Sweet x Sweet

[6]

 やっと三日ぶりに帰宅することができた啓太郎は、マンションのエレベーターの中でぐったりと壁にもたれかかっていた。
 仕事で疲れるのはまだいいが、今夜はその後、話のわからない上司と意味のない議論を延々と繰り返していたのだ。こちらがどれだけ『出来ない』と訴えても、『出来るはず』という理屈で押し通され、挙げ句に出た言葉が、『このプロジェクトには社運がかかっている』という言葉だ。
 この言葉に逆らえるSEなど、転職を考えている奴ぐらいしかいないはずだ。そして啓太郎は、今のところ転職は考えていない。
 会社を出る前に裕貴には、今日は帰れるのでメシを作っていてくれ、といった内容のメールを送っておいたので、すでにもう何か準備できているはずだ。
 これだけが俺の人生における楽しみだ――。
 自嘲気味に心の中で呟いてみたが、その想いとは裏腹に、自然に唇は綻んでしまう。これはこれで悪くないと、実は思っているのだ。
 裕貴は今夜は何を作ってくれているだろうかと考えながら、エレベーターを降りた啓太郎だったが、すぐに異変に気づいた。
 各部屋のドアが並ぶ通路に出ると、いつもこの時間、人気はない。だが今夜は違った。
「裕貴くん、聞こえてる?」
 遠慮がちに、だが必死さが伝わってくる女の声が耳に届き、啓太郎はドキリとする。
 裕貴の部屋の前に女の姿があり、ドアの向こうに話しかけているのだ。
 コートを羽織ったスーツ姿の女だった。髪をきちんと結い上げており、手にはバッグがある。一瞬、裕貴の母親かとも思ったが、よく見てみれば啓太郎と同年齢ぐらいだ。
 美人ではあるが、顔立ちの印象の強さは裕貴のほうが上のように感じられる。ただ、優しげで儚げな雰囲気を持っており、なんとなく庇護欲を刺激されそうなタイプだった。こういう女を好きな男は多いだろう。
 啓太郎も、裕貴の部屋の前に立っていなければ、女に多少の関心は持ったかもしれない。だが今の啓太郎にとっての関心は、裕貴の部屋の前で、見たこともない女が何をしているかということだった。
 なんとなく出ていきにくい空気を察し、足を止めて角に身を潜める。裕貴と女がどういう関係なのかも気になっていた。
 恋人――という感じはしない。これだけは確信できた。
「裕貴くん、お願いだから、ドアを開けて。顔を見ながら話をしたいの」
 諭すような口調で語りかけながら、女はインターホンをゆっくりと何度も押し続ける。蛍光灯の青白い光に照らされる女の横顔は、切羽詰っていた。
「せめて、顔だけでも見せてくれない?」
 女が何度も声をかけていると、突然、中からドアが開き、裕貴が姿を見せた。一瞬女は笑顔を浮かべかけたが、裕貴は無表情で、冷然とした声で告げる。
「――二度とここに来るなと言ったはずだ。おれはあんたに用はない。あんただって、本当はおれなんてどうでもいいんだろ」
「そんなことないっ」
「でもおれにとっては、あんたはどうでもいい存在だ。だから放ってほしい。……二年前からそう言い続けてるはずだ」
 二年前、という言葉に啓太郎はハッとする。裕貴が引きこもり始めたのも、二年ほど前だったはずだ。
 何か関係があるのだろうかと思い、啓太郎はつい身を乗り出す。このとき、気配を察したようにこちらを見た裕貴と目が合った。
 裕貴が動揺したように顔色を変える。裕貴のこんな反応を見たのは初めてだった。
「……とにかく帰ってくれ。あんたにここに来られると迷惑なんだ。わかってるだろ。おれがどれだけあんたを嫌ってるか」
 裕貴が女を突き飛ばし、後ろによろめいた女は泣きそうな顔で裕貴を見つめたあと、黙ってその場を立ち去る。このとき、立ち尽くしている啓太郎と目が合い、驚いた表情のあと、会釈してきた。
「この間――……」
 女は遠慮がちに啓太郎に話しかけてこようとしたが、すかさず裕貴の鋭い声が通路に響き渡る。
「その人に余計なことを言うなっ」
