Sweet x Sweet

[9]

 裕貴に『帰る』と約束したこともあり、啓太郎はこの日、なんとかがんばって早めに会社を出ることにした。早めとはいっても、外はすっかり日が落ちてしまっている。
 社員の数人が会社に泊まり込んでいる中、帰る準備をするのはなかなか勇気が必要だが、今日のような日のために、誰よりも会社に泊まり込んでサウナ通いをしていたと思えば、感じる罪悪感など微々たるものだ。
 とにかく、朝の裕貴の様子が気になって仕方なかった。そうでなければ、他人のわがままにつき合えるほど、啓太郎は優しくない。
 裕貴はさんざん、啓太郎のことを『優しい』とからかってくるが、それは裕貴が甘え上手だというだけだ。本当の啓太郎は、これまでつき合ってきたどの恋人にも『優しくない』と言われ、責められ続けてきたような男なのだ。
 その啓太郎が、いくら甘え上手とはいえ、同性を――年下の青年を甘やかしているというのだから、我ながら笑いたくなる。もちろん、苦笑のほうだ。
 マンション隣の駐車場に車を停め、エンジンを切ってから腕時計に視線を落とす。プロジェクトの地獄のような進行の中、驚異的な帰宅時間だ。
 アタッシェケースを手に車を降りた啓太郎は、足早にマンションに向かっていたが、ふと、マンション前に立つ人物に気づいた。
 街灯や、マンションのエントランスからの照明に照らし出されるその人物の姿は、ひどく印象的だ。何をするでもなくただ佇んで、マンションを見上げているのだ。格好や物腰に少しでも問題があれば不審者だろうが、その人物は様子が違った。
 啓太郎と同じぐらいの長身に、いかにも仕立てのいいスーツを着た男で、その上に羽織った同じぐらい物のよさそうなコートが風に揺れている。スッと伸びた背筋と体躯のよさもあり、ただ佇んでいる姿が様になった。
 向けられている横顔だけ見ても、かなり整った容貌の持ち主だと知れる。啓太郎はどちらかといえば気安い感じがする外見だが、男は対照的に、近寄りがたさを放っていた。怜悧で、いかにも切れ者然としており、鋭い目をしている。表情らしい表情はないが、翳りのようなものが漂っていた。
 年齢は啓太郎より少し上ぐらいの、やけに印象的な男――。
 一体何者だろうかと思いながら男の側を通りかかった啓太郎だが、ハッとして、男が見上げる先に視線を向ける。単なる思い込みかもしれないが、裕貴の部屋の辺りを見ているような気がした。
 視線を感じたのか、男が静かに啓太郎を見る。横顔から感じたとおり、やはり整った顔立ちをしており、それが過ぎて酷薄そうですらある。
 啓太郎と目が合った男は、何も言わず軽く会釈をして歩き始めた。
 すれ違う瞬間、威圧的なものを感じる。踏ん張っていなければ、見知らぬ男のために危うく道を開けそうだった。
 振り返り、男の姿が消えるまで見送った啓太郎は、急いでエントランスへと駆け込む。なぜだか、男のことをすぐに裕貴に報告しなければならない気がした。
 勘違いにせよ、本能にせよ、啓太郎の直感が告げるのだ。あの男は危険だと。
 乗り込んだエレベーターの扉が五階で開くとすぐに飛び出し、裕貴の部屋のインターホンを何度も鳴らす。
 驚いた顔でドアを開けた裕貴は、パジャマの上からいつものカーディガンを羽織っていた。
「どうかした? 啓太郎……」
 裕貴の顔を見た途端、啓太郎の中で張り詰めていたものがプツリと切れる。思いきり肩を落として、大きく息を吐き出した。
「いや……、お前が朝、らしくないこと言うもんだから、心配だった」
「優しいなあ、啓太郎は」
 からかうように言われ、啓太郎の顔は熱くなってくる。今になって、自分は何をあんなに慌てていたのだろうかという気になった。
 ただマンションの外で、印象的な男とすれ違ったというだけなのだ。しかも、裕貴と関わりがあるという確証があるわけでもない。
