵抗なく口にできた。
「お前が好きだ……。生意気で、俺を振り回してばかりなのに、そんなお前のことを、たまらなく愛しく感じる」
 ふいに裕貴の両手が頬にかかり、顔を覗き込まれる。照れたように笑いながら、裕貴がぽそぽそと囁くように言った。
「そういう言葉、もっと言ってよね。優しいくせに、そういうところ鈍感だよね、啓太郎って。なんで彼女と長続きしなかったのか、わかる気がする」
「うるさい。それと、……努力する」
 裕貴と少しでも長く、心地のいい関係を続けていきたいから――。
 さすがにキザすぎて、この台詞は口には出せない。ただ、心の中で強く願うだけだ。その想いが通じたのかどうか、裕貴が首にしがみついてきたので、軽い体を受け止めながら啓太郎は厳かに提案した。
「……ベッドに行かないか?」
「スケベ」
 裕貴の返事に、ムキになって言い訳しようとしたが、次の瞬間にはコクリと頷かれた。
 啓太郎は裕貴を伴ってベッドへと移動すると、すぐに細い体を押し倒そうとしたが、反対に裕貴に胸を押されて、啓太郎のほうがベッドに仰向けに転がる。
「おい、裕貴……」
「最初の頃からおれ、言ってたよね。気持ちよくしてあげるって」
 言いながら裕貴の手が、啓太郎が穿いているスウェットパンツの前に這わされる。意図を察した啓太郎は、慌てて裕貴の手を押し退けようとしたが、裕貴は小さく笑った。
「本当に優しいね、啓太郎は」
 そう言いながらも裕貴の手の止まることはなく、啓太郎のものは布越しに柔らかく刺激される。感じる心地よさが、なぜか啓太郎を不安にさせる。
 裕貴はもう笑っておらず、強い光を放つ目でじっと見つめてくる。
「だけど、知るべきだよ。とっくに気づいてるんだろ? おれが――男に慣れてるって」
「俺は別に、お前が前に誰とつき合ってようが気にしない。それを言うなら俺だって、お前の前でさんざん、過去につき合ってた女の話をしている」
 一瞬、つらそうな顔をしてから裕貴が目を伏せる。
「……啓太郎がしてきた恋愛とは、違うよ……」
 このときの裕貴の言葉を、同性同士の恋愛だから、という意味で啓太郎は捉えた。確かに間違ってはいなかったが、もっと深い意味が込められていたと知るのは、そう遠いことではなかった。
 啓太郎は口を開きかけたが、次の瞬間には唇を引き結ぶ。
 裕貴が、引き出した啓太郎のものに顔を近づけ、唇で触れてきたからだ。
「裕貴っ……」
 痺れるような熱い感覚が背筋を駆け抜ける。動けなくなった啓太郎にかまわず、裕貴は舌を這わせてから、ゆっくりと口に含んでいく。すでに何回か、啓太郎が裕貴にしてやっていた行為だった。
 あっという間に制止する気力を奪われた啓太郎は、黙って裕貴を見つめる。ときおり上目遣いに見上げてきながら、裕貴は熱心な愛撫を続け、それに伴い、啓太郎の中で快感も高まってくる。
 素直には認めがたいが、目を背けるわけにもいかない。裕貴の愛撫は巧みで、情熱と興奮のみで施す啓太郎の愛撫とはあまりに違いすぎた。
 狂おしい嫉妬と快感に呑まれながら、とうとう啓太郎は裕貴の頭に手をかける。髪を撫でてから、頬に触れると、濡れた目でこちらを見つめてきながら裕貴が微かに微笑んだように見えた。
 裕貴の舌が、高ぶったものの先端に丹念に這わされる頃になると、啓太郎は天井を見上げて大きく息を吐き出す。
 しっとりと湿った口腔の粘膜に包み込まれ、柔らかく締め付けられながら吸引される。奥歯を噛み締めて快感に耐えていたが、すっかり反応して逞しくなったものを、裕貴の舌に何度も舐め上げられるようになると、我慢はそうもたなかった。
「……裕貴、もういい」
 呻くように声を洩らした啓太郎は、裕貴に顔を上げさせる。不安そうな目で見つめられ、これだけで理性など崩壊した。
 裕貴の腕を掴んで引き寄せると、今度は啓太郎が、ベッドに押し付けた裕貴の上に覆い被さり、乱暴にTシャツを脱がしていく。
