黒井家の家長は、イベント好きだ。イベントのためなら、金と手間を惜しまない。子供の頃、博人はそんな父親が
好きで、誇らしくもあった。
だが、その博人も二十歳を過ぎると、大きく事情は異なってくる。
突然、自宅に届けら
れた〈それ〉を眺めながら、博人はうんざりしながらため息をついた。
「……でかすぎだろう、いくらなんでも……」
床の上に座り込んで大きな箱を開けてみれば、中に入っていたのはクリスマスツリーだ。
人工のものなのでパーツごとに分解
されてコンパクトにはなっているのだが、それでも、組み立てたときのツリーの大きさは容易に想像できる。
箱に入ってい
る説明書を取り上げて簡単に目を通して、めまいがしてくる。どうやらこのツリーは、組み立てると軽く二メートルを超えるよう
だ。そんなものを父親は、息子たちの意見も求めずに送りつけてきたのだ。
父親は現在、取材のため海外滞在中なので、組
み立てるのはもちろん、博人と、非力な弟の二人だ。ただし、怪我でもしたら大事なので、弟はあまりにあてにはできない。
「うわーっ、もしかしてそれ、クリスマスツリー?」
パタパタという軽やかな足音とともに、はしゃいだ声が近づいてくる。
非力な弟である裕貴が、博人の隣に座り込んで一緒に箱を覗き込んできた。
大きめのセーターを着ているせいか、それでな
くても華奢な体が際立って見え、顔立ちのあどけなさのせいもあり、到底、中学二年生には見えない。ぶかぶかの襟元から見える
白い鎖骨のラインがなんだか寒々しくて、セーターの下にTシャツでも着ろと、余計なお節介を言いたくなる。
「前に、うち
にあるツリーは小さくて物足りないうえに古くなったと、ブツブツ言っていたが、あのときもう、新しいのを買う気になってたら
しいな。……しかし、でかすぎだろう」
迷惑顔の博人とは対照的に、裕貴は目をキラキラと輝かせている。
「すごいね
ー。アメリカのドラマとかに出てくるようなツリーになるよね、これを組み立てると。うちの天井、高くてよかった」
無邪
気に喜んでいる裕貴の言葉を聞いていると、とてもではないが、組み立てるのが面倒だとは言えない。
「……組み立てるのは
いいが、リビングが少し狭くなるぞ」
博人は、リビングを見回す。広さは、日本の住宅としては標準以上はあるのだが、
なんといっても半分は、裕貴のゲームスペースとして確保されており、本来のリビングの役割をあまり果たしていない。
リ
ビングを片付けてから、テーブルやソファを動かせば、立派なクリスマスツリーの置き場所はなんとかなるだろう。そう目算をつ
けた博人は、まだ箱を覗き込んでいる裕貴の髪をくしゃくしゃと撫でてやる。
「組み立ててやるから、リビングの片付けを手
伝えよ」
「ねえ、せっかくだから、新しいオーナメントやイルミネーションも買おうよ。ツリーが大きいんだから、飾りもた
くさんつけないと見栄えよくないと思うんだ」
「あー、そうだな……。こんなの置いておくだけじゃ、野暮ったくて仕方ない
か」
期待を込めた目で、裕貴がじっと見つめてくる。昔から博人は、弟のこの目に逆らえない。どんなわがままを言われて
も、はいはいと、半ば喜びを感じつつ従ってしまうのだ。
裕貴の頭に置いていた手を動かし、柔らかな頬を包むようにして
撫でる。
「先に部屋を片付けて、ツリーを組み立てたら、外に昼を食べに行こう。そのついでに足を延ばして、あれこれ探す
か」
返事の代わりに裕貴は満面の笑みを浮かべ、博人の腕にすり寄ってくる。
「……お前はすっかり、兄貴の使い方を