 大きく体を震わせた女は、顔を伏せてエレベーターホールへと走っていき、まだ停まったままだったエレベーターに乗り込んで姿が見えなくなる。
 呆気に取られた啓太郎は、エレベーターの扉が閉まるまでただ見ているしかなかった。
「――羽岡さん、いつまでそこに突っ立ってるの」
 声をかけられて振り返った啓太郎が見たのは、痛みを感じているようにつらそうな顔をした裕貴だった。
 啓太郎の視線から逃れるように裕貴が玄関に引っ込み、啓太郎も慌てて裕貴の部屋に向かう。裕貴はキッチンに立っていた。
「おい……」
 靴を脱ぎ捨てた啓太郎はアタッシェケースを床に置くと、裕貴の背後に立つ。すでにメシの準備は終わっているようで、食器が重ねて置いてあった。
「今の、誰だ」
 思いきって尋ねてみても、裕貴から返事はない。啓太郎が肩に手をかけると、パッと体ごと振り返った裕貴に笑いながら言われた。
「先に着替えてきたら? その間にテーブルに並べておくからさ」
 裕貴が誤魔化そうとしているのだとわかり、啓太郎は急に腹立たしさを覚える。両手でしっかりと裕貴の肩を掴み、顔を覗き込む。
「さっきの女は誰だと聞いてるんだ」
「知ってどうするの?」
 まっすぐ見つめ返されて裕貴に言われる。啓太郎はさらに腹立たしさを覚えながら、吐き出すように答えた。
「理由はない。ただ気になるんだ」
「それだけ?」
「悪いかっ」
「……悪くないよ」
 そう言って裕貴は小さく苦笑を洩らしたが、その大人びた表情に、啓太郎は気恥ずかしくなってきた。これではまるで、自分のほうが駄々をこねて裕貴を困らせているみたいだと感じたのだ。
 裕貴は視線を逸らしながら端的な説明をしてくれた。
「――あの人は、おれのストーカーみたいなもの」
「ストーカー?」
 からかわれているのかと思ったが、裕貴の顔は真剣だ。コートの襟に触れられ、啓太郎はやっと、自分がまだコートも脱いでいないことを思い出した。
 裕貴の反応をうかがいつつ、コートと、ついでにジャケットを脱いでネクタイも抜き取る。啓太郎は重く息を吐き出して、質問を再開する。
「ストーカーってことは、何かされてるのか?」
「何も。ただ、数年前に突然おれの目の前に現れてから……あんなふうに、つきまとう」
「さっき、二年前と言っていたのは?」
 裕貴は一瞬、痛みを感じたように顔をしかめた。
「……ちょっとした出来事があったんだよ、二年前に。そのとき強く言って、しばらく静かだったんだけど――最近になって見かけたんだってさ」
「何を……」
「出歩いているおれの姿」
 あっ、と啓太郎は声を洩らす。
「もしかして、俺と散歩に出たとき……」
「遠巻きに、おれの様子をうかがってたんだって知って、ゾッとした。それなのにあの女、心配だから、って、鬱陶しい感情を押し付けてくるんだ」
 急に何かを思い出したように裕貴が隣の部屋に行き、窓を開けてベランダへと出る。身を乗り出して地上の様子をうかがっているようだった。
「どうした?」
「この部屋を見ているんじゃないかと思ったんだ」
 裕貴は、さきほどの女を怖がっているというより、ひたすら嫌悪しているように見えた。ストーカーなどと言っているが、裕貴と女との本当の関係は別にあるはずだ。
 もっとも尋ねたところで、裕貴が何もかも話してくれるとは思わないが。
「……寒いから、中に入ろう。どれだけ見ていようが、部屋の中にまで入ってくることはないはずだ」
 啓太郎は裕貴の腕を掴んで部屋の中へと引っ張り込み、しっかりとカーテンを閉めてやる。それでも裕貴は窓の外を気にしている様子だ。
「黒――……、裕貴」
 どう呼びかけようかと迷ってから、初めて裕貴を名で呼ぶ。目を丸くした裕貴がじっと啓太郎を見つめてきた。
 恥ずかしさで逃げ出したくなりながらも、啓太郎は裕貴の長い前髪を優しく掻き上げてやって語りかける。
「悪かったな。俺が散歩になんて連れ出したから、面倒なことになって」
「……まったくその通り。元凶だね」