「啓太郎……」
「今度は俺がしてやる。お前が余計なことを考えなくて済むよう、気持ちよくしてやりたい」
 啓太郎、ともう一度呟いた裕貴が、今にも泣き出しそうな、だけど唇を震わせながら笑みを浮かべるという複雑な表情を見せた。これが、裕貴の素直な気持ちなのかもしれない。
 啓太郎は裕貴が穿いているジーンズと下着を引き下ろすと、足から抜き取りながら、余裕なく両足の間に顔を埋めた。
「け……、太郎――」
 切ない声を上げた裕貴が、ゆっくりと仰け反って強張った息を吐き出す。そんな裕貴の緊張を溶かすように、片手で掴んだ裕貴のものを何度も丹念に舐め上げ、ゆっくりと身を起こし始めると、括れを舌先でくすぐる。
「あうっ……」
 ピクンと腰を震わせて、裕貴が啓太郎の頭に手をかけてくる。優しく先端を吸ってやりながら、柔らかな膨らみを丁寧に揉み込むと、体全体をくねらせ始めた。
 こんな愛撫すら、裕貴はすでに誰かに与えられ、快楽を教え込まれているのだ。そう考えた啓太郎の胸には、狂おしいほどの嫉妬の炎が渦巻く。自分勝手な感情だとわかっていながら、どうしようもない。
 透明なしずくを滲ませ始めた先端を何度も舌先でくすぐりながら、裕貴の内奥の入り口を指の腹で擦り上げる。素直な裕貴のそこはすぐにひくつき、ほんのりと興奮の色を強めていく。
「うっ、あぁ……、や、だ、啓太郎、もっと、触って」
 泣いているかのような声で訴えた裕貴が、髪を掻き乱してくる。啓太郎は指を舐めて濡らすと、内奥の入り口を濡らしながら柔らかくしていき、慎重に挿入していく。一方で、すっかり反り返った裕貴のものを口腔に深く呑み込んだ。
「んんっ、ん、んあっ、は、ああ――……」
 深い吐息をこぼして裕貴は間欠的に腰を震わせる。その動きに合わせて、内奥に含ませた指が締め付けられ、啓太郎は熱く狭い場所を捏ねるようにして解していく。
 二本目の指も濡らして、揃えて内奥に挿入し直すと、繊細で感じやすい粘膜と襞を撫でるように擦り上げる。口腔で裕貴のものが震え、さらに硬さを増していた。
 もっと裕貴を感じさせてやりたいと思った啓太郎は片手を伸ばし、裕貴の薄い腹部にてのひらを這わせる。そのてのひらを胸元へと移動させると、意図を察したように裕貴に手を取られ、胸の小さな突起へと導かれた。
 すでに凝った突起を指先で弄りながら内奥をまさぐり、裕貴が敏感に反応する浅い部分を指で押し上げる。同時に、口腔に含んだ裕貴のものをきつく吸い上げると、あっさりと裕貴は陥落した。
「くうんっ」
 短く鳴き声を上げ、裕貴が啓太郎の口腔に絶頂の証を迸らせる。迷うことなく啓太郎は、すべて受け止めて飲み干した。
 顔を上げた啓太郎は、顔を上気させて涙ぐんでいる裕貴の顔を見下ろす。照れ隠しのつもりなのか、涙で潤んだ目で睨みつけられた。
「……そんなことまで、しなくていいのに……」
「お前だって、俺が望めばしてくれただろ?」
「おれは……いいんだよ」
 苦笑した啓太郎は、すでに汗で濡れている裕貴の前髪を掻き上げる。すると裕貴に手を握り締められ、頬を寄せられた。
 そんな裕貴を見下ろしながら、指の届く範囲で内奥を掻き回し、蕩けるほど柔らかくしていく。裕貴はときおり声を上げながら、緩やかに首を左右に振っては、すがるような目で啓太郎を見上げてきた。
 啓太郎が自分をどう思っているのか気になっているようにも見え、安心させるように裕貴に笑いかける。
 つまらない嫉妬は、裕貴を感じさせることで昇華させる。
 啓太郎はそう自分に言い聞かせながら、裕貴の胸元に顔を伏せ、尖ったままの突起を舌先で転がす。
「あっ」
 裕貴の両腕にしっかりと頭を抱き締められ、その感触が啓太郎には心地いい。早く、こいつの中に溶けてしまいたいと思う。