 裕貴に腕を取られるまま靴を抜き、ダイニングに行く。すでにいい匂いが漂っていた。
「今日は炊き込みご飯にしてみた。それと、豚汁に和風入り卵。あと、肉好きの啓太郎にはスペアリブをつけてあげるよ」
 啓太郎はコートとジャケットを脱ぎながら、キッチンに立つ裕貴の後ろ姿を見つめる。
「裕貴、お前、調子はどうだ?」
「んっ? 風邪はもう平気。たまに咳は出るけど、それぐらいかな」
 そうか、と小声で洩らした啓太郎は、やっと気を取り直し、笑みを浮かべることができる。さきほど見かけた男に関しては、どうやら考えすぎだったらしい。
「元気になったら、夜中でもいいから、この辺りを一緒に散歩するか? お前は少し体を鍛える――とまでは言わないが、外気に触れたほうがいい」
「だから、外に出なきゃいいんだよ。そうすれば風邪も引かない」
「お前なあ……」
 肩を震わせた裕貴が、くっくと笑い声を洩らしながら冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出して渡してくる。受け取りながら啓太郎は、戸締りに気をつけろと言うつもりで、さきほど見かけた男のことを切り出した。
「さっき俺が帰ってくるとき、マンションの前に気になる男が立ってたんだ」
「気になる男?」
「いかにも不審者、という感じじゃないから、かえって気になった」
「へえ、どんな人? おれみたいに可愛いとか。啓太郎、けっこう面食いだから――」
 啓太郎はまじまじと裕貴の顔を見つめ、その裕貴が言葉を止めて首を傾げる。
「何?」
「バーカ」
 ムッとしたように裕貴が唇を尖らせ、啓太郎はわざと意地の悪い笑い方をする。すかさず裕貴に肩を殴りつけられた。
「残念だけど、お前みたいに『可愛い』男の子じゃなかったぞ」
「……嫌味ったらしい。おれだって本気で言ったんじゃないんだから……」
「いやいや、お前は本当に可愛いぞ」
 今度は本気で背を殴りつけられたので、裕貴をからかうのはそこまでしておく。怒らせると、晩メシも食わせてもらえないまま、部屋から叩き出されそうだ。
 開けた缶ビールを一口飲んでから、啓太郎はマンションの前で見かけた印象的な男の姿を脳裏に蘇らせる。
「――可愛くはなかったが……やたらイイ男だったな。俺みたいに」
 裕貴から思いきり冷たい眼差しを向けられた。さきほどの仕返しのつもりらしい。
「冗談だ」
「遠慮しなくていいよ。啓太郎はイイ男なんだから」
 可愛くない、と口中で呟いてから、不毛な嫌味の言い合いを終わりにして、話を戻す。
「スーツを着てた。年は、俺より少し上……、三十を少し出たぐらいだったな。イイ男というのはおいといて、やたら迫力があるんだ。そんな男が一人でマンションの前に立って、じっと部屋を見上げてるんだから、やっぱり気になるだろ?」
 キッチンに戻ろうとしていた裕貴の足が止まり、ぎこちない動きで啓太郎を振り返った。
心なしか、顔が少し強張っている。どうかしたのか尋ねようとした啓太郎より先に、裕貴は思いきったように尋ねてきた。
「……その人、部屋を見上げてたって、本当……?」
 言い様のない不安が足元から這い登ってくる。この瞬間になって、裕貴に言うべきでなかったと啓太郎は後悔したが、もう遅かった。
「ああ……。なんとなく、お前の部屋の辺りを見てるような気がした。前に、お前の部屋の前に女が来てたときの印象があるから、単に俺の思い込みかもしれないが」
 目に見えてそわそわと落ち着きをなくした裕貴は、何かを思い出したように急いで隣の部屋へと行き、窓を開けた。冷気がダイニングまで流れ込んでくるが、かまわず裕貴はベランダへと出てしまう。
 啓太郎も立ち上がり、隣の部屋へと行く、裕貴は、暗くてよく見えないはずなのに、手すりから身を乗り出すようにしてマンションの下を見ていた。その姿は必死で、どこか怯えているような――それでいて、待ちかねているようにも見え、啓太郎を複雑な気持ちにさせる。