覚えたな。いや、俺の兄バカぶりも、大概のものだと自覚はあるんだが」
「何年一緒にいると思ってるんだよ。兄さんは、ぼ
くがわがまま言うと喜ぶんだよね」
「わがままの内容にもよるな。まあ、大抵の場合、お前のわがままなんて、ささやかなも
のだ。お前のわがままに宛てる資金は、父さんから出ているから、財布も痛まないし」
「へえー、兄さんのいままでの恋人っ
て、ぼくなんて比較にならないぐらい、すごいわがまま言ってるんだ」
思わず変な咳が出た博人は、じろりと裕貴を睨む。
しかし当の裕貴は、綿菓子のようなふわふわとした笑顔を浮かべている。
「なんで、お前のわがままの話から、俺の、いたか
どうかもわからない恋人のわがままの話になるんだ……」
「弟のわがままにも動じないぐらい、外で鍛えられてるのかなと思
って。兄さん、昔からモテるよねー。ぼく知ってるよ。よくラブレター持って帰ってたの」
クリスマスツリーの飾りを買い
に行く相談から、話が妙な方向にいってしまった。
顔をしかめた博人は、両手で裕貴の頬をムニムニと挟む。すると、仕返
しとばかりに裕貴がしがみついてきて、博人のトレーナーにグリグリと顔を埋めてくる。
「おい、じゃれてると、買い物に行
くのが遅くなるぞ」
そうは言いながらも、博人は裕貴を離すのが惜しくて、片腕で華奢な弟の体をそっと抱き締めた。
ソファに腰掛けた博人はコーヒーを啜りながら、ゆっくりと目を細めて自分の弟を〈鑑賞〉していた。
博人が組み立て、
リビングの一角に設置したクリスマスツリーの側に脚立を置き、さきほどから裕貴は、まるでリスのようにちょこちょこと上り下
りを繰り返している。手に持っているのは、昼間買ってきたオーナメントだ。イルミネーションは博人がつけたが、あとは裕貴の
好きにさせていた。
クリスマスツリーが大きいので飾りつけ甲斐があるといわんばかりに、裕貴は一度つけたオーナメント
は外しては、別の場所に飾って首を傾げている。それの繰り返しだ。
小さなベルを手に持ったまま、裕貴がふいにこちらを
見る。はにかんだように笑いかけてきた。
「どうかした? まじめな顔してこっち見てるけど」
真剣に弟を眺めていた
と正直に言えるはずもなく、博人は冗談めかして答える。
「お前のために今日はいくら使ったか、頭の中で計算していた」
「楽しいクリスマスのための投資だよ」
「……楽しいのは、お前だけじゃないか」
「楽しくない?」
裕貴の問
いかけに、返事に詰まった博人だが、ウソでも楽しくないとは言えず、苦笑しつつこう答えた。
「お前が、俺にクリスマスプ
レゼントをくれるなら、楽しいかもな」
「考慮しておきます」
澄ました顔で答える裕貴がおかしくて、小さく噴き出し
てしまう。
コーヒーを飲み干した博人は、テーブルの上に置いた袋を手に裕貴の元に歩み寄る。
「ほら、まだたくさん
あるぞ。張り切って、全部飾れよ」
「兄さんも手伝っていいよ」
裕貴の髪をぐしゃぐしゃにしてやろうとしたが、寸前
のところで逃げられた。
脚立の中段まで上がった裕貴がベルを取り付け、博人に向かって片手を伸ばす。サンタクロースの
ぬいぐるみがついた靴下を袋から取り出して渡してやると、さらにもう一段上がって取り付け始めた。
両手を伸ばしての作
業に、裕貴の体がふらふらと揺れる。傍らで見ている博人のほうが緊張してしまい、思わず声をかけていた。
「おい、上のほ
うは俺がやってやろうか?」
「兄さん、こういうのセンスないだろ」
「……お前はいままで、俺のことをそんなふうに思
ってたのか」