 可愛げのない裕貴の返事に、啓太郎は手を引こうとしたが、反対にその手を裕貴に取られた。啓太郎が後頭部に手をかけ引き寄せると、裕貴は素直に肩に頭をのせてきた。
「いいよ、気にしなくて。どうせいつかは、あの人はおれのところに来てたはずだから」
 言いながら裕貴の両腕が背に回され、ワイシャツ越しに、啓太郎の体温を求めるようにしがみつかれた。
 ふいに突き上げてくる、狂おしい感情の嵐に啓太郎は巻き込まれる。その状態に拍車をかけるように、顔を上げた裕貴が囁くように言った。
「――おれも、名前で呼んでいい?」
 啓太郎もしっかりと裕貴を抱き締めて頷く。
「ああ」
 すかさず裕貴が言った。
「啓太郎」
「……お前、年上をいきなり呼び捨てかよ」
「啓太郎さん、と呼ばせたいなら、新婚コースの料金をもらうけど」
「もう呼び捨てでいい」
 啓太郎の顔を覗き込んで裕貴が声を洩らして笑う。その顔を見ているとたまらない気分になり、啓太郎はキスしようとしたが、唇を塞ぐ寸前でせがまれた。
「もう一回、おれを呼んで」
 裕貴の耳元に唇を寄せ、啓太郎は名を呼んでやる。そのまま耳に唇を押し当てると、腕の中で裕貴の体が小刻みに震えた。
「啓太郎……」
 囁くように呼ばれ、啓太郎の理性は甘く蕩けた。裕貴の唇を塞いで、数日ぶりの感触をまず堪能し、次に味わう。
 やや強引に裕貴の熱く潤った口腔に舌を差し込むと、甘えるようにその舌を吸われる。二人は余裕なく舌を絡ませ、唾液を交わし合っていた。
 裕貴の口腔の粘膜を隈なく舐め回し、引き出した舌を痛いほど吸い上げ、甘噛みしてやる。
「ふうっ……」
 しなやかに身を震わせながら、裕貴が鼻から切なげな声を洩らす。唇を離しながら、まだキスを終えるのが惜しいというように舌先を擦りつけ合う。
 唾液が細い糸を引き、誘われるように啓太郎は、軽く濡れた音を立てて裕貴の下唇を吸ってやった。
 視線を伏せた裕貴が深い吐息を洩らし、その息遣いが啓太郎の唇をくすぐる。当然の衝動として、もっと裕貴を味わいたいという欲望が湧き起こっていた。
 これまでなら抑えられた欲望だが、ここ最近は歯止めが利かない。キスだけでは、啓太郎の欲望は抑えられないところにまできているのだ。
 連日の激務で疲れていることが興奮に拍車をかけ、腹が減っていることが動物的な衝動を増幅させる。何より、さきほど会った女の存在が、啓太郎を奇妙に苛立たせる。
 多分これは、子供じみた嫉妬なのだ。
 啓太郎は裕貴を抱き締め、その状態でベッドに座らせると、肩を押して仰向けに転がす。裕貴は慌てもせずに、覆い被さった啓太郎を見上げて言った。
「ご飯、冷めるよ」
「あとで温め直せないものか?」
 掠れた声での啓太郎の問いかけに、裕貴は唇だけの笑みを浮かべる。
「大丈夫。あとでおれが温め直してあげるよ」
 ベッドの上できつく抱き合いながら啓太郎は、裕貴が羽織っているカーディガンを脱がそうとする。
「この間みたいなことする? だったらおれが自分で脱ぐから、啓太郎は後ろ向いててよ」
 もう何年も呼び続けているように違和感なく、裕貴は啓太郎の名を呼ぶ。
 顔を上げた啓太郎は裕貴を見下ろしながら、片手をトレーナーの下に忍び込ませ、脇腹を撫で上げた。驚いたように目を丸くして、裕貴が体をよじろうとする。逃すまいと、啓太郎はさらに大胆に手を動かした。
 脇腹から胸元へと押し当てたてのひらを移動させた途端、目に見えて裕貴はうろたえる。
「何……?」
「俺は最初からわかっている。お前が俺と同じ男の体を持ってるってな。だから、自分の男の部分を隠そうとするな。俺は別に――お前を女の代用にしたいわけじゃない」
 裕貴の肉付きの薄い平らな胸元を撫でながら、啓太郎はもう片方の手を裕貴が穿いているカーゴパンツの前へと這わせる。裕貴の性を明確に示すものに触れた。
 顔を背けた裕貴が、耳まで真っ赤にしながら声を上げる。
「いいよ、羽岡さんっ。そんなことまでしなくてっ」