 マンションを見上げていた男に、裕貴は心当たりがあるのだろう。実際そうなのかどうかは問題ではなく、裕貴が心を乱しているという事実が大事なのだ。
「――俺が見かけた男なら、帰っていったぞ」
 背後から啓太郎は声をかけたが、それでも裕貴は諦めきれないらしく、見ることをやめな
い。
 激しい苛立ちが、急に啓太郎の中で首をもたげる。誰か気になる男がいるのかと、裕貴を問い詰めたかった。
 そもそも、マンションの下で見かけた男が、裕貴と関わりがあると決まったわけではない。なのに啓太郎は、裕貴の態度に不安を煽られ、苛立つ。
 これは子供じみた嫉妬だと、啓太郎はわかっていた。裕貴と特殊な関係を結んでから、常に漠然とながら心の奥底にあった気持ちだ。
 啓太郎が引っ越してくる以前、裕貴は別の誰かともこんな関係を持っていたのだろうか、と。例えば、さきほど会った男がその相手かもしれない。
 啓太郎は激情を堪えるため、ぐっと拳を握り締める。裕貴を部屋に引き戻そうと一歩を踏み出したとき、強い風によって裕貴が羽織っているカーディガンがはためいた。
 細身の裕貴にはどう見ても大きすぎるカーディガンで、あえて自分で選んで買ったとも思えない。なのに裕貴はいつもそのカーディガンを羽織っている。
 これまではなんとも思わなかっただろうが、今の啓太郎は違う。このカーディガンのサイズが、あの男ならちょうどいいということに気づいてしまったのだ。
 一度疑念を抱くと、何もかもが嫉妬を煽る燃料になる。
「知っている男かもしれないのか?」
 なるべく静かな口調で問いかけると、やっと裕貴は振り返った。困ったような顔で曖昧に首を動かした。
「わからない……。でも、今朝電話があったから、もしかして、と思ったんだ」
 あっ、と啓太郎は声を洩らす。
「今朝の電話って、俺がいるときにかかってきたやつか?」
「ずっと電話なんてしてこなかったのに、急にかかってきたから……怖かった」
 視線を伏せた裕貴は、やっと寒さに気づいたように肩をすくめ、部屋に戻る。窓を閉めてから、隙間なく厳重にカーテンも閉めた。向けられた背が不安を物語っているように見え、たまらず手を伸ばした啓太郎は、慎重に裕貴の後ろ髪に触れ、撫でる。
 肩に手をかけ、そっと引き寄せると、裕貴のほうから身を寄せてきた。柔らかな髪に唇を埋めながら啓太郎は、裕貴が怖がっている相手が誰なのか尋ねたくて仕方ない。しかし、裕貴が着ているカーディガンに視線を移した瞬間、大事なのは『誰か』というこではないと知る。
 大事なのは、裕貴がその相手とどんな関係を持っていたかということだ。
 腕の中の裕貴の感触に、強い独占欲を覚える。誰にも触れさせたくないと思いながらも、すでに誰かが触れているのかもしれないという考えが頭から離れず、啓太郎の心を揺さぶった。
「啓太郎……?」
 肩にかけた手に力を込めると、不安そうに裕貴が顔を上げる。啓太郎は乱暴に不揃いな髪を掻き上げてやってから、裕貴の目を覗き込んだ。
 裕貴もじっと啓太郎の目を見つめ返していたが、啓太郎の目にどんな感情が宿っているのかわかったのか、小さく笑った。
「……啓太郎、怖い顔してる」
「怖いか?」
「啓太郎は優しいから、怖くない」
 それが世辞なのか、本当に裕貴がそう思っているのか、啓太郎には判断がつかない。感情表現が素直なようでいて、裕貴は気持ちを隠すのが巧い。だからこそ啓太郎は、翻弄されてしまうのだ。
 誘われるように裕貴の唇を塞ぐと、もう止まらなくなる。啓太郎は夢中で裕貴の唇を貪り、口腔に舌を差し込んで舐め回す。唾液を交わし合うことすら抵抗ないほど、裕貴とのキスは啓太郎に馴染んでいた。
 そんなキスを、裕貴が他の人間とも交わしていたのかもしれないと考えると、嫉妬の苦しさに胸を掻き毟りたくなる。