「悪い、裕貴。今日はもっと感じさせてやろうと思ったけど、俺がもたん」
「いいよ。おれも早く、啓太郎が欲しいよ」
「……お前なあ……」
 興奮を煽るようなことを口にするなと言いたかったが、行為の最中とは思えないほど、あどけない顔をした裕貴を見ると、どうでもよくなった。
 啓太郎は裕貴の内奥から指を引き抜くと、両足を抱え上げる。蕩けて熱くなった場所に、それ以上に熱くなった自分の高ぶりを押し当て、擦りつけると、それだけで愉悦を覚えたように裕貴が目を細めた。
 自ら両足を抱え持った裕貴の表情を眺めながら、啓太郎は内奥にゆっくりと押し入る。
「うっ、あぁ――。あっ、あっ、はうっ」
 啓太郎のものは熱い収縮感に包み込まれ、背筋に痺れるような快感が駆け抜ける。裕貴の内奥は、ヒクヒクと震えていた。
 少しでも裕貴を早く楽にしてやろうと、逞しい部分を呑み込んだばかりの内奥を擦り上げてやる。
「ふっ……」
 裕貴は首をすくめて腰を震わせた。啓太郎は、一度内奥から自分のものを引き抜き、すぐにまた含ませる。今度は一気に深くまで押し入ってから、裕貴の両足をしっかりと胸に押し付け、これ以上なく密着している部分を見つめる。
 恥ずかしいのか、裕貴は片手で自分の両目を覆ってしまったが、啓太郎がゆっくりと内奥深くを突き上げてやると、すぐに両手でシーツを握り締めた。
 息を弾ませながら裕貴がこんなことを言う。
「啓太郎、なんだかいままでと、違う」
「つらいか?」
 啓太郎の問いかけに、裕貴は笑って首を横に振った。
「そういうんじゃなくて……、おれのこと、遠慮なく扱っているというか――恋人って、こんな感じなのかなって」
「……お前、あんまり可愛いことばかり言っていると、どうなっても知らんぞ」
「どうなるの?」
 無邪気に問い返され、啓太郎は沈黙する。この小悪魔、と心の中では呟きながら。
 緩慢に腰を使いながら、再び反応して身を起こした裕貴のものをてのひらに包み込み、内奥を突き上げるのに合わせて擦り上げる。
「あっ、あんっ、んっ、い、い――……」
「ああ、お前を見ていたら、よくわかる。ここがまた、ヌルヌルだ」
 啓太郎は指の腹でわざと乱暴に、裕貴のものの先端を擦る。ビクンッと体を震わせた裕貴の内奥が淫らな蠕動を繰り返し、引き絞るように啓太郎の欲望を包み込んでくる。
 あどけないくせに、快感に対して貪欲で素直な体――。
 嫉妬と欲望が啓太郎の中でぶつかり合い、それが凶暴な感情を生み出しそうになる。その感情に身を委ねたくなったが、裕貴が必死に両腕を伸ばしてくる姿を見て、純粋な欲望が勝ってしまう。
 背にすがりついてくる裕貴の腕の感触を心地よく感じながら、啓太郎は一際強く内奥を突き上げ、動きを止めた。
 熱い迸りを裕貴の中に注ぎ込むと、裕貴はしなやかに身悶えながら吐息をこぼす。
 啓太郎は荒い呼吸を繰り返して、裕貴の頬を撫でる。艶やかに微笑んだ裕貴は、嬉しそうに頬をすり寄せてきて、快感だけでなく愛しさで、啓太郎の心も溶かしてしまう。
 もっとこいつを大事にしてやりたいと、強く思う。他の何も必要でないと裕貴に思わせるほど、あるだけの愛情を注いでやりたかった。
 このときの啓太郎は、裕貴が本当の恋人になったという実感に浮かれていた。
 裕貴の何もかもを受け止められた気になっていた。
「――おれ、啓太郎の恋人だよね?」
 啓太郎の想いに拍車をかけるように、甘い声で裕貴が尋ねてくる。裕貴の鼻先にキスした啓太郎は、低く囁いて応じた。
「ああ。大事な恋人だ」
 次の瞬間、思いきりしがみつかれたため、裕貴がどんな表情をしたのか啓太郎は見ることができなかった。ただ、しがみついてくる腕の強さを感じていれば、表情を確認しなくても十分だ。









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