「――お前でも動揺することがあるんだな。今さっき、名前で呼ぶってことになったんだろ」
 からかうように啓太郎が指摘すると、気丈な瞳で睨みつけられたが、それも一瞬だ。
 トレーナーの下で啓太郎は慎重に指を這わせ、ようやくささやかな胸の突起に触れる。それだけで裕貴の眼差しは揺れ、何かを耐えるように唇を噛んだ。
 いままで見たことのない表情に啓太郎は加虐的なものを刺激される。ただ、裕貴に対してひどいことをしたいというわけではない。
 もっと裕貴をうろたえさせたというものだ。それに、快感を与えてみたい。
 カーゴパンツの中に手を入れようとすると、大きく目を見開いて裕貴は体を起こそうとしたが、その前に啓太郎が覆い被さって、唇を塞ぐ。
「んっ、んんっ」
 いつも余裕たっぷりに啓太郎のキスを受け止めていた裕貴が、必死に顔を背け、体の下から抜け出そうと抵抗する。
 いつもの啓太郎なら怯んでしまうだろうが、今夜は違った。ここまでやってしまい、あとに引けなかったというのもあるし、何より、感情の高ぶりが抑えられない。
 強引に手を進め、裕貴のものに直接触れる。もっと抵抗があるかと思っていたが、そんなことはなかった。もしこれが裕貴以外の男であったなら、こんな行為に及ぼうという気すら湧かなかっただろうが、とにかく裕貴は、啓太郎にとって特別だった。
 直接触れた途端、裕貴は体を強張らせてしまい、啓太郎は心を痛めるよりも、まずはこの隙に、と思っていた。
 カーゴパンツと下着を腿まで引き下ろしたのだ。
 裕貴が手探りで毛布を引き寄せようとしたが、啓太郎はその手を止める。
「俺は平気だから、隠さなくていい」
「……平気なわけ、ないだろ……。女としかつき合ったことがないって、胸張って言うような人が」
「お前に対しては平気だ。だからこんなこともできる」
 隠すものをなくした裕貴のものをてのひらに包み込み、優しく上下に擦ってやる。裕貴がベッドの上で身じろぎ、次の瞬間には体をよじろうとする。
 最初は本気で嫌がって逃げ出そうとしていた裕貴だが、無視できない感覚が押し寄せてきたのか、息遣いが弾んでくる。
 ここで一度行為を止め、啓太郎は大胆にカーゴパンツと下着を一気に下ろして脱がせてしまい、ベッドの下に落とした。
 裕貴の腰を引き寄せて両足の間を大きく開かせる。啓太郎は再び裕貴のものをてのひらに包み込んだ。裕貴のものは無反応ではない。次第に熱くなり、しなり始めている。
 啓太郎は夢中になって、裕貴の反応をもっと引き出そうとしていた。
「こんなコース、設定してないよ……」
 非難するように裕貴が言い、乱れた自分の息遣いを恥じるように口元に手の甲を当てる。やっと出た裕貴らしい物言いに、啓太郎は小さく笑ってしまう。
「考えろよ。マニアックなコースを考えるの、得意だろ」
 ここで啓太郎の頬に、裕貴が片手を伸ばして触れてきた。
「啓太郎が、おれに奉仕するコース、っていうのは?」
「……なんか、引っかかるものを感じるコース名だな」
「なら、おれを気持ちよくするコース」
 啓太郎は愛撫の手を止め、裕貴の唇に啄ばむようなキスを与える。
「気持ちいいのか? 俺に触られて」
 答えの代わりか、裕貴が唇に軽く噛みついてきた。
 裕貴が着ているトレーナーを胸元までたくし上げて、痩せた体を啓太郎はじっくりと眺める。どこから見ても男の体であることを、自分の網膜に焼付け、頭に叩き込む。
 この体に快感を与えたいと思っている自分の欲望を、そうやって再認識するのだ。決して錯覚ではない欲望だった。
 裕貴のものをてのひら全体を使って擦り上げながら、ときおり括れを指でくすぐる。そのたびに裕貴が腰を震わせ、小さく声を上げる。控えめな反応がかえって啓太郎の興奮を煽り、もっと裕貴の反応を見たくなる。
 興奮しているのは裕貴も同じか、青白い滑らかな肌がゆっくりと赤く染まってくる。特に鮮やかな赤を宿し始めたのは、啓太郎がてのひらで愛撫し続けている裕貴のものと、胸元の二つの突起だった。