 嫉妬の原因の一つであるカーディガンに手をかけ、強引に肩から引き下ろそうとすると、裕貴が軽く身をよじった。
「啓太郎っ……」
「ダメか?」
 何がダメなのか、聞いた啓太郎本人もよくわかっていなかった。ただ、裕貴に拒否されたくないと願っただけだ。
 裕貴は目を丸くしたあと、仕方ない、と言いたげにため息をついて苦笑した。
「まあ、メシは温め直せるから、いいんだけど」
 その言葉を聞いてすぐに、裕貴をきつく抱き締める。再びカーディガンを脱がせようとすると、今度は裕貴も手伝ってくれ、足元に落とした。
 抱き合った二人はもつれるようにして余裕なくベッドに移動し、一緒に倒れ込む。
「――今日は何コース?」
 シーツの上に髪を散らして裕貴が言う。裕貴が着ているパジャマのボタンを外しながら、啓太郎は即答した。
「お前が考えろ」
 裕貴は目を細めて考える表情を見せたが、それもわずかな間だった。
「だったら……、おれを何も考えられなくしてよ」
「そうなりたいほど、怖いのか?」
 啓太郎はパジャマの前を開き、まだ石けんの香りを強く放つ肌を露わにする。脇腹にてのひらを這わせると裕貴は顔を背けた。
「怖いというより――……、不安なのかもしれない」
「何がだ。俺がいるなら、ストーカーも誰も、入ってこられないだろ」
 パジャマを脱がせながら裕貴の首筋に軽いキスをすると、背に回された両手にきゅっとワイシャツを握り締められた。
「……おれ、今の生活気に入ってるんだ。一人で家にずっと閉じこもったままで、誰とも話さないでいるのは楽だったけど、それでも寂しくなかったのかって言われたら、多分寂しかったんだと思う。だけど、誰でもいいから話し相手になればいいのかって言えば、そうじゃない。隣に住んでいるのが啓太郎でよかったと思う」
 裕貴の言葉に啓太郎の胸の奥がくすぐったくなる。剥き出しにした白い肩先に唇を押し当て、軽く歯を立てると、ピクリと裕貴は体を震わせた。
「おれは、啓太郎込みの生活が気に入っているし、心地いいんだ。だから誰にも邪魔されたくない」
「邪魔しそうな奴がいるのか?」
 啓太郎が顔を上げると、裕貴は楽しそうに笑いながら頬にてのひらを押し当てる。
「――啓太郎、顔怖い」
 肝心なところではぐらかされ、啓太郎としては眉をひそめるしかない。すると、裕貴に頭を引き寄せられ、唇を吸われた。
 普段は長い前髪に隠れがちな裕貴の目が、しっかりと啓太郎を見上げている。勝ち気で挑発的なのに、どこか臆病さも潜んでいる目だ。
 裕貴を怯えさせないよう、啓太郎は額や頬に丁寧なキスを繰り返し、最後に唇に触れる。舌先を触れ合わせてからゆっくりと絡め、言葉の代わりに官能的なキスを交わす。
 胸元にてのひらを這わせると、シーツの上で裕貴が体をしならせ、啓太郎は反らされた喉元に唇を這わせた。すると裕貴の手が今度は啓太郎の喉元に這わされて何事かと思うが、もどかしげにネクタイを解き始めた。
 ネクタイが抜き取られ、ワイシャツのボタンを外されていく。しかし啓太郎のほうが焦れて耐えられなくなり、一度体を起こして自分でワイシャツのボタンを外して前を開いた。
 抱き合って感じる裕貴の素肌の感触が心地よく、それ以上に異常な興奮を呼び覚まし、一気に頭に血が昇る。裕貴に触れると、いつもこうだった。
 片手で裕貴を掻き抱きながら、もう片方の手でパジャマのズボンを乱暴に下ろして脱がせてしまう。裕貴のものに触れることに、とっくに抵抗はなくなっていた。むしろ、いくらでも触れて歓喜の涙を流させていたいと思うほどだ。
「啓太郎、いきなりっ……」
 両足を大きく開かせて裕貴のものに触れると、当の裕貴が戸惑ったような声を上げる。啓太郎は顔を覗き込んで囁いた。
「何も考えられなくしてほしいんだろ」
 啓太郎としては強気に出たつもりだったが、やはり裕貴のほうが上手だった。
 拗ねたような表情を浮かべた裕貴が言う。
「……でも、優しくしてくれないと嫌だ」