わざと怖い声で言ってみると、目を丸くした裕貴が、次の瞬間には小悪魔の笑みを浮かべる。急に両腕を伸ば
してきたので、反射的に博人も手を伸ばしたが、裕貴は脚立から飛び降りた。
「あっ……ぶないだろ、お前は」
言いな
がら博人は、両腕でしっかりと裕貴の体を抱き締める。一方の裕貴も、博人の首にしがみついていた。
「平気平気。兄さんな
ら何があっても、ぼくを落としたりしないよ」
あまり過信されても困るのだが――。心の中で呟きつつも、裕貴の信頼は、
博人にはくすぐったくあると同時に心地いい。
裕貴を慎重に床に立たせると、まだ博人にぺったりとくっついたまま裕貴が
言った。
「ぼく、休憩するね。その間、兄さんに飾りつけは任せる。センスのよさを、弟に存分に見せつけてください」
「お前は本当に、減らず口というか、憎たらしいというか……」
「兄さんに対してだけだよ」
軽い足取りで裕貴がパタ
パタと走っていく。キッチンに飲み物でも取りに行ったのだろう。
後ろ姿を見送った博人はふっと息を吐き出して、弟の期待
に応えるために、オーナメントを手に脚立を上った。
すでに恒例行事となりつつあるが、クリスマス・イブ当日の博人は、かなり多忙だ。
大学生である博人はすでに冬休みに
入っており、バイト三昧の日々なのだが、この日だけは、高い競争率を勝ち抜いて休みをもぎ取る。
もちろん自分のためな
どではなく、弟のためだ。
今日が二学期の終業式である裕貴は、昼前には戻ってくる。その前に家を出た博人は、あらかじ
め予約を入れておいたレストランに向かう。
物心ついた頃から黒井家では、クリスマス・イブのご馳走は母親が作らず、毎
年、馴染みのレストランに予約を入れて、持ち帰り用のクリスマスディナーを作ってもらっていた。母親がいなくなってからも、
それは変わらない。
もともと料理が苦手な人だったなと思い出すが、博人には母親に対する思慕といった感情は皆無に近い。
唯一感謝するとすれば、博人を一人にはせず、八つ歳の離れた弟を置いていってくれたことだろう。あの家で、留守がちの父親と
二人暮らしだったらと考えると、暗澹とした気持ちになってくるのだ。
裕貴は、あの家では――博人にとっては、光だ。その
裕貴が喜ぶのなら、博人はクリスマスの準備のために車で駆け回るぐらい、苦ではなかった。
料理の詰められた箱をスムー
ズに受け取ると、次は、やはり予約を入れてあるケーキ屋へと向かう。
駐車場の混雑具合を見たときから嫌な予感はしたが、
店の前まで来て、うんざりしてしまう。すでにもう、ケーキを買うための行列ができていた。
仕方なく行列に加わった博人
は、腕時計に視線を落とす。裕貴はもう戻ってきて、博人が買って準備しておいた昼食を食べた頃だろう。
ここのところの
日課になっている、クリスマスツリーの飾りをまた弄っているかもしれないと考え、無意識に口元に笑みが浮かぶ。
しばら
く並んでようやくクリスマスケーキを引き取ると、次に博人が向かったのは酒屋だ。裕貴が小学生の頃は、炭酸ジュースそのもの
である子供用シャンパンを買っていたのだが、中学生になってからは、同じノンアルコールでも、スパークリングワインに変えた。
これなら、甘すぎないので博人も飲めるのだ。
パン屋で明日のパンを買ってから、最後にスーパーに立ち寄り、細々とした
ものを買い込む。これで、明日のクリスマスも家を出ることなく、裕貴とのんびりと過ごせる。
ようやく自宅に戻ってガレ
ージに車を入れていると、エンジン音に気づいたのか、裕貴が飛び出してきた。
「サンタクロースが帰ってきた」
裕貴