 小さいながらも先端を尖らせた突起の一つを、もう片方のてのひらで転がすように刺激してやる。
 裕貴はビクリと胸元を反らして、喉の奥から声を洩らした。このとき見せた裕貴の切なげな表情に、啓太郎の理性は大きくぐらつく。
 愛撫を嫌がるように――求めるように、裕貴が啓太郎の両手にそれぞれ手をかけてきた。
「……一つ、聞いていい?」
 苦しげな息の下、急に裕貴がこんなことを言い出す。啓太郎は手を動かし続けながら応じた。
「なんだ」
「今、啓太郎、楽しい……?」
 なんてことを聞いてくるのかと、思わず啓太郎は苦笑を洩らす。一方の裕貴は真剣に聞きたいらしく、唇を引き結んで見上げてくる表情はまじめだ。
「楽しくは、ない」
 啓太郎はこう答えながら、ベッドに片手をついて裕貴の胸元に顔を伏せる。もちろんもう片方の手では、裕貴のものの愛撫を続けていた。
「ドキドキしている、というほうがわかりやすいか? 男の体にこんなふうに触るのは初めてだけど、どうすればお前が気持ちいいか、そんなことを考えながらお前に触って、お前が反応してくれると、本当に心臓の鼓動が大きくなるんだ」
 舌先で裕貴の胸の突起をくすぐると、裕貴の体が大きく震える。
「もっと、お前が気持ちいいと感じることをしてやりたくなる。……俺が金を払うんだ。だからお前は、もっと感じてみせろ。そうやって俺を満足させるんだ」
 たっぷり突起をくすぐってから、口腔に含んでゆっくりと吸い上げてやる。すると、裕貴の手が啓太郎の頭にかかり、引き寄せるように抱き締められた。
「……啓、太郎っ……。啓太郎」
 小さな突起を荒々しく吸い立ててから、さらに歯を立てて甘噛みする。ビクッ、ビクッと体を震わせてから、裕貴が深い吐息を洩らしたのを感じ、啓太郎は顔を上げる。
 発情した顔の裕貴と目が合い、そんな自分の反応を恥じるように裕貴は顔を手で覆おうとしたが、その手を払い除けて啓太郎は唇を塞いだ。
「あっ……ん、啓太郎――」
 舌を絡める合間に、すっかり熟しきった裕貴のものの先端を優しく撫でてやる。思惑どおりに裕貴が甘い声を上げ、啓太郎の唇に軽く噛みついてきた。裕貴なりの照れ隠しなのかもしれないと思うと、もっと淫らなことをしてやりたいという欲望に火がつく。
 裕貴から完全に主導権を奪い取り、啓太郎は夢中になっていた。
 左右の胸の突起を飽きることなく愛撫しながら、裕貴のものをこれ以上なく丹念にてのひらで擦り上げ、ときおり先端をくすぐる。
 待っていた反応が、やっと訪れた。
 胸元から顔を上げた啓太郎は、裕貴の両足の中心に視線を注ぐ。反り返った裕貴のものの先端から、堪えきれないようにトロリと透明なしずくがこぼれ落ちていた。
 透明なしずくを塗り込めるように、先端を指の腹で執拗に撫でる。
「い、やだっ……」
 悲鳴のような声を上げ、裕貴は腰を震わせる。ただ、逃げようとはしない。
 手の動きを速め、さらに追い上げながら、啓太郎は裕貴の顔を覗き込む。裕貴は息を喘がせ、ときおり首をすくめて声を洩らしていた。
「――裕貴」
 そっと呼びかけて、こめかみに唇を寄せる。伏せていた視線を上げ、裕貴が啓太郎を見つめてくる。そして花が綻ぶような笑みを浮かべた。
「啓太郎、すごく必死な顔してる」
「……笑うな。この状況で冷静でいられるわけないだろ」
「ということは、おれが感じてる姿見て、興奮してる?」
 してる、と正直に答えるのも情けなくて、啓太郎は返事の代わりに裕貴の唇にキスを落とす。互いの唇を夢中で吸い合っている最中に、啓太郎の手の中で裕貴は最後の瞬間を迎えた。
「んうっ」
 短く声を洩らした裕貴が両腕を伸ばしてしがみついてきて、啓太郎は片手で頭を抱き締めながら、裕貴の欲望を宥める。快感の残滓を受け止め濡れた手の中で、裕貴のものは震えていた。
 呼吸を落ち着けて顔を上げた裕貴が腰をもじつかせ、啓太郎の耳に唇を押し当ててくる。