 思わず啓太郎が言葉に詰まると、裕貴は小さく噴き出した。
「わっかりやすいなあ。というか、単純?」
「お前なあ――」
 くっくと笑い続けている裕貴を見ているうちに、自然に啓太郎の口元にも笑みが浮かぶ。
 てのひらに包み込んだ裕貴のものを優しく上下に扱き始めると、笑うのをやめた裕貴が戸惑ったように視線をさまよわせた。裕貴はいつもこうだ。自分から挑発的な言動を取っておきながら、いざ啓太郎が行動を起こすと、戸惑いを見せる。
 こんな行為に慣れているようでいて、慣れていない部分も覗き見え、ときどき啓太郎は混乱するのだ。
 熱心に裕貴のものをてのひらで愛撫し続けるうちに、耐え切れないように裕貴の腰が揺れ始め、切なげにシーツに爪先を突っ張らせるようになる。欲望の高まりを知らせるように、裕貴のものは啓太郎の手の中で熱くなり、しなっていた。
 速い呼吸を繰り返す唇をそっと吸い上げると、吐息をこぼした裕貴に、お返しとばかりに唇に軽く噛みつかれた。途端に啓太郎の背筋に熱い疼きが駆け抜ける。
 反応した裕貴のものの括れをゆっくりと擦りながら、啓太郎はもう片方の手を胸元に這わせ、触れてもいないのにすでに凝っているささやかな尖りを指先で弄った。
「ふっ……」
 首をすくめた裕貴が手を伸ばし、啓太郎の腕を掴んでくる。
 なかなか声を上げようとしなかった裕貴だが、熟しかけたものの先端を爪の先で刺激するようになると様子が変わる。腰をもじつかせながら首を左右に振り、心地よさそうに目を細めて声を上げ始めた。
「あぁっ、あっ、あっ、くうっ……ん」
 もう片方の胸の突起に顔を寄せ、舌先でくすぐるようにして舐めてから口腔に含む。
「あんっ」
 裕貴が甲高い声を上げ、ビクンと体を震わせる。啓太郎はきつく突起を吸い上げては、舌先で甘やかすようにくすぐることを繰り返し、指で敏感にしたほうの突起にも同じ行為を施した。
 その間も刺激し続けた裕貴のものの先端は、濡れていた。透明なしずくを滲ませるたびに、啓太郎は指の腹で撫でるようにして先端に塗り込めていく。
「啓、太郎……、気持ち、いぃ――。そうされるの、好き」
「だったら、もっと感じている姿を見せてくれ。俺は金を払って、お前が感じている姿を見ようとしているんだ。お前には、そんな俺にサービスする義務がある」
「……変な理屈」
 裕貴の呟きに小さく噴き出した啓太郎だが、すぐに表情を引き締め、裕貴に快感を与える作業に没頭する。実際、裕貴に触れているのが楽しいのだ。それに、肉体の愉悦に浸る裕貴の様子を見ていると、精神的な愉悦が啓太郎の中に生まれる。
 決して、奉仕という気持ちのみで裕貴に触れているわけではない。
 反り返った裕貴のものの形をなぞった啓太郎は、さらに柔らかな膨らみへと手を伸ばし、優しく揉み込むようにして愛撫する。
 新たな刺激に裕貴は息を詰め、顔を背けながら啓太郎の肩にしがみついてきた。
「痛くないか?」
 尋ねると、裕貴はやっとこちらを向いてくれ、困ったように笑った。
「最初、啓太郎に気をつかってたのがバカみたいだ」
「なんのことだ」
「男の体に抵抗があるだろうから、あまり意識させないようにしよう、って」
「……そういやお前、最初の頃はがんばってたな」
「それが今では、こういうとこまで触れるようになって――」
 裕貴の息遣いが弾む。啓太郎が、柔らかな膨らみの中にあるものを暴こうと、指を蠢かし始めたからだ。
 刺激が強すぎるらしく、裕貴は両足を閉じようとしたが、すかさず啓太郎は左右の膝に交互に唇を押し当てて動きを止める。
「やっ、啓太郎っ……」
「痛くないだろ?」
 その証拠に裕貴のものの先端からは、どんどん透明なしずくが溢れ出し、滴り落ちていく。
 指を動かしながら啓太郎は、裕貴の顔を見下ろす。乱れた髪が頬にかかり、目には涙が滲んでおり、頬も紅潮していた。