の言葉に、車を降りた博人は思わず笑ってしまう。
「クリスマス・イブだと、弟からこんなお世辞を言って出迎えてもらえる
んだな」
「……可愛くないなー、兄さん。帰ってくるのを待ちかねていたという弟の気持ちを、素直に表現しただけなのに」
「はいはい。それより、買ってきたものを家に運んでくれ」
「ケーキっ?」
パッと裕貴の表情が輝き、頷いた博人
は助手席側に回り込んでドアを開ける。ケーキの形を崩したら裕貴に恨まれると思い、細心の注意を払って車を運転して帰ってき
たのだ。
「あと、ワインとパンも頼む」
「うん」
機嫌よさそうな裕貴の返事に、つられて博人も表情を綻ばせる。
「昼は食べたか?」
「食べたよ。兄さんは?」
「買い物の途中で、ハンバーガーを食べた。落ち着いてメシを食べる
状況じゃなかったしな。どこも混んでいるし」
そんな会話を交わしながら家に入る。
室内はほどよく温められており、
クリスマス・イブを楽しむために必要な荷物をようやくダイニングのテーブルに置いた博人は、重大な使命を果たし終えて安堵を
覚える。そして、大きくため息をついてから、弟に聞かせるようにこう呟いた。
「――……俺はもう、明日まで一歩も家を出
ないからな」
くすくすと笑いながら裕貴が応じた。
「ご苦労様でした、〈お兄ちゃん〉」
クリスマス・イブだからといって、別に人を呼んで派手に騒ぐわけでもなく、出かけるわけでもない。ただ普段より少し豪華な
夕食をとってから、ダイニングに移動して、クリスマスツリーを眺めながら、ケーキと、裕貴に合わせたノンアルコールのスパー
クリングワインを味わうのだ。
「――完璧なクリスマス・イブだ」
イルミネーションが光るクリスマスツリーを見上げ
ながら、床に置いたクッションの上に座り込んだ博人はぽつりと洩らす。
「毎年、兄さんの働きにかかってるよね。うちのク
リスマスは」
クスクスと笑いながらそんなことを言った裕貴は、博人が入れてやったココアを美味しそうに啜る。
さ
すがの裕貴も、今夜はゲーム機に触ることなく、静かにクリスマス・イブを楽しんでいる。そして、博人にくっついて離れない。
クリスマスのために甲斐甲斐しく働く兄に、弟なりに心を打たれて労ってくれている――というより、本来の甘えっぷりが発揮さ
れているのだろう。
博人は、体を寄せてきた裕貴の華奢な肩を抱く。風呂上がりの裕貴の髪や体からは柔らかな石けんの香
りが漂い、何よりも博人の気持ちを和らげてくれる。
しばらく二人で、ぼんやりとクリスマスツリーを眺めていたが、その
うち博人は、裕貴の異変に気づいた。いつの間にかカップを床に置いた裕貴が、しっかりと博人にもたれかかってきたのだ。
「裕貴、寝るなら自分の部屋に行け」
半分眠っていたらしく、寝ぼけたような声が上がる。
「えー、ぼくの部屋、寒い
よ。ベッドは冷たいし……」
博人の肩に顔をすり寄せてきた裕貴が、両腕で抱きついてくる。
今夜の甘えっぷりは気
合いが入っているなと思いながら、博人は裕貴の背を優しく撫でる。
「生憎だが、俺の部屋も寒いぞ。……お前の部屋の暖房
を入れてきてやるから、温まるまでここにいたらいいだろ」
俺も大概、こいつに甘いと思いながら提案すると、ようやく顔
を上げた裕貴が笑いかけてきた。
「……何か、よからぬことを思いついた顔だな」
「失礼だなー、可愛い弟に対して」
「何かわがままが言いたいなら、どうぞ。内容によっては聞いてやる」
博人にしがみついたまま、裕貴がクリスマスツ
リーを見上げた。
「クリスマスツリーのイルミネーション、一晩中つけておくんだよね?」