「いつまで、触ってるんだよ。おれ、啓太郎みたいに精力有り余ってないんだけど」
 裕貴の言葉の意味がわかり、啓太郎は慌てて体を離す。下肢を引きずるようにして上体を起こした裕貴が、デスクのほうを指さした。そこにティッシュの箱があるのを見て、啓太郎は立ち上がる。
 濡れた手を拭って振り返ったときには、裕貴は捲れ上がったトレーナーを下ろし、腰から下には毛布を巻いていた。乱れた髪を掻き上げる裕貴の仕種が婀娜っぽくて、啓太郎はドキリとする。同時に、違和感も覚えていた。
 啓太郎は、初めて男の体に触れることに緊張して、今も地に足がついていない感じがする。なのに裕貴は冷静なような気がしたのだ。
 男に触れられていることに、まるで慣れているような――。
 啓太郎の視線に気づいた裕貴が唇だけで笑いかけてきて、両腕を伸ばしてくる。誘われるように啓太郎はベッドに戻り、裕貴を抱き寄せた。
 次の瞬間、首に絡みついた腕に力が込められ、啓太郎はバランスを崩す。気がついたときにはベッドに倒れ込み、裕貴が体の上に覆い被さってきた。
「おい――」
「おれだけ気持ちよくなったら、割りに合わないだろ」
 そう言って裕貴の指がワイシャツのボタンを外し始める。慌てて啓太郎は裕貴の手を握り締めて止めようとしたが、次の言葉で反対に啓太郎が動きを止めた。
「――おれ、巧いんだよ」
 そう言って裕貴は自嘲するような笑みを浮かべ、啓太郎の手を静かに押し退けた。
 ワイシャツの前を開かれ、下に着ていたTシャツを押し上げた裕貴が顔を伏せる。胸元に唇を押し当てられ、啓太郎は血が逆流するような欲情と、同じぐらいの激しい嫉妬を覚えていた。
 裕貴の言葉は暗に、啓太郎にしているようなことを他の『誰か』にしていたと物語っていた。巧みなキスも、その相手に教えられたのかもしれない。
 詳しく聞きたいが、怖くて聞けない。啓太郎は体を強張らせたまま、裕貴の行為を見つめるしかできなかった。問い詰めた途端、裕貴とこれまでのような関係を築けないと、薄々ながら予測できたのだ。
 自分に対してもどかしい怒りを覚えながら、啓太郎は両手で裕貴の頭を掴み、乱れた髪を丁寧に撫でてやる。
「今日は……そんなことなくていい。給料日前で、手持ちが厳しいんだ」
 なんとか啓太郎がこう言うと、裕貴は安堵したような寂しそうな、なんとも複雑な表情を見せた。
「じゃあ、サービスで、おれの肉枕にしてあげる」
 裕貴が、コトンと胸に頬を押し当ててくる。胸をくすぐる柔らかな髪の感触に、啓太郎はそっと息をついていた。
「肉枕って、これか……」
「啓太郎って、見た目よりもずっと筋肉あるよね。肉枕っていうより、筋肉枕――」
「どっちでもいい」
 どうでもいいことを話しているうちに、次第に欲情が落ち着いてくる。
 あれ以上裕貴に触れられていたら、自分の理性が持たなかったことは、容易に啓太郎は想像がついた。
 何をどうすればいいのかよくわからず、欲望のままに裕貴を振り回すようなことをしていたら――。
 啓太郎は、トレーナーの上から裕貴の背を撫でる。肉付きの薄い体は、少し手荒に扱っただけで壊しそうなほど、頼りなく感じられた。実際はそんなことはないのだ。抱き締めると、裕貴の体はしなやかで、青年らしいしっかりとした感触を持っている。
 それでも頼りなく感じるのは、裕貴という不安定な存在そのものが関係しているのかもしれない。
 小さく身じろいだ裕貴が乱れた髪の合間から、上目遣いに啓太郎を見上げてくる。
 啓太郎の剥き出しの胸元をそっと裕貴は撫でてきて、その感触にゾクリとするような肉の疼きを覚える。胸元を撫でてから裕貴が片手を伸ばしたので、察するものがあった啓太郎は黙ってその手を握り締めた。
 キュッと手を握り返してきた裕貴と、しばらくしっかりと指を絡め合っていた。









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