 もっと裕貴を乱れさせるにはどうすればいいのかと考えた啓太郎は、柔らかな膨らみのさらに奥へと指を忍ばせる。
 驚いたように裕貴は目を見開き、体を起こそうとする。しかし啓太郎は胸を押さえて止め、かまわず『そこ』へと触れた。
「知識としては、わかっていたんだけどな。だけど、お前のここにまで触れるつもりはなかった。それが、俺たちの関係の境界線だと思っていたからだ。だけど最近は……、要領も何もわかってない俺が触れて、お前を傷つけたり、痛い思いをさせるのが怖かった」
 そのはずだったのに今は、とにかく裕貴のすべてに触れたくて仕方なかった。そうでなければ啓太郎の欲望は鎮まらない。
 裕貴が滴らせたもので濡れた指で、啓太郎は内奥の入り口を慎重にまさぐる。見る間に裕貴の全身は羞恥の赤に染まっていき、ぎゅっと目を閉じたまま啓太郎の手を押し退けようとするが、啓太郎は諦めなかった。
「俺のことなら気にするな。抵抗があるなら、自分から触れたりしない。それに、優しくする。不安なら、お前がやり方を教えてくれ」
「そんなことっ……、自分の口で言えるわけ、ないだろ」
「なら、俺が思うとおりにしていいんだな?」
 涙目で睨みつけてきながら裕貴は言った。
「――優しくしてくれないと、嫌だ……」
 この瞬間、啓太郎の胸の奥で激しい感情の嵐が吹き荒れる。たまらなく裕貴が愛しいという気持ちだ。
 こいつは特別な存在なのだと、心と体で痛感していた。
 裕貴の髪を撫でてやってから唇を塞ぎ、啓太郎は口腔に舌を侵入させる。すぐに裕貴が舌を絡ませてきた。
 音を立てて裕貴の舌を吸ってやりながら、内奥の入り口を刺激して解していく。頑なな蕾のようでもある裕貴の大事な場所は、どんな愛撫すら受け付けないように感じたが、そうではなかった。
 啓太郎が触れれば触れるほど、少しずつ柔らかくなっていくのだ。
 自分の唾液をたっぷり指に絡めてから、内奥の入り口を湿らせる。とにかく裕貴に苦痛を与えないようにと、啓太郎は必死だった。
 花が綻ぶように、裕貴の内奥の入り口が鮮やかに色づいてくる。それを確認した啓太郎は、裕貴の表情の変化に細心の注意を払いながら、ゆっくりと一本の指を侵入させる。
「あっ……」
 裕貴が小さく声を上げて頭上の枕を掴む。啓太郎は慌てて顔を覗き込んだ。
「痛いか?」
「……啓太郎、おれはガラス細工で出来てるわけじゃないんだから、そんなに気をつかわなくて大丈夫だよ。痛かったら、そう言う。それに、ゆっくりしてくれるから、平気」
 裕貴の微笑みに促されるように、指を押し込む。すると、ただでさえ狭い場所だというのにきつく締め付けられた。ゾクゾクするような収縮感に、啓太郎は一度指を引き抜いてから、再び内奥の入り口を押し開いて挿入し直す。
「くぅっ」
 声を洩らした裕貴が腰を揺らし、シーツに突っ張らせた爪先を微かに震わせていた。ただ、苦痛を感じているわけではないらしく、啓太郎の見ている前で、反り返ったままのものから透明なしずくがこぼれ落ちた。
 啓太郎は裕貴の腰を引き寄せて両足を抱え上げると、本格的に裕貴の内奥を暴き始める。
 熱く湿りを帯び、吸い付くようにまとわりついてくる粘膜と襞をまさぐりながら、指を出し入れして擦っていく。
「んっ、んっ、んあぁ――……」
 きつく締め付けてくるだけだった裕貴の内奥だが、少しずつ様子が変わってくる。啓太郎の指の動きに合わせたようにひくついている。
「裕貴、つらくないか?」
 低い声で尋ねると、目を開いた裕貴が微笑む。
「平気」
「なら、気持ちいいか?」
「――……うん」
 こう言われた瞬間の気持ちはきっと、舞い上がる、と表現できるのだろう。だが同時に頭の片隅では、裕貴に対して誰かが、同じような行為をしたことがあるのではないかと考えてもいた。
 裕貴への愛しさが強くなればなるほど、姿の見えない、いるのかいないのかさえわからない相手に対して、狂おしい嫉妬を抱いてしまう。