「お前がそうしたいなら」
「だったら、ここで寝たい」
「――却下」
博人が即答した途端、裕貴が唇を尖らせ、恨みがましい目で見つめてく
る。ケチ、という言葉が聞こえてきそうだ。
「こんなところで寝たら、風邪を引くぞ」
「だったら、父さんの部屋のホッ
トカーペットを持ってきて敷こうよ。その上に、マットと客間の布団敷いたら、けっこう違うと思うんだ」
「そこまでしなく
ても……」
「だって、クリスマスが終わったら、ツリーはすぐに片付けるだろ。名残惜しいんだよ」
らしくなく殊勝な
ことを言う裕貴の顔と、クリスマスツリーを交互に見て、博人は小さく呻く。別に、意地悪をして賛成しないわけではないのだ。
ダイニングは空気の通りがよすぎるため、じっとしていると暖房を入れていても肌寒い。
「ホットカーペットを敷いても、寒
いぞ、多分」
「大丈夫。もう一つ、暖房器具があるから。しかも、常に人肌」
「……うちに、そんな具合のいい暖房器具
があったか――」
裕貴がぎゅうっと抱きついてくる。上目遣いににんまりと笑いかけられ、やっと博人は意味を理解した。
裕貴の頭を思いきり撫で回してやる。
「お前、今日一日、せっせと働きまくった兄貴を、湯たんぽ代わりにしようとしている
な」
「兄さんも、ぼくを湯たんぽにしていいから」
腕の中の裕貴の、華奢だがしなやかで、心地よいぬくもりを持った
感触を意識していた。
この感触を知るたびに、世の中にこれ以上に大事で愛しい存在はないと、博人は認識するのだ。
「ねっ?」
首を傾げた裕貴にせがまれ、あえなく博人は陥落した。
長年見慣れているはずのダイニングだが、布団を敷いて横になると、また違う空間に見えてくる。しかも今夜は、クリスマスツ
リーのイルミネーションがさまざまな色の光を放っており、やけに神秘的だ。
少し眩しい気がしないでもないが――。
博人はひっそりと苦笑を洩らし、片腕で弟の体を抱き寄せる。胸元にぴったりと押し当てられた裕貴の背は薄く、でも温かい。
裕貴は裕貴で、背に博人の体温を感じているだろう。さきほどから身じろぎもせず、博人に体を寄せたままだ。
「布団から出
るなよ。寒いから」
「うん……」
同じ布団に入っている裕貴は、自分の部屋から枕を持ってきたのだが、結局頭をのせ
ているのは、博人の腕枕だ。
体を横向きにして、ずっとイルミネーションを見ている裕貴の様子を、博人はときおりうかが
う。せっかくのクリスマスに風邪でも引かせたら大事だ。裕貴の心臓のほうは、あまり心配のいらない状態になりつつあるとはい
え、体に負担をかけるようなことはやはり心配だ。
裕貴が眠ったら、部屋のベッドに運び込もうかと考えてもいたのだが、
当の裕貴は、いまだに眠る気配はない。
こちらが先に寝てしまいそうだと、博人はあくびを一つ洩らす。
裕貴の腰に
回した腕に、裕貴が手をかけてくる。何事かと思っていると、腕をまさぐられてから、指先を握り締められた。その感触に、不覚
にも博人の心は溶けそうになる。
「今日は、お前の甘えっぷりが全開だな」
「……鬱陶しい?」
博人は小さく噴き
出すと、反対に裕貴の手をしっかりと握り締めてやる。
「お前に甘えられたぐらいで、俺がそんなこと思うはずないだろ。だ
けど……、お前がいつまで、こんなふうに俺に甘えてくれるのかと考えることはあるな。そう思うと、ちょっと寂しくなる」
「ぼくとしては、兄さんはいつまで、弟と過ごすクリスマスのためにこんなに張り切ってくれるのかな、って考えるよ。本当は、
大学の友達とかに誘われたりしたんでしょ?」