「啓太郎」
 何かに気づいたように啓太郎を呼んだ裕貴が、頬に両手を押し当ててきて、慈しむように撫でてくる。それだけで、胸の奥から湧き起こりかけていたどす黒い感情がスッと消えていくようだった。
 内奥が物欲しげに指を締め付け、さらに奥へと呑み込もうとする。啓太郎は指を出し入れするだけでなく、中で捏ね回すように動かす。裕貴が腰を揺らして呻き声を洩らした。
 感じているのだとわかり、ここで啓太郎は行動を起こす。内奥に含ませた指をもう一本増やしたのだ。
「あっ、あぁっ――」
 甲高い声を上げて裕貴が身をよじろうとするが、二本に揃えた指で内奥深くを突き上げるようにして動かすと、喉を反らして深い吐息を洩らし、ただ腰をビクビクと震わせた。
 啓太郎は繊細な部分を傷つけないよう気をつけながら、内奥を掻き回し、締め付けを堪能するため指を出し入れする。
 啓太郎が要領をえてきたように、裕貴も内奥での愛撫に慣れてきたようで、淫らに腰をくねらせ、体をしならせる。そんな裕貴の姿を見ていることに、啓太郎はたまらない精神的な快感を覚えるのだ。
 内奥で指を動かし続けながらもう片方の手で、さきほどから啓太郎の望み通りに歓喜の涙を滴らせている裕貴のものを包み込んで擦り上げる。
「んあっ」
 苦しげに裕貴が首を左右に振り、必死に両手を伸ばして啓太郎の腕に爪を立てた。
「あっ、あっ、啓太郎っ……、もう、ダメ、だよ……」
「ああ。かまわないから、このままイけよ」
「う、ん」
 上擦った声で返事をする裕貴が可愛くて、啓太郎は唇に笑みを浮かべる。
 裕貴の欲望の限界を知らせるように内奥が激しく収縮し、その淫らな動きに促されるように、啓太郎は円を描くように内奥を掻き回した。
「はあぁっ、くうっ……ん」
 切なげな顔をして裕貴が最後の瞬間を迎える。啓太郎の手の中で震えるものが絶頂の証を噴き上げ、腹部まで飛び散る。啓太郎は内奥をゆっくり突き上げてから、そっと指を引き抜いた。
 荒い呼吸を繰り返す裕貴が苦しくないよう、軽く啄ばむようなキスを唇に落としていると、唇を吸い返してきながら裕貴が言った。
「……啓太郎は? いつも言ってるけど、おれ、気持ちよくしてあげられるよ」
「お前は、俺に触れなくていい。こうしてキスさせてくれるなら、今は――」
 裕貴とキスして、それ以上の行為に及ぶようになっても、啓太郎は自分の欲望に触れさせたことはない。そこまでさせると、裕貴を汚してしまうような気がするのだ。自分の欲望のために、裕貴に金で『奉仕』させるという行為に嫌悪感があるのかもしれない。
 自分はさんざん裕貴に触れておきながら、なんとも勝手な理屈だと、啓太郎自身、苦々しさを感じるのだが、この嫌悪感がどうすれば薄れるのか、いまだにわからない。
 そのうち慣れが消してくれるのかもしれないが――。
 意識しないまま難しい顔で考え込んでいたらしい、クスクスという微かな笑い声を聞いて裕貴の顔を覗き込む。
「どうした?」
「顔、怖いよ」
「……今日のコースはいくらになるのか考えてた」
「いくらにしようか?」
 小さく噴き出した啓太郎は、裕貴の唇にキスしてから体を離すと、丁寧に後始末をしてやってからパジャマを着させる。
「はー、お腹空いた」
 ベッドに腰掛けた裕貴が天井を見上げながら言い、手を洗って戻ってきた啓太郎は複雑な気持ちになる。演技なのかもしれないが、裕貴のこういう部分にずいぶん自分は救われていると思うのだ。だから、罪悪感と向き合わなくて済む。
「――よし、メシ食うか」
 啓太郎の言葉に、裕貴は笑って大きく頷いた。









Copyright(C) 2007 Nagisa Kanoe All rights reserved.
無断転載・盗用・引用・配布を固くお断りします。



[8] << Sweet x Sweet >> [10]