「俺が、何より弟優先なのはもう有名らしいからな。そんな誘いはないな」
本当は、ちらほらと誘われはしたのだが、素っ気なく断ってしまった。無理をしているわけではなく、博人はクリスマスの
日の裕貴を独占しておきたかったのだ。
願いは叶ったどころか、こうして腕の中に裕貴はいる。
「――……お前が望む
なら、俺はこの先いつまでだって、お前とクリスマスを過ごすぞ」
「そんなこと言って、来年には、恋人と過ごしてくるとか
言ったりして」
「どうかな」
博人が笑い声を洩らすと、裕貴がごそごそと動き、博人のほうに体の正面を向けた。裕貴
の背が寒くないよう、布団をかけ直してやると、裕貴は博人の胸にすり寄ってくる。
「俺はもう、お前からクリスマスプレゼ
ントをもらったな」
小さく呟くと、胸に顔を埋めた裕貴がくぐもった声を上げた。
「何か言った?」
「いや……。
お前からどんなクリスマスプレゼントをもらえるか、楽しみだと言ったんだ」
ふふふ、と笑った裕貴が、博人の背に腕を回
してしがみついてきた。
夜中に何度も博人は目が覚め、そのたびにクリスマスツリーのイルミネーションが視界に入っていた気がする。
半ば条件
反射のように、腕の中に裕貴が収まっていることと、布団にしっかり包まっていることを確認していた。そして安心すると、また
すぐに寝入ってしまう。それの繰り返しだ。
博人が何度目かの目覚めを体験したとき、リビング内はうっすらと明るくなっ
ていた。これはイルミネーションの明かりではなく、カーテンの隙間から入ってくる朝日の明るさだ。
ぼんやりとそんなこ
とを認識していた博人は、布団の中で丸まっている裕貴の髪をそっと撫でる。裕貴のことばかり気にかけていたせいで、博人の体
は半分布団から出ている。かろうじて凍えなかったのは、ホットカーペットのおかげだろう。
裕貴を起こさないよう気をつ
けながら、慎重に布団から出た博人は、ホットカーペットの上に座って髪を掻き上げる。慣れない場所で寝たうえに、弟を一晩中
抱えていたせいで、体中がギシギシといっている。特に、腕枕をしていたほうの腕の感覚が怪しかった。
ゆっくりと腕を動
かしていた博人だが、リビングの様子が明らかに、寝る前とは違っていることに気づく。
何かが違う――。
ゆっくり
と目を細めた博人は、次の瞬間ハッとする。クリスマスツリーの足元に、派手なラッピングとリボンを施された箱がいくつも積み
上げてあるのだ。アメリカドラマで見かけるようなクリスマスの光景だった。
子供だったら目を輝かせるかもしれないが、
生憎、博人は大学生で、こんなことをするのはサンタクロースでないことを知っている。
口元に手をやって、現状をじっく
りと認識したときには、博人は勢いよく立ち上がっていた。
「父さん、帰ってきたのかっ」
慌ててリビングを飛び出し
た博人が向かったのは、二階の父親の部屋だった。
こうして、クリスマスを親子三人で過ごすことになったのだが、博人は、
裕貴に対する過保護ぶりをさんざんからかわれ、少々不機嫌だった。博人並みに裕貴に甘い父親にだけは、言われたくない。
一方の裕貴は、父親にべったりとくっつかれ、うんざりしているようではあったが、なんにしても、黒井家の平和なクリスマス
風景に、博人はそれなりに満足していた。
もちろん、裕貴から贈られたクリスマスプレゼントも気に入っている。今年は何
をもらったかというと――。
Copyright(C)2008 Nagisa Kanoe All rights reserved.
無断転載・盗用・引用・配布を固くお断りします。